夜桜さんに「バイクを取って来る」と言い、階段を降りてすぐの所で待機してもらう。
そして少し離れた場所に停めていたバイクの所まで移動し、彼女に声が届かない距離であるのを確認してから、傍に居るニンジャに話しかけた。
「海に行くまでに、確実に警察が絡んでくるな」
『……本当にいいでござるか?』
「ニンジャが気にすることじゃない、俺が決めたことだ。……それより、警察をどう撒くか考えないと」
海までのルートはいくつかあるが、どのルートでも絶対に夜桜さんの家の近くを通らなければならない。そして彼女の家の近くには警察が何人も待機していた。
見つからないのが最善だが、余り期待はできないだろう。
前回襲撃して来た奴らの様に、何処かに誘い込んで叩きのめすわけにも行かないからな。
警察は数が多い、戦ってる間にドンドン増えられたら困る。
もう1人、近くに居たトールビットに尋ねる。
「トールビット。良い案あるか?」
『……キュウビに頼んだらいいんじゃないかい?」
「キュウビ? ……ああ、なるほど」
そういえば、キュウビは顔を変える怪しげな術を使えるんだった。
俺の前であんまり使いたがらないからすっかり忘れてたな。
首に手を当て、彼女を呼び出す。
そして今の状況と、キュウビにやってもらいたい事を簡潔に説明した。
話を聞き終わったキュウビは、何処からともなく取り出した扇子で口元を隠しながら頷く。
『ほーん。まぁ、俊介の頼みなら全然構わんのじゃ。あの夜桜という女がいなくなるならわらわにとっても万々歳じゃしのぉ。……ただ、条件が一つ』
「何だ?」
『右腕か左腕、どちらかを渡してくれんと術は使えぬ。それだけじゃ』
術を使う条件の話か。
片腕くらいなら問題ない、彼女の提示した条件に肯定の意を込めて頷いた。
バイクを手で押し、夜桜さんの所まで持っていく。
メットインスペースから、バイクを買った時に一緒に買ったヘルメットを取り出し、彼女に渡した。俺が被るヘルメットはマッドパンクが作ったものだ。
「これヘルメット。……殆ど新品だから、あんまり匂いしないと思うよ」
「うん、大丈夫」
そう言ってヘルメットを被り、俺に少し遅れてバイクに乗る夜桜さん。
後部座席から振り落とされないために、脇腹を両手でギュッと掴んでくる。
「…………」
思ってたより辛い。だがもう覚悟は決めてるんだ。
バイクから少し離れた所で、トールビットとニンジャがこちらを見ている。俺は後ろの夜桜さんにバレない様に小さく頷いた後、2人に中に戻っているように伝えた。
2人には呼び出しといて悪いけど、ここからは出来るだけ必要最小限の人数で進めたい。俺の我儘だ。
『俊介、こっちは準備OKだ。いつでも行ける』
左側には、半透明な事を除いて俺のバイクと全く同じものに跨りハンドルを握るガスマスクが居た。その後部座席にはキュウビが両足を側方に放り出して乗っていた。一応、片手でガスマスクの肩を掴んではいるが。
―――体の一部を渡すこの技は、その一部を操る人格が外に出ていなければならない。
実に便利なこの技だが、どんな物事にもちょっとした弱点がある。この技も例外なくちょっとした弱点がある。
それは、体の一部を渡しているだけで、視界の共有はしていないという事。
つまり半透明の人格が俺の近くにいないと、体の一部を動かせはするものの俺の姿が見えないため、何かあった時に対処できないという所だ。
それに加え、殺人鬼達は俺から100メートルまで離れられる。
もしバイクで時速60キロで走った場合、殺人鬼はそのまま時速60キロで俺から離れていき、100メートルの所にある見えない壁に叩きつけられるのだ。かなり痛いし、100メートル先からでは俺の姿も上手く見えない。
それを解決するためには、超簡単な話、向こうにも時速60キロで追っかけてきてもらうしかない。
そのため俺の乗るバイクをコピーし、運転が人格達の中で一番上手なガスマスクに頼んだのだ。キュウビを運んでくれないかと。
『声が聞こえないくらいには距離を空ける。見失う事はないから心配するな、2人で話せ』
ありがとう、ガスマスク。
内心でそう礼を言いながら、俺はハンドルを捻った。
スピードが十分に乗った所で、キュウビに左腕の主導権を譲る。念のため運転のいろはは口頭で伝えたが、右腕だけでも十分ハンドル操作は出来る。大きな問題はない。
左腕を譲って数秒後、俺の左手の指が勝手に動いた瞬間、顔がぽぉっと熱い物に覆われるような感覚がした。
サイドミラーで確認すると、俺と夜桜さんの顔、バイクの色まで変わっている。これでバレる事はまずないだろう。
背後にいる夜桜さんが広がる畑を見ながら、楽しそうな声色で言った。
「日高君ってバイクの免許持ってたんだね、全然知らなかった!」
「うん、まあちょっと色々あって……。しっかり捕まってて!」
彼女につられて楽しくなった俺はハンドルを更に捻り、スピードを上げた。
――――
夜桜家の周辺。
塀の捜査を進める警察官から少し離れた所に止まるパトカーの中で、長身の眼鏡の男が退屈そうに本を読んでいる。
彼の胸には、二重らせんが絡み合ったバッジ……『人格犯罪対処部隊』のバッジが付けられていた。
「全く、退屈な事この上ないですね」
そう呟く男の名は
読んでいる本は黒魔術に関する物で、何度も何度も読み込まれた後が残っている。
助手席に座る白戸に、ハンドルを握る警察官は緊張と懐疑の籠った眼差しを向けていた。
人対なんて、凶悪な人格犯罪にしか出動しないような部隊の1人が、なぜこんな場所にいるのか。
(人対が出張って来るほどの事案じゃないだろ……? たかだか女の子が一人、家出したってだけなのに)
「私もそう思っていたんですが、上から出ろと言われまして。お国には逆らえませんね、お互い」
警察官はその言葉に納得しそうになり……そして、困惑する。
「な、なぜ私の考えている事を!?」
「魔法です」
「まっ……まほう……?」
白戸が本を閉じる。
持っていた鞄の中にその本を入れ、後部座席に放り込む。
「ま、それは置いといて。その夜桜という子、見つけましたよ」
「えっ!? ど、何処ですか!?」
「アレです」
焦る警察官を横目に、白戸が少し離れた道を走るバイクを指さした。
確かに後部座席に黒髪の女の子が乗っている。目を細めながらそれをよく見て……首をかしげる警察官。
「見間違いでは? 私、視力には自信があるんですが……あの子の顔は夜桜紗由莉とは全く似ていませんよ」
「なるほど。じゃあこうしましょう」
白戸が手のひらを顔の前で重ね合わせた。
パトカーの中に不可視の風が微かに吹いたと思った瞬間、先ほど指さされたバイクが、唐突に大きく揺れた。
彼が「ふぅ」と息を吐き、再度見るように顎で促す。
警察官がそれに従い、もう一度注意深く見ると。
「―――な!? た、たしかにアレは
「魔法……に似た物でカモフラージュされていたんです。異世界の人格か、もしくは異世界絡みの技術を使う者か。どちらにせよ、人格犯罪者による誘拐ですね」
そう静かに言った白戸を、化け物でも見るかのような目でみつつ、無線機を取る警察官。
近くのパトカーに夜桜紗由莉を見つけた旨を伝え、幾台ものパトカーで例のバイクを追いかけ始めた。
周囲が慌ただしくなる中、白戸は静かに呟く。
「さて、退屈はしなくなりそうですね」
――――――
バイクを走らせること十数分。
海に行くまでのルートで絶対に通らなければならない、夜桜さんの家の近くに来た。
「うわ~……私の家、警察の人がすごい集まってるね」
「うん。離れてるから大丈夫だとは思うけど、一応顔下げといて」
実際はキュウビの術で顔を変えているから、バレるはずがないんだけど。
さっさと通り抜けようと、バイクのスピードを上げようとした瞬間。
「――――あっつッ!!」
左手が突然どす黒い炎に包まれた。
思わずハンドルの操作を乱してしまい、バイクを大きく揺らしてしまうが、何とかこけることなく耐える。
1秒もしない内に炎は消えて火傷もないが、さっきの熱い感触は確かに残っている。
滅茶苦茶に嫌な予感がするぞ、何なんだ。
脇腹を握る夜桜さんの力が強くなる。
その時、背後を走っていたガスマスクのバイクがエンジンを大きく唸らせながら、俺の横に並んできた。
キュウビが珍しく焦った様子で叫んでくる。
『俊介! すまん、わらわの術が誰かにかき消された!』
「何!? どういうことだよ!!」
『顔変えの術がかき消されたって事じゃ!! 元の顔に戻っておる!!』
サイドミラーで確認する。
確かに、俺と夜桜さんの顔もバイクの色も元に戻っているのが見えた。
その瞬間、特徴的なサイレンの音を鳴らし始めるパトカーの群れ。
明らかにこっちを見据え、追いかけてこようとしているのが分かる。
「……キュウビ! ナンバーを焼き切れ!」
『分かったのじゃ!!』
左手が勝手に動き、バイクのナンバープレートにボッと青い火が点火される。
一瞬のうちに表面が焦げ、次第に溶けていき、どろどろの液体となって地面に滴っていった。あそこまで溶かせばナンバーの復元は出来ない。
夜桜さんが困惑した様子で叫ぶ。
「日高君!? さっきから一人でどうしたの……ッ、まさか」
「良いから捕まってて! 俺が……絶対に海まで連れて行くから!!」
警察がその気だって言うなら、こっちだってやってやる。
俺は夜桜さんを絶対に海まで連れて行くって決めたんだよ。こんな所で邪魔されてたまるか。
被っているマッドパンク製のヘルメット、その側面にある小さなボタンを押す。
すると、ヘルメットが一人でに動き、顔が全く見えないフルスモークのヘルメットへと変形した。
それと同時に中から1人呼び出す。
「ヘッズハンター!!」
『どうした―――どぉおおおっ!!??』
中から彼を呼び出した瞬間、ヘッズハンターは地面に着地してずっこけた。高速で動いている中呼び出したんだ、仕方ない。
だがすぐに立ちあがり、人外染みた動きで急加速して俺の乗るバイクに追いついて来た。
息切れしながら、バイクのマフラーに器用に足を掛けて乗る。
『はーっ、はーっ……ど、どうし……。……ああ、なるほどね』
「警察からの攻撃を感じたら避ける方向を言ってくれ」
ヘッズハンターは俺が何か言う前に、警察のパトカーを見て納得したらしい。
キュウビの術を強制的に解除するなんて絶対に碌な相手じゃない。かなり危険だ。
だが何か厄介な事をされそうな時、ヘッズハンターの滅茶苦茶に鋭い勘は役に立つ。彼の指示に俺の運転技術が追い付くかは別として。
背後から警察のパトカーが幾台も追いかけて来た。
どのパトカーにキュウビの術を解除した奴がいるか分からないが……。
俺はハンドルを全開まで捻り、スピードを上げた。
ち
お気に入り数が10000突破しました! ありがとうございます!
いたずらで前回後書きに「うーん」、今回後書きに「ち」と書いて繋げちゃお~と小学生並みの感性でニチャ笑いしてたら、とんでもないタイミングでお気に入り数が10000突破してしまいました! すみません!!
あと久しぶりにランキングみたら、オリジナル月間ランキングの1位にこの作品がありました。知らなかった……。