殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#115 理想論

 

 

 

 

 図書室の電灯から、ジジジとやけに耳につく音が鳴る。

 アルティアス以外の三人が息を無意識に呼吸音を小さくした。それは彼の語る内容を一言一句聞き漏らさないよう静寂を作るためか、はたまた並々ならぬ気配を感じて思わず息をひそめてしまったのか。

 

 俊介は張り詰めた空気に耐えるために机の下で手を組み合わせて気を紛らわす。

 ゼロツーは目を細めたまま顎を手でさすり、ジャンは無遠慮に机に肘を突いてアルの顔を見ていた。

 

 そんな空気の中、俊介が彼に問いかける。

 

「殺されたって言うのは……いったい?」

「……ある程度かいつまんで話そう。長く話して楽しくなるような内容でもない」

 

 アルは机に視線を落としつつ、ぽつぽつと重い声色で語り始める。

 

「私の世界には、大別して『人類』と『魔族』の二種の知的生命体が存在した。……でも人類と魔族の実力は全く拮抗していなかった」

「…………」

「魔族には超常現象を操る『魔法』が使えて、人類には『魔法』が使えなかった。そのたった一つの差が魔族と人類に決定的な()()を作ったんだ」

「魔法が使えない、って……いやでも……」

 

 彼の言葉を聞き、俊介は思い出す。

 アルは裏路地を入った所にある空き地で木刀に炎を纏う魔法を使っていたはずだ。本人もアレが魔法だと断言していた。

 そんな俊介の疑問を察したのだろう。アルがピンと右手の人差し指に無言で炎を灯す。

 

「私は旅に出て暫くした後に魔族から魔法の詳細を聞き出して、炎を出したりそれを剣に纏わせたりするような簡単な魔法を使えるようになっただけだ。そんな気持ち程度のものだが、一応私が魔法を使えるようになった初めての人類……だと思う」

「……えっ、じゃあ魔法が使える前はどうやって魔族と戦ってたんですか?」

「剣に油を塗って燃やして斬っていた」

 

 そこまで手間暇かけてまで剣を燃やす必要はあるのか……?

 

「魔族は私より遥かに強力な魔法を使っていたからな。なんか百人くらいに分身したり、何でも溶ける液体を空が見えなくなるほど噴出したり、周囲の景色を全然別の景色に変化させたり……」

「ま、まあ……それに比べると炎を出すだけって言うのはささやかな物かもしれませんけど……。ちなみにそれらの魔族はどうやって倒したんですか?」

「死ぬまで斬り刻んだら死んだ」

「…………」

 

 いや、そりゃ生き物は死ぬまで斬ったら死ぬだろうけどさ。

 多分そういうことじゃないだろ。

 

 

 俊介が心の中でそんな違和感を覚える中、アルが人差し指に灯した炎をふっと消し、言葉を紡ぎ始める。

 

「話の順番が少し前後してしまったが……とにかく、魔法が使えない人類は魔族に虐げられていた。人類に限らず、世界の全てを魔族が支配していたと言っても過言ではない。それほどまでに当時の魔族は強大で、残虐非道な者ばかりだった」

「…………」

「私が偶々山に入って遊んでいた時、私の家族や村の住人が魔族に皆殺しにされてな。その時に思ったんだ、人類が悪戯に魔族に殺されないような世界を作りたいと」

 

 アルが『家族や村の住人が魔族に皆殺しにされた』と言った所で、手の甲に血管が浮かぶほど強く拳を握っているのに俊介が気づく。

 彼にとってそれがいつまでも色あせないほどに憎い記憶であるのは拳を見れば一目瞭然であった。

 

「……幸運なことに私には剣の才能があった。だから魔法は使えずとも魔族を殺すことはできた。世界の各地を支配する大貴族の魔族を斬り殺して回るうち、人類が魔法を使う方法も解明できた」

 

 彼が清流のように軽々と語る言葉の内容。その全てが『勇者』と呼ばれるに相応しい功績であるのを俊介が理解するのはそう難しくなかった。

 人間より遥かに強い魔族に支配されていた土地を幾つも取り返し、その魔族に人類が自分で対抗できるような手段(魔法)も作り上げたのだ。これを英雄と言わずに何と呼ぶのだろうか。

 

「そうして魔族を殺すうちに私は『勇者』と呼ばれ、魔族の支配から解放された土地では人類による大きな国も作り上げられた。その国で私に次ぐ実力者集団として大きな権力を持つようになったのが『ラスディアノ家』だ。私は知らなかったが、元々魔族に細々対抗していた家として有名だったらしい」

 

 アルの口から遂に飛び出した、俊介にとっても因縁深いラスディアノの姓。

 そして俊介は彼に向かって問いを投げかける。

 

「その……ただ強いだけの人達が大きな権力を持っていたんですか? 政治が上手な王様とかじゃなくて……」

「人々がまだ魔族の恐怖を忘れられていなくてね、だから『魔族から国を守れる強い者こそが偉い』という風潮だったんだよ。ラスディアノ家は魔法の才能を持った者を大量に血族に取り込み、実際ある程度の魔族なら撃退できる強さを持っていた」

「なるほど……」

 

 彼の話を聞いている限り、当時のダークナイトの世界は完全なる弱肉強食の時代だったらしい。

 そんな世界ならば、魔族に対抗できる実力者が大量にいるラスディアノ家が権力を持つのは当然の摂理とも言える。

 話を黙って聞いているだけのゼロツーやジャンもその点においては違和感を覚えることなく、軽く頷いているのが見えた。

 

「私はその国がある程度発展するまで守り続けた後、魔王を討伐する旅に出た。そして辛い戦いのあと、魔王を倒すことに成功したんだ」

 

 魔族に支配された世界を取り戻し、最終的に魔族の王である魔王を討ち倒した。

 何処を取っても非の打ちようがない英雄譚だ。永久に人類の英雄として祭り上げられても何ら不思議ではない。

 ではなぜ。

 

「どうして……そこからラスディアノ家に殺されるようなことになったんですか?」

「…………」

 

 俊介の質問に、彼は少しだけ口を噤む。

 それから後悔と迷いの混じった言葉を、更に重い声色で吐き出すように語る。

 

「私が、()()()()()()()()()()()()()()()からだ」

「…………」

「確かに極悪非道な魔族の方が多かったが、中には善良な魔族もいたんだ。魔王を討ち倒した後、世界の端に逃げていったごく少数の魔族まで殺し尽くす必要はないと思ったんだよ。私の望んだ世界は『いたずらに人類が殺されない世界』であって『善良な魔族まで絶滅させた世界』ではなかったから」

「……それは……」

 

 俊介が微妙な顔つきをすると、横にいたゼロツーが机の下でそっと腕を突いてくる。そしてこっそりと立てた人差し指を口に当てて『静かに』というジェスチャーを行った。

 そんな二人のやり取りには気づかず、アルが話を続ける。

 

「しかしラスディアノ家は『魔族を一人残らず絶滅させる』ことを頑なとして譲らなかった。その結果私達は対立して……少しも経たない内に、私は食事に毒を盛られて殺された」

「……その毒を盛ったのが、なんでラスディアノ家の人間だと分かるんですか?」

 

 ゼロツーの制止を押しのけ、俊介が問いかける。

 

「仮にも勇者とまで呼ばれた私の食事に毒を盛れるような人間なんてそうはいない。その少し前に目的の相違で喧嘩していたこともあるし、ラスディアノ家の者で間違いないと私は思っている」

 

 記憶を掘り起こすように斜め上を見ながら、アルは簡潔にそう答えた。

 

 

 その世界にいなかった俊介には真実は分からないが、恐らくはアルの予想通りだろう。

 

 話の途中で仲間に言及する素振りが一切なかったところを鑑みるに、彼は村を出てから魔王を倒すまで一人で殺し続けている。

 そんな突出しすぎた実力の持ち主と対立しているなんて恐ろしくて考えたくもない。

 ラスディアノ家の人間が殺そうと考えるのも理解できてしまう。

 

(……それにしても、話の流れから何となく分かったけど……多分アルは、ダークナイトやマオの時代よりも遥かに前の時代に生きてた人なんだろうな)

 

 もしダークナイトより後の時代に生きていたなら、魔族と人間を殺し回っていた(マオ談)ダークナイトのことについて触れないわけがない。

 それにアルの炎を出すだけの魔法と違い、ピュアホワイトは複雑な魔法をバンバン使っていた。恐らくアルの死後に人類が長い年月をかけて魔法の研鑽を積み上げたからこそ、ピュアホワイトはあそこまで魔法を使えたのだ。

 

 ざっくりまとめると、『アルの時代→長い時間→ダークナイトやマオの時代』という感じだろう。

 

(しかし、魔王のマオが後の時代でも生きてたってことは……アルを殺したラスディアノ家は結局魔族を絶滅させられなかったってことか)

 

 多分、勇者が欠けた人類では力不足で魔族を絶滅させられなかったのだろう。

 だがマオが『魔族は辺鄙な土地に住んでいた』と言っていたことを考えると、絶滅はさせられずとも世界の端に押しとどめ続けることはできた……といったところか。

 

 そして遠い未来で人類と魔族が戦争を始めるが、唐突に現れたダークナイトが両陣営を殺しまくってマオが思いっきりゲロを吐いてトラウマになるほど戦争を長引かせた……。

 

 

 …………。

 

 

 やっぱりダークナイトだけなんかおかしいな?

 何の歴史も脈絡もなく現れたのにジェノサイドすぎるだろ。突然変異体すぎる。

 

 と……とりあえずダークナイトのことは黙っとくか。

 『あなたの助けた人類とついでに魔族を大量に殺しまくった人格が中に宿ってます』なんて言っても喧嘩の火種になるだけだしな。

 

 

 

 

 

 

「……そろそろ私は部屋に戻るとする。話すうちに良い時間になったしな」

 

 アルがそう言うと共に椅子から立ち上がる。

 彼がチラリと見た時計は午後九時を指していた。夜時間になる十時まであと一時間……確かに部屋に帰るにはちょうどいい時間に思える。

 

 俊介は彼に向かって軽く頭を下げる。

 

「ありがとうございました」

「……いや、いいんだ。じゃあな」

 

 彼は俊介の感謝の言葉を受け止め、秘密の会議室から抜け出て行った。

 アルが出て行って数分ほど経過したころ、ジャンとゼロツーと俊介の三人は顔を見合わせる。

 

 

 互いの手首にあるリングに盗聴防止の装置を巻きつける。

 その後、最初に口を開いたのは俊介だった。

 

「良い人に思えるし、実力も申し分なさそうに思えるけど……仲間にするって考えると、どう思う?」

 

 他の二人にそう問いかけると、返って来たのは悩まし気な唸り声だった。

 ジャンは腕を組んだまま、頭の中の言語化が難しいのか首を何度も傾げている。

 その様子を見たゼロツーが軽く手を上げ、先ほどまでアルの座っていた場所を指さしながら言葉を吐いた。

 

「僕様は『現時点』ではアイツを仲間にするのは反対だね。少し理想論がすぎる」

「ああ……いやまあ、ぶっちゃけ俺も少し思ったけど……」

 

 ゼロツーの言葉に俊介は先ほどのことを想起する。

 それはアルが『魔族を殺し尽くしたくない』と語った時、俊介が少しだけ口を出そうとして、ゼロツーに机の下で静止されたことだ。

 

 眉間にしわを寄せるゼロツーが指で机を叩きつつ、苦言を漏らす。

 

「あのアルティアスが優しい人間だってのは分かる。魔族とやらの中に善良な奴がいるのも理解できる。でもあの話を聞いている限り、人類側の希望である勇者が『魔族を絶滅させたくない』なんて思ってたとしても口に出しちゃダメだろ」

「…………」

「人類は残虐非道な魔族に長い間虐げられてたのに、一部が善良だからって生かしておいてどうするつもりだ? どう考えても魔族が細々数を増やして新しい戦争が始まるだけだろ。『人類をいたずらに殺させない世界』を本気で作るなら、一思いに殺し尽くすのが理屈的には正しいんだ」

 

 ……残念ながら、ゼロツーの言うことは正しい。

 後の時代に生き延びたマオは人類側への戦争の準備を進めていたと言っていた。

 

 そして戦争のきっかけは人類が難癖をつけてきたことといえど、魔族と人類の全面戦争は後の時代で実際に起きてしまっているのだ。

 恐らくアルが魔族を絶滅させていればそんな戦争は起きなかった。

 

 

 俊介が苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。

 その顔を見たゼロツーがトントンと指を鳴らしながら言葉を続ける。

 

「強さに関しては文句はない。だけど僕様達はこの国の『正義』である警察にどデカい喧嘩を売るんだぞ? その途中で変に矛盾した理想論を振りかざし始めたら、作戦が何もかも総崩れになる可能性がある」

「ああ……」

「それにもう一つ、気になる点もあるしさ」

「? もう一つ?」

 

 疑問の表情を浮かべる俊介。

 それにゼロツーが答えるよりも早く、ジャンがバチン!と大きく指を鳴らして言葉を吐いた。

 

「へいッ! それなら分かるぞゼロツー!」

「うおッ、なんだよいきなり話に入り込んできて。……何だよ、言ってみ?」

「ズバリ! 『そこまで良い奴なのになんで殺人未遂なんてしたのか?』だろ!!」

 

 ジャンの言葉に、俊介は今更ながらに気付いた。

 

 確かに勇者と呼ばれるのに何の違和感もないほどの英雄的功績を残しているアルティアス。

 そんな彼がなぜこの世界で複数の窃盗や強盗、その果てに殺人未遂など犯したのだろうか。

 しかも宿主の体を完全に乗っ取っているっぽいし……。

 勇者と呼ばれるほどの輝かしい功績とその理想論的な平和を求める性格には些かそぐわない行動に思える。

 

 ゼロツーがジャンに向かって目を見開く。

 

「……当たってるし。偶にはやるじゃんジャン。略して()()()()()

「俺は実は『キャプテン・()()()()()・イーグル』だった……?」

「何言ってんだよ二人とも」

 

 妙なダジャレを言い合ってる場合かよ。

 

 俊介が手を横に振って二人の洒落合戦を遮り、言葉を吐く。

 

「でも一体何でそんな犯罪を犯したんだろうな? 何か知ってるジャン?」

「いや~……悪いけど知らね」

「ううん……」

 

 顎に手を当てて悩む俊介。

 恐らくこの刑務所中を探してもアルと同程度の実力者が見つかる可能性は限りなく低い。もし見つかったとして、話の通じる人間である可能性はもっと低い。

 

 やっぱりアルをどうにかして仲間に誘うのが得策に思える。実力を持った人格者としてはこの上ない人物に思える。

 しかし、ゼロツーの語った内容が気にかかるのもまた事実。アルほどの実力者と脱獄作戦の途中で仲たがいしたらその時点で作戦はぶっ壊れる。

 

 やはり他の人物を探す方に切り替えた方がいいのか、と俊介が悩んでいると。

 

「……ま、僕様は仲間探しは君に任せるって決めたしな。あのアルティアスって奴を『大丈夫!』と思ったなら仲間に誘ってくれていいし、『無理!』と思ったなら諦めるのもいい。君の裁量に任せる」

 

 ゼロツーは頬杖を突きながら、俊介に目を向けてそう言った。

 その言葉を受け、俊介は少し戸惑いながら言葉を吐く。

 

「い、言っとくけど、俺別に人を見る目はそこまでないぞ……大丈夫か?」

「いやいや、今日一日でここまで情報を引き出せたんだから大したもんだよ。別に裁量を任せるってだけで相談するなって言ってるわけじゃないしね。けど最後の決定を君に任せるのは、それこそもう……『信頼』ってやつだよ」

「……『信頼』……ね」

 

 俊介が少しだけその言葉を頭の中で反芻する。

 家族や殺人鬼のみんな以外からそんな言葉を真正面から言われたのは生まれて初めてな気がする。

 

「……分かった。まあ、やれるだけやってみるよ」

「それでいいんだよ。『俺にできなかったらこの世の誰にもできねえよバーカ!』ってくらいの気概でやっちゃえやっちゃえ」

「いやそこまで強気にはなれないわ……」

「そう? 僕様はいつもそれくらいのマインドで行動してるけどね!」

 

 ビシッと決め顔でそう言うゼロツー。

 ついでになぜかジャンも決め顔をする。二人そろって何やってんだ。

 

 俊介が苦笑の表情を浮かべる。

 するとゼロツーとジャンが顔を合わせて笑った後、同時に立ち上がる。

 

「んじゃ、今日はもう解散! 明日は解剖用の死体調達しとくから、例の医者の件は頼んだぞ!」

「お……おう。分かった」

「ジャン! 明日の打ち合わせするから少しだけこっち来い!」

「はいよ~」

 

 二人はリングを覆う盗聴防止装置を外し、秘密の会議室から出ていく。

 一人取り残された俊介も同じように盗聴防止装置を外し、会議室から歩き出た。

 

 

 アルティアスを仲間に誘うべきなのか。

 それとも他の人物を探すべきなのか。

 まだ答えは分からないが、自分の力を限界まで振り絞ってやってみよう。

 

 そうしないときっと、この脱獄計画は成功しないから。

 

 

 そんなことを胸に思いながら、俊介は自身の監房に戻り、ベッドに寝転がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 朝の点呼の時間。

 

「――――オイッ! お前、毎日私が起こしてんじゃねえかよッ! いい加減自分で起きろ!」

「……ご、ごご……っ……」

 

 夜の九時過ぎまで同調を続けていた俊介。

 昨日の決意もいざ知らず、今は知雫に頬が真っ赤になるまでビンタされてもアホ面を晒して眠りこけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 







突然世界に現れて魔族を殺し回った勇者『アルティアス』
そしてもっと突然世界に現れてありとあらゆる生物を殺し回った暴君『アニーシャ』

マオの胃は穴だらけ
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