殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#2 箱の中にぶちまけられた化け物

 

 

 

 

 ひんやりとした感触が頬に当たっている。しかも固い。

 目を開けてそれが床だと分かった時、手が背中で手錠につながれていて動かせないので、背中の力だけでゆっくりと起き上がった。

 

 気絶していたからか、しょぼしょぼとした目を肩でこすり、覚醒させた瞬間。

 俺の中に宿る殺人鬼達が全員、至近距離で俺の顔をじっと見つめていた。

 

 

「うわーーーーーっ!?!?」

 

 

 余りの圧にビビって大声を出すと、殺人鬼達が全員ほっとしたような表情をし、姿をフッと消していった。恐らく俺の中に帰っていったのだろう。

 最後に残ったのは、頭に巨大なたんこぶを3つ生やしたハンガーと。

 

「ど、どうしたの……?」

 

 俺と同じく手を背中で手錠に繋がれた、夜桜さんであった。

 さっきは殺人鬼達が目の前にいたせいで見えなかったのだ。そして彼女には殺人鬼の姿は見えない。だから自分に叫ばれたと思ったのだろう。

 

 動揺を隠しきれないまま、あたふたと言葉を紡ぐ。

 

「い、いやえっと、その……ろ、牢屋! 牢屋に入ってるからビックリしたんだ!」

 

 さすがに嘘が下手すぎるだろ。

 自分でも滅茶苦茶な言い分だと思いながらも、言ってしまったからにはそれで押し通すしかない。

 

 だが彼女の優しすぎる性格か、それともこの異常な状況で判断力が鈍っているのか。

 

「そっか、そうだよね。私だってこんな状況なら驚いちゃうから……」

 

 あっさりと俺の嘘を信じてくれた。やはり彼女はこの世に降臨した天使だった。

 

 

 彼女とある程度のコミュニケーションを取ったところで、辺りを見回す。

 先ほどは牢屋と言ったものの、ここは凡そ一般的にイメージされるような刑務所の牢屋よりも更に酷い。

 

 ベッドもトイレもないし、明かりもない。窓は鉄格子が掛けられた物が手が届かない所に1つだけポツンとある。

 扉は錆びまくっているが、曲がりなりにも鉄製。鍵は当然かけられているし、平凡な男子高校生が破ろうとして破れるものではない。

 

 

 そして。

 最後に、部屋の隅でポツンと座るたんこぶを生やしたハンガーの方をじとっと見た。

 夜桜さんが目の前にいるため話しかけられないが、頭をかく振りをして、暗に『そのたんこぶはどうした?』と聞く。

 

 ハンガーは顔をそらし気味に、ぽつぽつと話し始めた。

 

『……その、俊介を守れなかっただろ……? それの罰として、他の奴にやってもらったんだ…………』

 

 自分で殴ってくれと他の殺人鬼に頼んだのか? 何やってるんだ。

 アレは俺が不用意に近づきすぎたのも悪いんだ。『気にするな』と、ジェスチャーで伝える。

 

『そ、そういう訳にはいかねえよ……。ホントにごめん……』

 

 ハンガーがここまでしんみりとしたところを見るのは初めてだ。おかしな感覚になる。

 そして彼女の方にばかり視線を向けていると、夜桜さんが不思議そうな表情で尋ねてきた。

 

「部屋の隅ばかり見つめてどうしたの?」

 

「えっ? あいや、別になんでもないよ。掘れそうな隙間がないかなって探してただけで」

 

「そっかぁ、頭良いんだね」

 

 貴方の方が滅茶苦茶頭良いです。というかさっきから嘘を信じやすすぎだろ、本当に天使か?

 ……そういえば、俺、夜桜さんと殆ど関わった事なかったんだったな。こんなに嘘を信じやすい人だって事も、初めて知った。

 

 好きな人の一端を知れたようで、少しだけ心の中が温まる。

 

 

 その瞬間。

 ガチリと、牢屋の唯一の扉の鍵が開いた。身が強張り、扉から入ってきた人物の方に振り向く。

 

 そいつは身長が2メートル近くはあろう屈強な男で、手錠で繋がれた俺や夜桜さんがどれだけ頑張っても太刀打ちできそうにない。

 彼が俺と夜桜さんを無理に立たせつつ、嘲笑を込めた声で言う。

 

「あーあ。可哀そうに、たまたま近くにいたってだけでなぁ」

 

 確実に俺に向かって言った言葉だ。イラッとはするが、何も言い返さない。

 俺たちが部屋から出ていくのに従って、部屋の隅に居たハンガーもとぼとぼと後を追ってくる。

 

 

 そうしてしばらく歩いたところで……俺たちは開けた空間に辿り着いた。

 そこは、天井のトタン板が剥がれ落ち、辺り一面錆だらけの廃工場だった。俺たちが先ほど閉じ込められていたのも廃工場の一室なのだろう。

 

 夜桜さんだけが別の男に肩を掴まれ、工場の中心へと向かっていく。俺は先ほど牢屋から連れ出した屈強な男と壁際に居た。

 

 

「これが、例の人格持ちなの?」

 

 工場の中心にいたのは、少し厚化粧気味の派手な格好をした女性だった。距離と余りの化粧の濃さから、詳細な年齢は分からない。成人はしているだろうが。

 

「ああ。異世界でとんでもない爆弾を作った奴の人格を持ってるんだと。なあ?」

 

 夜桜さんの肩を掴む男が、彼女にそう問いかける。

 だが彼女は何も答えない。それにじれったくなったのか、握りしめた拳で思い切り夜桜さんの頬を殴った。

 

 

「ッ!!」

「暴れんじゃねえって」

 

 身をよじらせるが、体を掴む男の手から逃れられない。

 地面に倒れてしまった夜桜さんが無理矢理体を起こされ、頬から垂れる血もそのままに、濃い化粧の女の前に突き出された。

 

「何してるの? せっかく見た目だけでもいい商品になりそうなのに、勝手なことしないでくれる?」 

「ギャーギャー言うなって。こりゃあ今から教え込んでんだよ」

 

 何が教え込むだ、あの野郎。

 だがあの女の言いぶりからして、夜桜さんは、優秀な人格を求める誰かに商品として売られるのだろう。そしてその末路は想像に難くない。

 

(何とかして夜桜さんを助けないと……!)

 

 恐らくボス格であろうあの2人、俺を抑え込む男の他にも、大量の男達が闇に紛れるように立っている。

 どう助ける? どう逃げる? 一般高校生の俺に出来る事なんか全くない。

 

 

 だけど、殺人鬼達の力を借りるのは……。

 彼らが俺の中に宿っている事がバレるだけでヤバいのだ。借りたくない。借りたくないが、しかし。

 

 俺が最後の一歩をなかなか踏み切れないでいる中。

 

 

 

「ま、そうね。多少の痛みなら今のうちに植え付けておいてもいいかしら」

 

 そう言って夜桜さんの前に居る女は、煙草に火をつけ。

 口を無理矢理に開かせ、彼女の舌の上へ煙草を押し付けた。

 

 

「――――――――ッ!!」

 

 

 夜桜さんの顔が苦痛に歪み、目の端から涙が漏れる。

 舌というのは食物を摂取するときに必ず使う器官だ。そこを火傷させると、何かを食べる度に激しい痛みを感じることになる。ストレスで人の判断力を鈍らせるために痛めつけるには最適の場所だ。

 

 

 俺の判断が遅かったせいで、彼女に余計な傷がついた。

 最初からこうしていれば全て早かったんだ。俺の自己保身が彼女の怪我を招いた。

 

 ………けど、だからと言って、俺に何かできるわけじゃない。

 

 

 俺はただ――――彼らに体を貸すだけだ。

 

 

 

 

「サイコシンパス」

『ああ。心得たぞ!』

 

 彼に体を明け渡す。

 一瞬俊介の体から力が抜け落ち、すぐに、異質な雰囲気を纏い始めた。

 

「ああ、もしもし、そこの屈強な暴れ者」

「あ? 何ッ――――」

 

 俊介の体を掴んでいた屈強な男が、突然、よだれを垂らし始めた。

 目の焦点は合わず、カクカクと体が震え出す。

 

「俊介の体を離した後、気絶してくれるかね」

「…………」

 

 男は何も答えず、体を離し。

 一番近くの壁に全速力で頭をかち当て、その場に崩れ落ちるように気絶する。そしてその顔は、不自然に、赤ん坊のように、無邪気に笑っていた。

 

 

 

 

 ―――サイコシンパス。殺害人数、およそ1600人。

 

 彼は、元の世界ではとある宗教の教祖をやっていた。虚弱なため一般的な成人男性よりもかなり力が弱く、そのため、重く華美な装飾を付けた服は好まなかった。

 

 彼の言葉にはカリスマ性がある。蠱惑的な響きがある。麻薬のような中毒性がある。

 ありとあらゆる褒め言葉でさえ、彼の声の美しさは言い表せない。一国の主が国庫の全てを明け渡し、彼の声を聞くことを縋ったほどだ。

 

 

 そしてサイコシンパスは、自らの手で人を殺した事はない。死ねとも殺せとも命令した事はない。

 

 

 1600人という数は、虚弱な体質の彼が流行り病によって死亡した時。

 彼の声を再び聴こうと、自ら彼の墓の近くで生き埋めになった者の数なのだ。

 

 その世界の誰かが言った。

 奴は喉に……『悪魔』を飼っていたと。

 

 

 

 

 

 

 サイコシンパスは俊介の事を非常に気に入っていた。

 今まで自分の周りに居る人間は、自身の声にだらだらと涎を垂らして縋りついてくる汚らしい屑共ばかり。流行り病で床に臥せたときは、このまま死ねると喜びもしたものだ。

 

 ………だが、俊介は違った。

 

(私の声に媚びた反応をせず、あまつさえ友のように気軽に接してくれたのは君が初めてだったのだ、俊介。君がこの先正しく幸福に生きるためならば、私はいくらでも声を出そうじゃないか)

 

 

 パチンと指を鳴らす。

 私がこの場にいる全員をやってしまってもいいが、あの、こ……よ……何とか桜という人物まで駄目にしてしまう。

 

 だからここは、先ほどヘマをやらかした馬鹿者にチャンスを譲ろうではないか。

 

「ハンガー。さっさと来い」

『……俺が?』

「さっさと変わるのだ。ここで動かないと、お前、いつ俊介に許してもらうつもりだ?」

 

 

 瞬間、ハンガーの目の色が変わった。

 サイコシンパスから体の主導権を奪い取るように変わり、ゴキゴキと手の骨を外して、手錠を取る。

 

「ふぅ……ヤな気持ちなのに……吊ると思うと体が熱くなっちゃう」

 

 胸の高ぶりが抑えられない。

 けど俊介は人を殺すのを嫌がる。どれだけ相手に怒ってても多分嫌がるし、今殺したら、きっと二度と許してもらえない。

 

 ゴキン!と外した手の骨を一息に戻す。

 

「ふぅ……」

 

 熱っぽいため息が思わず口から洩れた。

 それと同時に、左手で、右手の指先から腕を通り、肩までゆっくりと撫で上げる。

 

 身長や体の重さこそ違うものの、身体能力は俺の生前と全く同じ。これが俊介の体の一番不思議な所。俊介の体はそれぞれの殺人鬼ごとに、身体能力も、体内の構造も、見た目と体重以外は何もかも変化する。

 

 

 近くにとぐろ巻きにされていたボロい荒縄を掴み、そのまま夜の闇に溶け込むように、空高く飛び上がった。

 

 

 

 

 ―――ハンガー。殺害人数およそ300人。

 貧民街に生を受けた彼女は、幼少期から人を吊り殺す事に快感を覚えていた。逆に言えば、それ以外の感情が非常に希薄で、楽しみが人を吊り殺す事しかないという生粋の人殺しでもあった。

 

 平民から貴族まで貴賤なく吊り続けた彼女は、やがて国王軍に追われるようになる。大人数からなる犯罪組織でもない、一犯罪者としてへの対応としては余りに過剰すぎるものだった。

 

 そして、根城にしていた貧民街の一軒家へ攻め入ってきた兵士を100人あまり吊り殺した後に。

 見る者全てに恐怖を与える恍惚とした表情のまま、自身も根城の中で、首を吊っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――シャッ!

 

 何かが擦れるような音が静かに鳴る。

 それと同時に、廃工場を囲んでいた男の気配が1人ずつ減っていく。その事に夜桜を掴むボス格の2人が気付いたのは、何もかもが終わってしまった後であった。

 

 

「何……?」

 

 

 厚化粧の女性が、眉をひそめながら辺りを見回す。

 夜の帳に冷やされた風以上に冷たくおぞましい何かが、辺りに漂っていた。今自分は、足を踏み入れてはいけない場所に入っているのではないかと。

 

 男の方も違和感を感じたのか、大声を上げる。

 

「おい、お前ら!!」

 

 シン……と闇に声が掻き消えていく。

 その数秒後、ギッギッという何かが軋むような音が断続的に響く。一体どこから響いているのかは、空から降り注ぐ月光のおかげで、すぐに分かった。

 

 

 その音の正体は。

 廃工場の梁から吊り下げられた幾人もの男達が、その体重で梁を軋ませる音だった。

 

 

「あ~あ……見つかった」

 

 

 何処からともなく響いた、怪しげな声が耳に入った瞬間。

 ボス格の2人の首に輪っか状の縄が括り付けられ、そのまま上空へ一気に吊り下げられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ブラブラと揺れる、吊り下げられた彼らの姿を見て、ハンガーは思う。

 何と愉快な光景なのか。人の顔が赤に青と色とりどりに変化するこの景色は、何度見たって楽しめる、俺だけの宝石箱だ。

 

 でも。

 これを()()()()()()()()()()のなら、どれだけ幸せな事か。

 

 俺達殺人鬼が体の主導権を握る時、俊介の意識は完全に消えている。俺達が何をしたって、俊介は何も見えないし何も聞こえない。だからこの景色を共有する事が出来ない。

 

 この景色を俊介と共有するには。

 俊介が自分自身の意思で、誰かを吊り上げないとならない。

 

(いいなぁ、見たいなぁ。俊介と一緒に、この景色)

 

 他の奴らには中に籠ってもらって、この景色を二人きりで眺める。なんてロマンチックなんだろうか。

 

 今まで他人に抱く感情なんて、『吊りやすいか』とか、『吊ると楽しいか』とか、そんな事ばかりだった。

 

 でも俊介と出会ってからは、彼に嫌われたくないし、ずっと離れたくないし、楽しいことは何でも共有したいと思うようになった。胸がドクドクと煮えたぎるように熱くなることもしょっちゅうある。

 

 何を犠牲にしたって、何を吊ったって、例え自分の命を吊ったとしても、俊介の傍に居たい。

 

 

 ―――ああ、きっと。

 これが俺の感じる、初めての恋心。

 

 

(好き。好き。心がグチャグチャに溶けそうなほど大好き。

 ――――何があったって絶対に離さないからな、俊介♡)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っと」

 

 俊介の事を考えているうちに、少し時間が経ってしまっていた。そろそろ降ろさないと、全員窒息で死んでしまう。……別に全員殺したって構わないが、俊介に嫌われる可能性がある以上、『殺さない』が絶対の答えだ。

 

 垂れ下がる荒縄を一本、強く引くと、梁に吊られていた奴らが一気に地面へと落下した。

 5メートルほどの高さから意識混濁のままコンクリートの地面へ落ちたのだ。全員足の骨がイカれただろうが、毛ほどの興味も抱かないほどにどうでもいい。

 

 

 そして、廃工場の中心であたふたとしている少女が一人、ポツンと残された。

 

「ん……あの夜桜って女の子はどうすっかな」

 

 ハンガーは闇に身を紛れさせながら、彼女の方をじっと見つめた。

 当然、姿は見られるようなヘマはしてない。彼女からすれば、この状況を俊介がやったなんて毛ほども思わないだろう。

 

「うーん……。めんどくせえし、帰るかぁ」

 

 どうせここに居る奴らはもう全員動けない。帰ろうと思えばいくらでも帰れるだろう。

 

 

 記憶を消すためにキュッと絞めてもいいが、彼女は……俊介が好いている女だ。

 

(どうせ俊介が初めて吊るのなら……あいつがピッタリかな?)

 

 初めては誰の手の垢もついていない、極上の物を味わってもらいたい。

 それはハンガーからの、俊介へのとびっきりの思いやりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――こうして。

 何かが起こりそうで、結局何事も起こらなかった夜は、緩やかに明けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




殺人鬼達は全員、日高俊介にやや重めの感情を抱いている物とする。
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