殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#21 お客さん、帰れ

 

 

 

 

 GWは終わった。

 体を休めるどころか痛めつけられたくらいの、大変な休日だったのは言うまでもない。

 

 しかし……。

 

 

「日高君、大丈夫だった!? ごめんね私が紹介した旅館なのにあんな事件が起きちゃって……!! ホントに……!!」

「い、いやいや、大丈夫だよ」

 

 

 学校で夜桜さんが俺の手を握り、ぶんぶんと振りながら涙目で謝って来てくれたのだ。

 正直旅館の事件よりその後の襲撃の方がだいぶヤバかったが、夜桜さんの手に触れられただけで心のストレスは全て吹っ飛んだ。

 

 だが、この話題はもう口にしない方が良いだろう。

 夜桜さんも昔からの知り合いがまさか殺人の容疑で逮捕されるなんて、少なからずショックを受けたはずだ。心の傷をわざわざ抉り返す必要はない。

 

 

 

 そして、いつも通りの学校での一日を終え、帰宅する。

 部屋に入るなり中から人格を一人呼び出して、両腕の主導権を譲った。

 

「マッドパンク、あとどのくらいでパスワードは解けそうだ?」

『今日中には終わるかな。ホント、見た事のないテクノロジーだよ……まさに異世界の技術って感じだね』

 

 そう。

 彼が今取り組んでいるのは、襲撃犯たちが持っていたらしい謎の端末の解析だ。

 

 二度と関わり合いになりたくないため、正直捨てたかったが……。

 だがもしこの情報源を捨てて、油断している時に再び襲撃なんてされたらたまったものではない。そもそも、もう一度襲撃してくる気があるのかも知りたい。この先一生周囲に警戒を張り巡らせたままピリピリと過ごすなんて嫌だ。

 

 

 そういう理由もあって、ここ5日の間、マッドパンクに解析を頼んでいたのだった。

 

 

 両腕を渡したまま、することもないのでボーッと彼の作業を見つめること、1時間。

 ピピッ!という軽い音と共に、円盤の機械からいくつものホログラムの画面が表示され始めた。

 

「うおっ!?」

『腕返すよ。パスワードは解除したし、操作は僕が口頭で言うから』

「お、おう……」

 

 そしてマッドパンクの言うままに、ホログラムに指を当てた。

 緑のホログラム……。質量がない光のはずなのに、なぜか触れている感覚がある。凪の水面に皮一枚分だけ触れているような感じだ。

 

『この機械、渦島製薬のサーバーに直接繋がってるみたいだよ。けど、良い構造してる癖に使い方が雑。多分作った奴と使い方を考えた奴は別なんだろうね、僕ならもっと上手く使える』

「例えば何に使えるんだ?」

『そうだな……本物そっくりのホログラムミサイルを他国に撃ってみるとか』

 

 お前の使い方の方がよっぽど危険だよ。

 マッドパンクのヘンテコ具合はいつも通りなので、無視してホログラムを操作する。

 

 

 明らかに社外秘っぽい資料がいくつもある……。開発中の薬剤の最新情報なんて、絶対漏らしちゃダメな奴じゃないのか。

 

『一応言っとくけど、僕は殆ど何もしてないからね。その機械、元々あんな奴らが持ってちゃ駄目なくらいの情報にアクセスできるんだよ』

 

 ……。

 中からガスマスクを呼び出し、尋ねる。

 

「ガスマスク、何でこんな物を持ってたんだと思う?」

『そうだな……。例えお抱えの兵士であっても、その時の雇い主の事情で突然裏切られる事がある。余計な事を知りすぎたとか、金にがっつきすぎたとか、単純に邪魔になったとかな。

 その万一の裏切りへの対策として、雇い主の弱点を隠し持っていたんじゃないか、と思う』

 

 

 ふーん……。

 確かにアクション映画とかでも、主人公の雇い主が裏切ったって所から始まるストーリーは結構あるしな。映画と現実を同一視する気はないが、似たような事は起こってもおかしくないのだろう。

 

 

 再びホログラムを操作し始める。

 だが、表示されている大体の資料は専門用語だらけで、とてもではないが俺に理解できる代物ではなかった。

 

 ただ見た感じ、襲撃計画とかそれに関係するような物はどこにも見当たらな……。

 

 

 

「……何だこれ?」

 

 ふと目に留まる、一つの資料データ。

 そのデータには……『渦島製薬 榊浦 豊 共同研究』と、簡素な言葉が名付けられていた。

 

 榊浦 (とよ)

 浮遊人格統合技術を作り出した、榊浦親子の父親の方の名前だ。

 

 彼は身長180センチくらいの、ピンと背筋を張った渋みのある顔立ちの男性である。

 白髪交じりの髪を短くまとめたその姿は、ハリウッド俳優にも負けない程のイケメンだ。事実、最高のイケおじとか何とか言われていて、かなりモテるらしい。……50歳は過ぎているだろうに。

 

 

 

 その資料を開き、内容を詳しく見る。

 他の物と同じように専門用語だらけだが、何とか読み解いて分かったのは。

 

 

「浮遊人格統合技術の、()()()()……?」

 

 

 ただの男子高校生の俺が、踏み込んではいけない領域。

 そんな場所に今、足を踏み入れかけているような気がした。

 

 しかし好奇心に勝てないのも事実。

 ホログラムを操る指を抑えられず、文章の先を読み進める。

 

 ……が、気合を入れて読み進めた所で、全く理解はできない。

 先ほど必死こいて読み解いた所よりもさらに難解度が上がっており、俺の頭脳ではもはや太刀打ち不可能であった。

 

 

「マッドパンク、これ……意味分かるか?」

『専門外はNOセンキュー。『人類の進化』がどうだこうだと書いてるのは分かるけど。でも多分、そんなに重要な情報は書かれてないと思うよ』

「何でそんなの分かるんだ」

『大事な情報は自分の研究所にしまっておくでしょ。共同研究とはいえ、このレベルの研究の秘密を他社のサーバーに不用意に置いておかないと思うし』

 

 

 ……浮遊人格統合技術を作った榊浦親子が行う研究は、国が大々的に予算を投じている。言ってしまえば、国が面倒を見ている研究なのだ。

 

 大企業の渦島製薬のサーバーとはいえ、国が面倒を見る研究の大事な秘密情報を置いておく訳がない……のかもしれない。

 俺は研究者じゃないからそこんとこはよく分からん。マッドパンクの言葉を信じよう。

 

 

 

 黒い円盤の銀のスイッチを押して、ホログラムを消す。

 ぐ~っと伸びをして、大きくあくびをしながら、ベッドの上に倒れ込んだ。

 

「結局、もう一度あいつらが襲撃してくる可能性は低いって事でいいのかな」

『一ヵ月は様子を見る。それで何もして来る気配がないなら、警戒を解いてもいいだろう』

 

 

 ガスマスクの言葉に、やっぱりそれくらいの間は警戒してなきゃいけないかと、少しの面倒くささを込めた息を吐いた。

 

 ……それにしても、まさかここで榊浦の名前が出てくるとは思わなかった。

 しかも『最終段階』とか『人類の()()』とかって……まさか、榊浦親子がまだ内容を明かしてない、新しい研究の内容って奴じゃないのか。

 

 

 こわ……。

 最近変な事に巻き込まれてばっかりなんだ、妙な事からは離れてゆったり過ごしたい……。

 

 

 と、そんなことを考えていた、その時。

 

 

 

 

 

 ―――ピンポーン!

 

 

 

 

 

 突然、軽いインターホンの音が一回、家の中に響いた。

 両親が仕事でまだ帰ってきていないため、俺が出るしかないのだが……今日、何か荷物届いたりするって言ってたっけ?

 

 ガスマスクとマッドパンクに中に戻ってもらい、トントンと階段を降りて、玄関に向かう。

 そして覗き窓から外を見ることもせず、ガチャリと扉を開けた。

 

 

 この時、面倒くさがらずに一度外を見ていれば、絶対に居留守を使ったのに。

 

 

 

「こんにちは」

「は?」

 

 

 

 異性どころか同性すらも魅了する、ハスキー気味の声。

 172センチの俺と同じくらいの身長だが、若干猫背気味なせいか、こちらを見上げている三白眼の双眸。目の下にあるクマが少し目立っていた。

 その人物が、手にぶら下げているレジ袋を上げ、俺に見せる。

 

 

「や、男子高校生が好きな物ってよく分かんないからさ。駅で売ってる冷凍餃子を持ってきたんだけど、これでいいかな」

「…………は?」

「じゃ、失礼して」

 

 

 至極当然のように家の中へ入ろうとするその人物の肩を掴み、押し返す。

 いや、は、何してんの?

 

 

 押された肩を空いた手で払い、彼女が眉間にしわを寄せた。

 

「痛いな、何するの」

「こっちの台詞だッ………ですよ。一体何しに来たんですか、()()()()

 

 

 俺の目の前にいるのは。

 つい最近俺の学校に赴任してきた、『()()()()』その人なのだ。

 

 

 彼女が美しい顔で、ニコリと笑い。

 

「……中で話そっか」

 

 人を惑わせる怪しげな雰囲気を纏いながら、静かにそう言ってきた。

 俺は……。

 

 

「帰って下さい」

 

 

 そう言って、玄関の扉を閉めた。

 すぐに鍵を掛け、チェーンロックも掛ける。これで完璧だ。

 

 ふーっと息を吐きながら部屋に戻ろうとすると、ドンドンと玄関を叩く音と共に、彼女の声が聞こえてくる。

 

「なっ、ちょっとまっ、わざわざ餃子まで買って持って来たのにそれはないんじゃないかな!」

 

 知らねえ。

 というか普通、初めて訪ねる家に餃子を手土産にするのはないだろ。いくら男子高校生の大半が、俺も含めて餃子が好きだと言ってもだ。

 

「歩いて行ってきたのに! 運動苦手だけど歩いて行ってきたのに!」

 

 そんな簡単に出歩いちゃ駄目な人間だろアンタ。

 階段を上って部屋に戻っても、ドンドンと扉を叩き続け、ピンポンを鳴らし続け、挙句の果てにはすすり泣く声まで聞こえてきた。

 

 

 近所の人にもし通報でもされたら、更に話がこじれそうだ。

 榊浦美優が家の前で泣いてたなんて、絶対警察に変な目で見られる。俺は何にも悪いことしてないのに。

 

 

 両親が帰ってくるまで、まだ時間はある。

 仕方なく玄関の扉を開け、榊浦美優をリビングへと招き入れた。

 

 

 ちなみに、すすり泣く声は演技だったようで、リビングに入るなりけろっとした顔で紅茶を要求してきた。

 

 

 クッソ腹立つ。

 

 

 

 

 

 


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