殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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一万字超えてしまいました。
時間のある時にお読みください。


#119 元医者として

 

 

 

 

 俊介が感情を飲み込んだのを確認した後、ゼロツーはジャンと共に解剖用の部屋を出て行った。

 『ここに居たとしても手伝えることはないし、外で用事もあるから』……とのことらしい。

 

 確かに、危険な目にあったゼロツーを一人で出歩かせるのは恐ろしい。ゼロツーはこの計画で一番重要な役割を持っていると言っても決して過言ではないのだ。

 ゼロツーに荒事への対処力がない以上、厄介な事態に巻き込まれても対応できるジャンが同行するのは分かる。

 

 

 ……分かるんだけど。

 

 

「二人っきりだね……♪」

 

 ウィザード(この男)と狭い部屋で二人きりにはしてほしくなかった。

 というかそもそもゼロツーを危険な目にあわせた張本人がウィザードだし。

 

「ああいや、厳密には二人きりではないかな。そこのベッドに乗ってる死体も含めて三人だね」

「妙ちくりんなこと言ってるんじゃねえよ」

「んん~そうだね。じゃあさっさと人の形をした死体を人の形じゃなくしちゃおうか。そうしたら二人きりになるもんね」

「うるせえ」

 

 やっぱこいつ駄目だろ。

 そう思いながら頭をガシガシと掻きつつ、傍に寄ってくるウィザードから身を離す。そして部屋の壁際まで移動し、首に手を当てながらウィザードに言葉を放つ。

 

「ちょっと待っててくれ。今から解剖ができる人格と話すから」

「おっと、それはもしかして私のお兄ちゃんかな?」

「違う」

 

 俊介は顔をウィザードから背け、首に手を当てながら名を呟く。

 

「トールビット。悪いけどちょっといいか?」

『はいはい何の用かな……って、聞く必要もないけどね。大体の経緯は中から見てたし』

 

 黒い兎のマスカレードマスクを着けたトールビット。

 彼女は俊介の前に現れた後、いつもより何トーンか重い声色で俊介に言葉を返した。

 常に愉快そうに上がっている口角は下を向いており、マスク越しの視線はベッドの上の死体に向けられている。

 

 その様子に俊介は何かの事情を察するも、首に当てた手を離して彼女に言葉を放つ。

 

「そうか……でも、改めて頼む。あの死体を解剖して、脱獄の手がかりを得たいんだ。……できそうか?」

『んーまあ、可能か不可能かで言ったら……可能だよ。うん』

「……本当に大丈夫か?」

『そんなに心配されるほどの深い事情はないよ。ただ少し……なんか面白い巡り合わせもあるもんだなぁ~って思っただけ』

 

 そう言った後、トールビットは視線を俊介の方に向け、ニッと笑みを浮かべる。

 

『ま、俊介のお願いを断る気なんて最初からないけどね!』

「ありがとう……!」

『たださ。遺体とは言え体の中を弄るってなると、両腕だけの主導権を渡されても多分難しいんだよね。私の感覚の問題だけど、両腕と視点の位置がいつもと違うと変な所を切っちゃって台無しにする可能性もある。だから今回は全身の主導権を渡してほしいんだよ』

「…………」

 

 そのトールビットの頼みに、俊介は二つ返事をすることができなかった。

 理由は勿論……同じ部屋にいるウィザードである。

 

 ヘッズハンターと同調している状態の俊介ならば、例えウィザードが襲い掛かってきても指一本触れさせず叩きのめすことができる。

 しかし、トールビットは一般人よりは強いといえど殺人鬼の中では実力は下の方だ。

 もしウィザードが妙な気を起こした時、彼女が体の主導権を握っている状態で抵抗できるかどうか……という不安がある。

 

 その次に、同調状態から全身の主導権を人格に渡した時に一体どうなるか分からない……という懸念点も少しだけある。

 同調してからまだ三十分も経っていないため、大きな影響はないとは思うが……。

 

 

 俊介は少しだけ目を閉じ、頭の中で考えを纏めてから、トールビットの方に向き直る。

 

「……傍にヘッズハンターを立たせておいて、何かあったら体を奪ってもらって反撃する。人格交代で一瞬の硬直の隙ができるけど、多分これが一番の対策だと思う」

『うん、私もそれがいいと思ってたよ。……ごめんね、私も拳銃があればそれなりに戦えるつもりなんだけど、素手じゃあね』

「いやいいんだよ。適材適所……って言ったら偉そうだけど、みんなそれぞれ得意なことが違うから良いんだと思うよ。トールビットにだって今まで何度も助けられてきたし」

『……いやぁ、嬉しいこと言ってくれるねぇ。そんなに助けになれた記憶はないけどな……』

 

 トールビットは少しだけ赤くなった頬を、自身の赤い髪で隠すように手で髪を弄る。

 その様子に俊介が口角を上げ、再び首に手を当てる。

 

「あと……すまん、マッドパンク。出てきてもらってもいいか」

『……僕も?』

「人工臓器を作ってたってくらいだから人体に詳しそうだし……あと、ウィザードが変なことをする前兆(サイン)に一番敏感かなって」

『マジか……人体の方はともかく、今のアイツ()のことは少し自信ないな……。前の世界で最後に見た時と滅茶苦茶変わってるし……』

 

 マッドパンクは気まずそうに頭をポリポリと掻く。

 しかしすぐに頭から手を離し、諦めがちに言葉を吐いた。

 

『まあ一応僕の親族だからな、頑張ってみるよ。……あんまり期待しないでくれよ?』

『最悪ヘッズハンターが何とかするでしょ』

『おいおい、何でもかんでも俺に期待するなって。部屋の外まで丸聞こえだぞ』

 

 会話の内容に反応したヘッズハンターが、扉から頭だけをにゅうっと通過させて姿を現す。

 その普段通りに近い三人のやり取りの様子を見た俊介は、『大丈夫そうだ』と判断し、トールビットに声を掛ける。

 

「それじゃ、お願いな」

『ま、任せておいてよ。昔取った杵柄……って奴だからね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――部屋の隅に移動してボソボソと何もない所に向かって喋り続ける俊介。

 

 その様子をウィザードは腕を組みながら見ていた。

 

(……複数人格持ち。しかも宿主が体を奪われていないなんて……すごく珍しいこともあるものだね)

 

 俊介の様子を窺いながら、そんなことを脳内で思う。

 この異世界プリズンに来ている人格犯罪者の大半は宿主の体を奪った人格達だ。そしてこの刑務所にいない、未だ外に蔓延っている人格犯罪者たちも九割九分九里が宿主の体を奪った人格だろう。

 

 そしてこれは人格犯罪者に限っただけの話ではない。

 宿主の体を奪った人格でありながら、犯罪を犯さずに普通に暮らしている人格も大量にいる。宿主の体を奪ったことを隠しながら社会に溶け込んでいるのだ。

 

 この世界に生まれて強制的に浮遊人格統合技術の注射を受けさせられた側からすれば、人格に体を奪われるなどたまったものではないだろう。

 しかし異世界からやってきた人格からすれば『異世界で十歳から人生をやり直せる』のだ。

 前の人生でできなかったこと、もしくはもう一度したかったこと……それら全てを叶える可能性ができる。死を体験して全ての可能性が潰えた人間の目の前にそんな切符がある。

 

 『()()()()()』とは死を体験した人格にとっては黄金の切符に等しい。

 その欲求に悪人だとか善人だとかは関係ない。

 全ての人格にとって『新しい人生』とはそれほどの価値があるものなのだ。本心を覗けば誰だって新しい人生が欲しいと思っているはずである。

 

 そんな()()()人格を複数人宿していながらも、体を奪われるどころか仲睦まじく話している。

 それがどれだけ奇跡に近いことなのか、本人は分かっていそうにない。

 

 ……宿主である日高俊介の人柄が成せる業なのだろうか。

 

(まさか()()()()を殺して……数えきれないくらい人を殺したお兄ちゃんが赤の他人にほだされるなんてなぁ)

 

 この世界に来て殆どの事柄は想定通りに進んだが、兄が宿主を乗っ取っていないことだけは予想外だった。

 兄はいずれ裏社会に現れるだろうと探していても見つからないわけだ。

 裏社会ではなく表社会で生きる宿主の中でずっと大人しくしていたのだから。そもそも探す生け簀が違ったのだ。

 

 

(お兄ちゃんが何とか宿主を乗っ取るように誘導できないかな~)

 

 そんなことを考えながら俊介の方を真顔で眺めていた時。

 俊介がだらりと力が抜けたように頭を下げる。そしてすぐに意識を取り戻したように顔を上げた。人格交代の合図である硬直だ。

 

 俊介と乗り替わった人格は手を動かして軽く体の動きを確認する。

 そしてウィザードの方に目を向けた。

 

「…………ふぅん……」

 

 入れ替わった人格――――トールビットの宿す瞳を見て、ウィザードは声を漏らす。

 視線が重なった瞬間に理解した。

 

 今俊介の体を操っている人格は『殺人鬼と化した兄と同類である』と。

 

 思わず服の中の肌に垂れた冷や汗をバレないように服に吸わせる。

 裏社会だろうが表社会だろうが刑務所の中だろうが、一瞬でも気圧されたとバレるのが一番不利なのだ。

 

 まして。

 目の前の殺人鬼の放つ威圧もそうだが。

 兄を含む大量殺人鬼を複数宿しながらも一般人の真似事を行い、人格に体を奪われずに生き続ける日高俊介に気圧されたなどと、バレただけで面倒くさい。

 

 

 

 

「会ったことのない人格だよね。自己紹介でもしようか?」

 

 故に、ウィザードは余裕しゃくしゃくの表情を浮かべて声を発した。

 しかし俊介の体を操るトールビットは、服の裾をまくりながら静かに声を返す。

 

「口を閉じろ。さっさと遺体の横に行け」

「はいはい……わかりましたよっと」

 

 二人は移動し、対面するような形でベッドの上にある死体を挟む。

 お互いの手元には人体を解体するには充分な道具が揃ったローラーで移動するタイプの台があった。

 刃物の切れ味は実際の手術で使用されるような物と比べるのもおこがましいほど低質だが、遺体をバラすのに術後のQOLを意識する必要はない。

 

 比較的綺麗なゴム手袋を手に付け、目の前にある遺体を見ながらゆっくりと息を吐くトールビット。

 その様を見たマッドパンクが顔を見上げながら声を放つ。

 

『……トールビット、なんか緊張してんのか?』

「ま……少しね」

 

 呟くように言葉を吐き、トールビットは自身の横の台から小ぶりの刃物を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――トールビット。殺害人数、およそ120人。

 

 

 きっかけは覚えていない。

 幼い頃に診察で訪れた病院の医者か、親に読み聞かせてもらったおとぎ話か、両親が事故死してしまった時か。

 

 覚えている限りで最も古い記憶を掘り返すと、既に医者を志す気持ちを持っていた。

 そして紆余曲折はあったものの……とにかく生活費を切り詰めるような節約生活をしての金策には難儀したが、大した問題もなく医師免許を獲得することができた。

 

 事故死した両親に未練でもあったのか、私は外科の医者として新たな一歩を歩み始めた。

 生意気にも、医者になったばかりの頃は『人を助けよう』という青臭い感情を抱えていたことを覚えている。

 

 

 ……ただ。

 

 

 私の世界では『人の体を治す』という行為は全て男がやるものという風潮があった。

 

 太古の時代では、『人の体を治療する』という行為を『人間から穢れを祓う』という神聖な神事と見なしていたらしい。

 医療が未発達な時代では神の力を頼って人を治そうとしていたのだ。

 

 そして、そういった神聖な行為に女を混ざらせるわけにはいかない……女は子供を孕むから穢れを溜めやすいとか、全くもって科学的ではない考えがあったのである。

 

 現代に近づくにつれて流石に女性の医師も増えてきたが、ともすると一千年近い過去の迷信が未だに医療の世界に渦巻いている。

 私の勤めた病院にも色濃い男尊女卑の風潮が残っていた。

 

 ……下らない。

 

 下らないが、私一人でどうこう出来るような問題でもない。

 私に出来るのは男女の差など考えずひたすらに医者としての知識を深め、腕を磨き、一人でも多く助ける……なんていう基本的なことだった。

 

 

 そうして大体七年程度、泥水を啜るような思いで研鑽を積んだ頃。

 年齢的にはまだまだ若輩者ながらも、病院内で誰も無視できないほどには腕が立つようになった。他の病院から私の噂を聞きつけてやってくる患者もいたほどだ。

 

 しかしそうやって目立つようになるほど、他の男性医師からの嫌がらせがチラホラと目立つようになってきた。

 男尊女卑の空気が蔓延する病院内で、女の医者が活躍するのが鬱陶しかったのだろう。

 

 夜勤が連日で回ってきたり、机の上に見知らぬゴミが増えていたり……まるでガキみたいな嫌がらせばかりだった。

 

 だが最も厄介で許せなかったのが『()()()()()()()()()()()()()()()()』ことだ。

 明らかに二桁に満たない経験年数の医者に任せるレベルでなく、『手術に失敗させて隙を作ろう』という魂胆が丸見えの行為である。

 

 

 ……患者の命を嫌がらせに使うなんて何を考えてるんだ?

 

 

 だが、患者にとっては病院のどす黒い裏事情なんて知ったこっちゃない話だ。

 彼ら彼女らは治すために病院に来ているのだから、私だって医者として治すために全力で努力する義務がある。

 

 私は外国の執刀記録を血眼で読み続けたり、執刀の練習を手が潰れそうになるほど反復したり……もう気合いとしか言いようがない努力を経て難病の患者を治し続けた。

 

 皮肉なことに、難しい手術を何度も経験することで私の技術は上がり、名声もどんどん高まっていった。

 

 次第に私を認める男性医師も増えていったが、それと相反するように、私への憎悪を更に強めていく医師が残っていたのも事実だった。

 

 

 ……そんな時。

 

 

 私は、『ムールー』という名の難病に冒された少女の執刀を行うことになった。

 ……医者として患者の前で決して口に出す訳にはいかないが、今までに見た患者の中でも桁が一つ違う、超が付くほどの難病である。

 

 当然ながら手術も難しい上に、患者本人に長時間の執刀に耐えられる程の体力がない。

 どう考えても医者になって七年程度の若輩に任せるレベルの手術ではなかった。

 

 遠く離れた国には同じ症例の手術を成功させた医者がいる。

 だが患者本人の体力が著しく低くその国に着くまで体力が保ちそうになかった。そもそも患者の親族は延命措置こそ望んでいるが、外国まで患者を搬送させるほどの費用は払えないと言った。

 

 他にもあらゆる手段を精査し、彼女を治せる確率が高い方法を探し続けた。

 その結果、やはり私が執刀するのが一番確率が高い……という結論に至った。

 

 

 難しい手術であるのに間違いはない。 

 だが治療手順は分かっている。あとは患者の体力が保つ短時間で手術を終わらせるだけ。

 つまり……手術の成功を分けるのは執刀医である私の技量の問題だ。

 

 

 ……ムールーという少女は生きているのに、死人と同じような暗い色の瞳をしていた。

 生まれてからずっと病床に臥せているらしい。

 私は手術室で麻酔を掛けられる直前の彼女に励ましの言葉をかけ、自身への気合いを込め直した。

 

 

 遂に始まった彼女の手術は、最高のパフォーマンスを保ったままミスの一つもなく進んだ。

 部屋の中にいる人間の集中力が重なったような感覚で、私自身の技量が何倍にも底上げされているような気がした。

 

 数えるのも辛くなるほどに多い手術の難所をひとつずつ解決していく。

 時計の針が一秒進むごとに手の動きが最適化され、次第に速度が増していく。

 

 そして手術開始から二時間半が経過した時。

 自分でも信じられないことに、予定より遥かに早く手術の難所の大半を終わらせることが出来た。

 患者の体力や術後を考えると手術が早く終わるのに越したことはない。

 

 見落としがないように、そして残りの行程を確実に終わらせようとしていた時――――。

 

 

 

 ――――唐突に、患者のバイタルサインが異常値を示し始めた。

 

 

 

 動揺の冷や汗が服の下を伝う。

 舌の根が乾いて張り付くような緊張が走る。

 

 先ほどまでの好調が嘘のように、恐ろしい速度で患者が死に向かって急転していく。

 咄嗟に手術室の中にいる全員に指示を出して救命作業を開始。

 頭の中が焼け焦げるような速度で思考を回し、原因特定に急ぐも……。

 

 

 

 ……あえなく、彼女(ムールー)は亡くなってしまった。

 

 

 

 手術後に第三者が遺体を調べたところ、手術中に太い血管を縫合した糸が千切れてしまっていたらしい。

 私の縫合ミスではなく、縫合糸の耐久性不足。

 それによる失血死が調査の結果らしい。

 

 ……しかし、失血死にしてはバイタルサインがあまりに異常な下がり方をしていた。

 血管からの大量出血だけなら特定できた自信はある。

 だが全ての値が一気に落ちていくようなあの感じは、出血以外にも原因が……。

 

 

 ……いくらそう考えたところで、全ては後の祭りだった。

 縫合糸の耐久性不足が原因とはいえど、私が確認を怠らなければ起こらなかったミス。

 患者一人を殺した医療ミスを行ったとして私の病院内での評価は落ち、私を疎んでいた奴らにその隙を突かれ、すぐさま病院から追い出されてしまった。

 

 他の病院に行こうにも、元の病院の奴らが邪魔をしてきて何処にも行く当てがない。

 というより……医者になった時点で覚悟したつもりだったが、自分のミスで一人の命を失った事実は、想像以上に重く心にのしかかった。

 精神に負荷がかかった状態では判断が鈍る。今の私に人の命に関わる処置をする自信はなかった。

 

 結局行き詰った私は、繁華街のビルのワンフロアを使った小さな闇医者として生計を立てた。

 薬物中毒者に薬物反応が出にくくなるような処置をしたり、銃弾を体から抜いたり……。それなりに仕事には困らなかったし、命に関わるような治療をしなくていいのも心に優しかった。

 

 

 そうして闇医者を開業して一年ほど経った頃か。

 

 

 いつものように裏のルートで薬を仕入れていた時、馴染みの相手がぽろりと妙な話を漏らした。

 私が元々勤めていた病院の男性医師が、ムールーの手術をする直前の時期に薬を買っていったことがあると。

 

 裏社会でここまで口の軽い人間が良く生き残れたものだと思ったが……私にとっては目からうろこな話だった。

 

 その男性医師が買っていった薬はいわゆる『()()』。

 毒薬の効果は全身の体の働きを麻痺させるような効果を持つ……まさに手術中のムールーのバイタルサインが急激に下がったような働きをもつ薬だった。

 

 私は、彼女の手術を行う直前にその男性医師に投与する薬をすり替えられたのだと気づいた。

 おそらく縫合糸が千切れた件も毒薬から目を逸らさせるためのフェイク。

 何か一つでも毒薬以外の理由がないと、私が医療ミスを納得しないと考えたのだろう。

 

 そして、こんな薬を使った痕跡をマトモな医者が見つけられない訳がない。

 この薬を持った医師は勿論、検死を行った医師もグル。病院内に根強く残った私を嫌う面々が結託して陥れてきたのだ。

 

 

 ……難病に罹患した患者の手術を嫌がらせの手段に使うどころか、その命まで奪うとは。

 本気で心の底が煮えくり返るような気がした。

 

 義憤に燃えた、といえば格好はつくが……実際はそんなものじゃない。

 

 患者の命を自分勝手に奪ったことへの怒り、自身の医者としてのキャリアを断ったことの恨み、くだらない男尊女卑の風習に染まった医者への軽蔑……そんなことが大量に入り混じった黒い感情が渦巻いた。

 

 その暴れ狂う感情の矛先を収めぬまま、私はいつの間にか、毒薬を購入した件の男性医師を誘拐していた。

 殆ど無意識のうちの行動だった。どうやったのかは今でも覚えていない。

 私は誰にもバレない部屋の中でパイプ椅子に縛られた例の医師と対面していた。

 

 

 私がなぜ毒薬を購入したのかと問う。

 男は私が目障りだったからと言った。

 

 

 私が性別の違いはあれど同じ医師相手に敵対する行動を取ったつもりはないと言う。

 男は女というだけで目障りだったと言った。

 

 

 仮にも医者なのに患者の命を奪ってまで嫌がらせしたのかと問う。

 男は私に向かって、医者ではなく娼婦にでもなるのがお似合いだと口汚く罵った。

 

 

 ……それ以上話す価値はなかった。

 

 

 私は闇医者用の外科道具で、男に暴れる感情をぶつけるように、凄惨な拷問を行った。

 人を助けるためでなく、痛めつけるために刃物を振るった。

 つんざく悲鳴と飛び散る血しぶきが、私の黒い感情を宥めるあやし歌のように思えた。

 

 私をグルになって陥れた医者の名前を全て吐き出させ、感情にもひと段落がついたころ。

 男は生命活動を維持しながらも、人の形と色を保たない赤茶色の生命体に成り果てていた。

 

 私には人を生かしながら痛めつける才能があったらしい。患者の命は保てなかったくせに。

 思い返せば、この時には既に狂気に冒されていたのかもしれない。

 

 

 患者の命を自分勝手に奪うような医者は生かしておけない、と。

 そんなもっともらしい理由を付け、次のターゲット(楽しみ)を誘拐し続けた。

 そしてその全てに凄惨な拷問を行って殺害した。顔がバレると面倒なので黒い兎のマスクを被り始めたのもこの頃だ。

 

 血で濡れた鏡に映る顔には、口角を薄く上げる怪しい笑みが張り付いて取れなくなっていた。

 拷問で発した悲鳴を録音して寝るときに子守唄として聞くと、とてもよく眠れることに気付いた。

 

 そして元々勤めていた病院の院長すら拷問しつくして殺した時、流石にもう手出しできないほど警察の警備が厳重になった。

 九人も殺されてからその警備をしても遅いだろうに。

 

 …………まあ。

 

 遅まきながらも警察が全力で動き出したことで、私は獲物を捕まえる先を見失ってしまった。

 患者の命を奪う医者を懲らしめるというもっともらしい理由をなくしてしまったのだ。

 

 ……でも別に、拷問相手を医者に限定しなくてもいいのではないか?

 軽く辺りを見回せば、数えるのも阿呆らしくなるほどの数の人間が歩いている。

 そんな奴らを少しくらい消してしまったって困りはしないだろう。

 

 人を極限まで痛めつける楽しさに汚染された私は、名も知らぬ無辜の市民を誘拐して拷問するようになった。

 古代の医師さながら、人の体の構造をもう一度よく勉強し直す為に生きたまま腹を割いたこともあった。薬を色々と投与してみたこともあった。

 

 その人体実験の過程で既存の医療を超えた技術を生み出したり、『()()()()()()』という拷問用の面白い技も編み出した。

 

 『肉の皮膚包み』とは生きたまま人間の皮膚を全て剥がし、筋肉が露出した相手の体を体育座りさせるように体を小さくして拘束させる。

 そして剥がした皮膚を糸で一枚のシートにして、拘束した人間を丸ごと包む。

 そのまま相手を火にかけて焼くととても楽しい音と匂いがするのだ。勿論相手は火にかけて燃えクズになるまで生き続けている。

 名前の由来は料理の包み焼きなどから。……我ながら良いセンスだと思う。

 

 

 そんな風に殺し続けていると、流石に警察に居場所を捕捉された。

 拷問用に使っていた場所もバレてしまい、拷問用の道具と拳銃を持って逃げる。

 

 しかし殺す気満々の警察相手に逃げ切るほどの身体能力は私にはなかった。

 反撃で五人ほど撃ち殺したが、物陰から身を出した瞬間に心臓へと銃弾が直撃してしまったのだ。

 

 心臓が潰れても少しだけは意識があるんだなとか、そんなことを思いながら。

 

 

 私の前の世界での生涯は幕を閉じた――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ベッドの上にある遺体に向き合い、手に持った刃物を皮膚に当てる。

 

 

「…………」

 

 思えば、こうやって真面目な気持ちで人間に向き合うのは何時ぶりだろうか?

 前の世界では、死ぬ前の一年間はずっと痛めつける目的で人を斬り刻んでいた。それがまさか今更、人の体を真摯な気持ちで調べるために切るなんて……。

 

 多分こんな真面目にやるのは、ムールーという少女を切ってから以来かな?

 そういえば彼女もこの世界に来てたりするんだろうか……来ていたとしても会うことはないだろうけど。

 

 

 そんなことを考えつつ、トールビットは真剣な瞳のまま、肌に刃を突き立てた。

 

(拷問好きの殺人鬼だけど……俊介は過去のあれこれを何も聞かずに受け入れてくれたんだよね。あれはちょっと、年甲斐もなく嬉しかったなぁ……)

 

 まだ俊介と会ったばかりの頃、自身が拷問好きの殺人鬼だということを打ち明けた。

 しかし俊介はそれ以上は聞かず、英語で拷問という意味を持つ『トーチャー』と兎の『ラビット』を組み合わせ、『トールビット』という名を付けてくれた。

 

 小学生なのに分厚い英語辞典を読み漁り、全員に名を付けてくれた日のことは今でも記憶に新しい。

 今までと違う名を手に入れたあの日のおかげか、私は身を焦がすような殺人の快楽から理性を引き上げることが出来た。……まあ殺人の快楽を忘れたとは言ってないが。

 

(…………)

 

 自分が元医者で、他の医師に騙されたことをきっかけに殺人を行い、殺人の快楽に呑まれた。

 そういう過去を話さないのは、俊介に拒絶されるかもという恐れのせいかもしれない。

 

 それに。

 拷問好きの快楽殺人鬼が『元医者』だなんて……ありきたりすぎて、今更神妙な面持ちで話すのが恥ずかしい、という感情もちょっぴりだけある。

 

 俊介がそういうのを笑わずに受け止めてくれる人間だと言うのはよく分かっているんだけど。

 他の殺人鬼達が茶化してきそうで鬱陶しい。特にニンジャ。

 

 

(……ふふっ)

 

 

 …………いつか、キチンと話せる日がくればいいな。

 二度と戻れない前の世界の出来事と言っても、今の私を作った過去だから。

 誰かに自分を知ってほしいと思うなんて前の世界でもなかったけど。

 

 ……ただなあ。

 そんなことを思い続けて、既に七年経ってるんだよな。

 

 一体いつになったら話せるのやら。

 何かきっかけが欲しいな……。

 

 

 

 そんなことを思いながら、彼女は卓越した手さばきで遺体の解剖を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







トールビットの過去をもう少し書き溜めしておけばもっと早く投稿できた(遺言)
三千文字くらいで終わらせるつもりだったのにクソ長くなったし……。部屋から出て行ったゼロツーとジャンの描写をして終わりの引きにするつもりだったのに、力尽きて書けませんでした。


あと過去を書いてないのはダークナイトとマッドパンクとニンジャの三人ですね。
ダークナイトだけ文字数が桁違いに多くなりそうですが、内容自体は大体定まってるので多分楽かな……?



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