「パック紅茶だね」
戸棚の奥にあったリプトンのパックを使った紅茶を渡すと、真っ先にそう言われた。
いや事実だけど、なんかムカっと来るな。
茶菓子はなかったので出さない。あっても出さない。
俺は榊浦先生の向かい側の椅子に座り、膝の上で手を組む。
「……それで本当に、何の用ですか」
「ん?」
彼女はいつもの白衣姿ではなく、パツパツのジーパンと白のTシャツに黒いアウターを羽織るという姿をしている。
この間、デパートでこんな感じの服の組み合わせを見たな。マネキンに飾られてた、5月にピッタリなコーディネーションって奴。
……とりあえず見た目の話は置いておいて。
彼女が一体何をしに俺の家に来たのか、そっちの方が問題だ。
場合によっては、簡単に帰すわけにはいかなくなる。
動揺と緊張を顔に出さないように手に爪を食い込ませていると、彼女が紅茶の入ったカップを置いてあっけらかんと言った。
「そうだな……じゃあまず、最近の悩み事は?」
「はい?」
「悩み事。ある?」
なやみごと……?
「特にはないです」
「精神衰弱……気分が落ち込んだ事による体調の不調とかはない?」
「それも特に……」
「ふーん」
何の話?
質問の意図が分からずに首を傾げていると、彼女が目を閉じて言った。
「君さぁ、GW中に殺人事件に巻き込まれたよね。警察から学校に連絡が来てさ、事件のショックで心身に大きな影響がないか確認に来たんだよ。校内で人間の精神に一番詳しいのは私だしね」
……。
つまりは、アレだ。彼女はカウンセラー的な役割で俺の家に来たって事か。
よくよく考えれば、確かに納得がいく。
殺人事件に巻き込まれるとか、普通はショックだもんな。普段から殺人鬼と関わってたり、その後の襲撃だったりのせいで、あんまり落ち込んでない俺がちょっと変わってるだけで。
彼女がカップを再び持ち上げ、残った紅茶をくいっと飲み干してから、静かに話す。
「けど驚いたね。私、研究柄、人の気持ちを見抜く目はある方だけど……君は本当にビビってない。10歳の頃に浮遊人格統合技術……あの注射は受けたよね? 中に誰かいたりしないの?」
「いませんよ」
「ふーん……。それはなんとも、残念で悲しい事だね」
……『
浮遊人格統合技術は世の中に様々な恩恵をもたらしてる。
科学の発展が著しく進んでるのも、この技術のおかげだ。
だがそれと同時に、異世界から来た人格は厄介な問題をいくつも引き起こしているのも事実。
星野のように宿主の体を乗っ取ったり、旅館の女将が使ったような異世界の危険な技術を他人に教えたりなど。
夜桜さんが誘拐されたのも、人格のせいではないが、浮遊人格統合技術の弊害であることは間違いない。そもそも、10歳の子供に異世界の人格を宿らせるような技術を無理やり施すことが少しおかしいんだ。
俺は、空のカップを指で弄んでいる彼女に、鋭い視線を向ける。
「榊浦先生。1つ、質問してもいいですか」
「ん? ああいいよ、何か分からない教科でも――――」
その言葉を遮るように、力強い声で言い放った。
「―――『
俺の言い放った言葉を聞いた彼女は、妖しい笑みを浮かべ、空のカップを置く。
勢いで言ってしまったが、かなり迂闊な発言だったかもしれない。
だけど……こんな技術を作った片割れの一人に、一度、話を聞いてみたかったんだ。ここは俺の家、学校や何処かの店よりよっぽど安全だ、聞くタイミングはここしかない。
彼女が面白さをこらえきれないと言った表情で言う。
「ふふ……。あの学校に赴任して、そんな事を聞いてきたのは君が2人目だよ」
「1人目は、一体誰なんですか」
「夜桜っていう可愛らしい女の子さ。優秀な人格を中に入れてる子だね」
――一体何故、夜桜さんがそんな事を。
そう考えるが、すぐに思考を振り払い、榊浦先生の言葉に意識を集中させる。
「しかし……浮遊人格統合技術が何か、ね。ふわっとした質問で少し答えづらいな。もっと具体的に言ってくれないかな」
「……じゃあ、どうしてあんな技術を作ったんですか?」
「うん。それなら答えやすいかな」
先生が背もたれに更に体重をかけ、腕を組む。
「―――正直な話、浮遊人格統合技術は偶然の産物なんだ」
「偶然の産物?」
「そう。……私のお父さんは元々、解離性同一性障害っていう神経症について研究していたんだよね。どういう奴か知ってる?」
「……概要くらいは」
確か、色々な人格が心の中にあるっていう奴だ。
俺の状況と似てるけど、ちょっと違う。彼女が言った方は、もっと人格が混じり合っている奴だ。
「話が早くて助かるよ。
…………従来、解離性同一性障害の治療には長い時間が必要だった。別に無駄な時間とかって言う訳じゃあないけど、患者の人生の時間の多くを病院通いに消費させてしまうのは事実。お父さんはそれを解決する方法を研究していて、編み出した」
「解決……?」
「簡単に言うと、主人格と別人格を完全に剥離させるのさ。1枚の紙を、ハサミで2枚に切るみたいに。そうすれば時間は掛からない」
人間の精神をそんな、粘土みたいに弄る研究をしていたのか。というかそれは本当に解決と言っていいのか?
……けど人格の剥離なんて、異世界の人格を宿らせる浮遊人格統合技術と丸きり逆じゃないか。
「でも、この人格の剥離にはものすごーく大きな問題があったんだねぇ」
「どんな問題ですか?」
「主人格の体が
あっけらかんとそう言い切る、榊浦美優。
それは既に解決した問題だからなのか、研究者として失敗を冷静に見つめているからなのか、それとも人の死にそこまで関心がないからなのか。俺には分からない。
「人体実験をして、その上、死人まで出したんですか」
「うん。まあ、浮遊人格統合技術の有用性が示されてからその情報は完全に消されたけどね」
「…………」
「そんな怖い顔しないでよ。死人を出したのは1人だけ、ホントだよ?」
1人でも死人を出してるだけで大問題だろ。
が、口には出さない。
「その頃に、海外の大学を飛び級した私が研究チームに加わってね。
人格の剥離で主人格が死ぬのなら、とっとと蘇らせればいいじゃん! って発想で、人格を剥離した直後に蘇生薬をぶち込んだら」
「ぶち込んだら?」
「主人格の体に異世界の人格が宿ってたってわけだねぇ。いやぁ、不思議不思議。剥離させた別人格は……何かどっか行っちゃったけど。
ま、その異世界の人格が宿る方法を確立させたのが、『浮遊人格統合技術』の正体ってわけ」
いや何やってんだよこの研究チームやばすぎだろ。
榊浦美優が関わり合いになりたくない危険人物第一位にめでたくランクインしたところで、ふと、気づく。
死んで蘇ったら、異世界の人格が宿ってた?
それじゃあまさか……10歳の頃のアレって、まさか。
「俺が10歳の頃に刺された注射の中身って、まさか、
「おっ、半分当たり! アレの中身、元々別の人格を持っていない子の精神を真っ二つにしてもう一回元に戻す薬と、蘇生薬をブレンドさせてるんだよ!
いやぁ、夜桜って子も君も勘が良いねえ! ブレンドした身としては鼻が高いよ!!」
よし帰らせよう。
こいつらなんつーもん作ってんだよ。後そんな物を10歳の子供に打つとか何考えてんだ。
榊浦の肩を数ミリ指が沈むくらい強く掴み、玄関まで連行して、外に放り出す。
彼女は玄関を出てすぐの柱に頭をぶつけ、赤くなった鼻を押さえた。
「いったぁ!!」
「申し訳ありませんが、帰って下さい」
「つつ……。あ~もう、浮遊人格統合技術の中身を知ると、いつもこんな反応されるんだよね。
一生一緒の友達が中にいるのが、とっても楽しそうだと思わないのかい?」
思うかアホ。
玄関の扉を閉め、チェーンロックを掛ける。
久々に本物の狂気を見た気がする。
星野の奴は人殺しではあったが、その考えは多少理解できた。
ただ榊浦親子に関しては、何を考えてそんな物を作ったのか、本気で理解できない。
というか、彼女が俺の学校に突然やってきた理由はなんだ?
あんなレベルの研究者が教師になるなんて普通ありえないが、事実、星野の件の後に彼女はすぐ赴任してきた。
まさか、あの星野の件に関係している誰かを探しに来たとか。
虐められっ子の本橋も虐めっ子の細木は調べられただろう。
警察も彼女も把握していないとすれば、星野をボコボコにした張本人……すなわち、俺。
……関わり合いになりたくない理由がまた1つ増えた。
夜桜さんが、浮遊人格統合技術の事を榊浦に聞きに行っていたのも気になるし。
なんだか、とんでもなく疲れた。いやまあ、あの技術の事を聞けたのは良かったけど……こんなの知っていいのか?
けど、彼女は中身の事を話したらいつも同じ反応をされると言っていたし。
聞かれないから言わないだけで、聞かれたら普通に教えるんじゃないだろうか。多分。
疲れの混じったため息を吐きながらリビングへと戻り、彼女が使ったカップを片付けた。
一気に書きすぎて頭こんがらがってしまい、おかしな事を書いているかもしれないので、後日ちょっと修正するかもしれません。
設定はそんなに変えないので気にしないで下さい。