ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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第64話:形作るもの

 

 ジオン軍から奪還した前線基地、その宿舎を仮宿としたモルモット隊の面々は整備班が働く姿を眺めながら休憩を取っていた。

 可能な限り戦線へ投入され実戦データ収集に駆り出される彼らが休めるのも、部下思いの上司が束の間の休暇を用意してくれた訳ではなく、現実的に使用できるモビルスーツが軒並み損傷を受けているからだ。

 敵地だったとはいえ、自分達が攻め入った爪痕が生々しい場所で休憩するのは億劫になる。

 街にある住民の活気とは違い、人の営みが薄い軍事基地だろうとも破壊された光景を見るのは心が荒む。例えそれが己の手で作られたものだとしてもだ。

 基地周辺にはまだ自然が根を張っており緑地が疲れた目を癒してくれるが、大小の銃痕が視界に入り、へし折れた電灯やアスファルトのクレーター、倒壊した建物が何処でも視界に入ってくる。

 位置取りや方角を考えたものの、結局はそれらに背を向けてモルモット隊の日常を占めるモビルスーツの整備状態をぼんやりと眺めることになった。

 最初の一人がそのままで過ごしていると似たような境遇の人間が一人、また一人と増え気づけば実働隊員が整備場の休憩所の一角を占領していた。

 彼らはテーブルを囲い、支給されたコーヒーを手に緩い時間を過ごす。

 戦闘後の緊張が解れ、頭が弛緩し始めた頃にある話題が上った。

 

「あの蒼いモビルスーツがジオンの『蒼い獅子』じゃない?」

 

 雑談に興じていた折に内容が先日の戦闘へと移り、発せられた言葉に反応したサマナ・フィリス准尉が疑問を返した。

 モルモット隊に召集された面々は、人格に多少の難があろうと適正選抜試験を通過した腕利きが召集されており、他のモビルスーツ部隊に比べ熟練度が違う。それなのに敵一機にいいように食い散らされた結果が現状なのだ。

 初撃でやられたサマナにも、選ばれたモビルスーツパイロットとしてのプライドがある。

 相手が名のあるエースならまだ我慢ができる。生き残ったならば雪辱戦もあるのだから。

 だが、それでもないとすれば普段温厚なサマナも憤りが沸く。

 

「そうだ。あれは違う」

 

 短く答えるユウ・カジマ少尉は手にしたマグカップを傾け、コーヒーを静かに飲む。

 彼は単機でザクを三機撃破し、蒼いモビルスーツと激突した後も戦闘を継続したパイロットだ。応戦を続けた末に敵を撤退まで追い込んだユウはモルモット隊のエースと目されている。

 そのユウが違うと言うのだから、周囲の人間は困惑する。

 であれば、あの蒼いモビルスーツは何なのかと。

 

「おいおいユウ。それじゃぁ、何か? あのサイコ野郎は『蒼い獅子』の熱烈なファンなのか?

 見事なまでに蒼い機体だったんだぞ、アイツはよう」

 

 壁にもたれながら腕を組むフィリップ・ヒューズ少尉も納得できない。彼はサマナとは違い何合も凌いだものの倒れたのは同じだ。

 それでいて自分達より技量があり、高性能のモビルスーツに乗るジオンのパイロットが其処彼処に存在されては大いに困るのだ。戦場を渡り歩くモルモット隊であるから、難敵が多くいればそれだけ遭遇する確率も上がり、対して帰還率は下がる。

 

「どういう事なの、ユウ。あなたは『蒼い獅子』を知っているの?」

 

 ユウの隣に座るモーリン・キタムラ伍長がそう聞くと、彼は自機を見やる。

 モビルスーツデッキにある彼のジムは、その両足を解体されていた。どうやら許容外の荷重をきたすほどの機動を強いた為に関節部分がイカレてしまったらしい。

 現在のモルモット隊は実戦データを持ち帰れた機体も含めて全滅である。そのおかげでしばらくは骨休めができる筈なのだが、緊急出撃も考慮に入れて前線基地に缶詰となっている。

 

「アイツは、余計な動きが多かった。最短の行動よりも恐怖を煽るような動作を入れる。

 前にアジア方面で遭遇した『蒼い獅子』はその真逆で、最速で詰めに掛かる。獣のような俊敏さで獲物を仕留めに来るのがそうだ」

 

「お前さん、前に()()とやり合ったのか? サシでか?」

 

「二人でだな。あの時とはお互い違う機体だったが、パイロットが取る行動に差はない。

 限定された訓練ならまだしも、戦場だと無意識だったり、反射的な操作が機体に表れる。

 そのパイロットの癖とも言える動きはそうそう変えられるものじゃない」

 

 語るユウはかつての戦闘を思い出してか、何処か遠い所を見ていた。

 コーヒーを一口啜り、気持ちを努めて切り替えたサマナは疑問をあげた。

 

「とすれば、あの蒼い機体は何なんでしょう? 噂ではヨーロッパ方面の一部のジオン兵は『蒼い獅子』に肖って機体の一部を蒼く染めているそうですが、ここは北米大陸でどちらかというと赤い両肩が異様過ぎますね。蒼より赤の方が目立ちますし」

 

 コックピットのディスプレイを占める蒼い機体、その赤い両肩とその先から振るわれたヒート・サーベルが記憶に新しい。

 先に仕留められたアレックス軍曹のジムは機体が完全に破壊されており、内部爆発もあって遺体が残らなかった。

 思い出せば体が震え、トラウマになりかねない。

 だが、サマナの心はまだ折れずに此処に居る。

 ユウが到着するまでの間フィリップが奮闘しなければ自分も戦死者リストに載っていたのは間違いなく、素直に礼を受け取らずに茶化すフィリップは苦手だが「次は俺を助けてくれりゃいい」と肩を叩いてくれたのも彼だ。

 普段の態度を裏切って、恩着せがましく言わず、相手が気落ちしないよう軽い空気を作り、最後は励ましてくれる男なのだ。

 次を作ってくれた同僚の為にも、このモルモット隊を去る訳にはいかない。

 除隊が許可できる、できないに関わらず、サマナは静かに決意していた。

 

「出てきたタイミングも、遅れての援軍と判断していいか、迷うところだな。

 戦闘が終了したと思わせ、気が緩んだ時に仕掛けてきたと考えるべきかねぇ?」

 

 小癪な野郎だとフィリップが吐き捨て、

 

「……戦術としては、有りか」

 

 ユウは心情的に納得できなくとも認め、

 

「味方が劣勢なのに動かない、敵が背を向けるまで待ち続ける忍耐があるってことですか。

 自分にはできそうにない戦い方ですね……あの時に緊張が緩んだのは認めますけど」

 

 サマナは自身と違う相手を否定しつつ、

 

「復讐、仇討ちってこと? だから片手を失っても撤退しないでユウと戦い続けたのかしら」

 

 モーリンは何かに憑かれたようにユウのジムと切り結んでいた敵の行動を鑑みた。

 

「へっ、そんな大層な理由なのかねぇ。暴れ所を物色していたのかもしれんぜ?」

 

「そんなの、尚更嫌な相手じゃないですか!」

 

「多対一で勝利できると考える相手か……確かに厄介だな」

 

「戦いたいから、様子見してたって事なのかしら?」

 

 世間話から一転、戦術評価に移った面々は難しい顔で思案を始める。

 以前の彼らは各部隊から選抜されたパイロットだけに命懸けの戦場に身を置きながらも形式だけのチームワークだった。結果としては全機損傷、一名戦死にはなったものの、この痛手と強敵との遭遇が部隊内の結束を高める事に繋がった。

 更に部隊オペレーターや休憩がてらに立ち寄ったメカニックマン達を巻き込み、各パイロットと機体の改善点やらを出し合い始める。

 それは陽が隠れてからも熱が入ったままで、誰かの派手なくしゃみが場に響くまで続けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵が我が方の防衛ラインを?」

 

 真昼の日差しが機体表面を熱し、外界を移すカメラの奥には陽炎が昇る。

 受領したMS-09、ドムの試乗運転がてら地上を移動していたシャア・アズナブル中佐は通信内容に機体を止めた。

 重モビルスーツでありながら十分な機動力を保持するドムはホバー推進により運用に癖があり、シャアが体感していたこれまでの機体と制動が異なる。

 が、思いの外に安定性が有り小さな驚きがあった。自身の感覚に従い特定の機体制御プロセスを参照すれば、腰と脚の方向性や僅かに上げた足裏と地上の角度で反発力を生む事で自機の制動力に一役買っていた。

 シャアは友人が部下達を信頼し、信用している点に一先ず頷くことにした。

 現場の視点から見ても、彼らは良い仕事をしている。

 複雑なプロセスをプログラムに走らせると誤作動、誤認識から機体制御が崩れる。特に地上では地形や環境次第で多様性を求められ、パイロットへより多くの操作調整を求められた。

 ただ操縦桿を握っていればよい、という事などある筈がなく。整備士や技師は元よりパイロット自身による機体調整が必要なのは明白で、大多数のパイロットはモビルスーツの知識以上に優れた感覚と経験を必要とする。

 そしてシャアはモビルスーツ知識、操縦技術共に優れたパイロットである。

 初乗りであるから確かに微調整をする余地があるが、それも彼の癖によるものだけだ。

 出来映えも良く、上下運動に不満はあるがドムの機体特性上それは仕方がない。

 満足、と言っても差し障りの無いのだが。

 

(あぁも部下自慢をする人間は早々おるまい。

 しかし、口にしている言葉は誰もが吐く類のものなのに、相手が素直に喜ぶのは何故か。

 メルティエがこれまで経験してきた事に起因するのか、もしくは元々の気質であったのか。

 ふむ――――そういえば、アルテイシアも嬉しがっていたな。

 ……フッ、下心が無いだけに自然に受け取れるのか、私も)

 

 脳裏に友人の顔がチラついたが、一笑に付すとディスプレイのワイプに向き直る。

 仮面で顔を隠しているとはいえ、臨むべき仕事以外のことを考えている姿を他人の視線に晒して好いものではない。付け加えるなら、そういった傾向の趣味も持ち合わせていない。

 シャアに通信を入れた彼女もまた、メルティエ・イクスのお墨付きがある。

 語る部分を省き端的に言えば、真面目で有能と。

 

『はい。前日に我が方の前線基地が陥落しており、防衛ラインに乱れが生じています。

 敵はこれを好機と見たのか、メキシコ地区に点在する基地へ散発的な攻撃を開始しており、友軍防衛部隊による迎撃が展開しています。

 また、現在確認できている中でネリダ基地が奪還されたと』

 

 冷静にユウキ・ナカサト軍曹が報告する中で、シャアはほぅと感心した。

 敵方の動きが予想よりも早い。

 秘匿性かつ防衛・防諜能力に富んだジャブローに引き篭もると考えていただけに、今回の反撃は思いの外感じ入る所がある。反撃の可能性も視野に入れなかった訳ではないが、連邦軍の性格から嵐が過ぎ去るまで地中に隠れる公算が高かった。

 反抗作戦の計画は当然温めているだろう。

 鹵獲したザクIIを解析しモビルスーツという兵器を吟味した上で開発、生産された「白いヤツ」はいまだシャアにとっての脅威だ。ネメア隊より受領したこのドム専用機ならば、と思いたい。

 しかし、過度な自信は失敗に繋がる。

 この生来の素質、能力から自信家で超然としたシャアの精神に待ったを掛けるのは、再会した友の影響も手伝いそう易々と拭い去れるものではない。常に己を試そうとする傾向があるシャアに、失敗や疲労から外見を変貌させたメルティエの存在は、時折安全装置のような働きを示す。

 それでも、性というべきシャアの好奇心が疼くのだ。

 あの「白いヤツ」がプロトタイプとすれば、量産された敵モビルスーツは如何ほどのものか。

 ジオンのザクを超えるのか。もしやグフを超え、このドムにすら並ぶやもしれない。

 工作を得意とし敵情視察、強行偵察の類はシャア・アズナブルが好む行動である。

 

「ナカサト軍曹、母艦より降下する時気になる所があった。

 連邦の部隊かもしれん、イクス大佐へ偵察の許可を取り次いでもらえないか」

 

「……お言葉ですが中佐、偵察に中佐の機体は向いておりません。

 ザクに比べドムは出力の違いから熱源探知(ヒートシーカー)に反応し易く、音響探知(ソナー)に関しても独自のパターンから特定される危険性があります。北米ではドムタイプのモビルスーツを運用した、また現行機体が鹵獲されたケースも無い事から注目を集めてしまいます。

 斥候や偵察は陸戦隊、もしくは航空部隊に任せた方がよろしいかと」

 

 シャアが気になったポイントを送信すると、ユウキは数秒の間を置いてから彼の行動を諌める。

 北米ではドムのデータは皆無である。初期生産で実戦配備されたものは全て突撃機動軍だけで、残った僅かな機体はギレン総帥の差配で宇宙攻撃軍に譲渡されていた。

 これは開発と生産に労力を支払ったキシリアに全て送るのが筋ではあるが、別途宇宙仕様を検討せよとドズルにも差し向けることで軍事に傾倒している三弟の不満を緩和する事に使われた。

 対するキシリアの不満は独自部隊の設立を認める事で帳消しとなり。ギレンはかねてから要請、要求されていた案件を消化する形で玩具の奪い合いを平然と行う弟と妹に切ってみせたのだ。

 ドズルは労せず新型機を受け取って喜び、キシリアは打診した件が通った事で頷き、ギレンは留め置いた項目を処理した点と戦力の隔たりを広げぬよう調整をしていたのだ。

 こうした兄妹間の遣り取りは開戦以前からのもので、割って入れないガルマが属する地球攻撃軍はドムの量産体制が整うまでは未配備のままであった。

 その一地域である北米に、ドムタイプが現れれば連邦軍が警戒するのは極々自然なこと。

 メルティエも先の戦いではアンリエッタ・ジーベル大尉を出撃させていない。ザク改良型に位置する自機で出ているが、それだけドムの運用に慎重なのは当然と言えた。

 

 カリマンタン攻略戦以降、メルティエは降伏以外で戦闘を止めたりしなかった。

 新型機材を扱う、機体を用いる点からすれば何らおかしくは無い。

 情報隠蔽も求められているのだから、敵全滅を自ら行う彼は万全の姿勢で任務に当たっている。

 唯一木馬と戦闘をした時だけ、彼は敵機破壊後退いていた。

 機体の外的数値は防げなかったとしても、彼は『真紅の稲妻』との演習時に出した機体性能を露呈していない。僚機に合わせた機動以外は、射撃の腕と戦域離脱の判断程度である。

 そうしてまでドムという機体を隠す、戦力を温存するメルティエに対するシャアの行動は、例え階級差があろうと素直に従う訳がなく。

 

「敵部隊を叩き、連邦の企みを取り除く。これには相応の判断と迅速さを要求される。

 今動かねば敵に利となる。その可能性があるならば動く必要があるのだ」

 

「威力偵察を、僚機もなしで戦闘ですか? お言葉ですが、中佐。

 宇宙と違い、地球環境は地面強度、湿度、高低さに神経を費やします。宇宙と同様の、()()()()()()()()()()()、とイクス大佐が用意してくれたそのドムも全環境対応型ではありません。

 兵は拙速を貴ぶと言われますが、事前準備を疎かにしては足をとられます。お考え直しを」

 

 シャアはふむ、とワイプに映る女性を見やる。

 彼は『赤い彗星』の雷名に動じず物申すユウキに好感情を持った。名声というのは一つの指標であり、端的に人物を表す評価だ。

 その生業で名を馳せると、如何な言動にも「かの人物ならば、何かしら理由があるのだろう」と不用意な推察が入り、妙な納得をしてしまうケースが多い。

 名に踊らされる顕著な例ではあるが、シャアはよくその反応を知っている。

 彼の行動に異を唱える者が少ない事こそが証であり、副官のドレンですら言葉の確認はすれど、その背景には踏み込んでこない。

 が、ネメア隊の面々は『赤い彗星』の言葉に異を唱える。

 あけすけに言うならば、相手の立場を考えず状況を鑑みて答えている。

 軍という、上に逆らわずただ従う組織からすれば異例であるが。

 

(そうか、()()か。メルティエに従う、慕う理由は。

 ……自由意志を奪わず、思考させて戦わせる。確かに有用、有能でなければ務まらん。

 だがこれは、意に反する行動を執れば離反するのではないか、メルティエ)

 

 個々を嫌う組織の中で、個々を育て配下に置く。

 シャアからすれば不安要素はあるが、ネメア隊が機能している分には問題は無い。

 だが、そうした体制で用いる事に一抹の(おそれ)が生じる。

 軍という組織が上司を指揮系統と規律で守るから、部下に無理な命令も諾と言わせるのだ。

 しかしこれでは、理屈ではなく感情で認めさせなければ、ここぞという場面で彼らは従わない。

 

「そうだな。私も初の地上戦を控えて気が急いでいたようだ。

 忠言確かに受け取ろう、ナカサト軍曹。早速で悪いが、私が送信したポイントに偵察部隊の派遣要請を頼みたい。イクス大佐に取り次いでくれ」

 

「了解しました。中佐は現在地より九キロ離れたポイント25へ移動願います。

 其処で偵察部隊を合流、作戦概要を確認後行動開始となります」

 

「ん。……話が早いな」 

 

「安全を脅かす内容と『赤い彗星』の要請ですから。

 必要最低限の用意を済ませれば『蒼い獅子』は応えてくれます。……そういう方ですから」

 

 クスリ、と微笑む女性の貌に。

 シャアは言葉こそ己に向けてあるが、感情はとある人物に発していると察しがついた。

 短い返事をユウキへ送り、彼はドムの移動を開始する。

 友人への心配事は杞憂になりそうだ、と思う裡で、奴はいつの間に誑しになったと悩みながら。

 

 

 

 

 

 二時間ほど待機を置き、砂風が猛威を奮う荒野にて偵察部隊は到着した。

 彼らはシャアと彼に随伴予定のモビルスーツより先発して確認に向かっている。

 陸戦隊は年齢で云う中堅層が多く見られたが、気負う事無く装備とルートのチェックが終わるとすぐさま赴いた。

 彼らは歩兵を中心としているが、小型攻撃機であるワッパを足とした機動小隊である。小回りが利く機動力と形状から、成程モビルスーツで確認するよりも隠密性が高い。

 火器も単純な歩兵よりワッパに搭載された大型突撃銃、バックパックに携帯式バズーカ等があり充実している。工作員として現場入りする事が多いシャアも、彼らの動きに頷かざる得ない。

 高速で走りながらルート上の障害物を遮蔽代わりに使い、視界から消え行く姿を見れば不安なぞ萎むしかなく、残るのは頼もしさだけだ。

 

「見事なものだ」

 

 彼らを見送ったまま、シャアが呟く。

 

「我が隊の熟練を選抜しています。危険な任務ですから大佐も人選に苦慮していますし、後続の我々も間もなく出立します」

 

 やや乱れた青い髪に意志の強さを感じさせる黒眼のケン・ビーダーシュタット中尉が伝える。

 それを背に受けたシャアは了解を返し、振り向いた。

 まず、彼の視界に入るのは偵察部隊を運んできたファットアンクル。

 その両脇に簡易式モビルスーツハンガーが並び、シャアのドムとケンのモビルスーツMSM-07、ズゴックがある。ドムは試乗運転後である為に整備兵によって各部の点検が進められ、ズゴックの点検は既に終了したのか付近に人気が無かった。

 

「ほう。これが中尉の機体か」

 

 一時編入とはいえ、指揮官であるシャアは限定こそされるもののネメア隊所属機のカタログを閲覧できる。流石に機密情報で固められている大隊旗機は許可されなったが、生産体制が確立された機体であればスペックを知る事を認められた。

 各戦線の後詰、遊撃戦力を有するこの部隊は、今後投入されるモビルスーツ試験とこれに用いられる新機材の実用性判断を目的としている。

 第一陣としてグフと現地改修機の有用性とポテンシャルを。以降も戦場に合った試作機を運用し、戦果と改善案を報告する事でジオン軍上層部と各企業の開発陣にネメア隊の存在を是とさせているのだ。

 その中にはズゴックも当然ある。

 ケンのズゴックも大まかな性能は変わらない筈だが、一部異なる点が目を引く。

 装甲板等で四肢が補強されている事から多少外観が違う。それも角張ったものではなく、曲線で形成されており水流や空気抵抗を視野に入れているのだろう。安易に耐久性を求めていない辺り、考案した技術士官に好感が持てる。

 恐らくは搭乗する人間の拘りなのか、右腕だけ塗装が変わっていた。

 

「首は、無いのだな」

 

 モビルスーツの水陸両用という異なるカテゴリ、メガ粒子砲搭載機という点もシャアの知識欲を刺激するが、連邦軍基地をたった三機で陥落せしめたパイロットにも興味があった。

 実直そうな堅さがある、信頼が置ける人物なのは幾度か会話して理解できる。

 では、腕前の方はどうなのか。

 パイロットの技量を踏まえた上で、戦術と戦略はどれほど通じているのか。

 もしくは、機体と状況に恵まれた一時的な戦果なのか。

 

「カメラはターレット式を採用しております。不要な可動部を排した、と思って頂ければ。操作に多少手間取りますが、慣れてしまうと身動ぎなしで後方も見れますから」

 

 意外に便利ですよ、とケンはシャアに答える。

 ザク、ドムとも違う操作性に気を引かれたが、関心がある事を述べると荒野の地平に目を置く。

 偵察隊から目標及び類似するモノの確認が取れ次第連絡が入る段取りから、彼らの任務遂行を待つ身である。それまではこの体を叩く砂粒とざらついた風を相手にせねばならない。

 これが億劫だから、とモビルスーツのコックピットへ登るのは只のパイロットがする事だ。

 今のシャアは自らを含めた二機だけとは言え、モビルスーツ隊と偵察隊の混成部隊を預けられた指揮官である。つまりは、部下の視線があるという事だ。

 一過性の、しかしながら「ネメア隊前線指揮官」の看板を背負った立場がある。

 そうでなくても、シャア・アズナブルは『赤い彗星』なのだ。

 彼はネメア隊指揮官達との違いは勿論のこと、名声が齎す色眼鏡にも晒されていた。

 

「中尉の機種変換訓練は?」

 

「私は凡そ一週間ほど。その中でもパトロールの真似事を買って出たりしましたので、多少は濃い時間を作れたと思っています。

 ただ、水中での航行時間は任地が内陸であった為にそれほど取れず仕舞いでしたが」

 

「一週間か。短いな」

 

 シャアは優秀なパイロットだと、端的ながらケンを認めた。

 ジオニック社のザクとツィマッド社のドムを比べても操縦性、追従性が異なるのだ。生産元が変わるだけで機体の動き、コックピットの機器配置もがらりと変わるもの。シャアがドムの試乗運転を無事終えたのも、持ち前の操縦センスと天性の感覚が大きい。メルティエから事前のレクチャーは受けているが、これはシャアの才覚が八割を占める。

 人は自身で体感したことを目安、基準にする。それが一番理解し易い指標だからだ。

 しかし「一般的なパイロットならばどうか」という客観的な視点を持つシャアは体感した現実に囚われず、異なる着眼点を備えていた。

 その彼が、先述の二社と毛色が異なるMIP社という企業製のモビルスーツを操縦するケンを、一般的と評価することはなく。

 パイロット層の厚いネメア隊の実態が、シャアは良く分かった。

 少なくとも、その一例であるケン・ビーダーシュタットというパイロットは宇宙、地上、水中の三面に於いて作戦行動を無理なくこなす、という事なのだから。

 

「中佐は、一日でドムを扱っていますが」

 

 賞賛と受け取ったケンが苦笑する。

 謙遜している訳ではないが、ネメア隊でも数少ないドムはシャアの機体だ。慣れない機体に加えホバー移動という独自のシステムがある。ズゴックをものにするに七日間かけた自分より、一日でドムを把握する『赤い彗星』はやはり別格なのだと再認識させられた。

 

「意外に馴染んだ、と言うべきか。確かに、ザクの動きに捕らわれてはドムに戸惑うだろう。

 だが、モビルスーツの経験が白紙になる訳ではない。要は応用という事だな」

 

「応用ですか。……確かに、ズゴックにも通じる点があります」

 

「それは良かった。実は的外れな物言いではないかと、少しばかり後悔した」

 

「いえ、的を得ていました。気付いた点が頭に浮かびましたので」

 

「ふむ。できれば、後で聞かせてもらいたい。私もあの機体には興味があるのでね」

 

 ケンが了解の返事を送ると、ユウキが居るホバートラックのドアが開いた。

 移動通信室、と呼べる車両に詰める彼女は偵察部隊と交信していた。

 その彼女が勢い良く出てくる。

 これはつまり獲物が網に掛かった、ということ。

 

「中佐、偵察部隊より入電。酷似点から()()()()と思われます!」

 

 陽が駆逐され、夜の勢力が覇を謳う頃に。

 カスタマイズされた赤いドムと右腕を()()()()()ズゴックが今、出撃する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特務遊撃大隊旗艦「ネメア」のブリッジにて、メルティエ・イクスは状況に気を揉んでいた。

 地球に不慣れなシャア・アズナブルにドムの試乗運転を許可し、その途上で敵部隊発見の報告を寄越したまでは許容範囲内である。

 かくいう自分がその手の遭遇戦を経験しているからこそ、動くべき時機にも理解があった。また現在地が連邦軍との境界線に近く、敵の動きを掴みたかった点からも何ら問題はない。

 案内役(ナビゲーター)として同行したユウキ・ナカサトからの要請に応え、メルティエは偵察部隊を派遣すると共に補佐としてケン・ビーダーシュタットをつけた。『赤い彗星』の能力を考えればシャアに追従できるパイロットは限られ、その内で最低限の連携をとれる者は更に絞られる。

 豊富な地上戦の経験もあり、部下持ちでもあるからフォローは自然と行える貴重な人材である。ケン直属のガースキー・ジノビエフ少尉とジェイク・ガンス准尉も送りたかったが、彼らは三機でのフォーメーションを組めば単純戦力以上のものになる反面、異分子として他者が介在すれば息が乱れ、崩れる可能性があった。

 以前メルティエに帯同した時は問題なかった。それは『蒼い獅子』が戦線突破した点を拡張させ援護に徹していた背景がある。

 しかし、言葉にすると簡単に思えるが実際は至極難しく、誤射も無ければ進路上の敵へ牽制攻撃も行う力量は並大抵の事ではない。

 更にガースキーとジェイクは「ネメア」の直衛を兼ねているため、防衛戦力低下を認める訳にもいかない。ザンジバル級機動巡洋艦は数が少なく、その存在と艦船能力を知られるのも避けたい。発見された場合は全力で撃滅する必要もあるので戦力を割けずにいた。

 

 メルティエも現場へ向かいたかったが、愛機が整備中の為これを断念。これに彼をどうにかして司令席に留め置きたいサイ・ツヴェルク艦長らブリッジ・クルーが大いに喜ぶ。ネメア隊の誰しも『蒼い獅子』の技量と生存力を疑ってはいないが、メルティエが矢面に立つ事は避けたいのだ。

 彼らは、ネメア隊は蒼いドムが大破した光景を目に焼き付けていた。

 それは、御伽噺の英雄が悲惨な最期を遂げる姿にも似て。

 それは、神話に住まう幻獣が太古の英雄に打ち倒される幻視のようで。

 それは、メルティエ・イクスの圧倒的帰還率に翳りを滲ませるに十分な記憶だった。

 考えれば当然のこと。

 呆れてしまうほど簡単で、思い返せば失笑してしまうだろう。

 彼は、御伽噺の英雄ではない。

 彼は、神話の獣が人のカタチをとった存在ではない。

 彼は、自分達と同じただの人間で、少しばかり無理と無茶をする男だった。

 自分達と同じなのだから、彼がしたように彼を守ろうと。

 設立後半年もかけて、ネメア隊は一丸になりつつあった。

 その切っ掛けが、部隊長の瀕死、とは当人は知らないままである。

 要は、手から零れ落ちそうなものが、自分達にとってどれほど存在価値があり、代えのきかないものであったか気付けたということ。彼らにとっての幸運は零れ落ちる前に掬えた、否。

 零れ落ちるまでの時間を、何者かが保たせてくれたのだ。

 その何者かは誰も分からない、ただ本人が分かっていれば良いことであった。

 

「ギャロップ艦隊の状況は?」

 

 指で肘掛け相手にリズムを刻むメルティエは、オペレーター班に訪ねた。

 主席通信士がインカムに手を添えながら顔を向ける。さらりと流れる金髪に意識を取られるが、その房から現れた生真面目な碧眼に視線を合わせる。

 鼻筋の通った綺麗な貌だと思う。

 けれど、主席通信士を通して蜂蜜色の彼女が脳裏を横切った。

 

「既にキャルフォルニア・ベースより全艦出撃しています。

 二番艦が先行していますが、何事も無ければ合流するのは三時間、それ以降かと」

 

「友軍の動きは掴めそうか?」

 

「我が方と歩調を合わせる部隊はなし。境界線上に連邦軍の機影有りと報告が数件あり、恐らくはこの対応に追われているものと」

 

「了解した。シャア中佐には現行戦力で事に当たってもらうしかない、か。

 いつも通りの展開過ぎて、面白みが無いが……サイ」

 

 目を細めたメルティエは頬を親指でなぞりながら、傍らの副官を呼ぶ。

 艦長席のサイはコンソールに走らせていた指を止め、ディスプレイから視線を外した。

 

「は。本艦は現在位置で待機、ミノフスキー粒子は現状維持とし、航空部隊は警戒を密に。

 直衛のモビルスーツ隊はドダイに搭乗、別命が下るまで待機せよ」

 

 司令席に座るメルティエが指示しても構わないのだが、それではサイの面目がない。

 今もメルティエの欲しい情報を整理している彼は、自分の仕事を奪われたとは思わないだろう。艦長席に居ながらも地形情報や現区域で起きた過去の戦闘データを抽出している辺り、前線に集中してしまう個人の補佐に回ってくれていた。

 「ネメア」を山間に隠しているので操艦はしていないが、情報統合するのはサイの頭脳による。それでいて部隊長の意思を汲み、状況判断に翳りがみえないのだから頼りになる副官であった。

 気のせいか、サイを筆頭にブリッジ・クルーらのコンディションが良いように見える。先ほどの主席通信士とやり取りしている時も、漠然ながらも空気が違ったような。

 

(やる気に満ち溢れている……ように思えるんだが、どうだろう。

 ううむ、あまりブリッジに居ないから判別できんな。いつもの光景なら、別に構わないか。

 ……いや、こうも気を張り過ぎては戦闘時に抜けてしまわないか心配だ)

 

 ブリッジのモニターを眺めながら、周囲との温度差に困る部隊長と。

 肩肘に若干の力が入っているクルーらは、不在がちの席に居る男に気を配る。

 

(主席だからって、全部話さなくてもいいのに)

(ククッ。いつもより声が上擦ってた中尉、カワユス)

(過去の戦況分析してたら、サイ少佐が全力で追い上げて大佐にパスしてる件)

(大佐と自然に話せる好機(チャンス)が…………出来る人って、嫌いよ!)

(フッ、航空部隊の燃料と進路ルートを記録している私には隙が無かった……!)

(オイオイ。アンタ、地味な仕事拾いに行ったと思ったら、そういう事かよ)

(うぅっ、大佐が後ろに居るから、ハンドルから手が離せないよ)

(緊張し過ぎだろ、アイツ。肩凝る…………ま、まさか大佐に声を掛けて貰う為に!?)

(操舵士ィッ!? 微妙に肩を動かして誘ってんじゃねぇ!)

(胸にデカイのつけやがって。格差か、格差社会の象徴かっ。くそ、捥ぎ取ってくれる!)

(にゃろう。「気を張るな。休め、軍曹」「は、はいっ!」とか……狙ってたな)

(――――こいつら、楽しんでんなぁ)

 

 表情に出さず悩むメルティエと、声を掛けられるのを待ち続けるクルー達の図である。

 しばらくして、メルティエから見るに挙動不審であったり力み過ぎたクルーに声を掛け始めた。彼が気を廻すと相手に緊張が走り、その後は個人毎の反応を露呈しては赤く、または青くなって場の空気を塗り替えていく。

 それらの様子を眺めては愕然と気落ちした者をフォローしたり、ブレーキを効かす所かアクセルを踏んだ者を一喝しながら彼は感じ、思うのだ。

 

(こいつらなりに気に掛けている、というコトか。ふっ、はは。

 参ったなぁ……まいった。こういうときは、どうすればいいんだっけ。――――)

 

 彼らクルーの視線や態度から伝わるものを、彼は知っている。

 常世では小さかった彼を庇い亡くなり、幽世では黒い影から守り逝った両親の想いに。

 彼らの心は、最期までくれた、親の無償の愛ではないけれど。

 それでも胸に内に留まって、メルティエの活力足りえるもので。

 

「――――」

 

 ぽつり、とブリッジに流れた言葉は土に吸い込まれる水滴のように。

 なのに、浸透力と効果は抜群で。耳にしたブリッジ・クルーは己の仕事を止め、あるいは集中を途切らせて彼を見上げる。確かに聞こえた、その言葉の主を探して。

 その時のメルティエを見て、ブリッジ・クルーらは十人十色の反応を見せる。

 

 今の男を彼女達が見たら、どうしただろう。

 アンリエッタ・ジーベルならば、傍で優しく微笑んで彼の肩に手を置くだろう。

 エスメラルダ・カークスならば、想いを汲んで何も語らず寄り添うのだろう。

 メイ・カーウィンは珍しいものを見たと、茶化しに来るかもしれない。

 ユウキ・ナカサトは少し離れた所から、彼の変化を慈しむのだろう。

 キキ・ロジータは驚いた後に、太陽のように笑い掛けてくれるに違いなく。

 シーマ・ガラハウは、扇子で表情を隠しながら眦を下げるのかもしれない。

 

 そして、キャスバルとアルテイシアの兄妹は、懐かしい記憶を掘り起こしていただろう。

 何故ならば、

 

「ありがとう」

 

 少年の時分に戻った、屈託の無い笑い方を晒す彼が居たから。

 何処か見る者を惹きつけるような、翳りを含まない人好きのする笑顔が本来のモノであり。

 真実の「メルティエ・イクス」を覗いたブリッジ・クルーらは、一つ共通した思いが湧いた。

 この熱を孕み、胸の奥に届く言葉を喩えるものは、陳腐に過ぎる。

 だけど、飾りっ気の無い表現は勿体無い。

 であるなら、心に波紋を投げた感情が消える前に。

 

 ――――この人を、裏切ることはすまい。

 

 かつて遠い宇宙の故郷から排斥され、惑う身を彼に掬われたのだから。

 この想いを何者にも棄却できぬよう、誰彼にも切られぬように。

 統率者足り得る「ネメアの獅子」に誓おう。

 我々の寄る辺は、今を以って此処に在る。

 

 

 

 

 

 

 

 




現在外伝、幕間的なものを執筆中。以前アンケートで案をもらった例のヤツです。
並行して進めてましたが、本編が先に出来上がったのでお届けします。

外伝の方は四月中に出せればいいな(遠い目)
まだ猛威を奮う花粉症、気温変化に負けないよう体調管理を努めましょう。
感想の方、返信できずに申し訳ない。徐々に返していく所存にござる。

では、次回もよろしくお願いしますノシ



追記:久しぶりに主人公が主人公している。作者満足

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