知雫はひたひたと素足で濡れた床を叩く音を鳴らす。
そして俊介の隣の椅子に優雅な動きで座り込み、右手で髪の毛を背中側に払いながら声をかけてきた。
「お前、昨日随分と闘技場で暴れていたじゃないか」
「いや平然と隣座んなよお前! 何してんだよ!」
「ここの刑務所じゃ風呂もトイレも男女で分かれてないんだ。慣れな」
慣れる訳あるか。
俊介は心の中で悪態をつきながらも、目線を逸らしながら急いで体を洗う。この浴場から一刻も早く逃げるためにだ。
『う、ぼおおおおああああああああッッ!!』
『ヤバいキュウビが服脱ぎながら叫び出したぞ!』
『この馬鹿を今すぐ止めろ!』
背後から殺人鬼のみんながドタバタと暴れているのが聞こえる。知雫に不自然に思われるため振り向けないが、一体何をしているのか大体想像がついてしまう。
『ヤメロー! 止めるなー! もはや俊介の目は奴の体で汚染されておる! 故にわらわの体で浄化するんじゃー!』
『それは浄化じゃなくて泥の上塗りって言うんでござるよ』
『わらわの裸が泥のわけあるかっ!! 値が付けられんほどの宝石の如き肌じゃぞ!』
『値段が付けられない宝石ってそれ全く価値がないってことでござるか? へ~面白い体してるでござるなぁ!』
『意味なく煽るなニンジャ! つーかもういい加減
本当に大丈夫か。
あんまり暴れすぎると近くにいるダークナイトが苛つき出して、纏めてぶん殴り始めるんじゃ……。
『いてっ!』
『ガオーーーーッ!!!』
「あっ」
誰かの痛がる声と同時に、金属製の何かにぶつかるような音が聞こえた。恐らく突き飛ばされた何者かがダークナイトにぶつかったのだ。
その衝撃によりダンケルク等々で溜まっていた苛つきが爆発したのか、ダークナイトが大きく吠えて周囲の者をやたらめったらにぶん殴り始めた。背後から肉と硬いものが勢いよくぶつかる音が何度も響く。
アホかアイツら……。
「どうした? いきなり『あっ』なんて声を出して。何かあったか?」
「い、いや何も……」
呆れる俊介に対し、不思議そうに聞き返して来る知雫。
彼女には殺人鬼達の大暴れが一切感知できないのだから、俊介が思わず声を出してしまった理由など分かるはずもない。適当に誤魔化しながら体を洗う手を再度動かし始める。
知雫が長い髪の毛に石鹸を付けて泡立てながら話しかけてきた。
「あそこまで強いなんて、お前表で何やってたんだ? お前も海外からこの国に入って来た
「海外……? いや国内から出たことないというか、この国生まれですけど」
「生まれ……へえ。その口ぶり、お前は人格に乗っ取られていない『宿主』なのか」
「あ……」
早速人格が宿っている事を隠そうとしていた意味がなくなった。
どうして俺はこんなに口が軽いんだ……。
「まあ、世の中人格となんだかんだ共存して平凡に生きる奴のほうが多いんだ。犯罪者でそれをやってる奴は中々珍しいが……」
「人格犯罪者の中でも人格と共存してる宿主がいるんですか?」
「ああ。ただ私の経験上、そういうのは大抵木っ端か、一握りのとんでもない大物かのどちらかだ」
そう言い切ると、彼女は妖しげな色気を込めた笑みをこちらに向けた。
俊介は警戒した表情を浮かべ、目を細める。
「お前はどうやら一握りの大物の方らしいな?」
「はあ……そうですか」
犯罪者界隈の大物なんて言われても別に全く嬉しくないけどな。
「お前シスター・イートを一方的に殴れるくらい強いのに、何でこの国に居続けたんだよ? 海外でも充分やっていけるだろ」
「なんでって言われても……そりゃ……生まれ故郷だから?」
「……ああ、今ので何となく分かったぞ。お前どこの裏組織にも紐付いてないし、そもそも何処の組織にも所属する気がなかったただの暴君だろ」
裏組織なんかに所属してないし、するつもりなんて更々ないのは当たってる。
でも暴君とは酷い言われようだ。
たかが殺人鬼のみんなが勝手に事件を起こしたり、星野みたいな奴を潰したり、未来革命機関を潰したり、そのほかにも色々……。
うーんやっぱ暴君と思われても仕方ないかも。
何度過去を見直しても大犯罪者にしか見えない経歴に俊介が落ち込む中、知雫が髪をかき上げながら言う。
「この日本って国……世界の裏社会の中で今どういう状況に置かれてるか知ってるのか?」
「え? どういう状況?」
「そうだな……少し言い換えるか。今この国の裏社会はどんな状態だと思う?」
「どんな状態って……」
今まで出会ってきた凶悪な人格犯罪者や榊浦親子のことを思い出す。
普通の生活のすぐ裏側に潜んでいた凶悪な人物達。そんな奴らとここ最近よく遭遇している。
だから当然、俊介の出す答えもネガティブな方向に伸びる物だった。
「そりゃもう真っ黒のドロドロ……。色んな組織が血で血を洗うような酷い状況なんじゃないか?」
「はぁ……なんでそこまで強いのに裏の情勢のことは何にも知らないんだよ」
まるで的外れな答えとでも言わんばかりにため息を吐く知雫。
そこまで間違った答えを言ったつもりはないのだが、一体この反応はどういうことなのだろう。
俊介が怪訝な顔を浮かべていると、知雫は髪に付いた泡を軽く洗い流し、自身の座る椅子ごと体を俊介に近づけた。
「おわっ!? いや近づいてくんなって!」
「慣れろ。それに少しくらいなら鼻息荒くしながら見てもいいぞ?」
「見るかッ!」
くつくつと笑い声をあげる知雫。明後日の方向に顔を向ける俊介。
どうにも手玉に取られてる気がする。こっちが生身の女性に慣れてないからっていちいち揶揄いやがって……。
というか慣れてる奴でもこの状況は戸惑う気がするけどな!
「ま、いいこと教えてやるから少し我慢しな。と言ってもこの刑務所の中じゃあ無用の長物に近いもんだが」
「『いいこと』? おいそれって妙なことじゃ……」
「なんだ、『
「くッ……もういいから話進めてくれ。それで俺からさっさと離れてくれ」
「ふっ。強さの割には揶揄い甲斐がある奴だ。初心こいガキンチョは嫌いじゃないぞ」
完全に向こうのペースに乗せられてしまっている。
学校でぼっちだった俊介にとって、こういう揶揄い方をしてくる女性との遭遇は未知の出来事であった。クラスの陽キャ男子はこういう経験に慣れているのだろうか……と意味不明な現実逃避の仕方をしながら、体に触れる謎の柔らかいものから意識を逸らす。
そして知雫は空気を優しく震わせるような、耳心地の良いトーンの声で語り始めた。
「この国の裏社会はな、『綺麗すぎる』んだよ。ドロドロの真っ黒なんて全くの的外れだ」
「綺麗、すぎる……?」
「そうだな、『最高級の空き地』って言い換えてもいい。誰もが欲しがるのに誰も手に入れられない、なんて矛盾を抱えるのがこの国の特徴だ」
「…………?」
いまいち要領を掴めない俊介。
その様子を感じ取ったのか、知雫が言葉を続ける。
「ここは大国の島国で、世界中と交易してるから船に裏の物品も仕込みやすい。そして薬物なんかが厳しく取り締まられてる分、国民は薬物でぐずぐずに腐った人間なんて実際に見たことないから『好奇心』で簡単に薬に手を出す。上手くやれる奴にとってこの国ほど稼げる場所はないんだ」
「…………」
確かに、この国は他所の国と比べれば遥かに平和だとは何度も耳にしたことがある。
だからってそこまで上手く稼げるものなのだろうか。いや実際に麻薬密売組織のボスだった彼女が言うんだから本当なんだろうな。
「そして、この国に元々いた『ヤクザ』って裏の連中は人格犯罪者に一瞬で滅ぼされたらしい。自分より弱い既存の裏組織なんて視界に入るだけで邪魔な存在だからな。でもそのヤクザを潰した初期の人格犯罪者もすぐに消えた」
「消えた……?」
「人格犯罪対処部隊。ここに捕まった奴らならみんな知ってる例の三人に捕まったんだよ」
人対か……。
やっぱりあの三人は人格犯罪者を捕まえることに関しては右に出る者がいないんだな。たったの三人なのにありえないほどの逮捕数だ。
敵ながら感心する俊介とは反対に、苦々しい顔を浮かべる知雫が話を続ける。
「だがこの人対って奴らは加減を知らないんだ。アイツらが人格犯罪者を大量に逮捕しまくった結果、この国の裏側は綺麗さっぱりの真っ白になっちまった」
「うん……。でも、別にそれっていい事なんじゃないか? 普通に過ごしてる人たちにとっては犯罪組織なんてない方がいいし」
「『見方』によるな」
「見方?」
首をかしげる俊介。
そんな俊介の前に知雫が両手を突きだし、両方の人差し指をピンと立てた。
「確かに、国民にとっちゃ巨大な犯罪組織がないのはいいことと言える。個人でやる犯罪のレベルなんて一部の異常者を除けばたかが知れてるしな。これは確かに良い側面だ」
「じゃあ……悪い側面は?」
「既存の裏組織がない国なんて『成り上がり』を目指す人格犯罪者にとっては夢みたいな場所ってことだ。だから新興の組織を立てたばかりの凶悪な人格犯罪者が、我先にと世界中からこの国に大量に集まってくるんだよ」
「なっ……」
思わず驚きの声を上げる俊介。
この異世界プリズンは人が簡単に死ぬくせに大量の囚人がいる。最初はこの国で生まれた人格犯罪者がこんなにいたのかと思っていたが……まさか世界中からわざわざ集まって来ていたとは。
「海外の国じゃあ一つの巨大組織に自国の裏の秩序を作らせてる所もある。その組織は外からの人格犯罪者をブロックするが、自分達は麻薬売ったり人殺したりとやりたい放題だ。政府はどうにも出来ないから黙認だよ」
「黙認って……そんな」
「だがここではどんな裏組織も等しく人対が叩き潰す。未開拓地を夢見た人格犯罪者が大量に入ってくるが、その度に人対に潰される。そういうイタチごっこを繰り返し続けて平和を保ってるのがこの国だよ」
「そう、だったのか……」
ただひたすらに人格犯罪者を捕まえるだけでは、逆に平和から遠ざかるということだろうか?
と、そんな風に思った時。
俊介はこの刑務所に来て聞いたとある言葉を思い出した。
『牙殻が妙なことを言っていてな。何か思いつめた様子で、『この国に人対が存在する意味があったのかを教えてくれ』……と』
ガスマスクから又聞きした、気絶した俺に向かって放ったという牙殻さんの言葉。
もしかするとその言葉は『人格犯罪者を大量に捕まえても逆に平和から遠ざかってしまう』……という意味が籠っていたのではないだろうか。
人格犯罪者を捕まえているはずなのに、逆に世界中から人格犯罪者を呼んでしまう矛盾。
だからと言って一つの裏組織に裏社会の秩序を作らせても、その組織が国内で傍若無人な犯罪を起こし続ける。
そういう終わりのないイタチごっこに対する苦悩が牙殻さんにその言葉を吐かせたのではないだろうか。
……難しい問題だ……。
きっと人対の三人が悩み続けていることに、今スパッと答えを出すことが出来るほど頭は良くない。
というか答えなんて存在するのだろうか、この問いに。
俊介が眉間にしわを寄せながらそう深く考え込んでいると。
しびれを切らした様子の知雫が肘で体を軽く突いて来た。
「おい」
「はい?」
「どうやら随分考え込んでたみたいだが……これはそれだけお前にとって価値のある情報だったって事だよな。つまりそんな情報を教えた私に対して、多少の
「なっ、見返りなんて話聞いてないぞ!?」
「そりゃ今言ったからな」
こいつ……。
「だがまあそこまで無茶苦茶なことを言うつもりはない。たかが話一つの見返りだ」
「……何させるつもりだよ?」
警戒しながら言葉を吐く俊介。
すると知雫はやっと俊介から体を離し、まだ泡が付いたままの自身の髪を指さした。
「私の洗髪を手伝え。こうも長い髪を洗うのは意外と面倒なんだ」
「……洗髪の手伝い? それだけ?」
「なんだ。嫌か?」
「いや……いいけどさ……」
もっと無茶苦茶なお願いをされるのかと思っていたが、全く予想外の方向の見返りを求められた。
面倒ではあるけれど、さっきの話の見返りとして求められたなら断るほどでもない……そんな塩梅の要求だ。
俊介は少し首を傾げながらも、自身の体についた泡をシャワーで洗い流す。
そしてタオルを腰に巻きつつ彼女の背後側に回った。
「つっても俺、女性の髪なんか洗ったことないんだけど」
「なあに、一本一本丁寧に洗う気持ちでやればいいんだ。都度口は出す」
「そ、そうか……じゃあ……」
知雫から受け取ったシャンプーを使い、恐る恐る彼女の髪を洗い始める。
他人の髪を洗うという行為は初めてだったが、アドバイス通りに一本一本解きほぐすように洗っているのが功を奏したのか、彼女が気持ちよさそうな声を上げた。
「うん……中々いい塩梅だ。初めてでこれなら、才能あるんじゃないか?」
「こんな才能はいらん」
「その才能で食っている奴もいるんだから馬鹿にするもんじゃないぞ。ん~……」
気持ちよさそうに伸びをする知雫。
本来モザイクで隠される物がチラチラ鏡に映ってるからそんなことするな。視界にチラつく。
「いやぁいいねぇ。ちょうど洗髪を任せられるくらいの小間使いが欲しかったんだ。貴族だった頃を思い出す……」
「貴族?」
「ああそうだ、前の人生でな。しかも皇子の婚約者だったんだぞ。一応言っておくが、皇子の婚約者なんて相当高貴な家の娘じゃないとなれないんだからな」
「そういうもんかね……」
興味なさげに返事を返す俊介。実際のところあまり興味はない。
それにムッとした顔を浮かべた知雫が、更に自身の過去を掘り返すような話を続ける。
「いいか? 私は元の世界の国じゃあ超高貴なお姫様だったんだぞ。何人もの小間使いが常に後ろを歩いててだな、私が服を着るのも風呂で体を洗うのも、大体はその小間使いがやるんだ」
「ふーん……。でもそこまで他人にアレコレされるのって辛くないのか?」
「まったく。むしろそれくらい小間使いを雇える豊かさを見せつけるのが貴族としての役目でもあったな。トップが豊かそうじゃないと舐められるし、国民も『国が貧乏なのか』って怖がるだろ」
「へえ~……」
本当に高貴な一族であった彼女の言葉に、俊介は思わず感嘆の息を吐いた。
物語等々で煌びやかな装飾に囲まれて過ごす貴族、なんてキャラは何度も見たことがある。そこまで飾りにお金をかけて何の意味があるんだろうと思っていたが、自分の趣味ではなく他人からの印象の方が重要だったのか。
俊介が少し興味を持ったことで調子が良くなったのか、知雫が更に口をペラペラと回し始める。
「当時の皇子と私は貴族なのに恋愛結婚かと囁かれるくらいでな。お互い周囲から羨ましがられるくらい仲が良かったんだぞ」
「ほーん」
「お互いの家同士の仲も良好でな、私も皇子と結婚して国を運営を支えるために色々と勉強をしていたんだ。人の動かし方なんてその最たる例だ、ああいうのはキチンと勉強してる奴としてない奴でまるで違うんだ。まあ大量の国民を動かす国のトップになる訳だからそれくらいの苦労はかきすてって奴だよ」
「ふうん」
「そうそう。それでな、皇子との結婚があと一年を切ったってところで、突然婚約が…………破棄に………………」
語尾が小さくなっていき、やがて黙りこくったまま顔を俯ける知雫。
貴族の豊かさについては興味を持ったがそれ以外にはさほど関心がなかった俊介。生返事ばかり返していたが、突然黙りこくった彼女の異変に気付いて少しだけ顔を動かす。
そして何があったのかと問いかけようとした、その瞬間。
「――――――――朱雀ッッ!!!!」
知雫が突然右拳を振りかぶり、目の前にあった鏡を叩き割った。
ガシャァン!!と大きな音を立てて鏡が飛び散る。
「いやいきなり何してんだよ知雫ァッ!?」
驚きすぎて思わず立ち上がる俊介。
先ほどまで陽気に喋っていた知雫が、朱雀……恐らくキュウビの本名を口にしながら突然ブチギレたのだ。驚かない方がおかしい。
「フーッ、フーッ……いやなに、過去のトラウマがな……」
「自分で話しといて自分でトラウマ掘り返すなよ……」
呆れかえるように声を出した俊介。
知雫は呼吸を整えた後に割れた鏡の前の椅子に再度座り直し、肩越しに俊介を見た。
「さ、そろそろシャワーで泡を洗い流してくれ。さっきと同じように一本一本丁寧にする感覚だぞ」
「続行するのか……」
困惑しながらもシャワーを取り、彼女の髪の泡を洗い流し始める。
さっさと終わらせて仲間を探しに行こう。脱獄までの時間は短ければ短いほどいいのだから。
そんな風に考えつつ、シャワーから出る水の先に注視して髪を洗っていた時……。
(あれ、そういえば知雫って仲間としてどうなんだろう?)
突如として頭の中にその思考がよぎった。
デパートの一件での話を聞いた限り、知雫は鎧を着ていない翠さん相手なら勝てるくらいに強いらしい。
キュウビに負けはしたらしいがそれでも最低限の実力は担保されている。
そしてこっちに妙なボディタッチをしてきたりキュウビに突然ブチギレたりするが、比較的精神は安定している。根本がぶっ壊れているような精神異常者の類ではない。
何より元の世界で貴族として教育を受けていただけあって頭がキレる。それも俺より遥かに。
信頼関係は構築できないかもしれないが、利害関係ならお互い納得して協力できそうだ。
元麻薬密売組織のボスという極悪人の経歴ではあるが、そこを許容できるなら仲間としては案外優良物件なのかもしれない。キュウビを宿してることがバレたら八つ裂きにされそうだけど。
(それに同室の知雫が仲間になったら色々とやりやすそうだし、ぶっちゃけ
頭の中で俊介が彼女を仲間に誘うかどうか迷いながらも、シャワーで泡を洗い終える。
すると知雫が濡れた髪を指で軽くかきあげ、割れた鏡越しに俊介の顔を見ながら妖しく微笑んだ。
「それじゃあ次は体も洗ってもらおうかな」
「は!?」
「なんだ嫌か? むしろ役得だろ? タオル越しになら多少揉んだっていいぞ」
そう言いながら知雫が肩越しに振り返る。
そして僅かに右目を見開きながら、俊介と目を合わせた。
(…………? なんだ、頭かゆっ)
その瞬間、先ほどよく洗ったはずの頭が突如として痒みを訴え始めた。
俊介は右手の指先でポリポリと頭頂部を掻きつつ知雫の体から一歩後ずさる。
「ふざけんな。もう見返りの洗髪はこれで終わりだ」
「ん……おかしいな」
「何がだよ? ……とにかく、俺はもう風呂出るからな!」
やっぱり得体が知れない女だ。
なんで男の俺にわざわざ体を洗わせようとするんだ? 何を考えてるのか分からない。
仲間に誘うかどうかを決めるのは他の誰かを色々と探した後でも良いな。
そう思いつつ、俊介はずんずんと大股で脱衣所の方に出て行った。
風呂に入る前に洗濯機に放り込んでいた囚人服がほかほかに乾いている。それを着こみ、荷物を持って大浴場の入口から廊下に出る。
そして無駄な荷物を自分の監房のベッドに放り込み、A棟の出入り口から繁華街の方に出た。
地下天井に設置された太陽を模す巨大なライトの光を浴びつつ、考え込む。
きゃるとる~ぜのいる南区には近づけないし、闘技場のあるビニールシートの北区には昨日行った……。
今日はそれ以外の所に行ってみるとするか。
そんな風に自身の今後の行動を決め、意気揚々と歩き始めた。
俊介がいなくなった大浴場。
たった一人になった知雫は仕方なく自分で体を洗いながら、静かに呟く。
「妙だな……私の魅了の術の掛かり方がやけに弱い。あそこで洗体を断られるとは思ってなかったが……」
最初は同室に入って来た初心こい男を小間使いにしようかと、キスと共に強力な魅了の術を掛けた。あまり効いているようには見えなかったが、適当に時間を掛けて落としてやればいいかと考えていた。
しかし闘技場での試合を見た後、あの強さをどうしても物にしたいと考えるようになった。
「貴族ってのはな、貴金属だけじゃなく周囲の人間でも着飾るのさ……。強い人間を侍らすのは単純に心地が良いしな」
ふんふんと鼻歌交じりに体を洗いながらも、頭の中では思考を回す。
先ほど肩越しに振り返って目を合わせた時にも強力な魅了の術を掛けたが、どうにも効いているようには見えなかった。
何か魔法類に対する防御手段を自分に施しているのかもしれない。裏には金さえ払えばそういうことをしてくれる奴がそれなりにいる。
まあ、自分の得意技である魅了の術を二度も防ぐほどの魔法防御だとは思わなかったが……。
「ま、時間を掛けて堕とせばいい。どうせ童貞臭い子供相手だ、幾らでもやりようはあるしな」
いざとなれば魅了の術に頼らず己の体と手練手管で制御してやればいいのだ。
それだけの手間暇をかけるだけの価値があの子にはある。
「…………ん、そういえば……」
体を洗いながら、ふと思い出す知雫。
それは自身が朱雀のトラウマで頭が怒りに包まれ、思わず鏡を拳で叩き割ってしまった時のこと。
『いやいきなり何してんだよ
「……私、自分の名前教えたっけか……?」
一瞬だけそう考えたが、すぐに思考を振り払う。
この刑務所の中にいるのだ、自分の名前くらい何処かで知るタイミングがあってもおかしくはない。
特段疑問に思う事ではないかと考えながら立ち上がり、湯が張られた浴槽の中に身を漬けた。
知雫はキュウビがトラウマ
キュウビは知雫がトラウマになりかけてる