殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#140 折川結城とマオ

 

 

「色々結城ちゃんに聞きたいことはあるんだけど、まずは……日高君と結城ちゃんは一体どういう関係なの?」

「関係……ですか?」

 

 夜桜はジャブ代わりの質問として折川と俊介の関係を問う。

 それに対し、折川は特に悩む様子もなく答えた。

 

「関係と言っても、私と日高さんはそんなに深い仲じゃないんです」

「そうなの?」

「はい。日高さんはいつも私じゃなく、私の人格の『マオ』に会いに来ていたんですよ」

「マオ……」

 

 ぽつりと呟く夜桜。

 先ほどから何度も聞いている名前だが……一向に正体が掴めない。

 

(大抵のことは自分でできる日高君が、わざわざ何度も会いに来るなんて……一体何者なの?)

 

 しかも、なぜそのマオが『俊介が刑務所にいること』を知っているのかも謎だ。

 夜桜は軽く悩んだが、持ってる情報が少なすぎて推理することができなかった。そして心の中で覚悟を決め、口を開く。

 

「結城ちゃん。できれば、そのマオさんと実際に話させてもらえないかな?」

「え? マオとですか?」

 

 折川が少し目を見開きながらそう言った。それに対し夜桜はうなずく。

 マオの正体が分からないのならば、実際に対面して話を聞く以外に方法はない。百聞は一見に如かずということわざの通りである。

 

「今までお話ししたことがなかったから、軽く挨拶もしたいしね」

「そ、それは良いんですけど……」

 

 チラリ、と折川が自身の左横を見る。

 そして目を細めたあと、声量を抑えた状態で夜桜に言葉を放った。

 

「紗由莉お姉ちゃんが来てから、マオってばちょっとピリついてるみたいで……。私も理由はわからないんですけど」 

「ピリつく……?」

「はい、だからちょっと大丈夫かな~って。マオってその……()()()()()()()()()、というか」

 

 折川からの言葉に夜桜は目を逸らして少し考えこむ。

 

 

(……私、もしかしてかなり警戒されてる?)

 

 マオがどういう人物なのかは分からない。だが折川の体を借りて『マオ』という名でアイドル活動をしている辺り、宿主との関係はかなり良好だと見える。

 そして、一般人として平穏に暮らす折川に厄介ごとを持ち込もうとしている夜桜。……宿主を真に思う人格ならば警戒してもなんらおかしくはない、か。

 

(けど、ここで退いたって何も変わらない。例え警戒されているとしても、実際に会ってみないことには何も進めない)

 

 心の中に浮かび上がった少量の恐怖を押し込めるように生唾を呑む。

 そして折川と目を合わせ、小さく頷きながら言葉を発した。

 

「大丈夫だよ。少しお話しするだけだから」

「そうですか……じゃあ、ちょっと待ってくださいね。すぐ変わりますから」

 

 わずかに不安げな顔を浮かべる折川だったが、夜桜の顔を見てゆっくりと目を瞑る。彼女なりの人格交代のルーティンだろう。

 そして目を瞑ってから一秒もしないうちに折川の頭がガクリと力なく項垂れる。全身から芯が抜けたように脱力したが、すぐにピクリと微動して顔を上げる。

 

 

 

 

「――――ッ!!」

 

 

 

 

 その瞬間、夜桜は無意識の内に立ち上がって身を大きく引いた。

 座っていた椅子が地面に大きな音を立てて倒れる。しかしそんなことに気を割く余裕はなく、服の袖から出した小型爆弾を取り出し、握りしめる。

 

 思わず生唾を飲み込む夜桜。なにが『少しピリついている』だ。

 本能が全力で警鐘を鳴らすほどの彼我の実力差。近くにいるだけで全身に余すところなく銃口を突き付けられているような悪寒がする。喉が勝手に震えて高山にいるように息がしにくい。

 

 ピュアホワイトと出会ったときと同じだ。

 例え何十メートルも離れてたって、もし敵対したら逃げることすら叶わない。直感でそう分かる。

 そして夜桜が怯えているのと同時に、すぐ傍にいたバクダンもマオを見て震えていた。

 

『ゆ、結城ちゃんって……こ、こんなとんでもない奴を宿してたってのか……?!』

「…………」

 

 マオと呼ばれていた人物は、立ち上がった夜桜の姿を無言でじっと見つめていた。

 机の上をトントンと素早く叩き、苛立ちと焦燥を必死に抑えるような仕草をしている。

 

「……まあ、早う座り直せ。儂も客人を殺すような真似はせん」

「…………」

「はぁ~……普段なら久しぶりの魔王ムーブチャンスを楽しむところだが、今は儂に心の余裕がないのだ。おいそこの白衣女、お前からも何か『落ち着け』とか言ってやれ!」

『え? ……はぁ?!』

 

 マオが顔と指先をバクダンのいる方向にピッタリと向ける。

 自身と完全に目を合わせてくるマオを見て、バクダンは一瞬固まり……目を見開いて驚きの声を出した。夜桜も思わず息を呑む。

 

 人格体は宿主以外の人間に見ることはできない。

 それは浮遊人格統合技術の基本的なルールと言ってもいい。

 しかし、マオはそれを平然と破ってきた。

 

(……いったい何者……?!)

「今は結城の中でアイドル『マオ』として暮らしておるが、前世では魔王をしていた。本名はアルベール・ガイアスト・サッドロームというが、今はチェキにすらもマオと書いておる」

(魔王って一体…………ん? というか今、私言葉口に出してたっけ?)

「出しておらんぞ。儂が貴様の心を読み取って勝手に答えているだけだ」

 

 心を読み取る……?

 たしかに、私の考えてることを表情から読み取る、では済まないレベルの完璧な受け答えだ。

 

「うむ。……まあ、そろそろ座り直して声を出したらどうだ? 儂が貴様の心を読んで会話してるもんだから、そこの白衣女がついていけずポカンとしておるぞ」

『ぽかん……』

「口に出す奴は初めて見たので儂もビックリしとる」

 

 マオが口角を僅かに上げてふふっと笑いつつ夜桜に椅子へ座るよう手で促す。

 未だにマオへの警戒は解かない……というより解けない夜桜だが、多少の冷静さは取り戻せたようだ。倒れた椅子を立て直し、再度座る。

 

 

 対面にいるマオは小さい体で尊大な態度を取り、自信たっぷりに夜桜に言葉を吐く。

 

「ふぅむ。では数秒前に名乗ったが、楽しいので再度名乗っておこうか。折川結城に宿る人格の『マオ』だ。以後よろしく」

「よ、よろしくお願いします」

「うむ、苦しゅうない。本来ならアニーシャと結城以外の人間を名前呼びすることはないが、貴様は結城の姉貴分だしな。特別に『夜桜女史』と呼んでやろう」

「あ……ありがとうございます?」

 

 若干首を傾げながら夜桜はお礼を口にした。

 それを見て満足げな表情を浮かべるマオ。しかしすぐに首を横に振って顔を険しい物に戻し、机をトントンと指で叩く。

 

「ふーっ……。しかし、平民が刑務所に収監されるとは……」

「平民?」

「夜桜女史の言う『日高俊介』のことだ。全くもって困ったな。もしあの怪物がストレスを溜めて一気に暴れだしたらと思うと、儂は……儂は……うっ、胃が……マジで怖い……」

 

 マオは冷や汗を頬に流し、お腹を押さえながらそう言う。

 俊介が平民呼びされていることに夜桜は少しだけムッとするものの、口に出して咎められる立場と状況ではないと心の奥底に閉じ込めた。

 そして頭の中で冷静に思考を回しつつ、マオに言葉を返す。

 

「日高君が刑務所に収監されてるっていうのは……まさか、私の心から読み取ったんですか?」

「ほう……勘が鋭いな。私は自分より格下の者の思考を自然に読み取れるし、その記憶も少し力を込めれば難なく読めるのだ」

 

 『日高君が刑務所に入った』という情報の源は『私の記憶』だったらしい。

 そんなもの、分かるわけがないはずだ。

 

 夜桜は彼女の語ることに納得しつつ、自分の隣にいるバクダンに目を向ける。

 

「……とすると、私の人格であるバクダンが見えているのも?」

「心を読む応用だな。夜桜女史の視界というモニターを通して白衣女を見ておるようなもの、と考えていい」

『べ、便利だなぁ。相手の心が読めたら、私ももっとコミュニケーションが上手く……』

「白衣女。貴様の記憶を軽く読み取ったが、心云々の前にまずは知らない相手の前できょどる癖を直せぃ」

 

 ……どうやら、宿主どころか人格の記憶すらも読めるらしい。

 バクダンが図星を突かれたようにわたわたと慌てていた。バクダンが前世で見知らぬ人に口ごもっているところがありありと想像できる。

 

 夜桜とマオの視線に耐えられなくなったのか、バクダンは夜桜の中へと逃げ帰った。

 消えたバクダンの姿を追うように、マオがきょろりと視線を左右に動かす。……どうやら夜桜の知覚範囲にいる人格だけしか見ることができないらしい。流石に中に帰った人格を見ることはできないようだ。

 

 マオは夜桜に視線を戻し、口を開く。

 

「さてと……。まずは何から聞きたい?」

「……日高君の部屋にあったこの機械について聞かせてもらえませんか?」

「ん?」

 

 夜桜は懐から、俊介の部屋から回収してきた黒い円盤の機械を取り出した。

 それを机の上に置き、指でそっと押してマオの前に渡す。彼女はそれを一瞥し、首を横に振った。

 

「知らん。見たこともない」

「え。日高君の記憶に、この機械のことはなかったんですか?」

「平民の記憶はそもそも読んでおらん。10歳からアニーシャと一緒にいる奴の記憶なんか読めんわ。全力で小便チビるぞ」

「アニーシャ? ……あッ!」

 

 夜桜はそのアニーシャという名前に聞き覚えがあった。

 

 それは、未来革命機関に誘拐されていたときのこと。

 自身が捕まっていた牢屋にピュアホワイトが入ってきて、いきなり体の匂いを嗅いできたと思ったら『アニーシャ様はこの世界にいる』なんてことを言っていたのを思い出したのだ。

 

「日高君の中に、ピュアホワイトが探してたアニーシャって人がいるんですか?」

「うむ……儂はぶっちゃけ二度と関わりたくないがな。だって儂、前世でそのアニーシャにぶっ殺されたんだし」

「……そ、そうなんですか」

「今でも思い出す度、小便を全力でチビりそうになる。魔法で栓をしなければ今頃ダムは決壊しとる」

 

 ダムが決壊って、きたないな。

 

 ……でも、何となくわかったぞ。

 

 日高君がマオさんと何度も会いに来ていたのは、多分アニーシャさん関連のことじゃないだろうか。というかそれ以外に日高君がマオさんに会いに来る理由が思いつかない。

 そのアニーシャさんっていうのがどういう人か私にはわからないけど。

 

「おお~。当たっとる当たっとる。奴は儂が嫌がるのにいつもアニーシャのことを聞きに来ておったのだ」

「……また心を読んだんですか」

「勝手に読んでしまうのだ。許せ。……ついでに言うと、夜桜女史がピュアホワイトに誘拐された時も平民はここに来ておったぞ。貴様を助けるため、ピュアホワイト関連の情報を探りにな」

「えっ。……そうなんだ、日高君……」

 

 俊介が自身を助けるために動いていたと改めて知り、ぽっと頬が赤らむ。

 日高君ってば……。いつも観察しているときでさえ格好いいのに、私が見ていないところでもいいところを再確認させてくれるなんて。日高君は決して完璧じゃないけど、隙があるからこそ私が寄り添ってあげられるんだもんね。それにその隙を埋めるように泥臭く頑張るところも本当に格好いいし。……今日中にもう一度日高君の家に忍び込もうかな。だってこの前日高君の家から回収して作った『アレ』がもうだいぶ壊れてきちゃったし、もう一度風呂場に侵入、いや今なら日高君の私室から時間をいっぱい使って――――

 

 

「――――おぉいっ! 儂は相手の思考を勝手に読んでしまうんだ、変なことを考えるのはよせッ!」

「変なこと? 何がですか?」

「え…………いや、うぅむ。……な、何でもない」

 

 マオが少し怯えた瞳を浮かべて顔を逸らす。一体何なんだろう。

 しかし今はマオと会話している途中。俊介のことで悦に入るのは良くないと、夜桜も逸れた思考を元の方向に戻す。

 

「に、人間という生き物はどこの世界でも怖いな……まったく、アニーシャの奴もそうだが、こいつもこいつで……」

「どうかしましたか?」

「い、いや、なんでもない」

 

 少し声を乱しながらも、マオが夜桜の方を向きながら言葉を発する。その額には一滴の冷や汗が伝っていた。

 なぜ汗をかいているのか分からず夜桜は軽く首を傾げた。

 

 

 

 

 会話がひと段落し、夜桜は深めに息を吐く。

 

「……一通り聞きたいことは終わりました。ありがとうございます」

「む。まあ、満足できたならばそれで良いが」

 

 頭を下げながらマオに礼を言う。

 一番情報を期待していた『黒い円盤の機械』について何も得られなかったのは悲しかったが……。その代わりに、マオというとても強力な人格のことを知ることができた。

 

「あの、最後に一ついいですか」

「どうした?」

「日高君がいる刑務所の場所を探して助け出すまで、どうか協力していただけませんか?」

「断る」

 

 一切の取り付く島もなく、マオはノータイムで否定の言葉を吐いた。

 それを聞いて夜桜は『やはり駄目か』と思う。

 

 自分が未来革命機関に誘拐されていたとき、俊介がここに来たのなら必ずマオに助力を頼むはずだ。

 身から発する空気だけで強者とわかるし、同じ世界出身ということでピュアホワイトの情報も多く握っている。最高速度での夜桜の救出を目論むなら、マオに助力を頼まないはずがない。

 

 しかし俊介が未来革命機関の拠点に来たとき、マオの姿はなかった。

 つまりマオは俊介に助力を頼まれたときも断ったのだ。

 

 夜桜はマオに助力を断った理由を問う。

 といってもなんとなくの予想はできているが。

 

「どうして……と言わずとも、ある程度予想はできています。『結城ちゃんの安全のため』ですか?」

「……そうとも言えるし、少し違うとも言える」

「?」

「儂はあくまで死人だ。もし助力を頼みたいのなら、儂ではなく結城本人に頼め。そして結城が承諾したのなら儂が助力することもやぶさかではない」

 

 ……なるほど。

 宿主の結城ちゃんに決定権をすべて託しているということか。

 

「…………」

「結城と変わるか?」

「……そうですね。助力云々はともかく、一応結城ちゃんにも聞きたいことがありますし」

「そうか。……まあもし協力を頼むつもりなら、よく言葉を選べよ」

 

 マオは最後に脅しとも励ましとも取れる言葉を吐き、目を瞑る。

 そして一度彼女の体が脱力したかと思った瞬間、先ほどまで部屋に充満していた威圧的な空気が一気に消える。その後すぐにパッと顔を上げたとき、彼女の眼は魔王ではなく小学生らしい優し気な瞳に変わっていた。

 

 

 

 

 

「……あ。紗由莉お姉ちゃん、どうでしたか?」

「んー……ありがとう。色々と聞けたよ」

 

 夜桜はにこりと優し気な笑みを浮かべ、そう言葉を返す。

 そして机の上に置いたままの黒い円盤の機械を指さし、折川に質問した。

 

「マオさんにも聞いたんだけど……この円盤の機械に見覚えはない?」

「……すみません。見たことないです」

「そっか……」

 

 マオが知らないと言った時点で薄々感じてはいたが、やっぱり宿主である結城ちゃんの方も知らなかったらしい。

 本当に日高君はどこでこれを手に入れたんだろう。

 

 ……折川旅館で手に入れる以外にないとは思うんだけど……。

 うーん……。折川旅館に行ってみたら何かわからないかな?

 

「ねえ結城ちゃん。折川旅館って今、どうなってるか分かる?」

「……折川旅館、ですか。今はもう取り壊されちゃって……その、渦島製薬の研究所が建ったって聞いてます」

「あっ……ごめんね。辛いこと聞いちゃった」

「いやいや、大丈夫です……」

 

 やってしまった。

 折川旅館のことを聞くときは慎重にと思ってたけど、マオのインパクトが強すぎてすっかり忘れちゃってた……。

 

 夜桜は口角を下げて自分のミスを恥じる。

 ……どうにも、結城ちゃんに助力を頼めるような雰囲気ではない。

 

 

 そもそも、日高君を刑務所から助けるというのは立派な犯罪だ。

 それの協力を頼むというのは、彼女を犯罪に関わらせようとしているという行為に他ならない。

 

 そしてこれは、私の心情の問題だが……。

 大人であるマオに頼むのならともかく、幼いころから見知っている子供の結城ちゃんに頼むのは、罪悪感が勝ってしまい言葉にできない。どちらも同じ体であるのはわかっているのだが。

 

(やっぱり、協力を頼むのはやめておこう……。望みは薄いけど、次は折川旅館跡地に実際に行ってみようか……)

 

 夜桜が内心でそう考えていると。

 折川が伏し目がちに、指を組みながら気まずそうに問いかけてきた。

 

「あの、紗由莉お姉ちゃん」

「ん?」

「日高さんって、何の罪で捕まっちゃったんですか?」

「…………」

 

 何の罪、か。

 いったいなんだろう? 傷害罪は確実に当てはまるだろうけど……人対のしつこさを見るに、日高君は殺人まではいかずとも過去に色々とやってそうだし。

 

「私も詳しくは分からないけど……人を傷つけちゃったのは確かかな」

「……傷害罪ってことですか」

「よく知ってるね」

「知ってますよ。まだ小学生ですけど、お母さんのことがあって、自分でいっぱい調べましたから」

「……そっか」

 

 そうか。

 最近は小学生でも当たり前のようにスマホを持ってるし、法律について調べるのも簡単だろう。専門家には遠く及ばないが、やる気さえあれば子供でもそれなりの知識を付けることはできる。

 夜桜は納得し、軽く頷いた。

 

 そして、折川は時々口ごもりながらも言葉の続きを紡ぐ。

 

「あの……お姉ちゃんは、日高さんをどうするつもりなんですか?」

「……助けたいと思ってるよ」

「それは弁護士さんに頼んだりして、ってことですか?」

「まあ……そうなるかな」

 

 嘘を吐いた。

 俊介がいる人格犯罪者の刑務所は、そもそも公には明かされていない。故に弁護士をいくら雇ったところで意味はない。

 しかし、まだ義務教育を終えていない小学生が調べた付け焼き刃のネット知識を騙すには充分だった。

 折川は納得したように頷いたあと、神妙な面持ちで口を開く。

 

「あの。私、実は……いや、でも……」

「?」

「紗由莉お姉ちゃん……私のお母さん……お母さんは……」

「…………」

 

 何か言いたげだが、折川は目を右往左往させながら口を開くのを躊躇している。

 その瞳の端には涙が溜まっているのも見えた。夜桜は真剣な面持ちで彼女が口を開くのを待つ。

 

 しかし。

 

「や、やっぱり何でもないです。変なこと言ってすみません、お姉ちゃん」

 

 折川は急ごしらえの歪な作り笑いを浮かべ、夜桜の方をお向いた。

 ……明らかに何かを言おうとしたが、直前で言うのを躊躇って隠したのだ。夜桜のような才者でなくとも分かる。

 話を切り上げようとする折川に対して、夜桜はなおも真剣な面持ちを保って言う。

 

「結城ちゃん。お母さんに何かあったの?」

「…………」

「たしか、女将さんの事件は一審が終わって……控訴したんだっけ?」

「……はい……」

 

 折川は涙ぐみながら、絞り出すようにそう言う。

 一審では折川家に弁護士を雇うお金がなく、国選弁護士が弁護につき……通常よりかなり重めの判決が下ってしまったそうだ。結城ちゃんが成人してもまだまだ外に出てこれないくらいの刑期らしい。

 

「お父さんは、弁護士さんの腕が悪かったからって言ってたけど……私、そこまでは流石に分からなくて。でもお父さんは最近ずっと、腕のいい弁護士さんをお金を貯めて雇うって、体壊しそうなくらい働いてて……」

 

 結城ちゃんのお父さんは和食が専門だが、洋食も中華も相当なレベルの料理人だと調べがついている。彼なら働き口はいくらでも見つかるだろう。

 彼女は顔を俯け、言葉を紡ぐ。

 

「けど、本当にそれでいいのかなって。だって、私は……あの日……」

 

 ぐすり、と折川が鼻を鳴らす。

 

 何を言いたいのか、何を隠しているのか、夜桜には分からない。

 彼女が話さない限り、夜桜は暴こうとは思わない。

 しかし。

 

「結城ちゃん。私には、何があったのかは詳しく分からない」

「…………」

「でも腕の良い弁護士を紹介してほしいって話なら、私はいくらでもできる」

「!」

 

 夜桜は自分自身に嫌悪感を覚えながら、言葉を紡ぐ。

 自分から折川結城に協力を頼み込むのは心が痛い。しかし心にダメージを負いたくないというのならどうするべきか、それは簡単だ。

 ……向こうから自分に協力を申し出るように促せばいい。それなら『相手が自分から犯罪に加担してきた』と言い訳ができる。

 

 そして。

 夜桜には折川から協力を申し出るようにできてしまう話術と、それを可能にしてしまう財力があった。

 

「でも腕の良い弁護士を雇うのは本当にお金がかかるよ。少なくとも、体を壊す勢いで働いても簡単に手に入る金額じゃない」

「…………」

「結城ちゃん。もしあなたが私を手伝ってくれるなら……そのお金を肩代わりしてもいいよ」

「!」

 

 折川が弱みを見せなければ、そのまま去るつもりだった。

 しかし夜桜の溢れんばかりの才能と、俊介を思う気持ちが、決定的な隙を見せた折川を見逃すことを許さなかった。

 

(日高君も信頼していたマオさんが味方になってくれれば、とても心強いとは思う。でも、これは……本当にやっていいことなの? 私はこんなことをしたあとで、日高君に顔を向けることができるの……?)

 

「ハッキリ言って、身の危険もあることだけど……どうする? 手伝ってくれる、結城ちゃん?」

「…………」

 

 折川は夜桜の顔を見つめたまま無言になってしまった。

 その表情を見て、夜桜の心にじくりと傷が広がっていくような感覚がする。俊介を助けるためになりふり構わない覚悟はしていたが、これは本当にやっていいことなのかと後悔が広がる。

 

 そして、折川が一度目を閉じ、何かを決心したように口を開いた。

 

「ご、ごめんなさい!」

「…………」

「何をするのかわからないですけど……こ、怖くて、手伝えません。ごめんなさい……私、怖くて……」

 

 その答えに……。

 夜桜は心の中でとてもホッとした。

 方向転換し、帰ることのできるポイントが出来たと。日高君に顔向けできるような自分に戻れると。

 

 額を手で押さえ、蕩けるような頭の熱を手で冷やす夜桜。

 

「ごめんね結城ちゃん、変なこと言っちゃって。私少し、どうかしちゃってたみたい……」

「え……」

「さっきのお手伝いの話は全部忘れて。あ、でも、腕の良い弁護士の紹介が欲しいならいつでも言ってね。お金は出せないけど、予定をねじ込ませるくらいなら全然OKだから」

 

 にこやかな笑みを折川に向け、ゆっくりと立ち上がる。

 怖いから手伝わない。普通のことだ。危険なことには関わらないのが世の中は一番なのだから。

 

 けど私は……日高君を助けるために、虎穴に飛び込む必要がある。

 

 その穴の中に、自分で覚悟を決めていない人を連れて行ってはいけない。そんな当たり前のことすら気づけなかった。

 才能とそれを可能にする財力があるからって、やってはいけないことが世の中にはあるのだ。それを改めて自覚した。

 

 椅子から立ち上がった夜桜に対し、折川が心配そうな目で声を放つ。

 

「あの……さっき折川旅館のことを聞いていましたけど、もしかして、旅館の跡地に行くんですか?」

「さぁ、どうかな。必要があれば行くかもしれないけど……」

 

 嘘である。

 明日かならず行く。何があってもだ。これは夜桜の中で確定事項である。

 しかし折川は夜桜の嘘に気づく様子はない。普通の小学生なのだから嘘に騙されやすいくらいが適当なのだ。

 

 

 

 折川も立ち上がり、夜桜を玄関まで案内する。結局用意された紅茶とおみやげのケーキには一口も手を付けなかった。……まあ、いずれ食べるだろう。

 

 夜桜が靴先をトントンと叩いてかかとを入れている最中、折川が背後から話しかけてくる。

 

「紗由莉お姉ちゃん……」

「ん?」

「本当に小さな確率ですけど、もしお母さんが無罪かもしれないとしたら……私は、それを信じていてもいいんでしょうか?」

 

 その言葉に、夜桜は少しだけ悩み。

 一度彼女の方に体ごと振り返って、視線を合わせるようにかがんでから声を発した。

 

「信じていてもいいよ。でも、周りの人にも信じてほしいなら、何か行動しなきゃいけないと私は思う」

「行動……」

「色々あるけどね。……もしかすると、今日はその無罪のことについてずっと口ごもってたのかな?」

「あ……はい。実は、そうなんです」

 

 折川は伏し目がちにそう言う。

 ……正直、女将が殺害計画を実行するには充分な動機があった。本人も犯行を認めてしまっている。情状酌量の余地があっても、無罪はまず不可能だと思う。

 

 しかし、小学生の女の子が母親の無罪を信じたい気持ちもわかる。この内心を吐露する必要はない。

 そう思いながら顔に微笑みを浮かべていたとき、折川が何かを決意したような顔でぽつりぽつりと話し始める。

 

「紗由莉、お姉ちゃん……」

「ん?」

「私、今までずっと誰にも信じてもらえなかったんです。お父さんにも、警察の人にも、私の人格のマオにすらも……」

 

 ?

 一体なんのことだろう。

 

「お父さんは、お客様に変な疑いをかけちゃ駄目だ! 他の人には絶対に言うんじゃない! って怒られちゃって……。私は本当に、この目で見たのに……」

「?」

「警察の人は、死亡時刻前に部屋に入ったのは加害者だけだったって全然聞いてくれませんでした」

「…………」

「マオすらも、私の記憶を覗いたのに『何かの勘違いか別の用事だったんだろう』って言うんです……。絶対そんなことないのに!」

 

 死亡時刻前。旅館での事件の話か。

 もしかして、結城ちゃんは何かを見たのだろうか?

 

「お母さんには無罪になってもらってまた一緒に暮らしたい。でもお母さんが無罪になるのは難しい、というのは本当は自分でもわかってるんです。けれどせめて、私が見たものに納得のいく理由と事実が知りたいんです……」

「何を……見たの?」

 

 夜桜が重い声色で問いかける。

 そして折川は、誰にも信じてもらえなかった自分の記憶について吐露した。

 

 

「被害者さんの死亡時刻の三十分もしない前のことです。私は、日高さんの部屋に夕餉をお持ちしに行っていました……」

 

「折川旅館の廊下は狭くて、夕餉を持った状態では人とすれ違うことができません。なので私はいつも廊下を通る前、天井付近にある窓の反射を見て人がいるかを確認しているんです。暗い夜だと景色が反射してよく見えますから」

 

「その日も廊下を通る前に窓を見たとき、反射した窓に曲がり角の向こうの廊下が見えたんです」

 

「そして、自分の部屋じゃない、被害者さんの部屋に入っていくその人も見えたんです……」

 

 

 

 

「――――『坂之下風華』さんの姿を、確かに見たんです」

 

 

 

 ……誰?

 

 

 

 




難しいことを大量かつ一気に書いた回なので、あとからちょろっと修正したりするかもしれません
大本は変えないので安心してください

-Tips-

折川一家

折川父
・名前も台詞もないが、実は料理系のスペシャリスト
・和洋中の全ての分野で店を持てるレベルの人 すごい 和食が一番得意

折川母
・折川旅館と周辺の山の土地を代々受け継いでた人
・知雫の禁術を使えるあたりなかなか凄い人

折川結城
・次期女将として修行を積んでた普通の小学生
・マオが宿ってること以外はめっちゃフツー
・甘いものが好き

マオ
・胃痛

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