殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#111 食事と餓死

 

 

 

 

 

 俊介はシスター・イートに連れられて西区のとある料理店に来た。

 窓がないトタンの壁と天井、机は木製の円テーブル。椅子もシックな色合いの木で出来たものであり、厨房らしき場所から鼻孔をくすぐる匂いが店中に漂っている。

 二人が移動している間に昼飯にはちょうど良い時間になっており、店の中は大勢の人で賑わっていた。

 

 ……しかし。

 俊介とシスター・イートの両名が入った瞬間、店の中の人間が一斉に静まり返る。

 そしてヘッズハンターと同調して向上した聴力でギリギリ聞き取れるほどの小声で、店中の人間がひそひそと話し始める。

 

「おい、シスター・イートがなんでこんな店に……」

「もう一人の方は昨日シスター・イートとやり合ってた奴だぜ」

「どっちも試合のお祝い会なんてするタマに見えねえぞ……」

 

 昨日の闘技場の件は刑務所中にそこそこ伝わっているらしい。

 まあウィザードも知ってたくらいだし驚きはしない。

 

(それにしてもシスター・イートってこの刑務所で本当に有名なんだな。道を歩いてる時も大抵の囚人が恐怖の目を向けてたし……)

 

 俊介はそんなことを思う。

 彼女と対等以上にやり合っていた自分も同じくらい恐れられているのには一切気付かなかった。

 

 

「少しお待ちください」

 

 シスター・イートは隣にいる俊介に静かにそう言う。

 そして巨体にそぐわない静かな足音で前に進み、店の奥にいた店員らしき強面の男に話しかける。

 強面の男は腕を組みながら自分より大きいシスター・イートの顔を見上げた。彼女は怖い顔の男と目を合わせても一切柔和な笑顔を崩さず、口を縫う鉄の糸の隙間から声を出す。

 

「お店の中をお騒がせしてしまい申し訳ございません。このまま店先に座っていると皆さまが落ち着かないと思うので、奥の方の席に案内していただけませんか?」

「……分かった」

 

 男は静かに返答した後、チラリと入口の方に立つ俊介の方を見る。

 そして二人に『ついて来い』というジェスチャーをし、店の奥に歩いて行った。シスター・イートと俊介はその背中を追いかける。

 囚人たちの奇異の視線にさらされ、俊介は少しだけ身を縮こませながら歩いた。

 

「……ここだ」

 

 二人が案内されたのは店の奥まった場所。

 しかも粗末な物ではあるが、他の客たちとは扉で物理的に遮断されている個室であった。

 窓はなく、円テーブル一つに椅子が四つほど置かれているだけの狭い空間。いざという時に逃げるには壁をぶち破るしかなさそうだ。……トタンの壁くらいなら多分何とかできるだろう。

 

 俊介は適当な椅子に座り込む。下座上座は一切気にしない。

 そしてシスター・イートも俊介の対面の席にゆったりとした動きで座った。

 

 部屋の中をきょろきょろと見回した後、俊介は店員の強面の男に聞く。

 

「その……料理のメニュー表的なのはないんですか?」

「ない。基本的に口頭で今日作ることのできる料理を伝える」

「あっ、そうですか」

 

 そういうシステムらしい。

 俊介は少しだけ座る姿勢を直し、男が言うメニューを聞く。

 

「今日お出しできるのは『月光サラダパエリア』、『マジカル・ムーンチーズリゾット』、『ウィングローストチキン』だな」

「…………」

 

 弱ったな……。

 メニューの大体の想像はできるのにどんな物が出てくるのか分からない。

 どうして既存の料理名の前によく分からない単語がくっ付いてるんだ。月光とかマジカル・ムーンとかウィングって何?

 

 少しの間悩んだ末に、俊介は指を一本立てながら強面の男に言う。

 

「……じ、じゃあとりあえず、ウィングローストチキンで」

 

 ローストチキンって言うくらいだし、まあ焼いた鳥の料理が出てくるんだろう。

 ウィングって言うのがちょっと怖いけど、鳥なんて基本的に飛んでるんだしウィングって単語が頭に付いててもおかしくないだろう。多分。

 

 そして強面の男がシスター・イートに顔を向ける。

 彼女は特に悩む素振りもなくすぐに言葉を吐いた。

 

「私は先ほどのメニューを全て三つずつお願いします」

「分かった」

 

 めっちゃ食うな……。

 そういえば値段を聞くのを忘れてたけど、まあシスター・イートの奢りだしいっか。

 

「ではまた後でお持ちする」

 

 強面の男は恭しくお辞儀をした後、扉から出て行った。

 この刑務所に収監された人物とは思えないくらいにしっかりとした礼だった。

 俊介が感心した様子で閉められた扉を見ていた時、部屋の外からガッシャンと勢いよく物が倒れるような音が響く。

 

「ヤバい店長が恐怖で気絶した!」

「人食いシスターとそれをボコれる奴と個室に入ったらそりゃそうなるだろ!」

「誰か気付け剤持ってこい!」

 

 ……怖かったんだなぁ。

 

 

 俊介が扉から視線を外し、シスター・イートの方に顔を向ける。

 彼女は自分より座高が低い俊介と目を合わせ、静かに話し始めた。

 

「さて。早速ですが……お話を始めてもよろしいでしょうか?」

「……分かった」

 

 その時、俊介はチラリと自身のすぐ傍に目を向ける。

 そこにはクッキングとサイコシンパス、ヘッズハンターにドールの四人が立っていた。

 

『……クッキング。さっき移動しながら伝えたことは理解できたか?』

『ええ。目の前のあの子が、私の簡易的な身の上話に反応してたって話でしょ……』

 

 シスター・イートと俊介がこの店に来る途中、ヘッズハンターがクッキングに事の経緯を伝えていた。

 曰く、闘技場の試合後に俊介が彼女にクッキングの簡易的な身の上話をしたこと。

 曰く、それに対してしらを切るような反応を見せながらも、性別までは話していないのにクッキングのことを『男』だと分かっていたこと。

 曰く、食人鬼になった彼女のことを俊介はクッキングに伝えるかどうか迷っていたこと。

 

『……俊介ちゃんが私に隠そうとしていた理由は分からないでもないわ。もしあの子が私の関係者だとしたら、もし私の孤児院にいた子なら、私のせいで食人鬼になってしまったって悩ませてしまうかもしれないと思ったんでしょうね』

『…………』

『そして今話してくれたのは、シスター・イートが自分から接触してきたことで、私にそのことをいつまでも隠し通せないと思ったからかしら』

『多分、そうだ』

 

 ヘッズハンターの肯定の言葉に、クッキングは顔を伏せる。

 

『相変わらず私のことを気遣ってくれるのね、俊介ちゃんは。……でもね』

 

 クッキングは柔和に微笑むシスターの方を見ながら、辛そうに、そして何かを思い出すように目を細める。

 そして口から絞り出すような声色の言葉を吐いた。

 

『私、初めて彼女に会った時から何となく感じてたの。……彼女が私の孤児院にいた子で、多分、『あの子』だってことまで』

『…………個人名まで分かってるのか』

『ええ。外れていて欲しい予測ではあるけどね……』

 

 俊介はクッキングの辛そうな吐露を聞き、内心で驚く。彼にはシスター・イートの前世の正体が誰かまで何となく分かっているようだ。

 しかしそんな驚きを一切表情に出すことなく、俊介は目線を彼女の方に戻した。

 

 

 シスター・イートは机の上で手を組みながら、優しい声色で話し始めた。

 

「……昨日、お弁当を食べた後に……ふと思い出したのです」

「何をだ?」

「貴方様が昨日闘技場でお話しされたことですよ。孤児院の料理番をしていたという御方についてです」

 

 俊介は少しだけ椅子を引き姿勢を整える。彼女から少しだけ嫌な雰囲気が漏れ始めているのに気付き、いつでも逃げられるように準備したのだ。

 そんな俊介の思いなどつゆ知らず、シスター・イートは声色を変えずに語り続ける。

 

「私にとっては些末なことなので、ついつい忘れてしまっていたのです。もうこの世界に来てから11年か12年は経っていますので」

「11年か12年……よくそれだけの間、外で人食いがバレなかったな。この国の出身なのか?」

「いいえ。私はこの世界の『欧州』という場所に産まれ、その後各地を点々としながらこの国に渡って来たのです。そして日本に来て何度かお食事をした後に、人対の翠という方に捕まりました」

 

 海外生まれか。

 確か日本で榊浦親子が浮遊人格統合技術を開発し、15年前に10歳の子供に注射を義務付けられるようになった。

 そしてそれを色んな国が真似るようになったって話だから……うん、時系列的には間違っていない。

 それにシスター・イートはどう見ても日本人の髪色とか目の色じゃないし、多分本当なんだろう。

 

 しかし翠さん、よくこんな食人鬼を見つけて捕まえたな……。

 いや、人対っていうのはそれくらい捜査能力があって強くないと務まらないのかもしれない。

 

 

 

 俊介がそんなことを考える中、シスター・イートが仕切り直すように咳払いをし、語り始める。

 

「お話ししたいのは今の私ではなく、前の私についてです」

「ああ」

「前世で私は、とある孤児院におりました。顔も名も知らぬ親が孤児院の前に赤ん坊の私を捨て置いたそうです。そして当時の院長が私に知恵を意味する『グリモア』と名付けました」

『っ――――』

 

 彼女が名を名乗ったその瞬間、クッキングが膝から倒れ込んだ。そのまま手を床に付いて冷えた汗を顔からぽたぽたと床に垂らす。

 ヘッズハンターやドール、サイコシンパスが焦った様子で彼の肩を支えて立たせる。

 俊介が一瞥しただけで憔悴していると分かるクッキングは、ぼそりと呟いた。

 

『グリモアちゃんなのね……やっぱり……』

『無理をしなくてもいい。中に戻ってもいいんだぞクッキング』

『大丈夫。最後まで聞かせてちょうだい……』

 

 苦しそうな声でサイコシンパスの言葉に返答するクッキング。

 俊介は内心で彼のことを心配しながらも、視線はシスター・イートから外さずに話を聞き続ける。

 

「孤児院で私はそれなりに育ち、凡そ7歳になったころ、孤児院にとある男性が訪れました」

「…………」

「元々王様への料理を作る料理人だったそうですが、何かの理由で首になり、この孤児院に来た。子供だった私には特にそれくらいしか聞かされませんでした」

 

 実際に聞いてみるまでは、シスター・イートがクッキングの関係者なのかは半信半疑だった。

 だが彼女がさも当たり前のようにクッキングの身の上話を話し、それにクッキングが強い反応を示している辺り、二人が関係者だというのは本当に真実らしい。

 

 しかし、一つ気がかりな点もある。

 

 先ほどからクッキングの反応が強すぎる点だ。

 確かに自分の孤児院の孤児が食人鬼になっていて、その原因が自分だというのは優しいクッキングにとって何より辛い出来事だろう。 

 しかしそんな事情を鑑みたとしても、クッキングの滝のような冷や汗は些か過剰な反応にも思える。まるでこれから先に、もっと酷い何かが待っていると予感しているような…………。

 

 そんな俊介の思考を他所に、彼女は話し続ける。

 

「その男性は宮廷料理人の名に恥じぬ美味しい料理を作り、いつしか『コック』と孤児の皆から呼ばれるようになりました。私も好きでしたよ、その御方が作る料理は。今は何も感じないでしょうが」

「……何も感じない?」

「話の続きで分かります。そのご質問はもう少しお待ちください」

 

 何も感じない……料理の味を感じないという意味だろうか。

 俊介はそんな風に考えながらも話の続きに傾聴する。

 

「しかし私が11歳になったばかりの頃、他国との戦争が始まりました。その戦争のせいで食料品等の値段が跳ね上がり、孤児院の食卓に並ぶ食事も一気に貧相なものへと変貌しました」

「貧相……」

「どうやら戦争相手の国が酷い工作をしていたようです。孤児院のみなが飢えをしのぐために様々な工夫を凝らしました。爪を極限まで噛んだり、丸めた布を口に含んで気を紛らわせたり……」

 

 その話を聞き、クッキングの前世はとても酷い状況に追い込まれていたんだなと再認識する。

 現代社会の日本で飢えを感じることは早々ない。だからその暮らしがどれだけ酷いものだったのかは、想像はできても共感することは俊介にはできなかった。

 きっと共感できるとしたら、それは実際に極限の飢えを体感した人物だけだろう。

 

「そんなある日のことです。先ほどのコックが『運よく大量のお肉が手に入った』と言い、久々に食卓に豪勢な料理が並びました」

「っ……」

「空腹は最高のスパイスとは言いますが……あれほど美味しい料理を食べたのは、前と今の人生を含めて本当に一度きりです。孤児院のみながお腹いっぱいで眠ったのは本当に久々のことでした」

 

 話の流れとクッキングの身の上話から、俊介にもその『大量のお肉』の正体が何なのかは分かった。

 クッキング自身が殺し、下処理し、調理した……まごうことなき『人肉』である。

 

 

「その日から定期的に食卓には豪勢な料理が並びました。コックは『安く肉を売ってくれる伝手を見つけた』と言っていました。尤も、それは真っ赤な嘘だったわけですが」

 

 シスター・イートの言葉は真実だ。

 なにせクッキングは安く売ってくれる伝手なんて見つけていない。自分で調達していたのだから。

 

「私達が豪勢な食事に舌を打つ中でただ一人、コックは以前までと同じような貧相な食事を取っていました。思えばそれは、その肉の出所を唯一知っていたからなんでしょう」

「人肉だから、ってことか」

「それ以外に何かありますか?」

 

 一瞬だけ彼女の言葉の語尾に怒気が混じった。

 ……シスター・イートは、クッキングのことを憎んでいるのだろうか。

 

「ひとまずコックのおかげで飢えを凌いでいたある日、院長が病で亡くなりました。元々年老いていた上に持病を患っていたので、殆ど寿命と言っていいでしょう。……そして一週間も経たないうちに新しい院長が訪れました」

「…………」

「新しい院長はどうやらお金持ちだったようで、私達にチョコレートなどの洋菓子をよく配っていました。そして……新院長が来てから、孤児たちの里親もぽつぽつとですが見つかるようになっていきました」

「里親か。……食うものにも困る戦争中だったんだろ? 孤児を引き取る余裕なんてあるのか?」

「いいえ、ありません。私も最初の里親が見つかった時点で気づくべきだったのですが、私が遅まきながらも違和感を覚えたのは既に6人の孤児が里親の元に行ってしまった時でした」

 

 息を呑む俊介。

 誰しも余裕のない状況で孤児という食い扶持を増やすような行為はしたくないはずだ。

 それに彼女達が気づかなかったのは身も蓋もないがまだ幼かったからだろう。里親が見つかった喜びで舞い上がり、その裏に何が隠れているのかすぐには気づけなかったのだ。

 

「私は里親の件について問いただそうと、新院長の部屋を訪れました。……そこで見たのです」

「何を……?」

「新院長とコックが酷い言い争いをしていて、その後にコックが新院長を刺し殺すところをです。『奴隷』や『人身売買』という単語をしきりに口にして、怒鳴り合っていました」

「…………」

 

 クッキングが奴隷や人身売買に関係しているとは思えない。

 恐らく新院長がそれに類することに関わっていたのだろう。

 

「コックはその後、新院長の遺体を何処かに持っていきました。それは長年過ごしていた私も知らない孤児院の地下で……あからさまに何人もの人間を解体したと分かる血しぶきや物体がありました。そこで私は『大量のお肉』の出所を知ったのです」

「……そこから、どうしたんだ?」

「無論、孤児院に残っていた孤児と見たものを共有しました。みな怖がっていましたよ。今まで食べていたものが人肉で、コックが自らそれを調達して解体していたというのですから」

 

 流石にその辺りは弁護することができない。

 いくら最悪の状況まで追い込まれていたとしても、人を殺して料理していたなんて怖がられて当たり前だ。

 

「そしていずれ、話は『コックが私達すらも殺そうとしているのではないか』というものに移り始めました」

「…………」

「この世界ではどうやら違うようですが……殺されるくらいなら殺す、というのが私達の世界の常識でして。文化レベルというのがこの世界より全体的に随分と低い国だったのです」

「……おい、まさか……」

 

 シスター・イートの少し勿体ぶったような話し方に、俊介が何やら嫌な予感を感じる。

 クッキングが俊介に宿っているということは、当たり前だが前世で死んでしまったからこの世界に訪れ、俊介に偶々宿ったということである。

 そしてクッキングは殺されたとは言っていたが、その殺した人物が誰かまでは言っていない。

 しかし背後から奇襲されたとしても、クッキングなら死ぬまでに一度だけは見ることができたはずなのだ。自分を刺し殺した人物の顔を。

 

 そんな俊介の嫌な予感を外さない言葉を、彼女が吐いた。

 

「私が料理をしているコックを、後ろから()()()()()んですよ」

「――――ッ!!」

 

 俊介は思わず立ち上がった。椅子が背中から床に倒れ込む。

 目の前のシスター・イートがクッキングを殺した張本人だと知り、一瞬だけ思考が色々な感情がごちゃ混ぜになって思考が飛んでしまったのだ。

 

 しかしすぐに冷静さを取り戻し、視線をクッキングの方に向ける。

 クッキングは首をふるふると横に振り、手で『落ち着いてもう一度座って』と指示してきた。俊介は少しだけ躊躇ったものの、椅子を起こして座り直す。

 

「お話を、続けても?」

「……続けろよ」

「安心してください、もうすぐ終わりですよ。私もやっと本題に入れそうで嬉しいです」

 

 彼女はトントンと指で机を叩きながら、話の続きを紡ぐ。

 

「コックを殺した後ですが、戦争は全く終わる気配を見せませんでした。そして新院長もコックもいなくなった孤児院で新しい食料を手に入れる伝手などあるわけもなく……どうなったかはお分かりでしょう?」

「……揃って餓死した……ってことか?」

「ええ、概ね正解です。私以外の孤児は早々に飢えて死にました」

「私以外?」

「私だけは孤児の死体を食べて生き延びたのです。少し腐りかけでしたが、コックの死体も食べました」

「は……?」

 

 俊介は思わず声を漏らす。

 

「食人を嫌がってたんじゃないのかよ……?」

「生き残る為にはそうするしかなかったのです。……と言っても、コックを殺してから一ヵ月もしないうちに私も餓死してしまいましたが」

「…………」

 

 想像を絶する過去に言葉を失う俊介。

 『飢え』とはここまで人間の何かをおかしくさせてしまう物なのか。

 人間の三大欲求の一つ。恐らくその三大欲求の中でも一番と言っていいほどに強い食欲が満たされないというのは、簡単に人間を狂わせてしまうらしい。

 

「そして私は人を食べすぎたせいか、味覚が『人の味』以外を感じられなくなってしまったのです。依然として、私は人間以外に味覚を彩らせる物を知りません」

「……だから、何の料理を食べても『何も感じない』のか……」

「はい。これは心因性のストレスなのか、はたまた私が人でない物に近づいてしまったのか……。孤児院のみなとコックを食べてから、妙に体の力も強くなりましたしね」

 

 そう言いながら、シスター・イートは木製の机の端を指でつまむ。

 そして柔らかい豆腐のように厚さ一センチはある木製の机の一部を千切り取った。

 

 人を殺したらいきなり身体能力が跳ね上がったヘッズハンターの先例がある。

 何か科学的な反応があったのか、科学では説明のつかない何かがあったのか、人を殺した瞬間に目覚める才能があっただけなのか……。

 一体どういう理屈かは分からないが、彼女もそれに類する何かの恩恵を受け取ったらしい。

 

 

 俊介がそう考える中、シスター・イートが身を正す。

 そしてにっこりと微笑みを浮かべ、俊介に言葉を吐いた。

 

「私の身の上話を最後まで聞いて下さりありがとうございます。それで、今からが本題なのですが」

「ああ」

「あなたのことを食べさせていただけませんか?」

「は?」

 

 思わず俊介の口から声が漏れた。

 彼女が唐突に吐いた、意訳して『あなたを殺させてください』という発言。

 そんなの了承するわけがないし、そもそも一体何を思って唐突にそんなことを言ったのか。

 俊介が顔をしかめていると、シスター・イートが息を吐きながら理由を説明し始める。

 

「昨日の闘技場のお食事後……あなたが明らかにコックの身の上話をして、私に何か知っていないかとお聞きになったでしょう」

「まあ、聞いたけど……」

「私もあの時は少し驚いて、思わずしらを切ってしまったのです。ですがお弁当を食べながら色々考えて、ふと思いついたのですよ」

 

 そう言いながら、シスター・イートは自身の右手を口元の糸に伸ばした。

 昨日も見た、彼女が食事という名の食人行為を行う時の準備動作だ。

 俊介は椅子を更に引きいつでも動けるように姿勢を整える。

 

「コックが自身の過去をそう簡単に話すのでしょうか。食人だなんてこと、まさか他人に気軽に話すとは思えません。もし知っているとしたらそれは……運命共同体である『宿主』くらいのものでしょう」

「…………」

「そしてあなたは先ほどから、何もない部屋の隅に幾度も視線を向けていました。私には見えませんが……そこにいるんでしょう? 私達に人を食べさせておきながら、自分だけは別の物を食べ続けていたコックが」

 

 どうやら俊介がクッキングの身を案じるために何度も視線を向けていたのがバレていたらしい。

 シスター・イートが口を縛る糸を抜きながら立ち上がる。

 彼女が座っていた椅子が勢いよく床に倒れ込むが、一切気にする様子はなく、俊介に強い食欲を孕んだ目を向ける。

 

「昔から思っていたのです。私がコックを食べた時、彼は既に腐りかけていました」

「…………」

「それでも充分美味しかったのですが……もし彼が腐りかけていなかったのなら、どれほど美味しかったのだろうかと」

 

 俊介は座ったままでは避けられないほどの身の危険を感じ、椅子を引いて立ち上がる。

 そんな俊介に対し、シスター・イートは耳元まで裂けた口で飢えた猛獣の如き食欲を込めて微笑んだ。

 

「ですので、今からコックに体を変わって、あなたを食べさせていただけないでしょうか? 今度こそ腐っていない彼を食べられると思うと、私は居てもたってもいられなくなったのです」

「変わる訳ねーだろ、舐めんな!!」

 

 俊介が拳を構えて戦闘態勢を取る。

 そしてシスター・イートが目の前にある邪魔な机を吹き飛ばそうと、血管がビキビキと浮かんだ手を振り払おうとした瞬間。

 

 バン!! と音を立て、勢いよく個室の扉が開かれた。

 

「ちわっス!! 大変お待たせしました、お料理をお持ち――――」

 

 部屋の中に入って来たのはピアスを大量に着けた、チャラそうなA棟の囚人の店員。

 見事な器用さで俊介とシスター・イートの頼んだ全ての料理を持っており、ほかほかと良い匂いが部屋の中に漂い始める。

 

 そしてその店員は今まさに暴れ始めようとしている二人を見て、顔中にだらだらと汗を流し始める。

 

「あ、す、すいません……」

 

 そそくさと体中に持った料理を神速で机の上に置き、脱兎のごとく部屋から逃げ出した。

 今まさにシスター・イートがひっくり返そうとしていた机の上に大量の料理が湯気を立てて並ぶ。

 

「…………」

 

 俊介は未だに戦闘態勢で構えていたが、シスター・イートは毒気が抜けたように手に込めていた力を緩めた。手の甲に浮かんでいた血管が沈んでいく。

 そして自分で倒した椅子を起こし、ゆったりとした動作で食卓に着く。

 用意された食器を掴み、鉄製のフォークとナイフでよく焼かれた鶏肉の料理を切り分け始めた。

 

 そんな、先ほどまで自分を殺そうとしていた彼女の急な変貌ぶりに俊介は驚きを隠せない表情を見せる。

 

「な、何普通に食い始めようとしてんだよ。さっきまで俺を殺そうとしてたくせに」

「私はお食事を無駄にはしません。それがたとえ味のしない料理であったとしてもです。どの世界でも『食べられる』のは共通の幸福ですし、『食べ物を粗末にする』方は私はお食事関係なく殺します」

「…………」

 

 俊介が押し黙ってしまうほどの強い迫力。

 シスター・イートのどうしても譲れない物……その一端が気迫として一瞬だけにじみ出た。たとえどんな時であっても、彼女にとって食事をないがしろにするというのは許されないことらしい。

 だからと言って始めようとしていた殺し合いを中断してまで食事を取るのは、少しイカレているとしか思えないが……。

 いや、そういう性根を持っているからB棟の囚人なのか……。

 

 そう考えながら、俊介は自分の席に運ばれた『ウィングローストチキン』を見る。

 鶏一匹を見事な技術で焼き上げ、鮮やかな焼き目を付けた鳥料理である。見ているだけで食欲をそそられるような料理だが、俊介は我慢して踵を返した。

 

「俺は帰る」

「……食べないのですか?」

「流石に、今まさに殺し合いしようとしていた相手と飯を食うほど呑気じゃ―――――」

 

 

 

 ―――――瞬間。

 

 

 

 俊介の言葉を遮るように、鉄製のナイフが耳元を掠めて飛んできた。鉄のナイフの刃先はトタンの壁に深々と突き刺さっている。

 咄嗟に振り返る俊介。

 

 鉄のナイフを投げたのは勿論シスター・イートであった。

 そしてその顔には柔和な笑顔や食欲を孕んだ獰猛な笑みでもなく、眉間に深々としわを刻んだ憤怒の表情を浮かべている。瞳は瞳孔が開き切っていて、誰が見ても一目で激怒していると分かる雰囲気を放っている。

 

「私の目の前で一口も食べずに食事を残す真似は許しません」

「なっ……そんなもん、俺の勝手だろ……」

「殺すぞ。早く椅子に座って食べろ」

「っ……」

 

 彼女の強い口調に対して珍しく押され気味になる俊介。

 このまま逃げるか、それとも椅子に座って食べるか。ぶっちゃけ彼女の要請を突っぱねて逃げるのは容易いことだが……。

 キレた彼女なら建物をいくつか倒壊させるなんて簡単なことだろう。その過程で囚人が何人も犠牲になるのは俊介と言えど流石に嫌な気分になる。

 

 目を右往左往させながら悩みに悩んだ俊介は、苦々し気な顔をしながら椅子に座り直す。

 

「………………一瞬で食ってやる」

「はい、そうしてください。何も食べないより、早食いでもお腹を満たした方が幸せですよ」

 

 彼女は俊介が食卓に着いた瞬間、先ほどまでの怒りの表情をふっと優し気な笑みに変えた。

 そして自身も大量の料理を前にフードファイター顔負けの一口の大きさで食事を始める。

 

 

(……何やってんだ俺……)

 

 そんなことを思いながらも、俊介はローストチキンを一口食べる。

 …………悔しいが、美味い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




書き終わった瞬間に思いましたが、シスター・イートに会話文で過去を喋らせるんじゃなく、マッドパンクやゼロツーの時みたいにモノローグ形式にすればよかった。
判断力足らんかった……




~お知らせ~
作者の資格の勉強やその他等々の予定が重なったことにより、ほぼ毎日更新していたのがキツくなってきたので投稿頻度を落とします。
八月の終わりごろには投稿頻度を上げ直せそうです。暫くの間投稿期間が空いてしまうかもしれませんが、どうかご容赦ください。
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