殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#118 脳にへばりつく悪感情の汚泥

 

 

 

 

 

 まどろみ。

 全身が生暖かな泥に包まれているような感覚。

 酷く暗い場所で目を瞑っていると、何処かからコンコンと、扉を叩くような音が聞こえてきた。

 

 その音が響く度に、次第に体を包む泥の粘度が低くなっていく感覚がする。

 そして目を少しずつ開けながら、泥から体を離すように体を起こした。

 

 

 

「――――んっ……」

 

 パチリと、目が覚めた。

 全身に鉛を括り付けられているような重さを感じる。体を少し動かしただけで関節がパキパキと音を鳴らす。

 

 ……酷く熟睡していたようだ。

 朝の点呼を済ませた記憶すらない。目がしょぼしょぼする。

 

 そして、誰かが監房の鋼鉄製の扉をカンカンと何度もノックし続けていた。

 体にかかる布団を蹴り飛ばし、寝ぐせの付いた髪を手で整えながら扉を開ける。

 

「はい……なんだ、ジャンか」

「おお、いたいた俊介っち。……え、まだ寝てたの?」

「んん? ああ、今起きたばっか……ふわぁああ……」

 

 会話の途中で思わずあくびが出てしまう。咄嗟に顔を逸らして口を覆い、ジャンに手で謝罪の意を示す。

 そして目端に溜まった涙をぬぐい、ジャンの方を向く。

 

「朝の点呼の記憶がないけど……体感的に、まだ午前十時とかじゃないのか?」

「いやいや……もう午後五時だけど」

「ご……え、マジ?」

 

 ジャンの言葉に思わず目を見開いて驚く俊介。

 確か昨日眠ったのが、夜時間が始まる午後十時の少し前だから……大体十九時間近く眠っていたということになる。

 ヘッズハンターの力をそのまま借りる同調のデメリットと考えれば、『長すぎる睡眠』というのはかなり軽く感じる。しかし一日の行動時間が大幅に削られてしまうのはあまりよろしくない。

 

 ……朝起きてから夜寝るまで、一日中同調しているからデメリットの睡眠時間も多いのだろうか?

 短時間の同調ならばもう少し睡眠時間も減るかもしれない。

 

「俊介っち、おーい?」

「あ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」

「まあいいけど……ほら、昨日話してた件。滅茶苦茶早く準備できたから今日中に、さ」

 

 昨日話してた件……。

 ……『()()』のことか。

 

 凄いな。

 昨日の今日でそんなに早く準備できるものなのか?

 いや、元々ゼロツーやジャンはこの刑務所で暮らしていたんだ。色々な伝手があってもおかしくはない。

 

 俊介は内心で二人の手腕に感嘆しつつ、言葉を返す。

 

「分かった。今すぐ行こう」

「うん……いやその、俊介っち。別に全く時間の余裕がないわけじゃないから、胸元のそれ、トイレの洗面台で洗ってきたら?」

「胸元?」

 

 ジャンにそう言われ、俊介は自身の胸元に視線を降ろした。

 すると寝る前には閉めていたはずの服の胸のボタンが、いつの間にか全開になっていることに気づく。

 しかもちょうど胸部の中心辺りに血で不思議な紋様が描かれていた。既にカピカピに乾いている。

 

「な、なんだこの血!? え、ホントに何?!」

「いやぁ……俊介っち。流石に流血した挙句、血で模様を描く行為(プレイ)は危険っていうか、特殊すぎるっていうか……」

「知らねーって!」

 

 いたずらにしても流石にたちが悪すぎるだろ……。

 監房に入るにはその監房に住む囚人のリングが必要だし、外部の人間はそう簡単に入れない。だとすると怪しいのは同じ監房の囚人である知雫だ。

 いや本当に何の為にやったんだよ。黒のマーカーで寝てる人に落書きするのは漫画とかで見たことあるけど、血で落書きするとか聞いたことないぞ。

 

「あー……とりあえず、ちょっと洗ってくる」

「はいよ。ここで待ってるから」

 

 

 俊介はジャンに一言断りを入れた後、一度トイレにある洗面所に移動する。

 鏡で胸元の血の紋様を確認し、思わず顔をしかめる。これは服を脱がないと洗うのが難しそうだ。

 

「…………」

 

 石鹸の泡を血に擦り付けた後、蛇口の水を掬って胸にぶつけるように洗う。

 鏡を見ながら首に手を当て、ヘッズハンターを中から呼び出した。

 

『同調か?』

「ああ。お願いしてもいいか?」

『いいんだが……同調のデメリットというか反動というか、例の睡眠が少し怖いくらい眠りが深くてな。……大丈夫か?』

 

 ヘッズハンターが心配げな声をかけてくる。

 自分でもそうは思っていたが、やはり傍から見ても少し異常を感じるレベルの睡眠らしい。十九時間も一度も目覚めずに眠っていたらそりゃそうだという話ではあるが……。

 

「今日は……そうだな、少し同調をする時間を減らしてみるか」

『そうか。まあ実験として一応試しといた方がいいかもな』

「大体そうだな……一時間か二時間くらいで同調を解いた時、どれくらい眠気がくるか試してみたいな」

 

 俊介は濡れた胸元を傍にあったペーパータオルで拭い、服を着直す。

 

「でも同調なしで繁華街歩くのはおっかないから今から同調しておこう。早めに帰ってきて実験してみるってことで」

『まあそれは俺も賛成だ。前みたいに、いつ手斧もったデカい赤ずきんが突っ込んでくるか分からないからな……』

 

 ヘッズハンターがそう言うと同時に、俊介は彼との同調を行う。

 いつも通り身体能力が格段に底上げされる感覚を全身に感じたあと、トイレから出るために足を動かした。

 

 

 大体三分ほどで血を洗い流し、ジャンが待つ監房の前に戻ってくる。

 ジャンは俊介を待つ間、監房の扉に背中を預けながら煙草を吸っていた。そして俊介が歩いて来たのを確認すると、半分ほど残っていた煙草の火を手のひらに押し付けて消す。

 

「ごめん、待たせた」

「ん。そんじゃ行こうか」

 

 ジャンが歩き始めたのを俊介が追う。

 そしてA棟の入口から出繁華街を歩く最中。無言で歩くのに少しの間の悪さを感じ、時間つぶしにと俊介が疑問気な顔で問いかける。

 

「……あの、前から少し気になってたんだけどさ。前にアルのぼうぼう燃えてた木刀を素手で掴んだり、さっきみたいに煙草の火を手で消したりして……熱くないの?」

「ん? ああ、裏の世界じゃあ金を出せば人体改造もやってくれんの。前の世界で宇宙海賊やってた時もちょろっと体弄っててね、それと同じ改造をやってんだ」

 

 そう言うと、ジャンは右手をポンと俊介の肩に置いた。

 一体何をしているんだろうと思ったのも束の間、ジャンの手の平が一気に熱を帯び始めた。

 その熱さは何時間も焼いた石に触られたかのようであり、俊介は咄嗟に身をよじって手から離れる。

 

「あっつッ?! ……な、なんだ今の……魔法?」

「いや、手の中に小型の発熱機器を仕込んでるんだ。割と洒落にならない温度まで任意で上げられるよ。まー、その熱に耐えられるように肘から先はガッツリ弄ってるんだけどね!」

 

 ジャンが朗らかにそう言う中、俊介は肩の熱を逃がすようにパシパシと手で払う。

 ほんの一瞬だけ触られていただけなのに、少し服が溶けてしまっていた。

 ようやく手を止めた俊介は、ジャンの方に顔を向ける。

 

「凄いな……。……ちなみにどれくらいお金かかったの……?」

「いくらかな……? 俺ってこの両手と一緒に、足に人工筋肉入れたり目の性能弄ったり……全身一気に改造したんだよね。だから両腕だけの値段は分かんないな。でも全身一気に改造した時はたしか……」

 

 そう言いながら、ジャンは目線を斜め上に向けながら指を折って何かを数える。

 そして右手の指を三本立てたまま俊介の方に向けた。

 

「これくらい掛かったかな」

「? 三百万?」

「いや、三億」

「たかッ! 億!?」

 

 俊介が思わず目を見開いて驚く。

 その表情を見たジャンは少し得意げな顔を浮かべながら、両手の指をわきわきと動かす。

 

「両手の動きの細やかさを落とさないよう、熱に耐えられる皮膚とか筋肉とか神経とかの改造には滅茶苦茶拘ったんだよね。拳銃を撃つときの感覚は微塵も変えたくないからさ。多分そこで値段が跳ね上がったんだと思う。腕のいい改造師を雇うのにも金が超かかるんだ……」

「へぇ~……」

『ほーん』

「ぅぉ」

 

 感心しながら話を聞いている途中、突然マッドパンクがすぐ傍に現れた。

 そしてジャンの周囲をぐるぐる回りながら両手をじっくり見た後、ふんふんと頷きながら言う。

 

『確かに三億くらい掛けた価値はあるな。僕が言われるまで気づかないくらい上手く作ってるなんて……でも薄っすらよく見ると肌の継ぎ目が……あーでもこの部分は……』

 

 どうやら研究者兼技術者として、ジャンの改造した両手が気になって出てきたらしい。

 そして数十秒ほどじっくり眺めたあと、少し勝ち誇ったような表情で鼻息を鳴らす。

 

『でも僕の方がもっと上手く作れるね。というかわざわざ元の腕を改造するくらいなら、一回肩から下を斬り落として一から人工の義手を作った方がもっと色々機能を搭載できるのに。この様子だと骨も耐熱性だけ重視して強度の方は殆ど上がってないな? ふふん、僕なら……』

 

 ぶつぶつと独り言をつぶやき始めるマッドパンク。

 流石に高性能な義手を付けると言っても、健康な腕を自分から斬り落とす選択は中々できないんじゃないだろうか。

 そう思っていると、マッドパンクの呟きに反応したようにガスマスクが中から出てくる。

 

『待て。確かにお前の作る完全人工の義手のメリットはそうだが、やはり元の腕を残したままの改造にもメリットがあると俺は思う』

『はぁ? 僕の作る義手が劣ってるって?』

『そういう訳じゃない。たださっきもそのジャンという男が言っていたように、元の腕を残したままの肉体改造は本人の『感覚』という曖昧な部分が消えずに残る。しかし一度腕を斬って義手を付けるのは、いわば手に馴染んだ愛銃から新しい銃に持ち変えるようなものだ。再び長い時間をかけて『感覚』を育てていく必要があるのはやはり無視できないコストになる。その感覚が寿命を迎えるまでに元通りにならないリスクもある訳だからな』

『はっ。確かにお前の言う、使用者の僅かな『感覚』って奴は調整が滅茶苦茶難しい。四肢ってのはいわば人間が胎児のときから練習してる道具だからな。何かの道の職人やプロって呼ばれるような奴は特にその感覚って奴を重視する。でもその辺りの感覚を調整する方法は僕も何本も論文書いてんだ。まずは義手の重さの僅かな調整から――――』

 

 

 

 ――――恐ろしく専門的な会話が始まった。

 ここから先は二人が何を言ってるのか全く分からなくなったが、お互いに凄い剣幕で話し合ってる。

 

 なぜか取っ組み合いになりそうな雰囲気に発達した二人を置いて、俊介はジャンと共に歩き始めた。

 

 

『何言ってるかさっぱり分かんねーな』

 

 ヘッズハンターが俊介と同じ感想をぼそりと呟いた。

 同士がいてくれて嬉しい。

 

『別に改造したり義手を付けたりしなくても、素の状態で新幹線と追いかけっこできるようになればいいだけだろ』

 

 全然同士じゃなかった。

 機械で肉体改造したり、何かの魔法を使ったりせずに時速六百キロ以上で移動できる方が理解できないだろ。

 むしろ分かりやすい理由がない分そっちの方が怖い。 

 

 俊介がのほほんとするヘッズハンターの顔を怪訝な表情で見つつ歩いていた時。

 前を歩いていたジャンがぴたりと足を止め、顔を上げて呟いた。

 

「……着いたよ、俊介っち」

「ん。……ここが?」

 

 二人が辿り着いたのは、商店街がある西区の裏路地に入り、少し進んだところにある二階建ての建物だった。

 西区は裏路地にある寂れた建物でも必ず囚人が商いを行っている。

 俊介が見る建物にも、無精ひげを生やした男の囚人が不思議なアクセサリーを売っていた。客が来なくてうたた寝をしているのか、身じろぎもせずに俯いている。

 

(入っていいのか……? そもそも本当にこんな所で解剖を……?)

 

 見知らぬ商人がいる建物で、脱獄の可否に関わる解剖を行っても大丈夫なのだろうか。

 そんな俊介の一抹の不安もつゆ知らず、ジャンは商人の横を通って建物の中にずかずか入って行った。

 

「あ、ちょっと……」

 

 呼び止める間もなく進むジャンを追いかけるように、俊介も足を一歩踏み出す。

 そして俊介が横切った時、俯いていた商人が少しだけ顔を上げた。

 

 ……その商人の顔には、色濃い恐怖が浮かんでいた。

 

「…………」

 

 少し引っかかるものを覚えながらも、俊介は足を止めずにジャンを追いかける。

 建物の奥にある階段から二階に上がり、すぐ目の前にあった木製の扉を静かに開けた。

 

 

 扉を開けると、窓が一つもないこじんまりとした部屋が広がっていた。薄暗い部屋の中央には鉄パイプと布を組み合わせただけの簡素なベッドがあり、その上に生きている気配を感じない死体が寝転がっている。

 

「う……」

 

 室内には血と死臭が混ざった臭いの他に、粘り気を感じるような甘ったるい空気が充満していた。

 果物やスイーツなどの食欲をそそられる類ではない、むしろ危険な感覚がする甘い香り。……薬物の一部には、そんな感じの臭いがすると聞いたことがある。

 

 死体から目を逸らすように横を見ると、しかめっ面を浮かべながら腕を組むゼロツーと、リングの盗聴器防止装置を持つジャンがいた。

 ジャンから防止装置を受け取り、リングに巻き付ける。

 ゼロツーやジャンが同じように防止装置を着けているのを確認したのち、俊介は口を開いた。

 

「……随分、準備が早かったんだな。もっとかかると思ってたけど」

「ああ、いや、そのだな……」

 

 ゼロツーが気まずそうに口をもにょもにょと動かしながら、視線を部屋の隅に向ける。

 そこには一辺一メートル程度の正方形の木箱が置いてあった。

 俊介も彼の視線につられるように箱を見た後、指を向けて言葉を発する。

 

「何あの箱――――」

 

 

 

 

 ――――――――バンッ!!

 

 

 

 

「ハロー! サプラーイズ!!」

「…………は?」

 

 俊介の言葉を遮るように大きな音を立てて箱から出てきたのは。

 あの憎きピュアホワイトが属していた未来革命機関のボス、『ウィザード』であった。

 

「……あんま驚いてないね。もう少し反応してくれるかと思ったけど」

 

 箱の中が暑かったのだろうか。ウィザードは汗で肌に張り付いた金髪を指で取りながら箱から出てくる。

 そしてリングに巻き付けている、俊介の着けているそれと全く同じ盗聴防止装置を見せびらかすようにひらひらと手を振った。

 

「どもー。元未来革命機関のボス、ウィザードだよ」

「なんでお前、ここに……」

「あっはっは! まあまあ、そう敵意の籠った視線を向けないでよ! これからは脱獄って目的を一緒に目指す『仲間』なんだからさ!」

「はあ……!?」

 

 朗らかに笑うウィザードを前に、俊介は苛つきと怒りで顔を歪める。

 そして先ほどから気まずそうな表情をしているゼロツーの方に顔を向け、一歩近づいた。

 

「ゼロツー……なんで、あいつが? 仲間? なんで?」

「……すまん」

「冗談だろ。あんな奴信用できないぞ! 未来革命機関のボスで、何百人も酷い実験台にするのを許容して……!」

「…………」

 

 ゼロツーが申し訳なさそうな顔を浮かべて俯く。

 それと同時にウィザードが再び朗らかな笑みを浮かべ、羽毛のように軽い笑い声を上げた。

 

「あはははは! まあまあ、そう怒らないであげてよ。私がそこのリーダーさんを軽くナイフで脅したんだから」

「何……?!」

「それにさ、今日一日で解剖の準備ができたのも私のおかげなんだよ? ここの店主が二階を使わせてくれるのも、私が外で作った伝手を使ったからだしね」

 

 目の前の男がそう言ったことで、俊介は先ほどの疑問に合点がいった。

 一階にいた店主の囚人がやけに怯えた顔をしていたのは、ウィザードが『二階を使わせろ』と脅したからなのだ。きっと未来革命機関が存続していた時に作った何かしらの伝手かコネを使って。

 しかしピュアホワイトは死亡し、未来革命機関は潰れ、部下は一人もいない刑務所の中という状況なのに通じる伝手だなんて……。

 

 俊介には、ウィザードがどんな伝手を持っているのかは皆目見当がつかなかった。

 見当すらつかないからこそ、余計に目の前の男……マッドパンクの妹が不気味に思えた。

 

「性根はともかく、『反重力バリア装置の開発者』兼『エンジニア』兼『元未来革命機関のボス』の私って結構有用だと思うけどね? 自分で言うのもなんだけどさ」

「……脅されたから仲間にしたのか? 優秀だから仲間にしたのか? どっちなんだ……ゼロツー」

「ああ……脅されたから、と言いたいけど……。今の答えは『脅された上に優秀だから』、だ。あの組織のボスをやってたのは伊達じゃない」

 

 苦虫をかみつぶしたような顔のゼロツー。

 

「この刑務所に入って数日の癖に、既に一年近くいる僕様と同じくらいの情報網を作ってやがる。それに元未来革命機関のボスって肩書きは誰も無視できないから発言力もある。そこそこの無茶を言っても囚人の大分は聞くだろうな」

「……だからって……! こいつは……」

「分かってる。何を言いたいかは分かってるけど……下手に敵に回すより、味方側に寄せておいた方がいいと僕様は思ったんだ」

「…………」

「君とウィザードが並々ならぬ関係なのは分かる。でも、ここは抑えて呑んでくれ……」

 

 喉の奥から絞り出すような、ゼロツーの頼み込む声。

 それを聞いた俊介は一度強く目を瞑って口をきゅっと閉じる。心の中の何かを抑えるように、外に排出しないように、必死に抑え込もうとするものの……。

 

「――――ッ」

 

 心の底から湧き上がる何かをこらえきれずに、口を閉じたまま部屋の扉の方へと大股で歩き始める。

 そして扉を勢いよく開け、バン!と大きな音を鳴らして閉じた。

 

 

 

 扉を閉じた後、パンパンに膨らんだ風船の口を開けて少しずつ空気を逃がすように、息をゆっくり排出していく。

 そして肺の中から空気が消え去った頃、息を吸い込んだ。

 冷たい空気を肺に充満させたことで頭の中が少しだけ冷え、つい先ほどの自分の行動を想起し、頭を抱える。

 

(……気に入らないことがあって、勢いよく部屋を出るとか……まんま子供じゃん、俺……)

 

 体の向きを変え、扉の反対側にある壁に背中を預けた。

 そしてずりずりと背中を擦るように腰を下ろして廊下に座り込む。

 

 いくらウィザードが仲間の一員になるのが気に食わないとはいえ、流石に子供じみすぎている行動を取ってしまった。

 しかし……。

 夜桜さんを襲った未来革命機関のボスであるあいつをそう簡単に仲間にするなんて、かなり受け入れ難い。

 

 いつかウィザードとマッドパンクが話をする機会を作ってあげたい……そんなことは考えていた。

 けどあんな極悪人を仲間に引き入れるのは全くもって別の話である。

 

 脱獄計画の最終段階は『罪を消す』ことだ。

 ウィザードがもし無罪で解き放たれたとして、今度は一般人として真面目に生きようだなんて思う類の人間だろうか?

 ……きっとそんなことはない。

 

 未来革命機関と同じような組織をもう一度作る可能性……いや、一度組織設立のコツとノウハウを知った分、機関よりもさらに強大かつ邪悪な組織を作る可能性すらある。

 何も知らない数多くの一般人が被害を被るだろう。

 

 俺は、全く見知らぬ人間を助けるほど正義感があるわけじゃないけど……。

 見知らぬ人間が理不尽な理屈で犠牲になるのを許容するほど心が乾いているわけでもない。

 

(刑務所の囚人から仲間を集めようってのなら、当然仲間は犯罪者だけになる。だからその囚人の中でも信頼のおけそうな人間を選んで仲間にしようと思ってたけど……)

 

 そう思いながら、俊介は視線を横に向ける。そこには先ほど上って来た階段があった。

 階段の中頃にはヘッズハンターが静かに座っていて、肩から上だけが俊介の視界に映る。

 

 ヘッズハンターは視線を感じたのか、肩越しにゆっくりと俊介の方に振り返った。

 

『……どうした?』

「……いや……」

『そうか。まあ、なんだ……ニンジャが言ってた例の奴があるし、俺から助言はできないけど……。『考えることに意味がある』って何処かの本で読んだ気がするから、きっと今悩んでるのは無駄にならないと思う……ぞ』

 

 そう言い終わると、再びヘッズハンターは顔を前に向けた。彼も俊介を助けるような言葉を言えないのにやきもきしているのか、頬杖をついて顔を伏しがちにする。

 

 俊介はヘッズハンターから目線を外し、先ほど閉めた扉の方に視線を戻す。

 眉間にしわを深く刻み、もんもんとした気持ちを整理するように曲げた膝を腕で囲い込むようにして座る。

 

(……でも、罪の重さで言ったら……ウィザードより殺人鬼のみんなの方がよっぽど、なんだよな……)

 

 殺人鬼のみんなが前の世界で具体的に何をしたのか……。

 俊介は全員分は知らないが、それでも幾人かが自分から話した内容は記憶している。

 

 ヘッズハンターは前の世界で人外の身体能力を振るい、何百人もの人を斬り殺した。

 ハンガーが喜々として百人以上を絞殺したことや、クッキングが辛そうに人を殺し回っていたことを話してくれたのを覚えている。

 キュウビは自分で自分の所業を話したし、ドールも自身の家の人間を全て殺したのを話してくれた。

 

 ダークナイトは最早聞くまでもなく……である。

 

 しかし俊介はウィザードとは違い、超級の犯罪者である彼ら彼女らに家族同然の信頼を抱いている。

 もし殺人鬼のみんなに裏切られたとしたら、自分が何かの過ちを犯してしまったのだと迷いなくそう思えるほどに。

 

 両者の違いはなんだろう。

 ……夜桜さんに危害を加えたか、なのだろうか。

 いや、でも…………。

 

(……あーもう、わかんねー……)

 

 頭の中で小難しい理屈で絡まってごちゃごちゃになる。

 元々、地頭の出来は一般人の範疇から逸脱するほど良い訳でもない。

 今こんな所で座り込んだ状態でパッと答えを出せるほど頭が良ければ、そもそもこんな刑務所に来る羽目になってないのだ。

 

 しかし自分でも分かるほど、『ウィザードが嫌い』という悪感情がじくじくと判断力を濁らせているのが分かる。

 悪感情に汚染された状態で正しい判断を下せるほどに自分を優秀だとは思えない。

 

 そもそも論で言うなら、ウィザードと同じ犯罪者の枠に自分やゼロツーやジャンも含まれているのだ。

 偉そうにウィザードを排斥する身分も資格も自分にはない。

 だから今は……。

 

 

 …………。

 

 

 いや、やっぱどんだけ理屈こねくり回してもムカつくわアイツ。

 マジで一発ぶん殴りたい。

 でもヘッズハンターと同調している状態のまま殴りかかったら本気で殺しかねない。怒りで力がブーストされてる状態なら尚更だ。

 

 けど……落ち着け、俺。

 

 嫌いって感情で判断が鈍ってるのは事実なんだ。

 そもそも脱獄計画のリーダーであるゼロツーが『仲間にする』って言ってるんだし、後から参加した俺があれこれ言う権利はあんまりない。

 

 それにウィザードが犯罪者とはいえ、関わるうちに良い所を見つけて仲良くなる可能性も……も…………。

 …………。

 

 マッドパンクの妹だからね。

 そうそう、マッドパンクの妹だから殴ったりするのは良くないよね。

 うん。

 

 

 ……悪感情をぐっと堪えて他人と何かをしなきゃいけないってこんなに辛いんだな。

 なんだかんだ少しだけ心を許せたジャンとは違い、ウィザードは本気ではらわたが煮えくり返るほどに嫌いな相手だ。

 

 今まで悪人と関わった時はボコボコに叩きのめして終わりだから、こんなこと初めて知った。

 

 ……いや、普通は知っていることを俺が知らなかっただけなのかもしれない。

 生まれたから今まで殆ど人付き合いをしてこなかったから。

 

 そう考えると、この刑務所に来て……ほんの少しではあるが、学びを得られたのかもしれない。

 そんな風に自分を無理やり納得させながら、怒りを空気と共に胃の中へと飲み込んだ。

 

 

 俊介は壁に手をついて立ち上がる。

 そしてゆっくりと扉を開いて部屋の中に再度入り、後ろ手で完全に扉を閉め切った。

 

 部屋の中にいる三人の顔を見回したあと、一度静かにまばたきをし、部屋の中心にある死体に近づく。

 そして傍で俊介の顔を見つめるウィザードに声を発した。

 

「ウィザード。解剖の手伝いって……できるのか?」

「……ふーん。うん、できるよ。早速やっちゃう?」

「…………ああ」

 

 俊介が絞り出すような声を出す。やっぱりウィザードのことは嫌いだった。

 しかし、当のウィザードが俊介を見る目は先ほどとは少し異なっていた。相手を笑うような目ではなく、感心したような、そしてさらに興味を持ったような瞳。

 

「…………」

 

 ゼロツーが無言で俊介を見る。

 

 解剖の助手をウィザードに頼む。

 それは脱獄の可否を分ける重要な部分にウィザードを関わらせるということ。

 つまり、ウィザードを脱獄計画の仲間として受け入れる……という意味を持つ行動である。

 

 これが俊介なりの、ゼロツーへの最大の意思表示であった。

 そしてその意思を彼はしっかりと受け止めた。

 

 口の隙間から静かに息を吐くゼロツー。

 なんとか俊介が離反せずにいてくれたという安堵と、まだまだ力不足の自分へのやるせなさが混じったような、重い息だった。

 

 

 

 

 

 

 

 





ぶっちゃけこの作品で二番目に難しくて苦手なのは俊介の心情描写かもしれない。
小説なのに主人公の心情描写が苦手とはこれ如何に?

ちなみに一番大変なのはプロットガバの修正です。





~作者からのお知らせ~

事前にX(旧Twitter)の方でも書きましたが、今話より一週間から二週間ほど更新をお休みします。
以前の後書きでもちょろっと言及した『資格試験』の日が迫ってきたため、試験前のラストスパートとして少しの間だけ勉強の方に全集中します。
作者都合で本当に申し訳ないです。
次の更新の予定日は目途が付き次第X(旧Twitter)でお知らせします……!

作者X(旧Twitter)
https://x.com/Dankan4649
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