「君、人格持ちだな?」
「違います」
一瞬で否定し返した。
だが内心はバクバクだ。警察に人格持ちだという事がバレるなんて冗談じゃない。
しかし、俺が否定するのを見越していたのか、彼は右手を振りながら言った。
「気にしなくていい。君の年齢だと、強制的に浮遊人格統合技術を受けさせられたんだろう。国の管理下から離れていても、犯罪さえ起こさなければ俺は気にしないさ」
どうやら、俺が国の管理していない人格持ちでも気にしないらしい。
いや、俺の場合は殺人鬼がいっぱい中に居るからバレるとヤバいんです。
「それに……人格持ちなら分かるだろう? 俺の人格を飛ばしていてな、倉庫で一人で喋る君の姿を見てたんだ。まぁ、その後すぐに戻したせいで、あの真下の凶行に気付けなかったんだけどな」
「ッ……」
人格の偵察か。
クソ、相手にやられるとこんなにも厄介なのか……。
多分見られたのはガスマスクと喋っている所だろう。そんな場面を見られたのなら、致し方ない。
「……はい。軍人が一人、中に」
ダメージを少しでも減らす作戦だ。
幸い見られたのはガスマスクと話している所、こう答えていれば問題ないだろう。
牙殻さんが「ほぉ」と感心したように言う。
「軍人か。魔法とか使うタイプか?」
「いえ、銃とかそんな感じの」
「なるほど、こっちとそんなに変わらない世界か」
……なぜ軍人と聞いて、魔法が真っ先に出てくる。
俺はダークナイトなんかのガチファンタジー世界から来てる奴を知ってるから、異世界に魔法があるっていう事は知っている。だが普通の人は魔法なんて知らないし思いつかない。
もしかしてこの人、かなり浮遊人格統合技術について詳しいんじゃないか?
「……牙殻さんの人格は、魔法とか使えるんですか?」
「いや。俺のは魔法とかはないけど、ファンタジーっぽい世界から来た奴でな。獣人って奴らしい、分かる?」
「分かります」
獣人っていうと、アレか。体から毛が生えてたり、獣耳が生えてたりする奴。
アニメとかだと人間に近い姿で、可愛かったりするけど……。
「所々ふさふさで胸筋ムキムキの、無口な奴だよ。言う事聞いてくれるのは嬉しいけどな」
異世界の現実の獣人って言ったら、まあそんな物か。
「そうそう、魔法と言ったらな。今回、女将もそういう、異世界絡みの技術を使って犯行に及んだそうだ。つまり人格絡みの事件ってことだ」
「…………」
キュウビもそんな感じの事を言っていた。
誰かが教えただろう禁術を女将は使っていたと。この世界に人を洗脳する禁術なんか存在しないはずだ、可能性が高いとすればそれは、異世界から来た人間が伝えた物だろう。
「そうなると、これは俺の管轄の事件になる」
「……管轄? 人格絡みの?」
「ああ。俺は警察所属の『
人格絡みの事件を管轄する、人格犯罪対処部隊……。
……まさに、俺が一番関わっちゃいけない人じゃないか。殺人鬼の人格持ちなんて、絶対この人の担当だろ。
「しかし、そうだな。君は今学生だろ? しかもGW……遊ぶべき時期だ。
ヘリが来て谷の向こうに渡ったら、そのまま帰るといい。俺の管轄の事件だ、この会話を事情聴取代わりにして、君への捜査を終わりとする」
「え? だ……大丈夫なんですか?」
「文句は言わせない。人格絡みの事件が増えつつあるのに、人員は増やさない上の奴が悪いんだ。これくらいの我儘は通してみせるさ」
……何だ。
初対面の時は結構粗暴に見えたけど、実際話してみると、結構良い人なのかもしれないな。
「それともう一つ。その軍人にもお礼代わりとして……良い技を教えてやろう。
浮遊人格統合技術で宿った人格には食欲がない。だからと言って、美味い物を食べて嬉しくない事はないんだ」
そう言って、温泉の上をぷかぷかと泳いでいた木の葉をこちらに渡してくる。
それを受け取り……首を傾げた。
「これで何を? まさか……葉っぱを食べさせるんですか?」
「違う。その葉っぱの周りに、もう一つ半透明の葉っぱが重なっていて、そのまま重力に従って落ちるイメージをするんだ」
……意味が分からないが、とにかくやってみよう。
言われた通り、葉っぱにもう一枚葉っぱが重なっている様子を想像して、するりと落ちるイメージをする。
すると。
「……!」
殺人鬼達と同じ半透明の葉っぱが、温泉の上にふわりと落ちた。
そのまま波の流れに従って、湯の上を泳いでいく。
葉っぱの流れを顔で追っていると、牙殻さんが驚いたような表情で言う。
「……一発か、凄いな。
その技は手に触れた物を、人格達にも触れるようにコピーする技だ。当然味のある食べ物も大丈夫。それに一応言っておくと……この世界の食べ物は
そう言って、彼は立ち上がった。
温泉から上がるようだ。
「じゃあな、犯罪は起こさないようにしろよ? もしやったら……取っ捕まえに行くからな」
そのまま彼は脱衣所に入った。
人格犯罪対処部隊……なんて物騒な部隊だ。しかも俺の知らない技をポンと出してきた。浮遊人格統合技術についての造詣が俺よりも圧倒的に深い。
二度と会わない事を祈ろう。
もし次に会う事があったら、その時は……きっと碌な事にはならない。
―――――
温泉を上がって直ぐに警察のヘリが来て、無事に谷の向こう側に渡った。
拘束されていた女将と真下は警察に連行されていった。異世界絡みのおかしな技術を使っての犯行だったが、人格犯罪対処部隊の牙殻さんがいたことで、逮捕までの流れは比較的スムーズに行われた。
そして彼の言葉通り、俺は碌な手続きも事情聴取もなく、その場での解放が許された。
その時にチラリと、マオこと折川結城の姿が見えた。
……母親である女将が逮捕されたせいで、彼女の人生は辛くなるだろう。
だが……ただの高校生である俺には、どうしようもない。女将の仕業で人が一人死んだのは本当なのだから。それにマオとは機会があれば、またいつか会うだろう。その時まで2人共々無事であることを祈ろう。
「―――それじゃあ、帰るか」
大変なGWだった。
ただの旅館への温泉旅行だったのに、殺人事件に巻き込まれるなんて……最近、なんか運が悪いな。お祓いに行った方が良いかもしれない。
山を降り、麓の駐車場に停めてあったバイクに跨る。
この温泉街に来た時と同じ、マッドパンクとガスマスクと俺の三人乗りだ。
『怪我無く終わって幸いだったな』
「まぁ、それはそうだけど……」
『僕なら別に怪我したって治せるよ? ネジとかあれば』
マッドパンク、お前は一体どんな治療をする気なんだ。
……でもまあ確かに、今回はダークナイトとの遊びとか星野の件に比べれば、まだマシだったかな。
何せ、殺人鬼に体の主導権を渡すほど危険な状況がなかった。
死体を見たのにはびっくりしたけど……案外、身構えてれば何とかなるもんだって事も分かったし。別にもう一度見たいとかは思わないけど。
「今から出たら昼頃には家に帰れるか……」
ハンドルを捻り、エンジンを吹かす。
そういえば、夜桜さんの所にも顔を出したいな。殺人事件の事で心配させてしまってるかもしれないし。
……いやでも、全く心配されてなかったらどうしよう。『生きてたの?』なんて言われたらショックでぶっ倒れる自信がある。
「…………」
止めとこう。学校でもまた会えるし、その時に顔を合わせればいい。
決してビビッて会いに行かないとかそういう訳じゃない、違うったら違う。
そんな俺の顔を見て、マッドパンクが呆れた様子で言う。
『チャレンジしないと何にもならないぞ~』
「うるさいッ」
お前は新しい発電施設にチャレンジして、島一つ分の生き物溶かしたただろうが。お前は全く気にしていないが、本気で取り返しのつかない失敗がこの世にはあるんだ。
バイクを発進させ、温泉街を抜け、高速道路に入る。
このまま数時間ほど走らせれば、無事に家に到着だ。しかし旅館では朝食を取っていないし、何処かのサービスエリアに寄って小腹を満たしたい気分でもある。
そんな事を考えながらバイクを走らせ続け―――約1時間。
現在の時間は朝の8時。そろそろ最寄りのサービスエリアで食事を取ろうかと考えていた時だった。
ガスマスクが後ろを振り返り、呟いた。
『……怪しい奴らが近づいて来ているな』
「え?」
ミラー越しに、背後を見る。
確かに、黒い車が1台、フルフェイスのヘルメットを被ったゴツいバイクが3台、後ろから迫ってきていた。
「そんなに怪しい?」
『ああ。あのバイクと車が現れた瞬間、他の車が姿を消した所がきな臭い』
「…………」
確かに、さっきから他の車を見かけていない気がする。
けど、偶然って可能性も……。
『そんなに考え込むくらいなら、盗聴してみればいいじゃん』
「え?」
『そこら辺の無線機の声を拾う位なら簡単に出来るよ。左腕貸して』
言われた通り、マッドパンクに左腕の主導権を渡す。
そして彼がスマホの画面をトットッとタップした瞬間、ザザッと無線機のノイズのような音がスマホから響いた。いつの間にこんな物を仕込んでいたんだ。
問い詰める間もなく、スマホから男の声が聞こえ始める。
『――アレがターゲットか?』
『ああ。……ったく、ただのガキに、なんでこんなに頭数揃えてんだ』
『本社がそれだけ、あの土地の事を他の企業に知られたくないって事だ。警察の上層部は買収済み、後は関わった人間を全員消せば終わり。事件は闇に葬られる』
――左腕の主導権を返してもらい、スマホを懐に戻す。
…………マジか。
マジじゃないか。本気で命を狙ってきてる感じの奴らじゃないか。こんな朝っぱらから。
感じていた空腹など何処かへ吹っ飛び、嫌な汗が背中を伝い始める。
しかも、あのバイクの端に付けている細長い物……ミリタリーには詳しくないが、多分銃だ。あんなので撃たれたら、本気で死んでしまう。
――――ブゥゥゥゥゥゥゥウウウウウン!!!
ハンドルを全開で捻り、フルスピードを出しながら叫ぶ。
「ガスマスク、何とか出来ないか!?」
『……武器が欲しい。銃があれば言う事ないが、それに近い物でも良い』
そう言ってチラリとマッドパンクの方を見る。
彼は肩をすくめつつ、静かに頭を横に振った。
『作れないことはないけど、高速道路なんて何もない所じゃ無理。何か材料が欲しい』
「クソ……! 分かった、今すぐ市街地に降りる!!」
標識を見て、最寄りの出口を探す。
今すぐにでもガスマスクに体を変わりたいが、人格変更時の一瞬の硬直がネックになる。
現在のバイクの速度は時速120キロ、1秒程度の硬直とはいえ、ハンドルをあらぬ方向に切って大事故を引き起こす可能性があるのだ。
この高速道路を抜けるまでは、俺がバイクを操作するしかない。
恐らく荒事のプロであろう数人を相手に、命がけの鬼ごっこが始まった。