時間のある時にお読みください。
俊介はサッカー(?)をしていた囚人達に教えられた手順通り、狭い路地裏を歩いて行く。
体格の大きい者なら確実に何処かで引っかかってしまうほどに狭く、途中で身を屈めたりする必要がある道だ。こんな道と呼べるか怪しい場所を進もうとは普通なら思わないだろう。
胴体と背中が常に壁と擦れている。
せっかく洗ったばかりの囚人服に黒い汚れが付き始め、『もしかすると騙されたんじゃないか?』と不安になり始めた頃。
何かが燃えるような音と共に、風を切る音が一瞬のうちに何度も鳴り響く……そんな風な妙な音が聞こえてきた。
俊介は路地裏を進む速度を速める。
そして最後の曲がり角を曲がった所で、やっとたどり着いた件の空き地。
建物と建物の隙間になぜか生まれた、一辺が4~5メートルの正方形の開けた砂場。天井には青いビニールシートが敷かれており空からでもこの場所を見つけることはできないだろう。正に秘密の場所だ。
そんな奥まった場所でただ一人、真剣な面持ちで燃え盛る木刀を振る人物がいた。
年の頃は11~12歳と言った所だろうか。身長は150センチ程度で大体マッドパンクと同じくらいである。
どう見ても少年と言った顔つきだが、黒い髪を無造作に肩辺りまで伸ばしているのが印象的だ。何か目的があって長く伸ばしているという訳ではなく、髪を切っていないからいつの間にか伸びていたと言った風な雑な伸ばし方だ。
そして。
赤樫の木刀に少し離れていても熱を感じるような赤い炎を纏い、何もない場所に向けて素早い剣技を繰り出していた。
木刀の長さは一メートル近くある。身長凡そ150センチくらいの体では扱いにくいだろうに、それを微塵も感じさせない見事な腕前だった。
「…………」
C棟の囚人は剣を振るのを一瞬止め、空き地に入って来た俊介の方にチラリと目を向ける。
しかしすぐに視線を外し、再び何もない場所に向かって剣を振り始めた。
『まさに『
いつの間にか傍にいたヘッズハンターが、その囚人の剣技を見ながらそう言う。
俊介も彼と同じような感想を心の中に抱いていた。
少年の動きはかなり素早い。だが時速六百キロで動き、それに比する動体視力を持つ俊介とヘッズハンターなら十分余裕をもって目で追えるほどの速さだ。
なのにも関わらず、時折高速で振り回される剣先の動きを一瞬だけ見失ってしまう時がある。
僅かな足さばきや体の向き、手首の返し方。そして目線等のフェイント。
人間は無意識に様々な情報を得て、複合的に脳で判断していると言う。つまり人間が普段目で見ているものは脳で色々な判断が行われた、いわゆるフィルターを掛けられた後の景色なのだ。
しかし時折、視覚から得られた情報を脳が勝手に間違った判断や誤解した判断を下す。そういった時に錯視が発生し、それを生かしたものが『錯視トリック』なんだとか。
つまり目の前の少年は動きの中にそう言った無意識に誤解させる錯視に近いフェイントを取り入れ、それを剣技として昇華させているのだ。
「…………」
少年が無言のまま木刀の動きを止め、だらりと力なく降ろす。
その瞬間に木刀を覆っていた炎が明らかに自然現象に反した速度で消火した。恐らく魔法とやらの効力が切れたのだろう。
俊介はちょうど剣技が止まった瞬間を見計らい、彼に話しかける。
「あの、すみません……」
「……魔法を使いたいなら、今から詠唱してやるから勝手に暗記しな。普段は無詠唱でやるけど、覚えたい奴がいるのに黙ってやる程性悪じゃない」
そう言うと彼は木刀を両手で強く握り、顔の前で拝むように構える。
そして光る粒子のようなものを体のあちこちから発生させながら、ぶつぶつと呪文を唱え始めた。
「天の雷神よ、我が呼び声に応えたまえ。魔を討ち払いし雷鳴の轟を示し、全ての邪悪を砕く力を我が身に刻み込め」
何処か幻想的な声色の詠唱が終わる。
その瞬間、木刀の根元からバチバチという音と共に放電が始まった。
その放電はやがて根元から剣先まで伸びていき、木刀が一本の雷を思わせる様相に変貌する。
魔法を唱えた少年本人は手に雷が当たっても痛がる様子は微塵も見せない。むしろ木刀を握る手の力を更に強め、雷の威力を向上させていた。
「すげぇ……」
それはファンタジー系の物語で何度も見るような、まさに王道の『魔法』だった。
キュウビの炎と精神に作用する術が強い『道術』や、ダークナイトの魔法とは決して呼べない黒い魔力の災害とは全く毛色の違う技術。
俊介が感嘆の息を吐く中、魔法の雷がキチンと木刀に宿っていることを確認した彼は、再び高速で剣技を繰り出し始めた。
その剣技を見て、改めて俊介は思う。
このC棟の囚人の彼は間違いなく『
恐らくうちの殺人鬼でも、ヘッズハンターやエンジェルのような戦闘に長けた人格じゃないと勝てないほどの強さだろう。ニンジャやハンガーが絡め手なしの真っ向勝負で戦ったらかなり厳しいかもしれない。
強い仲間を探すという目的を持っている俊介は、少しでも彼の素性を知ろうと声をかける。
「あの……」
「…………」
「ちょっと話がしたいというか、その……」
「…………」
無理だった。
完全に俊介の言葉を無視して木刀を振り続けている。声は聞こえているはずだが明らかに無視されていた。
強い拒絶の意思を無言の表情から感じる。
学校ぼっちの俊介のスキルではここから何度も声をかけて仲良くなれる展望が一切見えなかった。恐らくウザがられて好感度が下がるのが関の山だ。
(魔法は見せてやるけど、それ以外は何も話す気がない……ってことなのかな)
内心でそう思う俊介。
これ以上無理に話しかけても何も進展はなさそうだ。一度引いた方がいいだろう。
最後に、俊介は高速で剣技を繰り出す彼の囚人服に目を凝らした。
胸元には『C-111』という囚人番号が黒い糸で刺繍されている。
その番号を頭の中に叩き込み、俊介は先ほど通った路地裏に踵を返した。
場面は変わり、C棟の監房エリア。
「……ってことで、『C-111』の囚人について何か知ってることない?」
「こ、候補見つけんの早くね~? まださっきの話終わってから二時間も経ってないんですけど……」
俊介は再びゼロツーの元を訪れていた。
刑務所内の情報に詳しく、同じC棟の囚人である彼なら何か知っているかもしれないと考えたからだ。
相談を受けたゼロツーは腕を組みながら悩む。
「それにしてもC-111か……全く知らないなぁ。この刑務所で大きな問題を起こしたことはないし、闘技場に一回も出たことがない、ってのは分かるけど……」
「つまり何も情報はない、と?」
「うーん……。僕様は闘技場に出場経験のある囚人については詳しく把握してるつもりだけど……それ以外の囚人については多分ジャンの方が詳しいんじゃない? アイツなら何か知ってるかもしれないよ」
「……ジャンか……」
俊介は苦々し気な顔を浮かべながら
闘技場の試合に無理やり乱入させられたり、その件についてまだ直接謝罪を受けていなかったりと、俊介はジャンに対してそれなりの苦手意識を持っていた。
それを察したゼロツーが慮るような声色で俊介に向かって言葉を放つ。
「まあ、仲良くしろって訳じゃないけど……。一応僕様からジャンにキツく言っといたから、もう一度話してやってくれないかな。お互い険悪モードじゃあ上手く行くものも上手く行かないし」
「それはまあ……そうだけど」
「それにさ、別に擁護するわけじゃないけど……ジャンは『宇宙海賊』って言ってただろ。そもそもの価値観が根本から違うんだよ。乱暴な世界の乱暴な職業で生きてた奴だから、受け入れがたいところもあると思う」
それはまあ……。
全然別の世界で育ってる訳だし、価値観の違いがあるのは当然だろうけど……。
「とにかく……もう一度話して、謝罪の
「……分かった」
俊介は短く返事を返す。
ここで嫌だ嫌だとごねても何も話が進まないのが分かったからだ。
集団行動で一つの計画を成す時、こういう嫌な事があっても時には我慢しなきゃいけないんだな……と齢17歳で遅まきながらに改めて実感する。
『学校でずっと一人ぼっちだった俊介ちゃんが、嫌なことをぐっとこらえて人と関わろうとしてるわ……成長したのね……』
『別にムカついた奴なんて吊り殺せばいいのによ。縄でキュッとしてさ』
『お前はもう少し抑えることを覚えろハンガー』
クッキング、ハンガー、ガスマスクの声が背後から聞こえる。
なんか妙に小恥ずかしいからやめてほしい。
俊介は後ろから聞こえてくる声をシャットアウトし、ゼロツーにジャンの居場所を尋ねる。
「ジャンが今何処にいるか知ってる?」
「うーん……多分闘技場の近くにでも行ってるんじゃないか? あいつあそこの美味しくない飯が舌に合うみたいだから」
「やっぱあそこのご飯不味いよな!?」
「え?……ああ……ジャンに乗せられて食べちゃったのか、君
憐みの目を向けてくるゼロツー。
『君
宇宙海賊の味覚は一体どうなってるんだ。
「闘技場は修復中だけど周りの店は通常営業してるはずだからその辺りを探してみなよ。あ……エッチな店もあるけど行かない方がいいよ。変な病気に掛かっても怖いし」
「行く訳あるか」
「冗談だよ。店の外に女の写真貼ってる所はそういう店だから、用事がないなら入らない方がいいね」
ゼロツーから妙な揶揄いを受けつつ、俊介は踵を返した。
今日は用事がないだろうと思っていた闘技場の方を目指し、再び歩き始める。
「倒れた鉄網上げるぞー! 力自慢の奴は縄掴んで一気に引っ張れー!!」
黒いビニールシートに覆われた闘技場のある北区。
昨日シスター・イートと俊介が戦闘の余波でグチャグチャにした闘技場は、司会者兼運営の男の陣頭指揮の元に復旧作業が行われていた。
運営が中々の給金を払っているのか、それなりの人数の囚人達が復旧作業に当たっていた。いや単純に一番の娯楽の闘技場が壊れたままだと暇だからという理由かもしれない。
俊介は復旧に当たる囚人達から目を逸らし、周囲の建物を見回す。
今日はこの辺りの区画に来る用事はないと思っていたがどうなるか分からない物だ。
きょろきょろと周囲を見渡し、食事を取れるような建物はないかと探していたが……らちが明かないのを察し、首に手を当てた。
「うーん……全員出てきてくれ」
その声に応じ、中から一斉に殺人鬼のみんなが出てくる。
そして周りの目に気を遣いつつ、全員に向かって言う。
「適当にその辺りを練り歩くから、行ける範囲でジャンの居場所を探してきてくれないか。俺一人だと時間掛かりすぎるわこれ。あ、念のためヘッズハンターは俺の近くに」
『わらわも傍にいたいのじゃ』
「お、おう……まあいいけど……。じゃあ、他のみんな頼んだ」
妙に圧のあるキュウビの迫力に負け、思わず肯定の意を返す俊介。
殺人鬼達が各々半径百メートルの行動範囲内を適当に散らばる中、キュウビとヘッズハンターと俊介の三人組がゆっくりと道を練り歩き始めた。
そして数分程歩いて人気のない道に入った所で、俊介が隣を歩くキュウビに話しかける。
「あのさキュウビ……そろそろ言おうと思ってたんだけど……」
『なんじゃ?』
「俺が知雫に何されたって別にそんな騒ぐことはないだろ? 危険なことされたわけじゃないし……」
『なっ、何を言っておるんじゃ俊介! 命の危険と貞操の危険は違うようで全く一緒なんじゃぞ!!』
「んな訳ないだろ……」
『一緒じゃー! なぜその危険性が分からん! 知雫はわらわに比べれば塵芥も同然じゃが、それでも一国の皇子の婚約者だったくらいにはほんのほ~んの少し優秀だった女なんじゃぞ! まあ皇子とその親はわらわが堕として、わらわが国の実権を実質的に握ったんじゃがな!』
「お前の方が危険だな」
俊介が冷静に言葉を吐くと、キュウビは更に顔を真っ赤にしてムキーッと怒り始めた。
『そもそもじゃなぁ!! あいつは俊介に何度も何度も魅了の術を使っとるんじゃぞ!! 何か良からぬことを考えているに決まっているではないか!!』
「……え? そんなの使われてたの?」
『ほらやっぱり気づいておらぬではないか!! そういう所が危険だと言っておるんじゃ!!』
「でもさ。魅了の術って言ったって、別に俺何ともないけど……」
『それはそうじゃろう! 知雫より道術が上手いわらわが何度魅了の術を掛けたって俊介はびくともせぬからのう! 知雫如きでは俊介の素の精神抵抗力を貫けるわけあるまい!』
「は? お前もやってんじゃねえか! ヘッズハンター!」
指示を受けたヘッズハンターがキュウビの背後に一瞬で回り込みチョークスリーパーを決める。
ぶんぶんと顔を横に振りながら大暴れするキュウビ。
『ヤメロー! わらわは悪くなーい!!』
「キュウビお前、いつの間にそんな術を俺に使ってたんだよ!」
『俊介が中学生の時じゃ! 初心な俊介をわらわの体にぞっこんにさせようと思っての! 挙句の果てにはぬちょぬちょも目論んでいたのじゃ!!』
「ヘッズハンター! 締める力強めろ!」
『おう!』
『ぐえええええっ!!』
キュウビも女性にしては力が強い方だが、人外の身体能力を持つヘッズハンターに敵う訳がない。
それにしてもキュウビの奴、気付かない内に魅了の術なんか俺に使いやがって……。
でもそれって何時のことだろう……。
…………あ!!
「そうか、あの時か……!」
俊介は脳裏に何時ぞやの記憶が思い出す。
それは中学生二年生の時、ほぼ血のつながった家族同然に思っていたキュウビに性的な意味で少しだけドキッとしてしまったことがあるのだ。*1しかしそれ以降は一切ドキッとすることがなかったので、多感な時期の一時の気の迷いと思っていたのだが……。
『いやでもアレおかしいじゃろ! 俊介の精神抵抗を苦労して一回貫いたと思ったらなんか勝手にグレードアップして、わらわがどんなに頑張っても貫けなくなったんじゃ!』
『余罪を自白するとは良い度胸だなキュウビ! 中学生以降も魅了の術使ってたんじゃねえか!』
『ぎゃーーーっ!! ちょっと陰道の禁術を使っただけじゃっ!!』
『なんだその物騒な名前の術は!? 使うなそんなもん!!』
更にヘッズハンターに締め上げられるキュウビ。
一度こいつは余罪を全て吐き出させておく必要があるかもしれない。ある意味実体のある知雫より危険かもしれん。
そうして俊介とヘッズハンターがキュウビに罪をゲロゲロさせていた時、トールビットが壁をすり抜けてひょこっと戻ってきた。
『おーい、俊…………なにしてんの?』
「キュウビに罪を吐き出させてる」
『へえ、そうなのかい。……私がやろうか?』
「いやトールビットに任せるのは流石にグロすぎる……」
彼女に一度任せてしまうとキュウビの耳が机の上にぽんぽんと二つ並べられる事態が発生するかもしれない。流石にそれは可哀そうだ。
残念そうに肩をすくめるトールビット。
そして親指で俊介の背後の道をくいっと指さし、言葉を吐いた。
『見つけたよ、例のジャンって男。よく分かんない店でよく分かんない物食べてた』
「よく分からない物……?」
『何かナメクジみたいな』
「ナメクジ……!?」
一体何を食っているんだあの男は。
俊介は聞いただけで食欲を失いそうな物を食べているジャンの姿を想像して顔をしかめるが、すぐに表情を元に戻し、トールビットに案内を頼む。
「じゃあトールビット、道案内よろしくな。ヘッズハンター、キュウビを解放してあげな」
『はいよ』
『ぐえっ。く、首が痛いのじゃ……』
けほけほと咳をするキュウビの肩をトールビットが持ち、四人で道を歩いて行く。
道中でジャンを見つけた面々が続々と戻ってきたが、トールビットが一番に見つけたと聞いて悔しがっていた。誰が早く見つけるかの宝探し的なゲームをやっていたみたいだ。何やってんのさ。
やがて全員が集まり、ぞろぞろと13人の殺人鬼を後ろに連れながら歩く。大名行列みたいだ。
わちゃわちゃと後ろで騒ぐみんなの声をシャットアウトしつつトールビットの案内に従っていると、やがてジャンがいるという店の前に辿り着いた。
店……と言うより、それは屋台だった。
自走式のおでん屋のような、車輪がついていて自由に動かせるタイプの屋台。客が座るところにはちょうど頭が隠れる程度の長さの暖簾が付いている。暖簾には何の文字も書いておらず、何の料理を作っているのかは分からなかった。
まあここで飯を食う予定はないので何を作っていても関係ない。
そしてその屋台の客席の一番端に、見覚えのある背中が一つ。
何も喋らずに黙々と食事を食べ続けているジャンの姿があった。
「…………」
俊介は無言のまま、暖簾を手で掻き分ける。
すると誰かが来たのに気付いたジャンが俊介の方を振り向き、口に物を含んだまま声を出した。
「ん……おっ、俊介っち!」
「口に物含んだまま喋るなよ……」
「あ、そうか。この世界じゃそれがマナーだったっけ、失敬失敬」
「……いや、俺も細かいこと言いすぎた」
軽く謝罪をしつつ、俊介はジャンの隣の席に座る。
目の前にはおでん……に似ているが決しておでんではない、中身が詰まった五センチくらいの白い袋がぐつぐつと出汁の中で煮込まれていた。
何だこれ……?
「大将。こっちの子にも……そうだな、適当に見繕ってやって」
「へい」
ジャンが勝手に注文をする。……別にここで食事を取るつもりはなかったのに……。
しかしここで断るのも悪いと思い、俊介は大将と呼ばれた強面の男が鉄棒で白い袋を持ち上げるのを覚悟を決めた瞳で眺めていた。
その時、ジャンがこくこくとコップの中の水を飲み込み、コトンと音を立てて置いてから話し始める。
「……俊介っち……」
「ん?」
「あのさ。この世界では、人を騙し討ちするのは当たり前じゃないってゼロツーに怒られちゃったよ」
「……そっか……」
真面目な雰囲気の話だと察し、俊介が少しだけ姿勢を整える。そしてジャンの方に顔を向けた。
気まずそうなジャンは視線を机の染みを目で追うように右往左往させつつ、ぽつぽつと語り始める。
「俺は両親が宇宙海賊でさ。でも両親は生まれたばっかの時に殺されちゃって、母親代わりだった女性型のアンドロイドも俺が8歳の頃に他の海賊に奪われちゃったんだよね」
「…………」
「そのアンドロイドを奪った海賊も、俺が15歳の頃に叩きのめしたんだけど。……まあ飯時に詳しくする話じゃないから簡潔に言うけどさ、散々慰み者になった後にパーツごとにバラされて色んな所に売られたんだって。とっくに死んでた……いやアンドロイドだから死ぬってのは変な言い方かな」
「…………」
俊介は相槌を打つことすらできなかった。どういう言葉を言えばいいか分からなかったのだ。
しかしジャンは無言の俊介にひたすら話を続ける。
「色んな所に売られたパーツをかき集めて、形見にしようと下手くそなりに一丁の拳銃を作ってさ。ぶっちゃけ弱くて殆ど使えた物じゃなかったけど、なんとか強くしようと思って色々勉強してたらいつの間にか銃マニアになっちゃって……いやこの辺りの話は関係ないか」
「いや、関係ないことないよ。何を話してくれたって構わない」
「……そっか」
ジャンの目が更に伏せられる。
その声色がどんどん低い物に変貌していく。
「結局元の世界ではずっと独りでさ。周りの海賊は裏切りと騙し討ち上等の奴らばっかで関わる事もなかったし……実の所、集団で何かしようっていうのはこれが初めてなんだ」
「…………」
「言い訳になるかもだけど、騙し討ちをされた俊介っちが俺を悪く思うなんて……そんな、この世界では当たり前のことすら分からなかったんだ。生まれた頃から騙し討ちばっかされて、俺は何も思わなくなってたから……」
その時、大将が見繕った白い袋の煮物が皿に乗って俊介の前に置かれた。
しかしそれに口を付けようとは思わず、付ける気分にもならず、ただジャンの話を聞き続ける。
「俊介っち。俺……実は前の人生で一度も謝ったことがないんだ」
「そうなのか」
「だからゼロツーに謝れって怒られても俺、謝り方が分かんなくてさ……。こういう本当に真面目に謝らなきゃ駄目な時って、どうするのが正解なんだ?」
「……頭を下げて、すみませんでしたとか……多分そんな感じだと思う。俺もキチンと謝るのって慣れてないからよく分かんないけどさ……」
「そっか、そうするのか……」
そう言うと、ジャンは突然立ち上がった。
そして暖簾を掻き分けて屋台の外に出る。俊介は椅子に座ったまま体の向きを変え、外に出たジャンに目を向ける。
「…………っ」
ジャンは少しだけ躊躇ったような顔を見せた後、眉間にしわを寄せて覚悟を決める。
そして勢いよく頭を下げて額を地面に着けた。謝罪の仕方を知らぬ彼だったが、頭を下げるのが礼儀と知り、自分が一番頭を下げられる所まで下げたのだ。
「本当にすみませんでした! 俊介っち!」
「…………」
俊介は唐突に土下座をしたジャンに驚きを隠せぬまま、言葉を聞き続ける。
「実は結構、集団で何かをするのって楽しくて……! 俊介っちにとっては大事なことなのに『楽しむな』って言われるかもだけど! そのえっと……」
「…………」
「ゼロツーは俊介っちの強さが一番大事ってな風に言ってたけど、俺は強さ関係なしに俊介っちとはもっと仲良くしていきたいと思ってる! それがきっと、もっと楽しくなる方法だと思ってるから!」
「…………」
謝罪の時に『楽しむ』だとか、そういう事を言うのは本当はよろしくないのだろう。
しかしそれがジャンの包み隠さない本音の吐露だと感じ、俊介は冷静に聞き続けた。
「闘技場での件は俊介っちの強さを確かめるためにやったけど、今ならアレが悪いことだって分かる! でも……他にも俺は分からないことだらけだし、俊介っちをいつの間にか怒らせちゃうかもしれない……。だけど今からでも、俺は俊介っちと仲良くやることは出来ないかな?!」
無言のままジャンの吐露を聞き続ける俊介が強く感じていたのは。
ゼロツーが言っていた『価値観の違い』……それの本当の意味だ。
この国で産まれて生きた者は、学校での道徳や生活を通して『人を裏切らない』とか『謝ることの大切さ』などをいつの間にか学んでいく。
だから人に裏切られると不快感を感じるし、相手から謝られないと嫌な気持ちを感じる。それが無意識のうちに作られた価値観なのだ。
しかし全く違う場所。
誰かに裏切られると怒る。
俊介にとって当たり前のことは、ジャンにとっては全く未知の価値観なのだ。
(今まで出会ってきた人格が、それなりにこの世界と似通った価値観の持ち主だったから分かっていなかったんだ。色んな世界から色んな人格が来てるんだから、『何が悪いのか』の価値観が全く違う奴もいて当然だったんだ……)
相手は自分とは全く違う人間で違う考え方を持っている。
それは分かっていたはずなのに、何が悪いことかの『価値観』くらいは一緒だろうと無意識に思っていたらしい。何をすれば相手が怒ると当然分かっているだろうと思い込んでいたらしい。
「いや……俺もきっと、まだ大事なことが分かってなかったんだ」
俊介は額を地面に付けるジャンに近寄り、その肩を持って頭を上げさせる。
「こっちこそ、本当にごめん。キャプテン・ジャン・イーグル」
「えっ……」
「騙し討ちされたことは正直まだ怒ってるけど……。でもいつか、俺の行動でジャンを怒らせてしまう時が来るかもしれない。俺達はお互いに生きた場所が違うから、何が相手にとって駄目な事なのかもお互いに分かってないんだ」
そうして頭を上げたジャンに対し俊介も一度深く頭を下げた。
十秒ほど経った後に頭を上げ、彼の目をしっかりと真正面から見据える。
「俺はこれから『嫌だ』と思ったことはジャンにしっかり言うようにする。だからジャンも嫌な時はしっかり本音で言ってくれないか。そうすればきっと、俺達は今より仲良くやれるようになるから」
「……そうか。仲良くするには本音で話すのが一番だったんだな……」
お互いの価値観のすり合わせ。それは嫌だと思ったことを本音で話し合うことでしか出来ない。
そしてお互いに許容するのだ。価値観の違いによって起こったことに怒りはしても、キチンとすり合わせた上で許したならば、次はきっと同じことは起きない。
そう信じて行動していくのが、全く違う人間と関わっていく上で大事なこと……なのだと思う。幸いなことに俺達は人間同士で、拳よりも言葉の方が早く届くのだから。
ジャンと俊介は同時に立ち上がる。
そして膝に付いた砂を払いながら、ジャンは頬をぽりぽりと指で掻きつつ言う。
「……じゃあ、早速本音で話してもいい? 俊介っち」
「ああ」
「真面目に謝るって、なんでか分かんないけど結構恥ずかしいもんだね。初めてなのに一瞬躊躇っちゃったよ」
「……まあ、そうかもな。でもそれが本音ってことなんだと思うよ」
「そっか……」
何かを噛みしめるように手のひらを見つめ、硬く握りしめるジャン。
そして自身の両頬をパン!と勢いよく叩いた。
「じゃあ今から2人でご飯食べよう! まだまだ腹減ってるし! これも俺の本音ってね!」
「え? ああ、うん、おう……」
「さーさー遠慮なく座って! この屋台の代金は俺が奢るから! あ……闘技場の賭けで負け込んでるってのも嘘なんだけど、これも俊介っちは怒る?」
「まあその嘘は何となく分かってたけど……。こっちが不利になるのが分かってて吐く嘘は嫌いかな」
「そうかそうか。じゃあこれから気を付ける!」
ジャンに押されるように俊介は先ほど座っていた席に座り直す。
目の前には、ほかほかと湯気だつ謎の白い袋。今までに嗅いだことのない匂いがする。例えるなら……薬品棚を開けた時の匂い?
なぜ出汁っぽい物で煮込んでるのに薬品棚の匂いがするのか。
そして食べ物なのにそんな匂いを漂わせるこれは何なのか。
「さーさー! ここの奴は絶品だから! 宇宙なめくじを煮た時みたいな味がして!」
「う、宇宙なめくじ……!?」
なんだそのおぞましい生命体は。
し、しかし。
期待に満ちたジャンの視線の手前、怖いから食べないとか拒絶するのはかなり忍びない。
恐る恐る、傍にあった箸の先を袋に突き刺す。そして左右に少しだけ開く。
……中には炒められた肉らしき物が見えた。
(? 白い皮の中身に肉……。もしかして、出汁で煮込んだ肉まんもどき的な感じなのか?)
いや自分で言っててどんな料理だよとは思うが。
これ以上躊躇っていても仕方がない。
男は度胸。ここぞと言う時には挑戦しなければならない。
この瞬間が俺にとってのそれだ!
俊介は意を決して白い袋を箸で摘まみ上げ、勢いよくかぶりついた。
もくもくと口の中で咀嚼した後、ごくりと音を鳴らして飲み込む。
期待するような目で顔を見てくるジャンに対し、俊介は無意識のうちに思わず呟いてしまった。
「うん不味い」
「えっ」
価値観の違いは許容できても味覚の違いは許容できなかったよ……。
長い移動の描写をカットしてサッと場面転換するのに水平線が便利すぎる……移動の文字数を削って重要な話に文字数を使えるから一話辺りの濃密度も増してお得……
ただ水平線を多用しすぎる癖ができてしまいそう
水平線!便利すぎるだろ!反省しろ!