殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#12 進むべき指針

 

 

 

 

 

「………?」

 

 星野は訝しんだ。

 目の前にいる日高が一瞬硬直し、纏う雰囲気の質が一気に変容したのだ。

 

 そして、そういう一気に様子が変わる行為に星野は覚えがあった。

 

「なるほど、人格を変ッ――――」

 

 

 言葉を言い終わる前に、星野の顔面に拳が突き刺さる。

 防御も出来ないまま後方に吹っ飛ばされ、教卓を弾き飛ばしながら、黒板に勢いよく背中を打つ。

 

「ッ!? っ……な」

 

 咄嗟に立ち上がり、折れた鼻を左手で押さえつつ右手でナイフを前に構えた。

 速すぎる。全く目で追えなかった。

 

 

 フッ!と日高の姿が消える。

 その瞬間、目の前に現れる拳。今度は身構えていたからか視認できた。

 

 首を逸らし、寸での所で回避する。

 背後にあった黒板に拳が突き刺さり、巨大なひびが入ると共に、粉塵が舞い上がった。

 

 

「なんて力だ……ッ!」

 

 振り返りながら放ってくる裏拳をナイフで弾こうとする。

 が、手首を思い切り掴まれ、天井に放り投げられた。背中を天井でしたたかに打ち、肺の中の空気が全て漏れ出る。

 

 

 床が遥か下にあるという奇怪な視界に戸惑う暇もなく、日高が飛び上がる。

 空中でぐるっと体勢を変え、星野の腹に鋭い蹴りをぶち込んだ。

 

 

 旧校舎全体が揺れる程の衝撃。

 天井に張り付いていた埃と共に、眼下への床へ勢いよく落ちる。

 

 

 

「ごぁ……ッ!」

 

 

 なんて化け物を中に入れてやがる。人間の動きじゃない。

 それに、この人間を攻撃する時の余りに容赦のない動き。私には分かる。

 

「おッ、お前……私と同じ『人殺し』だな……!」

「……だったら?」

 

 日高の中の誰かが答える。

 それに畳みかけるように、言葉を紡いだ。

 

「その日高の体は特別製だ……! 私達異世界の人格は、宿主との相性の高さで、元の体の特徴の継承率が決まる……。だがその身体能力、元の体の100%を引き出しているだろう!?

 宿主を乗っ取ってしまえ! 二度と体の主導権を返すな、そのまま第二の人生を生きろ……!! お前も一度死んだ身なら、人生をやり直す事の意味が分かるはずだ……!!」

 

 星野の言葉。

 ……それを聞いて、日高の中のヘッズハンターは、心の底から彼の事を軽蔑した。

 

「浅ましい考えだ。第二の人生を送るために、今自分を殺すと大変な事になるから、殺さない方がいい……いや、殺さないでくれと言ったところか」

「……ッ」

 

 ヘッズハンターは拳を握る。

 

 

「俊介は指針だ。大海原を渡る時に、最も信頼できる光の道筋だ。俺みたいなどうしようもない殺人鬼に歩むべき道理を教えてくれた、普通の……良い奴だ。

 お前みたいな、真っ先に宿主を乗っ取るような屑と俺を一緒にするな。俊介に主導権を返さないなんて考えたこともない」

 

「ぐッ……馬鹿にするなァ!!

 

 

 星野が、懐からこっそり取り出していた一本の投げナイフを投げつける。

 それはヘッズハンターの眉間に一直線に飛んでいき―――右手の人差し指と中指で挟むように受け止められた。

 

「殺しはしないさ。俊介がそう言ったんだからな。

 ……『()()』、はな」

 

「ッぁ…………」

 

 

 勝てない。今の体でも、元の体でも。

 

 星野はそう思った瞬間、撤退の一手を取った。

 

 

 

 一度引き返し、武器と地の利を整えてから勝負を掛けに行く。

 まずは旧校舎から脱出をしないと、どうにもならない。

 

 咄嗟に転がりながら立ち上がり、教室を飛び出す。

 

 そのまま廊下を走る―――ことなく、頭の前で腕を交差させ、外に通じる窓ガラスをぶち破った。 

 ここは2階。地面までそう高くはない、多少足が痺れるもののすぐに逃げられる。

 

 

 

 そうして着地の体勢を取った瞬間―――グンッ!! と体が上に引っ張られるような感覚がした。体の落下が止まる。

 頬に一筋の汗を流しながら、後方を振り返ると。

 

 

「お互い、人殺し風情と人殺し風情だ。ちょっと死が近づいたくらいでビビるなよ」

 

 

 ヘッズハンターが、窓の縁に右手を掛け、左手で星野の首根っこを掴んでいた。

 星野が窓ガラスをぶち破った瞬間、一瞬で窓の外に出て彼を捕まえたようだ。

 

 

「―――ふんッ!!」

 

 

 窓の縁を離し、掛け声と共に、両手で星野を屋上へぶん投げるヘッズハンター。

 自身は外の地面へと着地し、そのまま校舎の外壁を蹴り上げ、一気に屋上へと昇る。

 

 

 

 星野が屋上へ落下するのと同時に着地した。

 奴が息も絶え絶えに、地面から立ち上がろうとするのをじっと見続ける。

 

「はーッ……はーッ……」

「まだ骨も折ってないだろ? 立てよ」

 

 

 そうやって、じっと星野を見続けていたその時。

 奴がニヤリと、あくどい笑みを浮かべたのが見えた。

 

 その場から動くことなく、首を右に逸らし、背後から飛んできたボウガンの矢を回避する。

 勘が鋭すぎて気付かなくて良い事に気付く時もあるが、こういう時は便利だ。

 

「なッ! 気づいていたのか!!」

「今気づいた」

 

 どうやら屋上には、星野が仕掛けたいくつかのトラップがあるらしい。

 まぁボウガンの矢でにやけていた所を見るに、碌な物は仕掛けていないだろう。

 

 

 星野が立ち上がり、両手に厚いナイフを持って、切りかかってくる。

 それをその場でいなしながら、脇腹を蹴り飛ばし、体を吹っ飛ばす。

 

「ぐはッ……くっ、な、何なんだ!! お前、私は、この養殖に6年も掛けたんだぞ!!

 それを、あともう少しの所で、お前らはッ!!」

 

「……そういう、後もう少しで叶う誰かの幸せを奪うのが、『殺人』って行為だ。

 お前も何度もやったんだろ? 俺達は人を殺したその時から、いつか回ってくる因果に怯える日々を送る事になるんだ」

 

 

 不良グループも、幼馴染を虐め殺したすぐ後に因果が回ってきた。

 多分俺も、いつか因果が回ってくる。それがいつかは分からないが、絶対に来る。

 

 

「願わくば、その因果が俊介にまで及ばないことだな……」

 

 俺一人で受けられるなら、どんな因果だって受け入れよう。

 ……まぁ、とりあえずは俺の因果より、目の前のゴミ虫を始末しなければいけない。

 

 

 

 星野がナイフを持って突っ込んでくる。

 最初の方はこの間屋上で会ったスナイパー男よりも良かったが、段々と動きが粗雑になってきた。

 

 手首を掴んで頭突きをし、そのまま地面に叩きつける。

 その瞬間起動する、屋上に仕掛けられたトラップ。足を糸で引っ掛けた瞬間、そこにクロスボウの矢が何本か飛んでくる粗雑な物だ。

 

 

 素手で矢を弾き飛ばし、最後の1本だけ右手で掴む。

 

 そのまま、尖った矢を星野の足の甲に突き刺した。

 これで星野は動きが更に鈍くなる。元の身体能力がヘッズハンターに劣っているうえ、全身を何度も叩きつけられ、骨にいくつかヒビが入っているだろう。

 

 これでもう逃げられない。

 星野が最後の希望として握っていたナイフを、足で踏み砕く。

 

 

 屋上のフェンスに背中を預け、座ったままの星野を見て、ヘッズハンターはふーっと息を吐いた。星野がこれだけ瀕死なのに、息一つ乱していないのは、人間の道を踏み外しかけているとしか言いようがない。

 

 

「……終わりか。イライラさせてくれた割には、呆気ない幕切れだったな」

「待て……私から、まだ聞き出したいことがあるんじゃないか……?」

「ない」

 

 

 ヘッズハンターが足を上げ、星野の右肩を踏み砕いた。グリグリと足を押し付け、念入りに肩の骨をぐちゃぐちゃにする。

 

 それを、あと三回。

 左肩、右足、左足と続け、星野の四肢を完全に砕き切った。

 

 

「……これでよし」

 

 

 こうすれば、骨を外すだけより、確実に動けなくなる。ハンガーのように身じろぎ一つで骨を嵌められたら困るからな。

 

 うめき声をあげるだけの何かになった星野に軽蔑の視線を向ける。

 だがそれ以上興味を持つこともなく、中にいる殺人鬼の1人と人格を交代した。

 

 

 

 日高の体から一瞬、ガクッと力が抜けた瞬間、纏う雰囲気が先ほどとは別の物になる。

 そうして、新たに入った人格が、喉を押さえつつ声を出した。

 

「…………あー

「ッ!?」

 

 思わず体が跳ねる星野。

 これは誰だ。さっきの鬼のように強い人格でも、日高本人でもない。

 

 いやそれよりも、この声は……この声は……()()()()()

 

 顔を振り、その声に魅了されないよう理性を保ちながら、言葉を発する。

 

「ぐォぁ、あ……ふ、複数人格……だと……!?」

ほ~う……。私の声が効いているな。俊介の体に宿るイカレ殺人鬼共には効かないんだが……なるほど、中途半端なお前みたいなのには効くのか

 

 

 複数人格。

 人間の脳みそに1人追加するだけでもキツいのに、2人以上追加するとなると、高確率で脳みそがぶっ壊れる。まさに浮遊人格統合技術に適性が高すぎるが故の不運だ。

 

 だが、こいつは。

 日高俊介は複数人格でありながら、完全な理性を保っていた。

 

 星野は魅了されないように耐えつつも、言葉を発する。

 いや言葉を発する行為自体で、自身の理性を保とうとしていたのかもしれない。

 

 

「う、ぐぉ、あ、お前ら……! 何人、入ってやがんだ……!」

は? 何人? …………ふむ。私達が何人いるか、か。いいだろう、特別に教えてやろう

 

 

 日高の中にいる人格――サイコシンパスが星野の前にしゃがみ込む。

 そうして、手の中にあるスマホを弄り、彼に見せた。

 

私はこの世界のタロットカードという物が好きでね。私の世界ではこういう占い方法はなかった

「あ”……!?」

 

 サイコシンパスが持つ手に映っていたのは、鎧を着た髑髏が馬に乗っているカード。

 

 

タロットカードの『死神』だ。さて、これは何番のカードか知っているかな?

「ぅ…………」

 

 そろそろ星野の理性がキツくなってきたようだ。むしろ、常人ならサイコシンパスの声を少し聞いただけで気が狂い理性が吹っ飛ぶのだから、ここまでよく持った方だと言える。

 

 最後に星野が、絞り出すように、答えた。

 

 

「……じゅ、う……さん………」

まぁ、そういう事だ

 

 

 星野の理性が完全に飛ぶ。

 そうして、サイコシンパスの声を聞いたいつもの愚図共と同じように、よだれを垂らしながら媚び寄ってくる人間の尊厳を捨てた何かに成り下がった。

 

 こうなってしまったら、元の精神状態に戻るのには途方もない年月が掛かる。

 精神が戻るのが先か、寿命で死ぬのが先か……。まぁそのくらいの長さだ。

 

 

 

んん……入口まで行ってから、俊介に変わるか

 

 

 

 

 サイコシンパスは伸びをしながら、旧校舎の階段を降りて行く。

 

 

 

 ――――そうして、学校を暫く悩ませていた虐め問題は、旧校舎で精神を破壊された生徒が見つかるという更なる大混乱を持って幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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