無理やり乱入させられた闘技場の試合は、何とか無事に(?)乗り切ることが出来た。
俊介は暴れる腹の虫を手で優しく宥めつつ、黒いビニールシートの区画から出る。
「おい、あいつ……」
「ああさっきの……シスター・イートを一方的に……」
往来を歩いていると、周囲からひそひそ噂話をされているのが嫌でも耳に入ってくる。
すっごい嫌だ。
なるべく人目に付かないように道の端を歩いていると、ヘッズハンターが問いかけてきた。
『俊介。この後どうするんだ?』
「いやもうお腹空きすぎて洒落にならん。A棟に食堂があるってジャンが言ってたし、そこ行くわ……」
『でもそこの飯って不味いんじゃなかったか?』
「多少不味くても、もう我慢するわ……」
好物である甘い物ならともかく、普通に食べる料理なら多少の不味さは許容できる。
と言っても刑務所のご飯なんて初めて食べるし、不味さの程度がどれくらいなのか分からない。刑務所のご飯は『臭い飯』だなんて言葉で言い表されることもよくあるし。
せめて腹を壊さなければ良いのだが……。
そう思いながら俊介は道を歩き続け、A棟の出入り口まで戻った。
手首のリングを触ってホログラムの地図を表示させ、食堂の位置を確認しながら歩く。
どうやら食堂は監房が固まっている区画を過ぎた所にあるらしい。
地図を見るに、食堂の入口近くにある階段を降りると服の洗濯や木工作業ができる区画に行けるそうだ。そのほかにも色々な区画がある。
この刑務所は地下へ地下へと色々な区画が広がっている構造なんだな。
「ま、暇があれば更に地下にも行ってみるか……今は良いけど」
空腹で揺れる足取りのまま、階段ではなく食堂の入口をくぐる。
食堂は少し天井が高い、コンクリートが打ちっぱなしの広い部屋である。その部屋に白い長机が何台も置かれ、プラスチックの椅子が向かい合せるように30~40脚ほど置かれている。
そして食堂の入口から遠い所の壁に、看守兼職員らしき人物達が立っていた。その人たちの後ろには厨房が広がっているのが見える。
先ほどの掃除の刑務作業でヘルプに来た時にチラッと見たので、大体の構造は把握できている。
昼時を超えているからか、食堂の中には殆ど人の姿がなかった。
端の方の席で赤いフードを被った大男が背中を向けて一心不乱に食べているのが目に付いたが、特にそれ以外に何もないので目を逸らす。
「さて……と」
俊介は掃除の時に見つけていた、地面に描かれるかすれた青い矢印通りに歩く。
ここの食堂のシステムは初めてなのでよく分かっていないが、これ見よがしに描かれた矢印が何の意味もないということはないだろう。
その矢印通りに歩き、途中でプラスチックのお盆と箸があったのでそれを取り、すたすたと歩く。
そして職員の前まで辿り着くと、お盆の上に少し乱雑に主食や汁物や副菜等の食事が載せられた。
(……ぶり大根だ……)
THE・和食。
お盆の上にある食事を見つつ、赤フードの大男とは真反対の壁の端にある席に座る。
そして箸を手に持ち、軽く手を合わせる。
箸先でぶりの切り身を少し千切り、口の中に運んだ。
「…………」
『味の方はどうなんだ?』
「……いや、普通に美味しいけどな……」
確かに、若干味が薄めではある。
汁物も飲んでみるが、刑務所の外で飲んでいた物よりかなり塩分が控えめだ。
全体的に調味料の使用量が抑えられていると言った所だろう。
しかし病院食のように徹底的に塩分等が少なくされている訳でもない。
胃の腑に温かい物が落ちていくのを感じながら、ふうっと軽く息を吐く。
薄味だが、素朴な味わいで決して悪くはない。寧ろ美味しい。
これなら毎日食べても全然大丈夫だな。
……となるとジャンの言っていたことは丸きり嘘じゃねーか。
闘技場の近くで売ってる物が美味しくて、ここの料理が不味いって……。
(ああそうか。嘘じゃなくて、俺とは味覚が丸きり真逆のタイプだったのか……。宇宙で海賊やって生きてたんだから、当然俺と食べる物も全然違っただろうしな……)
久しぶりの異世界ギャップジェネレーションを感じつつ、箸を動かし続ける。
そして食事を取りながらも、闘技場で観客の会話を盗み聞きしてもらっていた三人の話を聞く。
「それで……どうだった? 盗み聞きの方は」
『私は成果なしだ』
『私は、あー、俊介が若干噂になってたってくらいかな? 闘技場の試合に乱入する前からね』
「噂?」
サイコシンパスは成果なし。
そしてトールビットが何やら俊介に関する噂を聞いたらしく、それの詳細を問う。
『ウィザードが入って来たのにピュアホワイトがいない。その代わりにウィザードと同時に入って来た無名の男がいる、あいつは何者だ……的な感じだったね』
「ああ……そんな感じか」
ウィザードは未来革命機関なんて巨大組織を率いていたんだし、裏でも結構有名だったんだろう。
それとの関与を疑われていたってことか。
『ピュアホワイトを殺したのは俊介じゃないか、なんて話もあったよ。眉唾扱いされてたけどね』
「殺してはないけどな」
『分かってるよ』
ヘッズハンターの幼馴染が宿ったアイツが死んでしまったのは、今でも後悔が絶えない。もしかするともっと良い選択があったんじゃないかと今になっても思ってしまう。
それでも、ヘッズハンター本人が小日向真昼さんのことを背負って前を向こうとしているのだから、宿主の俺がずっと落ち込んでいる訳にもいかない。
俊介が軽く息を吐いて視線を上げると、クッキングと目が合う。
シスター・イートの件があるため、少しだけ彼から目を逸らしてしまうが……すぐに目線を元の方に戻した。クッキングは少し首を傾げながら口を開く。
『どうしたの?』
「いや、なんでも」
シスターと話していた時、クッキングは少し離れた場所にいた。
だから俊介とシスターが話していた内容も知らないのだろう。ヘッズハンターや他の人格も伝えていないらしい。
『? ……まあ、私が手に入れた情報を話すわね。と言っても私は、脱獄に関する情報は手に入れてなくて……途中からあの『ジャン』って男を監視してたの』
「あいつか……」
俊介の脳裏に、額にハンドガンの文字を刻んだ男の顔が浮かぶ。腹立つ。
『俊介ちゃんがシスター・イートって子と戦ってる時のことよ。ジャンが『小さな男の子』と、俊介ちゃんについて話し合ってたの』
「小さな男の子?」
『ええ。マッドパンクより小さかったと思うわ』
確かマッドパンクの身長が150センチかそこらだったはずだ。
それより小さいとなると、刑務所で何度も見かけている子供の囚人に類する者だろう。
俊介が話の続きを促すより早く、クッキングが口を開く。
『その男の子はジャンに『ゼロツー』って呼ばれてたわ』
「ゼロツー……」
『そして俊介ちゃんの『
「ふーん……」
なんか妙なことについて話し合ってんな……。
けど闘技場の試合に無理やり参加させておいてその話の内容は、やっぱ賭けに負けた云々の話はまるきり嘘で、『参加させて強さを見る』こと自体が目的だった気がするな。
でも俺の強さなんか見て何するつもりだ……?
刑務所内の囚人のプロファイリングでもしてるのか?
よく分からんな……。
「……明日とっ捕まえるか」
頭を悩ませても、出来るのは証拠のない推測に過ぎない。
明日の朝の点呼という確実に顔を合わせる瞬間があるのだから、その時に捕まえて締め上げて話を聞けばいい。それが最も確実だ。
「この話はいったん保留だな」
そう言った後、俊介は急いで残っていた食事を口の中に運ぶ。
そして空になった食器の上に箸を置き、首に手を当てた。
「マッドパンク、出て来てくれ」
『……はい』
覚悟を決めたような、そして何処か重い表情で中から出てくるマッドパンク。
恐らく俊介に今から何を言われるか理解しているのだろう。そして俊介はそんな彼の予想通りの言葉を吐いた。
「先延ばしにしてた、ウィザードとどういう関係なのかの話を聞きたい。みんなの過去は基本自分から話さない限り問わない主義だけど……今回ばかりは話が別だ」
俊介は殺人鬼のみんなの過去を自分から問うことはない。それは彼ら彼女らの人生に辛いことや苦しいことがあったであろうことを感じ、それを無理に思い出させるのは忍びないという理由からだった。
しかし今回ばかりは話が別である。
ウィザードは相当の危険人物であり、明らかにマッドパンクに目を付けている。その関係性を知っておかないといざという時に対処できない可能性があるのだ。
故に俊介は心を鬼畜にして無理やりマッドパンクに問いただしたのである。
マッドパンクは近くの椅子に座り、頭を俯けながらため息を吐く。
『……まあ、流石にここに至ってまでだんまりする訳にもいかないよな……。つっても別にそんな大した関係じゃないけど……』
「そうなのか?」
『ああ。なんか
「は?」
…………???
「血が繋がってない感じ?」
『いやガッツリ繋がってるけど』
………………?????
「ああ。兄妹での結婚がOKな世界だったとか……」
『全然ダメだよ。ここの世界と同じくらい忌避されてる』
???????????????
「What are you talking about?」
『ああっ。俊介ちゃんが混乱しすぎて別の言語を話し始めたわ』
『殺人鬼を13人も宿してるのにこれくらいで混乱するなよ』
「混乱するわッ!」
何が『大した関係じゃない』だよ。
初っ端から顎外れそうなレベルの重いアッパーカット決めて来るんじゃない。
一人っ子だからそういう関係がどれくらいヤバい関係なのかは分からないけど、倫理的にやっちゃいけない感じの関係なことだけは分かる。
『これはアレだな。ウィザード……いや、『クレア』が産まれた辺りからざっくり話した方が良さそうだな……』
そう言いながら、マッドパンクはこめかみに手を当てながらぽつぽつと話し始めた。
ウィザード……妹の本名は『クレア・フラー・レイ』だ。
ちなみに僕の本名は『アーサー・フラー・レイ』……。
……おい俊介、今『アーサー』って名前が似合わないと思っただろ。
元の世界じゃこの名前は結構珍しかったんだからな。こっちの世界の有名な物語の主人公と偶々一緒だっただけだ。僕は悪くない。
……まあいいや、そこは本題じゃないし……。
クレアは僕の六つ下の妹でね。
先天性の障害って奴で、生まれつき四肢がなかったんだ。
母親はまだ良かったんだけど、父親がさっさと娘見捨ててどっか逃げちゃってさ。まああんまり……いい家庭環境ではなかったかな。
それでまあありがたいことに、僕は生まれつき頭が良くてね。
母親がよく働くんで、僕は妹の面倒を見ながら勉強し続けてさ。
妹が五歳になった辺りで、義手と義足をセットで作ったんだ。
四肢の筋肉に走る電気信号を受け取って動く……いわゆる筋電義手とそれの義足バージョン。今考えたら顔真っ赤になるくらい恥ずかしい出来だったけど。
クレアにそれを付けてやったら、そりゃもう喜んでてな。
全身泥だらけで転げ回りながら泣いてたのが怖かったけど。
その辺りから僕にべったりくっ付いて来るようになって、次の義手義足を作りながら色々勉強を教えてやったんだ。
そんで僕が……大体15、16くらいかな。
大学に飛び級して入る時にクレアがびんびん泣いて張り付いてきて、どうにもならなくて困った時があってさ。
ちょっと性能の良い義手と義足を作りすぎて、力負けして全然引きはがせなくて。
どうやっても離れないから『今度会ったら何でも言う事聞く』って言ったんだよ。そしたら怖いくらいパッと離れたんで、大学に向かって一人暮らしさ。
そこからロボット工学……まあクレアの義手や義足を作ってた延長の研究とか、人工臓器も人間の胴体全部再現できるくらい作ったり、あと単純に医療用のロボットも作ったり……。
三年くらいそうして過ごしたら、クレアの奴も飛び級して大学に入ったらしくてな。
僕のいる大学じゃなくて、別の大学に入ったらしくてさ。そこで例の『反重力装置』を作り出してたんだよ。
世界中の何処に逃げても追いかけられるような空中要塞を作るとか何とか豪語してたな。
そんなある時、クレアが大学に襲撃してきてさ。前に話したことあると思うけど、僕の世界には襲撃っていう文化があるんだよ。*1
クレアは反重力装置で僕の大学を丸ごと浮遊させてきてな。
その後僕の元まで単騎で突っ込んできて、研究結果でも盗みに来たのかと思ったら、なぜか研究結果と一緒に僕を誘拐していってな。
よく分からない部屋に連れ込まれた後でベッドに押し倒されて。
いつの間にかクレアは僕より遥かに身長が高くなってて、定期的に贈ってた義手義足の力もあるから全く力で勝てなくてな。
そして件の『何でも言う事を聞く』のお願いで『家族になりたい』とか言ってきたんだ。
『元から家族だろ』って返したら、『私達で婚姻届を出そう。既成事実で』とか直接的なんだか迂遠なんだかよく分からない言い回しをしてきたんだよ。
流石の僕もその辺りで何をされるのかを察して、全力で逃げたんだ。
全裸で家まで逃げ帰る経験は一度だけで勘弁だね。
……まあその後、色々あって僕は人殺しをするんだけど……。
その話は関係ないしいいよね。人を殺すようになってから妹とは一度も会ってないし。
『はい、これで僕と妹の関係性の話は終わり』
「何ていうか……良いお兄ちゃんしててちょっとびっくりした。人殺しの話は抜きで」
『そりゃあ生まれつき動けない妹がいたら過保護にもなるよ』
話を聞き終わった俊介は頬杖を突きながら先ほどの話を脳内で反芻する。
まあ所々天才すぎて常識では測り切れない部分はあるけど……。
生まれつき動けない子に動ける手段を渡してくれる人がいたら、ちょっと依存するのも仕方ない面はあるかな……。
兄って言う明確に頼れる人物なら尚更べったり甘えてしまうものなのかも。
それが肉欲にまで繋がるのはウィザード本人の気質な気はするけどさ。
いやでも信用ならんな~……。
あくまでこれはマッドパンクの主観の話だし、もしかすると本人が大したことないと思ってるだけで、なんか別の大きな事をやらかしてる場合も……。
俊介がそんな風に考えていると、マッドパンクが首を傾げながら言葉を吐いた。
『今話しながら思ったんだけど、僕別に大したことしてなくない? 年頃になったら『死ねクソ兄貴』くらい言われるかなと思ってたんだけどな』
「馬鹿かお前」
流石にそれだけはないのは俺でも分かるわ。
「妹相手とはいえ、人からの重い好意に気付かないのはダメだと思うぞ。常識の範疇で収まる人が相手ならともかく、それがもしヤバい人でストーカーとかされてたらどうするんだ。最悪家に入られたりもするんだから、身の安全のためにもだな……」
『それ俊介が言う?』
「え?」
『いや何でも……』
なんだよ。
まるで俺が人から向けられる気持ちに鈍いみたいなこと言って。
一応言っておくけど殺人鬼のみんなとの生活で普通の人より勘は鋭いんだからな。
俺を恋愛ゲームの鈍感系主人公みたいなのと一緒にするなよ。
ヘッズハンターと同調した今ならスナイパーライフルの弾だって事前に察知して避けられる勘の良さだぞ!
『多分そういうことじゃないと思うんだよな、人間関係における察しの良さって』
「そうか?」
俊介はマッドパンクの言葉に首を傾げた。
そんな二人を見て、クッキングとトールビットとサイコシンパスが顔を突き合わせる。
『あの会話はマジで言ってるのか……? どっちも色々と鈍すぎるだろ』
『マッドパンクも俊介も表情を見るに本気で言ってるとしか思えないねぇ。まあマッドパンクはいいとして、やっぱ俊介には殺人鬼の私達がずっと傍にいるから悪影響が……』
『いやアレは俊介ちゃんの元の気質の問題な気がするわ……』
三人は少し離れたところでひそひそ話を続けた。
ウィザードとかいう奴が一生動けないまま死んでいくと思っていた所を自分の兄に自由に世界を動き回れる手段を渡されて、更にド級の天才である兄が初等教育すら受けてない自分に優しく勉強を教えてくれながら定期的に新しい義手義足を丁寧にプレゼントして貰って堕ちるようなチョロインだったのが悪い
つまりマッドパンクは悪くない