知雫は顔を青ざめさせながら、今しがた部屋の中に入ってきた人物の名を呟く。
「え、厭勝……!」
立っているのを見るだけで息が詰まるほどの重圧がのしかかる。
恐らく本気の殺し合いになっても即座に殺されることはないだろう実力差……なのに、体が勝手に彼我の格の差を感じて鉛のように重くなる。
そして建物の中に入ってくるなり、自分の嫌いな女の声と姿を五感で感知した厭勝が顔をしかめる。
こめかみに浮かんだ青筋を指でさすって消しつつ、すぐ傍にいる自分を呼び出したフラヴェの方を向いた。
「……女? フラヴェさん、これは一体?」
「そ、そこにいるのが昨日お話しした知雫です」
「……はあ、これが……」
眉を八の字にして、知雫を一瞥する厭勝。
そして数秒考えこんだ後、事態が理解できないといった風な表情で再びフラヴェの方を見る。
事態把握は追いつかないが、女が同じ空間に存在することで苛立っているのだろう。そのこめかみには再びうっすらと青筋が浮かび始めていた。
「それで、女がいる場所に私を呼んでどういうおつもりですか?」
「じ、実は今から私が連れてきた男たちに、知雫を辱めながら殺させるショーを行おうと思っているのです!」
「は?」
一瞬、困惑で目が右往左往する厭勝。
しかし部屋の中を見渡しても困惑を晴らすような答えは見つからず、あまりの戸惑いで怒りすら吹っ飛んだ表情のままフラヴェの方を見た。
「……え? その、女を辱めるとやらのショーをここで……? 私がいるこの場で?」
「はい! え、厭勝様にはこの知雫が死ぬまで苦しむ姿をじっくりとお見せしたいと思いまして! 女性嫌いの厭勝様ならば喜んでくださるかと……! もちろん、拷問のプロも後で連れてくる予定でして!」
「…………」
冷や汗を流しながらも、未だに怒りを爆発させない厭勝を見て、表情の端にうっすらと喜色を浮かばせるフラヴェ。
知雫は『自分が厭勝に殺される』と言っていたが、自分の企画した催しが女嫌いの厭勝に楽しんでもらえないわけがない……と、そう思って仕方ないといった様子だ。
それとは対照的に、怒りや戸惑いを通り越して無表情に至ってしまった厭勝。
ようやく、自分が今置かれている状況と目の前のフラヴェが吐く言葉を理解したらしい。
「……………………ふーっ」
一瞬無言になった後、軽く息を吐く。
そして正面にいるフラヴェの左肩にポンと手を置いた。
「何からどうしたものか……。確かに、私は昨日あなたから『知雫』とかいう女の話を聞きました。元々闘技場運営メンバーのナンバーツーで、私がここを乗っ取った瞬間姿を消したとか……」
「は、はい」
「『姿を消したものの、今後ちょっかいをかけてこないとは限らない』とあなたは進言した。だから私も後顧の憂いを断つため……念のために、あなたに『始末しろ』と伝えました。ですよね?」
「はい……」
フラヴェの肩に乗せた手でポンポンと肩を叩く厭勝。
肩に乗せる手を入れ替えながらフラヴェの背後に回り、静かな声色で言葉を発し続ける。
「そう、私は確かに『
「し、『始末しろ』と聞こえます……」
「よろしい。耳がクソになっているわけではなさそうで安心しました」
知雫も、赤ずきんも、フラヴェも、フラヴェが連れてきた男たちも、厭勝以外の全てが等しく押し黙る。まるで空気すらも呼吸を止めているかのような静寂だ。
倉庫の中には厭勝の無感情で冷徹な声だけが響き、場の緊張感が指数関数的に増加していく。
「そして私は『女が大嫌い』です。これは少し調べればわかる事実ですし、そもそも昨日、あなた方の前で元闘技場スタッフの女を皆殺しにして行動で示したつもりですが……」
「で、ですので! 私はあなた様が楽しめるように、この女を!」
「ええ、ええ。少し黙っていてください」
遅まきながら、フラヴェは場の雰囲気が自身にとって風向きの悪い方に向いていると気づいたのだろう。
弁解の言葉を吐こうとするが、肩に乗せられた厭勝の手が肉に食い込み、フラヴェの言葉を強制的に痛みで黙らせる。
「伝える言葉は丁寧に選んでいます。『私は女嫌い』、『知雫を始末しろ』、『女嫌い』、『始末しろ』……。なにか、難しい言葉はありますか?」
「い、いえ……」
「そうですよね。ならば無論、この二つの情報からどういう最適解を導き出すべきなのかも分かりますよね? 序列的には私のすぐ下に位置するナンバーツーなんですから」
「は、はい……」
「…………『はい』ということは、すべてを理解した上でこの答えを出したと……なるほど」
厭勝はフラヴェの肩から手をゆっくりと離す――――。
――――次の瞬間。
フラヴェの後頭部を、憤怒で血管がビキビキと浮かび上がる右手で掴んだ。
中指と親指の付近から頭蓋骨に
「私に究極に不快なショーを見せつけるのが最適解だと!? 舐めるのも大概にしておけよ、このゴミ屑がッ!!!」
常に畏まった敬語で話していた厭勝が大きく声を荒げる。
全身に強い電流が走るような威圧のあるその声は、フラヴェの僅かな悲鳴をたやすくかき消し、その場にいる人間の脳裏に最優先で彼の言葉が刻まれていく。
「お前は自分が大嫌いな食べ物を、他人がぐちゃぐちゃにしながら食べる様を見て喜ぶのか!? 普通は不快になるよなぁ!!」
「女を視界に入れるのすら苦痛な私が、女を嬲り殺すショーを見て喜ぶと本気で思ったのか!? だとしたらお前は最高に無能だな……く、はははっ!! ここまで声を荒げたのも久しぶりすぎて笑えてきた!!」
肩を揺らし、けらけらと上ずった笑い声を出す厭勝。
しかしその目は怒りで血走っており、瞳孔は完全に開いている。こめかみの青筋は隠しようがないほどハッキリと浮かんでおり、服の下に隠れた筋肉がミチミチと膨張する音を響かせた。
ひとしきり笑い終わった後、大きく呼吸をしながら厭勝が言葉を吐く。
「……まったく。ここまで来て謝罪の一言もないのですから、その無能さには逆に感心しますよ」
そう言い終わった瞬間。
厭勝はまるで豆腐を砕くかのようにフラヴェの頭部をたやすく握りつぶした。
脳漿が周囲に飛散し、眼孔から眼球がぼとりと垂れ落ちる。
汁気と共にころころと床に転がった双眸を足先で踏みにじり、厭勝は手にべっとりと着いた脳汁と肉片をハンカチで拭う。
「さて……。さっさと些事を片付けて、今日の仕事を始めないといけませんね」
静かな声色でそう言い放ち、懐からサバイバルナイフを取り出した。
そして何の感傷もない顔でフラヴェの連れてきた男たちの頸動脈を切り裂き、その命を容易く奪う。首から噴き出した返り血が厭勝の服を汚し、少しだけ眉を顰める。
「囚人服の着替え……いや、まあ適当な服くらい事務所にあるでしょう。……それはそうと赤ずきんさん、フラヴェからの依頼はいくらで受けましたか?」
「前金で五百。後金で五百ダ」
「分かりました。では今お渡ししましょう」
赤ずきんの提示した金額に何の顔色も変えず、懐から帯の巻かれた札束を五束取り出して渡す。
それを受け取った赤ずきんは数えることもなく懐にしまった。
厭勝はそこで軽く疲れの混じった息を吐き、そのあと、柱に縛られる知雫の方を向いた。
「私が女を殺すのを後回しにするのは久しぶりですよ。本当に」
「それはそれは……光栄なことで」
「……私が闘技場のトップを殺し、組織を奪った瞬間に立場を捨てて姿を消す。これほどの即断即決は強い情報網を構築していることと、迷いのない行動力を持っている証……そこのフラヴェとは比べ物にならない優秀さですね」
血の滴るサバイバルナイフに怖気のする殺意を乗せて、厭勝が知雫に近づく。
「実に口惜しいですよ。もし男だったならば、この刑務所内での側近にしたいほどですが……」
「ハッ。私が男なら、そもそも最初から逃げずに取り入ってるっての」
「……それもそうですか。女に一本取られるとは……今日は苛立つことばかり起きる日ですね」
無駄だとは分かっていながらも、知雫が微かな希望を籠めて厭勝の顔を見上げる。
先ほどのフラヴェの件で厭勝から全ての怒りが消え去り、何かの奇跡で命くらいは見逃してくれないかと。
しかし、そんな淡い希望は厭勝の顔を見た瞬間に消え去った。
『確実に殺す』という意思が顔に浮かび、踏み潰すべき害虫でも見るかのような瞳を知雫に向けていたからだ。
依頼が終わった赤ずきんが一切手を出してこないという仮定をしても、今の厭勝から上手く逃げられるとは到底思えない。全力で抵抗しても何らかの手段で確実に命を奪われるという確信がある。
気の強い知雫が事に及ぶ前から諦めるほどの、目に見えない格の差が彼我にはあった。
(これが……世界中に人身売買の市場を50以上作ったダンク・パンカーズのボスか……。日本国内で中堅どころの組織を率いていた私とじゃあ格が違いすぎるわけだ……)
格の差を感じ取り、自然と体がそれに従ってしまうのは前世で生きた貴族階級の名残かもしれない。
権力は間違いなく力だが、本当に優秀な人間はそれを失ってもなお体から人を屈服させる隔絶したオーラを放つ。
それは例えば、目の前の厭勝とか、前世の処刑される直前の朱雀とか……。
……私はついぞ、ゼロになってもオーラを放てる側の人間にはなれなかった。
立場ときらびやかな装飾で身を飾ってやっと人を屈服させる何かを持てる人間だった。
故国が戦乱に敗れ、全てを失った後の放浪生活で知ったのは。
私は、才覚なんて何もない凡人だったということだ。
……かつての王宮での輝きを追い求め、新しい人生でも裏組織を立ち上げたが。
結局は、日本国内だけで活動するギリギリ中堅どころの裏組織……そこで頭打ちになった。
それ以上はうまくいかず、燻っていたところを……偶々再会した朱雀の奴に叩き潰された。
刑務所に入った後も、大きな派閥だった闘技場のトップに取り入ったが。
結局は厭勝に叩き潰され、私はまた何も持っていない状態に戻ってしまった。
――――身分を身に纏って。
――――華やかな装飾で着飾って。
――――強かな従者で姿を覆っても。
すべてを剥がれてしまえば……ただの凡人と変わらない。
本当にくだらない人間だ。
……
どれだけ追いすがろうとしても……処刑場のあの日の記憶がすべてを物語っている。
薄汚く生き続けて底辺に落ちた自分と、高潔に死んだ朱雀とでは、そもそもの人間としての質が違うと。
……けれども……。
例えどれだけ汚辱に濡れ、泥水をすするような思いをしてでも……。
自分のプライドをひん曲げるような行為に手を出してでも。
(……私は、一瞬でもいいから、何でもいいから、朱雀に勝ちたかった……)
厭勝に殺される直前ですらこういうことを考えてしまうあたり、本当に筋金入りだと。
自分ですらせせら笑いが出るくらいに呆れてしまう。
(……この刑務所に朱雀がいたら、最後に一発くらい、ぶん殴ってやれたのにな……)
そんなことを思いながら、スローモーションになって自分に迫ってくるナイフを見つめて――――
「――――ここだァッ!!」
突然。
倉庫の壁を何かが突き破り、厭勝の脇腹を蹴り飛ばした。
あまりのスピードに厭勝はガードどころか声を上げる暇すらなく、反対側の壁をぶち破って外へと吹っ飛ばされていく。
「ッ!? な、何だ……?!」
知雫が想定外すぎる状況に困惑の声を上げる。
……その時、倉庫の扉がキィッと軋む音を立てて開いた。
入ってきたのは10歳前後の体格をした子供の囚人で、1メートルほどの木刀を肩に担ぐように持っている。
囚人服の胸には『C』の文字の刺繍がされており、C棟の囚人であることがわかる。
しかし、知雫はその囚人とは一切面識がない。顔すらわからないことから、刑務所内で全く名前が売れていない囚人であることだけは分かるが。
そのC棟の囚人は椅子に座る赤ずきんを一瞥し、すぐに目を逸らす。
そして知雫の方を見て、ふうっと息を吐いた。
「……間一髪セーフ、か」
「だ、誰だお前……?」
「私はC棟囚人の『アルティアス』。日高俊介の助太刀でここに来た。……死んでなくてよかった」
アルは自己紹介をしながら知雫に近づき、肩に担いだ木刀を上段に構える。
そして彼女を柱に縛り付けていた鉄製の鎖を容易く断ち切った。……木刀でも気合を込めて振れば鎖を切れるのだ。
鎖から解き放たれ、体の動きを確かめながら立ち上がる知雫。
それを横目にとらえつつ、アルは再び赤ずきんの方を向いた。木刀を右手に持って剣先を床に降ろしながらも、鋭い視線と警戒を彼に送る。
「たしか、赤ずきんとか言う殺し屋……だったか」
「…………」
「戦う気は?」
「依頼でなければ戦いはしなイ」
「そうか。ならお互い不干渉でいいだろう」
赤ずきんは金をもらった依頼でなければ積極的に戦いはしない。それが彼なりのポリシーだ。
そしてアルも、出来るならば人間相手との殺し合いは避けたいと考えている。
お互いに戦わずに済ませられるなら、それに越したことはない。
「さて……問題は向こうだけど……」
アルはそう呟きつつ、厭勝と俊介が共に吹っ飛んでいた穴の向こう側を覗いた。
――――倉庫から十数メートル離れた場所。
厭勝を蹴り飛ばした俊介は、再び何処かの壁をぶち破って建物の中に突っ込んでいた。
俊介は厭勝から距離を取りつつ、建物の中を観察する。
ここはおそらく水商売……それも、春を売るタイプの店だ。
ピンク色の壁にはA棟の女性囚人の写真が貼られ、壁を破った衝撃で性行為に使うような道具が辺りに散乱している。中には使用用途が一切読み取れない謎の道具まである。あまり嗅ぎなれない生々しい臭いが部屋の中に充満し、あまりいい気分ではない。
だが幸いなことに、今日は定休日なのか店の中に人の気配は感じない。……店を壊してしまったのは申し訳ないが。
「……これはこれは。随分な、ご挨拶ですね……」
厭勝が脇腹を手でさすりながら立ち上がる。
……時速六百キロとまではいかないが、それなりの速度から蹴ったつもりだ。
それなりの強者でも一発で意識を刈り取れる攻撃だったはずだが、厭勝はあまり堪えている様子がない。
俊介は警戒を改めつつ、厭勝に声を放つ。
「お前、俺の仲間を殺そうとしてただろ。……止めるために多少手荒な方法を取ったまでだ」
「仲間……ああ、あの女のことですか。別に私が殺そうと思ってあそこに連れてきたわけじゃあないんですがね……」
「何?」
俊介が疑問気な声を出す。
それに対し、厭勝は少しだけおどけたような声色で言葉を返した。
「ま、成り行きはどうあれ……あの女を殺そうとしていたのは事実ですからね。そこは否定しません」
「…………」
「しかし……く、くくく。朝から無能に呼び出され、不快なショーの計画を聞かされ、脇腹に蹴りを叩きこまれ……今日は散々な一日だ……。笑わないとやってられないとはまさにこのことですね」
くつくつと笑みを漏らす厭勝。
それを見た俊介は目を細めつつ、拳を握って前に構える。
先ほどの訓練で使っていた木刀は剣技を得意とするアルに渡したため今は素手だ。だが素手でも十分に戦えるためあまり問題はない。
厭勝は崩れた髪型をオールバックに整え直しながら、不遜な態度で言葉を吐く。
「私も、ピュアホワイト殺し相手に勝てるとのぼせるほど馬鹿ではありませんが」
「お前が知雫を殺さないのなら戦う理由はなくなる。そうなればこっちが引いてもいい」
それは俊介なりの、今この場を最も平穏に収められる提案だった。
知雫さえ無事に連れて帰れるならわざわざ厭勝という危険でイカれた人物と関わりあう気はない。だからこの提案を飲んでくれると、双方余計な怪我を負わずに帰れるのだが……。
そんな風に考えていた時、厭勝が俊介に対して言葉を吐いた。
「……時に日高さん。あなた、朝は嫌いですか?」
「は?」
「私は前の世界から朝が苦手でしてね。特に朝早くに起きてすぐ行動するのはストレスがかかって仕方がない……。この体になっても朝が苦手な辺り、体質というよりは精神的なものなんでしょうね」
「……何の話だよ?」
話の要領が掴めず、小首を傾げる俊介。
厭勝は俊介の理解が追いつかないのも気に留めず、まるで一人ごとを言うように言葉を続ける。
「今日はフラヴェに呼ばれる前に、一度事務所に寄って仕事の準備をしていたんですよ。だから今朝はかなり早くに起きたというわけです」
「…………」
「仕事の準備を終え、コーヒーで眠気を覚まして倉庫に向かえば不快になる言動のオンパレード。苛立ってフラヴェを殺し、女を殺そうとすれば鋭い蹴りを入れられる始末……」
「……結局、何が言いたいんだよ」
「要はですね。今日はもう、過去一番クラスで
その言葉を言い終わった瞬間、厭勝は先ほど男たちを殺したサバイバルナイフを手に持った。
それを俊介の方に向けて構えたあと、こめかみに青筋を浮かべて眉間にしわを寄せる。
「もうですね。あの女を殺して、今朝の出来事を綺麗さっぱり記憶から消さないと収まらないんですよ。
「馬鹿か、そんな理由で知雫を殺させるわけないだろ!!」
「まあ、そう答えますよね。……まったく……この刑務所、いや日本に来てから不幸が続いてばかりだ……!」
厭勝は苛立ちながら懐をまさぐり……一束の札束を取り出した。
それを先ほどまでいた倉庫の方に素早く投げた後、大きく息を吸い込んで叫ぶ。
「赤ずきんさん!! 前金百万、後金九百万で――――そこの知雫とかいう女を殺せ!!」
そう厭勝が叫んだ瞬間。
倉庫の方から金属と金属がぶつかるような激しい戦闘音が響き始めた。恐らく赤ずきんと、その場にいたアルと知雫がコンビを組んで戦い始めたのだ。
「ッ……!」
俊介は一瞬、どちらを優先するべきかを悩んだ。
アルは強いが、赤ずきんの強さもまた未知数だ。不意を突かれて知雫が殺されるかもしれないという一抹の不安が残る。
その不安を払拭し、確実に知雫を守るために厭勝を無視して倉庫の方に加勢に行くべきか。
それとも、何をしてくるか分からない厭勝と戦って確実に仕留めておくべきか。
一秒にも満たない思考時間だったが、その隙を突くように厭勝が投げナイフを放ってきた。
俊介は勘でそれらを全て避け、厭勝の方を向く。
「別に私を無視しても構いませんがね。その場合は当然、赤ずきんさんではなく私が直接あの女を殺しに行きますよ。絡め手はいくらでもあります」
「……マジか? 本気で戦うつもりなんだな?」
「ここまで来て冗談でした、とは言いませんよ。社会人ですから」
「俺はまだ働いたことはないけど、ストレスで人を殺そうとする奴が社会人な訳あるか!」
俊介は固く握った拳を厭勝に構える。
……身体能力は確実に、そして圧倒的にこちらの方が上だ。
勝利は殆ど確定なのに、どこかうすら寒さがぬぐえない……。
かなり不気味な相手だ。
ニンジャが『自分と同類』と言っていたし、ニンジャのように予想外の絡め手を使ってくる可能性もある。
警戒レベルを上げるに越したことはない。
厭勝はサバイバルナイフを逆手に構え、細くした目で俊介を捉える。
そして少し語尾が上がり気味になった声色で言葉を吐いた。
「多少の運動もストレス解消にいいと言いますし、久しぶりにきちんと動きましょうかね……!!」
「この野郎……多少の運動で済むと思ったら大間違いだぞッ!!」
ストレスが限界を超えるとはっちゃけるタイプの厭勝
あと実は、キュウビは俊介のファーストキスが奪われた時点で知雫にとんでもない敗北感を味わってます