殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#1 俺に宿る殺人鬼達

 

 

 

 

 

 

 

 ――――浮遊人格統合技術。

 

 

 精神科学の著しい発達によって生み出されたそれは、簡単に言えば。

 『異世界で死んだ人間の人格を、記憶そのままに自分へインストールする』技術だ。

 

 そしてインストールされた側はいきなり体を乗っ取られる訳ではない。

 心の中に同居人が増える感覚である。 

 

 

 ……一体何を食べたら、異世界から人格を引っ張って来るなんておかしな技術を開発できるのかは分からない。

 ともかくだ。

 

 その技術が生み出されたことで、異世界のニュートンとかアインシュタインに相当するような超天才達の人格が続々と集まり、世界中の科学とかそんなのが一気に発展した。

 

 

 そうすると、各国は我先にと優秀な人格を求めるようになった。国が発展し経済も潤う、優秀な人間はいくら居ても困らない、当然だ。

 だが誰にでも、優秀な人格が宿る訳ではない。異世界で死んでしまった変哲もない凡人が宿る事もある。優秀な人格が宿るには『適正』と『運』が必要なのだ。

 

 

 そして優秀な人格を求めすぎたこの国は……狂った政策を始めた。

 10歳になった子供全員に統合技術を施し始めたのだ。技術を施すと言っても、軽く注射をするだけなのだが、まだ未成熟な子供に見知らぬ人格が入り込むなどどんな影響があるか分かった物ではない。

 

 だが国の始めたそれの効果は絶大で、経済は一気に発展を始めた。

 誰も文句は言えない。口を閉じざるを得ない。例えその裏にある影が、どれだけ大きくとも……。

 

 

 

 

 

 

「ほーら。すぐ済むから、ね?」

 

 白衣に丸メガネ、七三分けの小奇麗な格好をした男が注射を手に近づいてくる。

 当時10歳の俺―――日高 俊介(ひだか しゅんすけ)は注射よりも、不安げに肩を掴む母の手の方が痛かったのをなぜか覚えていた。

 

 黒と赤が濁り混じったような色の注射液が腕の中に入っていく。

 そして注射針が離れた瞬間、バチチッと目の奥に電気が走ったかのような感覚がした。初めて感じる感覚に思わずギュッと目を閉じてしまう。

 

 白衣の男が優しい声色で訪ねてくる。母の心配げな声も一緒だ。

 

「どうかな? 誰か入って来た?」

 

「俊介、大丈夫? 無理しなくていいからね?」

 

 10秒ほど経ち、やっと目の感覚が普段通りに戻って来た。

 そしてゆっくりと瞼を開けた瞬間。

 

 

 狭い部屋の中に、十数人ほどの半透明の男女達が立っていた。

 

「ぁ………」

 

 全員が並々ならぬ、一般人には絶対に纏う事の出来ない怖気のする雰囲気を放っていて。

 しかも半透明だったせいで、目の前に居る全員が幽霊だと勘違いしてしまって。

 

 心霊系がすこぶる苦手だった俺は白目を剥いて、椅子から転げ落ちるように気絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから7年。

 俺が気絶した事で母親が盛大にブチ切れ、白衣の男の制止も聞かず、俺を無理やり連れて帰ったそうだ。

 

 そのおかげか俺は『人格統合の適正ナシ』と判断され、普通の男子高校生として認識されている。まぁ人格が入って来たとしても、凡人である可能性は十分にある。毎日数多の子供を相手にしているのだ、いちいち調べる気もなかったらしい。

 

 でも本当に良かった。

 俺が実は多くの人格を内に宿していて、それが全て――――。

 

 

『な、な、な。あそこの女の人、すっごく可愛くない!? 一回吊るしてみよ、な、な、な!?』

『おい、うるさいぞ!! 品行方正な学生生活を送る俊介の邪魔をするなど―――』

『いい子ぶってんじゃねーよクソサイコ!! テメェは俺よりよっぽど殺しまくってんだろうが!!』

 

 

 

 それぞれが暮らしていた異世界で、史上最悪と謳われるほどの―――『()()()』だなんて。

 

 

 バレたら大問題どころではない。最悪逮捕、そして処刑……。

 国は異世界からの人格がどれだけの影響を及ぼすかよく知っている。過剰すぎる対応も、ありえないという事はないはずだ。 

 

 

 ちなみにさっきから騒いでいる、ボロ布を上から荒縄で体に巻いた、服とは言えない何かを着ている痴女紛いの俺っ娘が『ハンガー』。

 華美すぎず、かといって質素すぎず、見る物に清らかなイメージを与える服を着た生真面目そうな男は『サイコシンパス』だ。

 

 ちなみにこれは彼らの本名ではない。覚えやすく呼びやすいように、あだ名で呼んでいるのだ。

 

 

『……大変だな。俊介』

「何とかしてくれないか? 今日から2年生だってのに……」

『同情以外できない』

 

 黒を基調とした、落ち着いた色合いのコートを纏う、大人びたこの男性は『ヘッズハンター』。

 大人びた印象を感じるが、向こうで死亡した時はまだ18歳だったらしい。殺人鬼たちの中で最も落ち着いていて、最も何もしてくれない。ずっと寝てるかこうして偶に言葉を掛けてくるだけだ。

 

 

 半透明のハンガーとサイコシンパスが目の前で騒ぐのを無視し、学校への道を進んでいく。

 

「はぁ」

 

 彼らは俺の頭の中にある黒い空間……俺は見たことのない空間で静かに過ごすか、半透明のまま目の前で何かしている。

 100メートルまでは俺から離れられるのだから、何処かに行っていてくれればいいのに、大体俺の近くに居る。本当に勘弁してほしい。

 

 

 だが、今日からは高校2年生。

 この新しい始まりを機として、この殺人鬼共に侵食された日常を平凡な物に変えて見せる。

 

『あーっ! 俊介、ちょっと待てよォ!』

『むっ! もっときびきび歩くのだ、人は元気よく歩く者に悪感情は抱かないものだからな!!』

 

 

 喧嘩していた2人が後ろから追いかけてくる。

 

 本気でうるさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 始業式を終え、クラスの振り分けも終わり、それぞれの教室に向かう。

 普段は面倒くさい学校など憂鬱でしかないが、これからは晴れやかな気分でニコニコスカッと通うことが出来そうだ。

 

『なんでそんなに嬉しそうなんだよ?』

 

 ハンガーが頭にハテナを浮かべながら聞いてくる。

 いつもならこういう質問に人のいる場所では答えないが、今日はとてもいい気分だ。携帯電話を耳に当て、誰かと通話している振りをしながらハンガーに言った。

 

「学校で一番かわいい夜桜 紗由莉(よざくら さゆり)さんと一緒のクラスになれたからだよ!」

『……ああ! 吊るしたい女と近くに居られるって事か! そりゃ嬉しいな!』

「全然ちげーよ!!」

 

 最近『吊る』か『吊らない』しか喋ってないぞ。またぬいぐるみをありったけ吊りまくらせる時期が近づいて来たようだ。親に見られるとヤバいのでなるべくやりたくないが、仕方ない。

 

 ……話を戻そう。

 

 

 夜桜 紗由莉。

 この高校に通う2年生で、とても頭が良く、家がかなりのお金持ちらしい。身長は160センチ前後で、艶やかな黒髪を肩まで伸ばしている。そして滅茶苦茶顔がいい。テレビに出てくる女優ですら余裕で凌駕しているんじゃないか? という位には美人だ。

 

 ただそんな彼女の特徴をまるっと掻き消すくらい、重要な事が1つ。

 彼女は『人格持ち』なのだ。詳しくは知らないが、とびっきり優秀な人格を。

 

 頭が良くて、お金持ちで美人で、しかも優秀な人格持ち。

 将来が光り輝くレールで舗装された人生を歩んでいくことだろう。そこに俺のような凡人が入り込む隙は無い。

 

 

 ……でも、何も思う所はない。

 俺は夜桜さんの事が好きだ。『見た目に惚れたんだろ?』って言われればそりゃあ否定できない。けど他にも理由はある。

 

 この高校に俺が入学したばかりの頃。

 熱で少し体調を崩していたがテストだったので無理に登校し、案の定体調は悪化。人目に付きにくいところで座り込んでいたところ。

 

 「―――だ、大丈夫?」

 

 偶々通りがかった彼女が、肩を持って保健室まで連れて行ってくれたのだ。

 

 惚れるには余りに単純すぎる理由だが、誰も俺の体調の悪さなんかに気づいてくれなかった中、彼女だけが気づいてくれた気がしたのだ。顔を真っ赤にして座り込んでいる奴がいたら誰だって保健室に連れていくだろうけど。

 

 

 ……でも、俺と同じように夜桜さんに惚れてる奴は何人もいる。でも誰も彼女には関わろうとしない。

 ハッキリ言って、『住むステージ』が違うんだ。

 

 

 

 携帯電話を耳から離し、再び教室へ向かい始める。

 その背後で俺の独白を察したかのように、サイコシンパスが顎を押さえて首を傾げた後、思いついたように言った。

 

『ならば私に体を任せるといい! 俊介のためなら恋愛の1つや2つ、簡単に叶えてみせようじゃないか!』

 

 そう言って近づいてくるサイコシンパス。

 こいつヤバい。目がマジだ。

 

 

「―――やめろ!」

 

 

 

 思わずそう叫んで、ハッ!と口を押さえる。

 携帯電話を耳に当てるのを忘れていた。これじゃあ一人で勝手に叫んだヤバい奴扱いされるし、最悪人格持ちだとバレる。

 

 周囲の目から逃れるように、顔を俯かせ、教室へと駆け足で向かっていった。

 

 

 

 

『あーあ、何やってんだよサイコシンパス』

『むむ……。ヘッズハンター、今のは何が悪かったのだ? 私にはさっぱり……』

 

 彼がそう何もない所に向かって言うと、その場に突然、黒いコートを翻してヘッズハンターが現れた。

 

『中から見てたよ。アレは、まあ、叶えない方がいい恋もあるってことだ』

『でも俊介は小桜という女性が好きなのだろう? ならば叶えた方がいいではないか』

()()な。……俊介は俊介なりに、恋心を整理しているんだろう。なら俺たちが横から口出しする事はない。もし俊介が何かやろうってのなら、その時に力を貸せばいいさ』

 

 ヘッズハンターの言葉にポン!と手を叩くサイコシンパス。

 理解したような仕草をしているが、本当に理解できているかは怪しい物だ。こいつはそういう奴だから。

 走って行った俊介の後を、彼が少しでも心の整理が出来るように、ゆっくりと追いかけて行った。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 鞄を肩に提げ、帰り道を一人で歩いている日高俊介。

 

 いや正確には一人ではない。彼にしか見えないが、彼の周りをハンガーがぐるぐると遊んでほしそうな犬のようにぐるぐると歩き回っていた。

 

 

『なぁなぁなぁなぁなぁ』

「…………」

『吊ろ吊ろ吊ろ吊ろ吊ろ』

「うるさいな!」

 

 思わず声を荒げてしまう。だがこの辺りは人通りも少ない。声を多少出したとて、誰かに怪しまれる心配はない。

 触れることはできないが、手を払ってハンガーに離れてくれと示す。

 

『そんな風に言わないでさぁ。せっかくサイコ野郎も中に籠ったんだ。今は2人っきりなんだぜ?』

「よく分かんないけど、中から俺のこと見てるんだろ?」

『出てこない奴の事なんか気にしなくていーって。なぁ、いけない()()()……しに行かない?』

「いかない」

 

 もし初対面の女性にそんな事を言われたら、少しだけ生唾を飲み込んでしまうだろうが。

 相手はド級の殺人鬼だ。いけないアソビなんてぼかした言い方の内容など、簡単に予想できる。俺は逮捕されたくないのだ。

 

 

 ―――そんな折の事だった。

 

「………!!」

「ッ………!! …………ろ!!」

 

 曲がり角の向こうで、何やら揉めている声が聞こえる。男性と女性の声だ。

 ゆっくりと近づいていき、顔を少しだけ出して様子を伺うと。

 

 

(!? ゆ……誘拐!!)

 

 

 女子生徒が1人、顔に袋を被せられて誘拐されようとしている。

 彼女は男3人に体を押さえ込まれながらも必死に抵抗し、頭に被せられていた袋を強引に外した。

 

 そして袋が外れて見えた、その顔は。

 

「よッ………」

 

 紛れもなく、夜桜さんだった。

 

 

 ―――聞いたことがある。

 優秀な人格持ちを狙った誘拐事件が、時折起きることがあると。

 誘拐された人物は碌な目に遭わず、最後の一滴まで甘い汁を絞りつくされ、発見される頃には大抵死体か精神が壊れてしまった後だと。

 

 

『あ~あ、ありゃやべ――――俊介後ろだ!!』

 

 横から同じように覗いていたハンガーが突然、そう叫んだ。

 彼女ならば回避できたのかもしれないが、こっちはごく普通の男子高校生だ。

 

 背後から迫り寄っていた男の殴打に耐え切れず、意識を呆気なく手放してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




習作

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