殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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100話達成!


#95 再遭遇

 

 

 

 

 俊介達を乗せたバスがタワーの内部に入る。

 入った部屋は駐車場のようになっていて、外から見た印象よりも随分と広く見えた。窓からじろじろと辺りを見ていると、バスがキキッとブレーキ音を鳴らして止まる。

 

「降りろ」

 

 バスの前部にある扉が開き、全身をガチガチに武装した人物が低い声でそう言ってきた。

 肌が一切見えないように防弾チョッキとヘルメット、戦闘服を着こんでいる。手に持つライフル銃は物々しい黒い光を放っており、そのトリガーにガッツリ人指し指が掛かっていた。

 

 ガスマスクがその指を見て苦言を呈す。

 

『トリガーに指を掛けたままとは、一体どういう訓練をしているんだ』

『いや……ある意味、この場所ではそれが正しい対応、ってことじゃないでござるか?』

『何時でも撃てるようにするのが当たり前の場所ですか。まあ、あんな小さな銃など私には意味がないですけどね……』

 

 殺人鬼達の会話に一層俊介の気が重くなる。ここの治安どうなってんだよ。

 

 そんな風に気落ちする俊介を置いて、先に立ち上がったウィザードが扉から出る。

 そして俊介が重い腰を上げて立ち上がると同時に、殺人鬼達も一斉に立ち上がった。

 

「…………」

 

 バスから降りると、ぐるりと周囲を重武装した刑務官らしき人達に取り囲まれていた。

 ……流石に、たった二人に少し厳重すぎやしないだろうか。

 

「なかなか人気者みたいだね、私達」

 

 ウィザードが顔を近づけて小声でそう言ってくる。うるせえ。

 

「ここから先、私語は慎むように」

 

 バスから『降りろ』と言ってきた人が、銃を強く握りながらウィザードに向かってそう言った。

 いいぞもっと言え。

 

「このエレベーターを降りた後、まずは囚人服に着替えてもらう。その後はこの刑務所についての説明を受けてもらう手筈だ」

 

 そう説明されながら、看守の人達にエレベーターの前まで案内される。

 ドラマの刑務所とかじゃ、凶悪な犯罪者の囚人には看守が怒声を上げてたりしたけど……実際はそんな感じでもないんだな、と思う。

 

(……というより……)

 

 俊介は付近の看守たちを、顔を動かさずに目だけで一瞥する。

 

(怒声を上げるどころか……なんかこう……。『()()()()()()』?)

 

 何か確固たる根拠がある訳ではない。

 ただ体の向きや腰の引け方というか、立ち位置というか……何となく雰囲気でそう感じるだけだ。気のせいと言われれば気のせいと思ってしまうような微かなもの。

 

(……まあでも、別に俺が怖がられる理由ないしな。……気のせいかな)

 

 そう決めつけた俊介は、看守の案内に従ってエレベーターに乗る。

 多くの看守に囲まれた状態で、音もなく降りていくエレベーターの階層表示を静かに眺める。そして三十秒ほど経ったところで扉が開いた。

 

 エレベーターを降りてすぐ、その階層にいた看守の人に上下の囚人服を渡される。

 海外のドラマでよく見るようなオレンジ一色の囚人服だ。胸の右辺りの所に黒い糸で『A-223』と刺繡されている。

 

「ここで囚人服に着替えてもらう」

「あ、どうも……えっと、何処で着替えればいいですか?」

「ここだ」

「え? いや仕切りとか……」

「ここだ」

 

 どうやらここみたいです。

 

『ピューピュー♪ はよ脱がんかいでござる!』

『ドール、お前はこっちだ』

『あっ待ってガスマスク、なんで私だけいつものけ者なのー!』

『ストリップじゃー!』

『ギャオ』

 

 なんか一気にみんな外に出てきた。うるさいな。

 どうせ下着までは脱がないからそこまで恥ずかしくねえよ!

 

 多くの看守に睨まれつつ、人格達にどんちゃん騒ぎされながら着替える。

 やっぱちょっと恥ずかしい。

 それに何より嫌だったのは、背中にウィザードの熱視線が向いているのをひしひしと感じたことだ。

 人生最速で囚人服に着替えを済ませ、元々着ていた服を看守の人に渡した。

 

 

「これより刑務所長直々に刑務所の説明がある。心して聞くように」

 

 そう言われて少し待っていると、小太りの男性が部屋の中に入って来た。

 刑務所長の方がこっちに来るってそれ、威厳的な奴とか大丈夫なんだろうか。囚人の俺達が伺う方が普通じゃ……いや、気にしすぎか。

 

 冷房の効いた室内なのに汗をだらだらと流す所長。

 背筋を伸ばし、手をズボンの縫い目に合わせてピシッと立つ。

 すると所長が片手を前に出し、気を付けを止めるように促した。

 

「ああ、ああ、そう固くならんでよろしい。恐ろしいからやめてくれ」

「恐ろしい?」

「いや、何でも……ゴホン。とにかく、私から本刑務所の説明を行う」

 

 気を取り直し、所長が説明を始める。

 

 

 

「本刑務所は人格犯罪者の中でも、特に重い犯罪を犯した者が収監される刑務所である」

 

「囚人服の胸元に刺繍されている通り、囚人はA・B・Cの三つの記号に分けられる。基本的に自分の記号の入った棟で生活することになるので、囚人番号とセットで覚えておくように」

 

「この刑務所は従来の刑務所とは異なり、刑務作業は希望制である。しかし刑務作業の給金がないと歯ブラシ等の日用品を看守から購入することができないので、積極的に参加するように」

 

「夜10時から朝6時までは『夜時間』となり、自身の監房以外での行動が即刻禁止となる。なので夜10時までには自分の監房に戻ることに留意してほしい」

 

「両手首に付けたリングは囚人の位置を確認する機能を果たす。詳細は説明しないが、無理に外そうとすると囚人を『殺す』機能が付いているので絶対に外さないように。また、リングを触ることで本刑務所の地図が表示されるので後で確認するように」

 

 

 

 

 刑務所長が語った説明を胸元で咀嚼するように理解する。

 なんだか、結構変則的な刑務所だというのは理解できた。

 

「以上がこの刑務所でまず知っておくべきことだ。では何か、質問はあるかね?」

「一ついいか」

「う……うむ」

 

 ウィザードが声を上げると、所長は少し汗を流す量を増やしながら肯定の意を返す。

 

「刑務作業が希望制といったな。つまり刑務作業を希望しなければ、その日のそれ以外の時間は基本的に自由と言うことか?」

「ああ、その認識で構わない」

「そうか」

 

 ……だいぶ自由な刑務所なんだな。

 バスで見た繁華街を歩いていた人たちも、今日は刑務作業を希望していなかった人たちってことか。

 ウィザードの質問が終わった後、俊介も手を上げる。

 

「あ、僕からも質問していいですか?」

「うむ」

「タワーの下の繁華街って、あれ何なんでしょうか? さっきの説明で触れられていなかったので……」

「うむ……」

 

 苦々し気な顔をする所長。

 そして少し恨めし気な感情を込めながらも、言葉を吐いた。

 

「タワー下部は元々、広大な運動場だったのだがな。囚人たちが勝手に繁華街を作ってしまったのだ」

「ええ……」

「何度か潰そうとしたが、その度に看守が何人も酷く拷問された様子の遺体で発見されてな。今は諦めて静観しておるのだ」

 

 治安終わってんな。

 俊介はその質問に続き、もう一つ問いかける。

 

「それとその、バスから繁華街の一部に黒いビニールシートが掛かっている場所が見えたんですが……あそこは一体?」

「…………」

 

 突然口をつぐむ所長。

 そして目を逸らし、くるりと俊介に背中を向け、周囲にいる看守たちに言葉を吐いた。

 

「質問はこれで以上とする。その二人をタワーの外に出すように」

「承知しました」

「え……」

 

 鈍感な俊介でも『はぐらかされた』と明らかに分かるような態度。恐らく相手側が答えたくないことを聞いてしまったのだろう。

 ここから更に所長に強く問い詰める、なんてことはできそうにない。

 大人しく看守の案内に従い、再びエレベーターに乗る。

 

 一切の音を立てず、また下に向かって降りていくエレベーター。

 そして階層表示が一階になった時、扉が開いた。

 

 一階は外の繁華街と繋がる入口で、そして最も厳重な警備が敷かれている場所でもあった。

 繁華街と繋がる唯一の出入り口に向けて、戦艦に積むような巨大な機関銃が二門構えられている。あんなもので撃たれたら人間なんて一瞬でミンチより酷いことになる。

 

 俊介が機関銃の方を注視していると、看守の一人が小ぶりのナップザックを渡してきた。

 

「それでは、これが最初で最後の支給品となる。中には日用品が入っているが、追加の日用品は給金で買うように」

「あ、はい……」

「……面倒ごとは起こさぬように。では、行け」

 

 そうしてウィザードと俊介は、追い出される様に繁華街への出入り口をくぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 冷房の効いたタワー内部から突然生温い地下空間に飛び出し、肌にうっすらと汗がにじむ。

 背後の扉はすぐに施錠され、二度と通れない事を否が応でも実感する。

 

(ああ、俺、もう戻れないのか……)

 

 外界と繋がる唯一の道であるタワーから出たことで、またもや刑務所に来たことの実感がふつふつと湧いてくる。

 しかしここでうだうだ言っていても仕方ない。

 来てしまった以上は……動かなければならないのだから。

 

 そう思いつつ、前を向いた瞬間。

 

「やっぴぃ~♡ 初めましてお兄さん! ようこそ()()()()()()()へ!」

 

「へ、は、はぁ……?」

 

 いつの間にか目の前にいた小さな女の子に話しかけられた。

 上着だけはオレンジ色の囚人服だが、下にはフリフリの目が痛くなりそうなほどカラフルなスカートを身に着けている。白とピンクと金色が入り混じった髪をツインテールにしているその姿は余りにも人目を引いて憚らない。

 囚人服の胸元には『C-315』と刺繍されているのが見えた。

 

 ……それにしても、本当に小さいな。

 マッドパンクみたいに成長したけど身長が小さかった……って感じじゃない。骨格が未発達な感じがするし、もしかして十歳かそこらくらいなんじゃないか……?

 

 そう思っていると、少女がきゃぴっ☆とピースを目に当てながら決めポーズをする。

 

「私の名前は『魔法少女☆きゃるとる~ぜ』! ここのアイドルだよ!」

「あ、アイドル……刑務所の?」

「うん! 私はね~、荒んだみんなの心に癒しを届けるマジカルアイドルだっぴぃ☆」

 

 『だっぴぃ』って……なんだその語尾。

 

「いつもこの場所で踊ってるから毎日見に来てね! きゃるとる~ぜとの約束だよ!!」

 

 そう言って彼女は一枚のビラを無理やり押し付けてきた。

 そしてその場で軽く屈んだかと思うと、高さ十五メートル以上の人体の動きを明らかに超越したジャンプで、何処かへと消えていった。

 

「なんだあ、今の……」

 

 未だに困惑から抜け切れていない俊介を他所に、ウィザードがぽそりと呟く。

 

「『魔法少女(スター)きゃるとる~ぜ』……。あんな奴もここにいるのか……」

 

 何か知っている風なウィザードに、俊介は問いかける。

 

「有名人なのか?」

「海外で三百人近く殺してる悪名高い女だ。暫く話を聞かないと思ったが……ここに捕まっていたんだな」

「さ、三百人……」

 

 俺の中の殺人鬼とまあまあタメ張りそうな化け物じゃねえか……。

 そう思いながら、無理矢理渡されたやたらポップな文体のビラに目を落とす。

 

 

『魔法少女☆きゃるとる~ぜの最高♡アイドルライブのお約束!

 ①全力で楽しむこと!

 ②歌のコールは大声で!

 ③絶対に私だけを見ること!

 ④瞬き絶対禁止!

 ⑤隣の人が死んでも目を閉じないこと!

 南区画で毎日ライブ中♡』

 

 

「…………」

 

 無言でビラをくしゃくしゃにして、ポケットの中に突っ込む。

 後でゴミ箱か何かに突っ込んでおこう。これはきっと関わっちゃいけない奴だ。

 

「しかし、きゃるとる~ぜがここにいるとなると……裏で噂を聞かなくなった奴の何人かはここにいるかもな」

「すっごい嫌だ……」

 

 こんなレベルの奴がまだまだいると考えると凄く気が重い。

 昨日までは一般的な偏差値の高校に通ってる普通の男子高校生だったのに、どうしてこんな場所の囚人に……。

 いや仕方ないんだけどさあぁぁ~……。今更グダグダ悩んだって、もうここに来ちゃってる訳だし……。

 

『俊介。とりあえず落ち着ける場所で今後について話し合わないか?』

「……そうだな。そうするか」

 

 悩む俊介に対し、冷静に声を掛けるガスマスク。

 先ほど受けた説明の通り、リングを指の腹で擦るように触るとブゥンッとホログラムが浮き上がる。凄いハイテク。

 殺人鬼のみんなが興味ありげに一様に覗き込む中、ホログラムの地図を弄る。

 

「俺はAの223番だから……あった、ここだな」

 

 そして地図の中にあった、自分の暮らすA棟の監房があるところを発見した。

 幸いなことに、タワーからそう離れた位置にある訳じゃないらしい。よかった。

 

 ウィザードも自分のリングでホログラムの地図を確認しつつ、こちらに声を掛けてくる。

 

「自分の監房に行くのかい? まあピュアホワイトとやり合った後だから、そりゃ当然お疲れだろうね」

「嫌味か。……お前はどうするんだよ?」

「私? 件の『黒いビニールシートの区画』に行って来るよ」

「え……」

 

 俊介は少しだけ驚く。

 まさかこの刑務所に来たばかりで、あんな明らかにヤバそうな所に突っ込もうとするなんて。何考えてるんだ。

 

「絶対ヤバい所だろ、あそこ……」

「でも、どういう所なのか知らないのもまずいと思わない? そしてそれを知るには一度行ってみるのが一番だ」

「いやまあ、それは……そうかもだけど」

 

 だからって初日で行くことないだろ。

 そう思ったが、これ以上ウィザードの身を案じてやるほどの義理は俊介にはなかった。……もしマッドパンクが何か言って来るのであれば話は別だが、マッドパンクもまた諦めたように顔を逸らしている。

 まあなんか、こいつは変な所に突っ込んでも死にそうにないから、ほっといても問題ないとは思う。

 

 

 そうして互いの行き先が決まり、俊介とウィザードはそれぞれ別の方向に靴先を向けた。

 

「じゃあ……まあ、ばいばい」

「『またね』とは言ってくれないのか……。でも大丈夫、こっちから遊びに行くから!」

「来んな!」

 

 俊介は勢いよくウィザードに背を向け、歩き出した。

 リングから浮かび上がるホログラムの地図を時折見つつ、繁華街を歩く。

 

「……このホログラムの地図、肝心の繁華街の地図が乗ってねえじゃん」

 

 刑務所長が『この繁華街は囚人が勝手に作り上げた』と言っていた。

 元の刑務所の地図はあるが、囚人が作った物なんぞ知るかというスタイルらしい。いやまあ理屈は分からないでもないけど……。

 

 ぶつくさ言いながら歩くが、意外なことにさほど迷わずにA棟の監房があるエリアの入口に辿り着いた。

 なんだかんだ言って、囚人たちは毎日監房に帰るのだ。そこに行くまでの道が複雑だと使い勝手が悪いのだろう。

 

 A棟の監房への入り口は、分厚いコンクリートの壁に一辺三メートルほどの正四角形の穴がぽっかり空いているという、入口なのかただの穴なのか分からないような物だった。

 

「扉くらい付ければいいのに……」

『いや、元々付いていたようじゃぞ。ほら、ここに蝶番があるのじゃ』

「ん?」

 

 キュウビが指し示したところを見ると、確かに蝶番があった。()()()

 随分とサビてしまった蝶番から、つい最近付けられたと思わしき蝶番もある。そしてその全てに共通するのが、ぐにゃぐにゃにひしゃげてしまっているということだ。

 

『扉がないのに蝶番だけが残ってるということは……何故か扉だけが壊れたんじゃろうな。穴が空いたり、ひん曲がったり、或いは馬鹿力で引き裂かれたり……』

「…………」

 

 ここの扉が直った時、この辺りには近づかない方が良さそうだな。なんか巻き込まれそう。

 

 俊介は蝶番の墓標から目を逸らし、歩を進める。

 

 少し薄暗い入口を通ると、繁華街のざわめきが背後に消えていくのを感じた。冷えた空気が頬を撫でる。人っ子一人いないような静けさが広がっている。

 外と中の騒々しさと静けさのギャップが酷すぎて少し不気味だ。何か出てきそうな雰囲気もする。……幽霊とかホントに駄目なんだよな。

 

『お兄ちゃ~ん。ここってこう……凄く、何か出てきそうな感じがするね!』

「ヤメテ」

 

 怖いこと言わないでねドール。

 

『テロ組織に単身殴り込んでケロッとしてる俊介の、唯一の弱点が幽霊とは……』

『そういやさ、昔あったよね。動画投稿者のイタズラかなんかで、たまたま俊介が一般人への無差別心霊ドッキリに遭った時……』

『あったなぁそんなこと! 確かダークナイトがちょっと引くくらい俊介がマジギレして、最終的に……』

 

 サイコシンパス、トールビット、フライヤーが昔話に花を咲かせる。

 恥ずかしい記憶なのでやめてください。

 

 でもまあ、みんながにぎやかに話していると薄暗い道のりでも少しばかり気が紛れるというものだ。

 傍から見ると独り言をブツブツ喋っているように見えるため、会話への相槌は最小限に歩を進める。人格犯罪者ばっかりが収監されてるこの刑務所でそんなことを気にする必要性があるのかは分からないけど。

 

 

 そうして歩みを進めて、大体五分くらい経った時のこと。

 

「あった。ここだ」

 

 ようやく自身の監房の前へとたどり着く。

 分厚いコンクリートの壁に薄緑色の鋼鉄製の扉、その扉の上部に『A-223/224』というプレートが釘で貼りつけられていた。扉には看守が中を確認するための覗き窓があるが、それ以外に中を確認するための穴はない。

 

「意外にプライベートはあるんだな……」

 

 てっきりトイレをする時も看守に丸見えの、全面鉄格子の監房かと思っていた。少し嬉しい。

 しかしプレートの表示が『A-223/224』ということは……恐らくここは二人部屋なのだろう。よく見ると他の監房のプレートも同じようになっていて、一つの監房に二人が基本のようだ。

 

(同室の人はどんな人だろう……怖い人なのかな)

 

 ここで全身にタトゥーの入ったムキムキの強面男が出てきたりしたら、この監房で暮らしていく自信が即座になくなる。

 どうか優しめな人……いやマトモな人であってくれ。

 そう願いながら、扉の端にあった電子錠に手首のリングをかざす。

 

 ピピッ!という電子音と共に、扉が壁の中に埋まるように横へスライドした。ハイテクだ。

 

「…………」

 

 監房の中は結構狭かった。

 打ちっぱなしのコンクリートの壁。二段ベッドに少し古びた木製の机、その机の横に仕切りもない洋便器のトイレ。広さにして四畳か五畳と言った所だ。

 天井にはゴウンゴウンと回り続ける換気扇がある。照明も付いているが、今は消されているようだ。卓上の電気スタンドも同様に今は点いていない。

 

 俊介は一歩踏み入れた後、まずは二段ベッドを確認する。

 

 下の段には誰もいない。

 上の段は身長が足りず、よく見えないが……何の音も聞こえないので誰もいない、とは思う。

 

 とりあえず、誰もいないのが確定している下のベッドに勢いよく倒れ込む。

 

「…………」

 

 そうして一度寝転がると、一気に疲れがやってきた。

 ピュアホワイトとの戦闘での疲労と負傷、牙殻さんの強烈な一撃、そして刑務所に投獄されてしまったという割と詰みに近い状況……。

 

「どうすりゃいいんだこのあとぉ~~……」

『……そうだ俊介。伝え忘れていたんだが……』

「ん?」

 

 ガスマスクが俊介の傍に跪き、声を出す。

 

『牙殻が妙なことを言っていてな。何か思いつめた様子で、『この国に人対が存在する意味があったのかを教えてくれ』……と』

「なんじゃそりゃあ~~~」

 

 俊介がかなり硬いマットレスの上でごろごろと寝転がりながら言葉を吐く。

 様々なことが一気に重なり、疲れとやる気の喪失で語尾がどんどん間延びしていく。

 

「俺がそんなもん知るか~~ッ!! 自分で考え――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――うるっせえんだよ!! 殺されてぇのかッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、耳が痛くなるような怒声が響いた。

 ビクッ!と俊介の体が跳ねる。

 声がした方向は自分のすぐ上……つまり二段ベッドの上側だ。誰もいないと思ったが、実は誰かが静かに眠っていたらしい。疲れで注意力が散漫になっていたのか。

 

(……いや、ちょっと待て。……今の声って……『()()』?)

 

 とても男の物とは思えない、高い声色。

 俊介が上を覗こうとベッドから顔を出した瞬間、上にいる人物もベッドから顔を出す。

 

「うおっ……」

 

 上にいた人物の顔を見て、思わず声を漏らす。

 一言で表すなら、『魔性の美貌』と言う他ないのだろう。目じりが垂れ気味の黒曜石の瞳は若干の怒りを孕み、こちらを見つめている。

 先ほどまで寝ていたせいか、絹のような長い黒髪は少しだけ跳ねてしまっている。服装は統一されたオレンジ色の囚人服だ。

 しかしそれでも『美しい』と言う以外に言葉が見当たらないほど、今まで見てきた雑誌のモデルやアイドルなどとは比較にならない魅力を持っていた。

 

 そう。

 これほどの妖しい魅力を持つ人物、それと同じような者を俊介は一人だけ知っている。

 その人物であるキュウビの方に顔を向けると同時に、マッドパンクがポンと手を叩いた。

 

『おいこいつ……デパートの時の奴じゃん。キュウビの知り合いの』

『ん? ……あ、ああ~~!! ホントじゃ!』

「し、知り合いなのか……?」

『ほれ、前にデパートでエンジェルが体を乗っ取った後の話したじゃろう! わらわと同じ世界の奴じゃ。確か……』

 

 

 

 

 

 

『名前は、知雫(ちだ)と言ったかのう』

 

 

 

 

 

 

 知恵の雫と名付けられた彼女が。

 ただ真っすぐと、上から俊介を見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふん……」

 

 ウィザードは気分よさげに鼻歌を歌いながら繁華街の往来を歩く。

 彼とすれ違う囚人は時折驚いた表情を浮かべ、見つからないように顔を隠して逃げていった。

 

 そんな木っ端を相手にウィザードが思考を割く価値はなく、視界にすら入れない。

 今の彼の脳内にあるのは、先ほどまで話していた少年のことだけだ。

 

「強力な人格を宿しているだけで、宿主はただの腑抜けかと思っていたけど……」

 

 先ほどの、重武装した看守たちに囲まれている時のこと。

 そして刑務所長から説明を受けている時のこと。

 

 日高俊介は大量の銃火器を持った相手に囲まれていながらも殆ど恐怖していなかった。

 緊張をしている様子こそあったものの、思考や動きを阻害するほどのものではない。

 それどころか周囲の看守たちの様子を冷静に観察までしていたのだ。

 

 その頑強な精神力にウィザードは内心で舌を巻いていた。

 

「マトモな精神を保ったまま、あそこまで肝が太いか……。いやはや、お兄ちゃんが体を奪っていないのにもそれなりの理由があるみたいだね。ふふふ」

 

 更に陽気さが増すウィザードの足取り。

 周囲に歩く人物の人相が一層悪くなり始め、黒いビニールシートに覆われた区画が見えてくる。

 

「ぷっ、それにしてもあの表情……なぜ看守に怖がられているのか分からないと言った表情をしてたね。まったく、『ピュアホワイトを殺した男』なんて怖がられて当然じゃないか。ふふ……」

 

「ああ、面白い面白い……」

 

 そう独り言を呟きながら、彼は歩き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




みなさま覚えていらっしゃいますでしょうか?
キュウビに割とあっけなくやられてしまった彼女の事を。
まあ次話で簡単な回想を挟むので覚えてなくても安心してください。
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