詳細はツイッターの方に記載しています。
なぜこんな調整を今更行ったのかと言うと、作者の設定ガバです。
尚本編の大筋にはさほど影響ないので余り気にしなくても大丈夫です。
闘技場であるテントの中に入った瞬間に感じたのは、やはり血の臭いだった。
それもテントの外よりも遥かに濃く、
俊介は顔をしかめつつ、辺りを見回す。
テントの中央には高い鉄網に覆われた砂場がある。その砂場は人がテニスコートを横に二つ繋げたくらいの広さがあり、所々がまだ新しい鮮血の色に染まっているのが見えた。
砂場の両端には黒いビニールシートで隠された出入口らしきものもある。あそこから殺し合いに参加する人間が入ってくるのだろう。
そしてその鉄網の砂場をぐるりと囲うように観客席が置かれている。
観客席と言ってもそう大層なものではなく、例えば学校のクラスの集合写真で使うような四段のアルミ製のひな壇……あれが地面の上に直置きされているだけだ。
その観客席に座っている奴は誰も彼も興奮した面持ちで、次の試合を今か今かと待ちわびているのが手に取るように分かる。
俊介は周囲の状況を観察し終わった後、首に手を当てる。
「トールビット。サイコシンパス。出て来てくれ」
『……あー、あっつ……。どうかしたのかい?』
『珍しい人選だ。一体どうしたんだ?』
呼びかけに応じ、すぐに中から出てくる二人。
トールビットは熱そうに腕をパンパンと払い、サイコシンパスは周囲の状況を興味深そうに眺めている。
「中でキュウビが暴れてるって言うから、なんか戦闘に強い面々を呼ぶのは止めとこうと思ってな」
『ああ……俊介も状況が落ち着いたら一言言ってあげてくれないかな。ずっと叫びながら火をまき散らしてて中が灼熱地獄みたいになってるんだよね』
『フライヤーがいるから余計に火力が上がってるしな』
「…………」
どうやら思ってる以上に中は大変なことになっているみたいだ。
闘技場から帰ったら本当に一度話し合わないとな。
「まあ、それは後でどうにかするとして……二人はクッキングと一緒に、この闘技場の中の話を全て盗み聞きしてきて欲しいんだ」
『ふむ……具体的にどんな情報が御望みなんだ?』
サイコシンパスが空気を低く震わせるような魔性の声を放つ。
しかし俊介はその声の魅力には一切囚われず、すぐに言葉を返した。
「まあざっくばらんに……だけど、一番欲しいのはやっぱり『この刑務所のこと』とか『脱獄』に関する情報かな」
『……殺し合いに興奮した観客が、そう都合よく脱獄なんやらに関する話をしているかな?』
「一つでも盗み聞きできれば御の字だ。悪いけど行ってきてくれるか?」
『どっちにしろ私達は戦闘面じゃ役に立てないしねん。ヘッズハンター、頼んだわよ』
『あいよ』
クッキングの言葉にヘッズハンターが短く返事を返す。
こういう情報収集はニンジャが一番得意だろうけど、あいつも多分キュウビを抑える側に回ってるだろうしな。隠密が大得意な癖に戦闘もそれなりにこなせるから便利すぎるんだ。性格は終わってるけど。
それにしても本当に便利だよな、こうやって人格のみんなに情報収集を任せられるって。
相手にバレずほぼ一方的に情報が集められるんだし、これも人格持ちの大きな利点の一つだよな。情報の精査は必要だけど。
「おーい! 俊介っち!」
その時、観客の声に紛れて遠くから俊介を呼ぶ声が聞こえた。
声のした方向を見ると席を二人分確保したジャンがぶんぶんと手を振っているのが見える。
ヘッズハンターと目を合わせた後、二人でその場所まで歩いて行った。
ジャンが陣取っていたのは、座ったままでも鉄網に触れられるような最前席だった。
俊介は彼の横にドカッと座る。
「なんか遅かったね、俊介っち。チュロス買うのにそんなに手間取っちゃった? それとも美味しすぎてその場で食べちゃった?」
「殺すぞお前。あれの何処がチュロスだ」
「えっ」
殺意の込めた言葉を吐く俊介。
そして懐から使わなかった小銭の入った袋を取り出し、ジャンに押し付ける。
「返す」
「あれま、殆ど使ってない……お気に召さなかったか」
お気に召す訳ねーだろ。
時速六百キロで移動できる人間(?)のヘッズハンターが食った瞬間ゲロ吐いたんだぞ。どんな劇物だ。
「ま、俊介っちが食べないってんならそれでいいけどさ。……あ、もうそろそろ試合始まるみたいだよ」
ジャンが顎で鉄網の砂場を示す。
俊介もそちらの方に顔を向けた瞬間、テントの上部に設置されているライトの光が更に強まった。観客席は一層暗くなり、鉄網の中の様子が強調される。
自分の座ってるところが暗くなって、見たいものが明るくなって強調される。
なんだか映画館で映画が始まる直前に客席の明かりが消える時みたいだ。もしここが本当に映画館ならもっと心持ちは穏やかだったんだけど……。
そんな事を考えていた時、鉄網の砂場の両端にある出入口から何人かの人間が出てくる。
入って来たのは全員男性で、外で何度か見たような小さな少年はいない。
出場者の誰もが成人かそれに近い年齢の男で、全員眉間に深いしわを刻んでいた。
「おお……」
『なんかアレだな。初めて見ただけでも、結構誰が強そうとか分かるもんだな』
俊介の口から声が漏れ、ヘッズハンターが顎を押さえながら呟く。
彼の言う通り、全員の歩き方をそれぞれよく見ると、なんとなく自信の溢れ方に差があると言うか……。
少し躊躇った様子の足取りの者と肩で風を切るような者の違いが僅かに感じ取れる。
少しだけ集中しながら見る俊介に、ジャンが顔を近づけて一人の人物に指を指す。
「この中で一番強いのは間違いなく、あの男だね」
「ああ……やっぱり?」
ジャンが指さしたのは、入ってきた者の中で一番体格が良い男だった。
囚人服の上着を脱いで惜しげもなく褐色肌の自身の筋肉を晒し、自信に満ち溢れた様子で観客席を見回している。
いかにも肉弾戦に自信がありますと言った風な男だ。
「名前は……なんだったかな?」
「ええ。賭けで負けが込むくらいに通ってるんじゃないのかよ」
「ま、そういうこともあるよねー」
ぴゅーっと口笛を吹くジャン。何か怪しいなこいつ。
そう思っていると、テントの上部にあるスピーカーから耳が痛くなるような音量の声が響き出した。
「―――まだまだ元気いっぱいみたいだなァ! 表で生きられなくなった異世界のクズ共!!」
唐突に響いたその声に観客席の囚人達が一斉にテントが震えるほどの大歓声を上げる。
ジャンも「うえーい」と横で軽く叫んでいた。
スピーカーから闘技場の司会とか、ここの刑務所はどれだけ手が込んでるんだよ。つかスピーカーなんて何処から手に入れたし。
「これから始まる試合はお前ら大好きの大乱闘だ!! どいつもこいつも腕っぷしに自信あり、帰り道の切符を持って来てない馬鹿共だ!! 誰が勝つかの賭けは済ませたか!?」
おおー……。
なんか凄くそれっぽい。
プロレスとかもこんな感じなのかな。いやプロレス見に行ったことないし、プロレスで賭けなんか行われてる訳ないけど。
『暗い場所で腹に響くような大音量を聞くとついテンション上がるな……だって男の子だもん』
ヘッズハンターが一人でなんか言ってるのを無視する。
俊介が今から目の前で行われる血生臭い見世物を前に、少しだけ楽しみにしてしまっている自分に若干の嫌悪感を感じていると。
「……おい!! お前今俺の金を盗もうとしただろ!! 死ね!!」
「?」
突然後ろから怒声と共に誰かが誰かを殴る鈍い肉の音が響いた。
俊介とヘッズハンターが後ろを振り返る。
「いってえな……殺すぞオラァ!!」
「何すんだボケ!!」
殴られた相手が吹っ飛び、関係ない人に思い切りぶつかる。
いきなり殴られた人物は当然、ぶつかられた人も額に青筋を浮かべながら勢いよく立ち上がった。
『なんだなんだ。暴動か?』
「分かんねえ……あぶなっ」
すぐ後ろで喧嘩が始まったため、俊介が立ち上がって距離を取ろうとする。
途中で空ぶった拳が流れ弾で飛んできたのを体を逸らして回避した。
たった一人の拳から始まった喧嘩は更に人を巻き込んでいき、ドンドンと規模が大きくなっていく。こいつら血の気多すぎだろ。
「オラッ!!」
喧嘩しているうちの一人が見事な背負い投げを決め、鉄網の近くにいる俊介の方に投げ飛ばしてきた。ピュアホワイトの剣戟に比べれば遅すぎるので優に回避する。
そして投げ飛ばした一人を追うように喧嘩していた面々が一斉に鉄網の方に飛び込んできて、俊介を無理やり喧嘩に巻き込んだ。
至近距離で空ぶった拳が何度も飛んでくるが全て回避する。だが次第に動ける場所は少なくなっていき、背中が砂場を囲う鉄網にピタリと触れる。
「ちょ、おまッ、俺関係ないだろ!」
『俊介! なんか妙だ、さっさとこいつら押し返せ!!』
ヘッズハンターの言通り、こいつらはさっきから妙に俊介の方に攻撃を飛ばしてきている。
別にこんなの数人に囲まれた所でピュアホワイトの百分の一のプレッシャーもないから問題はあまりないけど……。動きは確かに妙だ。
ぎゅむぎゅむと鉄網に圧される様にしている中、俊介が腕に力を込めて全員を押し返そうとした瞬間。
「―――――シッ!!」
いつの間にか立ち上がっていたジャンが勢いよく足を振りかぶり。
喧嘩していた数人ごと俊介を蹴り飛ばし、更に強く鉄網に押し付けた。
「てめッ――――」
俊介が何かを言う前に、数人分の体重とジャンの蹴りの衝撃が鉄網に伝わり。
まるで事前に細工でもされていたみたいに鉄網がパカッと開き、俊介達は鉄網の中の砂場へと転がり落ちた。
血なまぐさい砂場の上に落ち、喧嘩していた大の男数人にのしかかられる俊介。
「いっ……てぇな!!」
額に青筋を浮かべながら上にのしかかる人間を持ち上げるように立ち上がり、さきほど空いた穴から観客席に戻ろうとする。
しかしジャンは開いた鉄網を閉じて、その鉄糸の断面を手で握り、じゅうじゅうと手の中から煙のような物を出していた。
俊介が咄嗟に閉じられた鉄網を開こうとするが、ガシャン!と大きな音を鳴らしただけで一向に開かない。
よく見ると、ジャンが手で握っていた鉄網の断面がどろどろに溶け合って溶接されていた。
恐らく手の平に何かを仕込んでいて、そこから発生させた熱で鉄網を溶かしたのだ。
俊介は鉄網のすぐ向こうにいるジャンに全力で敵意を込めた視線を向ける。
「てめぇ……やりやがったな……」
「運が悪いね~俊介っち。『たまたま』鉄網が切れてて中に入っちゃうなんて」
「『たまたま』な訳があるか! お前が仕込んでたんだろ!」
「ん~? こういうのは偶然と言ってしらを切るのが宇宙海賊のセオリーだって知らない?」
「知るか!」
俊介は網の隙間からジャンを殴りつけようとするが、指一本通すのが精いっぱいの鉄網の隙間では拳なんて入る訳がない。
中からエンジェルでも呼び出せば、このくらいの鉄網なんて簡単に引きちぎれるんだけど……。
「――――おおっとォ!! ここで観客席から乱入者が登場だ!! どこの酔っぱらいが暴れ出したんだ!?」
スピーカーから響いた司会者の声と共に、砂場全体を照らしていたライトがふっと消え、指向性の強力な光が一斉に俊介を照らす。
予想外の乱入者の登場に観客の囚人たちが歓声を上げて色めき始めた。
眩し気に手で目を隠しつつ、奥歯をギリギリと鳴らしながらヘッズハンターに言う。
「……今から逃げるのは、なしか?」
『ここまで注目されちゃあな……。下手に逃げると興行的に美味しいこの状況が盛り下がるから、この闘技場の運営側に目を付けられるかも……。そうなるとここでの情報収集は難しくなる』
「チッ……」
俊介が思わず舌打ちをする。
この刑務所で平穏に暮らすため、できるだけ目立つような事はしたくないってのに……。
『あのジャンとか言う男、あんな手を使う辺りどうしても俊介に試合に参加してほしかったみたいだな』
「賭けで負けが込んでる状況から脱却するためにかよ?」
『違う。元々試合に参加表明してる無名の参加者ならともかく、客席からの突然の乱入者なんて面白がって賭ける奴もチラホラいるだろう。オッズがそこまで高くなるとは思えない』
「つまり、今の俺に賭けたってそこまで
一体何が目的なんだ、ジャン……。
もしかすると試合に参加して何かをしたいって訳じゃなく、俺を試合に参加させることそのものが目的ってことか?
でもそんな事して何になるんだよ……。
俊介が顔を歪ませながら悩んでいた時、俊介を照らしていた指向性の光がフッと消えた。
それと同時に鉄網の砂場全体を照らす照明が復活し、突然の乱入者を警戒する既存の参加者たちの姿が浮かび上がる。
ヘッズハンターは俊介の傍で真剣な面持ちを浮かべながらも、少しにやけた声色で言葉を吐いた。
『……そろそろ始まるぞ、気を付けろ俊介。それとも、俺が体を変わって全部片づけてあげようか?』
「俺の『闘技場に来る』って判断が招いたミスだ。俺がキッチリやるよ」
『ひゅうっ、カッコいいぜ俊介。一応背後は見といてやるから任せな』
「ああ、頼んだヘッズハンター。……必要かどうかは分からないけどな」
俊介は先ほど共に乱入してきた男数人を乗り越え、こちらに警戒を向ける既存の参加者たちに体を向けた。
頭上のスピーカーから司会の声が響く。
「――――それじゃあお前ら、準備はいいか!? よーい……スタート!!!」
――――――――ところで。
ピッチングマシンが投げる時速150キロの球の挙動を、完璧に見ることができる人物はどれくらいいるだろうか。
いや、時速150キロならばまだ見ることが出来る人物はいるだろう。
だがそれが時速200キロまで跳ね上がるとどうだろう。
極一握りの才能を持った者が動体視力を鍛えてやっと見れるかどうか、ではないだろうか。
ではそれが更に上がって時速300キロまで上がるとどうなる?
最早人間の目ではその挙動を見るのはほぼ不可能になるだろう。
こんな速度で飛翔する球を前にして呑気に驚いていられるのは、それが『ピッチングマシン』という決められた挙動をなぞるだけの機械だからだ。
それならば。
もし、時速600キロで自由に動く『生物』がこの世に存在したとするならば。
そんな埒外の生物が自身に『敵意』を持って攻撃してきたとなったならば。
それを目の前にした人間に待っているのはただ一つ。
一方的な『虐殺』である。
――――――――ドドドドドドンッ!!!
司会が『スタート』の言葉を言い終わった瞬間、数度の衝撃音がテントの中に連続で響いた。
「……え……?」
その音が発生した、いや、発生させた人物の動きを見切れた者はいなかった。
観客席にいる囚人達も、表社会ではプロの格闘家ですら遊びで殺せるような者ばかりなのにだ。
――――――――ドサドサドサドサッ!!!
何人かの試合の参加者が一斉に空中に浮かび、地面に倒れ伏したところでやっと殆どの者が理解できた。
たった一人、血なまぐさい鉄網の砂場において立つ者。
乱入者である『日高俊介』が一瞬で全てを片付けたのだと。
「……お、ご、がぁッ……!」
その時、俊介の目にも止まらぬ攻撃を食らった者が一人だけ立ち上がる。
それは試合が始まる前にジャンや俊介が『一番強いだろう』と予想していた男だった。
よく見ると腹部が黒ずみ、まるで虫の甲殻を思わせるような鎧を纏っている。どうやらそういう特殊能力らしい。試合が始まる直前に纏っていたのが功を奏したようだ。
俊介は静かな眼を立ち上がった男の方に目を向ける。
そして右の手の平を首にパンッ!と軽く音を鳴らして当てた。
「ドール。左腕」
『うん! お兄ちゃん!』
俊介が中から呼び出したドールに左腕を譲り、目の前の男の動きを拘束する。
不可視の力で拘束されて声すら上げられなくなった男に俊介は近づき、目の前で立ち止まる。
そして余った右手を石のように硬く握りしめ。
――――――――ドドドドドドンッ!!!
一秒以内に約五十回以上の拳による殴打を繰り返し、男の虫を模した装甲を呆気なく粉々に砕いた。
それに留まらず、男は俊介の向かい側にある鉄網まで吹っ飛び、その背中を勢いよく叩きつける。そのような攻撃を食らって意識を保っていられるはずもなく、男は完全に気絶する。
殺さないように最大限の手加減をした俊介は軽く息を吐き、肩越しに背後を睨む。
その視線の先には呆気に取られたようなジャンの姿があった。
怪物ピュアホワイトにすら引導を渡した、正に神速の動き。
――――――――史上最悪の殺人鬼を13人宿した男、『日高俊介』。
誰もが知りもしなかった、浮遊人格統合技術によってこの世界に訪れた暴力の到達点を複数宿す男。
そんな人物が、死んだ後に調子に乗り、幾つかの重犯罪を犯した下らない犯罪者相手に負ける道理があるはずがなかった。
……と、その時。
「おやおや……これは……」
闘技場の参加者が出入りする場所から女の声が静かに響いて来た。
俊介は声のした方向に顔を向けて目を凝らす。
テントの中の誰もが黙りこくる中、静かな足音がサクサクと響き、その足音に似合わない巨体が光の中に姿を現した。
「先ほど私に食べ物を下さった方が、このような殺し合いに参加しているとは……何か訳があるのですね。どうか私にご相談ください」
血なまぐさい砂場には似つかわしくない、幸の薄そうな印象を与える微笑み。
先ほど俊介がテントの外で遭遇した一人の女性。
「シスター・イート……」
鉄の糸で口を縫った彼女が、糸の端を指でつまみながら俊介に再度微笑んだ。
ドールで相手の動きを拘束してから攻撃を浴びせるチートコンボ
尚あまりに力が強い相手だとドールの力が足りずに拘束が解かれるので使えない模様
だとしてもクソコンボすぎる