きくりお姉さんからしか摂取できない栄養がある 作:syumasyuma
朝特有の小鳥のさえずりと、
カランと乾いたものが落ちた音が聞こえた。
酒の匂いが鼻腔をくすぐられる。
アルコール臭の強い安酒の匂いだ。
痛む頭と冷え切った体を起こすと、
そこはアーケードの片隅で、通行人が遠巻きにこちらを見ながら通り過ぎていく。
なんでこんなところで寝てるんだ?
「う゛う゛う゛ぅぅん」
隣から苦しそうなうめき声がする。
音の発生源をそっと見ると、俺と同じく路上で朝を迎えた酔っ払いが横たわっている。
赤茶けたぼさぼさの髪を肩口で三つ編みにしており、
緑色のワンピースにスカジャンを羽織った女性。
苦悶の表情を浮かべているが、悪夢にうなされているのだろうか?
近くには寝てる間に脱げたであろう下駄が転がっていた。
手にはタトゥー・・・いや少し剥がれているからシールか。
爪は黒く塗られており、ところどころ剥げている。
寝起きで動きの鈍い頭で昨日のことを思い出す。
ああ、そうだ。
三次会あたりから紛れ込んでいた酔っ払いだ。
皆べろんべろんに酔ってたからなあ。
知らん人が混じってきても気にしなかった。
そして俺は記憶にないがこの人と朝まで飲んでいたんだろう。
丸まって寒さを凌ごうとしているが、あまり意味はないのか体調が悪そうに見える。
名前も知らないが、ほっとくのもまずいし、とりあえず起こそう。
すみませーん。ユサユサ。
朝ですよー。ペチペチ。
「うあ?うまぁ」
体を揺すっても頬を叩いても反応が鈍い。
女性の口がだらしなく開いていき、よだれが垂れていく。
今度は食べものの夢でも見ているのだろうか?
幸せそうなアホ面をさらしている。
ここじゃあ通行の邪魔になるから公園にでも運ぶか。
うっ、完全に脱力した人間って、クッソ重いな。
しょうがない背負っていくかー。
下駄も忘れずに持って行かんとな。
「う゛っっ!」
酔っぱらいを背負ってアーケード街から人気が無いほうに歩いていると、
背中から地獄の底から響くような不吉な声が聞こえた。
嘘だろっ!?
酔っぱらいを降ろす時間は残されていなかった。
「うぇおろろろぉぉぉぉっ!」
肩に乗った頭から嗚咽とびたびたと固形物と水の混ざった音が聞こえる。
最悪だ・・・。
肩から体の前面にかけてとんでもないことになってしまった。
ううっ、臭いで貰ってしまいそうだっ!
顔を反らした先にいた通行人からもめっちゃ避けられている。
しかし幸運なことにすぐ近くに水道があるこじんまりとした公園を見つけた。
助かった・・・。
ありがとう公園!
「ぬぐっ」
酔っぱらいをベンチに寝かせ、ゲロで気道がふさがれないように顔を横向きにしておく。
そして急いでジャケットを脱ぎ、水道で汚れを流していく。
あーあ中のシャツもでろでろだ。
こっちも洗わないといけないな。
へっくし!
初夏とは言え朝から上半身裸は冷えるっ!
固く絞ったシャツを着るがこれじゃあ意味がない。
何とかしないと風邪を引いてしまう。
・・・酔っぱらいは大丈夫だろうか?
「う゛う゛ん水ぅぅ」
「頭い゛だい゛ぃ」
「ぎもちわるぅ、しぬぅ」
「みそ汁ぅ、しぃじみのぉ」
ベンチに戻ると酔っ払いが目を覚まして水を求めていた。
他にも何か言っていたがあまり聞き取れなかった。
ベンチの背もたれにジャケットをかける。
うーん水が滴ってるな。でも無理に絞ってシワになるのもな。
はあ・・・、俺も水のみてー。
聞こえていないだろうが、酔っ払いにコンビニ行ってくるから待ってろと声をかけてから歩きだす。
数分も歩けばコンビニが見えてきた。
いやあ、コンビニはいたるところにあって助かるな。
水二つに〇ャベジンとタオルに替えのシャツ、あと消臭スプレーを買っていくか。
酔っ払いに水と〇ャベジンを渡して、タオルで体を拭って真新しいシャツを着る。
びちゃびちゃのジャケットとシャツに消臭スプレーをこれでもかとかける。
ベンチにどっかりと座って水を飲めば、青空の広がるいい朝が見える。
「いえーい迎え酒ぇ~」
視界の端で酒を飲み始めた酔っ払いが見える。
まじかよ。さっきまで二日酔いで苦しんでたのにまた飲むのか・・・。
というかどっから出したんだよ。
まあ、いいや帰ろ。
ベンチから立ち上がると、酔っぱらいも同じく立ち上がった。
思わず酔っぱらいを見ると、酔っぱらいも俺の視線の先を見る。
いや、お前だよ。
「私きくり~へへへお兄さんわぁ?」
「和臣くんって言うんだぁいい名前だねえ」
「うぇへへい昨日は楽しかったねえ」
「あ゛あ゛しみる~ねえねえカズ君も迎え酒しようよ~」
「ジャケットに吐いちゃってごめんねえ、はいクリーニング代だよぉ」
「あっお金なくなっちゃったぁ。えっ?いいのぉ電車代出してくれるなんてなんていい人なんだあ」
「そういえばここどこ?」
「へえカズ君の家このへんなんだぁ」
すっかり奴のペースに巻き込まれてしまった。
俺の後をフラフラときくりが付いてくる。
小さいパック酒をストローでちるちる飲んでは、
酒臭い息を吐いている。
しかしぺらぺらと話が止まらないやつだ。
「あっベース忘れちゃった。またねえ和君~」
きくりの脳みそ空っぽな会話を受け流して、
住んでいるマンションへ向かっていると、
ふいにきくりがベースを探しに戻っていった。
自由なやつだな。
家に帰りまずジャケットをハンガーにかけて袋にいれる。
そしてすぐに熱いシャワーを浴びる。
寝汗に路上の汚れ、ゲロと気持ち悪くて仕方なかったぜ。
クリーニング屋って駅前にあったかな。
今日は休日だし、映画でも見に行くかー。
あーシャワー気持ちー。
浴室から出てインスタントコーヒーを飲んでぼんやりとした頭を目覚めさせる。
・・・よしっ行くか!
軽く伸びをしながらジャケットとシャツを持って少し考え直す、
ついでに夏用のスーツも持っていこう。
ちょうど開店時間になったクリーニング屋に服を出して駅に向かう。
何を見ようかなと行きつけの映画館の上映予定を見ていると、
さっき見たやつが近づいてきた。
きくりの奴が手を振ってよたよたと近寄ってきた。
その背中には先ほどなかった物を背負っている。
「あ~和君さっきぶり~」
「ベース見つかったよぉ、きくりさんの命のより大事なベース」
「その名もスーパーウルトラ酒呑童子EXぅ、あはははっどうかっこいいでしょ~」
「和君は何してるの?映画~何見るの?私もいっしょに行く~」
きくりは一人でも姦しい。
ちゅうちゅう、カラコロ、べらべらと擬音の多い奴だ。
まあ一緒に見るなら一応希望を聞いておくか。
スマホの画面を見せて、上映している映画を見せていく。
やっぱり女性だし、恋愛ものとかが好きなんだろうか?
「ん~和君が見たいやつでいいよぉ」
ふーん。
友人とかと見るならちゃんとした映画を選ぶところだが、
今俺が見たい奴ならこれかな。
キラーカブトムシ
「えっ?なにこれ?」
ぽかんと口を開けて困惑しているきくりに、してやったりという気持ちが湧いてくる。
謎の散歩シーン、危機感のない走り方、冗長的で長く中身のない会話。
クソみたいな3Dのカブトムシ、延々と繰り返される似たような攻防。
意味のない友人の死、最後は爆破して倒してサノバ〇ッチ。
まぎれもない人に勧められないタイプのクソ映画だった。
はあ、すごく良かったな。
「んーもうたべられましぇーん」
隣のきくりは開始早々に眠ってベッタベタな寝言を言っていた。
スカジャンのポケットに手を突っ込み、
椅子から半ばずり落ちているがよく眠れるものだ。
というか他の観客もいびきをかいている。
ちゃんと見ていたのは俺だけのようだ。
短いエンドロールを見てきくりを起こす。
終わったぞー。ユサユサ。
「ふああぁー良く寝たー」
「映画館の椅子って寝心地いいねえ」
「んーお腹空いたー」
確かに腹減ったな。
何か昼食べようか。何食べたい?
伸びをしてから、椅子を数回叩いた後、腹を鳴らしたきくり。
彼女の出した答えは・・・。
「ん~和君が食べたいやつでいいよぉ」
こりねえ奴だな。
きくりを連れて多分ネパールカレー屋に入る。
「インドカレーかあ、入るタイミングないよねー良く来るの?」
「あーすごいスパイスの匂いするぅ、カレーベースになっちゃうよー」
「うーん何がいいのかなあ?和君決めてよぉ」
カレーの写真がずらっと並んだグランドメニューを見て、
何を食べたらいいか良く分からなかったであろうきくりに丸投げされた。
ちなみにランチメニューには文字しかない。
俺は豆のカレーとキーマ、ティッカ、よくわからんオレンジ色のソースの掛かったサラダに、ラッシーだ
やはりCセット、辛さはHOTだ。VeryHOTは少し辛すぎる。
きくりにはチーズナンと輸入ビールを注文した。
「いえーいかんぱーい」
「かあーっ!乾いたのどにしみるぅ!」
ビールの入ったグラスとラッシーで乾杯する。
きくりはビールを一息に飲み切った。
推定ネパール人のふくよかな店員にガン見されながらカレーを食べる。
水が無くなると直ぐに入れてくれるサービス満点のおじさんだ。
持ち帰りの時もラッシーを出してくれる優良店、採算が取れているかは謎だ。
「チーズナンおいしー」
「あははっ、チーズみょーん」
円形のナンの中にチーズがたっぷり入ったチーズナンを頬張って、
チーズを伸ばして遊ぶきくり。
「よく分からんビールうまー」
「はあー・・・」
フルーティーかつすっきりとした味の謎のビールを飲んで、
酒臭い溜息を出すきくり。
「ティッカちょうだいー」
「これはビールと合うねえ」
ヨーグルトとスパイスを塗って焼き上げたチキンを食べて、
ビールとの相性に喜ぶきくり。
きくりは何喰ってもうまそうにしているな
しかしそれよりルーが余っちゃう問題が発生している。
くそでかナンをお代わりするか逡巡する。
「えっ?カレーくれるの?ありがとー」
そういえばカレー屋でカレーを食ってないやつが目の前にいるな。
チーズナン一切れと交換で残ったカレーをきくりに譲ることした。
「カレー付けたチーズナンうまー」
「ラッシーも美味しいねえ」
サラダには手を付けないんだな。
カレー屋で珍しく食べ過ぎなかった自分を内心褒める。
ふふふ、初めて腹八分だぞ。俺。
「あービールなくなったぁ、お代わりしていい?」
「あれーなんでカレー屋にラーメンがあるのぉ?」
「いえーいかんぱーい!」
「あーちょっと酸味があっていいねえ」
「さっきのなんだっけデスカブトガニ?」
「かずくんってあーいう映画好きなのぉ?」
まあ嫌いじゃないかな。
むしろ好んで見ている節がある。
たまにはああいう映画を見てハードルを下げるほうが他の映画を楽しめるもんだ。
「へー変わってるねえ」
ビールの縁をなぞりながら、きくりがからかうように言ってきた。
目の前のTHE変人に言われるとなんか癪に触るな。
「いやーごちそうさまぁ」
「今度まとめて返すからね!ほんとだよぉ!」
「じゃあまたねえ~」
結局、映画代、飯代は立て替えてやった。
きくりはふらふらとした足取りで電車に乗り込んで、
こっちに手を振りながらフェードアウトしていった。
それにしてもずっと飲んでたな。
あいつ。
ぼっち・ざ・ろっく!の書籍が買えなかったので、
ほぼ完全に想像です。
2023/01/31追記きくりの描写を追加しました。
2023/1/20にキラーカブトガニ上映開始
見る前に作中映画の名前のネタにしましたが、
見てみると見れるタイプのB級映画でした。
話のネタに見てみるのもよいと思います。