きくりお姉さんからしか摂取できない栄養がある   作:syumasyuma

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風呂病院STARRY断酒会FOLT

断酒8日目の朝。

 

洗面所で歯を磨いていると、ドデッと柔らかく質量があるものが落ちる音がした。

口をゆすいでリビングに戻ると、ソファーから落ちたであろうきくりがいた。

 

空中を彷徨っていた手が力なく下がっていき床についた。

ボタンを掛け間違えたパジャマの裾からヘソがチラリと覗いている。

 

「あてっ」

 

寝転がっているきくりの頭に掃除中の中華ル〇バがガッとぶつかった。

 

 

「あうっ」

「ぐっ」

 

センサーが弱いのか、AIがいまいちなのか、

何回も迂回しては衝突するル〇バ。

 

されるがままのきくりを抱きかかえソファーに座らせる。

 

「ル〇バ君、邪魔してごめんよぉ」

 

きくりはヒラヒラと手を振った後、そのままぽやっとル〇バを目で追っている。

 

「あっ、ル〇バ君こっち来た。」

「ああ、ル〇バ君行っちゃった。」

 

きくり、大丈夫か?

まだ布団で眠っとくか?

 

こっちを見ているが開いているのか閉じているのか分からない目をしている。

まだまだアルコールが頭に残っているのかもしれないな。

 

「うーん起きてる」

 

 

それなら、きくりの体調も良くなっていたし、断酒記念撮影しようぜ。

 

ソファーに足を上げ、両肘を抱えているきくりの前にカメラを置く。

カメラを見て意識が覚醒したのか目が開いた。

 

「えっこのカッコで?髪も寝ぐせだらけですけど?」

 

風呂入ってこいよ。

 

毛先を触りながら寝ぐせのついたぼさぼさの髪をアピールするきくりに、

バスタオルといつものワンピースと下着を手渡す。

 

「じゃあー・・・かっ和君も入ろ?」

 

なにがじゃあなんだ。まあいいけどさ。

 

頬を赤らめてはにかむきくりは、

いつもより可愛らしく見えた。

 

 

 

 

「ふんふふふーん♪」

 

お客さん痒いところはないですか?

 

風呂椅子に座って楽し気に鼻歌を歌っているきくりに声をかける。

しかし背中にかかるくらいの長さになるとシャンプーも三回PUSH以上必要になるな。

 

「ないでーす」

 

きくりって首筋にほくろあるんだな。

 

とても機嫌良さそうなきくりの髪をワシャワシャと洗っていると、

ふと、うなじにほくろがあることに気づく。

 

「そうなの?」

 

背中・・・右の肩甲骨にもほくろあるな。

 

まじまじときくりの体を見ていると色々と気になることがでてくる。

 

「へーそんなところにもあるんだ。」

 

尻にもあるな。

 

「和君のエッチ♪」

 

というか背中に汗疹出来てるし、尻にニキビができてるぞ

 

そう、きくりの肌荒れだ。

そもそも基本的に不摂生で、外で寝たりしているせいか、

背中や二の腕に汗疹があったり、尻にニキビがある。

 

「え゛っ」

 

今度塗り薬買ってくるか。

 

さっきまでは体をくねらせていたきくりが硬直する。

 

「結構ショック・・・。」

 

髪もきしんでるしキューティクル補修するシャンプーとかも買わないとな。

あと年齢の割に肌も傷んでるしそこもやっとくか。

サンオイルも塗らないで外で寝るからだぞ。

 

俯いて顔を手で覆っているきくりに、更に追い打ちをかけるようで申し訳ないが、

俺が気づいたことを教えていく。

 

「和君ーさすがに傷つくんだけど?」

 

そばかすと乳輪も

 

「和君っ!それ以上はわたしの心が持たないよぉ!」

 

きくりの羞恥心も限界だったようで、

本人からギブアップが宣言された。

まあスキンケアはおいおいやって貰うかな。

 

「はあっーとんでもない辱めにあったよぉ・・・。」

 

ほれ髪乾かしてやるからこっち座って。

 

壁にデコを付けてぶつぶつ言っているきくりに声をかける。

 

「あっはい」

 

タオルで水を取りながら、髪の付け根にドライヤーの風を当てて乾かしていく。

 

「あー人にやってもらうのって気持ちいいし楽だわー」

 

乾かしにくいから動くな。

 

きくりが楽し気に頭を揺らすと、

彼女の小豆色の髪が揺れて逃げていく。

 

「はーい」

 

 

 

 

 

じゃあ撮るぞ。

 

カメラのタイマーをセットして、ソファーに座ると、

きくりがこちらにもたれ掛かってくる。

 

ピースした手を控えめにあげたきくりからは、

風呂上がりの石鹸の香りがする。

 

「はいウイスキー!」

 

カシャ

 

なんだよその掛け声。

 

隣で変な掛け声を言ったきくりに聞く。

 

「酒飲みの掛け声と言ったらこれでしょー」

 

知らん。

つーか俺変な顔してるし、撮りなおすぞ。

 

笑顔でピースするきくりと横を向いて怪訝そうな顔をしている俺が写っている。

自分だけちゃんとポーズしやがって許せん。

 

「えーいいじゃんよーこの顔好きー」

 

うるせえ。

俺もピースしたいんだよ。

 

 

 

 

 

「お腹空いたー」

 

今日は病院で検査あるから朝食は無しだ。

 

冷蔵庫を開けて物色している手を止め、

不思議そうな顔でこっちを見てくる。

 

昨日言ったはずなんだがな。

 

「検査?」

 

はい紙コップと検尿用のスピッツ管と入れる袋な。

尿はちゃんと中間尿を採るんだぞ。

 

きくりに検尿セットを渡してトイレに向かわせる。

 

「急に言われても出ないよー」

 

出るまでがんばれー

 

 

 

 

 

「ふいー・・・やっと出たー」

 

じゃあそろそろ行くか。

 

ソファーに倒れこんだきくりからスピッツ管の入った袋を預かる。

ほんのり温かい・・・。

 

「あーどこ行くんだっけ?」

 

大丈夫かー?

今日は病院行ってからSTARRY行くんだろ。

ほらゆっくりしてないで立った立った。

 

「うーん和君引っ張って♪」

 

全く、自分で立てよ。

 

両手をこっちに伸ばすきくりに呆れながら、その手を取って立たせる。

 

「おっ外おっ外♪」

 

外出る前にぼっちちゃんにロインしとくか。

 

片足ずつ飛び跳ねて、久しぶりの外出に浮かれるきくりを横目に、

ぼっちちゃんに今日顔を出しに行くことを連絡する。

 

「なんでぼっちちゃんにロインしたの?」

「喜多ちゃんのほうが仲いいよね?半分弟子みたいじゃん。」

 

弟子って・・・。

ほらぼっちちゃん引っ込み思案だろ?

他の人と話す切っ掛けがあったほうがいいかなってね。

 

すり足でにじり寄ってきたきくりに答える。

 

「ああまあそうね引っ込み思案だもんね」

「私も今度からぼっちちゃん経由で連絡しようかなー」

 

いいんじゃないか?

あっ問診表忘れてた先に車行っといてくれ。

 

きくりに車のキーを投げ渡す。

両手を皿のようにして受け取り、ポケットの中に入れる。

 

「おっけー先行っとくー」

 

きくりどうした?

 

問診表をカバンに入れて玄関に向かうと、

下駄を履いたきくりが玄関のドアに手をかけて止まっていた。

 

 

「っ・・・いやーなんかドア開けられなくてさー」

 

ふーん。

 

きくりの手の上からドアノブを握り、戸を開ける。

きくりの喉からか細い悲鳴が上がった。

 

「ヒッ」

 

・・・開いたぞ。

玄関に立たれると邪魔だぞ、はいどすこいどすこーい。

 

外を見つめて硬直しているきくりの背中をどんどん押して外に追い出す。

 

「わっわわわ和君危ないって!」

 

ほれ行くぞー。

 

カギを締めて、あたりをきょろきょろと見まわしているきくりに声をかける。

歩き出そうとしたら上着が突っ張る感覚を覚える。

ちらっと見るときくりの手が俺の上着を掴んでいた。

 

「あっうん待ってー」

 

後ろにぴったりと近づいてついてきたきくりは、

手早くベースを荷台において助手席に座る。

 

「ふう、びっくりしたー」

 

何にびっくりしたんだよ。

きくりは座ってほっと一息ついている。

 

「んーまず匂い、外ってこんな匂いだっけと思った。」

「であと風ね。寒くてびっくり、もう秋なんだね。」

「木の葉っぱ落ちてるし、ほらあそこの家の木!ちょっと色づいてるよね。」

 

きくりは激しく瞬きをしながら事細かに教えてくれる。

鈍り鈍っていた感覚器が働きだして戸惑っているようだ。

 

 

 

 

 

さて病院についたわけだが・・・。

きくり早く降りてきなさい。

 

「ちょっとタンマ」

 

病院駐車場についたが一向にきくりが降りてこないので、

腕を掴んで引っ張り出す。

 

「はあー病院とかほんと久しぶりだー」

「うっ動悸がっ」

 

はいはいさっさと検診すませるぞ。

今回は血液検査、尿検査とX線、身体測定、視力聴力とまあ色々だな。

 

胸を押さえているきくりを引っ張り受付で番号札を貰う。

 

「いっぱいあるんだねー」

 

まあ基本は看護師さんが指示出してくれるから覚える必要はないな。

 

座りながら待っていると番号が表示されたので、

受付で問診票と袋を渡し、きくりの検査に付き添う。

 

 

 

 

 

「逆流性食道炎、脂肪肝と肝炎とか色々言われちゃった。」

 

まあ、肝硬変まで行ってなくて良かったじゃん。

 

結果が出るのはまだ先だが、医者からは中々怖いことを言われたな。

 

「処方箋・・・飲酒欲求を抑える薬だってさ。」

 

じゃあ早速飲んでみるか水買ってくるから薬受け取ってきな。

近くにあったコンビニから水を買って、薬を受け取って戻ってきたきくりに手渡す。

 

「あっこれ食後だった。」

 

ゼリー飲料も急いで買ってきた。

 

駐車場で待っていたきくりがゼリー飲料をチャージした後、薬を飲む。

のどが渇いていたのかぐびぐびと水を飲んでるな。

 

「・・・。」

 

どうだ効果ありそうか?

 

沈黙しているきくりがちょっと心配になり声をかける。

大丈夫なのか?えーと薬の副作用は下痢、腹部の張り、吐き気等か・・・。

 

「ふーむ?・・・分かんない!」

 

そっそうか、まあ直ぐ効果が現れるようなものじゃないよな。

気を取り直して車に乗り込み、下北沢に向かう。

 

車を走らせながら時間を確認するが、まだ二時を回ったばっかりだ。

STARRY開くまで時間あるし、ちょっと腹ごしらえと行くか。

 

下北沢のいつもの駐車場に止めて、適当なカフェに入る。

メニューを見ているとアルコールが乗っていた。

 

恐る恐るきくりを見てみるが、

きくりはアルコールページではなく隣のパフェにくぎ付けだった。

 

 

薬効果ありそうだな

 

「んーあるかも?なんかねー酒の名前見ても・・・スンッ!て感じー。」

「その代わりに甘いものがすっごい食べたいー」

 

そうかそうか・・・良かったな!

きくりが手を上から下に振って、スンッを表現してくれるが全く伝わらない。

伝わらないが気持ちは分かる。

 

「うん!ということで私はクラブハウスサンドに紅茶、デザートはストロベリーパフェにします!」

 

はいはい、すみません注文いいですか。

俺は鉄板ナポリタンにホットドッグ、食後にコーヒー。

こっちはクラブハウスサンドに紅茶、食後にストロベリーパフェでお願いします。

 

近寄ってきた店員に注文を伝えた。

愛想の良い店員を見送って、水を飲む。

そこでようやく喉が渇いていたことに気づいた。

 

 

 

やっぱり喫茶店といえばナポリタンだよな。

 

下駄を脱いだきくりの足が、俺のズボンの裾から入って靴下を下げてくる。

俺もそれを避けようとするが、ねちっこくついて来やがる。

 

「えーそこはパフェだよ。」

 

いやいや鉄板で焦げたナポリタンがっと、

もうホットドッグとクラブハウスサンド来たから食べようぜ。

朝食食ってないから腹減っててさ。

 

俺が腹を摩って言うと、きくりも同じようにお腹を摩りだした。

 

「知ってるしー私もお腹ぺこちゃんだよ」

 

きくりはさっきゼリー飲んだだろー。

俺がそういうときくりはてへっと舌を出した。

 

 

ホットドッグうめー。

かぶりついた時に出るソーセージの肉汁とケチャップの酸味、

マスタードの辛さが合わさってすげえジャンクな美味さだ。

 

「和君映画見るときポップコーンじゃなくてホットドッグだよね。」

 

まあな、一番食いでがあるからな。

あとポップコーンは歯に挟まるのが嫌なんだよ。

 

「あー挟まるよねポップコーン。」

「ねー和君一口ちょうだい?」

 

いいぞ。

ホットドッグをきくりに手渡したら、

大口を開けてがぶりと齧り付いた。

 

ホットドッグの三分の一を一口でだと?

頬張りすぎでリスみたいになっているきくりに驚きと呆れを覚える。

 

「もぐぐもー」

 

おい一口デカすぎだろうが、こっちもサンド貰うぞ。

・・・サンドも美味いな。

タマゴ、チーズにハム、トマトとレタスがマヨネーズベースのソースで一体になってる。

サンドイッチはレタスのシャキシャキ感とトマトのジューシーさがいいよな。

 

「もぐにゃんもぐにゃんもぐもー」

 

食ってから喋れ。

ほらソース口についてるぞ。

 

紙ナプキンできくりの口を拭いてやる。

 

「ありがとーナポリタンも一口ちょうだい?」

 

どんだけ腹減ってんだよ。

 

 

 

 

 

「あーお腹くるしー」

 

食いすぎだ馬鹿。

きくりがSTARRYへの壁に手を付きながら階段を降りている。

 

入口で立ち止まるきくり。

 

これ朝見たなー、ほらどすこいどすこい。

 

「分かった分かったって!」

 

物理的に背中を押されて、こわごわとSTARRYのドアが開ける。

いつもCLOSEと書かれたドアを傍若無人に開ける姿が嘘みたいだ。

 

「どっどうもー」

 

「いらっしゃいませーって、廣井さん!体調は大丈夫なんですか?」

 

「あー喜多ちゃんは今日も元気だねー、まあぼちぼちかなー」

 

「廣井、来るって聞いてたけどなんか苦しそうだが大丈夫か?」

 

「あっいやそのー」

 

ただの食いすぎなんで心配しなくて大丈夫です。

体調を気遣われて困っているきくりに代わり、

眉間に皺が寄っている伊地知さんに気にしなくていいと伝える。

 

「はぁ!?はあー・・・お前馬鹿だなー」

 

「まあまあ廣井さんらしいじゃないですか」

 

「まっ、まあいいじゃーん。先輩っ、私元気なんでーそういうことでー」

 

有沢さんナチュラルにひどいっすね。

 

きくりは逃げるように中に入っていった。

きくりを目で追っていると、どうやら部屋の隅でしゃがんでいたぼっちちゃんのところに向かったようだ。

 

「おっお姉さん元気になったんですよね?」

 

「心配かけちゃってごめんねぇ。ぼっちちゃんは元気ー?」

 

「あっはい元気?です・・・。」

 

「そっかーぼっちちゃんも無茶しちゃダメだぞー」

 

二人ともテーブル座りなよ。

 

隅っこで膝を抱えるきくりとぼっちちゃんに声をかける。

二人は部屋の中央に置かれたテーブルちらっと見た後、目を逸らした。

 

「なんかぼっちちゃんが増えたみたい」

 

「廣井さんお酒抜けるとあんな感じなんですね。あっりょう先輩も座った。」

 

「何してんだあいつら・・・さっさとこっち座れ!」

 

伊地知さんの一声でぼっちちゃんがぴょんと立ち上げり、

きくりとりょうちゃんはだらだらと立ち上がる。

 

「はっはいぃ」

 

「やれやれ」

 

「先輩こわー」

 

体育教師に怒られる不真面目な生徒みたいだな。

 

 

 

 

 

そういえばぼっちちゃん新しいギター買ったんだって?

 

「あっはいこれです」

 

へーこれがぼっちちゃんの新しいギターかー。

ぼっちちゃんがこのギターを買った理由聞いてもいい?

 

しげしげとぼっちちゃんが差し出してきたギターを眺める。

隣にいるきくりも興味深そうに眺めている。

 

「りっ理由ですか・・・?」

 

うん、俺もギター買おうと思ってるんだけど、

どういうギター買えば良いか分からないし、

参考にしたくてね。

 

ぼっちちゃんがさっきからジャージのファスナーを上げ下げしているのは、

緊張の表れなんだろうか?

 

「あの・・・かっカッコいいからです・・・。」

 

なるほどカッコいいからか。

確かにシンプルな黒でカッコいいね。

 

「へーYAMAHAじゃん、私とオソロだね。いいよねYAMAHA。」

 

「そっそうですよね!いやーYAMAHAは神だなー」

 

急にぼっちちゃんが動揺して挙動不審になった。

両手を挙げてバタつかせ、顔がどんどん崩壊していっている。

 

「ぼっちちゃんなんでそんなにキョドってるの?」

 

「先輩、私わかりました!」

 

「ふむ一体どういうことなんですか!喜多博士!」

 

なんか始まった。

なぜ喜多ちゃんは付け髭と白衣を着ているんだろうか?

それは一体どこから出てきたんだろうか?

 

「では解説していこうと思うわ」

「まずひとりちゃんのカッコいいからという言葉。」

「廣井さんのお揃いという言葉に異様な反応をしめすひとりちゃん。」

「そして廣井さんのライブを見た後のひとりちゃんから推測すると、」

「ひとりちゃんは廣井さんに対して憧れのようなものを抱いており、

無意識にYAMAHAに対してカッコいいという印象が刷り込まれていると思われるわ」

「そしてそのことを少し自覚してちょっと挙動不審になっているっ!」

「そうよね!ひとりちゃん!」

 

途中までは教育番組風だったのに、最後は探偵みたいにぼっちちゃんを指さす喜多ちゃん。

というか今完全に自覚させたよね。

 

「あわわわわっ」

 

「学園祭の時から思ってたけど、喜多ちゃんのぼっちちゃんに対する理解度がすごい」

 

「本人の前で内心を暴くとか郁代は鬼畜」

 

「そうなのぼっちちゃん?お姉さん嬉しいなー」

 

図星を突かれて慌てているぼっちちゃん。

喜多ちゃんにおののく虹夏ちゃんに、

ジュースを飲みながらぼんやりと感想を述べるりょうちゃん。

 

きくりもぼっちちゃんに慕われて嬉しそうだ。

ここは本当に賑やかだな。

 

 

 

 

 

断酒9日目。

 

 

今日は病院で面談してから断酒会行って、その後新宿FOLTに行くから準備しろ。

ソファーでぼーっとしているきくりに声をかける。

 

「あーうん、わかったー」

 

のろのろと支度を終えたきくりを伴って、

近場の精神科クリニックに訪れた。

 

初めてきたところで緊張しているのか、

きくりは指をいじったり、手を開いたり閉じたりしている。

 

物腰は柔らかく言葉遣いが丁寧で、

改めてアルコール依存症について細やかに解説し、

治療薬の副作用についてもしっかりと説明してくれた。

 

「なんか私って模範的アル中だったんだね。ちょっと笑える。」

 

こっちは笑えんつーの、直ぐ近くに断酒会の会場もあるから寄ってくぞ。

 

断酒会は福祉系の総合センターの会議室を借りてやっているらしい。

この施設は外に公園もあるし、中には体育館やトレーニングジム、プールに講堂などなんでもござれだ。

 

会議室に向かって廊下を歩いていると、断酒会会場と書かれた看板を見つけた。

中に入ると数十人の人が賑やかに話している。

 

年配の方に挨拶して今日が初めてなんですがというと、

親切にいろいろと教えてくれた。

 

住所、氏名を書いて、きくりの分の年会費3000円を払い、

入口近くの献金箱に100円を入れる。

 

断酒会はアルコール依存症に悩む人やその家族など、

同じ悩みを持つ人たちが互いに理解しあい、

支えあうことによって問題を解決していく自助組織で、

会員一人一人が酒害体験と自分自身を率直に語り、聴くだけだそうだ。

 

同じような組織としてアルコホーリクス・アノニマス

(通称AA、匿名のアルコール依存症者たちという意味)があり、

こちらはアメリカ発祥のためちょっぴりキリスト教の影響がある。

 

まあ断酒会とは仲は良くないそうだ。

 

司会の人が短い挨拶をした後、順々に各々が酒害体験を語り始めた。

 

「夫は人間の屑です!酒浸りのキチ〇イです!」

「飲んで私を殴り!子供を殴り!家を破壊します!何度警察のお世話になったか分かりません!」

「心から死んでほしいと思います!」

「悪霊に憑りつかれています!今日も私は殴られました!いつか殺す!いつか私は夫を殺します!」

 

スーツを着た痩せた女性が不満をここぞとばかりにぶちまけた。

俺もきくりもあまりの剣幕に気圧されていると、

前の席の人達が特に気にした様子もなく彼女のことを教えてくれる。

 

「驚いた?あの人いつもああなんだよ。」

 

「あの人ここで旦那の愚痴を言うことがガス抜きになってるからなー」

 

「今日も壮絶だね」

 

司会の人も特に気にする素振りを見せずに、

名簿を見ながら次々に話を振っていく。

 

「ではI病院の方」

 

「今度こそ必ず断酒します!やめる!酒は必ずやめられる!」

 

痩せた青年が決意を表明し、

 

「10回目の入院です。肝硬変なので私はもうすぐ死ぬでしょう。」

 

白髪の生えた男性が淡々と語り、

 

「脳萎縮です。家族は皆去っていきました。痴呆になって死ぬと思います。」

 

無精ひげの生えた男性が感情を堪えたように呟き、

 

「わたし不思議と飲酒欲求がないんですよ~」

 

ふくよかな女性がののほんと話せば、

 

「10年・・・10年断酒してましたが、昨年スリップしてしまいました。また出直します。」

 

背広の中年男性が悔恨の念を漏らし、

 

「うちの人がこの断酒会につながってくれて本当に良かったと思います。私たちは救われました。」

 

アル中の家族である若い女性が嬉しそうに言うと、

 

「飲んでた時はどうしても止められなくて止められなくて、とうとう母親にお金を全部隠され外出も一切禁止。」

「僕は剃刀をこう、手首にあてまして「酒くれないと切る」と言いましてね。」

「もちろん切る気はないですけど」

 

トレーナーを着た若い男性がおどけ、

 

「飲んでももう胃が受け付けなくてビニール袋に吐いちゃって。」

「でも何も食べてないから吐くのは酒だけ。それをもう一度ぐーっと。」

 

げっそりと頬がこけた男性がジェスチャーつきで教えてくれ、

 

「僕友達がいないんです。寂しいんです。昨夜はお酒飲んで道路で寝ました。」

「その前の日もお酒飲んで公園で寝ました。お金は歩いている人に100円ずつ貰います。」

「さみしい~♪ぼくは~いつも~ひとりぼっち~♪」

 

ホームレスが歌い始めた。

 

「やめろやめろ!」

 

「歌うな歌うな!」

 

「貴様断酒会を何だと思ってるんだ!」

 

「あいつはただの酔っぱらいのホームレスだ!」

 

「出入り禁止にしろ!」

 

「飲んでる!今も飲んでる!」

 

「いつも~いつも~♪」

 

「歌うなと言ってるだろ!」

 

ホームレスは摘まみだされた。

パンチの効いた面々に呆気に取られる。

 

「おー断酒会って、中々面白いところだねぇ」

「私も歌ってみようかな?」

 

追い出されるから止めとけ。

 

他の人の酒害体験に親近感が芽生えたのか、

きくりがこころなし元気になってきた。

 

 

「ごほんっ、では今日初めていらっしゃった廣井さんお願いします。」

 

「えー・・・あっ、どうも廣井です。その・・・いっ一日断酒で頑張ります・・・。」

 

パチパチパチパチ

当てられて立ち上がったが、特に喋ることを決めていなかったようで、

きくりは一言断酒宣言だけをした。

 

「はいありがとうございます。同じく今日が初めての山下さんお願いします。」

 

山下です。今日はよろしくお願います。廣井の付き添いで来ました。

断酒会は初めてですが今後とも宜しくお願いします。

廣井はロックバンドをやっているんですが、歌詞が飛んだり、観客に酒を吹きかけたり、

会場を壊したりと少々未成年の教育に悪いところがありました。

 

立ち上がって喋っている俺に、きくりがぎょっとして振り向く。

 

「ちょちょちょ和君っ!」

 

噛みつかれたり引っかかれたり殴ってきたりと、断酒してすぐの廣井はなかなか凶暴で、

ここの噛み跡が痣になっていて、まだ触ると痛いです。

 

きくりが体を揺さぶって妨害してくるが、

俺にはそんなの通用しないぜ。

 

「和君っタンマタンマ!」

 

頭と体がいろいろとポンコツなので、これから一緒に断酒して治していきたいと思います。

きくりも立ち上がってきたがもう遅い既に喋りきってしまった。

 

「ワハハハハ!いいぞ兄ちゃん!」

 

「廣井さんも頑張ってー!」

 

「兄ちゃんも愚痴を言ってガス抜きか?」

 

「いやあれは彼女を虐めて楽しんでるだけだな」

 

「ドSってやつか」

 

「ああ、しかもМでもあるし、やべー奴だ。」

 

パチパチパチパチ

 

中々楽しいところだったな。

会場から暖かい拍手を頂いてどことなく満足感がある。

 

「あー恥ずかしかった」

 

きくりも恥を知ってたんだな。

 

「和君は私を何だと思ってるのさ」

 

アル中だが?

体当たりをしてきたきくりを受け止める。

 

 

 

 

 

新宿FOLTに到着した。

 

きくりは例によって入口で止まったが、ごくりと生唾を飲み込んで恐る恐る進み始める。

 

背を押そうかと思ったんだがな・・・。

 

「ぎっ銀ちゃんおはよー」

 

「あらきくりじゃない?もう身体は大丈夫なの?しばらくはライブ休むって聞いてたのに。」

 

「まあ大分良くなってきたよ。」

 

「ふーん?本当にお酒飲んでないのね。素面のきくりひっさびさに見たわ。すっごい新鮮!」

 

きくりの声に気づいた銀ちゃんは直ぐに立ち上がってこっちに歩いてきた。

傍まで近寄ってきくりからアルコール臭がしないことに驚いている。

 

「あはは・・・それでー志麻とイライザ来てる?」

 

「二人なら中にいるわよ。ほらさっさと中に入った入った。」

「和君もゆっくりしていってね♡」

 

きくりがおずおずとバンドメンバーのことを聞くと、

既に奥の控え室で待っているそうだ。

 

今日顔見せるとは連絡していたが随分早いな。

店の中を進んでいくと前に行ったことのある部屋のドアが開いていた。

 

きくりはテーブルに座っている二人を見て生唾を飲み込む。

 

目を瞑り腕を組んでじっとしている志麻さん。

スマホをいじりながら志麻さんを気にしているイライザちゃん。

 

きくりが声を掛ける前に、志麻さんがきくりに気づいた。

 

「廣井!もう大丈夫なのか?」

 

「オー廣井元気デスかー?」

 

「あっ・・・二人とも元気ー?私はぼちぼちかな」

 

ガタガタとテーブルにぶつかりながら二人が近づいてくる。

その勢いにきくりがちょっと怯んでいる。

 

「・・・廣井が飲んでないなんて夢なのか?」

 

「じゃあ私が抓ってあげるヨー」

 

目を丸くして、二、三歩後ずさった志麻さんのほっぺをイライザちゃんが抓る。

 

他人の頬をつねるのか・・・。

 

「いへへへへ、もうひいって!ふう、どうやら夢じゃないみたいだな。」

「山下さん!ありがとうございました!」

 

「山下thank you!」

 

二人とも大げさだな。

 

志麻さんは背を伸ばして頭を下げ、イライザちゃんはサムズアップしてきた。

彼女たちが俺にお礼を言う必要は無いけど、きっと誰かに感謝したいのだろう。

 

「そうだよー大げさだよぉ・・・ズズッ」

 

「全く廣井は分かってないデスネー少しは反省してするデス」

 

「そうだ、廣井は反省しろ。大体おまえはなー」

 

「ひえええ和君助けてー!」

 

鼻を啜っているきくりを、二人が壁に追い詰めて説教し始めた。

怒られている筈のきくりも、怒っている筈の二人も笑っている。

 

「青春っしてっるわっねえ・・・!」

 

銀ちゃんが一番泣いてどうすんだよ。

 

銀ちゃんが後ろから覗いてきた。

顔をぐちゃぐちゃになっている銀ちゃんにハンカチを差し出す。




アニメの範疇終わったのでもうネタ出てこないかと思いましたが、12360文字です。
土日で書ききれる文量じゃないですね。
完成度が低いので来週中は読み返して編集し直すと思います。
最初は志麻さんの下りしか思いついてなかったんですが、ノリとは恐ろしいものです。

なんとなくですがSICKHACKの志麻さんは色々と重い感じが似合うと思います。ということで今回はこんな感じの役回りになりました。今回はスティーブ・スミスとヴィクター・ウッテンのセッションを聞きながら書きました。
ウッテンのベースすごい、それに合わせられるスミスすごい。
そうそうタグのクロスオーバーですが、クロス先は失踪日記です。
しかし失踪日記は作者の実体験を元に書いた話だそうなので、実際は現実とのクロスオーバーになるのでしょうか?
最初は廣井きくりにスリップさせてアル中病棟に三か月押し込む展開にさせようと思いましたが、今って飲酒欲求を抑える薬があるみたいなんですね。驚きです。
ということで廣井きくりが飲まない可能性が出てきたため、没となりました。
きっと別な方がアル中病棟で過ごす廣井きくりを書いてくれるでしょう。

それではまたどうぞよろしくお願いします。

追記1
読み返したらSICKHACKの部分詰まらないですね。

ありきたりな表現で彼女達の尖った所が全く出てませんでした。
スティックをテープで固定するなんてナンセンスで古い下らない。
読者の感性を刺激出来てない。
映画でも細かい矛盾が気になってしまうのは、その映画が面白くないからだとわたしは考えています。

週末までに仕上げてきます。

追記2
内容の変更、表現追加しました
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