殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#133 ひとまずの決着

 

 

 

(――――ふむ……)

 

 厭勝は俊介を中心とした円を描くように走り、拳銃を撃ち続ける。

 そして銃口の向きから銃弾の軌道を見切り、金属バットで全て弾くアル。

 

 甲高い金属音を立てながら彼方に吹っ飛ぶ銃弾を見て、厭勝は目を細めた。

 

(当然のように銃弾を弾いてくれますね。まあ、このレベルの戦闘強者ならおかしくないですが)

 

 拳銃から放たれる銃弾の速度は時速千キロを下らない。

 そんな速度で飛来する鉛玉の威力は、たとえ強者と言えど無視できる威力ではない。運良く急所に当たれば即殺も可能だ。

 

 それこそが科学の武器である銃の利点。強者も無視できない一定の威力があり、誰でも扱える。

 才能が威力に直結する魔法とは異なる確かなメリットだ。

 素の実力ではアルに敵わない厭勝も、銃さえあれば彼の動きを阻害することができる。

 

 

 厭勝は弾倉を交換しつつ、弾幕を張り続けながら思案する。

 

(……しかし、銃ではあくまで()()にしかならない。手りゅう弾も決め手に欠ける。やはりここは、きゃるとる~ぜを利用するのが得策ですね)

 

 内心でそう考えた所で……。

 ピキリ、と厭勝のこめかみに青筋が浮かんだ。

 

(私が女を頼りに勝ち筋を組み立てる日が来るとは。……あのきゃるとる~ぜとか言うのも、時期を見て殺してしまいますか……)

 

 女に頼ると考えただけで腹の底から煮えたぎった怒りが吹き上がってくる厭勝。

 裏社会で『知らない奴はモグリ』と言われるほどの女嫌いは伊達ではなかった。

 

 こめかみに青筋を立てたまま、厭勝は周囲の状況をよく観察する。

 

 

 

 きゃるとる~ぜは日高俊介たちの方に向けて攻撃を放っていた。

 厭勝が狙われないのは、おそらく素の実力が彼ら三人組より圧倒的に劣っているからだ。あの女は体力があるうちに強い方から片付ける性分らしい。

 

 赤ずきんはきゃるとる~ぜの攻撃に体を貫かれながらも、知雫に斬りかかっている。

 現在、赤ずきんの方が知雫を押しているようだ。

 さすがに高い金を取るだけはある。

 

 アルは厭勝ときゃるとる~ぜの魔法攻撃を一人で防御し続けている。

 酷い失血のようで、顔が青を通り越して土色となっている。

 放っておけばあと数分で死ぬだろう。

 

 そして……一番厄介なジョーカーカードである『日高俊介』。

 

 彼奴は首に手を当てながら後退し、知雫とアルに守られるように後ろへと下がっていた。

 本人もかなり戦えるはずだが、今はあえて戦わずに後退しているようだ。

 

 その様子を見て、厭勝は眉を八の字にしながら考える。

 

(……私も勝ち方を考えているように、向こうも当然勝ち方を考えている。どうやら、向こうの勝ち方の()は『日高俊介』のようですね)

 

 これ見よがしに守られているところを見れば、誰だってそう気づく。

 しかも、首に手を当てながらもその『勝ちの手』をまだ使わないあたり……その決め手の正体は一瞬の硬直()ができる『人格交代』だろう。他にも何かまだ出さない理由があるかもしれない。

 

 ……中から何が出てくるか分からないびっくり箱みたいな男だ。

 複数人格持ちは幾度か見たことがあるが、ここまで引き出しが多いのは見たことがない。

 

 

 だが。

 向こうが人格交代を躊躇うのならば、それはそれで好都合だ。

 ()()()()()()()()()なのだから。

 

(時間が過ぎるほど、防御の要である『C棟の囚人(アル)』が失血死に近づいていく。あとどれくらいで動けなくなるか、見物ですね)

 

 厭勝はそう考えながら右手で拳銃を撃ちつつ、手りゅう弾を左手で投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

(くそ……!)

 

 俊介は首に手を当てながら人格交代の隙を窺っていた。

 首に手を当てるのは、それが一番人格交代に集中できるからだ。独自のルーティンのようなものである。

 

 

 アルは厭勝ときゃるとる~ぜの攻撃を全て防御し、知雫は赤ずきんと対峙している。

 しかし、アルは失血死しかけで、知雫は赤ずきん相手にかなり劣勢だ。

 

 ……ぶっちゃけ、今でもサイコシンパスと変わって声を放つことができる。

 アルと知雫が命懸けで守ってくれている中、後ろでこっそり変わって大声で叫ぶのだ。

 だがそうした場合、アルと知雫も声に巻き込まれて俊介以外は全滅だ。

 

 二人を声に巻き込まないためには、知雫に聴覚遮断の術を使ってもらう必要がある。

 しかし、彼女は『聴覚遮断ができるか』を問いただしたときにこう語っていた。

 

『聴覚遮断の術は使える。でも、私以外に術を使うには『()()()()()()()()』が条件だ。お手々を繋ぐってレベルじゃなく、あのアルってのを抱きかかえるくらいにな。あと発動まで少しだけ時間もかかる』

 

 相手に触れること。

 しかもかなりガッツリと。

 少なくとも、アルが金属バットを振って防御できないくらいには密着する必要があるそうだ。

 

(貧弱なサイコシンパスに変わる隙を晒す上、アルと知雫も密着して行動不能になるって……。どうすりゃいいんだ!?)

 

 だが、この状況から勝つためにはどうしてもサイコシンパスの声が必要だ。

 きゃるとる~ぜのバリアを突破できるのはアルだけだが、アルはもう失血のしすぎでバリアを破る体力がない。

 バリアを貫通できる声しかもう手段はないのだ。

 

 

 俊介は歯噛みしながら、脳みそをフル回転して周囲を見る。

 

(こうなったら、無理やりサイコシンパスの声を出せる隙を作るしかない……! 誰に、何をすれば、時間を作り出せる……?!)

 

 サイコシンパス以外の殺人鬼達との人格交代はなし。余計な隙を晒す余裕はない。

 ならば、硬直がない四肢の主導権譲渡しかない!

 

 

 俊介は首に当てていた右手を外し、叫ぶ。

 

「――――ドール! 右腕を譲る!! 厭勝を狙え!!」

『はいっ!』

 

 何処からともなく現れたドールが、右腕の主導権を握る。

 そしてきゃるとる~ぜの右後ろにいた厭勝の体を不可視の力で操り始めた。

 

 唐突に体が自由に動かせなくなった厭勝が大きく目を見開く。

 

「ッ……!? な、なっ……?!」

『ぅ、ぅぅ……お兄ちゃん、何すればいい!? かなり力が強いから、早くしないと右手の骨が折られちゃう!!』

「アイツの持ってる銃できゃるとる~ぜを撃ちまくれ!!」

『うん!!』

 

 ドールの高い返事の声と共に、厭勝の右手がぐるりと方向を変える。

 そして、アルに向かって攻撃していたきゃるとる~ぜの背後にドンドンドンと銃弾を連続で撃ち込んだ。

 

 当然、厭勝の銃弾はきゃるとる~ぜの展開するバリアに全て防がれる。

 しかし、背後から突然攻撃してきた男の存在をきゃるとる~ぜは無視しなかった。アルへの攻撃を中止し、血走った目で後ろに振り返る。

 

「……あ゛ぁ゛……!?」

「チィッ――――洒落臭(しゃらくさ)いことをぉッ!!」

 

 きゃるとる~ぜが厭勝に杖を向けた瞬間、奴は発煙弾を爆発させた。

 突然吹き上がった煙に少しだけ固まるものの、きゃるとる~ぜは煙の全域に向かって無数のビームを放った。

 

 広がった煙にはハチの巣よりも細かい風穴が空き、人間が隠れられるスペースはない。

 もしあの煙の中に厭勝がいたのなら、奴の体は穴だらけに……。

 

 

 

 その様子を見た俊介は冷えたものが肝の底から湧き上がるような心地になる。

 しかしすぐに気を取り直し、アルに向かって叫んだ。

 

「アルさん! 赤ずきんをお願いします!」

「ああッ!!」

 

 厭勝ときゃるとる~ぜからの攻撃に対し、防御に徹していたアル。

 しかし、その二人は今同士討ちで攻撃を止めている。

 そして攻撃に回った時のアルは、ヘッズハンターと同調したときの俊介に勝つほど強い。

 

 アルは金属バットを両手で構え、知雫と戦う赤ずきんに向かって突進する。

 

「知雫とやら!! 今すぐ頭を下げろぉッ!!」

「言われなくても下げるわッ!!」

 

 手斧で両断されかかっていた知雫が、咄嗟に頭を下げた瞬間。

 アルが突進の勢いを乗せ、赤ずきんの胸元に向かって強力な突きを放った。

 

 

「『一刀流・捻じり突き』ィッ!!!」

 

 

 赤ずきんが咄嗟に片方の手斧でガードするが、アルの突きはゴツイ金属製の斧を粉砕する。

 そして鋭い突きは赤ずきんの胸元を穿ち、赤ずきんの巨体を吹き飛ばす。

 そのまま彼は、砕けた手斧をその場に残して三人の視界外まで吹き飛んでいった。

 

(一人()の範囲外まで飛んで行った――――いや、追う暇はないッ!)

 

 俊介はそう判断し、知雫に目配せをする。

 彼女はこくりと頷き、すぐ傍にいたアルを抱き寄せて手印を組んだ。

 

『陰道・聴絶(ちょうぜつ)の術』ッ!!」

 

 知雫が唱えたのは、その名の通り聴覚を遮断するための術。

 本来は雑音を遮断することによる集中力向上、または、大きな音によって体が反射的に行動する……いわゆる音でビックリするのを防いだりする術である。

 サイコシンパスの声を防ぐのに、これ以上適した魔法はないだろう。

 

 

 知雫が術を唱えたのを確認し、俊介は主導権を取り返した右手を首に当てる。

 いまだ理性が薄いきゃるとる~ぜは何かを気にしているのか、厭勝が出した煙の方を向いたままだ。

 今なら確実に体を変わって声を当てられる。

 

 

「今だサイコシンパスッ!! 体を――――」

 

 

 

 

 

「――――ぁぁあああ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 突然、何処からともなく咆哮が響く。

 俊介は弾かれるようにその声の鳴った方向――――頭上に視線を向けた。

 

「え……()()ッ!!」

 

 おそらく、煙のあった場所から空中へと勢いよく飛び上がったのだろう。

 放物線状に落ちてくる奴の名を呼んだ瞬間、厭勝は手に持った銃を躊躇なく撃ってきた。

 俊介は銃弾をバックステップで避ける。

 

「この……よくも、私と()()()を会わせたなッ!! こんな、あいつを()()()()()()()()ような形でッ!!」

「『満十郎』?!」

「殺してやるぁああ゛ァ゛ァ゛ッ゛ッ!!!!」

 

 地面に着地した瞬間、厭勝は片手に持ったナイフで素早く斬りかかってきた。

 その顔はすさまじい憤怒に塗れており、きゃるとる~ぜにファン扱いされた時の何倍もキレている。

 

 俊介はそのナイフ攻撃を回避しながら、厭勝の背後にいるきゃるとる~ぜを見る。

 彼女は煙から飛び出した厭勝を目で追うように、ゆっくりとこちらを向き始めていた。

 

 それを見て、俊介が焦りで大きく顔を歪める。

 

(ここまで接近されたらサイコシンパスに変われない!! だけど、早くしないときゃるとる~ぜの攻撃がまた始まるッ!!)

 

 知雫は既に自分とアルに遮音の術を掛けた。二人は術を解かない限り行動不能である。

 一度術を彼女に解いてもらい、体勢を立て直すか?

 

(……いや、違うッ!!)

 

 ここで攻める!!

 これ以上退いたって良い状況は来ない! 前に進まないと……勝ちの目は来ない!!

 

 

「日高ぁぁあァアアあ゛あ゛あ゛ア゛ア゛アッッ!!!」

 

 厭勝が歯をむき出しにしながらナイフで斬りかかってくる。

 そのナイフを持つ手の手首を、首に両手を当てながら蹴り飛ばした。

 手首を強く叩かれたことでナイフが勢いよく手から離れる。

 

「かッ……このぉッ!!」

 

 次に、厭勝が右手の拳銃を向けてくる。

 ナイフを叩き落された手は懐に下げている手りゅう弾を掴んだ。

 

 しかし厭勝が攻撃するよりも早く、再び俊介の蹴りが厭勝の拳銃を捉えた。

 拳銃すらも手から吹っ飛ぶが、厭勝は憤怒に顔を染めたまま手りゅう弾のピンを抜く。

 

「殺してやるッ!!」

「物騒なもん……抜いてんじゃねぇよッ!! ガスマスク、右腕ッ!!」

 

 

 

 ……実は、手りゅう弾と言うのはピンを抜いただけで爆発はしない。

 ピンとはいわば『安全ピン』であり、持ち運ぶときに万が一にも爆発しないためのものだ。

 本当に爆発するのは、手りゅう弾のピンが抜かれたあと……『レバー』というものが外れた時である。レバーが外れた時に手りゅう弾内部にある起爆装置が作動する。

 

 

 しかしこれは、逆に言えば。

 たとえ安全ピンが抜かれても、そのレバーが外れなければ手りゅう弾は爆発しないのである。

 

 

 

『――――ふんッ!!』

 

 ガスマスクは主導権を譲ってもらった右手を素早く伸ばして厭勝の手を掴んだ。

 手りゅう弾のレバーごと手を握って外れないようにし、起爆装置を作動させないためである。

 

「ガスマスク、両足で厭勝を固めろ!」

『ああ!!』

 

 両足の主導権を譲った瞬間、ガスマスクが厭勝に足を引っかけて地面に引き倒す。

 そしてマウントポジションを取るような形になり、厭勝の手りゅう弾を奪い取って遠くに投げ捨てた。

 

 厭勝は両足で体を押さえつけられれ、顔を歪めながら体を暴れさせる。

 

「この……離せっ!!」

「これで終わりだってんだよ、厭勝!!」

 

 そんな厭勝に対し。

 俊介は唯一主導権が残っている左手の拳を握り、眼下にある顔面に向けて勢いよく拳を叩きつけた。

 ドゴン!!と音が鳴り、厭勝が『かはっ』と声を漏らして隙を見せる。

 

 

 ――――その瞬間。

 

 

 俊介は左手を首に当て、大きく叫んだ。

 

 

「サイコシンパス!! 全力で声出せッ!!」

 

 

 

 ――――一瞬の硬直。

 

 

 きゃるとる~ぜはようやく杖を向けた頃であり、攻撃は間に合わない。

 そもそも、俊介の人格交代が勝ちを左右するものであると理解する理性すらない。

 

 

 そして、厭勝は。

 俊介のパンチで一瞬気が遠のいたが、すぐに俊介が人格交代したことに気づく。

 硬直の隙を突いて命を奪うため、急いで体を起こそうとしたものの……。

 

 

 

「あ」

 

 

 

 ……間に合わず。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ぐぎぃぃッ!?」

 

 

「――――がぁぁッ!?」

 

 

 

 たった一言。

 意味すら持たない一音。

 それを声を聞いた瞬間、厭勝ときゃるとる~ぜが歯の隙間から苦悶の声を漏らした。

 

 どちらも酷い頭痛が起きたように、両手で勢いよく頭を押さえる。

 焦点を失った目は血走り、行き場を失ったようにあらゆる方向を右往左往している。そして体は緊張と脱力を繰り返し、指先がびくりびくりと震えている。

 

 

 厭勝が体を動かしたことでマウントポジションを剥がされたサイコシンパス。

 ゴロリと横に転がったものの、口から笑みを漏らしながらゆっくりと立ち上がる。

 

「ははははは……。重犯罪者相手に、普通に話すだけでは効き目が薄いからね。格好よく聞こえるように()()()()()()()んだが……如何かな?」

「ぐ……くぅあ……?!」

「……返事もできないか。今すぐ失禁していないだけ、耐えている方ではあるけど」

 

 サイコシンパスは聴覚を遮断している知雫たちの方を見る。

 知雫とアルは異様すぎる状況に戸惑い、驚きで目を見開いていた。その様子を見てサイコシンパスは口角を上げ、ひらひらと手を振る。

 

 そして、再びサイコシンパスは二人に目を向ける。

 

「さて。実は私は、俊介に君たちをどれくらいまで『壊せ』とは言われていないんだが……」

「ぎ……っ……」

「まあ、別に廃人にしてしまっても構わないかな。そう難しくもない。なにせ私にとっては『ひとりごちる』だけだ」

 

 

 

 トコトコとその辺りを歩きながら、二人の苦悶の声を聞きつつ独り言を話すサイコシンパス。

 彼にとっては呻く肉塊と変わらない物体どもに話す内容もなく、何処かで覚えた歌を鼻歌交じりに歌うこと、2分弱。

 

「が……ぁ」

「ん? あぁ……チッ」

 

 その場に立ちながら頭を押さえていたきゃるとる~ぜが、ついに地面に倒れた。

 顔面から地面に落ち、体を時折のけぞるようにビクビクと震わせている。

 手は何かを求めるようにざりざりと地面の砂を掻き、挙句の果てには、股の間から湯気立つ液体が音もなく漏れ出していた。

 

 それを見たサイコシンパスが、心底侮蔑した目を彼女に向ける。

 

「まったく、この声を発すると周囲が汚くなってかなわない。私が前世で病死したのも、周囲が漏らしてばかりで衛生環境が最悪だったからじゃないのか? ……まあ、今は俊介の頼みだから我慢するけどね」

 

 しかし、これできゃるとる~ぜは使い物にならなくなった。

 そう判断したサイコシンパスは、厭勝の方を向く。

 

「それで……そっちはどうかな。どれくらい壊れたかな?」

「ぉ……っ……」

「ふむ、この感じはもうすぐかな。いい加減一人で話すネタもなくなってきたし、ガスマスクでも呼ぼうかな?」

 

 サイコシンパスが厭勝に向かってそう言っていた、その時。

 

 

 彼に向かって、何処かから一本の手斧が高速回転しながら飛んできた。

 

 

 空気を斬る音を鳴らしながら迫ってきたそれは、サイコシンパスの頭に当たる直前。

 アルの投げた金属バットに阻まれ、あらぬ方向へと飛んで行った。

 

 その一瞬の錯綜を遅まきながら認識したサイコシンパスが、知雫たちの方を振り返りながら声を出す。

 

「む! これは……仕方ないか。何かあっても危険だし、私は退散するとしよう」

 

 そう言いながら、首に手を当て。

 サイコシンパスは俊介と全身の主導権を入れ替わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俊介は意識を取り戻し、すぐに周囲を見渡す。

 

「……おお。いや、ええ、ヤバいな……」

『なかなか耐えた方ではあると思うよ。俊介には及ばないけどね』

 

 地面に倒れて失禁するきゃるとる~ぜ。

 頭を押さえたまま体を丸め、ピクリとも動かない厭勝。

 

 その二人を見ながら俊介は同調しなおし、横にいたサイコシンパスに話しかける。

 

「別に俺がサイコシンパスの声を聞いてもなんともないんだけど……なんで?」

『さあ? ……それより、あの二人に遮音を解いても大丈夫と伝えたら?』

「ああ、そうだ」

 

 サイコシンパスの言葉にうなずき、俊介は知雫とアルの方を向く。

 そして自分の耳を何度か指で叩いたあとに両手で丸を作った。それを見た知雫はおそるおそると言った様子で、遮音の術を解く。

 

 未だ困惑が抜けない様子の二人に対し、俊介が問う。

 

「大丈夫? 声は聞いてないよな?」

「声は聞いてないけど……。あの厭勝ときゃるとる~ぜが、ここまでなるか……」

「……魔族の魅了でも、魔力を欠片も出さず、ただ話すだけでここまでするのは見たことがない……」

 

 若干引き気味な感じの二人。

 まあ、仕方ないけど。

 

 俊介は一度知雫たちから目を外し、サイコシンパスの方を向く。

 

「それで、なんでサイコシンパスは俺に主導権戻したんだ?」

『赤ずきんとやらの使ってた斧が飛んできたからね。声の届かない場所から攻撃されると、私はとても弱いから』

「ああ、なるほどね」

 

 地面に落ちている手斧を見て、納得したようにうなずく俊介。

 そして手斧を弾くためにアルが投げた金属バットを拾い、彼に渡す。

 

「アルさん、どうぞ」

「ああ、ありがとう」

「赤ずきんですけど、どう思います? 攻撃してくると思いますか?」

「……君の『声』を警戒して、これ以上は何もしてこないんじゃないかな。なんたって向こうは『声』が原因とすら知らないからね。原因不明すぎて近寄ろうにも近寄れないんだと思う」

 

 手斧を投げてきたのは、近寄らなくても攻撃できるからだろう。

 しかし二本の手斧のうち、一本は砕け散り、もう一本は投げた。

 どこかで武器を調達してくるか、これ以上何もしてこないのかは分からないが……俊介を警戒してしばらくは近づいてこないだろう。

 

 そして、会話を聞いていた知雫がアルと俊介の会話に言葉を挟む。

 

「赤ずきんの野郎はわりと律儀だが、あくまで『()()』だからな。無理だと判断したら、案外すっぱり諦めて厭勝に金返しに来るかもよ」

「……その厭勝は、意識混濁で地面に転がってるけど」

「やった張本人が言うんじゃねーよ」

 

 まあそうなんだけどさ。

 

 

 

 

 

 

「しかし……これで、まあ、一件落着……………………?」

 

 

 

 

 

 

 俊介がほっと一息つき、そう言おうとしたとき。

 言葉を言い終わるよりも早く、ゆらりと倒れたはずのきゃるとる~ぜが立ち上がった。

 

 三人が彼女の方に視線を向けると同時に。

 サイコシンパスが困惑の声を漏らす。

 

『なに……?』

「……サイコシンパス、どうした?」

『少しやりすぎなくらいやったはずなのに。こんなにも()()動き出した奴は初めて見るぞ……』

 

 その言葉を聞いた俊介は、再度きゃるとる~ぜの方を見た。

 体はだらりと脱力しており、口の端とスカートの両方からぽたぽたと液体が垂れている。首はいっそ折れそうなくらい力なく俯いているが、杖だけは手から生える肉色の触手がしっかりと絡みついていた。

 

 異様すぎるきゃるとる~ぜを見て、アルがぽつりと呟く。

 

「花……」

「え?」

「本体は明らかに意識がない。だが、別の何かに無理やり体を動かされているような感じだ。……怪しいとすれば、背中にあったあの花……」

 

 薬を打たれた彼女の背中から突如生えた、虹色の瞳が付いた花。

 それを見たガスマスクは『B兵器』と言っていた……。

 

「…………」

 

 きゃるとる~ぜはだらりと無言で俯いたまま、ふわりと宙に浮き始める。

 そして、上空50メートルほどに達したところで。

 

「あぁ……う……ッ!」

 

 一瞬だけ呻いた、直後。

 杖の先に白い光が急速にチャージされ、バレーボールほどの大きさをした白い球が一斉に無茶苦茶な方向へとばらまかれ始めた。

 

 

 

 

 その様子を見た知雫が大声で叫んだ。

 

「ああっ! やっぱりこうなんのかよ!!」

「くッ、くそ……もう、力が……」

 

 アルがきゃるとる~ぜに金属バットを投げようとするが、ゴトリと力なくバットを落とす。

 失血死寸前の体に鞭を打って動き続けていたのだ。

 体力切れで動けなくなってもなんらおかしくはない。

 

 俊介はアルを背中に抱え、きゃるとる~ぜの攻撃を見る。

 そして、気づいたことを口にした。

 

「けどさっきまでの攻撃と比べると、弾速も威力もめちゃくちゃ落ちてるな! それに狙いも滅茶苦茶だし、なぜか天井の方まで撃ってるぞ!」

「それでも攻撃範囲広いのは変わんねーだろ! 早いとこ止めないと!」

 

 知雫は手で印を組み、きゃるとる~ぜに向かって術を放った。

 

『陽道・焔火炎』!」

 

 柱のように太い、青い炎が知雫の手から放たれる。

 そしてきゃるとる~ぜに向かっていく炎は……バリアに阻まれることなく、彼女を飲み込んだ。

 

「! ば、バリアが消えてる……!」

「はっ、好都合だ! ならここで、一気に殺し切ってやるよ!!」

 

 知雫が再びきゃるとる~ぜに向けて手を構えた時。

 無造作な方向に放たれていた白い弾がピタリと止み、一斉に知雫の方向へと放たれ始めた。

 

『陽道・焔火炎』!!」

 

 それに負けじと、知雫が炎を放つ。

 前に知雫本人が言っていた通り、知雫ときゃるとる~ぜの使う魔法は威力がまったく異なるらしい。知雫の魔法は本来攻撃用に作られたものではないから、きゃるとる~ぜのそれにはかなり劣ると……。

 

 しかし。

 今のきゃるとる~ぜの魔法と、知雫の魔法は威力が拮抗していた。

 

「……さっきは数本のビームを消すのが精いっぱいだったが……! やっぱ、かなり威力が落ちてんな!!」

 

 汗をだらだらと流しながらも炎を撃ち続ける知雫。

 それに対し、きゃるとる~ぜは依然として力なくうなだれたまま魔法を撃っていた。

 

 知雫は意識のないきゃるとる~ぜなら何とか互角の魔法を撃てるようだ。知雫が弱いというより、きゃるとる~ぜが強すぎる。

 

 俊介もなんとか上空50メートルの彼女に攻撃できないかと考えていたとき。

 アルが何かに気づいたように言葉を吐いた。

 

「きゃるとる~ぜの首を見ろ、日高……!」

「え?」

「さっきの知雫の炎で花が燃えかかってる……! あれを燃やせば……!」

 

 彼の指摘通り、きゃるとる~ぜの首付近を見た。

 力なくうなだれ切ったことで、きゃるとる~ぜの首の裏がなんとか見える体勢になっている。そしてその首の裏で、火が付いた虹色の瞳の花がもがき苦しむようにじたばたと揺れていた。

 

 花の茎からは肉色の触手が数本生えており、首の骨や後頭部などの重要そうな場所に突き刺さっている。

 やはり、あの花が何かしらの仕組みで体を操っているのだろう。

 

「でも、あの花……頭とか背骨に茎がぶっ刺さってますけど、燃やして大丈夫なんですか!?」

「……花の瞳の部分とかだけ燃やせば、多分……!」

「すごく頼りない言葉なんですが……!」

 

 花だけ燃やせっつっても……!

 フライヤーなんか出した日には、花どころかこの刑務所全部燃えるし……!!

 

 …………いや。

 ()()()()()()()()()が、たしかに一人だけいるけど……!!

 

 

 俊介が歯噛みしていると、アルが肩を叩きながら言ってくる。

 

「……私も今、自己治癒以外に魔力を回すと本当に死んでしまう……。なんとかならないか……?!」

「何とかって言っても……!」

 

 知雫の方は体力切れを起こしたのか、次第に押され始めている。

 あまり迷っている時間はない。

 

 50メートルなら垂直飛びで何とかできなくもないけど、あの花に不用意に触れたくもない。ガスマスクが『B兵器』と言っていたくらいだし、何が起こるか分かったもんじゃない。

 だけどもし、()()()を出したら、せっかく築き上げた知雫との仲が……!

 

 

 ――――俊介は一秒の間にかなり悩んだあと。

 決心したように、声を出した。

 

「ああ……分かりましたっ! ()()()()、もう気絶から目覚めてるよな!?」

『もちのろんじゃ! 戻ってきたのはつい数分前じゃがのう!!』

「右腕渡すから、あのキモイ花の瞳の部分だけ思いっきり焼いてやれ!!」

『あい・あい・さー!!』

 

 キュウビは主導権を渡された右手で手印を組み。

 花の方に構え、呪文を唱えた。

 

 

『陽道・焔火(ほむらび)!!』

 

 

 呪文を唱えた瞬間、手の先に小さな青い炎が浮かび上がる。

 それはごうごうと燃え盛りながらも形を変え、ただの炎から一本の細長い針のように変わる。

 

 そして、キュウビがピッと手を払った直後。

 高速で放たれた青い炎の針は、きゃるとる~ぜの背後にある花の瞳をぶち抜いた。

 

 

 

 

「――――ぎ、っぴぃぃぃいいいいいいッ!!!」

 

 

 

 

 それは花から放たれた声か、それともきゃるとる~ぜから放たれた声か。

 小動物の命が途絶えるときのような、いやに耳に残る声が鳴り響いたあと。

 

 プツン、と。

 

 糸が切れたように杖を持つ手を下げ、きゃるとる~ぜが重力に従って地面に落下してきた。

 それを見た俊介が左手をギュッと握る。

 

「やった! よくやった、キュウビ!」

『ははーん! わらわにかかればこんなものよ!』

「おまっ、おま、おまっ……お前ッ!! 日高ァッ!!!」

 

 背後にいる知雫がとんでもなく驚いたような声を出しているが、今は無視する。

 きゃるとる~ぜが地面に落ちる前に受け止めるのが先だ。

 あとで確実に仲がこじれるのが目に見えているが……ホントにどうしよう。

 

『大丈夫じゃ。もとより、わらわとあの女は『()()()()()』で決着をつける故』

 

 なに言ってんだお前。

 

 

 キュウビの言動を一旦無視し、俊介はきゃるとる~ぜの落下地点まで移動しようとする。

 魔法も使っていない少女の体で、50メートルの高さから落下したら流石に死んでしまう。それは見逃せない。

 

 しかし大したスポーツ経験もなく、運動センスも優れていない俊介には、落下地点がどこなのかを上手く見極めることができず。

 おたおたと歩き回りながら、彼女の落ちてくる場所を見極めていた時。

 

 

 

 

 

 

 ――――ドンドンッ!!!

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 二度の銃声が鳴り響き。

 その全ての銃弾が、きゃるとる~ぜを貫いた。

 

 俊介は少し呆気にとられながらも、落ちてきた彼女の体を受け止める。

 二発の銃弾が頭部と心臓を貫通している。完全に即死だ。呼吸もしていない。

 

「……く、くく、く……」

 

 笑い声がした方に顔を向けると。

 そこには、いつの間にか銃を拾って立ち上がった厭勝の姿があった。

 

「厭、勝――――」

 

 

 

 

 

 

『――――囚人共に告ぐ! 今から30分以内に自身の独房に戻るように! 時間を過ぎて独房外にいたものは脱獄者とみなす! 繰り返す、今から――――』

 

 

 

 

 

 

 突然。

 今までに聞き覚えのない放送が刑務所中に響き渡った。

 

 この場にいる四人全員が固まり、一斉に音が鳴り響いた方向である看守タワーの方を見た。

 そして、放送が鳴った理由を理解する。

 

「さっきのきゃるとる~ぜの無差別攻撃が、看守タワーに当たったのか……」

 

 アルの静かなつぶやきが放送の理由を如実に表していた。

 看守タワーの上の方から煙が吹き上がり、壁が壊れ、中にいる人間が慌ただしく動いているのが露出していたのだ。

 タワーの内部をこれ以上囚人達に見せないため、監獄に閉じ込めるのだろう。30分も猶予を与えると意味がない気もするが。

 

 

 俊介は興味なさげにタワーから目を逸らし、再び厭勝の方を向く。

 奴は拳銃とナイフを両手に持ち、口角を上げて憎たらしい笑みを浮かべた。

 

「いった、だろ……。この勝負は、死人がでな、な、お、わら……あ?」

「は?」

 

 厭勝の支離滅裂な言葉に、俊介が思わず怒気と困惑が混じった声を漏らす。

 そして、本人も自分の言葉に驚いたように額を手で押さえながら声を発した。

 

「ひ、べるべろ……」

「べるべろ?」

「いやり……る……あ? ぶるる……」

 

 厭勝がオールバックに整えた髪を両手でぐちゃぐちゃに乱し、頭をぶるぶると横に振る。

 そして、強気な態度でナイフの切っ先を俊介達に向けた。

 

「今日は……ひべ、ぎ、退いてやる。だが、いつか必ず、ころ、びし、る、あ?」

「……何を言ってる?」

「おぼ、ば、お前のせいだ、ら! 日高()!」

「『様』?」

「…………」

 

 無言になった厭勝は、自分の頭をドンと拳で殴った。

 そして銃を構え、俊介達の足元に一発撃つ。

 

「うおっ!」

「ふん……」

 

 眉間に深いしわを刻み、鼻を鳴らしながら、厭勝は去っていった……。

 …………。

 

 

 

 

 

「明らかに精神に重篤な影響が出ていたな」

 

 知雫が一言、ぽつりと漏らす。

 サイコシンパスの声攻撃から復活しても、あんな風に言語機能に影響が出てしまうのか。

 

 しかし今の俊介には、その情報すらも興味を抱く対象とはならず。

 手に抱えたままのきゃるとる~ぜの顔をもう一度見た。

 

「……きゃるとる~ぜ……」

「なんだその顔。そいつはバケモンみたいな倫理観の上に、何人も殺しまくってる殺人鬼だぞ。死んだってどうってことないだろ」

「…………」

 

 俊介の悲し気な顔を見た知雫が、なんてことがないようにそう言う。

 しかし、俊介はゆっくり顔を振り。

 

「分かってる。さっきまで本気で倒そうとしてた相手だから。俺も、割とヤバいことしようとしてたから、こんな気持ちになる権利はないって……分かってるんだけどさ」

「…………」

「なあ。この子、どうしたらいいかな?」

「……いずれ看守が回収するだろうな。見つかりやすいところに置いておいてやれ。私達が弔うより、そっちの方がいいだろ」

 

 知雫も俊介に当てられたのか、少しだけ憂いたような表情を浮かべる。

 アルもまた、やるせなさを抱えた表情を浮かべていた。

 

 

 

 俊介は近くにあった大きめの布を地面に敷き、その上にきゃるとる~ぜを寝かせる。

 そして両手を胸の上で組ませ、薄く開いていた目を指で閉じた。

 

「…………」

「……帰ろうか。30分しかないから」

 

 アルの言葉に、俊介は軽く頷き。

 先ほどまでの戦いの熱が嘘のように冷めた、謎の寒さを身に感じながら、アルのことをC棟の前まで送っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――カカカカ……!」

 

「まさか、儂の薬に適合する者が現れるとはな……!」

 

「しかも適合者はとんでもない強者で、死体が綺麗に手に入るという三拍子……!!」

 

「『わが世の春』、とはこのことじゃのう!!」

 

 

「ククク、カカカカ……!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









このままだと戦闘シーンがもう一話伸びかねなかったので、作者のダークご都合展開で無理やり締めました。
次こそは、もっと簡単でスパッと終わる戦闘シーンが書きたいです……。戦闘シーン上手い人はすごい。作者は複雑なシーンの描写を諦めてすぐ擬音に頼ってしまいます。


そういえば。


サイコシンパスの声を表現するため、あえてフォントを使ってみたんですが……
若干読みにくいような気もして、修正するかどうか迷ってます。

なんかいいフォントあったりしないですかね? かっこいい系かつ読みやすい感じの……





――――――――




今までの投稿頻度とカレンダーを確認したところ、どう頑張っても年内に本編完結できないことが確定しました。
予想以上に話数が増えなければ、2月上旬~2月中旬くらいまで掛かると思われます。

ちょっと当初の見通しが甘すぎました。
2ヶ月の延長はちょっとで済まないのでは……?


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