『勇者』という単語を聞いた瞬間、俊介の脳裏に浮かび上がったファンタジーチックな情景。
剣と魔法を持ち、魔物をバッサバッサと倒して魔王を打ち倒す、超有名なファンタジーRPG的なイメージ。
しかし頭に思い浮かんだイメージを少しだけ、心の奥に押しとどめる。
もしかすると自分の思っている『勇者』と彼の語る『勇者』は別の物かもしれない。
「アルティアスさん。ゆ、勇者っていうのはその……剣と魔法で魔王を倒す人っていうニュアンスの奴ですか?」
故に俊介はイメージのすり合わせを行うため、アルティアスにそう問うた。
彼は少しだけ視線を左右に揺らした後、言葉を吐く。
「確かにその認識で合っているが……なぜ知っている?」
「いや、この世界で勇者っていうと大体そんなイメージなので……ゲームとかで……」
「ゲーム……遊戯盤のことか。やはり勇者が過去にいたんだな。絵本も作られているくらいだしな」
「……?」
ん?
何か上手く話が噛み合ってない気がする。
「いや、勇者って人が別にいたわけじゃ……」
「? そっちが言う『ゲーム』とは、魔王を倒す勇者の伝記を模した遊戯盤のことじゃないのか?」
「あー……んん……?」
首をかしげる俊介。
そして冷静にアルティアスの吐いた言葉を考える。
俊介が『勇者』という物を知っているのは、超有名RPGゲームをやったりファンタジー系の漫画を読んだりしているからだ。
しかし彼は『勇者』は伝記上の存在だと思っている。つまり、とても昔に『魔王を倒した勇者』が本当に存在したと思っているのだ。
つまり……。
「……この世界では、勇者は実在していたことは一度もありません。俺の言う『勇者』は一から十まで創作された物語上の存在のことです」
恐らく彼は、この世界がファンタジー系の世界か何かだと思い、勇者が実在したと勘違いしているのだ。
確かに現代は異世界から魔法等の技術が持ち込まれたために色々無茶苦茶になっているが、百年も昔に遡ればファンタジーの『フ』もない科学全盛の時代が広がっていたのだ。
つまり魔王も、魔王を倒した勇者もこの世界の過去に存在していたわけがないのである。マオは今の時代に異世界からやって来たのでまた別。
「なっ……」
そして、俊介が放った言葉に分かりやすく表情を困惑したものに変えるアルティアス。
机の上に置いた桃太郎の絵本を再び持ち、ページを適当に開いて俊介に見せつける。
「だがこの『桃太郎』という話は、まさしく勇者の所業を子供用に分かりやすく描いたものじゃないか。過去に実際に、桃太郎という勇者がいたんじゃ……」
「それは一から十まで創作された架空の物語です。何かモデルになった話はあったとしても、鬼という人外の存在を倒した桃太郎という人物は実在してないと思います」
「…………」
そう言うと、彼は明らかに表情を暗くした。
ふるふると震える手で絵本を机の上に置き、視線を下に落とす。
「……そうか。この世界では『勇者が幸せなまま救われた話があったんだ』と思ったが……。まさか児童用の作り話に何度も泣き腫らしていたとはな。いい笑い種だ」
「…………」
「……アルティアスという名は些か長いだろう。『アル』と呼んでいい」
彼は顔を俯けたまま、気を紛らわせるように手の指を組んで弄ぶ。
コミュ力にあまり自信がない俊介でも一目で分かった。どうやら桃太郎が架空の存在であると伝えてしまったのは、彼にとっての大きな地雷を踏み抜くのと同義だったらしい。
不躾に内面に踏み込みすぎてしまったようである。
幸運なのは、彼が自身の地雷を踏み抜かれても怒らない性格であったことだ。
明らかに落ち込んでいる状態でも会話だけは続けようとしてくれている。
彼は伏していた顔を少しだけ上げ、俊介の目をじっと見ながら口を開いた。
「それで……何だったか。たしか私と話したいと言っていたが……何か、聞きたいことでも?」
「ええ、はい、その……」
先ほど地雷を踏み抜いてしまったため、何を発するか頭の中で言葉を選ぶ俊介。
リングの盗聴器を妨害していない状態で『脱獄のために強い仲間を探してます』とは言えない。
『どれくらい強いんですか?』とか聞いても、殆ど見知らぬ人間にそんな質問されて『はいこれくらいです』と答える人はそうそういない気がする。この刑務所でそんなこと聞いてくる奴いたら確実に何か企んでるし。
視線を左右に動かしながら悩んだ後、俊介は意を決したように口を開く。
「あの……ま、魔王ってどんな感じでしたか?」
「なぜそんなことを聞く?」
「こ、後学の為に……」
「……魔王の情報なんて何処で役立てるんだ……」
アルが少し困惑したような表情を浮かべる。
そんな時、俊介の死角外から聞き慣れた二人の声が聞こえてきた。
『どうして俊介って相手と中指立て合うようなバチバチの口論では饒舌になるのに、ちょっと微妙な空気の時は口下手になって変なことを言うんでござるか?』
『
ニンジャとヘッズハンターの声だった。
一応彼が倒した魔王の様子を聞く事で、どれくらいの力量を持っているのか推測しようという意味合いも含んだ質問なんだぞ。テンションの高さと勢いで饒舌と口下手を行ったり来たりするのは否定できないけど……。
と、そんな風に内心でニンジャたちへの反論を考えていると、アルがぽつりと呟いた。
「魔王がどんな感じ、か。そうだなぁ……」
アルは記憶を掘り返すように斜め上を眺める。
そしてぽりぽりと右手で頭を掻きながら言葉を発した。
「とにかく強かったな。青い肌と角が生えている以外は人間の男性と変わらない見た目だったが、途中で獅子や鳥がぐちゃぐちゃに混じったような混合獣に姿を変えた」
「か、勝てたんですか?」
「ひたすら粉みじんに斬り刻んで燃やしたら動かなくなった」
そりゃ殆どの生物は粉みじんに斬り刻んで燃やしたら動かなくなるだろ。
もしかしてこの人結構脳筋だな?
俊介のそんな考えを他所に、彼は机の上で頬杖を突き、口を開く。
「聞きたいことはそれだけか?」
「あ。いや、その、えっと……」
「……そんなに絞り出すように考えるくらい、私も大層なことを知っているわけじゃないが……」
彼はそう言うが、俊介としてはここで彼との関係がすぐに途絶えてしまうのはあまり好ましくなかった。
魔王を倒した勇者という経歴から、彼はこの刑務所の中でも相当戦闘に秀でている方だろう。
それに話していて感じた印象もそう悪いものではない。絵本を見て号泣していたのはかなり変だけど、概ね子供の見た目にはそぐわない落ち着いた大人の精神を持っているのが分かる。
ただ一つ不可思議なのは。
「……とても失礼な質問かもしれないんですが」
「ああ」
「一体どういう罪を犯されて、この刑務所に来たんですか……?」
「…………」
『勇者』という称号を名乗るのに、なぜかこの重人格犯罪者が集まる刑務所に収監されていることだ。
正義感の強い人物が勇者になる……というのは、俊介個人の勝手なイメージかもしれない。しかし命を懸けて魔王を倒しに行くというのはそこらの悪人や生半可な人物に出来ることとは思えない。
だがピュアホワイトという元は高潔な騎士だったのに悪辣な化け物に落ちた前例がある。
元の世界では正義感に溢れていても、この世界で全く別の気質の人間に変貌する可能性はあるのだ。
俊介がしっかりとアルの顔を見据えると、彼は少しだけ目を逸らす。
そしてそのままぼそりと呟くように言葉を吐いた。
「複数回に及ぶ窃盗と強盗。それと殺人未遂だ」
「…………」
「……質問はこのくらいでいいだろう。今日は何となく疲れた。帰って休みたいんだ」
そう言うや否や、彼は椅子を引いて立ち上がった。
俊介の背後にいるジャンとゼロツーの顔を一瞥したあと、すぐに顔を逸らす。
そしてテーブルの縁を沿うように歩いて俊介の横に移動し、耳元に口を近づけた。
「また話したいことがあるなら、あの空き地に来てくれて構わない。……どうにも君は、この刑務所に溢れている邪悪な人間とは少し気質が違うらしいからな。話す分には苦にはならない」
「…………」
「それと……いや、この世界に来ているかも分からないから、殆ど気にする必要もないんだが……」
彼は一層声を低くして、言葉を吐いた。
「もし『ラスディアノ』という姓を名乗る人物に出会ったら、私に教えてほしい」
「っ、は…………ッ?!」
ラスディアノ。
……サリアス・ネル・ラスディアノ。
それは恐らく、今後一生忘れることができないであろう強敵の名前。
近代兵装に身を包んだ兵士を鼻で笑いながら斬り殺す高い実力。
他人を殺しても一片の罪悪感も抱かない邪悪さを兼ね備えた最悪の聖騎士。
耳打ちを終わらせて顔を離そうとするアルの右手首をつかみ、俊介が憎々し気な声を吐く。
「おい……なんでピュアホワイトの本名を知ってるんだよ……?!」
「……ちょっと待て。その言いぶり……ラスディアノの姓の人間と関わりがあるのか、お前」
彼の首筋とこめかみにビキリと血管が浮かぶ。
そして音もなく取り出した木刀を左手に持ち、自身の手首を掴む俊介の手を弾き飛ばす。
「知ってるも何も……!」
ピュアホワイトは夜桜さんを誘拐したり、ヘッズハンターの幼馴染と同じ体に宿っていたりと、決して忘れられない因縁が幾つも重なり合った相手だ。
小日向真昼さんを救う事ができなかった後悔もあり、名前を聞くだけで勝手に強い激情が湧き上がってくるほどの宿敵でもある。
俊介は椅子から立ち上がり、自分より小さなアルの目を睨む。
向こうもまた左手に持つ木刀を淀みのない動きで構え、木の刃の根元から蒼が混じる業火を迸らせ始める。
「もしそのピュアホワイトという奴と仲間なら――――」
「――――はいストップお前らそこまで少し黙れェ~~ッ!!」
ゼロツーの声が響き、俊介とアルの間に立ちふさがるように体をねじ込ませてきた。
ジャンも同様に体をねじ込ませていて、炎に包まれるアルの木刀を両手でガッチリと掴んでいる。
一体何を、と問う暇もなくゼロツーが小声で耳打ちする。
「ピュアホワイトの名を出した瞬間、他の奴らがこっちをジロジロ見始めたんだよ! めっちゃ注目されてるから今は大人しく移動しようぜ!」
そう言うと同時に指で周囲を見ろとハンドサインをするゼロツー。
それに従うように周囲を見回すと、確かに図書室に来ていた囚人全員がこちらを興味深そうな目でジロジロと観察していた。これから脱獄しようというのに変に目立ちすぎるのは確かに良くないだろう。
「オラッ、いつものとこ行くぞ!」
ゼロツーの掛け声と共に、つい数十分ぶりの図書室奥にある秘密の会議室に移動した。
「なんで会話しに行っただけで喧嘩になりかけてんだよ……?!」
「いやでもピュアホワイトの本名を……!」
「君にあの化け物と何があったかは知らないけど、名前聞いただけで頭に血が昇ったら何もできないだろ! これは仲間探しに限ったことじゃないぞ、どんなことでも基本的に冷静さを失うってのが一番駄目なんだからな!」
「っ…………ごめん」
理路整然としたゼロツーの叱責に何も言えず、大人しく受け入れる俊介。
確かにピュアホワイトと深い因縁があるとはいえ、名前を聞いただけで一瞬で喧嘩腰になってしまったのは完全に自身の落ち度だ。反省しなければならない。
そんな至極当然の叱りを受けていた俊介を指さし、アルが口を開く。
「……こちらの話はまだ終わっていない。続きを話させて貰ってもよろしいか」
「あ、ああ。その……喧嘩はやめてくれよな、僕様弱っちいし」
「それはそこの日高俊介という青年が語る内容次第だ」
今現在、テーブルにはアルと俊介が対面になるように座っている。
そしてアルの横にジャン、俊介の隣にゼロツーが座っているという具合だ。
アルは机の上に握りこぶしを少し音を立てて置き、俊介に問いかける。
「先ほどピュアホワイトという人物の本名が『ラスディアノ』の姓だと言っていたが……。あのラスディアノ家とどういう関わりを持っているんだ?」
「……俺は刑務所の外で未来革命機関という組織を潰しました」
「
その組織の名を知らないのか、アルは小首を傾げた。
しかし彼の隣に座っているジャンは裏で大きく名をはせる『未来革命機関』のことを良く知っているため、ガタガタと身を震わせ始めた。
ゼロツーが引きつった顔で横にいる俊介に言葉を放つ。
「ま、まあほぼ確信してたけど……やっぱ君が未来革命機関を潰したんだな。い、一体何人掛かりで攻撃したら潰せるんだあんな組織?」
「いや……本拠地に突っ込んで殆ど一人で潰した。ピュアホワイトを倒せばそれ以外は別に……って感じだったし」
「…………は?」
呆気に取られた表情で、気が抜けたような声を出すゼロツー。
そのすぐ後に、なぜかくねくねと体を動かしながら妙な口調で喋り始めた。
「あらやだぁ奥さん。未来革命機関って言ったら下級兵士でも全身特殊部隊並みの最新鋭装備で固めてるし、上級兵士は異世界の強者に特別装備っていう過剰戦力っぷりじゃないですかぁ。自前で人工人間を大量に作ってるって噂もありましてよ」
「うん」
「特にピュアホワイトは国一つ牛耳るような裏組織をお遊びで何個も潰すわ、小国の軍隊壊滅させるわでやりたい放題の御方なんですわよ? つまり未来革命機関は複数の国相手に喧嘩売っても生き残れるような超つよつよ組織なんですよ奥さん」
「そうだね」
「そんな組織を相手にまさか、一人で突っ込んで潰すなんて……まさかねぇ? ピュアホワイトに勝つだけでも夢物語だってのに……」
「…………」
「…………」
俊介の返答は無言だった。
誰も何も喋らない静寂。その静かな空気こそが、余計な脚色で嘘を着飾ろうとしないところが、俊介の言葉が真実だと雄弁に語っていた。
ゼロツーがくねくねと体を動かすのを止め、表情を真顔に変える。
「え、マジで言ってる? ピュアホワイトを倒したのは分かってたけど、一人で本拠地に突っ込むとか馬鹿じゃねーの」
「誰が馬鹿じゃい!」
「いやとびきりの馬鹿でしょ……ピュアホワイトって裏で本当に悪名高いからね? うちのジャン君を見てくださいよ、一度取引でピュアホワイトと出会ってからトラウマらしいんですよ!」
視線をジャンに移すと、確かにガタガタと全身を震わせていた。
顔から汗をぼとぼとと流し、椅子の足が何度も地面を叩いて音を鳴らす。
「……ピュアホワイトと会って何があったんだよ」
「未来革命機関に銃を売る機会があったんだけど、一人じゃ到底無理な滅茶苦茶な量の銃を注文してきてさ。何人かの同業の商人で結託組んで行ったら、突然現れたピュアホワイトが一人の商人を生きたまま斬り刻んで、『もっと安く銃を売らないとお前らもこうする』って脅してきて……」
「うわぁ……」
「おかげで俺はとんでもない負債を抱える羽目になったんだ……。おかげで今も借金が怖い……」
「金の方のトラウマかよ」
普通目の前で人間が斬り刻まれた方にトラウマ覚えるだろ。
どうして金の方なんだよ。
そんな風に三人で会話していると、パンパン!と大きく手を叩く音が響いた。
音を鳴らした主はアルで、少し呆れたような顔を浮かべている。
「……そろそろ話を戻して良いか?」
「あ、はい、すみません」
未来革命機関についての話に脱線しすぎたらしい。
俊介が謝罪と共に軽く頭を下げると、アルは少し頷いて言葉を紡ぎ始める。
「その未来革命機関がどういうものかはよく分かった。だが、それがラスディアノ家と何の関係がある?」
先ほどのわざとらしい茶番劇が、ゼロツーとジャンの二人による『未来革命機関がどういう組織か』を教えるためのものだったと理解するアル。
しかし少しそういう所に鈍い俊介は気づかぬまま、話の続きを口にする。
「先ほどお話していた機関の幹部、ピュアホワイトの本名が『サリアス・ネル・ラスディアノ』と言うんです」
「…………」
「俺はとある事情で機関とは完全な敵対関係にあって、機関の最高戦力であるピュアホワイトを倒すために色々情報を集めていました。その名前を知っているのも調査の一環で知ったからです」
何かを考え込むように黙りこくるアル。
そして目だけで話の続きを促し、それに呼応するように俊介が口を開く。
「それで俺は、未来革命機関の本拠地に乗り込んで……結果的に、ピュアホワイトは死にました」
「殺したのか?」
「……殺さずに無力化する予定でした。でもあいつは最後に自滅覚悟で俺のことを道連れにしようとして……自分の攻撃で致命傷を……」
「……そうか」
話を最後まで聞き終わったあと、机に視線を落とすアル。
そして机の上に広げた両手を突き、深々と頭を下げた。
「辛いことを話させてしまい、申し訳なかった。ラスディアノ家の人間がいるかもしれないと思い、私もついカッと来てしまった」
「いえ、そんな……俺もつい喧嘩腰になってしまって、すみませんでした」
「謝らないでくれ。ラスディアノ家の人間に会いたいが為に、火種になるようなことを言ってしまったのは私の方なんだから」
お互いにペコペコと頭を下げて謝り合う。
二人合わせて何度頭を下げたか分からぬほどになった所で、ようやく頭を上げて目を合わせる。
そして俊介が彼に向かって問いかけた。
「……その、ラスディアノ家の人間にどうしてそこまで執着されるんですか?」
「…………」
そこでアルは、少しだけ辛いことを思い出すような表情を浮かべる。
それから強い恨みと僅かな諦念の滲んだ声を喉の奥から絞り出した。
「私が……ラスディアノ家の人間に、殺されたからだ」
文量書いた割にはあんまりお話進んでないわよ
もっとペース上げなさいジョマ(?)