ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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第67話:かの者よ、来たれ 〈その3〉

 ――――十月下旬の頃。

 ジオン、連邦の両陣営が抱える問題により、膠着状態となった各戦線に変化が起こり始めたのは恐らくこの時期と云われている。

 何故確定されていないのかは、後世の戦史研究者達が論争を続ける諸説の為である。

 一年戦争を通じて武勲艦として名高い「ホワイトベース」の地球降下を起点とする説もあれば、特務遊撃大隊ネメアがユーラシア大陸からキャリフォルニア・ベースへ召集された為同地の戦力が偏った説もあり、範囲を広げ一年戦争期の著名人が北米大陸へ集結している事を推す者も居た。

 彼らの共通認識として。連邦軍のモビルスーツ導入は不可欠だが、幾ら研究されていようと実際に操縦するパイロットを研鑽する時間が圧倒的に足りない事から、僅かな期間で爆発的に戦力の差が広がるとは考えられない、というものがあった。

 ジオン軍はルウム戦役、地球降下作戦と続きベテランパイロットを多数失った事から新兵を用いる必要性に迫られていた。事実こうした背景から戦場を生き抜き、実戦で練度を高めた生粋の叩き上げが各戦線で活躍し、モビルスーツパイロットの層は他の職種と同じくスペースノイド特有の風潮もあって老若男女問わず志願者を募り兵力に充てていることでまかなわれていた。

 かたや連邦軍は当初人型巨大兵器を侮った過去が有り、その煽りからモビルスーツ導入が大幅に遅れ、設立時は小規模であった対策委員会に巨額の投資と人材を投入し、鹵獲したモビルスーツを研究し尽くして漸く連邦軍()()モビルスーツの量産化である。当然パイロット育成等のマニュアル確立さえ怪しく、適正テストと称する選別も謎に包まれている。

 現実に連邦軍はモビルスーツ部隊を編成しては派遣し、この歴史が浅くも強大な兵器を我が物にせんと実戦データの収集を第一に各戦線へと配置している。人命より機材を優先した指令から当時の連邦軍が如何にモビルスーツの情報に貪欲であったのかは想像に易い。

 一年戦争中期での連戦に連戦を重ねたジオン軍パイロットは慣れない地球環境もあって心身共に苛酷であった。が、連邦軍パイロットは更に過酷な状況下に置かれており、十月半ばまでは戦闘終了後に次の戦場へ案内される状況で満足な休息なぞ許される身分ではなかった。

 地球から最も離れ一サイドに限定された国力とブリティッシュ作戦以降”コロニー落とし”による各サイドの反発から安定した人材確保に悩み、支配領域の拡大から兵力の枯渇を招いたジオン軍。

 モビルスーツ部隊設立を急務と主導するレビル将軍らは、古い価値観を是とする上層部及び反レビル派に妨げられ、モビルスーツの実用性を早急に認めさせねばならない連邦軍。

 両陣営の内情に差はあれど侵略側と防衛側へ切り替わった立ち位置からジオン軍は足が止まり、連邦軍は足並みが揃わず時間だけが過ぎていく――――筈であった。

 

 その連邦軍モビルスーツ部隊の運用が切り替わったのは、十月中旬以降と確定されている。

 この時期で最も有力な説は、マチルダ・アジャン中尉のミデア補給部隊がホワイトベース隊より受領した、モビルスーツの教育型コンピューターに収集された実戦データが要因という説である。

 僅か一月とはいえ、精度の高い純データは喉から手が出るほど求めらたもので、モビルスーツ運用の早期実現を掲げ多大な人材消費を覚悟し、またダメージを負い続ける連邦軍の姿勢を制止した事も大きく。特にRX-78-2、ガンダム二号機から抽出された「量より質」を体現したデータは、初陣に当たる新兵の生存率を約一〇パーセントも向上させた結果があり、既存機を含む全モビルスーツの基本ルーチンとして搭載される事となった。

 この得難い戦果に、教育型コンピューターの設計・調整はテム・レイ技術大尉が、実戦データ及び最適化を計ったのは実子アムロ・レイ暫定曹長の親子が関わっており。後にコンバートされたデータを受領した連邦軍はこれを非の打ち所の無い有形財産(データ)とし、その出来栄えはU().C().0()0()9()3()まで世代交代を必要としない高いレヴェルのものだった。

 そして恐ろしい事に、性能の裏付けは計画実施数日後にもたらされる。

 アップデートされた連邦軍モビルスーツ部隊はパナマ基地の橋頭堡と成り得るジオン軍のコスタリカ基地攻略に進軍し、コスタリカ基地防衛隊と援軍に駆けつけた特殊部隊闇夜のフェンリル隊を相手に戦況を優位に進め、損耗度から撤退はしたものの基地機能の消失からジオン軍をコスタリカより後退させる戦果を上げた。

 この試金石により連邦軍上層部が考えを改めると反レビル派は息を潜ませ、漸く反撃の糸口を掴んだレビル将軍の地位は不動のものとなる。この目に見える吉報を届けたホワイトベース隊の働きは比類なく、単純戦力以上に戦略的価値さえ付随する存在となった。

 

 ――――ジオン軍に開戦時はあった『モビルスーツ』というアドバンテージの喪失。

 

 これに気付き見識ある者達が独自に行動を執る中で、評価が分かれる人物がいる。

 闇夜のフェンリル隊のゲラート・シュマイザー少佐から戦闘報告と見分を聞き、パナマ攻略作戦を一時凍結させたガルマ・ザビ准将を時勢を読んだ名将と呼ぶ一方、不慮の事態に弱く引き篭もる守勢の人と称する見方に分かれ、物議を醸す題材となっている。

 異説として、メルティエ・イクス大佐をキャリフォルニア・ベースへ呼び込む為の策略だったと唱える者もいるが、推測の域を脱しない説であり退けられている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特務遊撃大隊旗艦「ネメア」のモビルスーツハンガーにて、モビルスーツ隊の整備報告を聞いていたメルティエ・イクスは、通信端末越しにサイ・ツヴェルクの表情を見据える。

 両者とも苛立ちより困惑が強く納得していない心中は同じだったが、『蒼い獅子』が副官の青年将校は努めて表情を消し平坦な言葉であるよう心掛けた。

 なにせネメア全隊員が慕うこの指導者はいかに状況分析が優れていようと主観的な判断が多い。その分だけ麾下から人情と親しみを受けているが、客観的に見渡せる視点と意見で支えなければ、何処かで派手に転びそうに思えてならない。

 戦場で『蒼い獅子』に続く猛者達が多い中で、彼の隣でただ同意するだけの人間は不要だ。

 サイ・ツヴェルクの役目は、メルティエ・イクスの定まった思考に別口の判断材料を揃え、再度確認を促し熱した頭に冷や水を浴びせる事にある。

 下手すれば忌み嫌われる損な役回りかもしれないが「副官とはそういうものだろう」とサイは己に答えを出していた。それが自らに信を置く、この危なげな上官への忠誠だと。

 

『ガルマ閣下より緊急入電がありました。

 内容はパナマ攻略作戦の一時凍結及び所属基地への帰投命令です。本艦も追随する僚艦と共にキャリフォルニア・ベースへ帰投するよう求められています』

「全軍帰投……作戦前に我が方の情報が漏れた、と言う事か?」

『恐らくはそれに値する事態が発生したものかと。キャリフォルニア・ベースから全軍へ帰投命令が下っている時点で、作戦中止を下すほどの重大なアクシデントがあったと推測されます。

 我が方の攻撃部隊により、連邦軍の前線基地を叩いた現状から本艦の位置が連邦軍との最前線とみれます。友軍の後続部隊が基地接収に動いている筈ですが、今回の事態でそのまま撤退する可能性が高いことも懸念されます』

「ふむ。どうにも情報が足り無さ過ぎるな。

 まずはガラハウ中佐と連絡を取り、全艦転進。キャリフォルニア・ベースへ針路をとる。

 道中友軍を確認次第情報の共有、同行を求められたら可能な限り回収してやれ。そうだな、モビルスーツハンガーに空きがない場合は、ザンジバルはともかくとして、ギャロップなら艦上で砲塔代わりをしてもらうよう指示を出しておくか」

『過剰積載で航行速度が減速する恐れがありますが、よろしいので?』

「混乱した友軍をそのままにしておくことはできんし、事態を飲み込めたとしても行軍に時間が掛かる部隊があれば捨て置けんだろう。そのような状態であれば、往復分の物資があるとは思えん。

 考えてもみろ。ガルマ・ザビ准将の呼び声に応じ困窮の身なれど馳せ参じた、と駆けつけた恩顧の部隊が居ないとも限らないんだぞ。北米に腰を下ろしてから麾下問わず厚く報いてきた男だ。

 一方面軍司令の枠に収まらないガルマ・ザビ個人の人気に、有り得ないと言い切れるか?」

 

 でなければ、天領を得た『蒼い獅子(メルティエ・イクス)』が動くことも無かった。

 ヨーロッパ、アジア地域のジオン軍占領地は広く、各方面軍との緩衝地帯になりつつある位置に拠点を構える事となった特務遊撃大隊ネメアは、ライフラインの構築が終えたものの本隊が動いた今防衛戦力が乏しい。教導隊の編成や練度不足で予備戦力に数えられているものを残してはいるが心許無く、許されるのであれば時間と労力を惜しみなく掛けるべきところだ。

 近郊にオブメルと定まったまだ生まれたばかりの街を有するネメアの基地は発展途上、設備構築以前の問題を抱えているのだ。友軍を頼り色好い返事を得た事が無い軍歴が、メルティエに少なからず猜疑心を刻んでいた。

 叶うなら問題事を潰して掃き取り、腰を据えるべき場所へ還りたい。

 あちらに残したロザミアへの気遣いもある。アジア地域で築いた交友関係を思えば、彼が此処に居るのはガルマへの義理でしかない。要請者が違えば当たり障りの無い理由を盾に動かなかっただろう。

 

『いえ、閣下の影響力と人柄を考えれば断言するのは難しいかと。了解しました。

 ガラハウ中佐から帰投命令承諾がとれましたので、友軍部隊回収の件を説明しておきます』

「そうしてくれ。問題が発生したらこっちに上げろ。手早く済ませて帰還する」

『了解しました。では』

 

 通信を切ったメルティエは思うように動かない事態に歯噛み、苛立っていた。

 此処で喚き散らす、八つ当たりをする程度であれば陰口で云う「腕一本でのし上がった粗忽者」だろう。彼は溜め息一つで感情を制御すると鬱屈する内面を組み敷き、部隊全員の信を得る”常の自分”へ戻る。そうであれと振舞う己に思う所がない訳ではないが、これも正しい一つのカタチなのだろう。ただ、演じるのが上手くなった、と寂しそうに語る人を前にすると困ってしまう。

 艦一隻で動き、モビルスーツを駆っていた時期が懐かしい。

 地球に降下して以来どう自分は変わったのか。変わったのは階級、立場だけだろうか。

 不安になるときは必ず、メルティエ・イクスという一個人が変質していないか自問する。

 見上げるばかりで足元が疎かになる前に、いつしか陥っていた癖の一つだ。

 

「メル」

「うん?」

 

 二の腕に触れる指先が、男の意識を戻していく。

 虚空を彷徨っていた視線を落とす。其処にあるアンリエッタ・ジーベルの顔を見て頬を緩めた。

 

「どうした?」

「どうしたって……メイちゃんが呼んでるよ」

「ん?」

 

 蒼いモビルスーツの足元に、腕を組み苛立った表情を隠そうともしない少女を確認した。

 メイ・カーウィンは彼女お気に入りの、ピンクのカラーにお手製の動物なのかをペイントしたタブレット端末を振っている。瞼は閉じられているが、メルティエの位置を体の正面に捉えており、時折薄目でこちらを盗み見すらしている。

 隣に立つロイド・コルトは小柄な整備主任の為さりように呆れ――るどころか「早く、急いで」と手招きして居る。二人の機嫌を損ねるような心当たりは、かなりというか、結構の数であった。

 

「ありゃあ、小言いわれるのかねぇ」

「小言なら、まだ良いんじゃないかな? 仕方がないね、付き合ってあげるよ」

「そりゃ、嬉しくて涙出るね! 逃げられないようにホールドもされてるし」

 

 すすっと近寄るアンリエッタから腕を絡められ、空いた手で背を押され始めては歩くしかない。

 問題事ばかり続く機体を見上げながら「お前も大変だな」と胸中で語りかける。

 しかし、刑罰執行人への歩みは止まらない。ぐいぐいと押す力も心なしか強まっている。

 これらから察するに――

 

「まさか、アンリ」

「人の話より物思いに耽る方が好きなんでしょ? ほら、そろそろ現実に戻ろうよ」

 

 にっこりと笑っている彼女の目が、据わっていた。

 どうやら思っていたより長い間アンリエッタの声も無視していたらしい。体感ではサイとの通信を終えてから一分も経過していない筈だが、

 

「目の前で無視されるのって、結構心にくるんだよ。メル?」

「ごめんなさい」

 

 周囲を慮ってか囁き声で心中を吐露するアンリエッタは、十分以上相手にされていなかった。

 最初はメイやロイドと同じ場所に立っていた。三人で呼び掛けても返事すらしないメルティエを不審がっていたが、代表してアンリエッタが呼びながら寄っても反応がない。虚空を見つめる彼に怖くなり、触れたら即座に動いて笑い掛けられた。

 アジア地域から離れて以来、最近はこんな調子だ。

 軍医に相談したが、会話も出来るし、意味不明な妄言も吐かない。

 精神的な症状とみて、一度診察に連れて来るよう頼まれたが、定期診断の日までこの男はのらりくらりと躱すのだ。

 二人の目の前まで連行し、最後に勢いつけて後ろから押してやる。

 だが、強靭な足腰は健在なのかびくともせず。後ろ手で頭を掻きながら歩く彼の背中を見ながら少しほっとした。

 

「大隊司令官殿、少し宜しいですか」

「貴方の機体のことでぇ、確認したいことがあるのですぅ」

「すまん、ちと疲れが溜まっているようだ。反省しているから普段通りにしてくれ」

「根を上げるのが早いですねぇ、遊び足りません」

「ですですぅ」

「お前らなぁ、そのうち不敬罪でしょっ引くぞ!?」

「嫌ですねぇ。権力を持つと人は変わります。そうですよね、メイ整備主任」

「いつもメルの機体に時間かけて整備しているのにこの扱い。酷いんだよ!」

 

 案の定合流したロイドとメイに構われ始めた。抵抗を試みているようだが、すぐに謝罪してされるがままになるだろう。引かない時は頑固そのものだが、そうでなければ受け流すタイプなのだ。

 モビルスーツの事で世話になる二人だけに、機体の不調やら損傷から頭が上がらない。

 今回ばかりはメルティエが原因ではないものの、大隊旗機が不調のまま、というのは誰もが落ち着かない案件であった。

 メルティエのモビルスーツ――ネメアの象徴が動かない。

 逆に読めば『蒼い獅子』は出撃できないことを意味する。これはイクス大佐を最前線より離そうとする隊員達の希望に沿う。しかし、『蒼い獅子』が出撃せずに指揮を執るのが最良である。

 彼らにとって蒼い機体とは単なるカラー分けされたものではなく、戦場を駆けるに必要な精神的支柱なのだ。パイロットが考えるよりも、その役割は重い。

 

「しかし、いつになったらコイツと戦場に出れるんだろうな?」

「通常機動は問題ないんですがね。どうもフルスペックを発揮すると稼働時間が」

「おいおい、そいつは……また傷病兵扱いになるのは勘弁してくれ。自由に動けないのは辛い」

「ベッドの上は我々としても看過できません。キャプテンシートに座れる程度に善処しましょう」

「怖い怖い。そんな機体はこっちから願い下げだ! ……キシリア閣下からの届け物だ、そうは言っていられんのが辛いところではあるが。軍隊として見るなら取り扱いは難しいな」

 

 蒼い機体を見上げるメルティエは腕を組んだまま疑問を投げ掛け、汲んだロイドが不可思議な機体性能に難色を示し、軽口を叩き合いながらタブレット端末に表示されるデータを目で追う。

 彼のモビルスーツはネメア所属機のどれと比較しても性能が異なる。

 ザクIIの小隊にカスタマイズした指揮官機を配備しても問題はない。それは他も同様だ。

 ただ機種混合は不味い。速度にバラつきがあれば、足りない機体に合わせなければならない。

 警戒態勢の前衛二機、後衛一機のV字隊列なら、機動力に長けた二機をフォワードに、一機をカバーとすれば良い。しかし、巡行速度に差があれば小隊全体の速度を落とす。

 メルティエのモビルスーツは、他と馴染めず浮いたような存在となっていた。

 唯一問題にならない運用が単機遊撃なぞ、誰が認めるというのか。

 

「予備機ないし同型機が補充されるまでは、艦直衛隊の予備が関の山か」

「もしくは、ギャロップ艦隊所属のザクタンク部隊が砲撃地点へ移動する間の防衛、ロックフィールド少尉達と側面攻撃を支援ですかね。主力部隊より離れ別働隊を率いるのもよろしいでしょう」

「メルティエは突進力があるからね。過去の戦術分析を参照しても『蒼い獅子』が突出して他が追い縋るデルタ状になっているの。ケンや直属部隊のみんなが強いから問題はなかったけど、他部隊と連携を執るなら二歩進んで一歩下がる、くらいの動きをしなきゃいけないよ」

「メイちゃんの言う通り。誘引戦術なら今まででも問題はない、けれど敵の攻撃が集中する形のままだから、危険なのは変わりないね。装甲と機動力重視なのはその為かな?」

「ジーベル大尉の指摘通りです。大佐の戦術に合致する方針でモビルスーツを改修すると、大概は装甲強化と機動力の維持です。これは昔から変わりませんので、機体の拡張度合いを粗方埋めることで折り合いをつけています。無論、武装も限定されますが」

「その武装のせいで出力が安定しない、ってことだな。なら俺の機体にはいっそ不採用で」

「できないよ!? 知ってるでしょ、このモビルスーツの是非でビーム・ライフル正式採用が認められるんだから!」

 

 メイが小柄な身体を怒らせ「それができるならどんなに楽か!?」と頭を押さえている。

 量産化の決定打に自分の機体を使うな、とメルティエは言いたいがグラナダ経由で運び込まれたモビルスーツは様々な思惑が絡んでいるのだろう。専用機だった蒼いザクとグフがしっくりきていただけに、新型機のサンプリングは勘弁願いたい心境だ。

 ロイドは彼の考えを見透かしながら、装甲強化と追従性を底上げしているだけに正常なサンプリングとは言えませんよ、と心の中で苦笑した。

 一歩引いた位置から三者三様の思考を計っていたアンリエッタは頬を掻き、彼らを悩ませる蒼いモビルスーツを眺めながら、前線へ身を置きたがる困った人をどうやって留めるか考える。

 

「困った人に、困ったモビルスーツか。本当に大変だよ、僕達」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギャロップ二番艦のモビルスーツハンガー内は人波が交錯してた。

 関節部が損傷したのか、引き摺るように歩行するザクIIを誘導する整備兵。負傷した兵士を搬入するワッパを迎えた救護班が容態確認に入り、回収出来ない戦闘車両や装備に頭を垂れ、これらの破壊を依頼するやり取りがなされていた。

 茶褐色と紫色の陸戦型高機動ザクIIのコックピットハッチから姿を見せたシーマ・ガラハウは、ヘルメットを脱ぐと窮屈な思いをさせた髪を広げ、眼下で忙しく動いて回るうねりを俯瞰した。

 

(いやだねぇ。まるで敗戦のようじゃないか)

 

 事実、艦隊より先行したシーマは敗走する友軍部隊と遭遇していた。

 コスタリカ基地守備隊――所属名に元がつく彼らは主力が壊滅的被害を受け、防衛目標から基地機能が失われたことで同地より撤退を決定。追撃に晒されながらも他モビルスーツ部隊による援護のお陰でジオン勢力圏へ撤退の最中だったらしい。

 詳しい話はまだ隊長代行より聞いていない。彼らとシーマ率いる小隊が擦れ違い様に確認したのは、本来の権限を持っていた人間は連邦軍の初撃で戦死しており、次席は弔い合戦と宣言して粘り続けた結果、敵モビルスーツに踏み潰されたというどうしようもない顛末だけだ。

 ついで、代行が撤退に踏み切れたのも防衛線を展開していた友軍部隊の支持を得たから、というのだから頭が痛い。重なった指揮系統の麻痺も原因の一つだろう。それでも自分達が不利な状況で退避する算段も出来ないとは。

 

(その友軍部隊ってのが我関せず撤退していたら、私らの艦に辿り着くこともできなかった。

 貧乏くじ引かされたんだろうが、こっちは収穫が懐に飛び込んでくれてありがたい。

 ま、無傷で帰れるなんて虫の良いことは考えちゃいないからね。拾った誼で一発キツイのくれてやった。連邦の戦力を削れて()し。お仲間からは敵討ちの感謝と情報を入手できて好し、ってね)

 

 高低を活かした奇襲で敵部隊を攻撃したシーマは、モビルスーツ一個小隊を中破、二個小隊を小破に追い込んでから帰投した。彼女は一個小隊を引き連れ三方向から一斉射撃を開始した後白兵戦を挑み、森林や丘陵を利用して次々と中破させていったのだ。

 おかげで装備一式の弾薬を失い敵の反撃で二機ほど小破はしたが、実働に支障はない。

 むしろ、想定していた被害よりも少ないくらいだ。

 弾薬は装備そのものを交換で済むし、撃破されていなければ修理に回せば直る。

 死ななければ――部下を失わなければ、戦果などいつでも稼げるのだから。

 それに、彼女が中破に追い込んだものの撃墜しなかったのには訳がある。

 敵軍のモビルスーツ、恐らくは新型か先行試作機と見做せる機体だ。謂わば最新技術の塊であるモビルスーツの機密漏洩を避けたいだろう。となれば、機密保持の為に自爆するか、全滅するまで徹底抗戦するかの二択であろう。()()これの脚部、即ち足回りを重点的に狙い転倒させ行動阻害を目的に留めたのだ。

 自爆は巻き込まれたくはないし、徹底抗戦で痛手を被るのも御免被りたい。

 なので、彼女はまず自軍の為に追撃の手を緩めさせる作戦に出た。

 進軍するモビルスーツ一機を集中放火で行動不能まで追い込み。次に僚機のカバーに入った二機目は足回りを重点的に。小隊を組んでる別働隊がフォローに動けば即座に下がり、追撃してくるなら間抜けにも突出したヤツの頭を丁寧に叩いてやる。

 これを繰り返しつつ、友軍の撤退ルートとは別ルートを使い追撃が弱まれば攻勢へ転じ、追われれば崖や林の濃い場所を利用して身を隠しては下がる。

 そんな追いかけっこを続け、相手が完全に根を上げ後退したのを見届けシーマも頃合と判断して合流して此処に到る。

 今頃は損傷したモビルスーツを回収している頃だろうか。身動きが取れないモビルスーツなど大仰かつ厄介な置物と大差ない。敵軍が回収に時間を掛ければ掛けた分だけ自軍が安全圏へ到達出来るのだから、せいぜい手間取ってもらうとしよう。

 今回に限って言えば見栄えの良い戦果に恵まれなかったが、友軍の被害抑止と敵軍の進攻阻止を鑑みれば貢献したとみてくれるだろうか。

 上層部は敵モビルスーツの鹵獲が叶わなかったことに不満を述べるかもしれない。

 だが、自分達を束ねるあの男は人的被害ゼロで帰還したことを喜ぶだろう。

 

(ある程度の人と物の損失は当然勘定に入ってて、少ない被害で最大限の戦果を上げる。

 短期間で頭角を現した実力者は大概野心家と決まってるモン、なんだけどねぇ……そういう所、ウチの大佐は至って平凡だ。身を削って挙げた戦果に反比例するが如くね。

 ま、下からすれば犠牲を厭わない名将より、被害を嫌い避ける凡将の方が助かるってね。

 御国の為に、なんて言葉。今の私らには反吐が出る)

 

 ――――忘れたくとも忘れない。

 シーマ達は遭遇した出来事を、死ぬ際まで忘れられそうにない。

 本国で、故郷でぬくぬくと暮らしている連中が自分達に与えた命令を。

 開戦時のブリティッシュ作戦の基本骨子――必要な弾頭(コロニー)を調達する為に受けた指令の事を。

 それを受けた当時のシーマは、ジオン公国に対し反対運動を掲げる人々からコロニーを奪い強制従属させるやり方は只々反発を増長するだけだと危機感を持っていた。手を取り合う事無く一方的に拳を振り上げるだけでは融和など望めず、先にあるのは歪な共存関係になるだろう。更に宇宙という過酷な状況下で住居(コロニー)を奪う行為は彼らへの死刑宣言に等しい。同じスペースノイドに自分達がやってよい事ではないとも。

 けれど、シーマ・ガラハウは軍人で。彼女自身が貧しい出身から国が謳う「地球政府の圧政から独立する」戦争への意気込みは確かだった。

 実行する自分達は忌み嫌われる兵隊に堕ちるだろう、と理解していた。それでも誰かがやらればならない仕事であるなら、と。自らが了解できない任務を部下に指示し、納得は出来ずともスペースノイド独立のためと飲み込み臨んだ――――のに。

 

(だから、かねぇ)

 

 本国から彼女が指揮する海兵隊に支給されたものは「催涙ガス」と偽装された()()()、だった。

 無力化する為の作戦が、無秩序に一掃する大量殺人計画へとすり替わっていた。

 敵ならず味方も虚報で操り、望んでもない虐殺行為(ひとごろし)をさせたのだ。

 それから、何度汚れ仕事を言い渡されただろう。

 どれくらい、同胞である筈の友軍に侮蔑しか映えない目に晒されただろう。

 正直自暴自棄になるか、腐らないとやってられない状況に浸り続けた。

 それでも腐り落ちなかったのは、シーマ自身の精神力と彼女に付き従う荒くれ者達(バカども)が居たから。

 逆の見方をすれば、境遇が底辺に近かった。

 なら底辺スレスレの自分達は、どん底へ降るかマシな場所へ這い上がるだけだ。

 幸か不幸か、

 

「シーマ様ァ!」

「どうした、敵の追撃が来たか!?」

「いや、逆です! 援軍が向かってると!」

「ちっ、何処の部隊だ? 私は足元見られるのは嫌いだよ」 

「それが、イクス大佐が救援に来て下さるそうです!」

「は? ぁあ~…………そうだった。ウチのボスはフットワーク軽過ぎだったねぇ……」

 

 差し伸べられた手はアグレッシヴ過ぎて、彼女に払い除ける時間もくれやしないのだ。

 大隊長自ら赴くなぞ、重要度が高い作戦区域が妥当であるべき。

 部隊戦力が拡充されても気質は変わらないようで、シーマ個人としては頭が痛い。

 軍人として資質を問いたい所ではある。

 階級はただの戦果目安ではない。煩雑化している指揮権を上位者の名の下に統一する権能を有しているのだ。司令官空位時の臨時指揮権はその為に存在している。

 

「まぁ『蒼い獅子』がやるコト。ゆるく考えないと疲れる、か」

 

 ともかく、メルティエ・イクスとその直属部隊による救援は戦力的にありがたい。

 シーマと部下のやり取りを聞いた元コスタリカ守備隊の士気も息を吹き返していた。彼らの残存戦力である数機あるモビルスーツのうち一機は一部蒼い塗装が施されていた。察するにパイロットは『蒼い獅子』を目標にしている人間なのだろう。

 ジオン軍の名立たるエースパイロットの中で、メルティエは個人識別のカラーを占有していない。『赤い彗星』等に憧れを抱いていても赤い塗装を施したモビルスーツが戦場に複数機現れる事はないが、『蒼い獅子』に肖って肩や腕などを同色にしたモビルスーツは数多く存在する。

 煌びやかな武勇伝は確かに少ない。しかし、部隊先頭に在り被弾しながら駆ける姿は生存能力の高さが垣間見え、身を張ってまで味方を守る戦闘スタイルは不破の盾を想像させた。

 思い返せば、撤退途上でも殿軍最後尾を務めたのはあの『蒼い獅子』のファンだった。

 単なるミーハーではなく、戦場で実践するとは見上げたもの。指揮関係はぐだぐだであったが、現場の人間には見るべき所があるとシーマは思い直す。

 本国の連中を毛嫌いするようになった彼女も、同じ場所で戦う人間に忌避感は抱いていない。

 嫌悪対象は一向に変わらないが、これは仕方がないものだ。

 自分も案外、寒色系は嫌いではない。

 

「援軍を盾にこのまま自軍勢力圏へ撤退するか、それとも転じて追撃部隊の傷口を広げるか。

 さて? どうしてやろうかねェ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。ご機嫌如何。

物語進行と投稿更新具合が亀の如く。
コイツぁ、不味いですよ……!?

でも仕方ないね。これが現実だもの。
無理に上げて変な話投稿する方が失礼だもの、と更新遅れを正当化するテスト。
更新待ってくれている方、何人居られるのか不安ですがまったり進行なので過度な期待はしない方がいいんだぜ? ……いいんだぜっ!?

最後に。誤字連絡、評価、感想毎度ありがとうございます。
次話をお待ちくださいヾ(*´∀`*)ノ

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