殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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一万二千文字くらいになってしまった……。
時間のある時にお読みください。


#117 憂慮の夜桜

 

 

 

 

 ――――夏が近づき、強くなり始めた日差しが左頬に当たる。

 

 

 

 学校の教室は、右利きの人が文字を書くとき手元に影ができないように、生徒から見て窓が左側になるように設計されているらしい。

 そんな取り留めもなく、全くもってどうでもいい雑学知識が頭の中をよぎる。

 

 板書をしながら教科書を読み上げる教師の言葉。

 右耳から左耳へと何の引っかかりもなく通り抜けていく。

 

 教科書とノートを開き、ペンを持つ。

 だが授業が始まってからただの一度もペン先が何かの文字を書くことはない。

 

 

 少しだけ振り返り、肩越しに左後方にある席を見る。

 

 窓の端に括られたカーテンのすぐ前で眠たげな目で黒板の内容をノートに書き写す。時々音がしないようにあくびを噛み殺し、教師の言う授業内容をいまいち理解できなかった時は片眉を数ミリだけ下げ、右手の中指と人指し指で教科書のページ表面を摩擦でペラペラと捲って内容を理解しようとする。しかし逆に授業内容をよく理解できたときは誰にも見られないように、しかし得意げに口角をほんの少しだけ上げ、調子が良さそうにペン先の動く速度が僅かに早まる。基本的に授業を真面目に聞いているがたまに窓の外や廊下の方に視線を向け、他のクラスメイトにバレないように、しかしつぶさに観察していれば授業内容を理解できた時よりも分かりやすく表情を喜色に染めたものに変化させているのが見て取れる。恐らく自分の人格が何かをしているのを見て微笑んでいるのだろう。その時だけは退屈な授業を聞くよりも人格達のことを見る方を優先しているのか、ペンを手から離して頬杖を突きながら何もない所をじっと見つめている。傍から見れば何も考えずに呆けているように思えるその姿は、窓から差し込む強い日光に照らされているからか、少しの神秘性も纏っているように見えた。

 

 

 ……いつも通りなら、そこにあるはずの姿。

 私は既に理解して久しい授業内容から意識を外し、彼の姿を細かに観察していた。

 誰にも関与しないし誰にも関与されない自己完結した彼。それを観察することで、私だけがこの教室の中で彼に関与できているような気がしたのだ。

 

 しかし。

 今は何度振り返っても、そこに彼の姿はない。

 見る度にほっと安堵してしまい、その度に好きの気持ちが強くなるような姿は何処にも見当たらない。

 

「…………」

 

 夜桜は悔しそうにペンを強く握りしめる。

 誰にも座られずに数日の時が経った日高俊介の席は、うっすらと埃が積もり始めていた。

 

 

 

 

 ――――思考が上手くまとまらない間に、今日の授業が終わるチャイムが鳴り響く。

 

 

 

 

『紗由莉ぃ……その、あの、えっと……』

 

 夜桜が学校に登校してから彼女の近くでずっとそわそわと動き回っていたバクダン。

 覇気のない顔で帰る準備をする夜桜に対して、心配そうに眉をハの字に曲げながら、手の指をくるくると回しつつ声を掛ける。

 

『あ、あいつなら大丈夫だって! ほら、あのピュアなんちゃらってのに勝つくらい強いんだし……。どっかで元気にやってるって……』

「…………」

『な、なぁ……。元気出せって……』

 

 バクダンの声に返事をすることなく、夜桜は俊介の席にそっと近づく。

 

 

 ――――俊介は今、『()()()()』として扱われている。

 

 未来革命機関から夜桜を助けるために数日ほど仮病で学校を休んでいた。

 夜桜関連の事情は知らずとも、『仮病で学校を休む』という部分だけは俊介の親も把握していたらしい。たまにはずる休みしたい時もあるだろうと思っていたそうだ。

 しかし人対に捕まってから、俊介はぱったりと姿を消した。

 

 数日経っても連絡が付かず、家にも全く帰って来ない。

 俊介の両親は警察に相談したが、『事件性のない未成年の家出』として殆どマトモに取り扱ってくれなかったらしい。

 両親……特に俊介の母親が『明らかに事件性があるだろ』と警察相手に思い切り激怒したそうだ。

 

 なんでも、俊介は昔から少しの間だけ姿を消すことが幾度かあったらしい。

 それでも一日に一度以上の連絡は絶対に欠かさなかった。電話を掛ければ数コールの間に絶対に出たので、両親もそう心配しなかったと言う。

 

 しかし今回は数日間、一度も連絡を寄越さずに消息不明になっている。

 『こんな状態で事件性がないわけがない』と警察官に殴りかかりそうな剣幕で怒鳴っていたとか。

 

 

 

「…………」

 

 埃の積もった机を指先で軽く撫でる。

 ……この席に俊介が帰ってくるかは分からない。恐らく帰ってこない可能性の方が高い。

 

 俊介が人対に捕まった後の行方は夜桜には何も分からない。

 そもそも海を割るほどの攻撃を食らった俊介が生きているのかすらも分からないのだ。

 

 唇をぎゅっと噛みしめる。

 全ては自分が未来革命機関に捕まってしまったのが原因だ。

 自分がピュアホワイトに捕まったことが、結果的に俊介が人対に捕まる事態を招いてしまった。

 

……何が天才だ……

 

 口から怨嗟のように低い声が漏れる。

 

 ……昔から万能の才能を持つともてはやされた。 

 

 勉学、スポーツ、その他諸々……全ての分野において『できなかった』ことは一つもなかった。

 他人が額に汗を流して努力しながら進む茨の道を、自分だけが飛行機か何かでショートカットして飛んでいるような気分だった。

 

 一を聞けば十を理解できる。誰かに師事すればどんな分野でも一ヵ月未満でマスターできる。

 既に多くの分野で才能を磨き、世界トップクラスの技量を持っている自信もある。

 

 しかし……どれだけ才能を持っていたとしても。

 

 『ピュアホワイト』という人間を超えた本物の怪物には手も足も出ない。

 自身が賛美の声を受けられるのは、あくまで『()()()()()』での話なのだ。『()()()()()』では容易く足蹴にされるほどの力しかない。

 

 今の夜桜には、『()()()()()』にいる()()を追う力がない。

 

 俊介が今どこにいるかすら知ることができないほど、圧倒的に無力だった。

 

 

 

 悔しそうに唇を噛みしめる夜桜を見て、ぽつりと声を漏らすバクダン。

 

『紗由莉……』

 

 そんな時、二人に向かって背後から同じクラスの女子生徒が声を掛けてきた。

 

「夜桜さ~ん! 今日ヒマ?」

『?』

「……どうしたの?」

 

 二人は同時に振り返る。

 そこにいたのはクラスでも中心の方にいる、少し化粧の濃い陽気な女子生徒だった。

 

 バクダンは不思議そうな顔を浮かべ、夜桜は自分でも下手くそだと分かるような作り笑いを顔に貼り付けた。

 女子生徒は夜桜の作り笑いに全く気付かず、笑みを浮かべながら言葉を発する。

 

「この後何人かで集まってカラオケ行くんだけど、夜桜さんも一緒にどう?」

 

 そう言うと、彼女の後ろにクラスでいつも中心にいる生徒達が集まってきた。

 夜桜に声を掛けた彼女含めて六人。男女それぞれで三人ずつのグループだ。

 軽薄そうな印象を思わせる格好の男子生徒が、夜桜に言葉を発する。

 

「ちょっと前に知ったんだけど、夜桜さんって歌の大会みたいなので金賞取ったこともあるんでしょ?」

「あはは。まあ、中学生の頃にね」

「すっご~!! うわ、カラオケで最高何点くらい採ったことあるの?」

「カラオケ行ったことないから、ちょっと分からないかな」

「マジで? めずらし~」

 

 夜桜が作り笑いとトーンの落ちた声で返答し続ける。

 いつも間近で彼女のことを見ているバクダンは、気晴らしにカラオケへ行くことを勧めた方がいいのか、会話を切り上げてさっさと帰ることを勧めた方がいいのか迷っていた。

 

 と、そんな時。

 先ほど話していたのとは別のピアスを付けた男子生徒が、夜桜が俊介の席に手を置いているのに気が付いた。

 

「あれ。夜桜さん、そこの席の奴になんか用事あんの?」

「! うん、最近日高君が学校に来てないなって」

「あ~……そういや日高って名前だったな、そいつ」

 

 ぽりぽりと頭を掻きながらそう言う生徒。

 だるそうな声色で言葉を紡ぐ。

 

「俺とその日高って奴、小学校から高校まで一緒なんだけどさ。マジでいるかいないか分かんないくらい喋んないんだよ。今名前聞くまで俺も忘れてたし」

「……へえ、そうなんだ?」

『おいおいいきなり何言いだしてんだコイツ……』

 

 夜桜のうっすら興味を含んだ声色と、バクダンの困惑したような声色。

 ピアスを付けた彼は俊介の話題に夜桜が興味を示したのを感じたのか、少し饒舌になって話し始める。

 

「友達いるとこなんて一度も見たことないし、学校にいなくても何も変わんないって。夜桜さんが気にする必要ないくらいのド陰キャだから」

「ふ~ん」

「つかマジでさ、将来犯罪やんのってこんな感じの奴なんだなっていつも思ってたから! 関わるだけ損しかないって!」

「…………」

『こっ、こいつ、なんてデリカシーのない……!! つか紗由莉が不機嫌だって気づかねーのかよ……!』

 

 その言葉を聞いたバクダンが、気持ちの悪い物をみるような侮蔑した目線を向ける。

 夜桜は顔に貼り付けた笑みが一瞬消えかけるが、すぐに無理やり口角を上げて更に下手くそな笑顔を浮かべる。

 

「せっかくのお誘いだけど、ごめんね? 今日は病院にお見舞いに行く予定があるから……」

「あ、そうなの? じゃあ仕方ないか……。また今度ね?」

「うん。また機会があったらね」

 

 最初に声を掛けてきた女子生徒が申し訳なさそうに頭を下げる。

 そしてピアスの男子生徒を素早く教室の外に引っ張って行き、夜桜にギリギリ聞こえるか聞こえないかくらいの声量で話し始めた。

 

「あんたデリカシーなさすぎ。最ッ低」

「は? 何が?」

「遊びに誘ってる途中で人の悪口言っていいわけないじゃん。私も心で思ってたりはするけど、口に出しちゃダメなことがあるでしょ」

「なに真面目に説教してんだよ。ウザ」

「夜桜さん狙いなの丸見えのほうがキモイから。他人のこと貶して興味引こうとする方がマジで最低ってわかんない?」

 

 教室の外で静かに喧嘩を始める二人。

 それを止めるためか、他の男女の生徒が教室の外へと出て行った。

 

 顔を赤くして怒っていたバクダンだが、喧嘩の声が聞こえてきたので少し留飲が下がったのか、不機嫌そうな唸り声を出して怒りを収める。

 夜桜は先ほどの作り笑いを顔から消し、一欠片の感情すら含まない真顔でじっと教室の外を見つめていた。

 

 腕を組み、声を出すバクダン。

 

『陽キャにもデリカシーのある奴とない奴がいるんだな。私が元の世界で出会ってたのは、運悪く全員デリカシーがない奴だったってわけか』

「人それぞれだからね」

『……ところで、病院の見舞いの予定って本当なのか?』

「うん、本当だよ。橘さんのね」

『なるほどな』

 

 夜桜はバクダンの質問に短く返答しつつ、教室の外の喧嘩を避けるため、反対側の扉から教室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――未来革命機関から救出された被害者は合計で168人に及んだ。

 榊浦美優によって実験台にされていた女性達は大小あれど、もれなく精神的な病を抱えていた。

 しかし精神病だけならまだマシな方で、中には体に重篤な障害を抱えている人もいるらしい。

 

 国はあまりに多すぎる被害者を隠蔽するため、全員を山奥にある病院の隔離病棟に隔離した。

 

 未来革命機関の拠点で人対に救出された橘も、この隔離病棟に入院しているのだった。

 

 

 

 

 夜桜はタクシーの運転手にカードで支払いを済ませて車から降りる。

 森の中にたたずむ純白の病院。近隣の村から運ばれた救急の患者の処置をしたり、特定の医療研修をしたりするために作られた病院らしい。

 大学病院ほどではないが、山奥にある病院にしてはそこそこ規模の大きな病院だ。

 

 そして夜桜グループはこの病院の創設にガッツリ一枚噛んでいた。

 国と近隣の村々からお金を集めて病院を作ろうという話になった時、夜桜グループがボランティア活動の一環としてまあまあな金額を出資したらしい。

 

 これは夜桜紗由莉がまだ4~5歳のころの話で、出資したのは父である夜桜宗次郎である。

 その関係で、本来隠蔽されているはずの未来革命機関の被害者がここに収監されたことも知れたのだ。

 ……相変わらず変な所に根を張っているものである。

 

 

 夜桜は病院の入口を通り抜け、受付にいる年配の女性に話しかける。

 

「すみません。少しよろしいですか?」

「はい? どうかし……よ、夜桜さんのところの娘さん?」

「そうです。覚えていてくれたんですね」

「当然よ~! この病院をオープンする時にお父さんと一緒に来てたじゃない? あんなにちっちゃかったのにもうこんなに大きくなったのね! 私もこの近隣の村の出身で、お父さんの体が悪くなり始めた時に近くにおっきな病院ができたから本当に助かったのよ~! 実家に近い場所で働き口もできたし、ちょっと下品な話になるけど給料もいいしね~? でねでね……」

 

 マシンガンのように話し始める受付の女性。

 夜桜は少し気圧されながらも、大きく咳払いをして話を切り替える。

 

「ごほん! ……その、大丈夫ですか?」

「あ! あらあらごめんなさいね! おばちゃん興奮するとすぐペラペラ喋っちゃってね、今すぐ真面目モードに切り替えるわ! コホン……それで、今日はどうされましたか?」

()()()()の方に通してほしいんです」

「…………院長さん呼ぶわね。私じゃ流石に権限ないのよ~」

 

 彼女は傍にあった内線の電話を手に取り、慣れた手つきで番号を押す。

 そして数コールもしない間に電話を取る音が鳴り、ペコペコと頭を下げながら受話器の向こうの院長に話し始めた。

 一分もしない内に会話は終わり、受話器を置いた女性は夜桜に顔を向ける。

 

「『お父様(宗次郎)から既に連絡を受けているのでどうぞ』、だって」

「えっ……父が?」

「らしいわね。色んな科の先生が最新の医療機器を導入できるって喜んでたし、もしかしたら……ああいや、なんでもないわ。おばちゃんの邪推ね」

「…………」

 

 どうやら行動を先読みされていたらしい。

 私に何も言わずに先に話を通しておくなんて……病院にまあまあな援助(わいろ)も渡してるみたいだし。まあ国から隠蔽されてる隔離病棟に外部の人間を入れるリスクを負わせるんだから、それくらいの援助をする必要があるのは分かってる。

 こっちで事前に用意していたお金を使わずに済んだけど、なんかムカつく。

 

 夜桜が内心でふてくされていると、受付の女性が問いかけてきた。

 

「隔離病棟の場所は分かる?」

「大丈夫です。分かります」

「そう……。何があるかはおばちゃんも知らないんだけど、気をつけてね?」

「病院の中なので危ないことはないですよ。ありがとうございました」

 

 軽く頭を下げて廊下を歩き始める。

 隔離病棟は病院の奥まった所にある扉から、渡り廊下を渡って別の建物に移る。

 本来は特殊な感染症等の隔離所として使われるような建物らしい。

 

 『隔離病棟』と文字の書かれた扉を開けると、まず視界に入ったのは物々しい監視カメラ。

 入口から入ってきた者の顔を鮮明に記録できる高価なカメラだ。

 しかし夜桜はすぐに目を逸らし、病室の扉に書かれた名前を確認しながら廊下を歩く。

 

「……『橘 春斗』。ここかな」

 

 目的のネームプレートが貼られた一人用の病室を見つけ、扉を軽くノックする。返事はない。

 何度かノックするがまたもや返事はない。

 夜桜は首を傾げたあと、ゆっくりと扉を開けた。

 

 

「…………ぐう……」

 

 さほど広くない個室。余り開かない窓が一枚だけある。

 殆ど汚れていない白い壁と床は、この隔離病棟が殆ど使われていないことをうかがわせる。

 明るい色の木製の机と、安っぽい事務椅子。机の上には何もない。

 

 そして純白のリネンシーツが使われたベッドの上で、病院服を着崩した金髪の女性が寝息を立てて眠っていた。

 夜桜は静かに近づき、眠ったままの橘の肩を揺らす。

 

「橘さん。橘さん? 平気ですか?」

「んん……ん? う……うおっ!」

 

 寝ぼけ眼を擦りながら肩を揺らす夜桜の顔を見る橘。

 そしてオバケでも見たように大きく身を引いて驚く。

 

「よっ、夜桜! お、おお、無事だったか!」

「それはこっちの言葉ですよ。橘さんこそ、ご無事そうで良かったです」

「ああっ、いやいや、無事なら良かったんだ! あはは……うん……」

「…………」

 

 夜桜は目を細め、彼女の挙動をよく観察する。

 ベッドで眠った状態から上半身だけを起こしているものの、明らかに夜桜から距離を取るように身を引いている。

 何か気まずそうに身を縮こまらせ、目線が常に左右に移動し続けていて、顔からだらだらと大量の冷や汗を流していた。

 

 ……誰がどう見たって分かるほどの挙動不審っぷりである。

 夜桜はじとっと細めた目を彼女に向ける。

 

「あの、橘さん。私に何か隠してます?」

「ええッ? いや、まあ~……あの……」

 

 更に視線が左右に移動する速度が上がる。

 それどころか上下の向きも加わった。

 夜桜が疑いの視線を向け続けていると、橘は観念したのか、涙目になってガバッと頭を下げた。

 

「ま……マジでごめんッ!!! 完全に俺の失態なんだ……ッ!!!」

「……何があったんですか?」

「ああ……」

 

 

 そこから、橘はぽつぽつと語り始めた。

 

 

 

 

「あんたが榊浦美優を持って逃げたあと、俺は気絶したウィザードを確保したまま救助を待ってたんだ」

「都合よくウィザードに胸をぶっ刺されてたしさ。『逃げ出した榊浦美優の実験台で、たまたまウィザードともみあいになった結果相打ちになった』って嘘を吐こうとしてたんだ」

 

「けどいざ救助部隊が来た時に気づいたんだ……俺はとんでもないことを失念してたんだよ。完全に俺のミスだ」

 

「未来革命機関の拠点に攻め込む前に、俊介は人対の白戸って奴と戦ってる時にピュアホワイトの襲撃を受けたんだ。そんで俊介は割とヤバい傷を受けたんだ」

「それでその時、俊介を助けるために白戸の前に出た時にさ……。俺、ガッツリあいつに顔見られてたんだよね……」

 

「なんでこんな大事なこと忘れてたんだ……?! 俺の馬鹿がよ! ……ほんと、マジでごめん……」

 

「…………」

 

「とにかく、俊介と外で関わっているところを見られたのに『逃げた実験台』って嘘は通じるわけがなかったんだ。俺は簡易的に傷の処置を受けたあとに尋問されちまった」

「元の世界でそこそこワルだったから、警察に事情聴取されるのは慣れてたけどよ。あの白戸って眼鏡に睨まれながらの尋問はマジで怖かったな」

 

「最初に聞かれたのは、日高俊介のこと。特に、なんであいつが未来革命機関に襲撃をしかけたかって理由を聞き出そうとしてきてたな。『夜桜を助けるため』って理由は全力でぼかしたけど、多分俺が明言してないだけで薄々勘づかれてるとは思う……」

 

「その後、榊浦美優のこともかなり聞かれたよ。一体どこに行ったのか、どんな犯罪をしてたのかって。こっちは完全にしらを切った」

 

「で、事情聴取の途中で白戸に電話が掛かってきてさ。『突然の捜査打ち切り』とかなんとかで、『また上の……!』とかブチギレながら俺をここまで送って来たんだ」

 

「……俺に起きたことは、これで全部だ。マジで申し訳ない……」

 

 

 

 

 

 

 

 橘が半泣きになりながら自身の罪を吐露する。

 そして怯えるような表情で夜桜の顔を見たが、意外にも、夜桜は怒ったような表情を浮かべていなかった。

 顎に手を当てて考え込み……夜桜は口を開く。

 

「まずひとつ、いいですか?」

「あ、ああ」

「日高君が私を助けるために未来革命機関に襲撃したことは多分人対は勘づいてると思います。確信してると言ってもいいかと」

「……そうなのか?」

「ええ」

 

 橘の呆けたような表情に、夜桜は頷きを返す。

 

 人対も、国認定の人格持ちである夜桜が誘拐されていたことは知っているはずだ。

 そして俊介はここ最近、クラスメイトである夜桜と関わりが深い。俊介が姿を隠した犯罪者として何度も夜桜と関わっているのを人対は何度か目撃しているはずだ。

 最期に、俊介が襲撃を仕掛けたあとに夜桜が学校に登校してきている。

 

 ……流石にこんな状況で、夜桜と俊介のつながりを疑わない者はいない。

 

 まあ、馬鹿真面目に学校に登校してきてしまった自分にも迂闊な面はあった。というか明らかに迂闊だった。

 しかし日高君の椅子に毎日十分以上は座らないと心が壊れそうなのでセーフとする。舐めようとするとバクダンにたしなめられた。

 

 

 夜桜は顎から手を放し、橘の方に顔を向ける。

 

「まあ私が目を付けられ始めているのは少し厄介ですけどね」

「うっ。ご、ごめん……」

「大丈夫です。日高君と関わるならいずれはこうなると予測してました。それに()()()()()も分かりましたし」

「え? 嬉しいこと?」

 

 橘の問いに、夜桜は隠しきれないという風な笑みを浮かべながら頷く。

 

「もし日高君が死んでたら、わざわざ日高君について事情聴取しないと思いませんか?」

「……! そ、それもそうだな! ってことは、あいつは刑務所みたいなとこにいるってことかもな!」

「はい……!」

 

 夜桜の中で『日高俊介が人対の一撃で死んだ』という線は限りなく薄くなった。

 そんな確証もない推測に近いことだけで、乾ききった心が潤いを持ち始めるのには充分だった。

 

 胸にしたたかな希望を携えながら、鋭い目つきで橘と話を続けようとする夜桜。

 

「そして、人対は榊浦美優のことも聞き出そうとしていたんですよね?」

「あ、ああ。……そういえば、榊浦美優はどうなったんだ?」

「……絶対に見つからない場所で捕まえたままにしています。警察に引き渡すと無罪放免されそうなので」

「そうか。……うん、俺も今の状況なら捕まえたままの方がいいと思う」

 

 二人の意見は一致する。

 榊浦親子の片割れである榊浦美優は余りに優秀で、功績が多すぎる。下手をすると今回の未来革命機関の所業さえもみ消されてしまいかねない。

 それどころか、榊浦豊……彼女の実の親が殺しに来る可能性もあるのだ。

 そう考えると、やはり手元に置いておいた方がどう考えても利がある。

 

「人対も榊浦美優を捕まえようとしているんでしょうか。いや、もしかすると未来革命機関の被害者扱いで確保しようとしてるのかな……」

「被害者って……あんな奴、加害者以外の何物でもない化け物じゃねーか!」

「あくまで可能性ですから。まあ何にしても、人対や榊浦豊も『榊浦美優』の身柄が欲しいと思ってるんですね……」

 

 夜桜はあまりにも儚い。

 人対の警察という組織力には敵わない。

 榊浦豊という規格外の権力をもった怪物には敵わない。

 

 だが、今夜桜の手元にはその二つの陣営に勝る切り札が伏せられている。

 『榊浦美優』。浮遊人格統合技術の開発者が恐ろしい犯罪を行っていたという事実。

 こんなカッコいい言い方をするのもムカつくが、まさに盤面をひっくり返すジョーカーだ。

 

 最高のタイミングでその切り札を切ることが出来れば、人対と榊浦豊の両方に大ダメージを与えられる……はず。

 

「……とにかく、色々な荒事はこっちで何とかします。情報提供ありがとうございました」

「あ、ああ。なんか全然役に立てなくてごめんな」

「いいんですよ。……じゃあ、今から私がここに来た本来の目的について話しますね」

 

 

 夜桜はにこりと微笑みながら、椅子を引いて橘のベッドの横に座る。

 そして学生鞄の中から色とりどりな手帳のようなものを取り出し、橘の足の上にばらまいた。

 よく見るとそれは様々な国のパスポートだった。しかし肝心の中身はなく、外側の表紙だけである。

 橘は首を傾げた。

 

「? 何これ」

「橘さん。あなた今、何の身分証明も持っていない状態ですよね? 戸籍すらない」

「いやまあそうだけど……」

「なので、私の力であなたの身分を偽造します。日本国籍は管理がかなり厳重なので、管理が緩い国から選んでくれると時短でできると思います。もちろん日本の国籍がいいならそれでも……」

「ちょ、ちょっとタンマ!」

 

 突然犯罪行為について語り始める夜桜にストップをかける橘。

 

「な、なんで?! そ、そこまでしてもらうほど俺別に役に立ってないだろ!」

「日高君が辛い時に協力をしてくれた人に、私は恩義を返さないほど恩知らずじゃないですよ。役に立ったとか立たないとかじゃありません」

「…………」

 

 夜桜の真摯な言葉に、橘は少しだけ顔を横に振る。

 そして顔を隠すように俯きながら、低い声を絞り出した。

 

「そんなに優しくしてもらえるほど、出来た人間じゃないんだよ俺……」

「昔のあなたを私は知りません。でも、今のあなたは信頼できる人だと思いますよ」

「……そっか。ろくでもない奴だったけど、俺も少しは変われたのかな? 少し恥ずかしいけど……」

 

 ぽたぽたと布団に雫が落ちる。

 

 最初は俊介に『未来革命機関を潰さないと殺される』と脅され、半ば強制的に手伝った。機関と事を構えるなんて冗談じゃないと思った。

 それでも、自分より年下の俊介がピュアホワイトという恐怖に立ち向かっているのを見た。

 好きな子を助けるためという、こっちが恥ずかしくなるような青臭い思いの為に。

 

 ……自分はそこまで強い人間じゃない。

 折れた両腕が治っても、そこらのチンピラに勝てるくらいの腕っぷししかない。

 頭が悪いから難しいことは分からないし、深い思慮も巡らせることはできない。

 

 それでもなんとなく、俊介の姿を見ていると。

 一番重要なのは……怖いことに立ち向かえる心の強さを持っているか、なんじゃないかと思った。

 

 どれだけ強くても、心が折れていては動くことすらできない。

 弱い奴だって心だけは強く持つ権利がある。

 

 ……きっとそう気づいたからこそ、あの時ウィザードにわざと胸を刺させて、動きを止めることができたんだと思う。

 そう考えると、ろくでもない生まれでろくでもない育ち方をしてきた自分も……少しは変われたのかなって。

 少しだけ希望を持つことができた。

 

 

「……面倒だと思うけど、日本国籍にしてもらっていいか?」

「ええ。……何か理由でも?」

「実は、この国で今後も暮らそうと思ってるんだよ。……ここの人たちのために」

 

 そう言った後、橘は病室の扉の方に目を向けた。

 目を細め、どこか悲しさを含んだ瞳を浮かべる。

 

「まだここに来て一晩しか経ってないけど……夜になると、みんな一斉に苦しみだすんだよ。多分実験台にされてた時のトラウマだと思う。奇声がそこら中から響く隔離病棟を看護師がドタドタ走り回る足音で夜は全く眠れないんだ。中には自殺未遂をする奴もいるって……」

「…………」

「俺も未来革命機関で、ピュアホワイトの奴に強制的にやらされたとはいえ……人を一人、殺しちまってる。人を殺す覚悟を付けさせるとかよくわかんない理由のために……」

 

 橘は初めて俊介と出会った時に浮かべていた怯えた目ではなく。

 強い決意をもった目で、覚悟の籠った言葉を吐いた。

 

「人を殺してしまったことへの、自分勝手な罪滅ぼしかもだけど……ここの人達が全員治るまで助けになってあげたいと思ったんだ。俺ができることってそれくらいしかないから」

 

 その言葉を聞いた夜桜は、小さく頷きながら言葉を吐く。

 

「……凄く立派だと思います。本当に」

「よしてくれよ。まだ両腕が治ってないから何もできなくて、カッコつけた言葉しか吐けないんだ」

「そんなことないです。本気の言葉を他人に言うってすごく勇気がいることですから」

「そうか。……少しは年上の威厳を見せられたかな? ははは……」

 

 彼女は少しだけ乾いた笑みを出した後、真剣なものに表情を戻す。

 そして折れた腕を少しだけ動かし、夜桜の手の上にぽんと置いた。

 

「俺は力不足だ。ここから先、君と俊介がする戦いには全くついていけない。……だから申し訳ないけどここで離脱させてほしい」

「はい。分かりました」

 

 夜桜が短く返事をすると、橘は真剣な表情を崩す。 

 そしてへにゃりとした笑みを浮かべながら、少しふざけた声色で言葉を吐いた。

 

「……でも、何かあったらすぐに呼んでくれてもいいんだぞ? この世界の医療技術は凄いから、両腕も早く治りそうだし! 車の運転くらいならできるしな!」

「ふふ……そうですね。じゃあ何かあったらすぐ呼ばせてもらいます」

「おうおう、ドンとこい!」

 

 俊介達と橘の行く先はきっと今この瞬間に分かたれた。

 だとしても、彼女との縁が全て切れた訳ではない。

 何かあれば協力しあえる仲間として、ずっと縁は繋がれたままだろう。

 

 そう信じているからこそ、夜桜と橘はなんの悲しみもなく『またね』を言い合うことができる。

 

「それじゃあ、日本国籍の身分証明書ができたら持ってきますね。時間がかかると言っても、まあ、数日くらいだと思います」

「はやッ! そんな急がなくてもいいんだぞ……?」

「大丈夫ですよ。お金パワーです」

「お、お金パワーか……すごいな……」

 

 椅子から立ち上がり、病室の扉に手を掛ける夜桜。

 橘はベッドから立ち上がって見送ろうとするが、夜桜がそれを制止する。

 

「立たなくても大丈夫ですよ。また今度来ますから」

「そ、そうかぁ? 悪いな、座ったままで」

「こっちは気にせず、ゆっくり怪我を治してください。ここは夜桜グループがセキュリティに関わっているので安全ですから……まあ外に出れない上に娯楽もないですけど」

「そこなんだよなぁ。せめてテレビでも置いててくれれば暇つぶしできるんだけど」

 

 唇を尖らせて文句を垂れる橘。

 その様子を見た夜桜は、今度何か娯楽品でも持ってきてあげようかなと思う。

 両腕が折れているから紙の本は無理だし、複雑な操作を要するゲーム機器も厳しそうだ。

 タブレットを持って来て映画やドラマを見れるようにしてあげるのが安パイかな。

 

 そんなことを考えながら、夜桜は扉を開ける。

 

「じゃあ、そろそろ行きますね」

「そうか。ま、こっちはベッドでぐーすぴ眠ってるだけだから心配すんな!」

 

 扉の外に出て、取っ手に手を掛ける。

 その状態で橘に頭を下げ、言葉を掛けた。

 

「それじゃあ、また」

「おう、またな!」

 

 彼女がにこやかな笑顔を浮かべるのを眺めながら。

 夜桜は静かに、惜しむように、ぱたりと扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……それが生きたまま彼女を見る最後の機会だったとは、その時は、全く思いもしなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






橘が白戸にガッツリ顔を見られていたのをこの話を書くまでガッツリ忘れていたガバ
つまり、毎度恒例の『プロットガバ』ですね
物語の中で何度プロットガバをすれば気が済むんだ?

ガチな話、今回のガバは気づいたとき結構本気で焦りました

作者ツイッターではガバに気づいた瞬間の作者の焦りもよく書きなぐってます
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