殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#147 転移門

 

 

 

 

 

 ――――ささやかなひと悶着から、五分ほどが経過した頃。

 

 

 

 新たな紅茶をティーカップに淹れなおしたマオが、その香りを楽しむように水面を僅かに揺らしながら飲む。

 そして熱の籠った吐息を静かに口から吐き、対面の夜桜に視線を向けて口を開いた。

 

「……さて」

 

 カチャリと、マオはティーカップをソーサーの上に置く。

 

「では、一度ここで転移門を繋いでみるとするか」

 

 何でもないような声色でそう言うマオ。

 それを聞いた夜桜は目を見開きながら思わず身を乗り出した。

 

「えっ? ……えっ?! そ、そんなに簡単にできるんですか?」

「簡単ではない、転移魔法はかなりの高等技術だ。魔王たる儂にとっては容易というだけでな」

 

 転移魔法は転移する場所までの距離が遠いほど難易度が跳ね上がる。

 座標をしっかり意識しなければ簡単に体が土や壁の中に埋まってしまうのだ。

 術者が下手くそだったり、最低限必要な魔力量を持っていなければ、転移に失敗して体の一部が虚空に消えたりもする。

 

 碌な前準備もなしに、行ったことのない場所へ転移できるマオの魔法技術は非常に高いのだ。

 しかし。

 

(……儂の凄さをつぶさに語ったところで、魔法を使えん者には流石に分からんだろうしなぁ。うむむ、共感相手が欲しいものよ)

 

 そう思いながらマオが椅子から立ち上がり、パンと手を合わせた。

 半径一メートル以内に何もない場所まで移動し、手を複雑な形に組み合わせながら魔力を緻密に練り上げていく。

 

 

 それを見ていた夜桜が、ふと思い出したようにマオに声を掛ける。

 

「あ、そうだマオさん。地下施設で一応拾っておいた物があるんですけど……何かの役に立ちませんか?」

「む?」

 

 夜桜が言葉を発しながら取り出したのは、地下施設で拾ったアニーシャの鎧の破片だった。

 厚手の布に包まれた鎧の破片を見てマオが大きく顔をしかめる。

 

「うわっ! お、お前何を持って帰ってきてるんだ……」

「ま、まずかったですか?」

「いや大丈夫だが……」

 

 不安げな顔で破片を差し出してくる夜桜。

 マオは危険物にでも触れるような手つきで布ごと鎧の破片を受け取った。

 

(儂があれだけ化け物と連呼した奴の破片なんかよく持って帰ってきたよな……)

 

 マオはそう思いながら破片を何度もひっくり返して観察する。

 この破片に染み込んだ残存魔力があれば、気持ち程度だが転移魔法の精度を上げることができるだろう。

 

(しかし、こんな小さい破片のくせに気持ち悪いほど魔力が残っておるな。前世の儂の総魔力の……だいたい六割ってところか)

 

 人類よりも個体数が少ない代わりに、魔法に関しては人類より遥かに優秀な魔族。

 そして魔族の中で絶対的王者として君臨する魔王。

 

 前世のマオは若輩ながらも先代魔王を実力で倒し、玉座を五百年以上明け渡さなかった。

 ピュアホワイトがいる人類勢力と戦争を起こしても勝つ見込みがあったのは、マオがそれ以上に強かったからだ。

 

 近距離戦ならばマオはピュアホワイトの剣技の前に切り捨てられるだろう。

 しかし遠距離からの魔法の打ち合いであれば、マオはピュアホワイトに確実に勝てる自信があった。

 無論万が一にも()を殺されるわけにはいかないため、マオが戦場に出ることはついぞ一度もなかった。

 

 

 ……それほどまでに強かった前世マオの総魔力の六割が。

 床に落とせば見失いそうな、指先程度の大きさの破片に詰まっているのだ。

 

(キッショ)

 

 マオは悔しいという言葉を通り越して、そう思うことしかできなかった。

 人間から超雑魚魔物のカースポーン(カス)に転生させたのに、こんな意味不明な量の魔力を鎧に染み込ませるほど垂れ流すとか馬鹿じゃないの?

 

 というか、人間以下の雑魚魔物に転生させたんだから理論上は弱くなってるよな?

 これで弱くなってるんだとしたら、人間の時のアニーシャは……。

 

 

 …………。

 

 

「……マオさん?」

「ん! あ……ああ、すまん。少しぼーっとしていた」

 

 夜桜の心配げな声で、意識が思考の海から引き上げられる。

 鎧の破片を見つめたまま考え込んでしまっていたようだ。破片を厚手の布で包み直し、ポケットに入れる。

 

「それでは気を取り直して……転移門を開いてみるとするか」

 

 マオは夜桜に向けてそう言ったあと、再び複雑な手印を組み始める。

 そして眉を八の字にしたマオが手の形を組み替え続けること約十五秒。

 彼女は突然ピクリと肩眉を上げ、目をうっすらと開いた。

 

「む……」

「開けたんですか?」

「いや、刑務所全体に転移魔法の妨害プロテクトが施されていてな。無理やり開くのは容易いが、そうするとこちらの位置がバレるだろう」

「えっ……」

 

 魔法のことはとんと分からないが、マオの口ぶり的に転移門を開くのが困難だと判断した夜桜。

 絶望したような表情を浮かべるのも束の間、マオがにやりと口角を上げる。

 

「ま、そう心配するでない。()()()の転移門を今すぐ開くのは面倒だが、小さな門なら……」

 

 言葉を発しながらバババッと手の印を組み替え、右の手のひらで勢いよく床を叩く。

 その瞬間、夜桜の眼前に直径三センチ程度の黒い穴が開いた。

 

「この通り、プロテクトの隙間を狙ってすぐに開くことができる」

 

 床から手を離しながら自慢げに胸を張るマオ。

 夜桜は驚きと喜びで目を見開き、空中に浮かぶ穴と彼女の顔の間で視線を何度も行き来させながら言葉を発した。

 

「! そ……それじゃあこの向こうに日高君が!?」

「無論だ」

 

 マオが深く頷く。

 それを聞き届けるやいなや、夜桜は右目をぽっかり空いた穴に近づけた。

 

 

 穴……マオが言うには転移門と呼ぶそれの向こうはかなり薄暗かった。

 恐らくどこかの部屋の中なのだろう。

 朝の明るい室内から急に暗闇を覗いたため、夜目が異様に聞く夜桜でも少しばかり目を慣らす必要がある。

 右目が慣れるまでの間、はやる気持ちを抑えるために意識を穴の向こうの音に集中させた。

 

 

 ゴウンゴウンと響くさび付いた換気扇の音。

 

 微かに聞こえる、少し荒だった女性の話し声。日高君のものは聞こえない。

 

 ガタガタと何かがぶつかり、揺れるような音。

 ……重い物でも動かしてる? いや、この音は……んん……?

 

 

 そうして音を聞いているうちに、段々と目が慣れ始めた。

 暗闇に包まれた穴の向こうの景色がぼんやりと夜桜の視界に入る。

 

「…………」

 

 よく凝らした夜桜の右目に映ったのは。

 

 

 背中しか見えない日高君と、黒髪の見知らぬ女性がいて。

 

 

 その女性が日高君を抱きしめながらキスをして。

 

 

 挙句に二人揃って木の机にもたれかかり、なぜかガタガタと体を揺らしているところだった。

 

 

 

「――――――――」

 

 

 

 一体全体何がどうなっているのか、その理由は分からない。

 日高君の背中しか見えないから、キス以外には実際に何をしているのかはよく見えない。

 謎の女性と妙なことをしているのにもきっと何かの深い事情があるのかもしれない。

 

 しかしそれらの小面倒な事情をすっ飛ばして。

 夜桜の聡明な頭脳は、見てしまった光景の理由の解明ではなく。

 

 袖に隠した()()()()を取り出すことに全ての電気信号を集中させた。

 

 

「――――シッ!!」

 

 

 素早く一歩後ろに下がり、取り出した小型爆弾を穴に向かって指で弾いた。

 弾道は完璧。

 放射状に弾いた爆弾は日高君の頭上を越え、謎の女の額を爆撃する軌道をなぞるだろう。

 

 しかし。

 

「ちょ待てっ!!」

 

 思考を読んでいたマオが咄嗟に穴を素早く閉じる。

 収縮していく転移門の縁に爆弾が弾かれ、先ほどまでいた机の上で爆発した。

 殺傷力が限りなく低い小型爆弾のため、木製の天板が軽く焦げ付いただけに終わる。

 

 マオは組んだ手印を解き、眉を吊り上げた。

 

「おまッ……あっぶないな!! 突然相手を爆撃しようとするな! というか自分の家で爆発物を使うなよ!! 馬鹿か!?」

 

 その言葉に夜桜はハッと正気を取り戻す。

 

「す、すみません。つい……」

「人間って恋愛模様が激化したら『つい』で爆弾を使うようになるのか……!? ……いやそんなわけないだろ!!」

 

 魔族と人間の文化ギャップは根深いが、流石にわかる。

 突然相手に爆弾投げつけるのが人間の当たり前なわけがないだろう、と。展開がドロドロにこじれきった昼ドラでさえ包丁で一刺しが限度だ。

 

 マオは夜桜を見ながら目を細め、こめかみを指でトントンと叩く仕草をする。

 

「今、夜桜女史の記憶を読んだが……むーん。まあ確かにぶちゅっとキスはしておるし、体の揺れがまあ若干そう見えんこともないが……」

「日高君が何を考えていたかは分かりますか?」

「いや、他人の記憶からまた別の人間の思考は読めんのだ。そこまで万能ではない」

 

 首を横に振りながらそう言うマオ。

 それを聞いた夜桜は明らかに悲しそうな表情を浮かべ、その場にへたり込んだ。ずっと助けたかった思い人のとんでもない場所を目撃したショックがかなり大きいのだろう。特にファーストキスを既に盗られていたところが。

 

 

 マオは軽く目を右往左往させたあと、夜桜に近づいて肩をポンと叩いた。

 

「その……あれだ。刑務所ってかなりストレスかかりそうだから、キスとか一発ゴニョゴニョするとかは誤差の範疇だろ。アニーシャのおかげで変な病気も心配もあんまりないし、それに平民も男だし、な?」

 

 この上なく最低の慰め方であった。

 そもそも恋愛経験なしで五百年以上孤独の魔王に、情熱的すぎる恋愛に悩む人間の若者の気持ちがわかるわけもなかった。

 

「マオさん」

「元気出たか?」

「ちょっと黙っててください」

「す……すまん」

 

 マオの言葉を聞き、三角座りになって余計に深く落ち込み始める夜桜。

 下手くそな慰めは逆効果だと気づいたマオは、一歩下がって腕を組み、冷静な声色で言葉をつらつらと並べる。

 

「まあ……確かに、平民が妙な女とキスをしていたのは事実だ。事情があれやこれや気になるのも理解はするが、一旦それらは頭の隅に置いておけ。今は平民を助けるのが最優先事項だろう?」

「……そうです、よね」

「どうしても気になるなら、平民を助けたあとで本人に聞け。なんなら儂が記憶を見てやる」

 

 マオは自分で対処するのが面倒くさくなったので、未来の日高にすべてを丸投げすることにした。

 儂があれこれ言うより当人同士のほうが多分上手いことやるだろ……と。

 

 そして夜桜も、先ほどの下手すぎる慰めよりは、今の言葉の方が心によく効いたらしい。

 今は日高を助けるのが最優先事項である。

 その為には一分一秒でも時間が惜しく、うじうじと落ち込んでいる暇はないと。

 

 夜桜は膝を突いて立ち上がり、一度顔を袖で拭ってからマオを見る。

 マオは夜桜と視線を合わせて腕を解き、言葉を発した。

 

「というかさっきの爆弾だが、門が閉じきる前に爆発したから音だけは向こうに聞こえてるかもしれんぞ」

 

 その言葉を聞き、夜桜はコクリと頷く。

 

(……むしろさっきの爆発音で二人のキスが中断されてたら嬉しいのに)

 

 そしてマオが思考を読んでいるのを知りながら、ハッキリとそう考えた。

 

「……いやお前、引くわ……」

 

 その思考を読み、普通にちょっと怖かったマオ。

 堂々と犯罪上等の考え方すんなよ。

 人類相手にバリバリ戦争やってた魔族の王を思考のヤバさで凌駕するなよ。

 こえーよ人間……。

 

 

 

 

 

「…………なんか話が思いっきり逸れてた気がするが、今から本題に入るぞ!」

 

 パン!と手を叩くマオ。

 そして夜桜の方を向きながら、さっさと帰りたそうに早口で話し始めた。

 

「今は、刑務所に人間が通れるサイズの転移門を作るのは無理だ」

「……『今は』ってことは、いつならできるんですか?」

「明朝だ。一日あれば開いてみせる」

 

 マオはピッと人差し指を一本立て、力強くそう言った。

 案外早く転移門は開けるらしい。

 ホッとしたのも束の間、マオが低い声色で言葉を続ける。

 

「しかし、人間大の転移門を開くにあたって二つ問題点がある」

「問題点?」

「一つ目は時間制限。プロテクトが厳重なのでな、転移門を開いたままだといずれ見つかってしまう。まあ……一時間弱が限度だと考えておいてくれ」

 

 時間制限、か。

 でも一時間弱も時間があるのならあまり問題はなさそうだ。

 

「二つ目は……今回みたいに、平民の近くには門を開けないということだ」

「……どういうことですか?」

「プロテクトの隙間をこじ開けて転移門を作るのだが……人間大の門を作れそうな隙間はそう多くないだろう。故に平民のすぐ近くには作れない可能性が高い」

 

 ……なるほど。

 つまり一時間弱以内に、刑務所の中から日高君を探して門まで案内する必要があると。

 

「マオさんは一緒に刑務所内に来れないんですか? 縁を辿れるマオさんがいるならすぐ日高君を見つけられそうですけど」

「万が一に備え、転移門の維持をする必要があるからな。少し厳しい」

「ですよね……。分かりました」

 

 勝負は明朝。

 私が日高君をどれだけ素早く刑務所内から見つけられるかどうかだ。

 

 

 夜桜の思考を読んでいたマオは、彼女が説明を全て理解したことを把握する。

 マオは玄関まで移動し、靴を履いてから、見送りにきた夜桜に振り返った。

 

「明日の朝、またここに来る。それまでに何の準備が必要かは……まあ仔細任せた方がいいだろう」

「分かりました。また明日よろしくお願いします」

 

 マオは軽く頷いたあと、玄関扉から静かに出ていった。

 玄関横にある電話からフロントに一本電話し、マオがマンションの入り口から出られるよう手配する。

 尤も彼女にはそんな配慮など必要ないかもしれないが。

 

 

 夜桜は一人になったリビングに戻り、顎を押さえながら考え込む。

 

 刑務所に入るに当たって必要なものといえば……。

 

 まず、囚人に紛れるための服装だ。これがなければ何もできない。

 日高君と謎の女が着ていたオレンジ色の囚人服。

 そして二人が手首につけていた紫色のリング。リングの内部まで再現する必要はない、外観だけ似た物を作る。

 

 顔を隠せる物も必要だ。

 これは……マスクか何かでいいだろう。そもそもあまり目立つ行動をするつもりもない。

 

 自衛手段は……。

 爆弾と徒手格闘で対応できる。特別用意するものはない。

 

 

 あとは……。

 

「……そもそも、日高君が刑務所からまだ出てない理由も考えるべき、だよね」

 

 彼の実力なら、強力な看守がいても制圧できるはずだ。

 誰にも見つからずに脱獄することだって不可能ではないはず。

 

 つまり日高君には何か別の、外に出られない事情があるのかもしれない。

 

 けど日高君がどうにもできない物を、私がその場で即座にどうにかできるとは思えない。

 単に彼が自分の家族を心配して脱獄していないだけならば、既に問題ないのだけれど。海外に拉……保護したし。

 

「…………」

 

 もし日高君を見つけても外に連れ出せなかった場合。

 私が刑務所に来た事情や、手に入れた情報を確実に渡せる方法は……。

 

「電子データは端末がないと見れないし、端末ごと渡すのも隠すのが面倒な荷物になる。となると確実なのはやっぱり……いくらでも隠しようがある『手紙』かな」

 

 ただの紙なら小さく折り畳めるし、簡単に燃やせるし、最悪食べることでも証拠隠滅ができる。

 かなりアナログな伝達手段だが、思いつく中ではこれが一番だろう。

 

「でも、これで本当に足りるのかな……」

 

 もしもの時を考えると、もっと日高君に何かを渡しておいた方が良い気がする。

 しかし……一体何が渡せるだろう?

 

 ……いや、まずは手紙を書こう。

 書きながら何か思いつくかもしれない。

 地下施設の映像も、重要そうなところを静止画像で印刷して手紙に入れておこう。

 私が気づかなかったことを日高君なら気づいてくれるかも。

 

「えっと……封筒と便箋をまず買ってこないと……」

 

 夜桜は頭の中で明朝までの計画を立てながら、素早く動き始めた。

 全ては明日の朝、俊介に会うために。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 時と場所は変わり、地下奥深くの刑務所。

 まるで目の前に情景が浮かぶような素晴らしい文章力で書かれた便箋の文章を読み終わり、俊介は顔を真上に向けた。

 

 そして静かに一言、呟く。

 

「内容が濃すぎるよ、夜桜さん……」

 

 

 





-Tips-
夜桜行動日記

一日目:地図を用いて刑務所の場所の調査。

二日目:地図を用いて刑務所の場所を調査。

三日目:地図を用いて刑務所の場所を調査。父親との和解(仮)。日高家に不法侵入。俊介と折川旅館の繋がりに気づく。

四日目:俊介の両親を海外に拉致。折川&マオと面会。旅館殺人事件にて坂之下なる人物の怪しい情報を取得。

五日目:地下施設潜入、アニーシャ発見。マオと契約。転移門で俊介と知雫のキスシーン目撃&爆撃。手にした情報をまとめた手紙を書き始める。

六日目:刑務所潜入。俊介に手紙を押しつけて即退散。



成果ほぼなしの一日目と二日目を省くと、運ありきとはいえ実質四日間で刑務所の場所とプラスアルファを見つけてる怪物女子高生。
夜桜視点の内容が濃すぎて、清楚ヒロインやバトルヒロインじゃなくダブル主人公モノを書いてる気分になってきました。
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