ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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第07話:赤と蒼

 デブリが漂う宙域に、バーニア光が点滅を繰り返す。

 

『シャア少佐、開始から三分経過しました。仕掛けますか?』

 

 ムサイ級巡洋艦ファルメルの前方二十キロ地点にミノフスキー粒子を広範囲散布。

 電波障害外にモビルスーツ隊を潜伏させた赤い彗星、シャア・アズナブル少佐は部下からの提案に待ったを掛けた。

 

「いや、向こうの進行ルートは割れているのだ。ミノフスキー粒子下に入り次第攻撃を仕掛ける。各機は何時でも突撃できるよう準備をしておけ」

 

 了解、と返す声を聴きながら、シャアは()()()()を進むバーニア光を凝視した。

 

 一機が先行し、その後方に四機が位置をズラして追従しているようだ。

 暗礁宙域で走り続ける技量は買うが、そんなものが得意なら高速連絡艇の推薦書でも送り付けてやろう。少なくともエースパイロットと称される行動には程遠いものを感じる。

 

 普段のシャアならば、ここまで詰りはしない。

 実際、漂流物を回避し速度を維持する技量は相当なものだ。シャア自身もその機動を得意とするパイロットであったので、素直に認めた。

 バーニアの光が二つに見えるのは、その中心に機体が在って追従する後続の道標となっているのだろう。強行偵察を行いながら隊のガイド役も兼ねているとは、恐れ入る。

 

 それでも、シャアはそれらを横に置き、駄目出しする感情を露にした。

 

(私の買い被りが過ぎたか。あれでは罠に自ら飛び込むようなものだぞ)

 

 幾分か期待していた分、溜め息がコックピット内に漏れる。

 前情報に踊らされる気はなかったが蛮勇に過ぎる、無謀な男と相手を評した。

 シャア達は機体をすぐ飛び出せる状態で維持。

 バーニアは点火できない。こちらの動きを見せる事も、読ませる事もさせたくない。

 僅かな得点も与えるものか、嘲笑の的になるが良いとさえ思った。

 

(しかし、油断はすまい。確実に落とす必要がある)

 

 ミノフスキー粒子散布を指示した位置に、モビルスーツが突入した。

 果たして、蒼いMS-06F、ザクIIF型は動きを鈍らせた。

 ミノフスキー粒子下に入り、まんまと狩場に掛かったのだ。

 通信断絶に、驚いて動きを停めたのか。

 

(愚かな。これではランバ・ラルも浮かばれまい)

 

 何故このような凡愚を推したのだ、とシャアはかつての恩人に落胆した。

 流石の青い巨星も、権力にはやはり勝てなかったか、と無念を抱いたのだ。

 

「各機、攻撃開始。遅れるな」

 

『了解です。手柄立ててやりますよ!』

 

 血気盛んな部下の声を聞き、ザクIIにM-120A1、一二○ミリライフルを構えさせる。

 緑のザクII、その四機の中で存在感を強く出す、赤いザクII。

 先ほど答えた部下であろう、バーニアを吹かして身を潜ませたデブリから飛び出す。他のザクIIも次々と高速機動で駆け、相手の間抜けにも突出したモビルスーツを蹂躙せんと向かう。

 

 ―――その内の一機が、一瞬で黄色く染まった。

 

『うああああぁああぁっ!』

 

 相当に強力な衝撃なのだろう。

 機体の推進力で相殺できず、前に向かって居た筈のザクIIが後ろに跳ね、デブリにぶつかってようやく止まった。

 呻き声が時折漏れる。撃墜判定ものだが、死んではいないようだ。

 

「ちぃっ、狙撃か!? 各機散開しろっ」

 

 デブリの間を縫う狙撃。

 一射目は成功したようだが、それからは回避運動をとったザクIIには当たらなかったようだ。

 待ちの戦術を執り、隠れるに容易いデブリからの多方向一斉射撃による殺し間で終了させようと思っていた。事実突進する勢いでモビルスーツが現れた、その行動に不審を抱かなかったのが失敗か。

 

 こちらの精神状態、意識を読んだとでも言うのか。

 有り得ない出来事であったし、思考を読むなぞエスパーでもない限り無理だ。

 冷静に考えれば、何を馬鹿な、と一笑するものだが先程まで「慢心していた」とはっきり自覚してしまったシャアは舌打ちを抑えることができなかった。

 どうやら、釣り餌にまんまと引き摺り出されたのはこちららしい。

 ならば、認めよう。

 あれらは、ただの獲物ではなかったのだと。

 

「敵射線は確認したな。二機はそちらへ向かえ。連携して追い詰めろ」

 

 であるならば、戦おうではないか。

 既に四対五と数的に不利となったが、巻き返しは幾らでもできる。

 こうして冷静沈着な赤い彗星に戻ったシャア・アズナブルは、相手の技量を正確に把握、能力を認めた。

 

(中々、やるではないか)

 

 作戦は崩れたものの、決定的なものではない。

 しかし、焦るどころか湧き上がるこの高揚感。

 落胆を覚えていたからこそ、ここまで熱くなるとは。

 

「面白い」

 

 スラスターが炎を孕み、続いて近くを漂っていた浮遊物ごと吹き飛ばす。

 

 かつて古代日本の武将、源義経が行った神業。

 シャアは、その高い技量でかの神業をモビルスーツで体現できるエースパイロットであった。

 その神業の名を、伝承にはこう伝えられる。

 

 ――――八艘飛(はっそうと)び、と。

 

 デブリを足場にする。

 言葉でいえば簡単だが。実際に足場にして()()するのとではワケが違う。

 シャアはデブリに接地する瞬間、別ベクトルにスラスターを噴射。

 アポジモーターでモビルスーツの足がデブリの表面に無理なく接地、()()()()()

 この失敗すれば良くて脚部の破壊、悪くて激突死しかねない行為。

 これを()()()()()()()事により、乗機のザクIIは三倍の速度を得られるのだ。

 

 視界に捉えて離さない機体に、神速とも云える速度で迫る。

 

 目前には蒼いモビルスーツ。

 

 急激な重力加速度がシャアを襲うが、彼は苦痛に顔を歪めるどころか笑みを一層深める。

 

「見せてもらおうか。青い巨星が認めたパイロットの腕前とやらを!」

 

 赤い彗星、シャア・アズナブル少佐。

 蒼い獅子、メルティエ・イクス少佐。

 奇しくも同じ階級、異名持ちのパイロット同士が暗黒の世界で激突する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第一目標はクリア、だな」

 

 こちらからはデブリの影で見えなかったが、ハンス・ロックフィールド曹長は発見したらしい。

 そして、敵のザクIIを強かにペイント弾で叩いたのだ。

 

(さすがは狙撃手、目が良い。怖いくらいに)

 

 第一勲功を挙げたハンスは、高速機動しながら狙撃銃を扱えば、射線がブレ当たるものではないと試射時に言っていた。発射は静止状態、特に擱座できれば安定すると言う。

 確かにその通りであるし、二八○ミリバズーカほどではないが反動も中々のものだ。両手でしっかりと保持しなければ腕に重度の衝撃がかかり、破損する恐れがあった。

 また静止からの発射でも、反動で銃口が動く可能性がある。

 その為にスラスターで衝撃を殺し、アポジモーターで機体を乱さないよう調整が必要だ。

 勿論、狙撃銃にも銃身から多方向にガスが噴射、銃口の位置を狂わせないように補正機能が付属している。狙った場所を撃ち抜くには人間の感覚とはまた違うものが必要だと彼は言った。

 

 そして、狙撃体勢に入ったザクIは敵に接近されると為す(すべ)がない。

 そのため近距離戦、特に格闘戦が得意なエスメラルダ・カークス中尉が護衛に就いている。

 二人は会って早々仲が悪いのだが、他の隊員と比べてもインファイト適正が高いエスメラルダは護衛向きだ。小隊時と同じく、隊長機の右翼と左翼の位置には彼女達に着いて欲しかったが、仕方がないと割り切った。

 

 演習開始から間も無く、囮役のメルティエ・イクス少佐は隊より前に突出し、張られている敵の罠に踏み込んだ。

 ミノフスキー粒子下のため通信は不可能だが、心配はしていない。

 後ろからはアンリエッタ・ジーベル中尉、リオ・スタンウェイ伍長のザクIIがバックアップに就いている。

 

 第168特務攻撃中隊が採った作戦は、凡そ作戦とは言えないものだ。

 囮たるメルティエ機が最短距離、最高速度で突出。

 続いて敵が反応を見せたらスラスターを全開。上面、下面に退避してやり過ごす。

 敵の配置を確認したハンスが狙撃を開始。並行してカメラアイで敵機の反応を収集、各機に転送。残りのモビルスーツを掃討するというものだ。

 強化されたスラスター、アポジモーターを有しデブリ内を最高速度で駆け巡るという行為が可能なメルティエの胆力が成した作戦。

 

 提案した時は部隊員が詰め寄り却下された。隊長の事故死を食い止めようとしてくれたらしい。

 しかしこれらは開戦時に出来た行動なので、全くの博打ではないのだ。

 演習に其処までする理由が無いだろうと、粘るアンリエッタとエスメラルダを辛くも説得。

 一日だけ実施できた訓練で実演した所、渋々と納得してくれた。

 後はハンスの狙撃を警戒した敵機が接近したところをエスメラルダが撃破、もしくは相手にしている間にハンスか、アンリエッタとリオが敵ムサイに攻撃を加えれば良い。

 バックアップの二人には必ず守らせた事が一つある。

 

 それはたった一つだけ、

 

(どちらにしろ、俺はもう作戦には加われないだろう)

 

 蒼い獅子が捕捉された場合、赤い彗星を無視する事。

 

 ――ヴィー! 

 

 警告音。方向は特定できない。

 

 だから、()()()()()()()()感覚が在る方向から全力で退避。

 

 操縦桿のスロットルを断続的に絞り、ボッ、ボッ、と脚部のアポジモーターで機体を流す。

 続いて右脚を広げ、左脚を前に出し、最後にフットペダルを踏み抜く勢いでスラスターを噴射。AMBACを利用してその空間から離脱。

 

 高速で飛来した一二○ミリライフルの弾丸はデブリを微塵に砕く。

 一秒遅れていたら自分があの(ざま)になっていた、と思うとゾッとする。

 射線方向にカメラを向け、メルティエは驚愕した。

 

「デブリを、蹴り飛ぶだと!?」

 

 暗礁地域の中、敵のマズルフラッシュで辛うじて見える。

 目を疑う、信じられない光景が視認できた。

 

 赤い彗星、シャア・アズナブル。

 彼の専用機、赤いザクII。

 

 それが縦横無尽にデブリの中を飛び跳ね、ジグザグに、高速機動しているとは思えない正確さでライフルを射撃。

 

「こいつは、不味い!」

 

 ドウッ、ドウッ、とスラスターを断続噴射。緩急をつけることで敵の照準を狂わせ、細かく機体の位置を変える。AMBAC、アポジモーターでこれを繰り返しながら敵をモニター内に収めた。

 バーニア光を放つモビルスーツを捉えるが、

 

「応戦、できない!」

 

 モニター前面で捉えたと思った瞬間には側面モニター側へ。そして次の瞬間にはレール上を滑るモノアイですら捉えきれない位置に機体を移動させている。

 

(悪い夢でも見ているようだ!)

 

 メルティエは回避に全神経を集中している。一瞬でも別の事に意識を割いたら着弾すると理解したからだ。反撃する機会が訪れるのを待つしか、彼にはできない。

 相手は高速機動を超える難易度の立体機動を行い、かつ正確な射撃をこちらに向けるのだ。

 これが悪い夢でなければ、なんだと言うのだ。

 メルティエのザクIIが回避すればするほど、黄色いペイント弾が四方八方のデブリを破砕していく。紙一重で弾丸が蒼い機体の横腹を駆け抜け、背後のデブリを四散させる。

 

 びくり、と体に震えが走る。

 これが目前の相手による恐怖から来るものか、脳内アドレナリンによる興奮状態が誘発した結果なのかは分からない。

 できれば後者であって欲しい。そう刹那の中で思った。

 

(ここら一帯のデブリが消えるまで、耐えきれるか!?)

 

 警告音が鳴り止まない。モニター画面が赤く染まり出した。

 音声が聞こえない状況に陥ったパイロットに伝えるための光色危険信号が働いたのだ。

 メルティエに一瞥する余裕もないがスラスター限界域に突入し、推進器がジェネレーターの供給するエネルギー以上のものを要求しているのだ。強制停止(オーバーヒート)しないで保っていられるのはロイド・コルト技術中尉が改良したこのザクIIならではの底力だった。

 

 機体性能にばかり頼ってはいられない。

 

 親父殿に笑われるではないか。

 

 メルティエがモノアイから読み取れる情報以外に、己の感覚に意識を割いた。

 

 ゾクリ、と腕を這い上がってくる感覚。

 

 ヘルメットの中で吐いた呼吸が終わり切らないうちに操縦桿、その入力キーを軽快に叩いた。

 AMBACのみ、僅かな動き、惰性すらも利用してライフル弾を躱す。

 

 足の間、腕の横、捻った胸部コクピット・ハッチの前、頭部のすぐ上の空間を弾丸が射抜く。

 本能がモビルスーツの武器を使用しようとするが、理性がそれを阻止。

 反撃に転じようものなら、今の回避運動に射撃の反動が加算され動きが乱れる。

 

 赤い彗星は、きっとそれを狙っている。

 

 メルティエは撃ち返したい衝動を殺しながらデブリを盾、時に回避した延長で蹴り、初速を得ると共にささやかな反撃も混ぜ始めた。

 シャアの跳び蹴る足場が消えれば、かのモビルスーツも速度強化された赤い機体に戻るだろう。

 突き詰めれば問題は、

 

「ちっきしょうがぁぁああああぁぁっ!」

 

 当たれば敗北、という時点で終了するメルティエが何時まで回避できるか、であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こっちは済んだ、そっちは?』

 

「問題ない」

 

 こちらに向かってきた二機のザクIIをハンスの狙い澄ました一撃とエスメラルダのマシンガンで撃墜判定に追い込んだ。

 

 一射目で回避した、と思い込ませ二射目で誤差修正、三射目で必中させる。

 

 駆け引きに強いハンスは狙撃手の距離を詰められると弱い、という弱点を潰した男だった。

 そうとは知らず、貴重な戦力をハンスの護衛に就かせたのは部隊間での互いに正確な能力を把握できなかった点が大きく、隊初めての訓練で其処までメルティエに求めるのは酷であった。

 

 エスメラルダもハンスの技量は認めている。

 ただ、メルティエとハンスが仲良くしているのが面白くないだけだ。

 

(差別、良くない)

 

 もう少し自分のことを見て欲しい。

 演習とはいえ戦闘中にその考えはどうかと自問するが、脳裏に出て来てしまったものは仕方がない、と超理論を展開した。

 

「敵ムサイの索敵急いで」

 

『あいよ』

 

 周囲を警戒しながら、ハンスが操るザクIの索敵終了まで待機する。

 

『アンリエッタと、リオも相手を倒してフリーみたいだな。こっちと同じでムサイを探してる』

 

「そう」

 

 シャアはモビルスーツ隊の潜伏先とは別方向にムサイを配置している。噴射口を見られて位置を特定されぬ様、惰性移動するよう厳に守らせてある。

 万が一、罠に嵌める戦術が敗れた場合に備えての事だった。

 

「見つかった?」

 

『……ああ、見つけたぜ!』

 

 駆動音を鳴らし、ザクIが射撃体勢に入る。

 ガス圧が銃身より吹き出し、銃口から弾頭が発射。排莢された薬莢は赤熱した身を漂流物に当て、余りの熱さに相手を溶かした。

 続いて装填。ザクIに握られたペイント弾、最後の一発を弾倉に送り込み、再度狙撃。

 ドレンが指揮するファルメルの甲板、カタパルトハッチにペイント弾が其々(それぞれ)命中。衝撃で戦艦が大きく揺さぶられたが、それは致し方ない事。轟沈しないだけマシである。

 

良い射撃(ナイスシュート)

 

『ありがとよ。さて、大将に……おいおぃ、なんだありゃあ!?』

 

 ハンスがメルティエ機が突入した地点にモノアイを向け、映像を拡大するや叫び声を上げた。

 

「メル!?」

 

 エスメラルダがモニターで見たものは、黄色い砂嵐が出現した宙域だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回も割と短め。
やばい、寝る時間が…おやすみなさい!

しかし、ファルメル隊がモブ過ぎた。
見せ場を残してあげればよかったと思う。
ドレンさん以外この時期にどんな部下が居たんだろう。
デニムさんかな。ジーンさんは確かV作戦間際の新兵みたいな感じだったし。

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