――――夜桜が刑務所に侵入し、俊介と再会する少し前。
刑務所街の中心部。
地下空間の天井まで伸びる看守タワーの下部付近にて、ゼロツーとジャンの二人が並んで突っ立っていた。
ゼロツーは退屈そうに、砂の地面を足先でトントンと叩いて靴の履き心地を調整している。
右足の調整が終われば左足、それが終われば再度右足とまったくもって意味のない行動を延々と続けていた。
ジャンは近くの壁にもたれかかり、煙草を口に咥えながら紫煙をくゆらせている。
視線はタワーの上方に向け、煙草の先を赤熱させながらじっとタワーを見つめていた。
二人がそんな行動をしながら10分近く待ったあと。
タワーの下部付近に姿を現したウィザードが気さくな声色で二人に声を掛けた。
「やあ、待たせたね」
その声を聞いたゼロツーが顔を上げ、ウィザードの方を向く。
靴の先についた砂を軽く払い落としたあとに声を発した。
「よっすウィザード。それで、アルティアスの様子はどうだった?」
「言われた通り診てみたけど特に問題はないよ。数日安静にしてれば完全に回復するんじゃない? 簡易的な診察だから内臓とか脳の奥底とかはわからないけど」
「そっか……。まあ、精密機器でもなきゃ調べられないところまではいいや。ご苦労様」
ゼロツーがウィザードの報告を聞き、軽い声色でそう返す。
彼がウィザードに頼んでいたのは、脱獄計画に新加入したアルティアスの健康チェックだ。
アルティアスの実力は俊介のお墨付き。戦力としては申し分ない。しかしつい昨日のきゃるとる〜ぜや厭勝を交えた大乱闘でかなりの大怪我を負ったという。
脱獄計画のまとめ役として、いざという時に戦闘役が動けない……なんて事態は絶対に避ける必要がある。そのため、専門医ほどではないが人体に詳しいウィザードにアルティアスの診察を頼んでいたのだった。
ウィザードが肩をすくめつつ、冗談じみた声色で言う。
「しっかし昨日の乱闘の内容を聞く限り九割九分死ぬレベルの傷を負っていたらしいのに、一晩で自己歩行が可能なくらい治るなんてね。異世界の戦闘特化マンには常識がとんと通用しなくてビックリ」
「はっ。裏の噂を聞いてる限り、お前のところのピュアホワイトも大概だったろ」
「なぁに、そんなピュアホワイトを私の組織ごと叩き潰した怪物もいるんだ。世界は……いや、異世界はまだまだ広いね」
ゼロツーとウィザードが軽い声色で会話を何合か交わしたあと。
ちょうど煙草を吸い切ったジャンが吸い殻を踏み潰し、腹をさすりながら二人の方を向いた。
「ね、なんか食べに行かない? 俺まだ朝飯食べてないんだよね」
「私は構わないけれど……知雫と赤ずきんの二人は仲間はずれでいいのかな?」
ウィザードが辺りを見回しながらそう言う。
アルティアスの診察に行く前、知雫と赤ずきんはゼロツー達と一緒にいたはずだ。少し診ている間に二人はどこへ行ってしまったのか。
そんな疑問にゼロツーが簡潔な言葉で答える。
「知雫は街に買い物しに行って、赤ずきんもその護衛としてついてったよ」
「買い物?」
「『お札』用の特殊な紙を買うんだってさ。色々役立つ術を紙に籠めるとかなんとか……まあ、魔法に関してはあんまり詳しくないからあとは本人に聞いてよ」
ウィザードは「ふうん……」と理解したのかしていないのか曖昧な返答をする。
せっかく話してあげたのになんだその反応、と眉尻を僅かに下げるゼロツー。しかしいちいち目くじらを立てるほどでもないかとすぐに表情を元の穏やかな物に戻した。
そして商店の立ち並ぶ西区の方に体を向け、二人に言葉を放つ。
「僕様も結構腹減ってるし、適当な店にでも行こうか」
「私はこの刑務所に来て日が浅いからね。二人のセレクトに期待するよ」
「へぇ、有名な未来機関のボスに飯を奢れる日が来るとは光栄だ。それじゃあ俺のおすすめの店にでも……」
「いやジャンの選ぶ店はマジで美味しくないゲテモノしか出てこないから僕様のおすすめに…………ん?」
三人が西区に向かって歩き出そうとした、その直後。
先ほどまで静謐を保っていた看守タワーの扉からガキン!と重厚な金属音が響く。おそらく内部から錠が外されたのだろう。音の残響が消えるや否や、扉がゆっくりと開かれる。
「…………」
足を止めて扉の方を見つめる三人。
数秒も経たぬうちに、扉の中から特殊部隊を思わせる重武装をした看守達が現れた。彼らはタワー近くにいる三人には目もくれず、ぞろぞろと外に出てくる。
その様子を見ていたウィザードがぼそりと呟いた。
「…………かなりの重武装だね。どこぞの囚人でも殺しに行くのかな?」
「いいや。看守があそこまで重武装するのは、
ウィザードの言葉にゼロツーが小声で答える。
二人が会話している間も看守達は扉から出続け、およそ10人ほど集まったころ。扉の中から台車のキャスターが地面を転がる音が響き、看守数人が巨大な荷物を載せた台車を重そうに押して現れた。
荷物には社名の文字がプリントされた段ボールで覆われ、中身が分からないようになっている。しかし社名の尻についた『電機』という文字から何らかの電気機器であるだろうことだけはわかった。
「……何だろあれ」
今も尚、新たに運び出される電気機器たちを見ながらゼロツーが怪訝な顔を浮かべる。
するとゼロツーの横で腕を組んでいたジャンが彼の方を見ながら思い出したように声を発した。
「そういや、昨日の戦闘の余波でB棟の設備が色々ぶっ壊れたらしい。それの修理とか交換に行くんじゃないか?」
「あ~……なるほど。うへぇ、看守ってのは大変な仕事だね。あんな狂人の巣窟に行かなきゃならないんだから」
ゼロツーが眉を八の字にしながら、うげっとわざとらしく舌を出す。その表情には地獄のB棟へと赴く看守達への憐憫が混じっていた。
そんな二人の会話を聞いていたウィザードが疑問気な声で質問する。
「なぜわざわざ囚人のいる昼時間に? 囚人全員が監房にいる夜時間にすれば安全だろうに……」
「ああ、知らないのね。B棟は夜時間直前に囚人が棟のあちこちにデストラップを仕掛けまくるんだ。だから囚人がトラップを自主的に解除する昼時間の方がある意味安全ってわけ。偶に解除ミスって自分達が死ぬらしいけど」
「え、えぇっ……何のためにそんな……」
「知らん」
ジャンの返答を聞き、あまりの狂人っぷりにウィザードが若干引いた顔を浮かべる。元巨大組織のボスの表情を少しでも歪めさせたB棟囚人のイカレっぷりには賞賛を送ってもよいかもしれない。
ウィザードは眉間を指で揉んで表情の歪みを直しつつ、手の隙間から看守達の方を見る。
その細められた瞳が捉えたのは看守達の後ろ姿ではなく、台車に載せて運んでいる荷物である。段ボールにプリントされた社名を見ながらウィザードは心の中でその文字を読み上げた。
(……『
ウィザードはそっと目を細めながら、B棟に運ばれていく荷物を静かに見送った。
――――時は進み、知雫と俊介が暮らす監房内にて。
俊介は二段ベッドの一段目に腰掛けながら、部屋の中にいる十三人の人格たちの姿を見渡した。
そして息を吸い込み一音一音を噛みしめるように言う。
「坂之下さんはたぶん……榊浦豊の手下だ」
誰も言葉を発さない、静寂が広がる。
殺人鬼の大半は何らかの認識阻害が掛かっているためか俊介の言葉を理解したような表情をしていない。しかしヘッズハンターやクッキングは小さく頷き、反応を示した。
『今のところ坂之下の行動は榊浦豊の利益になるものばっかりだしな。榊浦豊の味方として動いているのは間違いないだろ』
ヘッズハンターが腕を組みながらそう言う。
その言葉を受け、クッキングが少し顔を伏しがちにしながら声を吐いた。
『もし坂之下が榊浦豊の手下だとしたら、榊浦豊は自分の娘に対して殺害命令を出したってことよね?』
「……まあ今の予想が合っていたらならそういうことになる」
『だとしたら……人殺しの私がとても言えることではないのだけれど、すごく悲しい話ね』
「…………」
クッキングの言葉に俊介は無言のまま言葉を返さない。
心の内を正直に吐露すると、榊浦美優にはあまり可哀想という気持ちが湧かない。彼女が未来革命機関でやっていた所業は殺されたっておかしくないレベルの極悪非道さだった。
実の親に殺されかけたというところに対しても、悲しいというより哀れに思う気持ちの方が強い。
殺人鬼であるクッキングより心の優しさが足りないのは、元からの性質か、刑務所生活で知らずに心が荒んでしまったのか。それはわからない。
俊介の無言の意味を察したのか、ヘッズハンターが議題を元の方向に戻すために口を開く。
『坂之下が榊浦豊の手下だとすると、当然、あの女の行動は榊浦豊に指示されて行っていたことになる』
「……まあ、そりゃそうだな」
『一見意味不明に見えていた坂之下の行動が榊浦豊によるものだったとしたら、今までとはまた別の意味が見えてくるんじゃないか?』
「別の意味……?」
坂之下の一見意味不明な行動……。
俊介は顎に手を添えて少し考えこみ、彼女の行動をざっと思い起こす。
そしていの一番に思い浮かび、未だに意味の見えない『その行動』について口を開いた。
「やっぱり、あの旅館での『15人人殺しがいる!』って発言かな。あれだけは何のために言ったか本当にわからん」
坂之下をただの愉快な人だと思っていた頃に聞いた例の発言。
それを聞いた時は重く受け止めずに流してしまったが、今は違う。
殺人鬼達の認識を狂わせている決定的な証拠として、坂之下の正体に大きく迫ることとなった。
が、しかし……。
そもそもの話、どうして坂之下はそんな発言をしたのだろう?
榊浦豊の目的は『日高俊介』。
もし坂之下という警戒されづらい手下を使って俊介の観察をするなら、観察相手に変に警戒されるような言動は避けさせるはずだ。
あんな大声で人殺しの数がどうだと叫ぶ意味がない。
俊介は頭の中が煮詰まるような感覚を感じながらも、口を開く。
「でも榊浦豊が坂之下さんと関わっているんだから……きっとあの発言も、何かの目的を持って言ったってことだよな?」
『恐らくな。その目的は……ごめん、俺もわからない。クッキングは何か思いつかないか?』
『うぅ~ん……』
ヘッズハンターに話を振られたクッキングが視線を下げて悩む。
数秒ほど唸るような声を出したあと、自信がなさげにぽつぽつと言葉を吐き始めた。
『15人……って中途半端な数字が気になるかしら』
「……?」
『あの時の旅館の人数は6人で、私達の人数って13人じゃない? 一体どこから15人なんて数字が出てきたのかしらと思って』
「…………人格13人にマオと、女将さんもしくは自分自身をプラスした数とか……? いやそんなの意味ないよな……」
自分で言ってて訳わからなくなってきた。
殺人鬼人格の人数を把握した上で、マオとプラスアルファの人数を言うって……ますます意味不明だ。
俊介が眉間にしわを寄せていると、ヘッズハンターが組んだ腕を解きながら言う。
『ていうか、榊浦豊って俺達の人格の人数知らないんじゃないか?』
「え?」
『未来革命機関に夜桜が誘拐されたとき、榊浦豊が言っていただろ。交渉の条件に人格の人数と詳細を教える~みたいなやつ』
「んん……ああ、そういえば……」
過去の記憶を掘り返し、榊浦豊の言動を詳細に思い起こす。
あれは未来革命機関のピュアホワイトに夜桜さんが誘拐されたときのこと。
榊浦豊が一時的にこちらへの敵対攻撃を止めて夜桜救出の助力をする代わりに、二つの条件を呑めと言ってきたのだ。*1
『――――私が君に出す条件は二つ。
一つ目は、君の人格が何人居て、どんな人物達かを正確に教える事。
二つ目は、君の肉片を私に渡す事。約1立方センチメートル……サイコロステーキくらいの大きさでいい』
二つ目の条件に関しては、今はいいだろう。論点にしたいのは一つ目の方だ。
俊介は顔を上げ、ヘッズハンターの言葉に頷く。
「……そういえば確かに言ってたな」
『つまり、榊浦豊も俺達の人数を把握してはいないんだろう――――』
……と。
ヘッズハンターがそこまで話していたところで。
話を静かに聞いていた殺人鬼の二人が、突然何かに気づいたように声を出した。
『『――――あっ』』
「……
俊介が名を呼んだ二人は互いに顔を見合わせ、驚きと気持ち悪さが入り混じった絶妙な表情を浮かべた。
そして先に口を開いたのはガスマスクの方だった。彼は声に申し訳なさを混ぜながら謝意の言葉を吐く。
『これは……すまなかった、俊介。すぐに気づかなかった俺の方がどうかしていたな』
「! 良かった……気づいてくれたのか」
『ああ。さっきまでの認識汚染されていた自分に気持ち悪さを覚えてしまうな、これは』
殺人鬼陣の中でも頼りになるガスマスクが目を覚ましたことに、俊介は安堵の息を吐く。
……俊介はガスマスクが強すぎて、一般人をどうとでもできる存在だと思っているから、なかなか気づきにくいのだろうと予想していた。
確かにその節はある。ガスマスクは事実、弱い一般人を心の奥底で僅かに軽視してしまっているところはある。
しかしそれ以上に。
俊介にひた隠ししている前世にて、自身の部隊がその一般人に裏切られ、仲間を殺された怒りを抱えている。だからこそ人格たちの中でもかなり早く目覚めることができたのだろう。
そんなガスマスクの内心を知らぬ俊介は、新たな煙草を吹かし始めたフライヤーの方に目を向ける。
「そして……ちょ、ちょっと意外だな。フライヤーがこんなに早く目覚めてくれるなんて」
『……まあな』
煙草の紫煙を吐く彼女。
フライヤーも超常の力を手に入れるまでは、一般人に
彼女もまた、俊介に明かすには重すぎる過去のため話す気はないらしい。
フライヤーは人差し指と中指で煙草を口から外し、ガスマスクの方を首をもたげるように向く。
そして煙交じりの声を低く吐いた。
『……ともかく、だ。俺と同じタイミングで目覚めたってことは、ガスマスク、お前も坂之下の狙いに気づいたんだろ?』
『ああ。恐らくだがな』
「えっ、本当か?!」
俊介が喜色交じりの声を上げる。
ガスマスクとフライヤーは互いの顔を見合わせ、ガスマスクの方がこくりと頷いた。どうやら彼が自分の気づいた推理を話すらしい。
息を静かに吸い込み、監房にいる全員に聞こえるような声で言葉を吐く。
『坂之下の件の発言のとき、あの女は俊介の方を見ていた。今思い返すと、アレは
「反応……?」
『15人という数字はな。榊浦豊と坂之下風華が立てた、俊介の人格人数の予想だったんだ』
「…………」
『大声で『15人の人殺し』という言葉を吐き、俊介の反応を見る。それで俊介が動揺するようなら、俊介の人格人数が15人に近いという証明になる。違っていたなら呆れた反応を返すだろうしな』
「…………っ」
俊介が思わず生唾を呑み込む。
フライヤーの方を見ると、彼女もガスマスクと同じ推理だったのか無言のまま頷いていた。
悪意の蛇が首元に巻き付いてくるような感覚がする。
ずっとずっと前から、坂之下は明確な意思をもって俊介を陥れようとしていたのだ。
ガスマスクの推理を聞き、ヘッズハンターが口元を手で隠すように思案したのちに言葉を吐く。
『今の話は理解できた。けどそもそも、俊介の人格数が15人だって予想をどうやって立てたんだよ。今のところ、夜桜やマオ以外は正確な人数を知らないだろ』
口元から手を外しながらそう言う彼の問いに対し、俊介は「確かに」と呟く。
自ら人格の人数を明かした夜桜と、相手の心が読めるマオ。それ以外の人物に俊介は自身に宿る人格の詳細を明かしたことはない。もちろん人格の人数も秘密にしてきた。
なのにどうして、15人という近似した数字を坂之下は言うことができたのか。
ガスマスクはそんなヘッズハンターの質問を予想していたように、口を開く。
『榊浦豊は昔から複数人格持ちの疑いがある『怪人二十面相』なる人格犯罪者に目を付け、俊介が星野という男と起こした事件で『日高俊介=人格犯罪者・怪人二十面相』という確信を持ったと言っていた*2』
『…………』
『俊介は俺達が原因で昔から色々トラブルを起こしていたからな。榊浦豊は怪人としての俊介の事件記録を全て調べ、事件の特徴や共通点をプロファイルし、人格の人数の予想を立てたのではないか……と思っている』
推理を語っていたガスマスクの語尾が少し煮え切らないものになる。
それを聞いていたヘッズハンターは僅かに首を傾げ、問い詰めるような声色で言葉を吐く。
『……さっきと違ってちょっと語気が弱いな。どうした?』
『自分で言ってて思ったんだ。もしこの予想が合っているなら、榊浦豊は恐ろしく優秀な男だとな。今更ではあるが』
そんなガスマスクの弱気にも取れる言葉を無言で聞いていたフライヤーが笑う。
彼女はくっくっと歯の奥から声を漏らし、咥えていた煙草を外してから流し目で二人を見た。
『ダークナイトみたいな
「……それ、フライヤーが言う?」
『ん? どういう意味だ?』
「いや、何にもない」
フライヤーだって大概、火に関しては洒落にならない能力を持っている。
俊介は彼女も十分『化け物』のカテゴリーに足を突っ込んでいると考えていた。言うと気にしそうなのではっきりとは口には出さないが。
推理を話し終わったガスマスクは軽く咳ばらいをし、俊介の方を向く。
そして温和な声色で言葉を発した。
『もちろん、これが確定した事実と言ってるわけじゃない。ヘッズハンターが質問した部分については、俺もかなり粗い推理だと自覚している。だが……一応の筋は通っていると思う』
「いや、良い推理だと思うよ。何にもわからないところからはかなり進展できたし」
俊介がそう言いながら頷いた、その直後。
ガスマスクの推理が効いたのか、数人の殺人鬼が陰鬱な表情で言葉を発し始めた。
『あっ、これ……うぅ。お兄ちゃん……さっきまではごめんなさい……』
『…………なるほど。さっきまでの僕に気持ち悪さを覚えるって感じ、よーくわかった』
『強力な集団催眠……ってレベルじゃあないね、これは』
声を発したのはドール、マッドパンク、トールビットの三人だった。
段々と目を覚ます人数が増え始め、再びほっと安堵の息を吐く俊介。
「よかった、三人共……ホントに」
あたたかな声色でそう言う俊介。
それに対し、マッドパンクは拗ねたように口をとがらせながら言葉を吐いた。
『良くないよ。僕なんか坂之下の奴の15人発言を直で聞いてたってのに、全然気づかないんだから……嫌になるね』
「それでもよかったよ、マッドパンク。心の底からそう思ってる」
『……そう』
ぶっきらぼうな返事と共に、視線を逸らすマッドパンク。
近くにいたフライヤーから『気持ち悪い照れ方すんなよ』と首に煙草の先を当てられ、勢いよく振り払ったあと顔を真っ赤にして激怒していた。そりゃ怒るわな。
「それで、認識汚染から目覚めてないのはあと……」
一気に目覚めた人数が増えたことにより、認識汚染されたメンバーが過半数以下になった。話は一区切りついたところだし、ここいらで把握しておくのも悪くない。
俊介はそう思いながら部屋を見渡す。
残りは、『エンジェル』『キュウビ』『ハンガー』『サイコシンパス』『ニンジャ』……そして『ダークナイト』の六人。
……名前を並べてみると、なかなかに錚々たるメンツだ。
全員が普通の一般人相手に対して優しさの欠片も持っていなさそうな最強パーティである。
ヘッズハンターが残りの面子を見ながら、俊介に冷めた声色で言う。
『俺が言うのもなんだけど、あとのメンツが目覚めるのはしばらく無理じゃないか? 一般人なんか一ミリも気にせず殴り飛ばしそうな奴ばっかだし』
『風評被害ですか?』
『ダークナイトを除くとお前が一番殴りそうなんだよエンジェル』
二メートル近い巨体の上から鋭い視線で睨むエンジェル。認識汚染から目覚めてはいないが、自分が仲間外れにされている側だというのは理解しているらしい。
俊介はヘッズハンターの言葉に内心で同意しつつ、優し気な声色の言葉を吐く。
「……今の時点で過半数は目覚めたし、あとのメンバーは追々目覚めるって形でも……」
『そ、そんな目をするな俊介! わらわはもう少しでその幻覚もどきを打ち破ってみせる! だから失望混じりの目を向けるのはやめるのじゃ!』
『拙者が他人との騙し合いで完敗……完敗……』
『グー……グルゥ……』
キュウビが濡れた子犬のような目と声を出し、ニンジャは今まで見たことないくらいに本気で落ち込んでいる。
部屋の隅にいるダークナイトは興味なさげにいびきをかいていた。
流石、過半数以下になるまで残った面子と言うべきか。全員が個性豊かな反応だ。
なお一向に目覚める気配はない。悲しい話だ。
俊介はまだ目覚めていない残りの二人に目を向け、声を掛ける。
「……サイコシンパスとハンガーはどうだ? まだ目覚めそうにないか?」
『私はまだ微塵もだな。すまない』
『俺がこんな小難しいことわかるわけないって~……。一般人がどうとかこうとか、人間なんて全員吊れば死ぬんだからどうでもよくね?』
「そんなわけあるか」
サイコシンパスはともかく、ハンガーは面倒くさくて考えるのも放棄しちゃった感じだな。
まあ彼女らしいっちゃ彼女らしいけど。
俊介は二人の方から目を逸らし、監房全体に向けて声が届くように言う。
「でもぶっちゃけ、坂之下さんについての話は一区切りつくまで進められたし。そろそろダークナイトの件に話を切り替えてもいいかな~って思ってるんだけど……」
『待つのじゃっ! せめて! せめてわらわが目覚めるまでは話を続けてたもっ!』
『グゥ……グゥ……グギグッ……』
「というかダークナイトタイマーがそろそろ時間切れになりそうだから、これ以上坂之下さんの話を進めてるとパンチが飛んでくるかもなんだよね」
飽きっぽいダークナイトが自分をのけ者にした話し合いに飽きるまでの時間。それがダークナイトタイマー。
時間切れになると確実に暴れだすため、話し合いどころではなくなってしまうだろう。
それを聞いたキュウビは迷いのない動きでトールビットを扇子で指さし声を荒げた。
『ダークナイトの横にいるトールビットが生贄になれば問題ないのじゃ!』
『はぁッ?!』
トールビットが驚いたように声を出し、キュウビに向かって鋭い視線を向ける。
二人が一触即発の空気になりかけたとき、既に話し合いに飽きていたハンガーがするりと俊介の横にやってきた。
『なぁなぁ俊介、俺中に戻って寝ててもいいか? ぶっちゃけこれ以上ここいてもあんまり役に立てねーと思うしさぁ』
「んー……会話に参加できなくても、話を聞くだけ聞いておいてほしいんだよね。だからまだ外にいてほしいかな」
『えぇー。俺、頭使うのって苦手だしなぁ……聞いてもあんまりわかんないと思うけど』
そう言いながら、するすると慣れた動きで俊介の背中に乗るハンガー。
ドールといいハンガーといい、小柄な人格たちはなぜすぐ体の上に乗りたがるのだろうか。
別に重さを感じないから特に問題はないのだけれど。
ハンガーは肩の上に顎をのせ、ぐりぐりと顎の乗せ心地がいいポジションを探す。
そしてちょうどいい体勢を見つけたのか、彼女はふうっと息を吐いてから再び言葉を吐き始めた。
『あーあ。なんかいっそ、外に出て暴れる用事でもできれば退屈しのぎに…………』
「物騒なこと言うなよハンガー。最近本気で暴れたばっかだし、しばらくは遠慮したいよ」
『…………』
「……ハンガー? どうした? 急に無言になって」
背中で急に言葉を止めたハンガーの方に振り返る。
彼女は、俊介のすぐ傍の方に視線を留めたまま固まっていた。一体何を見ているのかと問う前に、ハンガーが自ら口を開く。
『なんか、夜桜の手紙が入ってた封筒……
「えっ?」
ハンガーの言葉を受け、俊介がすぐ横に置いていた白の封筒を見る。
手紙を読む前に封筒の中身は全て出したはずだ。封筒の中を覗いて確認もしたのだから、何処かに引っかかって残っているということもないはず。
俊介は訝し気な表情を浮かべながら封筒を手に取り、中に指を突っ込む。
そして指に伝わった感触に目を見開いた。
「…………え、嘘。マジで残ってる」
『だろ?』
一体どういうことだ? 中身は全部出したはずなのに。
そう思いながら、中に残っていた一枚の手紙を指で挟んで取り出した。
「ちょ、ちょっとみんな。一旦こっち見てくれ」
俊介は全員の注目を集める言葉を吐きながら、封筒に残っていた謎の手紙を見せた。
『え? まだ手紙が残ってたのか?』
「ああ。絶対に全部封筒から出したと思ったんだけど……」
ヘッズハンターの問いに、俊介も何が何やらわからないと言った表情で言葉を返す。
そして三つ折りにされた手紙に視線を下ろすと、手紙の外側に筆で書いたような達筆な文章が書かれているのに気がついた。夜桜の筆跡とは明らかに異なるものだ。
「手紙の外側に何か書いてあるな。……ちょっと読んでみる」
達筆すぎて少し読みづらいが、俊介は文章を口に出しながら読み上げた。
「『平民よ、息災か? まあ平民ならば特に大事はないことだろうと思っている。
刻が惜しいのでこれ以上の前置きを省くことを許せ。
この手紙が封筒内に突然出現したことにさぞ驚いていることだろう。
実は、儂が夜桜女史の出発前に急遽『時間差で姿を現す』幻覚魔法を籠めておいたのだ。
今までの手紙でも、アニーシャの件等々困惑することばかりが書かれていただろう。
だがこの手紙には更に
アニーシャの件等の情報が軒並み頭から吹っ飛びかねないことがな。
故に、この手紙以外の情報を考察する時間を作るため、時間差の幻覚魔法を籠めさせてもらった。
おおよその情報を考察し終わったなら、早急にこの手紙を読んで行動することを勧める。
……がんばれ。
アルベール・ガイアスト・サッドローム』」
――――文章を読み終わった俊介は無言のままたらりと冷や汗を垂らした。
文章の最後に書き綴られた名はマオの本名だ。この文章を書いたのも、手紙が突然現れた原因もマオということである。
……まあそれはいい。
問題はマオがわざわざこんな文章を書き、魔法を籠めた理由だ。
どんな内容が書かれていたら、マオがわざわざこちらに気を遣ってこのようなことをするのか。
「おいおい……まだダークナイトについてのあれこれを話し合ってないのに、なんだこの文章」
『……坂之下の話を続けるか、ダークナイトの話に移るか、その手紙の内容に移るか……優先順位は俊介に任せる』
「うぅん……」
ガスマスクの言葉に、俊介は顎を押さえて考える。
ダークナイトの一件……なぜこの世界にダークナイトがいるのかというのはとても大きな謎だ。ダークナイト本人からどれくらい情報を聞き出せるかわからないが、聞いておく必要は絶対にある。
しかし……。
マオの文章ではダークナイトの件に都度言及しながらも、『別格』や『早急に』と書いている。
『ダークナイトの件も大事だけどこっちも早く対応しないとダメだぞ』、と暗に伝えてきている……ような気がする。
……………………。
「……とりあえず、手紙の内容を読んでみよう。それでどっちから対応するか決めることにする」
俊介はひとしきり悩んだあと、周囲の殺人鬼たちを見渡しながらそう言った。
判断としては妥当で安牌。誰も異論を発することはなく、俊介が手紙を開くのを見守った。
夜桜の筆跡で書かれた文章に目を落とし、静かに息を吸ってから読み上げ始める。
「――――『この手紙が読まれているということは、日高君が
私が情報をめいっぱい集めて伝えても、日高君が刑務所から出られないと意味がない。外に出ないと榊浦豊には何もできない。
だから、日高君が脱獄する『
でも、日高君の中にはたくさんの人格がいる。
その人たちの力を借りても解決できないようなことに対して、私がどんな手助けができるだろうと考えて……。
考えて考えて考えて考えて……私だけの力じゃ何もできそうにないという結論に至ったんだ。
だから、私も『
そこまで読んだところで、俊介が呼吸のために文章の読み上げを一時中断した。
なぜか発生する緊張で詰まる息を整えながら、頭の中で思案する。
(夜桜さんが、
頭の中でそう考えながら、息を整え終わった俊介。
壁や扉を破壊するくらいの爆弾ならエンジェルに殴ってもらった方が早いし安全だ。
いや、それくらいの手助けならマオがいちいち気を遣って手紙に細工しないだろう。つまりそんなレベルじゃない手助けをしようとしているということだ。
……一体夜桜さんは何をしたんだろう?
胸中に浮き上がる大きな不安を鎮め、手紙の次の文章に目を進めた。
「『バクダンと相談して、生半可な爆弾じゃ日高君の助けにはならないって結論になった。
ピュアホワイトを倒した日高君なら鋼鉄の扉やコンクリートの壁くらいなら破壊できそうだもんね。
そもそも普通の爆弾なんて刑務所内では使い勝手悪すぎだもん。音が大きいから、扉を破壊できてもすぐに看守の人が集まってきそうだし。
日高君の最大パワーよりもっともっと強くて、刑務所内でも役立ちそうな特殊効果を持っている、日高君の助けになりそうな爆弾。
そんな条件を満たす爆弾がね。
私とバクダンの間に
バクダンはかなり迷ってたけど、有効に使えるならどんな刑務所だろうと障害足りえないって言ってた。
『自分の最高傑作には一分の隙もない』って自信満々にね』」
バクダンの、『最高傑作』って……。
すごく嫌な予感がする。
「『ごめん。長々と書いちゃったけど、つまりはね。
――――『
「…………」
「……………………」
「………………………………」
「えっ?」
投稿が久しぶり過ぎて文章力が落ちてるのがつらいですね
坂之下の話は無限に続きそうだったので、ちょっと強引ぎみに切っちゃいました。要改善