ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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第66話:かの者よ、来たれ 〈その2〉

 緑豊かな、生物が帰属するべき母なる大地。

 その地に古来より根付く鳥獣類の姿や鳴き声、今此処に在る生臭さが本来体感する生物との触れ合いと言うべきものなのだろう。博物館や電子媒体でしか知る事がなかったスペースノイドとしては望外の経験であり、大半の宇宙移民者からすれば夢にまで見た光景でもある。

 コロニーにも人間以外の生物は居るが、それは人の手によって完全に管理された動物園だけだ。

 宇宙という環境は自然が皆無のため動物達の寿命は短く、空気に雑じる獣臭さの除去等の手間暇が掛かる事や動物達のケアや餌代等の維持費も重なり頭数は限りなく少ない。

 他のスペースノイドと同じ身上であるジョニー・ライデンは自然豊かな地球に漠然とした憧憬の念を持ったし、アースノイドに対し持たない者特有の葛藤が僅かながらもある。

 彼も少年時代に地球の傲慢な圧力に苦しみ、それに忽然と立ち向かった大人たちを見て育った。宇宙移民者に対して圧制圧搾を是とする地球に住まう人々へ良い感情が育つ訳がなく、しかし其処に棲む生物全てを悪感情で塗り固められる訳もなかった。

 主観で物事を捉え易い少年期ながら、親や大人の言葉を鵜呑みにせず自意識を保った聡さ。それ故に抱いた感情を捨てず掲げず、客観的に受け入れる土壌を育みつつも直感を判断基準の一つに据える、視野の広さを有した人間となった。

 その彼がジオン公国の尖兵となり、人生の大半を過ごした宇宙から地球へ降り立っている。

 兵士ならば敵陣地へ踏み込む事は然程珍しいことではない。佐官に昇進してから哨戒パトロールや調査員の真似事が多くなったが、彼はモビルスーツで強襲兵まがいの事を常としていたのだ。

 むしろ、銃火止まぬ鉄火場こそが『真紅の稲妻』ジョニー・ライデンの真骨頂である。

 

「――――ふっ!」

 

 森林を脅かせず疵付けずに高速機動をこなす真紅のザクは、幾重にも飛来する一〇〇ミリの弾丸をものともせずその包囲から易々と突破するや、右脚のアポジモーターで制動と位置調整をこなしながら旋回、敵の射線に対して半身を保ちつつ振り向きざまに上空へMMP-78マシンガンを寸分の狂いも無く当ててみせる。

 ジョニーのザクを追い込むべく加速していた敵モビルスーツは頭部、右脇腹、腰部をタイムラグを挟みつつも強打され。仰け反り、飛行体勢を崩され、最後の一撃で脚部への伝達に支障が出たのか墜落し緑の絨毯へ強制ダイブを余儀なくされた。

 仕留めた光景を見届けず、ジョニーの手指は操縦桿へ次なる操作を、足は備え付けられたフットペダルを正確かつ幾度も踏んで休まない。

 命じられた紅い巨人はパイロットの指示通りに強弱を交えてスラスターとアポジモーターを吹かし反転するや、土煙を上げながら突撃するジムに向き直った。腰だめに構えたマシンガンを連射しつつ白兵戦仕様のシールドが打突を狙っているのか手を引く動きが見え、射撃で回避方向を制限しながら白兵戦に持ち込む魂胆が浮き彫りになる。

 接近戦を挑む相手パイロットに好感を持ったジョニーは、

 

「いいぜ、来いよ!」

 

 彼はマシンガンの銃口を反対側へ向け、敵の銃弾を半身の体勢のまま微細な操作で回避する。

 近付く白い巨人と光線が何度も走っては抜いていく映像がディスプレイに映され、常人なら震えるか、怒声紛いの叫び声をもらす状況で。ジョニー・ライデンは好戦的な笑みを浮かべ相手の狙いに合わせてすらいた。

 距離を詰めているのに攻撃が当たらない真紅のザクに戸惑わず、勢いはそのまま立ち向かってくる敵へジョニーは益々笑みを深める。思い切りの良いヤツは嫌いじゃないのだ。

 下から掬い上げる動作で迫るシールドクローに、

 

「ストレートなヤツだ―――――あと、お前は邪魔だ!」

 

 真紅の稲妻の渾名通り、迅速な対処を機体に処理させる。

 迎え撃つべき敵はカウンターで左足の爪先で胴体を蹴り飛ばし、回り込み死角からの不意打ちを画策してきた輩にはマシンガンでタイミングを狂わせ、旋回する時間を稼ぐと腰のハードポイントから抜いたヒート・ホークを顔面に叩き付け、コックピット上まで切り割ると脚部に負荷が掛からないよう高度を徐々に下げて着地した。

 活劇が如き業前を終えたザクも流石に堪えたのか、各部に設けられた排気口から吐かれる熱風はしばらく続いた。それはジョニーも例外ではなく、人間と機械仕掛けの巨人主従は揃って深呼吸を繰り返した。

 第二波に構えるが敵の後続は無く、倒れたジムから青白い火花がバヂバヂと鳴るだけ。

 かち割る積もりはなかったのだが、胴体まで食い込んだヒート・ホークは幸い機関部までは届かなかったようで。誘爆の危険があるのでヒート・ホークの動力を切り、無造作に引っこ抜く。

 内部状況は不明だが、コックピット・ハッチをこうも損傷されてはパイロットは自力で脱出できまい。先に倒したジムも同様にしておいたので、システムが生きているなら自走できるだろうが。

 自機の七時方向にカメラを向けると、頭部と右腕を紅く染めたザクが仕留めたジムへ銃口をそのままに付近を警戒している。

 強化パイロットと称されたユーマとイングリッド、二人のモビルスーツ適性を実戦評価する為に交互に出撃させているが、ジョニーからして問題らしい問題は見受けられない。

 今回の僚機はイングリッドで、ジョニーの援護をメインに敵の足並みを乱す事に徹していた。

 ユーマの方は歳相応の若々しい突撃が見られるが、ジョニーの言う事は必ず聞くのでそれほど問題視はしていなかった。イングリッドからは時折邪気の無い悪態は聞こえるが、指示は受け入れるし柔軟な思考を見せており、これといった問題点が浮かび上がらない。

 そう、浮かび上がらないのだ。

 初陣の兵士が当然襲われるPTSD(Posttraumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)を発症してもおかしくはない。それが少年兵ならば、人生で一番多感な時期に人の死や暴力を目にすれば、当事者になれば精神的ストレスに苛まれるだろうと、ジョニー達は気を揉んでいたのだが彼ら二人は簡素な作戦報告を終えるや普段通りの食事を取り、普段通り小さな事で喧嘩をしてジョニーとエイシア・フェローが仲裁に呼ばれた。

 戦場で精神(こころ)を壊さないのなら、それに越した事は無い。

 だが、それで終わりにして良い問題ではないと。ジョニー・ライデンは二人に気を配っている。

 皆に『真紅の稲妻』として慕われる軍人ではなく、単なる一人の大人として。

 

『ジョニー、こっちは片付けた。状況は?』

 

 ディスプレイ上にジーメンス・ウィルヘッドのワイプが表示される。あちらも作戦の進捗は上々で他者を気遣う余裕すらあるようだ。

 軽い口調で「問題ない」と返してやり、四肢をヒート・ホークで寸断し敵モビルスーツを無力化する。捕虜にするにしろ、機体調査をするにしろ敵の無力化は必須と言える。誰も後ろから撃たれたくはないし、もし死んだフリを決め込まれ程なく到達するだろう後方支援隊に襲い掛かられては堪ったものではない。

 残念ながら地上に降りたキマイラ隊に過剰戦力はない。補充人員と装備が手配される予定ではあるが、今は二個小隊以下の戦力しか保有していないのだ。

 ただの遊撃部隊ならば十分と評すものだが、上はそれで満足する気はないらしい。

 一年戦争前は尉官より下であった自分にとって、これ以上の部隊拡充は手に余る。

 が、その気持ちより何処かキナ臭いものを感じながらも、不満をおくびにも出さず腹に仕舞えるのがジョニー・ライデンという男だった。

 戦場に出ているお陰か、余計な事に意識を割かずに済んでいるのは助かる。

 僅かながらも先の事を考え、ジョニーは片目を閉じた。

 

(クルストの所在が分かったのはいいが、オーガスタとはな)

 

 現在キマイラ隊はクルスト・モーゼス博士の追跡を進め、南米から此処北米へと移っていた。

 独自行動の許可を上官のヒュー・マルキン・ケルビン大佐が北米方面軍司令ガルマ・ザビ准将より了解を得ているとはいえ、便宜を図ってもらえると都合良く解釈してはいない。

 キマイラ隊は地球侵攻軍総司令はキシリア・ザビ少将直属であり、一方面軍司令のガルマ准将はキマイラ隊の作戦内容を知る権限はないのだ。自治領を秘密裏に動き回る上位部隊など邪魔者以外の何者でもあるまい。ケルビン大佐は何事か発生した折には報告を義務付けられたそうだが、彼が素直に欺瞞なく報告するかと聞かれれば、難しい問題だとジョニーは答えるだろう。

 身近で我が軍が一枚岩ではないと分かるのは、何とも言えない気分にされる。

 

(随分と守りが堅い。偵察の積もりだったが、藪をつついて蛇を出したか?)

 

 北米奪還、ひいてはキャリフォルニア・ベースへの侵攻を計画していたのか、北米地区の連邦軍残存戦力はよくまとまっている。

 防諜機能の全てを確認できている訳ではないが、この鬱蒼とした森林に恐らく特定のポイントを通過すれば位置をキャッチされるセンサー類があるに違いない。モビルスーツ地雷等が埋設されていないのは、設置ポイントを割り出されたくないからだろう。一つ程度では分からないが、定量の地雷が爆破すれば設置する場所や範囲が絞り込める。それはセンサーも同様で、爆破の影響で性能低下や破壊できる可能性もある。

 一度だけの攻防戦ならセンサーで位置を特定、爆破の戦術も大いに有りだろうが、小出しに侵攻して来る相手には一回で終わるものより何度も利用できる機材は有効なのだ。

 であれば、この緑豊かな場所は連邦軍の壁と耳の役目をしている。宇宙世紀初期の地球再生計画で人の手によって生み出された木々は天然のものより背が高く腕も広い。ザクの視界どころか身を隠せるほどのものだ。上空より降下作戦を検討するのも悪い手ではないが、敵が基地の対空能力を拡張しない筈もないだろうし、現状のキマイラ隊は移動拠点のザンジバル級機動巡洋艦しか有していない。決死の任務でもないのに、家代わりの戦艦を危険に晒す事もなし。

 ともすれば、このまま警戒しつつ行軍をするしかない訳だが、ジョニー達はまだ敵の敷地外に居る。強襲を掛けるには遠く、橋頭堡を築くには近過ぎる。トラップが敷き詰められている森の中でキャンプを張る訳にもいかず、二個小隊以下の戦力で強行突破するリスクは大き過ぎて部下を失うにはリターンが限りなく小さい。

 そして、最大戦力であるモビルスーツ()()手札にない彼らキマイラ隊と違い、敵軍は防衛戦力の名の下に各種兵器で守っているのだ。同戦力に位置するモビルスーツを数機撃破できた点は大きいが、これで終わりではない事は明白だ。

 

(面倒な事を……駐屯部隊と連携して攻略をするとなると、腰を据えて作戦を練る必要がある。

 基地攻略の手柄を譲渡すれば乗ってくるか? いや、そもそも駐屯基地の戦力が当てに出来る程のものか? 前線基地は防衛程度のもので、後方が戦力拡充し易い事もある。

 それに。宇宙(そら)じゃ気にしなかったが、此処は北米だ。ガルマ准将の下で独断専行をもって功績を上げる、野心持ちの人間が都合良くいるか難しいな。

 あー、くそっ。統制が取れている友軍に苛立ちが出てくるなんて、おかしい筈なんだがな!)

 

 ジョニーは口の中で悪態を溜め、一緒に息を吐いて気を切り替えた。

 考えるのは得意ではないが、やるべき事は理解している。

 ならば、目標達成をするべく動くべきだ。

 

「ジーメンス。敵の防御は固い、一度仕切り直す」

 

『了解。強行突破するんじゃないかとヒヤヒヤしたよ』

 

 茶化す響きを乗せた返答に、安堵の色が見えるのはそういう事なのだろう。

 疲労感に包まれながら苦笑を浮かべたジョニーがモビルスーツに方向転換をさせる。ザクの駆動と土を踏み締める重低音が場を支配し、人工の巨人が自然の動植物に背を向けたとき。

 

『――――なにか、く、る?』

 

 その聞き逃してしまう程度の少女の呟きに、イングリッドのぼうっとした声に反応できたのは、三条の光を僅かな挙動で躱して退けた手腕は、流石は『真紅の稲妻』と言わざる得ない。

 彼も完全に見切れた訳ではない。しかし動体視力に引っ掛かった極々小さな赤い点から本能的に回避し、ザクの装甲板を照らし一部溶かす程度に被害を抑えたのだ。ジョニーはその間も射線の先を睨み、射撃地点を看破した赤いザクはライフルをもって返礼する。

 マズルフラッシュの瞬きと違う火花が散る光景にジョニーは「当たった」と同時に「まだだ」と理解した。戦闘状態の緊張感が身体に残っているし、着弾して爆発するにも光源が小さ過ぎた。

 

「イングリッド、呆けるな! できるなら応戦、無理なら退がれ!」

 

 彼女の様子がおかしいとは思う。

 此処でPTSDを発症したのかもしれないし、これがフラナガン機関から資料提供された例の作用かは見当がつかない。補佐兼軍医のエイシア・フェローなら分かったかもしれないが、拠点に居る時は相談できても戦場ではそうはいかない。

 精神に不安が残る兵士は足手まとい、戦闘続行は厳しいとジョニーは判断した。イングリッドに選択肢を与えたのは、負けん気が強い少女の奮起に期待して発破をかけたのもある。が、彼個人としては後者の答えを聞きたかった。

 

『っ! やれる、やれるよ。変な気を回さないでよね!?』

 

 弾かれたように動く僚機を横目に、赤いザクはマシンガンのマガジンを交換しつつ敵を警戒する。当然ながら敵は射撃地点を変えて応戦をしており、逆にジョニーはイングリッドの正気が戻るまで移動すら制限されていた。

 しかし、少女への不安は晴れないが自衛行動は可能にまで回復はできた。

 ならば、赤いモビルスーツは枷を外されたと解すべき。

 

「――――そうであってくれると助かる」

 

 かの稲妻は迅速を以って戦場を駆ける。

 踏み込みからの加速、加速からの最大戦速へ。

 機動補助のアポジモーターは余分な回避より加速に助力。 

 一瞬、ビームが掠めた様に見えるが初撃以外『真紅の稲妻』に当たりは無い。

 センサー有効半径にあった敵機へ。三、四発だけ射撃する時間だけで肉薄した赤いザクは両手で構えたマシンガンでしっかりと狙い、連続射撃(フルオート)

 マガジン一つ撃ち尽くしたジョニーは、再装填よりも腰のハード・ポイントからクラッカーを手に取り、投擲する前に横へ跳ぶ。

 その赤いザクが居た空間の奥には、イングリッドの操るザクがマシンガンを構えていた。

 敵の銃口を釘付けに、後続機の射線から退く。

 些か前のめり過ぎるコンビネーションではあるが、機動戦闘を主体にしているモビルスーツ部隊では見られる構図ではある。

 

「マガジンを空にして、更に追加しても()()()

 

 着弾に装甲が削られ、煙に巻かれながらもその場に立つ敵モビルスーツに暗澹たる思いだ。

 ジオン軍の曲線で構成されたものに比べ、直線で組まれた連邦軍のモビルスーツはスマートと言っていい。それでいて勝る要素が全く無い、むしろ劣っているという戦力比がある。

 当たる箇所(ヒットボックス)は狭く、しかし機動力は同等で、装甲は堅牢という言葉すら可愛く思える頑丈さ。

 おまえに、火力も段違いときている。

 

(それにしても、嫌な色だ!)

 

 赤いザクは地面を蹴り煙を穿ち来るビームを回避、クラッカーを投擲するが対空射撃のバルカンで払われ空しく爆発した。

 対する蒼いモビルスーツは破壊されたシールドの取っ手を放り投げ、先ほどの集中射撃で崩壊した追加装甲らしき破片を振り落としながら脚部の収納部から筒状のものを取り出す。

 爛々とした赤いデュアルアイが、何処か生物的で不気味さを漂わせる。

 

『ジョニー、そいつ何かやばいヤツだ!』

 

 焦りを多分に含ませたイングリッドの叫びに、ジョニーは口の中で「だろうな」と返した。

 上司のキシリア・ザビ経由で紹介された映像閲覧で、彼はこいつの同類を観ていた。

 体感している差からか、命中精度もダメージコントロールも眼前の方が優れているように感じられ、それがジョニー・ライデンの戦意を萎縮させる所か却って向上させた。

 

()()()()より先に、俺が墜とす!)

 

 『蒼い獅子』を昏倒にまで追い詰めた、蒼い敵モビルスーツの存在を。

 一人の少女を犠牲にして誕生した、破壊すべきシステムの名(EXAM)を。

 

 展開するビーム・サーベルと抜刀したヒート・ホークが衝突し、激しい電磁波を発生させディスプレイに青白い光と赤熱光が乱発する。鬩ぎ合いはしばらく続くかのように見えたが、推進力を重ねて漸くの拮抗だったらしく、地力の差から赤いザクが押され始める。

 互いの銃器も銃口が当てられないように牽制し合い、敵機の頭部に搭載された六〇ミリバルカンが赤いザクを狙うが、脚部のアポジモーターの角度を変えた噴射によって放たれた膝蹴りが敵機の胴を強かに打ち体勢を崩させた。

 これに乗じてヒート・ホークを一度引き、切り裂かんと横に滑らす。が、それを見破ったのか蒼いモビルスーツはザクの胸部を蹴り、それを足場に跳び間合いを取った。

 

「ちっ、まさか蹴り返されるとは……インファイトが得意な奴か」

 

 十分な威力は乗っていないとは言え、モビルスーツの蹴りという少なくない衝撃が残る。彼我のスペック差から勝負を決めようと急いでいたのもあり、舌打ち一つでジョニーは自分を戒めた。

 最後の回避行動は目を見張るものがあったが、まだ攻撃は力押しの印象が強い。機体の性能からしてそれは悪くない。だが攻撃よりも防御、回避に長けているとは。

 いや、待て。

 

「――――ああ、そういや。アイツは、両方とも()()()()な」

 

 尖り過ぎて。攻撃の中で機動回避し、その回避の裏で突撃の機会を企てるような輩であった。

 ジョニーも出来なくはないが、あれの真似をすれば肉体ダメージが許容範囲外に至るだろう。

 一度の戦闘で数回も行えば蓄積されたダメージが今後にどう影響するか分かったものではない。外野から見れば両者とも同類に見えるだろうが、一貫性の速度によるものと多方面から加わる圧力は別のものだ。真っ直ぐ走るのと、ジグザグに動きながら走るのとでは違う。アレはジグザグに走りながら、真っ直ぐに走る人間と同じかそれ以上の速度を出している、出し続けているのだろう。

 

 ――――最大速度を維持しながら敵攻撃を機動回避、加えて旋回を行い敵の懐に潜り食い破る。

 

 間合いを詰め、相手に圧力を掛けて潰す。

 成程。威嚇して獲物を畏縮させ、自慢の爪と牙で仕留めるのは獣には似合う。

 だが、何時までも獣の動きが出来る訳ではない。

 そして、無理を可能にする手段は、自力以外でも補えるのだ。

 

「……リスクが高い。俺とお前じゃ戦術も違う。考え方もやり方も、似てるようで違うもんだ。

 ――――イングリッド、()()()()()()()、一斉射撃だ」

 

 蒼いモビルスーツが気付いた時には遅く、四方から弾丸が襲う中央に立っていた。

 防御姿勢を取りながら跳び退るが、全てを防げる事はできない。

 関節部、駆動部に着弾すれば千切れ、爆発する。

 

『あうっ!?』

 

 イングリッドの悲鳴にジョニーは訝しんだ。

 彼女の乗るザクにダメージはないし、そもそも攻撃はこちらがしている。

 負担が掛かる事は何もない筈だが。

 

「なにっ!?」

 

 ディスプレイの中で、推進剤を撒き散らして旋回した蒼いモビルスーツ。

 左手を盾に、二の腕まで破壊された敵機は右腕を振るいビーム・サーベルの健在を示している。そのまま撤退するかと思いきや、一直線に降下したのだ。

 不自然に動きが悪くなった、イングリッドのザク目掛けて。

 

「な、イングリッド!」

 

 弱った敵を倒す、倒されるのは戦場でよくある光景だ。

 戦線の突破口を開くにも、カバーが必要な足手まといを作り部隊の機能不全を計るのは当然だ。弱い者から淘汰されるのは、此の場以外でもよくある事である。

 むしろ、突かないのは不可解な出来事と言ってもよい。

 故に、イングリッドには先ほどの問答で退いて欲しかった。

 マシンガンを向け発砲するが、

 

「弾切れ――――避けろ、イングリッド!」

 

『エメ!』

 

『こいつさっきよりも、速い!』

 

 即座にジーメンスとエメのザクが森林から姿を現し援護行動に入るが、まるで蒼い機体は水の中を泳ぐ魚の如く。弾幕の流れを予め解っているかのように、淀みなく進んで駆け抜けた。

 機体の性能差からか、敵モビルスーツの速度がいやに早く感じる。

 エメの機体が加速し最大速度に乗る頃には、蒼いモビルスーツが己が剣を振るう距離にあった。

 ジーメンスはマシンガンの照準を合わせ射撃するも、柳のように揺れる敵機に当たらない。

 二人にとってイングリッドは生意気盛りの妹分のようなもの。「運がなかった」の一言で諦める訳にはいかない。少女に迫る害に対して、二人は最大限に最良の行動を選択している。

 それでもこの蒼い敵に手をかける所か、影さえ踏む事ができない。

 退くと見せ掛けてからの強襲は二人の想像を超える速度で迫る事で成功させ、射線を読み取ったように回避する動きは予想外の出来事である。二人はコックピットの中で唸り声と少女の名を呼ぶことしかできない。

 イングリッドのザクを敵のビーム・サーベルが切り裂き、一人の生命が終わる。

 キマイラに召集される前に経験した、同胞が散る間際の光景がまた起こる。

 優秀なパイロット、エースと称えられながらも戦友を救えなかった事実を味わわせる。

 またあの、苦い感情に支配される。

 

 ――――そう。二人だけならば。

 

『くっ、ぉぉぉおおおおっ!!!』

 

 二人は視た。

 己の幻視を突き破り、払い除いて「家族」を『蒼い死神』から救う『真紅の稲妻』を。

 余分なパーツ、武装を外し軽くなった機体で割り込んだ紅いザクは、再び蒼い機体と鍔迫り合いを演じる。エネルギーが磁場を作り、眩い光源となって戦場を照らす。

 

「ジョニー!」

 

「無茶だジョニー! パワー比べじゃ勝てん!」

 

 敵機と密着状態にある紅いザクを援護できず歯噛みするエメ、計測された推進力と出力比からジーメンスが叫ぶ。事実ジョニー・ライデンのコックピットではヒート・ホークを持つ右手の稼動限界をアラートが報せていた。

 パワー比べを強いられ出力を割いている現状、インパクトからの次行動は不可能。

 かといって仕切り直しは認められず、後退はイングリッドの死を意味する。

 この蒼い機体が狙いを絞っている以上、ジョニーやジーメンス達は二の次なのだろう。

 押し負け始めた機体が悲鳴を上げている。

 ミシミシ、とコックピットに伝わる不気味な音が恐怖を煽る。

 激突した空中で競り負け、地面に押し付けられた脚部は負担が許容外に及ぶのか、パイロットの操作を乱れさせ圧力を散らす困難さが増す。

 

「っつあぁあ!」

 

 そんな中で一度機体の重心を下げ、敵のパワーを抑える。

 一際大きな音と共に右腕から火花が散り、ヒート・ホークを持った手が弾かれ、押し切ったビーム・サーベルが易々と紅いザクの右肩を抉り、そのまま切り落とす。

 だが、此処まではジョニー・ライデンの予想の範疇である。

 彼は、『真紅の稲妻(ジョニー・ライデン)』は押し切られたままに、右肩を切られ更に身軽になった機体をもってアポジモーターとスラスターを一際吹かせ、腰の旋回と引き絞った左腕により、極々狭い距離に身を置いた中で速力と芯を捕らえた左ストレートを敵機の胸部へ突き刺した。

 ダメージは測定できないが、放った左拳を自壊させるほどのものとすれば、その威力が想像できよう。直撃したモビルスーツが硬直し、推進器に変調が生じたのか青白い炎が勢いを弱めた。

 

(あまり褒められた手じゃないが、このままやらせてもらう!)

 

 機体には負けるが、パイロットを止めることはできる。

 如何に堅牢なモビルスーツであろうと、搭乗者はただの人間に違いなく。生物である以上は生理現象があるという事に他ならず失神、気絶も有り得るということ。

 意識が飛ぶほどの衝撃を加え、脳震盪を起こして行動不能にする。

 その為には執拗にコックピットにダメージを与え、揺さぶりが必須だ。

 しかし、ジョニー・ライデンの機体は両手を失い、内蔵武器が皆無のMS-06Gである。継戦能力向上の為に脚部にミサイルポッドを装備する案もあったが、加重を嫌った彼の意向から装備されていない。

 今は戦闘能力を失い、敵と密着姿勢にあるという最悪の状況だ。

 おまけに相手はこちらよりパワーがあり、片手を失ってはいるが戦闘能力は残っている。

 

『ジョニー離れ――――うそぉ!?』

 

『お、おいおいおぃっ!』

 

 否。後先考えないやり方ならば、この状態でも戦闘は可能だ。

 ジョニー・ライデンらがかつては一つにまとまっていたジオン公国軍国防隊、その初期配置されたモビルスーツパイロットは例外無く()()()技量が高水準であった。

 無数にあるデブリの中を飛び回る機動戦、敵中枢へ肉薄し吶喊する白兵戦、適切な間合いを計る射撃戦は当然として、その原点に存在するのはAMBACの技術だ。

 この技術こそジオン軍モビルスーツパイロットの宝であり、此れがあるからこそ戦闘機より小回りが利き、一八メートルの巨体で戦場を縦横無尽に駆け巡る事を可能としていた。

 間接的に他者の四肢を、全身を操り望み通りの行動を取らせる技術。

 それを修めた一人であり、戦場で恐れられる『真紅の稲妻』が、両手がない状態をもって無力化できたと言えるのだろうか。

 

「貴様は! ここで! 墜ちろ!」

 

 各推進器の上限一杯に吹かしたまま、初手は右膝蹴り。

 高度を上げての一撃は目論見通りコックピットに刺さり、推進力の後押しを足場代わりに左前蹴りでそのまま地面に縫い止める。噴き上がった土砂がザクのカメラを妨ぐ中でジョニーは慌てず、相手の反撃を想定して空中へと退避する。

 握られていたビーム・サーベルが、紅いザクが居た空間を薙ぐが推進剤の残り火を散らすだけで空振りになり、しかし開放された蒼いモビルスーツがスラスターの力で離脱しようとする瞬きの間に、背部のスラスターを限界出力(オーバーロード)させた紅いザクが、相手のコックピット()()目掛けて急々降下で再度縫い止め、アポジモーターから火花が発す勢いでスタンピングを繰り出す。

 

 金属同士の衝突を幾度も繰り返し耳を劈く音を聴き、敵機のコックピット部が陥没したのを確認してか、ジョニーのザクは力を無くした右膝から崩れ落ち、蒼い敵機の隣で擱座した。

 出力低下により精度が下がったディスプレイを睨み、煌々としたツインアイが沈黙したのを数秒待ってから、ジョニーはヘルメットを乱暴に脱いで深呼吸を繰り返す。

 各モニターをチェックするが、紅い陸戦高機動型ザクIIはほぼ死にかけとなった。

 なにせ、無理な機動と可動、衝撃を休み無く与え続ける羽目になったのだ。AMBACを応用した格闘戦を重力下の地球で行えば各部の寿命が減るのは当たり前と言える。むしろ、戦闘中に両脚が自壊しザクが空中分解しなかっただけ、モビルスーツがパイロットによく応えてくれたと評せた。

 性能による力の差ではなく、技術力と経験にモノを言わせたゴリ押しというべきか。

 恐らくは、コックピットに居るであろうパイロットは良くて重傷、悪くて死んだだろう。

 自身による機動も負荷のかかりうる動きであったし、そもジョニーの攻撃は手加減なぞ挟む余地が無い圧殺の行動だ。

 身体をシートベルトで固定しているとしても、首は折れている可能性がある。ヘルメットごとシートに固定する方式なら衝撃も分散、吸収できるが視界を固定するような愚を機動兵器のパイロットがするだろうか。

 

「ジーメンス、エメ。イングリッドの回収を頼む」

 

『ジョニーはユーマ達に任せても?』

 

「ザンジバルの防衛戦力が落ちるが、直衛部隊に俺のザクを牽引してもらうさ。

 すまないが、ユーマ達と交代でザンジバルの備えに入ってくれ」

 

『了解した。派遣要請しておく』

 

 コックピットハッチを開放して外に出ると、イングリッド機を両脇から支えて飛ぼうとする二機のモノアイと目が合った。ジーメンスはマシンガンを掲げ、エメの方は片手をヒラヒラと動かし、息の合ったタイミングで飛び上がり危なげなく去って行く。

 練度の高い二人だからこそ出来る芸当だな、と離れる三機を見送ったジョニーはハッチの端へ背を預け、ずるずると下がっては座り込み、大きく息を吐いた。

 戦闘の緊張が抜け始めた途端に、ジョニーは押し寄せる疲労と軽くない眩暈に襲われていた。

 敵が行動する前に一打、もう一打と繰り返して行った代償と思えば軽いもの。

 バックアップに残しておいたユーマ達が動けば数分程度で此処へ到着するだろうし、不調が治まるまで息を整えるには丁度良い。

 先程の戦闘があったというのに敵援軍が来る様子もなく、無音で接近するのは駆動が必須の兵器では難しい。熟練度の陸戦隊ならば可能であるとして、モビルスーツ戦の真っ只中に派遣する事は考え難い。事前に配置しているなら理解できるのだが。

 そもそも、この場所はジョニー達がオーガスタ基地へ威力偵察に進入した地点とは異なる。素早く警戒態勢を敷き、撤退時に通るであろう侵入ポイントへ伏兵を置いたとしても、ジョニー達がそれを嫌い別ポイントへ離脱していた最中なのだ。

 地上戦のデータも収集でき、敵防衛戦力もある程度撃破し見繕えた。収穫は大きく今後の作戦で大いに役立つ事は明白である。

 発生した問題点は、本来の愛機ではないとはいえ、ジョニーの機体が大破している点か。

 補給ができれば幸いだが、最悪はこの機体を修理して使える状態まで戻さなくては。

 

「機体が無いパイロットほど、悲しいものはないしなぁ」

 

 そうジョニーが嘆いても、今やコックピット内はアラートの大合唱であり、五月蝿くとも通信やGPSの兼ね合いからシステム遮断はできない。この口煩いシステムをシャットダウンする時はザンジバルへ収容された後になるだろう。

 ヘルメットともしもの為に、サバイバルキットや携帯火器等が入ったバックパックを引き寄せて、ジョニーはその動きを止めた。

 

「こいつは……冗談だろ」

 

 モニターに表示された数値を見やり、先程とは異なるアラートと警告表示に表情を強張らせた。

 その数値が示すものは、ジョニー・ライデンをして悪い冗談と思わせたい類のもので。

 外気に乗って流れる重低音と、けたたましく鳴るアラートが「これは現実だ」と疲労の色が濃いジョニーへ突き付ける。

 

「騙まし討ち、狸寝入りってヤツかよ!」

 

 ハッチ上へ移動したジョニーを迎えるように、聳え立った巨人の影。

 沈黙していた『蒼い死神』は再び立ち、死に瀕していた『真紅の稲妻』を睥睨する。

 胴体部の夥しい損傷をそのままに、屹立した蒼いモビルスーツはツインアイを煌々と瞬かせた。

 後にガンダムタイプと評されるフェイス部と、その二ツ眼から滴る赤い光を間近に視て。

 まるで、怒りの形相だと、ジョニーは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。ご機嫌如何。

随分と間が空いてしまった。約半年ぶりの投稿にござる。
まだ待っててくれた読者の方は居りますかね!?
間隔置かずに次回投稿できればいいのですが、中々上手く回らないもの。
もう少し簡単に話を進めれば良いのだろうか……描写端折るか(´・ω・`)

本話にて、ジオン公国の国防軍に所属していた経歴があるパイロットは技量高い、と評していますが作者の妄想または本作品のみの話なので、鵜呑みにしないようにお願いします。
優秀なパイロットが輩出されていたので、さほど離れた考えではないと思いますが念の為に。

面白いガンダムゲームがあると、創作意欲かき立てられるのだけど。
うーむ……新作Gジェネに期待しよう。

最後に誤字連絡、評価、感想毎度ありがとうございます。
次話をお待ちくださいヾ(*´∀`*)ノ

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