殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

140 / 158
12000文字あります。長いので時間のあるときにお読みください。
ちょっと会話文が多すぎたかも……?


#135 謎の人物

 

 

 

 

 ――――南区での激闘から一日が経過した。

 

 

 俊介と知雫は朝の点呼を終えたあと、一度監房内に戻る。

 扉の外を通る人々の足音を背景音にしながら二人は会話を交わした。

 

「それじゃ、今からアルを迎えに行くか」

「いや……私は別の用事があるから、それを済ませてから向かう」

「別の用事? ……付いていこうか?」

 

 俊介は心配げにそう言う。

 つい先日、彼女は厭勝に命を奪われかけた。そして昨日の今日で厭勝が怒りと恨みを忘れているはずもない、知雫の命を狙い続けている可能性は十分にある。

 だが護衛として俊介が付いていけば厭勝が何かしてきても対処ができる。

 

 しかし知雫は首を横に振り、俊介の提案を断った。

 

「心配すんな、A棟の食堂の方に行くだけだ。ついでにジャンも連れていく」

「……それくらい近いところなら、別に付いていっても……」

「いいからさっさとC棟に行け。どうせアルのことで時間多く使うのが目に見えてるんだからよ」

「まあ……それはそうだけど」

 

 アルを仲間に引き入れようとすると、確実にゼロツーやジャンが何か言ってくるのが目に見えている。というか前回実際言ってたし。

 あの二人は強さの面より、計画実行中にアルの甘さや正義感が出て裏切らないかを警戒していた。……なにか説得の材料を考えておかないとな。

 

 俊介は知雫の言葉にうなずき返し、ヘッズハンターと同調してから監房の扉を開ける。

 

「それじゃ……またすぐ後で」

「ああ。じゃあな」

 

 そんな風な会話を最後に俊介は監房内の扉をくぐり出る。

 そして厭勝と出会わないかどうかを一応警戒しつつ、A棟を出てC棟まで向かった。

 

 

 

 

 ……幸い、なんのトラブルに巻き込まれることなくC棟に辿り着くことができた。

 俊介はC棟の中に入り、廊下にずらっと並ぶ監房の扉の番号を一つずつ見ていく。

 

(アルさんの囚人番号は……えっと、何番だったっけ? Cの……そうだ、111か)

 

 頭の中から彼の囚人番号を掘り出し、その扉を探す。

 そしてすぐに『C-111/112』と番号が書かれた扉を見つけた。俊介は右手で拳を作り、中指の関節でコンコンと鉄製の扉を叩く。

 

「おはようございます! 日高です!」

「……ああ……」

 

 ノックしてから扉の向こうに声を掛けると、小さくだが返事の声が聞こえてきた。

 そのまま扉の前で10秒ほど待っていると、監房の扉がわずかに軋む音を立てて開く。

 

「……おはよう、日高」

 

 中から出てきたのは頭に少しだけ寝ぐせが付いたアルだった。

 傷の方は完全に血が止まっており、顔色も土気色から赤みがかった健康的な色に戻っている。ただ完全回復はしていないようで、足取りは少しおぼつかない。

 

「昨日の傷は大丈夫ですか? アルさん」

「峠は越えた。と言っても、今日中はまだ運動するのは厳しいかな」

 

 それはそうだろう。

 というか、死にかけるレベルの傷が一日寝ただけで歩けるまで回復するとか、やっぱり魔法ってとんでもないな。

 俊介は内心で驚愕しながらも、彼に向かって言葉を放つ。

 

「これから同じC棟の囚人……ゼロツーに会うんですけど、付いてきていただけますか?」

「いいよ。行こうか」

 

 アルは特に悩む素振りもなく、すぐに返答をした。

 そしてゼロツーの監房の前まで二人で移動する。と言っても廊下を五十歩も歩かないうちに辿り着く場所だが。

 俊介は右手で拳を作り先ほどと同じように中指でコンコンと扉を叩く。

 

「ゼロツー! ちょっと話したいことがあるんだけど!」

「……はいはい……ちょっと待って……」

 

 中から小さな声量の返事と、ガサゴソという物音が響いてくる。

 アルと俊介が監房の扉を見続けて30秒ほど経過したあと、開いた扉の奥からゼロツーが現れた。

 彼は跳ねた寝ぐせを手櫛で整えつつ俊介に顔を向ける。

 

「おはよー……って、そっちの奴は」

 

 俊介への挨拶をちょうど言い終わったところで、そのすぐ傍にいるアルに気づいたようだ。

 寝ぼけ眼を指でこすって覚醒させ、アルの顔を少し警戒気味にじっと見つめる。

 

「たしか……アルティアスだっけ?」

「以前も会ったな。今日は、日高に『会わせたい人物がいる』と言われたんだ」

「…………ふーん。それが僕様ってわけね」

 

 ゼロツーはおおよその状況が飲み込めたようで、軽く頷きながら俊介の方に顔を向けなおした。

 そしてアルの方に手を向けつつ、問い詰めるような声色を吐く。

 

「それで? 僕様にもう一度会わせるってことは……このアルティアスを仲間にするってことでいいんだろう? 日高」

「ああ。間違ってない」

「……昨日の南区での戦闘、僕様もあらましは知ってるよ。そこのアルティアスが随分暴れ回ったって。一日で有名人さ」

 

 あの規模の戦闘を一切隠すことなく行ったのだ。

 刑務所のビッグネーム相手に渡り合った男として、今まで殆ど無名だったアルティアスの名も刑務所中に知れ渡ったらしい。俊介としては今まで知られていなかったことの方が不思議なくらいだが。

 

 そしてゼロツーは、アルティアスのその()()を一番に危惧していた。

 強いからこそ、もし計画途中で裏切られでもしたら著しい支障が出ると……。

 

「……()()できるのか?」

 

 真剣な目で俊介に問いかけるゼロツー。

 それに対し、俊介は瞬時に思考を回す。

 

 

 アルとは少しの関わりしか持っていないが、普段の会話でも、戦闘の最中でも、彼は信頼に値する言動と強さをしていた。

 たった数度の会話と一合の訓練。

 それしか交わしていない俊介に対し、義理堅く共闘してくれた。

 

 ともすれば、甘すぎるくらいに優しい人物だが……ゆえに疑問が残る。

 

 気になるのは、やはりアルが宿主の体を奪っていることだ。

 そして外で犯した数度の窃盗や強盗、そして殺人未遂……。

 アルの行動原理にはあまり納得がいかない部分がある。

 知雫からすれば『二度目の人生が目の前にあれば魔が差すのはおかしくない』ことらしいが……。

 

 …………。

 

 ……たしかに、アルの正体には謎がある。

 しかしアルの今までの言動全てが悪いものになるわけじゃない。

 そして、アルの強さは脱獄計画を成功させるためには絶対に欲しいものだ。

 

 

 俊介は思考の回転を止め、真剣なまなざしをゼロツーに向ける。

 そして強く覚悟の籠った言葉で言い放った。

 

()()できる。俺が保証する」

「…………」

 

 

 無言になったゼロツーはその言葉を聞いて軽く頷く。

 そして、パッと真剣な表情と重い雰囲気を明るく軽いものに変えて、アルと俊介に向かって言葉を放った。

 

「じゃ~いいんじゃない? オッケー、いいよ! よろしく!」

「え……なっ、突然軽くなりすぎだろ!」

「最終的な判断は日高に任せるって僕様は前に言ったしぃ? それに真面目くさった雰囲気って嫌いなんだよね~。必要ならするけどさぁ」

 

 そう言いながら、舌を出して肩をすくめるゼロツー。

 俊介は少し呆れた様子を見せ、アルは表情こそ変えなかったものの目をそっと細めた。

 

 そしてそんなやり取りを三人で交わしていたころ、ちょうど。

 

「おーっす。おはよー日高っち」

 

 C棟の入り口の方からジャンが挨拶の声を掛けてきた。

 それに反応し、俊介が彼の方を向きながら挨拶をしようとすると。

 

「おっ、ジャン……あ゛ぁ゛っ!? う、後ろ後ろ!!」

 

 ジャンの背後にいる、C棟の廊下の天井に頭をぶつけないよう身をかがめる巨漢の男。

 赤いフードに顔を隠す仮面を付けた、昨日()として激闘を繰り広げた張本人。

 厭勝に大金で雇われていた『傭兵赤ずきん』が、ジャンの後ろをのそのそと大股で歩いてきていた。

 

 俊介は赤ずきんの姿を見て、咄嗟に構える。

 

「赤ずきん……! お前、こんな朝っぱらからやるつもりかッ!」

「……何か勘違いしているようだナ。今の俺に戦う気はなイ」

 

 赤ずきんは俊介からふいっと目を逸らし、自身の背後に顔を向けた。

 そしてそれに呼応するように彼の背中に隠れていた人物がひょっこりと顔を出す。

 

「よう。さっきぶり」

「え? ……ち、知雫? お前、赤ずきんの後ろで何やってんの?」

「察しが悪いな。赤ずきんは『傭兵』だぞ? 金次第で敵にも味方にもなる男だ」

「…………えっと……?」

 

 未だに状況が理解できず、拳を構えたまま小首を傾げる俊介。

 それに対し、赤ずきんが腕を組みながら重い声で回答を示した。

 

「俺は昨日、厭勝から『お前たちの殺害』の契約を切られタ。まあ俺からも断るつもりだったがナ、仕事の難度がさすがに高すぎル。依頼金も既に返しタ」

「で、フリーになってた赤ずきんを私が貯金はたいて雇い直したってわけ」

「『知雫の護衛』としてナ。だからお前と戦うつもりはなイ。仕事以外での戦いはごめんダ」

 

 ……なんとなく理解はできた。

 つまり、知雫は昨日は敵だった赤ずきんを、金の力を使って味方にしたのだ。

 今の赤ずきんはこちらの命を狙ってくる敵ではなく、知雫の護衛……要はこちら側の味方なのである。

 

 

 俊介は戦闘態勢を解き、口をもにょもにょと動かしながら赤ずきんの方を見る。

 

「ううん……。頭で分かっても、感情的にちょっと納得できないところもあるけど……」

「だろうナ。だが金を貰った以上、仕事は果たス」

 

 昨日の敵が今日の味方になったところで、完全に信用するのは難しい。

 だが知雫が自信満々に赤ずきんを連れてきた辺り、仕事に対しては本当に誠実なのだろう。

 赤ずきんのことはまだ信用できないが、彼を連れてきた知雫を信用することにしよう。

 

 俊介は頭の中でそう無理やり納得してゼロツーの方に顔を向ける。

 彼は集った一同を見まわし、ピッと親指を立ててC棟の奥にある図書室を示した。

 

「とりあえず、ここで突っ立ってると目立つしさっさと奥行こうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……流石にこれだけ人数集まると狭いね~」

 

 C棟にある図書室の奥。

 脱獄計画メンバーがいつも秘密の会議室として使っている場所で、小さな机を囲むように全員が座っていた。一番上座に座っているのはリーダーのゼロツーである。下座には赤ずきんが率先して座っていた。

 

「そろそろ繁華街の方で大きい部屋を用意してもいいかもしれないねぇ?」

「ウィザード、お前用意できんの?」

「お望みとあらばご用意させていただきますよ、リーダーさん♪」

「は? キッショ」

 

 流れるような罵倒がゼロツーの口から発射された。

 ウィザードは全く堪えていない表情でべっと舌を出して肩をすくめる。そして机の上で手を組み、じっと俊介の方に熱い視線を向けた。やめてほしい。

 

「……まー、今日は色々話すことがあるけど……まずは新入り二人に説明かな」

 

 ゼロツーはこめかみを人差し指でトントンと叩き、頭の中を整理する。

 そして、アルと赤ずきんに向かって脱獄計画の全容を話し始めた。

 

 

 ……二人から特に質問が上がることはなく、脱獄計画の説明は10分ほどで終わった。

 静かに腕を組む赤ずきんと、机の上に手を置いてゼロツーを見つめるアル。

 

「まず、俺から一つ言っておくことがあル」

「なんだ?」

「俺の仕事の依頼は『護衛』ダ。だが『脱獄計画の参加』までは内容に含まれていなイ。よって依頼金の増額を要求すル」

 

 それを聞いて、予想していたようにうなずく知雫。

 そして赤ずきんに問いかける。

 

「ここ以外で計画を馬鹿正直に話すわけにもいかないし、隠していたのは謝る。それで、いくら増額してほしい?」

「前金はこのままでいイ。だが後金は500万ではなク、2000万ダ」

「分かった。それで構わん」

 

 赤ずきんが提示した目玉が飛び出るような金額に知雫は即答で肯定した。

 元々外で組織を率いていたというし、人目につかないところに貯金でも隠しているのだろうか。まあ全然あってもおかしくないな、ただの一般高校生の俺でもニンジャが盗んできた金を裏山に滅茶苦茶隠してたし。……あれは封印しただけで貯金ではないけど。

 

 俊介が密かに内心で納得していると、赤ずきんはペコリと軽く頭を下げた。

 

「ならバ、これ以上俺が言うことはなイ。……よろしく頼ム」

「ああ、僕様も戦力として頼りにしてるよ。……それで……」

 

 ゼロツーは無言のままのアルに目を向ける。

 アルは机の上に置いた手をぎゅっと握りしめ、力を抜き、再び力を籠めるという……何かを葛藤しているような姿を見せていた。

 

 もしここで計画への参加を断るようなら、何かアルの口封じを考えなければならない。

 しかし、仮にも日高の連れてきた男だから大丈夫だとは思うが……。

 ゼロツーは内心でそんなことを考えつつ、警戒したように瞳を細めてアルに問いかけた。

 

「アルティアスは、何か聞きたいことはないのか?」

「…………一つだけ……ある」

 

 アルは喉の奥から絞り出すような声を出し。

 何かにすがるような視線で、ゼロツーの瞳を射抜いた。

 

「もしこの計画が成功すれば……本当に、外でマトモに生きられるようになるんだな? ……()()()は」

「計画通りに成功すればね。そこは保証する」

「……そうか……!」

 

 ゼロツーの返答を聞いたアルは、ぎゅっと唇を横に絞る。

 そして覚悟を決めたようにうなずき、凛とした声色の言葉を発した。

 

「ならばこのアルティアス、計画に参加することに些かの異論もない。……こき使ってくれ」

「アルさん……!」

「今日からは仲間としてよろしく頼むぞ、日高」

 

 俊介が嬉しそうにアルの名を呼ぶと、彼はにっと口角を上げて笑みを返す。

 その様子を見て、ゼロツーは『心配は杞憂だったか』と考えを改め直した。

 

 

 そして、少し重くなった雰囲気を払うようにパン!と手を叩き。

 リーダーであるゼロツーが次の議題を提示した。

 

「んじゃ~新入り二人の件が終わったところで、色々他のことを話し合って行こうか! ジャン、あの話!」

「はいよっと!!」

 

 名を呼ばれたジャンが意気揚々と立ち上がり……何も言わず、数秒ほどの静寂を作り出す。

 そして、小首を傾げながらゼロツーに問いかけた。

 

「で、あの話って何だっけ?」

「おまっ……鍵の奴だよ! 水道のさぁ!」

「ああ~、はいはい! それね!」

 

 ジャンは合点がいったようにポンと手を叩いた。

 それを見てゼロツーは困ったように頭を抱え、ウィザードはくすくすと笑っている。他の面々は白い目でじっとジャンを見つめていた。

 弛緩した雰囲気をコホンとジャンが咳払いをして整え直し、少しだけ真面目な顔になって言葉を放つ。

 

「俺たちが脱獄するのは、刑務所に流れてくる水道だ。水道の点検口から水道内部に入り、そこを伝って外に出るってルートだな」

「……今更だけど、水道って全員通れるほど大きいのか? 赤ずきんみたいな巨漢もさ」

「そこら辺は問題なっしんぐ。多少身をかがめる必要はあるだろうけど」

 

 俊介の問いかけに対してジャンはつつがなく答える。

 そして他の誰からも質問が来ないことを確認し、次の話に移った。

 

「それでこの脱獄のために、水道点検口の鍵を手に入れる必要があるんだけど……昨日、その鍵を手に入れるための道具が完成しました!」

 

 そう言いながら、ジャンはパチパチと自分で拍手をした。

 ……それ以外の面々は無言のまま彼の顔をじっと見ている。

 

 そしてジャン以外が沈黙に包まれた状況を破るように、知雫が彼に言葉を吐いた。

 

「それ……道具が完成しただけで、まだ鍵は手に入ってないんだろ?」

「そうだよ?」

「『そうだよ』じゃねーよ。……ていうか、何の道具を完成させたんだお前? どうやって手に入れるんだ?」

 

 知雫が問いかけると、ジャンは自慢げにうなずいて、言葉を返す。

 

「俺たちは殺害装置の通信を遮断する『特殊スーツ』を完成させたんだよね。それを着込んで、俺が夜時間にちょちょっと看守タワーに忍び込んで、鍵の型を取ってくる! おしまい!」

「…………結構ざっくりした計画だけど大丈夫かそれ……? 脱獄ルートの確保ってこの計画の要なんだけど」

 

 ジャンのあまりの物言いに、知雫が呆れで顔を歪めながらそう言う。

 それを聞いていたウィザードが再びくすくすと笑いつつ、知雫の方に顔を向けて言葉を付け足した。

 

「ジャンが適当な物言いをしてるからややこしいけど、詳細な計画は練ってあるよ。鍵のありかも大体見当が付いてる。潜入役がジャンなのは、身体能力とか潜入能力が()()()()高く纏まってるからだね。最悪怪我しても計画に大きな支障がないし」

「……そうか。そういうことなら良いんだがな」

 

 ウィザードの説明を聞いてある程度は納得はしたのか、大人しく引き下がる知雫。

 ぶっちゃけジャンの説明だけでは俊介も不安になった。一番大事なところがざっくりしすぎだろ。なぜ説明役をジャンに任せたんだ。

 

 それにしても、潜入ねぇ。

 ニンジャに任せれば良いかもと思ったけど、牙殻さんを抑える役目がある俺が万が一にでも怪我したり……もし特殊スーツが壊れて殺害装置が起動したら大変だ。脱獄計画は総崩れである。そもそも俺も死にたくないし。

 ……ここは当初の通り、ジャンに頼んでおくことにしよう。

 

 

 

 

 そんなことを考えていると、ゼロツーが掛け声と共に議題を次の物へと移した。

 

「……んじゃ、次! 昨日の南区での戦闘について……というか、ぶっちゃけ厭勝について知っておきたいんだけど」

 

 なぜ厭勝限定? と一瞬だけ思ったが……。

 昨日の戦った3人のうち、きゃるとる~ぜは死亡し、赤ずきんは味方になり、今後再び敵対する可能性があるのは厭勝だけなのだ。

 

 南区での戦闘に参加した質問の意図を理解し、頷き返す。

 そしてゼロツーが再び言葉を続ける。

 

「それじゃ、なにか厭勝について気づいたこと――――」

「――――変な男だ。それに尽きる」

 

 そしてゼロツーの言葉を遮るように、アルが言葉を被せた。

 あまりに簡潔すぎて、『ド級の女嫌いなんて変な奴に決まってんだろ』という思考がゼロツーの頭に浮かぶ。

 

「いやそういう性格的な話じゃなくてさ、もっと……」

「違う。奴の()()についての話だ」

「へ?」

 

 意味が理解できず、すっとんきょうな声を出すゼロツー。

 それに対し、訳知り風な声色の赤ずきんが腕を組みながらアルの言葉に応えた。

 

「……正確にハ、厭勝の()()のちぐはぐさについテ、だろウ」

「気づいていたか、赤ずきん」

「まあナ」

 

 赤ずきんとアルが奇妙な通じ合いをするが……。

 実際に戦闘に参加した知雫と俊介はなんのことか分からずに小首を傾げていた。

 厭勝は確かに戦闘中、上の服が破けて上半身を晒していたが……筋肉がムキムキだったくらいしか印象に残っていない。

 

 そんな風に考えていると、突然中から出てきたガスマスクが背後から声を掛けてきた。

 

『俊介。少し俺と体を変わってくれないか』

「ガスマスク? なんで?」

『俺には奴らの言っていることが分かる。そして、ウィザードが言っていた厭勝の『切り札』についてもな。……厭勝の切り札は、『人格』だ』

「じ、人格……? な、なんか分からんけど、とりあえず変わるわ」

 

 

 俊介は首に手を当て、ガクリと首をうなだれさせる。

 そして一瞬の硬直のあと、ガスマスクが毅然とした雰囲気を放ちながら顔を上げた。

 

「すまない。少し良いだろうか?」

「っ! ……人格を変わったのか、日高? いや、そうじゃない誰かか」

「俺は、今は『ガスマスク』と呼ばれている者だ。身体能力は人間の範疇を出ないが、元軍人で格闘術や筋肉にはかなり詳しいつもりだ」

 

 ガスマスクが軽く頭を下げながら挨拶する。

 静かな佇まいから放たれる威圧的な雰囲気に、周囲の者たちは怯えはせずとも、座る姿勢を整えて彼に耳を傾けた。

 

「アルティアス、赤ずきん。二人が言っていたのは、厭勝が『神がかった肉体の割には弱すぎる』ことについてだろう?」

「ああ」

「そうダ」

「……弱すぎるだと?」

 

 赤ずきんとアルの二人は異論なく肯定したものの、知雫が眉を吊り上げて難色を示した。

 冷静さを保ったまま、声を荒げることなくガスマスクに対して質問を投げかける。

 

「弱すぎるって……十分以上に強かっただろ、アイツは。身体能力も確実に人間を超えてたぞ」

「それでも『()()()()』んだ」

「……ホントかよ」

 

 ガスマスクの毅然とした物言いに、知雫は真実味を感じて顔を青くする。

 悪魔のような邪悪さと超級の女嫌い、そして近代兵器を使って執拗に追い詰めてくる厭勝のその姿。ぶっちゃけ知雫は厭勝のことがトラウマになりそうなくらい怖かったのだ。あと一歩で殺されるところだったのも拍車をかけている。

 

「そして、俺は厭勝の『切り札』について一つ仮説を立てた。…………『()()』だ」

「人格?」

「あの肉体を鍛えた人格がもう一人いるとすれば、合点が行く。厭勝は組織の経営担当、もう一人が戦闘担当という風にな」

 

 その言葉を聞いたウィザードが口元を手で押さえ、何かを考えこむような仕草をする。 

 そして、ガスマスクをピッと指さしながら言葉を吐いた。

 

「つまり。君は厭勝が『複数人格持ち』だと言いたいのかな?」

「そうなるな」

「なかなか……うん、いい線行ってるかもね。全然あり得ない話じゃないかも」

 

 複数人格持ち……。

 

 俊介のように十人以上も宿しているのは他に存在しないだろうが、実は二人くらいなら宿している人物は稀に存在する。

 夜桜紗由莉と同じ、国認定の人格持ちの中にも複数人格持ちがいたはずだ。かなり貴重な存在だが、世界を広く見渡せばいることにはいるのである。

 

 ピュアホワイトのように人工的に作られた複数人格持ちもいるが……あれはかなりの例外である。

 

 

 そして。

 ガスマスクは自分が伝えたいことは終わったと言わんばかりに、首に手を当てて言葉を吐く。

 

「それでは、俊介に変わり直す」

「あれ、もう変わっちゃうの? ね~、私のお兄ちゃんは元気してる?」

「まあな」

 

 ウィザードの甘ったるい声に適当に返事し、ガスマスクはすぐに俊介と体を変わった。

 一瞬の硬直のあと、俊介がすぐに意識を取り戻す。

 

「……ん。それで、ガスマスクは何処まで話した?」

「厭勝が複数人格持ちの可能性があるというところまでダ」

「え。あいつ、複数人格なの?」

 

 俊介はガスマスクから事前に話を聞いていたりしないため、どんな話をしたのかは分からない。

 事前に話していてくれれば、自分で説明したのに……とも思ったが、単純にガスマスクが厭勝について説明する暇がなかったのだと気づく。戦闘後はキュウビと知雫のもつれで騒がしかったし、今朝は起きてからすぐに知雫やアルと話していたから。

 

 

 俊介は隣に座るアルから軽くガスマスクの話した内容を聞きながら、他の人の言葉にも意識を割く。 

 

「まあ厭勝ともう一人、戦闘用の人格がいるんじゃないかって話が出たけど……じゃあ一つ、当然の疑問が出るよな」

「なぜ昨日、『戦闘用の人格』を出さなかったか……だナ」

 

 知雫と赤ずきんが二人でそう会話する。

 他の面々も軽く頷いていたが…………俊介だけは、その言葉に小首を傾げた。

 

(もう一人の戦闘用の人格が……出てこなかった理由? んー……いや、待てよ?)

 

 俊介はもやもやと、腕を組みながら昨日の戦闘を思い返す。

 

 あれはたしか、ドールで厭勝の体を操った時のことだ。

 厭勝の拳銃を使ってきゃるとる~ぜを撃ったとき、厭勝は大きな煙幕をその場に張った。

 しかしきゃるとる~ぜは煙幕全体に人の隠れる隙間がない密度で無数の風穴を開け、一瞬厭勝が死んだかと思ったが……結果的には無傷でピンピンしていたのだ。

 

 

 俊介はその時のことを思い出しながら、知雫と赤ずきんの会話に口をはさむ。

 

「いや、もしかしたら一瞬だけ変わってたのかも……」

「何?」

「厭勝が一瞬だけ、きゃるとる~ぜの攻撃で本当に死んだかと思ったタイミングがあったんだけど……その後普通にピンピンしてたんだ。しかもあの時――――

 

 

『この……よくも、私と()()()を会わせたなッ!! こんな、あいつを都合よく利用するような形でッ!!』

 

 

 ――――って言葉を、ブチ切れて叫んでたんだ。……その時は考える暇がなかったから、忘れてたんだけど……」

 

 

 俊介が思い出した、厭勝の怒りの言葉。

 それは、厭勝の切り札の正体をかなり絞る『決定的な証拠』だった。

 

 ゼロツーが腕を組み、小さな声で呟くように言う。

 

「……『満十郎』……明らかに人の名前だな。『会わせた』ってのが少し引っかかるけど」

「命の危険の時に一瞬だけ変わっていたんだろウ。その後すぐに厭勝に戻った理由は分からないガ……」

 

 その赤ずきんの言葉を最後に、会議室にしんとした静寂が広がる。

 今知っている厭勝に関しての情報は出し尽くしたが、依然としてその正体には謎の残る部分が多い。

 

 満十郎……厭勝よりも更に強い、もう一人の人格。

 その満十郎と、なぜ一瞬しか変わらなかったのか。

 

 そして、満十郎はどれほど強いのか。

 

 すべてが謎に包まれた満十郎なる存在。

 しかし、今の俊介達にはそれを解き明かすための情報が足りなかった。

 

 

 

 1分ほど全員が黙りこくって考えていた時。

 ゼロツーがパンと手を叩き、鉛のように重くなった雰囲気を変えて言葉を吐く。

 

「……まあ、なんのかんの言ってもさ。これは一応念のためだからね! もし厭勝と戦うことになったら、っていう仮の話!」

 

 その言葉に、ゼロツー以外の全員が彼の方に顔を向ける。

 

「ここから脱獄すれば、厭勝とは二度と関わらないんだからさ。僕様たちが一番警戒するべきは人対の方だよね!」

「……それもそうだな」

 

 誰かがゼロツーの言葉にそう反応し、全員がひとまず厭勝のことは頭の隅に追いやることにした。

 彼の言う通り、いくら強くても関わらなければなんてことはない。この刑務所から出てしまえば、二度と厭勝とは関わることがなくなるのだから。

 

「それじゃ……僕様からの議題はこれで終わりだけど、他に何かある?」

「…………」

「ないなら、今日の会議はこれでおしまい! 解散!!」

 

 そしてみなの脳内に一抹の曇りを残したまま、本日の脱獄計画会議は終了を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――会議終了後。

 

 俊介はこの後どう行動するべきか思いつかず、ポッケに手を入れたまま繁華街をぶらぶらしていた。

 もちろん危険な南区や厭勝がいる可能性の高い北区には行きたくないため、東区や西区を散歩している。

 

 そして西区の商店街付近をぶらぶらしながら、俊介は頭の中で色々なことをぼーっと考えていた。

 

(満十郎ね~……一体何者なんだろうな。ちょっと日本人ぽい名前だけど、それを言ったらヘッズハンターもそうだしな)

 

 数ある異世界の中には現代社会と似た文化水準の世界も多く存在する。

 そんな世界の、たまたま日本に似た国からやってきた人格だという可能性は普通にある。

 

(そもそも、満十郎っていうのも厭勝が名付けた『あだ名』の可能性があるしな。俺が殺人鬼のみんなに名付けたみたいに)

 

 そう考えると、余計に名前なんてものは当てにならない。

 何者なのかは気になるが、今のところ情報が足りなさすぎるので考えても仕方なさそうだ。

 

 

 俊介は一旦厭勝のことを頭から追いやり、別のことを考え始める。

 それは、今回脱獄計画に新しく参加した赤ずきんについてだ。

 

(赤ずきんも脱獄するってことは……傭兵のあいつは、外に出たらまた仕事で人殺しを始めちゃうんだよな)

 

 元々裏社会で傭兵として有名だった赤ずきん。

 彼が脱獄すれば、再び仕事として人を殺し回るだろう。それを嫌がるような性格の持ち主でもない。確実に外で人殺しを再開するだろう。

 

(まあ、ウィザードとかが参加してる時点で今更なんだけど……ちょっともや~っとはするよな。ゼロツーに相談したら何とか……いや、なんとかってなんだよ。う~ん……)

 

 なかなか感情的に納得しづらい問題だ。……何か良い塩梅の妥協点を自分で考えて、ゼロツーにこそっと相談してみるのはアリかもしれない。

 たとえば……赤ずきんを誰かが護衛として雇い続けるとか。

 

(……いや、誰がその雇う金を出し続けるんだよ。何百万とかを普通に要求する傭兵なんだぞ)

 

 お金の面を考えるとあまり現実的な発想ではない。

 

 やっぱり、赤ずきんが脱獄しても人殺しを続けることには頑張って目をつむるしかないのか……。

 アル以外の面々だって外に出たら犯罪をしてそうだし、見て見ぬふりも必要なのだろうか……。

 

 そんなことを、唸りながら考えていると。

 

 

 

「う~ん、う~ん――――ぴッ」

 

 

 

 ――――突然。

 路地裏から伸びてきた手に首根っこを掴まれ、暗い路地の中に勢いよく引きずり込まれた。

 

 ヘッズハンターの危機感知も一切反応せず、考え事をしていたため全く反応できなかった。

 俊介は人目の付かない路地裏の奥まで引かれたあと、首を掴む手を勢いよく振り払う。もし相手が厭勝だったなら、周りの人を巻き込まないために人気のない場所に来る必要があったからだ。

 

 咄嗟に戦闘態勢を取り、暗闇に紛れた目の前の人物に拳を構える。

 

「誰だッ!! もし俺を襲うつもりなら容赦――――」

「日高君!!!」

 

 

 俊介を路地裏に引っ張ってきた人物は、俊介の名を呼びながら勢いよく抱き着いてきた。

 そしてその声を聞いた俊介は、一瞬だが思考が白くなって固まる。

 

(……………………?)

 

 自身に抱き着いている人物を見る。

 身長は160センチくらい、頭一つ分くらいは下の女性。艶のある絹のような黒い髪を肩のあたりで切り揃えている。自身の首元に顔をうずめているため表情は見えない。

 胸板からみぞおち辺りにかけて柔らかい物が当たっており、何処かいい匂いがする。 

 

 本能が目の前の人物の正体を察知しているが。

 理性がそれを否定し、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 

「え? ……え?」

「本当に、本当に心配してたんだからね……!」

「え? え? え?」

 

 涙ぐんでいるが、非常に聞き覚えのある声。聞き間違えるはずがない。

 俊介がプルプルと震えながら『え?』と吐き続けるマシンになったその時、彼女はパッと顔を上げる。

 

「本当に、無事でよかった……! 日高くん……!」

 

 俊介は自身の視界一杯に広がるその顔を見て、とうとう目の前の人物が何者なのかを理性で理解した。

 そして、震える唇から思わず声が出る。

 

「……よ……」

 

 

 

 

 

 

「よ――――夜桜さぉぉあわわぁおわぁぁああああん?!?!!?!!!?」

 

 

 

 

 

 

 絶対にこの場所にはいない人物。

 ここには絶対にいてはいけない人物。

 

 

「本当に、久しぶりだね……!」

 

 

 ()()()()()が、目の前にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









!?


――――――――――――



俊介の超簡易的な刑務所日記



1日目:刑務所投獄。知雫遭遇。きゃるとる~ぜ初遭遇。

2日目:ジャン初遭遇。シスター・イート初遭遇&戦闘(闘技場)。

3日目:ゼロツー初遭遇。脱獄計画参加。厭勝、アル、赤ずきんと初遭遇。シスター・イートと食事&クッキングとの過去判明。アルが勇者だと知る。

4日目:ウィザード脱獄計画(強制)参加。遺体解剖、体内に潜む寄生虫ロボットを発見。厭勝が闘技場を乗っ取る。知雫が脱獄計画参加&折川旅館との関わり判明。

5日目:アルと訓練。厭勝、赤ずきん、きゃるとる~ぜとの南区大決戦。きゃるとる~ぜが死亡。

6日目:←今ここ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。