殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#10 勘

 

 

 

 

 

 

 状況がかなりきな臭くなってきた。

 あそこまで明らかな態度なら、俺でも分かる。虐めている側の細木はなぜか星野に怯えている。

 

 この件は余り先延ばしにすると、取り返しのつかない事態にまで及ぶ可能性が出てきた。

 細木の事を調べたばかりだが、今日中に、行けるところまで調査を済ませるべきだ。

 

 

 ―――彼女が星野に怯える理由。

 

 

 それの真相を探るには、やはり、危険を承知でも調査すべき場所がある……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 俺が居るのは、星野の家からちょうど100メートルの場所。

 特に何かある訳でもない、雑草が生えた小道の影だ。

 

 ヘッズハンターは星野の家と、その隣にある本橋の家の偵察に向かっている。

 ドールに人形を操ってもらっても良かったのだが……人形は人形、半透明で俺以外に見えない殺人鬼達と違って、星野に認識される可能性がある。

 

 

 という事で。

 俺は一人、ヘッズハンターが偵察から帰ってくるのを、この場で待ち続けるのだった。

 

 

「……はぁ」

 

 こういう待ち時間はスマホでも弄って潰すのが定石だが、今はそういう気分にはなれない。

 ため息交じりに、地面に生える雑草を足先で弄ぶ。

 

 星野は一体どういう男なのだろうか。マトモじゃないのは確かだが。

 

 果たして、家の中を調べれば分かるのだろうか? 

 

 

 ……というより俺は、星野の事を調べ上げて、結局どうする気なのか。

 

 星野はちょっと異常者、だけど虐めから幼馴染を助けるような良い奴でした! なら、関わらない選択をするだけだ。

 ただもし、彼が心の底から真っ黒に染まっている犯罪者だった場合は……俺は、どうするのが正解なのか。

 正解か不正解か、そんな綺麗に白黒が分かれている問題なのか。

 

 

 そんな事を、考えていると。

 

 

 

 

 

 

 ――――背後から突然、首に腕を回された。

 

 

 

「初めまして。旧校舎の女子トイレにいた、覗き魔さん?」

「―――ッ!!」

 

 

 

 その声は、間違いなく。

 旧校舎の女子トイレで聞いた―――『()() ()()』の声だった。

 

 

 反射的に振り返ろうとするが、首に回された腕の力が強くなり、制止される。

 

 

 

「おい、こっちを見るなよ。……俺の家の近くで、コソコソと何をやってる?」

「…………」

 

 

 まさか、ここに居ることがバレるとは……。

 いや……多分、この辺り一帯を監視していたのだろう。女子トイレでこちらの存在を感知し、覗いていた『誰か』が自分を調べに来ることを予想して。

 

 

 普段この辺りでは見かけない、怪しげな動きをする奴がいれば、それがビンゴなのだ。

 目立たない小道で立ち呆ける俺など、まさにそれに該当する。

 

 

 中から誰か、殺人鬼を呼び出すか?

 いや、だが……これは絶好のチャンスだ。星野の方から俺に近づいて来たのだから。俺の方から近づくよりも、幾分かは警戒も少ないはずだ。

 畏れる気持ちを噛み殺し、必死に考えた皮肉なセリフを放つ。

 

 

「女子トイレの中を覗き込むよりも、堂々と入る方が問題じゃないか……?」

「へえ……言うじゃないか。

 ただな、虐めから幼馴染を助けるためだったんだ、しょうがないだろ?」

 

 

 さも当然と言った口調で言い返してくる星野。

 

 

 ……直接会ったら、よく分かる。

 やっぱり、こいつは何かおかしい。

 

 そもそも、旧校舎の女子トイレなんて人気(ひとけ)のない場所に、幼馴染を助けるためにいきなり現れるのがおかしいんだ。普通は虐めの現場の場所なんて分かりっこない。

 そして、例え事前に場所が分かっていたとしたら、普通なら先回りするなりそこに行く前に一緒に帰るなりして虐めの発生自体を防ぐだろう。

 

 冷や汗を流しながら前を向いたままでいると、星野が小馬鹿にしたような口ぶりで言った。

 

 

 

「ははっ……頭の中で、必死に何かを考えてるな? なら俺も今、お前について考えて、分かった事を1つ言ってやるよ」

 

 

 星野が俺の耳元に口を近づける。

 そうして、そっと囁くような小さな声で、言葉を発した。

 

 

「お前、『()()()()』だろ」

 

 

(ッ!!)

 

 抑えきれない動揺で、ビクッと体が震えた。

 今まで誰にも明かしたことがないし、バレたこともない、俺が人格持ちだという秘密。それがあっさりバレてしまうとは。

 

 星野が辺りを見回しながら言う。

 

 

「お前の中の人格に、俺の家を偵察させようとしてたな?

 こんな場所から偵察しようとしてた所を見るに、自分の限界距離すら知らない素人らしいが…………」

 

(……?)

 

 

 殺人鬼が俺と何処まで離れられるかなんて真っ先に調べた。

 約100メートル、それ以上は絶対に離れられない。透明な壁がある感じで、進もうとしても進めないそうだ。

 

 何言ってるんだこいつ……と思いながらも、口には出さない。

 暫く黙っていると、やがて星野は満足したかのように、俺の首から腕を外す。

 

 そうして俺の前に歩いていき、顔もこちらに向けず、ひらひらと右手をこっちに振った。

 

 

「もういいや。これ以上、俺の家に近づくなよ。

 ……手塩かけて育ててきたのが、そろそろ()()するんだ。お前が何もしてこなければ、俺も何もしない。今日と同じ明日が来るって奴だ」

 

 

 

 小道の先の大通りに出て、曲がっていき、次第に姿が見えなくなる星野。

 奴の姿が完全に見えなくなったところで、小道の横のコンクリート塀に思い切りしなだれかかった。緊張が抜けたからか、全身から汗が一気に吹き出し始めている。

 

 

 

 

 ―――と、そこで。

 

 

 

 

『俊介! 大丈夫か!?』

 

 

 ようやく偵察を終わらせたのか、ヘッズハンターが小道の中へ慌てて戻ってきた。どうやら小道から出て行った星野の姿を見たようだ。

 額に流れる汗を手で拭いつつ、彼の言葉に答える。

 

「大丈夫だけど、今すぐここを離れよう。……クソ、久々にマジで怖かった…………」

 

『……俺の方も、少しびっくりするような惨状だったよ。とりあえず家に戻ろう。それから話す』

 

 そうして俺達は、互いの情報を共有するために、自宅へと帰ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘッズハンターは、星野の家の前に居た。

 壁が白色に塗りたくられた、2階建ての平凡な一軒家だ。

 

 半透明の、幽霊みたいな物である彼は、すり抜けようと思えば扉や壁は簡単にすり抜けられる。

 簡素なリビングを通り、二階へと向かって、廊下の一番奥にある部屋の扉の前に立った。

 

 

『……ここか』

 

 

 ヘッズハンターの勘が騒いでいる。ここが星野の部屋、この家で一番怪しい気配を放つ部屋だと。

 扉の取っ手を掴むまでもなく、すり抜けると、其処には。

 

 

 

 

 ――――ごく普通の部屋が広がっていた。

 

 

 

 

 室内を見回しながら、彼は一人で呟く。

 

『……おかしいな』

 

 ヘッズハンターの勘は、俊介の磨かれた勘のそれより何十倍も鋭い。一度怪しいと感じたのなら、それは絶対に外れることはないのだ。

 

 ここには何かがある。だが、明らかにおかしな所は見当たらない。

 そうして暫く部屋を見回して考え…………気づく。

 

 

『部屋のインテリアが、()()……?』

 

 

 一度口にして、再度見回せば、やはりそうとしか考えられない。

 

 部屋の隅にある上部が開いた長方形ボックスには、日本刀を模したプラスチック製の玩具が何本も突っ込まれている。

 高校生が使うにしては少し小さい学習机には、透明なデスクマットの下に、少しデザインが古臭い戦隊ヒーローの下敷きが大事そうに挟まれていた。リーダー格であろう赤い男の頭が、パイナップルの葉っぱみたいに爆発している。なんだこれ。

 

 

 

 ……そしてヘッズハンターは、部屋の端を沿うように引かれている、一本のプラスチック製の線路を注視した。

 

『埃が被ってるな……』

 

 線路の先にある、電車を模した玩具も同様に埃を被っている。

 部屋のあちこちにある玩具も同じだ。こんなに部屋の中を玩具で埋め尽くしているのに、それに長らく触った形跡がない。まるで、突然興味がなくなって、そのまま片付けてないみたいだ。

 

 

『…………』

 

 

 後で俊介と一緒に、この部屋の事を調べてみよう。

 ヘッズハンターは早々に部屋を後にし、隣の虐められっ子……本橋の家に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 集合住宅地だからか、大体同じ間取りの家の中を進み、本橋の部屋の扉の前に立つ。

 これまた怪しい気配しか感じないが、それで物怖じするヘッズハンターではない。取っ手を掴むことなく、扉を一気にすり抜けた。

 

 

 

『ッ……』

 

 

 

 思わず顔をしかめてしまう。

 ここは、星野の部屋とは全く違う。

 

 

 ()()()()()()()

 

 

 暗いフローリングの部屋の中にあったのは、布団と、乱雑に積み重ねられた教科書類と、部屋の中央にポツンと置かれた写真立ての3つだけだ。

 

 写真立てを持つことは出来ないので、頭を下げて写真を覗き込む。

 

 中に入っていたのは、今よりも少し若い、中学生くらいの星野の写真だった。

 暗い部屋の中で、これだけが輝きを持っていると錯覚してしまうくらい、ピカピカに磨き込まれている。

 

『?』

 

 ふと、写真立ての裏側に何か書いてあるのに気が付いた。

 ちょこちょこと後ろに回ってから頭を下げて覗き込むと、そこには、『彼に頼るしかない。』と書かれていた。

 

 

 

 ……これで、2つの部屋の大体の事は調べ終わっただろう。

 そう判断して、ヘッズハンターは俊介の下へと戻ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俊介はヘッズハンターの話を聞き終わった後、椅子の背もたれに体重を掛けた。

 

「う~ん……どっちもヤバいな」

『ああ。ただ俺は、星野の部屋の方が嫌な感じがしたな……』

 

 星野の部屋。

 妙な幼さを感じる玩具の数々と、それに長らく触れた様子がないちぐはぐな部屋。

 確かに異常ではあるが……。

 

 

 

 男2人の深刻そうな顔を何度も見渡し、ドールがばっ!と手を上げ、声を出した。

 

『お兄ちゃん、次は私が行ってみよっか? 人形とかがあるなら、私、どれくらい昔に作られたのか分かるから!』

「いや、星野の家に近づくのはもう危険だ。でもありがとう、ドール」

『うん……』

 

 しょんぼりするドール。

 恐らく、辛そうな顔をする俺たちを見て、彼女は役立てる事がないかと進言してくれたのだろう。可愛い。

 

 

 そうか。しかし、人形がどのくらい昔に作られたかを見分けられるか。

 ドールは凄いなぁ…………ん?

 

 

「昔?」

『どれくらいに作られたか分かる?』

 

 

 俺とヘッズハンターが互いの顔を見合わせた。勘が働いたのだ。

 

 

 埃を被った玩具。

 それらは長らく使われた形跡がない。恐らく年単位で。

 

 一体それらの玩具は、いつから使われていないのだろう?

 そして、なぜ使われなくなったのだろう?

 

 そこにあの部屋の……そして星野という男の秘密が詰まっている気がする。

 

 

 

『……日本刀のおもちゃ、プラ製の線路と電車……。いつ作られたか特定できそうな物、あるか?』

「日本刀のおもちゃと電車のおもちゃは、何時の時代だって作られてる。特定するのは無理だ。何か特定のコラボキャラがプリントされてるなら別だけど…………」

 

 ヘッズハンターが云々と部屋の中を、扉をすり抜けた時から自分の動きを再現するように思い返す。

 そして小さな学習机の前にまで来たところで、あるものを思い出し、カッと目を見開く。

 

 

『特定のキャラ……。そうだ、下敷きだ、()()()()()()の描かれた下敷きを見たぞ!』

「どんな戦隊ヒーロー?」

『なんかこう……全体的に古臭かった。赤いリーダー格の頭が、パイナップルの葉っぱみたいに爆発していたな』

 

 

 は? そんなダサい戦隊ヒーローが居るわけないだろ。

 と思いはしたものの、パソコンを開き、ヘッズハンターとドールと一緒に過去の戦隊ヒーロー一覧表を見る。

 

 そして下にスクロールしていくと……存外、すぐにそのパイナップル爆発戦隊ヒーローの写真が出てきた。嘘だろ?

 

「マジか……マジでパイナップル爆発だ……」

『わっ……お兄ちゃん、この子すっごく可愛い!』

『な、本当にパイナップルが爆発したみたいだろ!?』

 

 

 誰がこんなダサいデザインを考えたんだ。売れる訳ないだろ、こんなの。

 写真をクリックすると、パイナップル戦隊ヒーローの情報が出てくる。予想した通り、その戦隊ヒーローのシリーズは一瞬で打ち切られ、次の世代へと交代させられていた。

 

 

 えーと。

 パイナップルヒーローのグッズ集なるサイトをクリックする。

 案の定、全て生産中止と赤い文字で書かれてはいたが、ヘッズハンターの言っていた例の下敷きはすぐに見つかった。

 

 

 

「発売されてたのは……えっと……――――えっ?」

 

 

 

 何時まで発売されていたかの日付を見て、俺は一気に顔を青ざめる。

 そんな俺の顔色の変わりようを見て、ヘッズハンターは真剣な表情になり、俺に尋ねてきた。

 

 

『一体、何時なんだ?』

「…………発売されてたのは、7年前の10月頃までだ。

 

 

 ――でも、その()は……()()1()0()()になって、()()()()()()()()()()()()()()()()なんだよ」

 

 

 

 

 

 

 やけに働く勘が、星野という男の秘密を、遠慮なく明かそうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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