ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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第65話:かの者よ、来たれ 〈その1〉

 ――――『赤い彗星』。

 

 ジオン公国軍を代表するエースパイロットとして、その雷名は敵味方問わず知れ渡っている。

 最大規模の宇宙会戦ルウム戦役において戦艦五隻を撃沈し、地球降下作戦ではその第一陣の援護に入ると共に衛星軌道上に展開した連邦軍迎撃部隊の突破に貢献、更に追撃を断行しルナツー要塞の防衛ラインを散々に破り、同要塞から鹵獲されたモビルスーツを引き摺り出しこれを撃破した。

 この甚大な被害を被ったルナツー攻撃も、彼からすれば戦力懺滅を兼ねた威力偵察の積もりだと云うのだから恐ろしい。

 事実物資不足から撤退したが、もし十分な補給を受けた侵攻であったなら連邦軍は宇宙の拠り所を失う危機にあった。あれから半年が経過した今でもルナツー要塞は万全の状態ではない事から、ジオン軍がルナツー攻略に踏み込まないのは不幸中の幸いであったとしか言い様が無い。

 こうした戦果からジオン軍にとっては救国の英雄であり、連邦軍からすれば地獄の使者である。

 U.C.0079において、最短日数で尉官から佐官へ昇った軍人はシャア・アズナブルしかおらず。一流の戦術家でもあり華々しい戦果と大功成し得た実力を備え、モビルスーツパイロットのカテゴリーでは史上初の成績をキープし続けている。

 その『赤い彗星』ことシャア・アズナブル中佐が今正に攻撃を仕掛けてきたとすれば、どうか。

 開戦中期の中でモビルスーツという兵器を恐怖の代名詞としか知らず、ルウム戦役の痛手を聞いたばかりの将兵ならば及び腰で済めば重畳と。一戦交えず撤退もありえた可能性が高く、士気消沈から続く部隊離散も想像に難くない。

 

 偵察隊から送られる情報を精査していたシャアは現在時刻を確認する。

 時刻は〇一五五。日付が変わってから約二時間が経過しようとしており、彼が定めた作戦時間に迫っている。適度な緊張を感じながらも呼吸の乱れは無い。

 相変わらずノーマルスーツを着用せず専用の赤い軍服でモビルスーツのコックピットに居るが、これは「自分は撃墜されない」という自信の表明と決意でしている。一見傲慢な自信家と受け取れ兼ねない立ち振る舞いだが、最近再会した友人が「それだけ慎重に行動するってことだな」と人が多い中で言うものだから、ネメア隊内に限れば異なる印象が芽生えつつあった。

 

 ドムのディスプレイは電源を落としたように真っ暗で、表示計の類が映らなければカメラが壊れたかと思うほどだ。

 だが、この時を嵐の前の静けさと云うのならば、この暗闇もそう悪いものではない。

 何故なら、間もなく自らが嵐の央となるから。

 

「偵察隊による目標確認から四時間。人員配置やこちらの動きが悟られたか様子を見ていたが」

 

 赤外線カメラから送信される映像を見るに警戒態勢に動きは無い。反応がないとも言って良い。敵地に侵攻している緊張は無いのか。防衛戦力に余ほどの自信があるのか。あるいは自分達の所在がばれない理由でもあるやもしれん。

 が、敵監視システムの埋設位置と歩哨の見回りルート、野営拠点の兵舎及び物資貯蔵庫等の所在を把握している。加えて、交代制で警備をしようにも仕事に集中できる時間は長くないものだ。

 どれだけの期間を此処で過ごしているかは判らないが、初日でなければ幾日も同様の行動をしていては気が抜ける。ヒューマンエラーというのは、そうした日常の陰に隠れているもの。

 

「随分と待ってやった。私としては」

 

 即断即攻をする性質ではないが、ある程度の情報を拾った上で攻撃を仕掛ける筈だった。

 今更敵を打ち倒す事を躊躇った訳でも、弾丸を撃ち合う事に恐怖した訳でもない。

 ただ、信頼できる者達に守られている妹と今後の展望を語り合える友が己の帰りを待っている。

 自分自身が始めた事とはいえ、ジオン軍人の『赤い彗星』シャア・アズナブルの戦果ではなく。一個人のキャスバル・ダイクンの帰還を待っている人達がいる。

 復讐を志す輩からみれば、なんたるくだらぬ感傷だと思う。

 しかし、一度でもそう響いてしまったのならば、仕方がない。

 才を有するが故に敵の致命傷を突き詰めるで終わらず。堅実に状況を見据え万全を期すのだ。

 今から相対する連邦軍の兵士にはその予行練習、道筋の道標となってもらう。

 

「人員配備も申し分なかったが、マンネリ化対策を講じなかった指揮官は詰めが甘い」

 

 ドムの起動はストレスを感じさせない、極めてスムーズに行われた。

 低くしっかりとエンジン音がアップする中で、ディスプレイ上に展開された簡易マップに友軍機が表示され、僚機のズゴックが戦闘態勢に移った事を報せる。

 赤いドムは発進と同時に重心を移し、上体を前へ倒しながらホバー移動を開始した。

 モビルスーツが加速する間に、作戦開始時刻となる。

 

「まずは先手を取らせてもらう」

 

 機体が加速限界に入るとドムはビーム・バズーカを展開し、両手と右肩でホールドする。

 数秒のチャージを経て、収束したビームが空間を灼きながら監視システム埋設地を破壊し、そのまま後方の物資貯蔵庫を爆破し崩壊へと導く。夜が深まった空気を震えさせ竦ませた光は自己主張の塊であり、遠目から良く判る光量と独特の音響をお供に甚大な破壊力を披露してみせた。

 メガ粒子の爆破はそのままミノフスキー粒子を拡散させ目眩ましにもなる。宇宙ではムサイ級巡洋艦からの一斉射撃でダメージと遮蔽空間を展開するのが常道であったが、この赤いドムはモビルスーツサイズで同様のことが可能だ。

 さすがに巡洋艦並のメガ粒子は充填していないが、極一部ながらも着弾地を起点とした通信遮断と電子機器障害は指揮系統の混乱と意識の硬直期間を発生させる。

 その間に、赤いドムは連邦軍野営地へ肉薄する。

 バズーカと機体の冷却が生じているが、シャアのドムは速度を維持したまま走り続けるのだ。

 つまり、この赤いモビルスーツは多くの戦術的有利を内包した先制攻撃を可能としている。

 被害を受ける側からすればそれだけでも大事であるのに、この機体は『赤い彗星』が搭乗しているのだから、敵からすれば顔を覆いたくなるような状況だろう。

 加えて、部隊編成時に手土産を持参できなかったシャアはやる気も満ちていた。

 決して上司に自分を高く売り付ける算段ではなく、旧い友人に活躍を見せたいだけだが。今から渾身の力を込めて殴られる相手からすれば、どちらも同じような事柄であった。

 

 かつて『蒼い獅子』の愛機であったドムの実戦データを基にしている本機はジェネレータ、出力強化を命題に改修されている。静止あるいは通常移動時のみ発射可能とされたビーム・バズーカを高速機動で使用できるよう出力の強化と安定を徹底的に見直しを計り、実戦で発生した出力低下と機能不全を克服せんとトライ&エラーを重ねた末に完成したものが本機である。

 機体の外観そのものは前身の蒼いドムと瓜二つだが機体スペックは飛躍的な進歩を遂げている。機体性能を損ねる事無く最大火力であり最大の悩みでもあったビーム・バズ-カが問題なく使用できるのだ。現状での高火力、高機動、重装甲を成し遂げた脅威のモビルスーツである。

 その結果としてスペックこそ最上のものとなったが、機材や消耗品の共有化はほぼ絶望的でありメンテナンス性は最低のものとなっている。特にビーム・バズーカは技術主任のメイ・カーウィン謹製のため再現するのも難しく、彼女自身試行錯誤して搭載した背景から量産は不可能に近い。

 原因の一つに、苦心したモビルスーツのパイロットが『蒼い獅子』ではなかった事がショックだったのか、当人の顔面に設計資料を叩き付けた経緯があり、その際に必要な図面が紛失してしまったという裏話があるが、ネメア開発陣は黙秘権を発動している。

 

「さて。問題は私にメルティエのような動きができるかだが」

 

 物資貯蔵庫といえど幾つかに分けられており、更に東西へ分割されている。シャアの一射は東側の二棟を焼き払ったが、それで今回の襲撃が終わることは無い。

 これ以上は連邦軍部隊と直接銃火を交える必要がある。敵が迎撃に出て来るのならば正面から潰して立ち回り、存分に注目を引いて偵察行動から鎮圧に切り替わる陸戦隊の侵攻を援けなくてはならない。僚機の援護も過不足なく受けられるだろうが、矢面に立ち続けるのはシャアの一機だけとなる。これは完全に敵を殲滅する為の第一段階であり、単なる通過点に他ならない。

 シャア率いる攻撃部隊は一度に攻撃するより、時差を挟んで攻撃する事を今回は選んだ。

 ビーム・バズーカの試験も兼ねているが、地上でのビーム兵器による先制攻撃は事例が少ない。ガウ攻撃空母による艦隊砲撃もあるにはあるが、どちらかと言えば高々度からの絨毯爆撃による面制圧が多く互いの射線上で撃ち合う砲撃戦は敬遠されていた。

 ジオン軍にビーム兵器の有用性が乏しければ、即ち連邦軍の対策は無いに等しい。東からのシャアによる攻撃でミノフスキー粒子の混乱も少なからず発生し、収束する前に西からズゴックのメガ粒子砲の射撃も加わる。事態に緩急をもたせながら相手側の沈静阻止と攻撃対象の散逸を誘発させ、モビルスーツの襲撃に意識を割かせた上で陸戦隊が敵拠点を制する。

 その為に作戦の基礎骨子たるシャアは部隊全体の盾であり、同時に矛でもあった。常の彼ならば僚機と並び攻撃を仕掛け緩んだ防衛線を突破口に敵を撃滅する。戦況の移ろいが速い電撃戦じみた攻撃戦術を好むが、少ない戦力で優位に立ち続ける作戦も得意であった。

 

 二射、三射と攻撃を続けながら砲身の冷却状況と機体の出力推移に目をやり、僅かな変化も見逃さぬよう気を配りながらドムを走らせる。

 管制塔代わりなのだろう敵指揮車両、ホバートラックが砂塵を撒き散らした。ドムはそのホバートラックを一瞥した後に西側の物資倉庫へモノアイを向ける。高熱源をキャッチした為だ。

 

「報告では東西どちらにも金属反応があった。東側にもこれと同じものがあったと思いたいが」

 

 高熱源反応は五秒以上その位置に留まっている。

 察するにドムが搭載しているビーム兵器のもの、ミサイルの類でもないと見た。

 メガ粒子のチャージは収束効率で左右されるが臨界点以上その場で蓄積させようとすると暴発の恐れがあった。集中して存在したメガ粒子が衝突し合い自爆とも呼べる爆発を起こすのだ。シャアの想像以上に連邦軍の技術力がメガ粒子の収束率を上げている可能性もあるが、艦船でもなくそのような設備群が移動しながら存在しているとは考え難い。

 宇宙で遭遇した『白いヤツ』も、一秒以上三秒未満で射撃していたのだ。一月の間でビーム兵器の向上を成し遂げた等思いたくない気持ちもあった。

 ミサイルの噴射熱による反応もあるにはあるが、高速以上で飛来するミサイルがその場に佇む事は物理的に不可能であるし、熱量の違いがあり過ぎた。

 

「任務目標ではないが、戦場で私と遭った不幸を呪うがいい」

 

 野営地を走り荒らしながら起動した白いモビルスーツ、ジムの胴体にビームの砲弾を叩き込む。倉庫の出入り口を一歩出た出会い頭の交差だっただけに碌な反撃も講じられずジムは爆散した。

 モビルスーツの爆発が光源にもなり暗がりに浮き上がった倉庫の規模を確認できる。斥候の報告通りモビルスーツ保管庫なのだろう。ジオン軍の野営地ではモビルスーツハンガーを野晒しにする傾向が強いが、モビルスーツの情報を秘匿したい連邦軍は遠方からの偵察を嫌い態々建造物を設けてまで隠したかったようだ。対策を講じていた彼らにとって無念だったのは、モビルスーツ規模の火器類搬入を偵察隊に見られた事と、モビルスーツ試験部隊の側面を持つが故にネメア隊の関係者は周辺設備の知識がそれなりにあった事か。

 

「夜襲とはいえ警戒しない道理も無い――――むっ!?」

 

 ついでとばかり倉庫に向けてビーム・バズーカを発射せんと旋回するが、倉庫の壁を内側から切り破って出現したジムがそのままビーム・サーベルを投擲する。

 膝を曲げつつ腰のひねりだけでその投剣を回避したドムは、シールドから覗くマシンガンを見て横に身を退く。曲線を描いたビーム・サーベルはそのまま地上に突き刺さり、エネルギーの充填が僅かだったのかただの筒となって地面を窪ませた。

 銃口から弾丸が連続して発射されるが、ドムは射線を悉く避けながらジムに接近する。近接距離まで許したジムは一歩引き次の一歩で空中へ跳躍、スラスターの噴射力を頼りに間合いを取ろうとした。上下左右にブレながらもマシンガンの射撃を止めなかった判断は牽制の積もりなのだろう。

 距離を開けようとする動きは良い。戦場の状況把握や地形変動の移動制御が満足にできていないのならば、障害物と衝突したり躓き転倒する可能性を考慮し自由な空中へ退くのも有効である。

 推進剤が十分にあるコンディションなら、多少推進力に重きを置いて高速機動するのも当然だ。

 このパイロットの教官がどのような教育を施したのかは知る由もないが、シャアは笑う。

 宇宙で相打った『蒼い獅子』なら、逆に『赤い彗星』へ接近戦を挑んだ。

 理由は簡単ではあるが、踏み込むには()()()()()勇気を要する。

 

「射線を退かすのではなく、逃げるのではな」

 

 その勇気が足らなかった者は、遭えなく空中で爆発四散した。

 射撃の正面に在ってはパイロットの射撃センス次第で命中するし、相手は『赤い彗星』である。ビーム・バズーカの砲口の死角へ身を置かなければ絶対回避の結果は得られない。『蒼い獅子』との戦いでは両機共に取り回しの良いマシンガンであったから、尚更互いに超接近戦を強いたのだ。

 結末は酷いものだったが、対『赤い彗星』で勝ち星を拾ったのはあの男だけだろう。

 あの戦いが終わった時分は気付かなかったが、今のシャアなら―――――キャスバルの面を顕にした彼には分かる。二人の戦いが演習訓練の時間だけだとしても、パイロットの資質と性格はそう簡単に変わるものではないから。

 

(死中に活を見い出す、などは生き急いでいる証拠だぞ。メルティエ)

 

 破壊されたジムの部品が地上へ降り注ぐ中、ドムに接近する高熱源反応が複数感知した。

 二機撃破されても抗戦する士気はあるようだ。

 尤も、三機のモビルスーツが戦力として残っているなら当然か。

 壊滅判定が出てもおかしくはない被害が出ている筈だが、どうやら敵は全滅するまで降伏しないのだろう。モビルスーツが五機以上配置されていた点から北米奪還作戦に向けた尖兵である公算が高く、この場で叩くべきと判断したシャアに間違いは無かった。

 フォーメーションを組んだ三機は倒壊していない倉庫等を利用しドムとの距離を詰める。

 敵は有効射撃距離まで到達したのか、携帯火器を向け攻撃を開始する。マズルフラッシュに遅れ九〇ミリの牙が空を裂くが、シャアはドムの機動力をもって十全に躱す。モビルスーツが出て来た倉庫を遮蔽板代わりにするが、倉庫外壁にあった亀裂からもたないと判断。ドムが一呼吸分の距離を取った時点で倉庫が火力に屈し倒壊した。

 倒壊すると同時にチャージしたビーム・バズーカを発射し、それをシールドで受けたジムが爆煙に呑まれ踏鞴を踏む。ビームの砲弾はシールドの取っ手以外を破砕し余波でショルダーアーマーを焼く程度だ。取っ手を投げ捨て両手でハイパー・バズーカを構え撃ち返した様子から継戦に支障はないように見える。

 シャアは存外頑強だったシールドに興味を引かれた。

 ビームとなったメガ粒子は接触面で球体状に変化し、其処へ更なるメガ粒子が溜まり爆発する。ある一定値の強度から溶融の勢いが止まる為に起きる現象であり、照射型と違い砲弾に性質が近いからこそのビーム・バズーカだが、シールドを侵食して内部に食い込み貫通し爆発するとシャアは推測していた。

 

「無いと思っていたが、ビーム兵器の対策はそのシールドか!」

 

 ジオン軍にもシールドを携帯するモビルスーツは存在するが、グフのシールドにここまでの強度はあるだろうか。恐らくシャアの考え通りシールドを突破され機体は深刻な損傷を受けるだろう。

 あの『白いヤツ』も同じようなシールドを持っていた。

 とすれば、ビーム兵器を搭載するモビルスーツは何らかの対策を施してあるということ。

 モビルスーツの開発はジオンが先だが、携帯火器の威力は連邦軍に越されている。

 

「開発段階でジオンのアドバンテージを追い越す……連邦軍の技術力は侮れんな」

 

 思考しながらも危なげ無く応戦するシャアは再チャージしたビームの砲弾を敵の前へ撃ち、爆発で生じた煙とミノフスキー粒子で撹乱する。

 そして西から迎撃に来たモビルスーツ隊がドムを追い中央へ移動した時点で、

 

「個人で決しても良いが、私も立てた作戦は完遂したいのでな」

 

 敵方の背後から強襲するズゴックが両手からメガ粒子砲を乱射する姿を確認し、挟撃へと移る。赤いドムと蒼い腕を持つズゴックに退路と活路を封鎖されたモビルスーツ隊は事態を認識する間もなく沈黙した。キャタピラの音を鳴らす戦闘車両やホバートラックはモビルスーツ隊が全滅したのをみて戦意を喪失したのか、白旗を振って降伏を示してきた。

 陸戦隊が捕縛と護送の手配をする様子を見守り、シャアは難なく敵勢力を制圧した結果に頷く。

 あの木馬と遭遇してから久しい損耗ゼロの戦闘報告を旗艦へ送信しながら、彼は酷く物足りなさを感じていた。

 

「白いヤツと酷似していると聞いたが、ここにあるのは色と外観程度のものだけか。

 いや、真新しい轍跡がある……何処かに移送されたか」

 

 撃破したモビルスーツが報告にあった機体なのか、一度偵察した人間に確認せねばなるまい。

 宇宙でのシャアの追撃を払い除け地球へ降下した『白いヤツ』――――ガンダムタイプのモビルスーツならば、今後の為にも鹵獲か破壊をしておきたい。

 あのモビルスーツの生産体制が完全なものとなれば、パイロットの技量はともかくとしても性能だけは脅威だ。そしてそのパイロットも経験を積めば恐ろしい戦力となるだろう。

 パナマ攻略作戦を間近に控える段階で、この敵戦力情報は代え難い戦功に違いない。

 この情報を基に今一度作戦を練り直して挑むか、懸念事項の一つとして置き決行に踏み切るかでガルマ・ザビの器が試される事にだろう。

 とはいえ、問題がそこで終わらないところに悩みの種はある。

 作戦の時機にもよるが、各部隊より一時的に借り受けた人材をそのまま置くことは難しい。

 現在の各戦線は停滞しているものの、一部ではあるが最前線を担い敵軍を睨むべき将兵を集結させているのだ。今作戦行動が元で戦線を突破され防衛ラインに変化が生じれば少なくない責任問題が浮上する。起こりえれば通常は降格か左遷の沙汰が下るだろうが、ガルマ・ザビはザビ家の人間であり内外的にもジオン公国を代表する有名人である。

 問題発生による責任追及を受ければ、ガルマ・ザビ准将という司令官の下で機能しているキャリフォルニア・ベースの戦力が、宇宙攻撃軍と突撃機動軍及び地球攻撃軍を束ねる要が外れることに他ならず、混在する火種が派手に爆発しかねない。

 しかし責任追及が果たされなければ、不満の種が何処かで芽吹く可能性もある。

 対象がガルマなのでそこまで激しいものは広まらないだろうが。もしこれがドズル・ザビであったり、キシリア・ザビであったなら軍閥を巻き込む諍いとなるのは火を見るより明らかであろう。

 故に。シャアとしては”騒動”を引き起こすのも、己の願望を鑑みれば至極当然のこと。

 ジオン軍の戦力が低下すれば、それだけ復讐の刃が届こうというもの。

 その為には各司令部が点在する宇宙(そら)へ戻る必要があるが、そもそもシャア自身宇宙攻撃軍所属の人間である。軍閥同士の削り合いが発生すれば、戦力や抑止力として機能する『赤い彗星』を呼び戻さない選択肢は有り得まい。

 

 だが。そうなれば、同じく宇宙へ戻るだろう『蒼い獅子』と戦場で衝突する。

 彼の、シャア・アズナブルは「立たれては厄介だ。面倒になる前に殺せ」と云う。

 彼の、キャスバル・ダイクンは「相手は同じ親の仇なのだ。同士にしろ」と云う。

 そうして、()自身は友人を見定めたいと踏み止まっている。

 己が火薬庫足り得る秘密を握るのは、今はまだ彼と近しい二人だけ。

 今はセイラ・マスと名乗っている妹アルテイシアは、ラル家に保護されている。

 同じ軍に属する友人メルティエは、頼もしい部下に守られている。

 これに胸を撫で下ろしている自分が居て、危険な情報源が息をしていることに不安を抱いている自分が居るのだ。

 

 無意識に、右手がドムの操縦桿を握り、左手が胸元のペンダントを探った。

 独りサイド3に戻り、軍人として復讐の機会を狙っていた男は葛藤する。

 

 是、成すべきか。

 偉大な父の提唱したニュータイプ論を、選民思想に染めた一族への誅殺を。

 温かな母の温もりを奪った、ジオンの名を冠する国への破滅を。

 

 あるいは、成さざるべきか。

 妹と共に世を見つめ、父の言うニュータイプの何たるかを求めるか。

 理解者に近い友を引き連れ、歩む道を定める所から始めるのも良いかもしれない。

 

「フッ、ままならぬものだ」

 

 彼がいつの間にか塗り潰していたものが、好奇に探究にも似た心が隙間から滲み出るように自身が定めた方針をブレさせる。これらは思いを巡らせば巡らすほど絡み、しかし強く引けば千切れる糸のようなもの。容易くはないが無理をすれば断ってしまう緊張が、かえって彼の意思を留める。

 彼が思案に暮れる此処は戦場で。機体の足元では事後処理の光景が続いていた。

 蒼い腕のズゴックが降伏した連邦兵に睨みを効かす中で、赤いドムはビーム・バズーカを構えた姿勢を維持する。捕虜となった連邦軍兵士達は蒼と赤の巨人に挟まれながら、移送トラックへ押し込められた。

 トラックの護衛をズゴックのケン・ビーダーシュタットに任せ、シャアは基地施設の一次調査に入る陸戦隊の即時戦力として現地に留まった。

 機体に支障はないが、状況把握の為にファットアンクルが回収に着くまで各部チェックを行うとケンに伝えたのが功を奏したのだろう。遠方よりドムの高機動戦闘を見ていたケンは成程と納得し特に疑問を挟まず動いてくれた。

 

「コックピットで思い悩む、か。初めての事かもしれんな」

 

 シニカルな笑みを浮かべながら、シャアは思考の海に潜る。

 悩む先について、かつての自分が見れば「随分と贅沢な事だ」呆れるかもしれず。

 けれど、決して悪い気分ではないと認めている点がおかしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝日が差し込むミデア輸送機の操縦席に、溜め息が漏れた。

 まだ道半ばとはいえ、胸の内を占める不安要素が薄らいだことは大きく、重きを成す。

 上位命令による事情説明なしの緊急発進であったが為に護衛機どころかフライトコースすら指定されないまま陸から飛び立ったのだ。ジオン軍にキャッチされ敢え無く撃沈されるか、敵制空内に迷い込み拿捕される可能性もある。幸いにも、職歴がベテランの域に入る機長の経験が活き事無きを得たが目的地までは遠い身であった。

 受け入れる基地までは近いようで遠い。

 これは物理的な距離ではなく、精神的負圧が強い為にそう思えてしまう。

 北米領内では制空権は連邦軍が劣勢で、優勢に秤が変わるのはいつ頃になるか見当もつかない。

 陸では巻き返しを計りパナマ近郊に迫ったジオン軍を追い払ったようだが一部を除いて膠着状態に陥っている。噂ではヨーロッパ、アジア方面で友軍を喰い散らかした『蒼い獅子』が渡米したと聞くし、更には宇宙からあの『赤い彗星』が墜ちて来たと言うではないか。今後の兵站任務は困難を極めるだろうとこのミデア輸送機を任された中尉は苦々しく思い、また息を吐く。

 

「……ん? 振動? 気圧変化か?」

 

「いえ。外圧に変化は…………自分の感覚が間違いで無ければ、貨物コンテナかと」

 

「奇遇だな。俺もそう思ったところだ」

 

 実直な副機長、少尉に笑い掛ける。何処かぎこちないと自分で思うのだから、それを横目にした相手はどう感じるだろう。

 あの貨物コンテナをミデアにロックし、空に上がってからは何と言うか。酷く居心地が悪い。

 漠然とした気味の悪さ、背中に這う冷ややかな感覚が、胸を詰まらせる。

 少年時代に「此処の空き家、出るみたいだぜ」と当時の友人達とふざけながら足を踏み入れた、あの誰も居ない空間で感じたもの。

 

 ――――そう。視線のような、首筋と肩にヒヤッとしたものが触れる感覚。

 

「今回の積荷は、曰く付きのものか何かか?」

 

「確認しましたが、特機と聞いているだけです。決して中身は見るなと厳命されてますし、万が一敵の手に渡るような事があれば、爆破せよと……」

 

 少尉が後部へ視線を向けた。つられて顔を向けると、仰々しいジェラルミンケースがある。

 恐らくは其処に遠隔式の爆破スイッチあたりがあるのだろう。

 ゴクリ、と喉奥から音が聞こえる。

 機密機材を輸送している時にも、こうした指令を受領した事はある。

 今は戦争の最中なのだから。敵の技術力に迫るもの、追い越すものを成せたならその事実を隠し来る日まで隠蔽するのは当然だ。不利な戦況が続く自軍が息を吹き返す。そのための一手を自分達が運んでいる事を誇りに思うことはあれど、厄介だと感じたことはない。

 今日までは、だが。

 

「積載量から察するに、モビルスーツとその機材って所か?」

 

「中尉。積荷は詮索しない方が」

 

「バカ野郎! 運んでるモンを分かってないままアクシデントが発生してみろ。その積荷を何処で破棄し、破壊すべきか分からんままなのはヤベェんだよ! ただの機材資材ならかまやしねぇが、モビルスーツは核融合炉で動いてるんだぞ? 例えジオンのクソヤローに狙われてようが人が住んでる場所に、近い所でこんなモン棄てられるかっ。

 ……上は簡単に爆破しろって言うがな。爆発範囲、環境汚染、住民の苦情が極まっちまったら俺達はオシマイなんだよ」

 

 中尉が苛立つのは何らかの問題が発生した際の責任の行き先だ。

 秘匿任務を任される、と云うことは指令自体が隠されている。つまり指示した軍が自分達を守らず切り捨てる可能性が濃厚なのだ。兵站任務を廻しているのは自分達だけではない。尉官程度ならトカゲの尻尾切りよろしくスケープゴートの役割を押し付けられる。

 加えて述べるならば、積荷を爆破するとしてその際に何処まで威力があるのか彼らは教えられていない。中尉の読み通りモビルスーツを輸送しているとして、特別な装備がないにしても環境汚染の度合いはどの辺りまでなのか。市民の住居近隣で事が起きた際に寄せられる苦情は補償、賠償で済む話なのか。

 

「――――中尉、高熱源反応有り!」

 

「くそ、やっぱ来やがったか!」

 

 レーダーに引っ掛かったその高熱源体は、二人の恐怖心を煽るように徐々に近付く。

 データ検索をしても連邦軍の識別コードに該当機種なし。僅かながら複数観測された抽出データから推測される類似機は、ドダイ爆撃機と敵モビルスーツのグフタイプと表示される。

 モビルスーツの空中戦を可能にしたドダイと地上専用機のグフは相性が良く、グフ自体の運動性も高い為に追撃を振り切ることは難しい。

 しかし幸か不幸か、機影は一つだけ。

 積荷をパージし、敵がそちらに興味を引く事を祈るならば逃げ切る目は十分にある。

 逆に言えば積荷を抱えたままではこれ以上の速度は出せず、敵攻撃の有効射程内に触れてしまうだろう。このまま拿捕されるくらいなら、積荷を破棄し爆破させる方が自分達の、連邦全体の為にもなる。

 積荷の確保に敵が向かえば、爆発で斃せるやもしれない。

 追撃を優先するなら、積荷が敵の真下か手前あたりで爆発させれば最低限の目眩ましにはなる。

 問題はタイミング、敵の注意を引きつつのコンテナブロックパージだ。

 敵の武装が分からないため、相手の初動を見てから判断しなくては。

 

「少尉、レーダーから目を離すな。後方観測班なんてこいつ(ミデア)にはねぇんだからな、レーダーで距離を計るしかねぇ」

 

「そんな事急に言われても……て、敵速度上げました!」

 

 レーダーマップにある敵の位置表示が中心、ミデア輸送機に進み始めた。瞬きの間で接近していると分かるのだから、相手は最大戦速で向かって来ていると見ていい。

 操縦席はキャノピーとなっている為ある程度の角度、視界は確保されているが後方から迫る飛行物体の確認と間合いの把握は至難の業だ。

 少尉が極度の緊張と死の恐怖から目が血走り、指先は震えている。それでもレーダーから目を離さず、操縦に固さはあるもののミスは犯していない。中尉自身も現実(リアルタイム)に這い寄る死から気を呑まれそうになる中で必死に操縦桿を握り締め、やけに煩くはっきりと聞こえる心臓の鼓動に揺らされながらタイミングを見計らう。

 

「――――ッ」

 

 中尉が目を見開きコンテナパージの操作を入力し、レーダーを見張る少尉の口から悲鳴交じりの敵接近を知る。あと一つキーを押せばコンテナブロックが解放され自由落下する。そうすれば逃げ切れると、生き延びられると彼らが信じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――其処に居たか、マリオォンンンッッッッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その男の声は歓喜のようにも。怨嗟のようにも聴こえた。

 確かなのは生存に全力傾注した二人の行動を竦める感情があった事と、懸命に生きる努力をした二人の行為を無に帰した事か。

 ドダイを足場に加速し急接近したものは、ミデアの機上から圧し掛かり操作不能に陥らせた。

 それは振り下ろす動きにもなる筈だが、取り付いたモビルスーツが墜落することはなく。

 朝日を遮断する山のような陰が、操縦席を覆うまで時間を要せず。

 古代東洋に実在した武者のような出で立ちの蒼いモビルスーツが、おぞましい色を湛えた一つ目(モノアイ)が彼らを射抜き。その赤い肩から伸びた腕がキャノピーを二人の体躯ごと叩き潰した。

 

 そして、呆気無く彼らが絶命する刹那。

 若い女の悲鳴を、耳にした。

 此処に居る筈の無い、少女の叫びを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





少女の魂を封じた巨人は流血を強い、戦武に酔った戦士は狂気を飲み嗤う。

心を裏切られ、閉じ込められた少女は叫ぶ。

其れは、分かたれた己の身を求めてか。

其れは、汚された己の身を嘆いてか。

其れは、痛みからの救いを請うてか。

応えるは何者ぞ。

暗雲を貫き地を彷徨う稲妻か。

他者を導く定めにある彗星か。

黄泉路から復活を遂げた獅子か。

あるいは、蒼い運命に招かれた旅人か。



――――応えし者よ、疾く少女の魂を解放せよ。



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