夜桜さんの家の近くまで辿り着き、ブレーキを掛ける。
俺の腹を掴んでいたトールビットが手を放し、絶え絶えな声で言った。
『つ、着いた……?』
「着いた、けど……」
当然と言えば当然か。
彼女の家の周りには警察の車が止まっており、周囲を封鎖していた。建物の壁と塀を吹っ飛ばしたんだ、そりゃあ警察も来るだろう。
一応警察から見えない位置でバイクを止めたので、向こうから俺の姿は見えていないだろう。別に見られた所で何だって感じでもあるが。
「悪いけど、家の方は100メートル内まで近づけそうにない。ギリギリ……あの塀の方だけだ」
『ま、どうなるかは分からんでござるが……とりあえず行ってくるでござる』
『ふーっ……。じゃあ私も行ってくるとしよう』
トールビットが生まれたての小鹿のような足取りで歩いて行った。
そんな彼女の膝の裏をニンジャが蹴り飛ばし、顔面から転んだ様子を見て高笑いしている。あいつホント性格悪いな。
2人が行ってる間、こっちからも少しだけ探ってみるか。といっても、俺の力で探る訳じゃないけど。
懐からガシャガシャで出た3センチほどの関節可動式のクマのフィギュアを取り出す。そして首に手を当て、中から彼女を呼び出した。
「ドール、ちょっと出て来てくれ」
『はーい! どうしたのお兄ちゃん?』
「この人形を操って、あそこのパトカーの近くにいる警察の話を盗み聞きしてほしいんだ」
そう言って、塀の穴から少し離れた所に止まっているパトカーに背を預け、何やら話している警官2人を指さした。
左手をドールに渡した後、人目に付かない所に隠れ、右手でフィギュアをぶん投げた。3センチのフィギュアを何メートルもいちいち歩かせていたら時間が掛かるからだ。
ドールの操る左手がうねうねと動き、数秒も経つと、ピタリと止まる。
彼女は眉間にしわを寄せ、何度か首を傾げた後、こちらを向いて言った。
『んーと……。お話の内容がよく分からないから、言ってることをそのまま伝えてもいい?』
「それでいいよ。ありがとう」
『えへへ』
かわいい。
ドールが軽く息を吸い、警官の話している事をそっくりそのまま真似し始める。
『国認定の人格持ちが逃げ出したからって、こんなに人数必要か? ただの女子高生だろ』
『ただの女子高生がこんなゴツイ塀を吹っ飛ばせるかよ。それにお上は、犯罪組織や他国の誘拐を危惧しているらしい』
『おいおいおい。犯罪者が身代金目的の誘拐するならともかく、他国がか? 国会議員とかじゃないんだぞ』
『何でも、国家間の戦争を変えるような爆弾を作れるんだと。噂だけどな』
そこまで聞いた所で、ドールに向かって「充分だ」と言う。
国家間の戦争を変えるような爆弾って、バクダンの奴、一体何を作り出したんだ。
フィギュアを歩いて戻って来させた所でニンジャとトールビットが戻って来た。
ニンジャが左腕の主導権を俺に返したドールを見て、不思議そうな声色で言う。
『むッ。なぜドールが外にいるでござるか?』
「ちょっとこのフィギュアで盗み聞きしててな。ありがとうドール、また今度お礼するよ」
『うん! いっぱい遊んでねお兄ちゃん!』
太陽のような笑顔を浮かべながら、ドールがフッと姿を消した。中に戻ったのだ。
俺はバイクに体重を預けながら、2人に尋ねる。
「どうだった?」
『物凄い壊れ方だったでござる。拙者の持つ忍者爆弾の十数倍の威力でござるな』
『誘拐であんな派手な吹っ飛ばし方をするのはありえない。十中八九、自分から出て行ったんだろうね』
……まぁ、この2人が言うんだ。
屋敷から出て行ったのは完全に、夜桜さんかバクダン、どちらかの意思だったんだろう。
「行く先は?」
『東でござる』
『瓦礫の粉に辛うじて残ってた足跡が東の方に向いててね。その足跡のサイズは警察のどれとも一致しなかった。警察でないなら、その夜桜という子ってわけさ』
流石、未解決事件常習犯と誘拐事件常習犯だ。こういう時は頼りになる。
バイクに跨り、エンジンを掛ける。
「それじゃ早速……」
『ちょっと待ってくれないかい。ニンジャ、今度こそ後ろに』
「ニンジャ、乗せろ」
二度も時間を食う訳にはいかない。
合点承知と呟いたニンジャがトールビットを後部座席に放り込んだ瞬間、バイクを発進させた。
ニンジャは足が速い。
走り出し立てのバイクに簡単に追いつき、俺の頭に飛び乗った。やっぱり頭に乗んのかよ。
東へとひたすらバイクを走らせる。
上空にいるダークナイトは辺りを見回しているものの、未だに反応はない。
走らせ続けるにつれ、住宅街から離れ、
声を張り上げ、背後の人物に尋ねる。
「本当にこっちであってるのか、トールビット」
『ひゃあ!』
駄目だ、トールビットは頭が回ってない。
もう1人の人物に叫ぶように問いかける。
「……ニンジャ!」
『徒歩で移動している関係上、そう遠くには行っていないはずでござる。車で誘拐されていれば話は別でござるが……』
「不吉な事を言うな!」
可能性の一つとして挙げたという事は分かっているが、つい怒りに任せて言葉を放ってしまった。
内心でニンジャに謝る。もっと頭を冷静にしないと。
閑静な畑の中に、一直線に走るボロボロの道を走る。コンクリートで舗装されているものの、経年劣化で所々割れているのだ。
畑に植えられているのは恐らく米だろう。しかしまだ5月なので、黄金色ではなく、生命力を感じさせる青々とした畑が広がっている。
「この辺りには確か……」
記憶を探る。
確か近くの山の上に、街を一望できる神社があったはず。
ただその神社は一度死亡事故が出てから人が余り寄り付かなくなった。
神社の一角の木の葉が開けた場所。そこから街が一望出来るのだが、そのすぐ下には高さ15メートルくらいの崖があるのだ。
柵の高さはせいぜい1メートルくらいで、数年前に柵の近くで体勢を崩した人が転落死したとニュースになった。絶景スポットと地元民の間では有名だったが、それから寄り付く人は皆無となったのだ。
そんな事を考えていた時、ダークナイトが目の前に降って来た。
吃驚して急ブレーキを掛けるが、すぐには止まれず、彼の体をすり抜ける。そういえば普通にすり抜けられるんだった。
「み、見つけたのか!?」
『…………』
ダークナイトは何か言う事もなく、先ほど考えていた神社のある場所を指さした。
夜中に1人で抜け出して、人のいない、高い崖のある神社に行く……。
そんな状況を想像し、サァッと顔から血の気が引く。
まさか、飛び降り自殺を考えているんじゃあ……!
ダークナイトが見つけたという事は、まだ夜桜さんは神社にいるはず。
法定速度を余裕でぶっちぎる100キロまでエンジンを吹かし、神社のある山の麓まで一気に走らせた。
背後から悲鳴が聞こえるが、構っている暇はない。
幸い500メートルも離れていない場所なので、すぐに麓まで辿り着いた。
バイクを適当に止め、山頂の神社まで続く長い階段を見上げた。俺の脚力では時間が掛かりすぎる。
「ニンジャ!! 両足だッ!!」
『合点承知でござる!!』
彼に足の主導権を渡した瞬間、階段を10段飛ばしで上り始めた。
目測400~500段近くある階段を30秒もかからずに上り切り、彼が足の主導権を俺に返す。
神社を走り、崖のある場所が見えるところまで移動する。
するとそこには、予想通り、夜桜さんがいた。
彼女は柵に両手を掛けて、どこか哀愁のある面向きで眼下に広がる街を眺めていた。
俺は間違いなく人生で一番速く足を動かして、彼女の下へと走って行った。
「夜桜さぁあああああん!!!」
「へっ? ひっ、日高く――――」
夜桜さんの左側方へ半ばタックルするように突っ込み、地面へと引き倒した。
そのまま彼女の両肩を掴み、ガシガシと前後に振る。
「自殺なんてしちゃ駄目だ夜桜さん!! 何か悩みがあるなら俺が何でも解決するから!!」
「ちょ、ちょっ、ちょっと待って! じっ、自殺なんて考えてないよ!?」
「えっ!!??」
彼女の言葉を聞き、徐々に頭が冷静になっていく。
そうだ、自殺なんて考えていたならとっくにもう彼女は……。
何せ昨夜から今朝までかなりの時間があったのだ。ここまで徒歩で移動したと考えても、1~2時間も前にはここに到着していたはず。
安堵の籠った息を吐き、肩を掴んでいた手を離す。
「そ、そっか……。よかった……」
マジでほっとした。
それと同時に、今のこの状況を冷静になった頭で理解する。してしまう。
俺は今、彼女を力づくで地面に引き倒し、あまつさえその腹に乗っているのだ。
所謂マウントポジションである。何してんだ……!
「ごめん!!」
そう叫びつつ、一瞬で右側の地面へと転がった。服が土まみれになるが気にしている場合ではない。夜桜さんに嫌われる方が遥かに問題だ。
ポカンとした表情の夜桜さんが上体を起こし、やがて口元を手で押さえ、クスクスと笑い始めた。
「全然気にしてないよ。私が自殺するかもって思ってやってくれたんだよね? むしろ、心配させちゃったこっちがごめんねだよ」
「えっ、おっあっ……」
脳が溶け、呂律が回らなくなる。陰キャ気質の俺に彼女の笑顔は眩しすぎるのだ。
『間抜け面を晒しているでござるなぁ』
『(*´艸`)』
俺の顔を覗き込むように、ニンジャとダークナイトが姿を見せる。
そこから退いてくれ、夜桜さんが見えなくなるだろ。
1分もすれば理性を取り戻し、服の土ぼこりを払って、ゆっくりと立ち上がる。
同じように立ち上がった彼女の方を見て、言葉を慎重に選びながら尋ねた。
「……えっと。夜桜さん……どうして、あんな派手な家出なんかしたの?」
「…………」
彼女は何も言わず、再び、崖の前にある柵に手を掛けた。
そのまま街を見下ろしつつ、静かに言う。
「最後に見ておこうかな、ってさ。色んな場所の景色を」
「……最後?」
「うん。……私ね。そろそろ、バクダンに
ッ!
動揺が隠しきれず、頬に汗が伝う。
いったいどうしてそんな事を考え始めたんだ……?
そう尋ねるよりも前に、彼女が言葉を紡ぎ続ける。
「昔から、勉強もスポーツもいっぱい頑張ってみたんだけど……全部、優秀な人格持ちって事に潰されちゃうんだ。みんな、私に優秀な人格が宿ってるって所だけ見て、私の努力は何も認めてくれない。
だから通う高校はさ、わざとレベルを落としてみたんだ。悪い事をして、誰かに怒られてみよっかなって。でも誰も何も言わないの」
俺は黙って話を聞く中、一人で納得する。
夜桜さんは滅茶苦茶に頭がいい。彼女ならばもっとレベルの高い進学校にも余裕で合格できたはずだ。
しかし、俺でも受かるような普通の高校に彼女は通っている。ずっと前から疑問に思っていたが……そんな理由だったのか。
「それでも必死に頑張り続けてたんだけどさ。……この間、偶々2人きりになった時、榊浦先生に聞いてみたんだ。浮遊人格統合技術なんて物をどうして作ったんですか? って」
「…………」
「そしたらね? 私たちは異世界の優秀な人格を宿らせるためのモルモットだーって……大体そんな感じの事を言われちゃってさ」
多分夜桜さんは、あの注射の中身について話しているのだろう。
10歳の頃に一度死亡させ、蘇生薬で蘇らせる。やってる事の残酷さは実験動物のモルモットに対するそれと殆ど同じだ。そう表現したくなる気持ちもわかる。
わざとぼかした言い方をしているのは、俺があの注射の中身を知らないと思って、配慮しているからだろう。
夜桜さんが柵を握る手に力をぎゅっと込める。
「産まれた時からずっと、優秀な人格を宿らせるためだけに生きてきたんだ、って思ってさ。
そしたら……私の努力なんて何の意味もないんだって、さっさとバクダンに体を譲っちゃった方がいいんだって考えるようになって。
……あ! バクダンの事は嫌いじゃないよ? むしろ好き。ずっと友達のいない私の初めての親友だしね。バクダンなら私の体をきっと上手く使いこなしてくれるから、安心して託せるの」
俺は顔を伏せながら、彼女に向かって言う。
「……体を譲ろうと考えているなら、どうして、この場所へ?」
「体を完全に譲る前に、思い出として綺麗な景色をいっぱい見ておこうと思ったんだ。といっても、バクダンが体を動かしている間、私の意識はないんだけどね……」
こちらを見て、はにかんだ笑みを見せる夜桜さん。
俺はまだ顔を伏せたまま、再度彼女に尋ねる。
「次はどこへ?」
「うん……。実は、次を最後にしようと思っててさ。『
「そっか」
顔を上げる。
彼女の悩みを知って、俺はもうどうするべきか分からなくなった。
だって、優秀な人格持ちだからと彼女の事を避けていたのは……。
まさに、以前の
「警察が出動し始めてる。海は遠いし、多分着く前に捕まるよ」
「でも行くよ」
「どうしても?」
「うん」
―――後悔しないような選択をする。
これが俺の信条だ。何かを選ぶ時の根本の考えだ。
ただこの考え方は……実は、俺の中にいるとある殺人鬼の言葉を少し変えた物なのだ。
『自分がやりたいと思ったことをやりなさい』
これを言った彼女の名は、『
初めて彼女と会った時、俺はこの言葉に……なぜか感銘を受けた。
実はこの言葉の方が、本当の俺のマインド……根本の考え方だと言える。
『後悔しないような選択』と変えたのは、後先考えずに自分がやりたいことばかりをすると、本当に取り返しのつかない選択をしてしまうかもしれないからだ。いわゆる制限である。
だけど、俺は今、どんな選択を選んでも後悔する。
彼女をこのまま行かせても、ここで食い止めても、きっと後悔する。
どっちの方が後悔が軽いとか重いとか、そんな優劣が付けられないくらいに。
だから、後悔しないような選択なんて物は考えない。
俺は……『自分がやりたいと思ったこと』をする。
努めて優しい声色を作り、彼女に言う。
「海まで送って行きますよ」
「え?」
「俺はバイクで来たから、徒歩よりも速く行けますし……」
夜桜さんがバクダンと変わるのを、俺には止められない。
止める手段がないし、止める権利もない。
だから、夜桜さんが海を見てバクダンに変わる、その最後。
それを見届けるたった1人になりたいという我儘くらいは、叶えてもいいんじゃないだろうか。
「じゃあ、お願いしてもいいかな」
「……はい」
夜桜さんが先に歩いていき、その背後をついて歩いていく。
俺にとっては余りいい結末とは言えない。
でもこれが彼女の選択で、それが幸せだと言うのなら……心臓が張り裂けるような後悔を死ぬまで抱えることになっても、やり遂げてやる。
そんな決意を抱きながら、俺は地面を踏みしめた。
うーん