部屋の扉を開け、隙間から身を滑り込ませるように外に出て、扉を閉める。
今いるのは4階、恐らく相手は今4階に上ろうとしてきている所だろう。
ならば相手は階段の上からの攻撃を最も警戒しているはず。その隙を突こう。
そこら辺に落ちてあったカラビナで銃をベルトループに引っ掛け、廊下にある割れた大窓から飛び降りた。
この廃ホテルの外観は俊介のバイクに乗っていた時によくチェックしていた。
目論見通り、すぐ下の同じ位置にあった3階の割れた大窓に入る。
『ロープなしで普通やる?』
天井をすり抜けてくるマッドパンク。
空を飛ぶタイプのB兵器相手ならこのくらいは普通にやっていた。他の隊員も出来た。
壁に肩を這わす寸前を意識しながら移動し、廊下の曲がり角から階段の方を覗き見る。
そこには5人の小銃を持った男達がいた。
おおむね予想通りの数だ、任務続行に支障はない。
奴らとの距離は6メートルほど。
弾が届かないな……。どう近づくか。
策を考えながら、チャージの為にトリガーを引いたその時。
ギュイイインとモーターの特徴的な回転音が響き、階段の近くにいた奴らが全員こちらに気付いて近づいてきた。
「……消音性能にも問題ありだな、この銃は」
まぁ、向こうから近づいてくれるならその方が幾分楽か。
3秒経過した瞬間、壁から半身を出し釘を撃つ。
射程距離内に接近していた一人の足に深く突き刺さり、奴が悶絶するのを横目に体を引っ込めた。
刹那、曲がり角の向こうから銃弾がバババッと放たれ始める。数秒待ってみるが、弾が途切れる気配はない。順番にリロードして撃ち続ける、基本的かつ効果的な連携だ。
こうも隙間なしに撃たれていると、流石に体を出せないな。
踵を返して退却しつつ、落ちていた鉄筋を拾う。
先っぽを壁でガンガンと叩いて曲げ、腰から取ったカラビナを外れないように引っかける。
適当な部屋の中に入り、ベッドのシーツを破り裂いて簡易的なロープを作る。そしてそれをカラビナに括り付けた。
超簡易的だが……これで杭付きロープの完成だ。
『手際いいねぇ~』
マッドパンクが感心した風に言う。
現地の道具を使うのは基本だからな。複雑な道具は無理だが、これくらいならすぐに作れるよう鍛えた。
部屋の扉から死角になっている角へ身を隠し、杭をそっと地面に置く。
「…………」
扉が軋む音と共に、ゆっくりと人が部屋に入って来るのを感じる。
息を限界まで潜めて、相手が部屋のクリアリングをしようと銃先を覗かせた瞬間、それを掴み上げた。
「! 敵ッ―――」
ごちゃごちゃ叫ばせる前に喉を突き、股間を蹴り上げる。
プロテクターを入れていたようだが、周辺の肉を巻き込むように蹴れば多少悶絶するくらいのダメージは入る。コツだな。
「退け!!」
部屋の中に入って来ていたもう一人が、狭いにも関わらず小銃を撃ち放ってきた。
金的を決めた男をぶつけ、小銃の狙いをブレさせる。
瞬時にマッドパンク製の銃にぶら下がっていた釘を一本抜き、相手の膝に合わせて思いきり踏みつけた。硬いプロテクターを容易に貫通し、膝の皿を砕き、どす黒い血が溢れ始める。
『うわ、こりゃあ酷い』
半透明の殺人鬼が感情のない声でそう呟くが、気にしない。
部屋の外には満足に動ける者があと2人居るはずだ。このまま決めたい所だが……。
未だ悶絶する男の右腕の関節を砕き、腰に納めていた拳銃とナイフを奪う。
拳銃のトリガーを扉の外に向けて引くが、鈍い音と共にトリガーが固まってしまった。
銃の側面を見ると、赤い文字で『生体認証不一致 トリガーロック』と表示されている。
(初めて見る技術……
現時点で解除するのは不可能だ。
拳銃を捨てて踵を返し、走りながら置いてあった杭付きロープを回収する。
部屋の外から銃弾の嵐が迫って来るのを感じながら、飛び蹴りで窓を壊しながら外へ飛び出した。このまま地面へ落ちればほぼ死ぬが、決して自殺をしたい訳ではないし、俊介の体を傷つけたい訳でもない。
外壁を強く蹴り、隣室の窓に向かって杭をぶん投げる。
時速百何十キロで投げられたそれは容易く窓を破り、もろくなった床に突き刺さった。
「……よし」
正直、成功率は9……8割くらいだった。まぁ上手く行ったから気にしなくて良いだろう。
外壁に両足を付け、ボロ布から作ったロープを登攀し、隣室の中へ入る。
「おい、外に飛び降りたぞ! ……確認しろ!!」
先ほどまで居た部屋からそんな声が聞こえた。
ナイフの刃先を右の親指と人差し指でつまみ、左手で銃の回転チャージを始める。
窓から上半身を飛び出させ、隣室の男が地上を確認しようと身を出した瞬間、二の腕にナイフを投げつけた。
部屋の中に身を戻し、駆け足で隣室へと戻る。
入ってすぐの場所に居た男は、一番最初に足を撃ち抜いた男だった。他の負傷者の手当てをしていたようだが、顎を蹴ってダウンさせる。
その次に、小銃をこちらに構えた男に回転を終えた釘を撃つ。
トリガーに掛ける人差し指を第三関節から吹っ飛ばした。痛みに一瞬動きを固めた所を、腕を取って壁に投げ飛ばす。
最後の一人。
先ほど投げナイフを投げた男には、手に持っているマッドパンク製の銃を丸ごと投げつけた。
『おい!! 人が作った物で何やってんだお前!!』
気にしない気にしない。
宙に散らばった釘を数本取って指の間に挟み、釘を生やした拳でぶん殴った。プロテクターでも防弾チョッキでも守っていない部分を狙ったので、釘が深々と突き刺さり、黒い血が服をどくどくと染め上げていく。
釘を抜くと出血が酷くなるので抜きはしない。まあこのままなら失血死することもないだろう。
緊張を解く。とりあえず、銃を握れそうな者はいなくなった。
しかし意識はまだあるため、念入りに止めを刺すこと数分。
最初の宣言通り、襲ってきた5人のうち、両腕の骨が無事な者はいなくなった。さっさと気絶していればここまでやる事はなかったのだが。まあ、後遺症は多分……麻痺くらいで済むだろう。
チラリとスマホの時計を見る。
「……大体10分くらい、か」
かなり慎重にやったとはいえ、こんな奴らを制圧するのに10分も掛かるとは。以前なら同じ条件でも8分で行けただろう。
少し動きが鈍ったようだ。ヘッズハンター辺りに組手を手伝ってもらうか……。
そんな事を考えつつ、男達の体を見ていると。
「ん」
ふと懐に、武器とはまた異なる、何かおかしなものが入っているのに気が付いた。
手を伸ばしてまさぐり、それを引っ張り出すと。
「……何だこれは?」
俺の世界でも、この世界でも見たことのない、不思議な形状をしたガジェットだった。
厚さ3センチ程度の黒い円盤であり、中心に銀色の円状のボタンが付いている。
試しにボタンを押してみると、ブゥン……! と低い音を立てながら、緑色のホログラムが浮かび上がった。
浮かび上がったホログラムにはパスワードの入力画面が表示されており、これ以上は見れそうにない。ただ、この謎のガジェットがとんでもないテクノロジーで作られているという事だけは分かった。
マッドパンクの方を見ると、軽く頷いている。一体これが何なのかは分からないが、持ち帰って解析してみてもいいだろう。
俊介が嫌がるのなら、その場で破壊するが。
立ち上がり、安全な所まで移動して俊介と変わろうかと考えていた、その時。
「―――強いな、お前」
窓のすぐ傍から、男の低い声が聞こえた。
瞬時に近くの寝転がっている男からナイフを奪い、飛び下がりながら構える。
目の前に居たのは。
妙な雰囲気を纏う、旅館で出会った、牙殻零次と名乗る男だった。
彼が静かに言う。
「日高君……じゃないな。軍人の人格の方か」
「…………」
「そう警戒するなよ。俺や旅館に居た人達も、この黒い奴らに襲われたんだ。向こうの奴らを片付けた後、急いで
『走って』?
馬鹿な、あの旅館からここまでは百キロ以上離れている。俊介はサービスエリアには止まらずノンストップでバイクを走らせていたから、ここまでは大体1時間で来たはずだ。
牙殻と名乗る男のズボンの裾が、やけに土で汚れているのが見えた。
これがもし言葉通り、自分の足で『走った』というのならば……目の前にいる男は、時速100キロ近くで走る化け物という事になる。
彼が倒れる男の近くでしゃがんだ後、傷口にそっと触れる。
「……かなり派手にやったな。しかもこのやり方、殺せなかったんじゃなくてわざと殺してない。元の世界じゃかなり有名だったんじゃないか?」
「答える気はない」
「怖いな。……ふっ、ここまでの人格と会ったのは久しぶりだ」
そう言うと、牙殻がくるっと身を翻した。
「本来ならこの事は報告するところだが……襲撃を予想できず、俊介君を帰らせちまった俺の失態だしな。この惨状は、『俊介君を助けに来た俺が暴れた』って事にしてやるよ」
「自分の失態を隠ぺいするつもりか?」
「そっちにも悪い話じゃないだろ? このまま平穏な生活を保てる。
お前は多少危険性を感じるレベルの強さだが、こんな奴らに正当防衛やったくらいで俺はガタガタ騒がねえよ」
窓の縁に足を掛ける牙殻。
その状態のまま、そっと静かに、言い放つ。
「それに俺
お前くらいなら、いつでも捕まえられんのさ」
その言葉を残して、彼は窓から飛び降りて姿を消した。
ガスマスク……日高俊介を捕まえなかったのは、彼の優しさからか、圧倒的な強さから来る自信なのか。
それは実際に、いつの日か、互いの強さを競う時まで分からないだろう。
しばらく窓を眺めていたガスマスクは、踵を返し、廃ホテルを後にした。
――――――
牙殻零次。
その男は、街の中を歩きながら、とある事について考えていた。
それは……休暇で訪れた旅館で出会った、日高俊介と言う青年の事だった。
『……はい。軍人が一人、中に』
軍人が
それはまるで、他にも誰かいるが、それを隠しているような……そんな言い方。
だが牙殻はそこまで頭が良い方ではない。
ただ少し、その言い方に引っかかりを覚えた程度だ。他の人格がいる! と確信は出来なかった。
だから彼は、ホテルに着いた後、日高の戦いを少しだけ観察していた。
無論、危険な状況であればいつでも助けに行ける場所でだ。
電動ドライバーを改造した銃を用い、中々の手際で多勢の戦闘のプロを捌いていく青年。
何度も訓練されたであろう滑らかな動きと適切な判断は、確かに軍人のそれに見えた。
唯一、あの電動ドライバーを改造した銃。
アレだけは、軍人が作れるのかと疑問に思ったが……まぁ、オーバーテクノロジーを感じさせる代物ではなかったし、作れない事もないのだろう。
結果。
日高俊介に他の人格が居る可能性は限りなくゼロ、という結論に牙殻は行きついた。
あそこで軍人ではなく、変な機械を作る天才だったり妙な魔法を使ったりする人格と体を変えていたなら、話は別だったが。
牙殻は手に持ったあつあつのメンチカツをコピーし、隣を歩く自分に宿る人格の手に落とした。
「ま、複数人格なんてそうそういないしな。だろ、
『うま……うま……』
ほふほふとメンチカツを頬張る、ダンケルクと呼ばれたふさふさの毛を生やすマッチョ獣人の男は、まるで牙殻の話を聞いていない。
話を全く聞いてくれていない事に少し苛つきながらも、彼と同じように、牙殻はメンチカツを頬張った。
――――そして、そう遠くない未来。
牙殻は、『今回の自分の判断が間違っていた』と思い知るのだった。
何気に今までで一番難産でした。