殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#130 きゃるとる~ぜ

 

 

 

 ごほごほとむせ返る芋ジャージの少女を前に、俊介と厭勝は無言を貫いていた。

 厭勝は氷のように冷めた表情を彼女に向けている。どうやら突然現れて無様な姿を晒したのが哀れすぎて殺気が薄れてしまったようだ。

 

 一応厭勝への警戒は途切らせず、俊介は少女の方を向く。

 

「えっほ、えほっ、ごほっ……!!」

 

 顔を真っ赤にしてせき込みつつ、缶チューハイとするめいかを隠そうともがく少女。

 赤い芋ジャージを着た囚人は見たことがないが、その髪と瞳の色はどこかで見覚えがあった。

 

 白とピンクと金色の三色が入り混じった髪。

 少しウェーブがかった癖っけのある長い髪の毛を背中の中ほどまで下ろしている。

 

 空に浮かぶ虹を思わせる極彩色を思わせる色の瞳。

 それは突然の来訪者である二人に戸惑って行き場を失い、何かを探すようにくりくりと動き回っていた。

 

 

 ……三色の髪に、虹色の瞳。

 そして少女の体格を持つ囚人。

 

 その三つの特徴に当てはまる人物を俊介は知っていた。

 というか何度も遭遇したことがある。

 俊介はぽつりと漏らすように、口から小さくその人物の名を呼んだ。

 

「まさか……『魔法少女☆きゃるとる~ぜ』……?」

「ぴえッ!」

「きゃるとる~ぜ……?」

 

 俊介の言葉に謎の少女が奇声を出したあと、厭勝がピクリと反応する。

 そして厭勝は少女の方へ視線を移し、眉間にしわを寄せながら言葉を吐いた。

 

「たしか南区でライブを繰り返しているという、あのアイドルですか?」

「ああ。今みたいな姿は見たことないけど、髪の色と瞳の色がな。多分そうだと思う」

「ふむ。たしかにこの刑務所ではなかなか見ない、個性的な色ですね」

 

 刑務所の外でも内でも有名なきゃるとる~ぜのことは厭勝も知っているようだ。

 しかし知っているのは名前だけで実際の姿を見たことはないらしく、いぶかし気な目を彼女に向ける。

 

「あの姿を見てもアイドルとは到底信じられませんが」

「多分オフなんじゃないか? それかライブ前の休憩とか」

「ふん。休憩、ですか……」

 

 厭勝は目を細め、きゃるとる~ぜが必死に隠したするめいかのゴミと酒の缶を見た。

 しかしすぐに興味なさげにぷいっと顔を背ける。

 

「別に興味ないのでどうでもいいですがね。別の場所に移動して――――」

「――――ま、待って!」

 

 その瞬間、少女が踵を返して去ろうとする厭勝を呼び止めた。

 彼女は部屋の壁に立てかけてあった星とハートの杖を両手で掴み、地面と垂直になるように構えた途端、周囲を覆いつくすような白煙が吹き上がる。

 

「む……」

 

 一瞬にして少女の姿が見えなくなったと思うのも束の間。

 数秒ほど経過したとき、自然現象ではありえないほどの不自然なスピードで白煙が薄くなっていく。おそらく魔法で発生させた煙だから、術者の任意で濃さも操れるのだろう。

 そして煙が晴れた先には。

 

 

 

「――――じゃじゃーん!! 魔法少女☆きゃるとる~ぜだよ!!!」

 

 

 

 

 上半身は山吹色の囚人服。下半身は目が痛くなるほどにゴテゴテの装飾を施したスカート。

 三色の髪はツインテールに纏められ、虹色の瞳が爛々と二人の姿をとらえて輝いていた。

 

 彼女は上機嫌そうな顔と声色で、俊介と厭勝に向かって言葉を吐く。

 

「も~う、私のライブが待ち遠しいからって楽屋に突入してきちゃダメだよ! でも、そういう熱心なファンの応援はとっても嬉しいな♪」

「は?」

 

 なぜか勝手に彼女のファン認定された厭勝が怒り、どすの利いた声を腹の底から出した。

 こめかみに青筋を浮かべながら彼女の方を向き、眉間にしわを寄せて言葉を吐く。

 

「誰がファンですか。私は女の追っかけをするような人間になった覚えはありません」

「またまた……。ファンの人じゃないと、私の楽屋を覗いたりしないでしょ?」

「私の話を聞いていますか? 私はファンではありません」

「もう、照れ隠しが上手なんだから☆」

「…………」

 

 厭勝のストレスボルテージが限界を超えそうなレベルまで高まる。

 彼もきゃるとる~ぜが強いと分かっているからこそ、一度視界に入った女にもかかわらずその場を去ろうとしたのだ。

 俊介と戦いながら彼女も同時に相手にするのは少し現実的ではないために。

 

 しかしここまで舐められては厭勝も引き下がっていられない。

 こめかみの青筋が額にまで到達し、一目見ただけで本気で怒っていると分かる表情のまま厭勝は言葉を発した。

 

「では私がファンではないと証明してやりましょうか? ドブ女」

「ドブ女? 照れ隠しにしては言葉が強すぎだぞ♪」

「そもそもですね。私は女が心の底から嫌いですし、お前のようにアイドルを名乗るくせにアイドルにふさわしくない、『責任感を欠如した行動』を取る奴が大嫌いなんですよ。意味が分かりますか?」

「…………」

 

 無言になるきゃるとる~ぜ。

 それを見た厭勝はため息を吐き、彼女の後ろに隠してある酒とするめいかのセットを指さした。

 

「きゃるとる~ぜ。あなた、毎日朝からライブを開いているんでしょう? 殊勝なことですね」

「でしょ?」

「ですがそのライブの前の休憩で飲酒をするとはどういうことですか? しかも酒の肴まで用意するとは周到ですね。……仮にも『アイドル』という声を使う職業を名乗るくせにライブ前に酒を飲むなんて、アルコールで脳が鈍るとか喉を傷めるとかそういう考えには少しも至らないんですか?」

「…………よ、酔わないもん」

「酔う酔わないの話ではありませんね。大事なイベントの前にパフォーマンスを下げるような行動を取るのは、とどのつまり、『低いパフォーマンスでも十分だ』と相手を舐めていることに他なりません。……あなたの場合、相手ではなく『アイドル』という存在そのものを舐めているのかもしれませんが」

 

 堰を切ったように飛び出す厭勝の暴言。

 相当きゃるとる~ぜにファン扱いされたのが堪えたのだろう。

 

 俊介が止める暇もなく、きゃるとる~ぜが余裕を持ち直す隙も与えず、言葉のマシンガンを撃ち続ける。

 

「あなたが真面目に『アイドル』と名乗るなら、そもそも今の年齢から酒を飲むべきではありませんね。10歳前後から飲酒して体にいい影響が出ることなど何一つありませんので。特に声を使う職業で万が一アルコールで喉が焼けでもしたら致命的です」

「……で、でも……それでも私、アイドル……」

「まあ、あなたはそういうデメリット云々を無視してでも酒が飲みたかったんでしょうがね。しかしその時点であなたのお里が知れますし、たとえあなたが男でも私がファンになる要素はゼロです」

「…………」

「それにしても酒の肴にするめいかとは、ずいぶん良いご趣味をしてますね。体は若くても中身は一体何歳なんです?」

 

 

 瞳孔が開いた瞳を彼女に向けたまま、厭勝が憎たらし気に口を開く。

 

「今までの言動で推察できたあなたのプロフィールを当ててあげましょうか? きゃるとる~ぜ」

「ま、魔法の国生まれの王女――――」

 

 厭勝の言葉に対し、焦りながらきゃるとる~ぜが何かを語ろうと口を開く。

 おそらく自身の『アイドル』というキャラとしての設定だろう。ここですぐさま否定しないと最後の牙城が崩れるとでも思ったのかもしれない。

 

 しかし彼女の言葉よりも早く、彼女の声にかぶせる様に厭勝がつらつらと言葉を吐いた。

 

「元の世界でアイドルを目指し続けたもののうだつが上がらず、かと言って夢を諦めきれず、取り返しのつかない年齢まで行ってしまった年増女。いい年して夢と現実の区切りも付けられない無能さだから私の質問に嘘すら吐けず黙りこくるんですよ。言葉で稼ぐアイドル志望のくせに黙ってことをやり過ごそうとするのはどうなんです? まあ自分の年齢を鑑みれず飲酒して真面目にアイドルを名乗るようなアホにその判断をするのは難しかったですかね、四十代のクソババア」

 

 美しい詩を読むような声色とリズムでもの凄い暴言を吐く厭勝。

 思慮深い厭勝らしくもない穴と隙が多くみられる予想だ。だが攻撃力だけはミサイルのように高い。

 しかもダメ押しに『四十代のクソババア』の部分だけ語気を強めて強調している。最低だ。

 

(うっわ……)

 

 流石に言いすぎな厭勝を見て、内心でドン引く俊介。

 いくらファン認定されてムカついたとはいえ言い過ぎだろう。

 

 そう思い、厭勝の口を閉じてどこかに移動しようと一歩前に踏み出した瞬間――――。

 

 

 

 

「うるさいッ!! まだ3()5()だもんッ!!! ――――あ」

 

 

 

 

 

 ――――耳が痛くなるほどの沈黙が広がった。

 

 

 俊介は思わず足を止めて彼女の方を向き。

 暴言を吐きまくった厭勝は、怒りを通り越して路傍の石ころを見るような無感情の視線を彼女に向けていた。

 

「お前言いすぎだろ……」

「当然のことしか言っていませんよ。語気が強いのは私を舐めた礼です」

「いやでも――――」

 

 

 

 

 

 

 

「――――舞台闘劇魔法(ぶたいとうげきまほう)出力全開(フルバースト)

 

 

 

 

 

 

 

 

 きゃるとる~ぜが低い声でそう吐き、手に持った杖の先をバッと二人に向けた。

 その瞬間、俊介の全身に夥しい量と強さの『死の警鐘』が鳴り響く。

 

「ッ!!」

 

 俊介は殆ど脊髄反射でバックステップする。

 超人の身体能力で10メートルほど飛び退いた直後、先ほどまで立っていたところが白い光の奔流に飲み込まれた。

 

 レーザーは南区の木造建造物を十数軒ほど消し飛ばし、刑務所の壁にぶち当たって消える。

 そして眩い光が晴れたあと、コンクリートで出来た壁には深さ数メートルほどのクレーターが出来上がっていた。

 

 俊介はたった一発の攻撃で出来た惨状を見ながら冷や汗を流す。

 

「ちょ、なんだ今の威力……!」

 

 知雫やキュウビの使う道術の炎の威力とは比べ物にならない。

 まるで……未来革命機関の大幹部である『ピュアホワイト』を思い出させるような破壊力だ。

 

 きゃるとる~ぜは杖を体の前で水平に構えてふわりと宙に浮かび始める。

 そして虹色の瞳の彩度を上昇させ、再び杖の矛先を二人に構えながら低く言葉を吐いた。

 

 

 

「ライブ前に奉仕活動をするのもアイドルの仕事だよね。……始めよっか、()()()()

 

 

 

 そして彼女は、杖の先から数え切れないほどの白いレーザーを撃ち放った。

 一発一発が人の命を奪って余りある威力のそれが空から流星のように降り注ぎ、南区の建物を滅茶苦茶に破壊していく。

 

 俊介はそれを器用に避け続けながら、厭勝に向かって悪態を吐いていた。

 

「八つ当たりすぎる……!! 俺何も言ってないし関係ないだろ! おい!!」

 

 厭勝に言ったところで今更どうにもならないのだが、俊介はやるせない怒りの吐き場を求めていた。

 しかしそんな俊介の言葉を聞いていないかのように厭勝が言葉を吐く。

 

「これはこれは……。ようやく私がファンではないと認めていただけたようですね」

「そんなこと言ってる場合かよ! ありゃ相当強いぞきゃるとる~ぜの奴!! お前と同時に相手にしたら……した、ら……ッ!」

 

 ……そこで俊介はやっと厭勝の真意に気づく。

 彼がきゃるとる~ぜを手ひどく煽りまくっていた理由が。

 

 

 

 ――――厭勝が彼女のことを煽りまくっていたのには、おそらくある目的があったのだ。

 

 

 それは、厭勝と俊介ときゃるとる~ぜで『()()()()()()()()()』ことである。

 

 ハッキリ言って、厭勝と俊介のタイマンではもはや厭勝に勝ち目はない。

 俊介は二度と人ごみに逃げこむ隙を見せないし、真正面からの戦闘では身体能力に差がありすぎて土台敵わない。勝ち筋はゼロに等しい。

 

 そんなときに都合よく現れたのが刑務所内でも屈指の実力者である『きゃるとる~ぜ』だ。

 タイマンで勝ち目がないのなら、新たな敵を勝負に引っ張り込む。

 詰みに近い状況に不確定要素を混ぜ入れ、勝利の可能性を無理やり作り出す。

 

 そのために。

 厭勝は彼女を勝負に参加させようと、わざと敵意を煽るために罵り続けていたのだ。

 

 

 

 

 俊介はその考えに至り、油断を抜いた表情で厭勝に言葉を吐く。

 

「お前、三つ巴が狙いだったのか!」

「違います。あの女が心底ムカついたので煽りまくっていただけです。誰がファンだ」

 

 全然違ったらしい。

 普通にムカついて罵っていたようだ。それはそれで何か嫌だよ。

 

 

 俊介と厭勝は壊れていない建物の隙間を縫うように走り、きゃるとる~ぜから距離を取る。

 彼女の魔法による砲撃は空から降り続けているが、離れれば離れるほど密度が低くなって当たる可能性は低くなるからだ。

 

 そして百メートル以上は離れた所で厭勝が足を止め、それにつられるように俊介も止まる。

 厭勝がサバイバルナイフを持つ手の手首の動きを確認し、ゆっくりと構えた。

 

「さてと。ドブ女がキレて、あなたの言う『三つ巴』の状況になりましたし……続きをやりましょうか」

「おい、マジか。きゃるとる~ぜの攻撃威力はクソ高い上に攻撃範囲も広いんだぞ。二人で戦っているときに流れ弾が当たるとまとめて死ぬかもしれないぞ?」

「だから勝ち筋が見えるんでしょう? 危険は承知ですよ」

 

 正気か……とも思ったが。

 厭勝からすれば、こういう状況にでもならなければ俊介には勝てないのだ。

 確実に負ける状況で勝てるかもしれないギャンブルに挑戦する権利が降ってきたら、厭勝ならためらいなく挑戦するだろう。そういう奴だ。

 

 

 内心で舌打ちしつつ、俊介が拳を構えた瞬間。

 

 

「――――『火炎幕(ファイアカーテン)』」

 

 

 何処からともなく聞こえてきた少女の甲高い声が俊介の耳に入る。

 それと同時に全身にざわつくような感覚が走り、咄嗟に背後へと飛び退いた。

 

 直後、きゃるとる~ぜがいた方向からこちらに向けて、地面にピシリと亀裂が入る。

 そして亀裂から一気に炎が噴き出し、まるで薄い壁のようになって厭勝と俊介を二手に分断した。下手に壁を越えようものなら触れた箇所が骨まで焦げると確信できるほどの火力である。

 

 俊介が火炎幕に誤って触れないように一歩後ずさった、その時。

 空から急降下してきたきゃるとる~ぜが俊介のすぐ傍に着地した。あまりの降下スピードに足元にあった木造建築が粉々になる。

 

 そして着地後の硬直もなく、彼女はすぐさま俊介の顔面に杖を向けた。

 

「何で俺の方……ッ!!」

応援火(ファンファイアボール)!」

 

 次の瞬間、杖の先から西瓜大の火炎の塊が一発発射される。

 先ほどの炎の幕より遥かに火力が高い。もし当たればその部分が骨すら残さず焼け飛ぶだろう。

 咄嗟に後ろに体重をかけて倒れ込むように避け、すぐに体勢を立て直して拳を握る。

 

「ちっちゃい女の子なんてあんまり殴りたくないんだけどッ!!」

 

 俊介はそう叫びながら彼女の顔面に拳を振りかぶった。

 超人の身体能力で放たれる拳がきゃるとる~ぜの頬を捉える――――直前に、不可視の頑丈な壁にガァン!と音を立てて弾かれた。

 

(いっ――――たぁッ!! バリアか?!)

 

 あまりの痛みに殴った手を押さえて後ずさる俊介。

 鋼鉄並みの硬さの物を躊躇なく殴ったからか、痛みと共に手の骨へ火が灯ったような熱がこもり始める。

 

 あまりの痛みと熱に折れたのではないかと思った瞬間。

 俊介の手の内部から勢いよくカッターナイフのような刃物が複数飛び出した。

 その刃は俊介の手の筋肉と皮膚を切り裂き、鮮血がわずかに舞う。

 

「アイドルに勝手なお触りは禁止だよ。マナーの悪い人はきらい」

「ッ!!」

 

 きゃるとる~ぜは杖の先に白い光を集光させ、横一文字に雑に薙ぎ払う。

 手を押さえる俊介が真上に跳んで回避した瞬間、彼女の前方180度以内にあった建造物が纏めて吹き飛んだ。

 瓦礫が空中に散らばると共に、南区に潜んでいた名も知らぬB棟の囚人達のミンチ肉も撒き散らされる。

 

 

 彼女の攻撃の威力と範囲の広さには一切の『躊躇い』がない。

 自分の攻撃の余波で何人死んでも気にしないと言った風の攻撃だ。

 

 俊介は空中の瓦礫を足場にし、きゃるとる~ぜから離れる方向に飛ぶ。

 

(ピュアホワイトの奴は剣と魔法を組み合わせてたけど、きゃるとる~ぜは完全に魔法特化って感じか……! ちょっとでも当たったら洒落にならん!!)

 

 またも距離を取って逃げようとする俊介に対してきゃるとる~ぜは眉間にしわを寄せる。

 そして右手で持つ杖の棒先でカンッ!と地面を叩き、言葉を吐いた。

 

禁歩幕(ベルトパーテーション)鳥籠(ラビリンス)!」

 

 呪文を唱えた瞬間、きゃるとる~ぜの足元にある影がうぞうぞと生き物のように蠢き始める。

 そして直後、堰を切ったように全方向へと幅五センチほどの細長い影が伸びた。

 

 その影は俊介の逃げる速度を優に上回り、きゃるとる~ぜを中心として半径50メートルの時点でピタッと止まる。

 それから螺旋を描くように回りながら空中を昇っていき、ちょうど彼女の100メートル真上でぴったりと蓋を閉じた。目が細かく編まれた影で作られた檻はさながら『鳥籠』。

 

 俊介は先ほどのバリアを殴った時の刃物を警戒して影の檻に触れようとしない。

 地面の木片を檻に蹴り飛ばすがビクともしない。逆に木片の方が粉みじんに砕け散った。

 

 

「くッ……!」

 

 単純な移動速度ではきゃるとる~ぜより俊介の方が遥かに速い。

 しかし、彼女の圧倒的な攻撃範囲の魔法を半径50メートル以内で避け続けるのは厳しい。運悪くかすっただけでゲームオーバーの超難易度回避ゲーを強いられているようなものだ。

 

 さっきの手から生まれた刃物のように怪我をする可能性はあるが、多少の負傷より命優先。 

 俊介は右腕を振りかぶりながら人格の名を呼ぶ。

 

「く……エンジェル! 右腕!」

「遅いよ。大応援火炎(ファンファイア・バーストフレイム)――――』」

 

 

 

 

 ――――――――ガキィィィイイインッッ!!!

 

 

 

 

 ――――突如。

 

 彼女の呪文を遮るように、鼓膜が破れそうなほどに大きい金属音が鳴り響いた。

 

 

 音の鳴った位置はきゃるとる~ぜの背後、地上から30メートルほどの高さの場所だ。

 俊介が音の鳴った方向に顔を向けた時にそこにいたのは。

 

 『鳥籠』を作る鋼鉄の影をバラバラに切り裂き。

 きゃるとる~ぜの頭頂部に木刀を振り下ろそうとする『アルティアス』の姿だった。

 

「せぇりゃぁァアアアアアッッ!!!」

 

「ッ!!」

 

 きゃるとる~ぜがアルの木刀を受け止めようと杖を構え、バリアの硬度を急激に上昇させた。

 不可視のバリアに視認可能な薄い黄の色が付くほどに硬度が増していく。

 

 しかし。

 

「脆いッ!!」

「かはぁッ?!」

 

 アルの木刀は彼女のバリアをぶった斬り、その頭頂部に木刀を勢いよく叩きこんだ。

 地面とキスしそうになるきゃるとる~ぜだが、瞬時に体に浮遊の魔法を掛け、ぐいいっと上体を持ちあがらせる。

 

「このッ! 照明(スポットライト・)――――』」

「魔法に頼り切りか?! ()()ッ!!」

 

 彼女が杖から魔法を出すより早く、アルが再び木刀を顎に叩きこんだ。

 そしてきゃるとる~ぜが怯んだ隙を見逃さず、手の中で素早く木刀を順手と逆手で持ち替えながら斬撃を繰り出し続ける。単純な身体能力に技量が乗った攻撃は俊介のそれよりも早く見えた。

 

 

「ぐ……『虹舞踊(レインボーメロディ)』ッ!!」

 

 絶え間なく浴びせられる木刀の斬撃の中、きゃるとる~ぜが一瞬の隙を突いて魔法を唱えた。

 その瞬間、彼女の体を虹色の眩いオーラが覆う。虹色の瞳がキラリと明滅し、素早い動きでバックステップしてアルの斬撃から逃げた。

 おそらく身体能力強化の魔法だ。

 

 きゃるとる~ぜは後方へ逃げるように飛び上がっていき、40から50メートルほど上昇したところで地上にいるアルに杖を向けた。

 そして憎悪の滲んだ顔で呪文を唱える。

 

「よくもアイドルの顔をッ!! 音楽多重爆撃(メロディックエクスプロージョン)』ッ!!!」

 

 直後、彼女の杖から大量の黒い音符が放たれた。

 アルの視界を埋め尽くすほどに現れた音符は互いにこすれ合い、大爆発を起こしながら地上にいるアルへと降り注いでいく。

 

「あ……あれはヤバいッ!!」

 

 先ほどまでの攻撃が児戯に見える威力と攻撃範囲だ。たった一つの音符が当たっただけで人間の体なんて容易く粉々になる。

 すぐさまアルを掴んで効果範囲まで逃げようと、俊介が足に力を込めた瞬間。

 

「来るなッ!! 大丈夫だッ!!」

 

 自分の方へ来ようとした俊介へとアルが叫ぶ。

 その言葉を聞いた俊介はピタリと足を止めた。

 そして自身に迫る爆弾音符相手に一切物怖じせず、木刀を逆手に持ち、まるで槍投げのようなポーズを取るアル。

 

「目に捉えれば斬るのは容易い! 目に見えずとも存在すれば斬ることは可能だ! もし目に見えず、そこに存在しない物でも――――」

 

 

「気合を込めれば大体何でも斬れる!! ()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

 アルが脳筋すぎる言葉を叫びながら木刀の表面に炎と雷を纏わせる。

 炎と雷が混ざり合い、炎の火力が雷の速度で移動するという奇妙な現象が発生した瞬間。

 

 

「――――『一刀流・大投擲』ッ!!」

 

 

 勢いよくアルが木刀を投擲する。

 魔族が支配した世界の九割を人間領土に戻した勇者その人が全力で投げた木刀は一瞬だけだが音の壁を貫通し、ソニックブームを発生させる。

 

 木刀は空を埋める爆弾音符群を優に消し飛ばし、その奥にいたきゃるとる~ぜの眉間を打ち抜いた。

 カァンッ!!と木刀で壁を叩いた時のような軽い音が響き、彼女の体が刑務所の壁まで吹っ飛ばされる。

 

 そのまま壁にクレーターができる威力で叩きつけられたきゃるとる~ぜ。

 遠目にだが、ピクピクと体が動いているのが見えた。生きてはいるらしい。

 彼女が異様に頑丈なのか、アルが殺さないギリギリのところで手加減したのか。

 

 

 

 アルは大きく息を吐き、汗をどっと体中から流す。

 しかしすぐにぷるぷると顔を振って汗を振り落とし、俊介の方を向いた。

 

「ふー……大丈夫か、日高」

「あ、ああ……ちょっと手を怪我した以外は大丈夫。……それにしても、ほ、本当に強いんですね……俺は何もできなかったのに」

「魔法使いとの戦闘は前世で慣れてるんだ。まあ人間じゃなくて魔族の魔法使いだけど」

「そうですか……なんにせよ、ありがとうございます」

 

 俊介が礼を言いながらアルに近づく。

 そしてきょろきょろと周囲を見渡しつつ、アルと一緒にいるはずの彼女の名を呼んだ。

 

「そういえば、知雫はどこに?」

「近くにいる……というかあそこの瓦礫の物陰にいるよ。ここまで連れてきたんだけど、あの女の子と戦うのには、その、少し力不足だから……」

「そうか。……おーい知雫! 大丈夫かー?!」

 

 アルが示した方向に顔を向けて手を振ると、眉間にしわを寄せた知雫がひょっこりと顔を出した。

 頭に乗せた木の木片を手で落としつつ、ずかずかとアルに大股で近づいてくる。

 そして歯をむき出しにしながら彼の顔を睨んだ。

 

「この野郎……! 私が力不足なのは認めるけど、瓦礫の山に投げ飛ばすことはないだろ!」

「いや、近くで一番柔らかそうな場所だったし……早く助けないと日高が危なそうだったし……」

「木の瓦礫の山は柔らかくねえよ!」

 

 頭にたんこぶを作った知雫が吠えるのをどうどうとなだめる。

 彼女自身もアルがいなければ自分の身が危なかったのを理解しているのか、俊介が宥めるとすぐに落ち着いた様子に戻った。こめかみに青筋が浮かんでいる辺り怒ってはいるのだが、これ以上口に出す気はないらしい。

 

 俊介は知雫が落ち着いたのにほっと胸を撫で、再びアルの方に向き直る。

 

「そういえば、そっちにいた赤ずきんはどうなったんです?」

「…………」

 

 そう聞くとアルは目を細め、少しだけつらそうな表情を浮かべたあと。

 先ほどの叫び声が嘘のように抑え気味の声量で言葉を吐いた。

 

「……強かった。だから申し訳ないけど、手足をへし折って拘束してきた」

「…………」

「殺してはないよ。二度と殺しをするつもりはないし……刑務所で大きく暴れるのも、これが最後かな」

 

 アルがアンニュイな面持ちでそう言うのを聞いた後、俊介は知雫の方に顔を向けた。

 すると彼女はそっと俊介に顔を近づけ、小声で話す。

 

「あいつの言ってることは本当だ。手足の関節を叩き折ったあと、関節を逆側に曲げて鎖で拘束していた。……赤ずきんが壊れた操り人形と同じ扱いだぜ」

 

 あまりに凄惨な所業に少しだけ息を飲む俊介。

 しかし、アルは一見優しそうに見えても、暴力がはびこる世界の中で圧倒的な力を貫き通した人物なのだ。それぐらいに容赦のないことはやっても不思議ではない。

 

 俊介はアルの残酷な面を頭から振り払い、代わりに先ほどのアルの戦いぶりを思い出す。

 そして知雫に小声で言葉を返した。

 

「……なあ、どう思う?」

「何がだ?」

「アルを、仲間に誘おうかと思ってるんだけど……」

 

 それを聞いた知雫は少し考えるが、おおむね肯定的な言葉を吐いた。

 

「裏切られたときにとんでもないことになるが……それを考えても引き込みたいレベルの戦力だな。作戦の安定度がダンチだ、私は賛成する」

「だよな。前にゼロツーに言ったときは良い感触が得られなかったんだけど……」

「私も口添えする。これを逃すのは惜しいってな」

 

 俊介と知雫は意見をすり合わせ、合致させる。

 そしてお互いに顔を見合わせて頷き、手を腰に当てて南区の景色を眺めるアルに話しかけようとした。

 

 

 ――――その時。

 パチパチと、何処からともなく一人分の拍手の音が聞こえてきた。

 

 

「――――素晴らしいですね。まさにおとぎ話のような戦いぶりでしたよ」

 

 声が聞こえてきた方向に三人が目を向ける。

 

 音の主は、壊れていない建物の屋根の上であぐらをかく厭勝だった。

 彼はサバイバルナイフを手に持ちながら器用にパチパチと拍手をしている。その顔には不適な笑みを浮かべ、三人のことを冷徹な目で見下していた。

 

 俊介は警戒をしたまま、厭勝に言葉を向ける。

 

「……今更出てきたって遅いぞ、厭勝」

「ほう。どうしてです?」

「私もいるからだ」

 

 彼の質問にアルが答える。

 木刀はなくなったが無手でもある程度は戦えるのだろう。拳をぎゅっと握り、厭勝の顔を細い目で睨む。

 

 そんな風に刑務所内で有数の実力者二人に睨まれる厭勝だが、彼はなおも大胆不敵な笑みを崩さない。

 

「怖いですね。思わず身が震えあがりそうだ」

「…………」

「しかしですね、私もここで引きさがるのは性分に合わないんですよ。一度始めた勝負に一人の死人も出さず矛を収めることはできないんです」

 

 厭勝は屋根から軽い身のこなしで飛び降りて三人と同じ地面に立つ。

 そんな彼に対し、知雫が鋭い視線を向けながら言葉を吐いた。

 

「死人が出ないと終わらないだと? だったら今出してやろうか? この甘ったれ(俊介)そこの奴(アル)は人殺しが嫌いでも、私は遠慮なく燃やし殺すぞ」

「黙れ女。私はお前と話す口を持たない」

「……状況分かってるのか、お前?」

「私に不利な状況ですね。だが不利なだけでは諦める理由にはならない。だからお前は三流なんですよ」

 

 知雫は眉間にしわを寄せて厭勝を睨む。

 たしかに、一見、アルと俊介が揃っているこの状況で厭勝に勝ち目はない。

 

 しかし、ここまでの余裕を晒しているのを見て……俊介の心には一つの『悩み』が生まれていた。

 

 それはウィザードの言っていた『()()()()()()』についてだ。

 謎のベールに包まれたそれが一体どんな物なのかは分からない。たとえどれだけの切り札だとしても、アルと自分が二人そろった今の状況を打開できるものとは思えない。

 

 

 だが、もしかすると。

 万分の一だが、切り札がこちらの戦力を超えている可能性はある。

 

 こちらが全てを終わらせる代わりに、絶対に勝つ『ダークナイト』という奥の手を持っているのと同じように……だ。

 

(…………ブラフ、なのか? でも……もしかすると……)

 

 俊介が厭勝を強く睨み、悩んでいると。

 

 

 

「――――う、ぉぉぁああああああああああッッッ!!!!」

 

 

 

 突然、刑務所中に響き渡るような咆哮が聞こえてきた。

 厭勝を含む四人は同じ方向へと顔を向ける。

 

 その方角は、先ほどアルがきゃるとる~ぜを吹き飛ばした場所だ。

 俊介とアルと知雫が警戒を向ける中、厭勝はくつくつと笑みを浮かべる。

 

「危ない危ない……間に合いましたか」

「お前……何を?」

「揃いも揃って馬鹿なんじゃないですか? 私がこの状況であなた達二人に勝てるわけがないでしょう。だから……」

 

 そこで厭勝は、ズボンのポケットから何かの注射器を取り出した。

 

「南区の方にお金を渡して、地面に落ちたきゃるとる~ぜに薬を打ちに行ってもらいました。南区で最も危険な、意識が飛んで暴れ狂う奴をね」

「お前……!」

「第二ラウンドですよ。最終ラウンドとも言った方がいいですかね?」

 

 

 にやけ面の厭勝がそう言った瞬間。

 理性を失い、南区の建物を吹き飛ばしながら突っ込んできた、先ほどよりもはるかに速いきゃるとる~ぜに。

 

「――――ぐッ?!」

 

 知雫を咄嗟にかばったアルの腹が杖の先で貫かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 






時間がなくて最後の方乱文になってしまいました! ごめんなさい
また翌日か翌々日に修正してちゃんとした文にします



――――――――



Q.きゃるとる~ぜはなんで怒ったの?
A.正論言われまくってイラついた所に実年齢を自分で失言してキレた

Q.『一刀流・大投擲』って何?
A.人間の攻撃で一番強いのは投擲なのでもちろんこれも理にかなった一刀流




――――――――


作者がまた絵を描きました。
描いたキャラはハンガーです。あまり上手ではないので、あくまで作者が勝手に考えてるハンガーのイメージということで……。


【挿絵表示】


服(布?)が焼きいもみたいな色をしてるのは、元々考えていた色だとほぼ全裸に見えたからです。
ポーズや見た目が全体的にネフェル・ピトーに引っ張られてるのは描いた後で気づきました。
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