殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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ついに本編の話数でも百話達成!
完結に向けてこれからも頑張ります!


#100 シスター・イート

 

 

 

 

 

 シスター・イート。

 先ほどテントの外にあるチュロスの売店で出会った彼女が、血なまぐさい砂場の中に穏やかな微笑みを携えて悠々と登場する。

 

 俊介は一瞬、シスターと呼ばれるような彼女は慈悲心に溢れていて、先ほど出会ったばかりの自分を助けようと乱入してきたのだろうか?と思ったが……。

 先ほど俊介と共に砂場の中に入ってきた囚人達の恐怖で強張った顔を見る辺り、どうも彼女に溢れんばかりの優しさが宿っているのを期待するのは無駄らしい。

 

 シスター・イートは俊介を助けに来るために入って来たのではなく。

 むしろ、元々この()()()()()()()()()()()()()にここに来ていたと考えた方が現実的だ。

 

 

「―――シスター・イートォ!! お前の出番はまだ先だろうが! 順番抜かしてんじゃねえぞォ!!」

 

 

 頭上のスピーカーから司会者の声が響く。

 しかし名を呼ばれた彼女は何の反応もせずに、ただ幸薄な微笑みを顔に浮かべている。

 俊介が状況を把握するためにテント中のあちこちに視線を張り巡らせていた時――――。

 

 

 

 

 

 

 ――――――――ぐごぎゅるるぐるぐるぎゅるるるるるるッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 テント中に腹の虫が暴れ回る音が響き渡った。

 俊介はつい先ほども聞いたばかりの、その音を鳴らした人物の方に目を向ける。

 

「お腹が、空きましたので」

 

 シスター・イートは胃がある辺りの肌を手で優しく撫で回す。

 そしてもう片方の手を上げ、自身の口を縛る鉄の糸の切れ端を人差し指と親指で摘まんだ。

 

「たとえ神様にも、私のお腹が空くのは止められないので」

 

 彼女は指が赤くなるほど力を込めて糸の端を引っ張り始めた。

 当然糸は肉に引っかかって中々抜けないが、それでも彼女は糸を強くひき続ける。

 すると次第に、ぷちぷちと肉が裂ける音を鳴らしながら糸が動き始める。

 鉄の糸の隙間に血が染み込み、唇から出血しながらもずるずると糸が抜けていく。

 

「きっと神様だって、私の食事を許してくれますので」

 

 シスター・イートは血の滴る鉄の糸を持った手をだらんと降ろす。

 縛る糸を失った口が徐々に開いて行き、先の尖った歯が徐々に空気にさらされていく。

 そして本来人間が開くことの出来る口の大きさを遥かに超え、口腔内の奥にある奥歯すらも姿を現す。

 

 俊介は思わず一歩下がりながらも、徐々に異形の顔に変貌していく彼女を見続ける。

 

「なので…………いただきます

 

 シスター・イートは()()()()()()()大きな口でにっこりと微笑む。

 そして彼女は素早い動きで一番近くに倒れていた男に近づき、その首と足を掴んで自身の口元まで持ち上げた。

 その人物はこの試合に元々参加していて、先ほど俊介が一撃で気絶させた人物であった。

 

「あ~ん……」

「ッ!」

 

 俊介が、彼女が何をするつもりなのかを理解した頃には遅く。

 シスター・イートは大きく開いた口で、男の腹部に勢いよく噛みついた。

 

 

「――――――――ぎゃああああああああああッッ!!!」

 

 

 男の悲鳴がテント中に響き渡る。

 しかしシスター・イートはその悲鳴を一切意に介さず、彼の腹の肉を噛み千切る。皮膚の下にあったピンク色の内臓が大量の鮮血と共にあふれ出し、水を良く吸うはずの砂場に血だまりを作る。

 

 そして彼女は飛び出した内臓をうっとりとした表情で見つめ、それを舌で掬うように口に含む。

 そのまま内臓を前歯で弾力を楽しむようにはむはむと噛みつつ、男の首と足を掴む手に力を込めた。

 

「あぁ、あ……い…………」

 

 男のか細い声が僅かに聞こえる。

 しかしその声はすぐに、シスター・イートによって二つ折りにされた彼の背骨の音にかき消される。

 

 彼女はじゅるじゅると音を立てて男の内臓と血を吸いながらも、更に男の体を小さく折り畳んでいく。

 最初は大きく響いていた骨の折れる音も、次第に折れる骨がなくなっていったのか、音が小さくなっていく。

 

 そして最終的に人間()()()肉塊から口を離し、乱雑に背後へ放り投げた。

 血で真っ赤にそまった顔を手のひらで拭い、かすれた血の隙間から元の白い肌が僅かに顔を見せる。

 

「ああ、美味しかった。神よ、あなたのお恵みに感謝いたします……」

 

 彼女は心底満足したような息を吐く。

 

 

 ……そして一拍、静寂の時間が経ち。

 一斉に観客席にいる囚人達が大歓声を上げた。

 

 

 俊介は更に強くなった血の臭いと、先ほどとは比較にならないほどの狂気があふれ出したテント内の空気に顔をしかめる。

 すぐ傍にいたヘッズハンターも眉間にしわを寄せながら低い声で呟いた。

 

食人鬼(カニバリスト)か……!』

 

 目の前にいるシスター・イートが表で何の罪を犯して捕まったのかは一瞬で理解できた。

 まず間違いなく彼女は『人を食った』のだ。それも恐らく、相当な数を。

 

 重人格犯罪者専用刑務所……異世界プリズンに来てる時点で『心優しい修道女』なんて人格者なはずがなかった。

 それはきっと優しげな顔の裏に邪悪で醜い悪意を隠しているに違いないのだから。

 事実、彼女は悪意よりも更に酷い――――――――人を食べてしまう程の『食欲』を隠していたのだ。

 

 

「ああ、ああ、どうしましょう……食べたばかりなのに、まだお腹が空いています」

 

 

 彼女は自身の腹を押さえつつ、憂いたような顔を浮かべる。

 そしてそれと同時に、自身から少し離れた場所にいる俊介にぐるりと顔を向けた。瞳孔の開き切った青い眼が俊介の瞳を射抜く。

 

「お元気ですか、日高俊介さん。先ほどは食べ物を下さってありがとうございました」

「っ…………」

「でも……ああ、本当にどうしましょう……」

 

 シスター・イートは自身の手の平に付いた血を舌でべろりと舐めながら。

 口からほうっと生暖かい息を吐き、足を一歩前に踏み出した。

 

「先ほど舐めたあなたの指の味が忘れられないのです。重ね重ね、恩のある御方に対して、本当に申し訳ないのですが……もう少しだけ、食べ物を分けてくださらないでしょうか?

 

 そう言い終わった瞬間、彼女が俊介に向かって足音静かに素早く走り始めた。

 司会の声がスピーカーから大きく響く。

 

 

「乱入続きの番狂わせ試合だが、運営側は続行を決めたぜ! 修道女の食人鬼『シスター・イート』とダークホースの乱入者『A-223』の殺し合いだ!! お前ら今すぐ歓声上げて盛り上げな!!」

 

 

 司会者の声が意気揚々と響き、囚人達が喝采を上げた。

 俊介は胃の腑に響くような音圧を感じながらも、突進しながら伸ばして来るシスター・イートの手を回避する。

 

「あら……あらら? とても速い……」

 

 彼女は一瞬で何メートルも離れた俊介の姿を驚いた表情で見つつ、手をゆっくりと開閉させる。

 俊介はその様子にピュアホワイトと対峙した時とは別種のうすら寒い物を覚えた。

 人間である自分が捕食対象として見られる経験はこれが初めてだった。

 

「……チッ!」

 

 軽く舌打ちをしつつ、俊介は再び高速で移動する。

 そして先ほど自身が気絶させた者達を掴み、シスター・イートから離れた場所へと投げ飛ばしていった。

 

 見ず知らずの囚人である彼らがどうなっても知ったことではないが、目の前で生きたまま食われて殺されるのを見ると流石に心に来るものがある。

 そういう精神的な平静を保つため、あとは単純に邪魔にならないように、彼らを自身の後方の鉄網付近に集めたのだ。

 

 

 俊介は全ての囚人たちを一か所に集め終わった後、シスター・イートから少し離れた場所で止まる。

 にっこりと微笑むシスター・イートは血まみれの両手を胸の前で祈るように合わせ、万物を慈しむような声を放った。

 

「あなたは本当にお優しい御方ですね。神はあなたの行いをきっと見ていますよ」

「うるせえッ!! 人食いが神様云々言ってんじゃねえよ!!」

「ああ、なんと酷いことを……。食事は生物が生きるために必要なことなのです。私は私が生きるために、お腹をただ満たしているだけなのですよ。そこに善悪は存在しないのです」

 

 倫理観がぶち壊れた妄言を素面で吐き続けるシスター・イート。

 俊介は足を肩幅程度に開き、何時でも動けるように身を低くする。

 

『俊介、さっきと同じ感覚で行くなよ! あの雑魚共とは次元が違うぞ!』

「分かってるよ!!」

 

 シスター・イートの身から放たれる雰囲気は狂気に濡れていて、先ほど俊介が一瞬で倒した者達とはまるで物が違う。ヘッズハンターと同じ第六感を持つ俊介はそれを体全体で感じていた。

 

 

「シィッ!!」

 

 

 口から鋭い呼気を吐きつつ、俊介は時速六百キロを超える速度で移動する。

 そして瞬時にシスター・イートの側頭部に強烈な膝蹴りを叩き込んだ。

 

(……かっっってぇェェェッッ!!!)

 

 まるで鉄の塊でも蹴ったような感触が全身に走る。

 シスター・イートは時速六百キロの膝蹴りに当然反応できる訳もないため直撃する。しかし平然とした様子でぎょろりと瞳を俊介に向け、その足を掴もうと素早く手を伸ばした。

 

「あぶなッ!!」

 

 伸びてきた彼女の手を避け、空中で再び頭部に蹴りを入れる。

 しかしまるでビクともする様子がない。内出血が起きて青あざらしきものが出来ようとしているが精々それだけだ。

 彼女の肩を手で押して高く飛び上がり、離れたところに着地する。

 

『エンジェルと同じ、耐久型の腕力馬鹿か……!』

「武器がないとだいぶ厳しい相手ってことじゃねえか!! 力が強いならドールで拘束も出来ないしどうする!?」

『いいや青あざが出来てんだ、ライフル銃の銃弾食らっても笑顔で無傷のあいつよりは柔らかい! 捕まらないようにボコボコにしろ!!』

「ああ!!」

 

 俊介は更に足に回す血液を増やし、ビキビキと血管が浮かび上がるほどに力を込める。

 そして鉄網に囲まれた砂場中を目にも止まらぬ速さで移動しながらシスター・イートを殴り続けた。

 

「む、むむむ……っ!」

 

 たまらず頭部と首を腕で覆うような防御姿勢を取るシスター。

 いくら高耐久と言えど、ダメージが1でも通るならそれを大量に繰り返すだけだ。それを実行可能なほどのスピードが今の俊介にはあった。

 

「むうううううっ……むんっ!!!」

 

 シスターは防御姿勢を取りながら足先で地面を大きく回すように蹴り飛ばし、地面の砂を全周囲にまき散らした。エンジェル程ではないにしても強力な脚力から放たれた砂煙はテント中の者の視界を完全に奪う。

 

「ッ……」

 

 俊介も同様に視界を奪われ、何も見えない砂煙の中で周囲に気を張り巡らせる。

 ヘッズハンターと同調した今ならどの方向から掛かって来られても第六感で察知し、余裕をもって回避できる。

 

 足を大きく開いて何時でも動けるようにしていた時――――ピリリッと全身に電流が走るような感覚が走った。

 

「上だな―――――何ッ?!」

 

 俊介はすぐにその場から飛び下がりながらも、顔を上に向ける。

 その時頭上から迫っていたのはシスター・イートではなく、試合を行う砂場を囲む巨大な『鉄網』であった。

 

 たった一度の踏み込みでは一辺何十メートルもの長さがある鉄網の範囲からは逃れられない。

 もう一度地面を踏んで再加速しようとしたところで、更に倒れてくる速度が速まった鉄網に思い切り体を絡めとられた。

 

「ぐおっ!!」

 

 鉄網と地面の間に挟まれる様に倒れる俊介。

 その時、砂煙の晴れた空中からシスター・イートが俊介の体目掛けて勢いよく降下してきた。彼女は砂場を覆う鉄網をその腕力で引きはがし、俊介の動きを止めるための拘束具として砂場全体に倒して来たのだ。

 

 俊介は鉄網と地面の隙間で体を横にずらし、シスターの落下攻撃を避ける。

 しかし彼女は素早く足を伸ばし、俊介の腹部を踏んで逃げようとするのを止めた。鉄網に挟まれた状態の俊介では満足な速度が出せずに避け切れなかった。

 

「あら、こんにちは。元気にしていましたか?」

「元気に見えるかよッ! 足を退けろ人食い!」

「ああ、そんなに何度も酷い言葉を言わないでください……。悲しくなって、どんどんお腹が空いてしまいます」

 

 シスターがガパリと大きな口を開き、鉄網ごと俊介の体を食らおうとする。

 人間の体を一瞬で噛み千切る彼女にとって、鉄の糸など魚の小骨程度の障害に過ぎないのだ。食べようと思えばそのまま食べれる程度の物に過ぎない。

 

「では、いただきまぁす――――」

「――――()()()()()! ()()ぇッ!」

 

 彼女が食事前の挨拶をすると同時に、俊介が中からエンジェルを呼び出して右腕の主導権を譲渡する。

 そして今まさに俊介を食らおうとするシスターに向けて大きく声を出した。

 

「重たいのを口の中に突っ込んでやれ、エンジェルッ!!」

『分かりました』 

 

 シスターより遥かに耐久力があり、腕力があるエンジェルの拳が鉄網を軽々と貫く。

 そして無防備に開けていた彼女の口内に強力な拳の一撃を叩き込んだ。

 

「ごッ――――――――」

 

 喉の奥から低い声が漏れるシスター。

 そのまま何十メートルもの高さがあるテントの天井付近まで吹っ飛ばされ、吊り下げられていたスピーカーにぶつかり、頭部から血を流しながら観客席の方に落下していった。

 

「エンジェル、左腕も使って鉄網を引きちぎってくれ」

『ええ、任せてください』

 

 人外の腕力の前では指より細い鉄の糸など豆腐と同義だ。

 軽々と鉄網を引きちぎり、体を起こす俊介。両腕の主導権をエンジェルから返してもらうのも忘れない。

 

 

「…………」

 

 わーわーと観客席から囚人達が割れるように逃げていく。

 その中心には口からぼとぼとと血を流すシスター・イートがよろめきながらも立ち上がっていた。

 

「まだやる気か、おいッ!!」

「ああ、ええ……」

 

 彼女はふらふらと体を揺らしながらも、観客席を降りて砂場の方まで戻ってくる。

 そして先ほどの一撃で更に裂けてしまった口の口角を上げ、俊介を熱の孕んだ視線で射止めた。

 

「勿論……もっとお腹が空いてきました

「……頭おかしいんじゃねえのか……」

 

 俊介は不安定な鉄網の上で再び構え直す。 

 先ほどのエンジェルの一撃で相当なダメージを負ったようだが、向こう側のやる気は更に上昇している。もっと気を付けないとラッキーパンチの一撃でも貰いかねない。

 

 そうして、拳を固く握り直したところで――――――――。

 

 

 

「――――――――きぃぃぃらああぁぁあああああありぃいいいいいいんん!!!」

 

 

 

 

 テントの天井を突き破り、小さな何かが甲高い声を上げながら降って来た。

 俊介は咄嗟に後方に飛び下がり、シスターと自身の間に降って来たそれを静かに睨む。

 

 

 

「やっほーみんな、元気?」

 

 

 

 ぶち抜かれた穴から地下空間の天井にある太陽代わりのライトの光が降り注ぐ。

 再び舞い上がった砂煙の中、立ち上がる小さな人影の周囲をキラキラと反射する光の粒子が飾り付ける。

 

 砂煙が晴れる頃、唐突に現れた少女はバチッと決めポーズを決める。

 そしてよく通る高い声で大きく叫んだ。

 

 

「この刑務所のみんなにキラキラ笑顔を届けるスーパーアイドル! 『魔法少女(スター)きゃるとる~ぜ』、だっぴぃ☆」

 

 

 変な奴が一人増えた。

 

 

 

 

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