殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#134 紫煙に散る

 

 

 

 

 

 南区から歩き、5分と経たないうちに。

 俊介達はC棟の入り口前に辿り着いていた。

 

「ここまでで大丈夫だ。部屋に戻るくらいなら、一人で何とかなる」

 

 アルは俊介の背中から降り、痛みで顔を歪めながら傷口を押さえる。

 自己治癒の魔法を常に使い続けていたおかげで出血は止まっている。だが流した血を取り戻すには至らず、顔色は依然として土色のままだった。

 その様子を見て、知雫が懐から一枚の長方形のお札を取り出した。札には達筆すぎて読めない文字……そもそもこの世界の文字なのかもわからない物が書かれている。

 

「これ、鎮痛作用と造血作用の陣を書いたお札だ。気休め程度だがな。丸めて飲み込むか、嫌なら奥歯で噛んどけ」

「……助かる」

 

 アルが受け取った札をすぐさま握り潰して嚥下する。

 飲み込んですぐに鎮痛作用が効いてきたのか、傷口から手を離して背筋を軽く伸ばす。

 

「持ち運びできる魔法か……。便利だな」

「効果は微妙だし、書くのに時間もかかるけどな。だが使える場面は色々ある」

 

 知雫は少しだけ得意げになりながらそう答えた。

 それを見てアルがにっと口角を上げたあと、ゆっくりと首を動かして俊介の方を見る。

 

「日高。今日は災難だったな」

「アルさんこそ……まさか俺も、こんな事態になるなんて」

「予想できる方が不思議さ、こんなことは」

 

 肩をすくめながらそう言うアル。

 たしかに、厭勝と赤ずきんとの勝負だったはずが、きゃるとる~ぜを巻き込んだ三つ巴の大決戦に発展するなんて予想できる方が稀だろう。俊介もまさかここまでの大勝負になるとは思ってもいなかった。

 しかし、自分達の喧嘩にほぼ無関係のアルを巻き込んでしまったのは事実。俊介はアルの慰めの言葉を受けてなお申し訳なさげな顔を浮かべる。

 

「まあ、そんなに気にすることはないよ。こうして私達は五体満足で生きてる。命があれば何とでもなるものさ」

「……そういうものですか」

「命()()あっても何とかなるほど甘くないがな、世の中は」

 

 アルの言葉に対して知雫がぼそりと言葉を付け足した。

 どちらも一度実際に命を失った経験があるからか、その言葉には重みがある。俊介は何も言わずに両者の言葉を受け止め、飲み込んだ。

 

 

「……それじゃあ、私は帰るよ。流石に体力が限界だ」

 

 少しだけ持ち直した様子の俊介を見て、満足した顔を見せるアル。

 壁に手を当てながらC棟の入り口の方へ踵を返す彼を見て、俊介は咄嗟に声を出した。

 

「……アルさん!」

「なんだ、どうかしたか?」

 

 肩越しに振り返るアル。

 俊介はチラリと知雫の方に顔を向けた後、すぐに彼の方に顔を向け、一音一音ハッキリと強調するような重い声を吐く。

 

「明日……もう一度会っていただけませんか? 話したいことがあるんです」

「…………」

 

 その言葉を聞いたアルは、何かを見透かしたように目を細め。

 口角をわずかに上げた優しい声色で言葉を返した。

 

「ああ、構わないよ。だがその話をして、君たちのリーダーが嫌がらないかな?」

「…………」

「まあ……何はともあれ、明日だ。それじゃあね……」

 

 

 

 それ以上の言葉を返すつもりはアルにはなかった。

 彼はコンクリートの冷たい壁を手で伝いながら、重々しい足取りでC棟の入り口を潜っていった。

 そしてアルの姿が見えなくなって少し経ったところで、知雫が俊介に言葉を吐く。

 

「お前が明日何を話すつもりか、察しているようだったな」

 

 知雫も気づいている通り、俊介が明日アルに話す内容は『脱獄計画への勧誘』だ。

 彼ほどの強さを持つ人物を仲間に勧誘しない手はない。知雫もその判断に異論はなかった。

 俊介は彼女の方に目を向けず、一人呟くように言葉を漏らす。

 

「……今日の出来事で、あの人の強さはよくわかった」

 

 俊介は今日、勇者アルティアスの強さを間近で見続けた。

 前世より大幅に弱体化しながらも、赤ずきんやきゃるとる~ぜ相手に引けを取らない圧倒的な強さ。自身が魔法を使えるため、魔法使い相手でも問題なく対処できる。

 

「そしてほんの少しの関わりしかないけど、人柄もなんとなくわかった。……信用できる人だ」

 

 数度の会話、一合の訓練しか交わしていない俊介相手にすら協力を申し出て、先の戦闘を戦い抜いた。 

 非常に義理堅く、いっそ甘すぎるくらいに優しい人物だ。倫理観もマトモである。

 

 ……だからこそ。

 

「良い人だからこそ……アルさんが何故『宿主の体を奪っている』のか、俺には分からない」

 

 彼は自分を異世界の人格だと断言している。

 そして奪った体で数度の窃盗と強盗、そして殺人未遂を犯してこの刑務所に収監されたと。

 きゃるとる~ぜを殺してしまったと思ったとき、心の底から絶望した表情を浮かべた彼がなぜそんなことをしているのか。俊介にはその行動が何処かちぐはぐのように思えて、理解が追いつかなかった。

 

 そんな俊介に対し、知雫が言う。

 

「……二度目の人生のチケットが目の前にあったんだ。どんなに良い奴でもつい奪っちまうことはあるだろ」

「でも、アルさんはそんな人には……」

「『死』を一度体感しているからこそ、より『生』に執着する。根っこが善良な奴でも目の前に『二度目』があれば……魔が差すのは何らおかしいことじゃない。私としては理解の及ばない行動ではないな」

「…………」

 

 俊介は一度も死んだことがない。

 だから、一度死んだ経験のある人格たちの『生』への執着を完全に理解することができない。二度目の人生が目の前にあった時、それがどれだけ輝かしい物に見えるのか、想像もつかない。

 

「……そういうもの、なんだな」

「そういうもんだ」

 

 短く言葉を返した知雫はくるりとA棟の方に踵を返した。

 看守が示した30分の制限時間のうち、既に10分弱が経過している。今から移動して間に合わないことはないと思うが、早めに行動するのに越したことはない。

 

 俊介と知雫はお互いに無言のまま、自分たちの監獄へ向けて歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――そして、およそ10分後。

 俊介と知雫は自身の監獄に辿り着いた。

 

 ちなみに、帰り道で同じA棟に暮らす厭勝や赤ずきんと鉢合わせすることはなかった。

 もし出くわしたらどうしようと考えていたが杞憂だったらしい。ひとまず安心だ。

 

 

「…………さて」

 

 尤も、一番安心できない問題がすぐ後ろに立っているのだが。

 

「さっきのは一体どういうことか、詳しく聞かせてもらおうか?」

 

 俊介の背後にいる知雫がぽんと前の肩に手を置いた。

 そして肌に軽く爪を食い込ませ、耳の後ろに顔をそっと近づける。

 

 今この状況でどういう言葉を返すべきか。

 判断に迷った俊介は目を右往左往させながら、分かりやすい嘘の言葉を吐いた。

 

「な……何が?」

「『何が』なんて()けが通ると思うなよ。お前が……私と同じ『道術』を使った件に決まってんだろッ!」

 

 知雫は肩を強く押し、俊介を木の机の上に飛ばした。

 未だ同調したままの身体能力ならその場に踏ん張ることは造作もない。しかし下手に抵抗するのは下策だと思い、俊介は力を抜いてなすがままにされる。

 彼女は机の上で俯せになった俊介を無理やり仰向けにし、その目を強く睨みつけた。

 

 

「その上、あの道術の気の癖は……どう見たって朱雀のものだろうがッ!!」

「い、いや……」

「お前の中に朱雀の奴がいるんだろ!? どうなんだ、さっさと答えろ!!」

 

 知雫の怒気混じりの声に対し、俊介は目を泳がせながら考える。

 

 これは一体どう答えるのが正解なんだ。

 『はい』と言ったら『よくも隠してたな』って激昂されそうだし、『いいえ』と言ったら『嘘つくな』って激怒されそうだ。どちらにせよキレられる運命には変わりない。

 

 そして一番最悪な結末なのは、ブチ切れた知雫が脱獄計画を抜けることだ。

 もしそうなったら単純に戦力が一人減ることになる。そして計画の成功率が下がる。それは非常によろしくない。

 

 なんとか知雫の怒りを穏便に宥め、計画に参加してもらったままにしたいところだが……!

 

 

『ははは、そう不安がらずともよいぞ俊介』

 

 俊介が発する言葉に困っていると、いつの間にか外に出てきていたキュウビが声を発する。

 その声色は普段よりも更に上がり調子であり、口角が限界まで上がったいっそ気味の悪い笑顔を浮かべていた。

 

『わらわに体を変わるといい、全てまるっと上手く終わらせてやるのじゃ』

「きゅ、キュウビ……」

『なあに……。一撃も食らわずにそこの女を焼け焦げた肉塊に変えてやれば良いんじゃろうがァッ!!』

 

 キュウビの不自然すぎる笑顔が消え、ビキリと青筋が浮かんだ憤怒の表情が現れる。

 良いわけないだろ!

 

 ……そして。

 キュウビの姿は見えないが、俊介の呟いた『キュウビ』という言葉を聞いた知雫が不可思議そうな顔を浮かべた。

 

()()()()……? 何だ、それは……」

「き、狐の妖怪です」

「そんなことは分かってる。何もない方向に、誰かの名前を呼ぶみたいに言ってるから聞いているんだ。……いや、待て……」

 

 知雫が目を細め、何かを考えこむようにぼそぼそと呟く。

 

「キュウビ、狐……。たしか、朱雀は狐のような金色の髪をしていたな。そして、ハッ、狐目のあいつに妖狐の名は言い得て妙か……」

 

 そして合点の行ったように笑みを浮かべ。

 俊介が向いていた何もない方向に、あくどい笑みを浮かべながらぐるりと顔を向けた。

 

「そこにお前がいるんだな、朱雀……!!」

『貴様に見られたところで何も嬉しくないわ、知雫ぁッ!!』

 

 俊介の胸倉をつかみながら、キュウビがいる方向に目を向ける知雫。

 それを見たキュウビが顔を真っ赤にしていきり立つ。そして鋭い犬歯をのぞかせるように口を歪め、大股で俊介に近づこうとする。 

 

『ええいッ、こうなったら俊介の体を奪ってでも知雫を焼き殺し――――ぶぐっ』

『馬鹿が……。最近俺の影が薄いからって、この場にいないとでも思ったか? 俊介の体で殺人しようとするのを見逃すわけないだろ』

『へ、ヘッズハンター! 貴様、ここぞというところでッ!!』

 

 俊介の体の主導権を奪おうとしたキュウビだったが、既の所でヘッズハンターに絞められた。

 背後から羽交い締めにされたキュウビが振りほどけるわけもなく、手足をじたばたと暴れさせるだけに終わる。彼我の腕力差は小動物と大型動物のそれに近いのだ。

 

 そんな二人の様子を困惑しながら見つめる俊介に対し、知雫が問いかける。

 

「おい、朱雀はなんて言ってる」

「き……キレてます」

「どんな風に?」

「ち、知雫さんを焼いてやるって……。でも、今は他の人格に羽交い締めされてます……」

 

 俊介から状況説明を聞いた知雫。

 彼女は憎たらしい顔を浮かべながら鼻で軽く笑った。

 

「ふっ、朱雀が羽交い締めにされてるとはな。その不細工な姿を見られないのが心の底から残念だ」

『お前の顔面を残念にしてやろうかッ!!』

『おっと! こいつ、怒りで力が普段の倍くらいになってやがる……』

 

 ヘッズハンターが一瞬逃げられかけるが、すぐに腕に力を籠めなおす。

 歯が割れそうなくらい食いしばったキュウビが全力で腕を振るが、彼の拘束から逃げることは叶わない。流石に力の差がありすぎた。

 

 それを見ていた俊介に対し、知雫が再び問いかける。

 

「今はどうなってる?」

「か、顔をまっかっかにして暴れてます」

「随分愉快な状況だな。ふむ……どうしても見てみたいな……」

 

 キュウビがあまりにも面白い姿を晒していると聞き、知雫の好奇心が強くくすぐられた。

 自分を苦しめ抜いた朱雀の愉快な醜態がどうしても見たい。そんな考えが頭の中を埋め尽くすほどに大きくなり、人格体である彼女の姿を見るために知雫がぐるぐると思考を回す。

 

「なにか、なにかないか? 朱雀の醜態を見られそうな術は……」

「そ、そこまで悩んでまで見るようなものじゃ……」

「静かにしろ、今考えてる。……そうか、あの術を応用すれば……それであの術と組み合わせて……」

 

 ぶつぶつと呟きながら知雫が自身の額を人差し指でさすり続けたあと。

 突然俊介の胸倉を掴む手を離し、その体を両腕で強く抱きしめた。

 俊介の頭がちょうど彼女の首元に来るようになり、知雫の豊満な胸が俊介の胸板に当たる。

 

「……?!」

「お。急ごしらえの連携だが、案外ハッキリと意識接続できたな。これで朱雀の痴態がよく見える」

 

 知雫は俊介の頭を掴みながら抱き留め、キュウビの方を見ながらあくどい笑みを浮かべた。

 

 ……彼女が今しがた行った術は、マオの読心術と同じようなものである。

 相手が見ている景色を自分に送り込むことで、疑似的に人格体が見えるようにする。知雫はこれを術の組み合わせで成し遂げた。身体接触面を増やしたのは、接する面が増えるだけ相手の思考が見えやすくなるためである。

 

 ちなみにマオは、身体接触を必要とする知雫のこの術を、視界内にいる人間相手ならフルオートで行うことができる。

 流石、魔族の王である。

 

 

 

 

「……よぉ朱雀。少し前のデパート以来だな、随分元気そうじゃないか?」

 

 知雫は俊介を抱き留めながら、キュウビと視線を合わせた。

 自身の両目にピッタリと視線を合わせてくる知雫を見て、キュウビは痴態を見られるのが恥ずかしくなったのか、手足をじたばたと暴れさせるのを止める。

 

『おんどれ……。やはり貴様のことは殺すとは言わずとも、あのまま完全に精神を破壊しておくべきじゃったな』

「そんな羽交い締め状態で凄まれても怖くないな。せめてマトモに立ってくれよ」

『むぎぃっ……コホン。ヘッズハンター、拘束を外すのじゃ。もう体を奪おうとはせん』

 

 冷静さを取り戻したキュウビを見て、ヘッズハンターは恐る恐るながらも拘束を外す。

 キュウビはパンパンと手で肩の埃を払ったあと、知雫に氷のような視線を向けた。それは俊介や他の殺人鬼に向けるような少し気安いものではなく、国を傾けた妖艶な殺人鬼としての本領が発揮された瞳だった。

 

 その名の如く、妖狐のような雰囲気を纏わせた彼女が言葉を発する。

 

『まさか皇子の元婚約者()()()と、こんな所でも再会するとはのう。わらわも予想できなんだ』

「……言ってくれるじゃないか。娼婦街上がりのガキめ」

『そのガキに政争で負けたのは何処のどいつだったかのう? 確か『知恵の雫』なんて大層な名の割には、頭の巡りが悪い女だった気がするのじゃがな……?』

 

 キュウビと知雫が睨み合い、お互いに憎しみを込めた言葉を交わし合う。所々語気を強めて罵倒を強調しているのがポイントだ。

 聞いているだけでも冷えた汗が出てくる雰囲気である。

 知雫がキュウビの体を足のつま先から頭のてっぺんまでじろじろと見まわし、言葉を吐く。

 

「お前のことだから、宿主の体を奪っていると思っていたがな。まさか人格として宿主と共生しているとは」

『ハッ。貴様のような生き汚い女とは違うんじゃ』

「まったくだ。お前よりも長く生き過ぎてしまうのが私の欠点だな。おまけに自分の肉体もある」

『…………』

 

 自分の肉体、というワードにキュウビが顔を歪める。

 彼女にとって自分の体がない、というのはかなりのウィークポイントであった。前世の体さえ持っていれば、今頃俊介がいるのは知雫ではなく自分の胸元だと何度思ったことか。

 キュウビには、俊介に触れられる肉体がないというのが前世と今世を含めて一番のコンプレックスであった。

 

 そして、キュウビの顔が歪んだのを目ざとく見逃さない知雫。

 彼女はくいっと顎を上げ、憎たらしい声色で言葉を発する。

 

「なんだ、自分の体がないのがそんなに悔しいか?」

『……黙れ』

「へえ、初めて見たな。お前が本気で苛立っているところは」

 

 全身に鉛を纏っているように、雰囲気が重くなっていく。

 傍にいるヘッズハンターもベッドに腰掛けながら、多少気まずそうにしつつも、キュウビが動いたときにすぐ拘束できる姿勢を取っていた。俊介は知雫に抱き留められながら動ける空気ではないためじっとしている。

 

「前みたいに私に魅了の術を撃ってみるか? ただ、お前が術を使う直前に日高とのリンクを切るがな。姿が一切認識できなければお前でも私に術は使えない」

『…………』

「……そうだ。そういえばお前はあの時……この世界で、獣畜生に身を落としても欲しいほど()()()()()()()がいると言ってたな」

『!』

 

 キュウビがぴくっと眉を上げて反応する。

 それを見た知雫は確信したように、自分の胸元に抱き留める俊介の頭を手で撫でた。

 

「私だってここまでヒントがあれば分かる。……それは、コイツ(日高俊介)だろ?」

 

 その動きを見たキュウビは顔を赤くして激昂することはなく。

 冷淡かつ平坦な声で、静かな眼を知雫に向けた。

 

『知雫。この世に越えてはならない一線があるとすれば……今お前はそれに触れかけておるぞ』

「だからどうした。お前が私と皇子に何をしたのか忘れたか? 先にやったのはお前の方だろ」

 

 キュウビの殺意が籠った視線など知らぬと言う風に。

 知雫は眼下の俊介の顎を指で上げ、視線をまっすぐに合わせる。

 

「日高。お前のことは気に入っていたが、まさかここまで私にとって都合がいい存在とは思わなかったぞ」

「ちょ……ま……」

「大丈夫だ、術は使わない。それに、こういうのは、お前にとってもそう悪いことじゃないだろう?」

 

 優しい声色で、そう言葉を吐きながら。

 知雫は唇を軽く舌で湿らせたあと、自身の唇を俊介のものに近づけ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ドッグォォォンッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如として、監獄内に轟音が響き渡った。

 部屋の中にいた全員が一斉に音の原因を探すがどこにも見当たらない。そもそもあれだけの音が鳴ったにも関わらず、部屋の中の物は微塵も動いていない。

 

 俊介は音の正体を探りながらも、先ほどの轟音が何かであるかを内心で考えていた。

 

(……()()()?)

 

 だが、この部屋の一体どこに爆発する物があると言うのか。

 音の大きさと聞こえ方からして、部屋の外から響いてきた爆発音ではない。まるで音だけが何処かから室内に届けられたような不思議な感覚だ。

 

「…………」

 

 知雫は音源を探していたが、それを諦める。

 そして再び俊介の唇を見つめたが……数秒後に、ふいっと顔を逸らした。

 

「興が削がれた。もういい」

「えっ?」

「……なんだ、その『えっ』は。まさかやって欲しかったのか?」

「いやいやいや、そういう訳じゃないですけど……」

 

 俊介は首を横に振って否定する。

 既にファーストキスは知雫に奪われたが、夜桜さん以外の人とそう何度も何度もキスしたいわけではない。

 勢いよく否定したときに知雫が少しだけ真顔になったが、彼女はすぐにキュウビの方に顔を向ける。

 

「おい朱雀。このままじゃあ、この世界での因縁も、前の世界での因縁もすべて不完全燃焼だろ」

『……そうじゃな』

「だったら、近いうちに決着付けようぜ。お互い、日高を通じてこの先も付き合う羽目になるんだからな」

『よかろう』

 

 二人が会話を交わす中。

 俊介は小首を傾げ、会話の中に出たワードについて問いただす。

 

「……えっ、決着って何すんの?」

『もちろん()()()()じゃ。術なしで』

「俺の体なんだけど……!?」

『無論、一発KOで終わらせるのじゃ。今までの因縁もろともこいつの顔面を掃除してくれるわ!』

「いい度胸だな朱雀。私がこの世界でどれだけ腕っぷしを磨いたか分かってんのか?」

「ちょ、ちょっと……なんで殴り合いなんだよ!?」

 

 キュウビが使うのは俺の体なんだけど?!

 いや、でも、だけど……。

 

 ここで変に口を出して更に拗れさせるより、多少の打撲傷を覚悟した方が上手く収まるかも……?

 知雫から提案してきたこの決着を認める方が、知雫の溜飲が下がって計画から抜けたりはしないかも……。

 

 でも打撲傷……怪我か……。

 うーん……。

 

 まあ、仕方ないか。

 

「……もしその『決着』を付けるときは、誰か第三者のレフェリーを用意してくれよ。骨でも折れたら洒落にならん」

『レフェリーが止める前に息の根を止めてくれるわ』

「今から医者の予約した方がいいんじゃないか? 整形外科のよ」

「だから俺の体だって!」

 

 どんだけヤバい殴り合いするつもりだこの二人。

 まあ、術を使わないただの殴り合いな辺り、最低限の自制は出来てる……出来てるのか?

 出来てない気もするな。

 いや出来てないな。

 

 

「とにかく……もう終わり! 知雫も離してくれ!」

 

 俊介は知雫の腕を引き剥がし、彼女から離れる。

 そしてキュウビの方に顔を向け、言い放った。

 

「マジで、寝込みを狙って体を奪ったりするなよ? 洒落じゃないからな?」

『そんなことはしないのじゃ。正々堂々ぶち殺してくれる』

「…………」

 

 もう駄目だ。この二人は。

 まあ、前世に加えて今世でも絶賛因縁積み上げ中だからな……。それを一気に清算するとなったら、まあ、これだけ殺気立つのもわからないことはない。俺の体でやらないで欲しいけど。

 

 

 俊介はそんなことを考えながら、ベッドに座ったままのヘッズハンターに顔を向ける。

 

「ヘッズハンター、同調切るわ。あとは頼む」

『ああ』

 

 そう言ったあと、俊介は彼との同調を切る。

 短時間の同調だったため、副作用の眠気は気絶するほどでもない。むしろ激しい戦闘の疲れによる眠気の方が大きいだろう。

 それでもまあ、今すぐベッドで眠りたいくらいには瞼が重くなっていているが。

 

 俊介はへろへろと頭を揺らしながらも、中に帰っていくキュウビとヘッズハンターの二人を見送る。

 そして二段ベッドの下の段で眠ろうと腰を掛けた時、すぐ横に知雫が勢いよく座ってきた。

 

「ふわぁ……何? 今日はもう、俺、疲れたから寝たいんだけど……」

「何を言ってる。朱雀への怒りと、お前が朱雀を隠してた怒りは別物だぞ」

「……え゛」

「つまり私の怒りはまだ完全に収まってないってことだ」

 

 マジかよ。

 さっき同調切っちゃったし、もう身体能力も普通の状態に戻っちゃったぞ。今何かされたらマジで抵抗できない。

 そんな風に考えていると、知雫がこちらを見ながら肩をすくめて言葉を吐く。

 

「まあ、そう不安げな顔をするな。別に殴ったりはしない。この拳は万全のまま朱雀に取っておく」

「いや、その朱雀を殴るのは回り回って俺を殴ることになるんですけど……」

「……ドンマイ!」

 

 何がドンマイだコラ。

 

「……まあ、別に日高にはそこまで怒ってないけどな。その……私が厭勝に殺されかかってる時に助けてくれたろ」

「ああ、あれはもう、なんか無我夢中で……」

「私なんか放っておいても、代わりの奴は刑務所中探せばいただろうによ。私を助けるのと、厭勝を敵に回すリスクと釣り合ってない」

「いいや。それは違う」

 

 知雫の暗い言葉に対し、俊介は首を横に振ってきっぱりと否定する。

 そして彼女の目を見据え、ハッキリとした声色で言葉を返した。

 

「代わりがいるからとか、厭勝が敵になるリスクがどうとかじゃなくて……知雫が危険だと思ったから、助けに行ったんだ」

「……共感できないな。甘すぎるぞ、その思考は」

「そう、甘い思考なのは分かってるけど……」

 

 俊介はそこで、言葉を区切り。

 頬をわずかに赤らめ、指で恥ずかしそうに掻きながら言葉を続けた。

 

「知雫を仲間だと思ったから……危険でも、助けに行ったんだ」

「な、仲間ぁ? 私が?」

「……臭い言葉なのはわかってるさ! それでも、やっぱ仲間なんだから……代わりがいるなんて考えで見捨てたりしないよ。知雫は知雫で、知雫の良いところがあるんだから」

「…………」

 

 そこまで言い切った俊介に対し。

 知雫は無言のまま、その脇腹に軽く肘打ちをした。

 

「痛っ。ちょっ、何すんだよ」

「…………」

 

 彼女は言葉を発さないまま立ち上がり、木の机の引き出しを開ける。そして中から煙管の入った黒い箱を取り出し、それを持ったまま再び俊介の横に座った。

 

「……言葉で感謝を伝えるのは無意味じゃないが、軽い」

「?」

「だから私は物で伝えることにしてる。……一服、吸わせてやるよ」

 

 知雫は箱から取り出した煙管の先に煙草を入れ、術で火を点ける。

 そして火がチリチリと煙草に程よく回ってから、吸い口を俊介に向けて渡した。

 それを見て俊介は手を前に出してやんわりと断る。

 

「いや俺、未成年だし……そもそも煙草吸ったこともないし……ていうかこれ間接キスじゃ」

「一度直接キスしてるのに気にするな。……物は試しで、一回吸ってみろ。私なりの礼だ」

「……じゃ、じゃあ……一回だけ……」

 

 感謝の表しだ、と言われては断ろうにも断りづらい。

 俊介は恐る恐る煙管を受け取り、両手で持ちながら吸い口に唇を付けた。

 

「そのまま、普通に息を吸い込む感じで吸うんだ」

 

 知雫の言うように、普通に息を吸い込む感覚で煙を()まで送り込んだあと。

 

「――――ゴッホ!!」

 

 案の定、勢いよくむせた。

 右手を口に当てたまま咳をし、左手で煙管の煙草が落ちないように知雫に返す。

 

「ごほ、ごほっ……」

「あ〜、一気に肺まで行ったか。私の言い方が悪かった、すまん」

 

 心配げに声を掛ける知雫に対し、俊介はハンドサインで大丈夫と伝える。

 30秒ほど咳をし続けたところでようやく止まり、俊介はベッドに寝転がった。

 

「多分良いタバコなんだろうけど、俺には分からなかった……ごめん」

「気にするな。いつか分かる」

「……俺が成年したらまたトライさせてくれ。……それじゃ、おやすみ……」

 

 

 

 

 枕に頭も乗せず、布団も体に掛けず、直ぐに寝息を立て始める俊介。相当戦闘の疲れが溜まっていたのだろう。

 それを見た知雫は俊介の頭を枕に乗せ、布団を掛け、そっと離れる。

 

「…………」

 

 そしてまだ煙草がたっぷり残ったままの煙管を持ちながら、机の前にある椅子に座った。

 俊介が完全に眠っているのをもう一度確認したあと、煙管に目を落とす。

 一度俊介が吸い口に口を付けたとは言え、ただ一吸いしただけだ。この状態で煙草を捨てるにはあまりに勿体なさすぎる。まだまだ吸えるのだから。

 そう思いながら知雫は煙管を吸おうとして……何か躊躇うように、唇を吸い口に付ける直前で止めた。

 

(…………はー、くそ……)

 

 煙管を机に置き、両手で顔を押さえる。

 

(なんだコレ? この私が、まさか少女漫画くらいコテコテの展開で……たかが殺されかかってた時に助けられたくらいで……)

 

 先ほど、朱雀との応酬の最中。

 奴と対面した怒りに任せ、仕返しに俊介と再度接吻しようとした。

 しかし突然鳴り響いた爆発音で冷静になってしまい、今度は怒りに染まった視界ではなくクリアな視界で俊介を見てしまった。

 

 ……それがいけなかった。

 

(あのまま勢いで行っておけば、こんな感情、何かの間違いで誤魔化せたのに。あそこで止まってしまったから……)

 

 あそこで接吻を躊躇ってしまったから。

 余計に、今のこの感情に自分で言い訳ができなくなってしまった。

 

(ありえねー……。あいつは朱雀のお気に入りで、仲間だなんだって青臭すぎる言葉を吐くガキなのに……。マジか……嘘だろ……?)

 

 言い訳……。

 なんとしても言い訳を作らねば。

 こんな感情を決して認める訳にはいかない。

 自分で自分を納得させられる言い訳を作らなければ、気恥ずかしさで正気を保てない。

 

 

 知雫は机に置いた煙管を再度手に持つ。

 そして眠る俊介に対して背中を向けるように座り直し、ふるふると震える手で煙管に口を付けた。

 

 そして軽く煙を吸い、吐く。

 ふわふわと口から放たれた紫煙が天井まで昇っていく。

 その煙を眺めながら、知雫は内心で勝ち誇った。

 

(どうだ、何が間接キスだ。そんなので今更、子供みたいに躊躇うわけないだろ……。まさか、あんなガキ相手の間接キスで恥ずかしがるわけねーって……)

 

 そう、内心で強がる知雫。

 しかしその顔は、立ち昇る灰色の煙では到底隠せないほどに。

 耳の先まで真っ赤に染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 








書いてる内にだんだん知雫に愛着が沸いてきた自分に驚いたんだよね


俊介は一度身内に入った人にはクソ甘いタイプ
各世界の最悪の殺人鬼ですら許容できるのは甘すぎるだろ



-Tips-

『桜の煙管』
知雫の世界で魔を祓う物として親しまれていた煙管。これは彼女が皇子から貰った最初で最後の贈り物であった。
この世界で彼女が煙草を呑むのに使う煙管は、こちらで職人に作らせた特注品である。
煙管に描く柄を選ぶとき、彼女は日本で古くから親しまれてきた『桜』を選んだ。
一年のうちに咲く期間はたったの一週間程度、そしてその後はすぐに散る。
桜の花言葉は『高潔』。今度こそ短く、そして太い生き方をするためにそれを選んだ。

しかし、桜は散り際の美しさとともに。
未来には再び開花し、『新たな始まり』を告げるものでもある。

彼女が煙管に乗せた未練の過去は紫煙と共に散り。
また、新たな始まりを吸い始めた。






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今話で人気アンケート締め切りました!
作者が予想してた以上の投票数でビックリしてます! 本当にありがとうございました!

キュウビがダントツで一番人気だと思っていた作者の姿はお笑いだったぜ




好きなキャラは誰?(殺人鬼組&夜桜限定)

  • ハンガー
  • ドール
  • キュウビ
  • トールビット
  • エンジェル
  • フライヤー
  • ヘッズハンター
  • サイコシンパス
  • マッドパンク
  • ガスマスク
  • ニンジャ
  • クッキング
  • ダークナイト
  • 夜桜紗由莉
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