殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#27 最強(右腕)

 

 

 

 

 

 パトカーの中から、前を走行する一台のバイクを見据える。

 面倒だが、後部座席に乗っている夜桜紗由莉が死なないくらいには魔法の威力を絞らなければならない。

 

 手のひらを合わせ、手で印を組む。

 異世界から流れ着いた理に反した技術はいくつもあるが、白戸が使うのは最もオーソドックスであり、本人の才能に多くが依存される『内包魔力式魔法』だ。

 

 これは自身の中に流れる『魔力』なる目に見えないエネルギーを使い、『魔法』を使う方式。

 

 外部からのエネルギー……電力等を魔力に変換して外部装置に溜めて魔法を使う『外包魔力式魔法』もあるが、それを使う位なら最初から科学の武器を使った方がマシだ。白戸から言わせれば無駄が多すぎるし、()()()がない。

 

 

 魔法とは身一つでぶっ放すからこそ()()()()()

 そういうポリシーが白戸にはあった。

 

 

「さて……どれくらいやれるか、試してみましょうか」

 

 合わせていた手を放し、右手の人差し指を立て、バイクに向けて一文字に切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達は豪邸が並ぶ住宅街を抜け、寂れた商店街の中を爆走していた。屋根は老朽化で軋んでいるが、地面は綺麗なコンクリートで舗装されている。

 巨大デパートの弊害で人が全くいないここは、それ相応に入り組んでいて、デカい車を巻くにはピッタリだ。 

 

 

 バイクの後部にしがみついていたヘッズハンターがパトカーの方を見て叫ぶ。

 

『来るぞ、俊介!』

「どっちに避ければいい!?」

『……ブレーキ掛けて右!!』

 

 言われた通りにブレーキを掛ける。左手はキュウビに渡したままのため、右のブレーキだけだが。

 前輪のタイヤだけにしかブレーキが掛からないが、それを利用し、後輪を滑らせるようにバイクの前輪を右側に向けた。

 

 その瞬間。

 

 

 

 ――――ズドォォォォオオオン!!

 

 

 

 轟音と共に地面が爆ぜ、噴き上がったコンクリートが高さ10メートルほどの所にある屋根をぶち破った。

 ブレーキで止まっていなければ確実にバイクがやられていただろう。

 

「なッ、なんつー馬鹿みたいな攻撃だよ!!」

 

 あんなの直撃したら洒落にならないぞ。

 キュウビと一緒にハンドルを捻り、バイクを急発進させる。

 

 パトカーにはこんな急カーブは真似できまいと思っていたが、地面のコンクリートを湾曲した斜めに浮き上がらせ、逆に加速して来た。

 何だよその技、ミニ四駆みたいな事しやがって!

 

 

「クソっ!! やばいやばい!!」

 

 焦って上手く頭が纏まらない。

 警察に本気で追っかけられるのは初めてだが、ここまで厄介とは。ただの男子高校生が警察から逃げ切るなんてやっぱ無理なのか!?

 

『俊介、左に避けて右だ!!』

 

 ヘッズハンターの声。それと同時に、目の前に無数の直径30センチほどの火の弾が現れた。

 ハンドルを左に傾け、火の弾を避ける。だが右に避ける際、焦りでハンドル操作をしくじってしまい、バイクが揺れてしまった。

 

「やばッ―――」

 

 倒れはしなかったものの右に避け切れず、火の弾が目前に迫る。

 大火傷を覚悟した、その瞬間。

 

 

 矢の形をした青い炎が迫る火の弾を撃ち落とした。

 

 唸るエンジン音と共に、ガスマスクのバイクの後部座席に乗ったキュウビが姿を現す。そして扇子を口の前に構え、自信満々な雰囲気を纏わせながら言った。

 

『はん、このわらわの存在を忘れられては困るのぉ! ちょこまかとした術なぞわらわがどうにかする、ビビらず行くのじゃ!!』

「……ありがとな、キュウビ!!」

 

 

 そうだった。

 別に俺の力だけで逃げ切らなきゃいけない訳じゃない。寧ろ俺に出来る事なんて殆どないから、誰かの力を借りるんだ。……借りる相手が殺人鬼って言うのはどうかと思うけど。

 

 

「ダークナイト、降りてこい!!」

 

 神社で一度降りてきていたが、その後空に戻っていたダークナイトを呼ぶ。

 彼は何十メートルもの高さから余裕で地面に着地し、そのままバイクと並走し始めた。時速80キロ以上は出してるのに。まあ予想はしてたけど。

 

「……ダークナイト。もしお前に、3秒間右腕を渡したなら……瘴気は何メートル広がる?」

『10』

 

 何処からともなく取り出したナイフで、一瞬で数字を彫るダークナイト。

 そうか、10メートルか。

 

 

『待て俊介、本気か!?』

 

 ガスマスクが声を張り上げる。

 

 ダークナイトの瘴気は格下の生物を問答無用で殺す、それはすなわち……俺が最も忌避する人殺しを、いとも簡単にやってしまうということだ。

 だが向こうが埒外の相手だっていうなら、こっちだって埒外の奴を出さざるを得ない。商店街の中は入り組みすぎて、見えない所に人が居る可能性があるため渡さないけど。

 

「なるべく渡したくないけどな! けどいざとなったら……本気(マジ)だ!!」

『俊介油断するな、次は真正面に来るぞ!!』

 

 ヘッズハンターがそう叫んだ瞬間、目前に土の壁が地面からせり上がった。

 

 

『陽道・焔火炎(ほむらかえん)!!』

 

 

 左手が勝手に動き、土壁を青い炎のビームが貫いた。服越しだが肌が焼けるような熱を感じる。キュウビの奴、こんなに強力な火を出せたのか。全く知らなかった。

 土が融解して出来た穴をバイクで突破する。

 

 パトカーがあの土壁で少しでも止まってくれる事を期待したが、土壁が何もなかったように地面に引っ込んだ。自分で出した壁なんだ、そりゃ引っ込められるよな。

 

 

 そうしてカーブを抜けた頃、ヘッズハンターが舌打ちをする。

 

『……チッ。次は避けられんな』

「マジかッ―――ヘッズハンター! 両足渡す!!」

『話が早くて助かるな、その子は俊介がしっかり抱えてろ!!』

 

 左腕の主導権をキュウビから取り戻し、夜桜さんが脇腹に回していた手を左手で強く掴む。

 

「絶対に離れないでくれ、夜桜さん!」

「う……うん!!」

 

 彼女が俺の背中に体をぴっとりと付ける。左手は俺に掴まれ、右腕は俺の右肩を通して左肩をギュッと掴んでいた。これなら多少の事でも離れない。

 

 一体何が来る……!?

 そう思ったのも束の間。

 

 商店街の左右の建物が、ミキミキと音を立てて倒れ始めたのだ。屋根のプラスチックが砕け、パラパラと降って来る。

 建物はちょうど俺達の行く先を塞ぐタイミングで倒れてきていた。このままでは建物の瓦礫に阻まれて進めなくなってしまう。人が居ないからって、なんて無茶苦茶な事を。

 

 

『バイクをスピード上げてそのまま走らせろ!』

 

 

 マジかよ!? ……いや、俺は信じるぞ!

 指示通りエンジンを思いきり吹かしてスピードを乗せる。

 

 

 そして建物が目前に迫ったその瞬間―――バイクから勢いよく跳んで、倒れる建物の中へと突っ込んだ。

 

 

 バイクは倒れ行く建物と地面のギリギリの隙間を通り、乗せられたスピードのまま、幽霊が運転しているかのように一人で進んでいくのが見えた。

 だが問題はバイクより、俺達の方だ。

 

「うおおおおっ!?」

「きゃああああああっ!!」

 

 俺と夜桜さんが悲鳴を上げる。

 

 崩れ行く建物の中。こんな所に入るなんて凡そ正気の沙汰じゃない。

 1秒ごとに形が変わる室内を、ヘッズハンターが操る両足が縦横無尽に飛び回る。不安定な足場にもかかわらず、その脚力は衰えを見せる事がない。

 

 目の前に降って来たコンクリート片を空中回し蹴りで叩き割り、窓ガラスをぶち破って脱出する。

 

 ちょうど建物から脱出した瞬間、1人で走っていたバイクが下から姿を現した。

 その上に勢いよく飛び乗り、一瞬で両足の主導権が帰って来る。急いでハンドルを握り、揺れるバイクを全力で押さえた。

 

 

 揺れが収まり、バイクを再加速できるようになった頃、不思議な笑みが漏れる。命の危険を乗り切った高揚感からだろうか。

 

「ははっ、ははは……すご、すげ!」

『いや、今のは結構危なかったな……上手く行ってよかった』

 

 ふーっとため息を吐きながらそう言うヘッズハンター。

 成功する確証はなかったのかよ。いやまあ仕方ないか。

 

 

「でもまぁ、流石に撒けたろ……」

 

 そう呟き、サイドミラーをちらっと確認した瞬間。

 倒れ切った建物に、ぽっかりと黒くて巨大な穴が開いていた。

 

 

「なんだあれ―――ッ!!」

 

 思案する暇もなく、その穴から土埃まみれのパトカーが飛び出して来た。地面に勢いよく着地し、何度かスリップしかけながらも持ち直し、こちらを追いかけて来る。

 

 そんなパトカーの車内に、目を血走らせて歯を食いしばりながらハンドルを握る警察官と、その助手席で涼しそうな顔をしている眼鏡の男が見えた。

 

 あの眼鏡の男の方、こんな状況であそこまで落ち着いているなんてありえない。

 だとするならば、この一連の異常現象はアイツの仕業か。黒い穴からはあのパトカー以外出てきていないし、アレさえ潰せば追跡は終わる。

 

 

「キュウビ、距離を稼げ!」

『ハハハ、わらわに任せておくのじゃ!!』

 

 左腕をキュウビに渡す。

 パトカーの前に幾重もの火柱が噴き上がり、それを避けようとハンドルを切ることで少しずつ向こうのスピードが落ちる。だが眼鏡の男が指を一文字に振った瞬間、火柱が黒い炎に包まれて掻き消された。

 

 

 キュウビが憎々し気に眼鏡の男を睨む。

 

『チッ……。左手だけの不完全な術を消した程度で良い気をしおって』

「いや充分だキュウビ!! ありがとう!!」

『……んっ、うむ……』

 

 

 

 商店街を抜ける。

 

 抜けた先は、これまた人の気配が全く感じられない交差点だった。山、海、街の3つの行く先に分かれている。

 

 海に行くまでの最後の分岐点だ。

 ここを超えると、パトカーを撒いても行く先がバレてしまい、海で静かに過ごせない。

 だからここが最後の砦。ここで決める。

 

 

 

 パトカーが十分に離れているのを確認し、バイクを止める。

 

「夜桜さんはバイクに乗ったまま、絶対に近づかないで!!」

 

 じゃないと本気で死ぬ。

 ヘッズハンターに両足を渡し、バイクから10……念のため13メートルほどパトカーのやってくる方向にひとっとびしてもらった。

 

 

 奴らがやってくる方向に顔を向け、仁王立ちする。

 夜桜さんとの距離は13メートル、パトカーとの距離は大体30メートル。

 十分だ。

 

 

 いつの間にか傍に居たダークナイトに言う。

 

「3秒だ。パトカーの中の人間は殺さずに、ここから進めないようにしろ」

『(*`・ω・)ゞ』

 

 本当に分かってるのかなぁ……。

 いや、俺はもう覚悟を決めた。ここから先には進めない、ここで絶対に奴を止めるには、こっちの規格外を出すしかないんだ。出来れば出したくなかったけどな!

 

 

 スーッと肺に深く息を吸い込み、覚悟と共に勢いよく叫んだ。

 

「ダークナイト、右腕だ!!」

 

 

 

『――――グギャァァアアアアアアアォオアアアアアア!!』

 

 

 

 彼が雄たけびを上げた瞬間、右腕からドス黒い瘴気が溢れ出した。

 助手席で涼しい顔をしていた眼鏡の男が焦った表情を見せる。だがそれを意に介する事もなく、ダークナイトは右腕を思いきり振り抜き。

 

 

 ――――轟音と共に、黒い嵐が吹き荒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひっくり返ったパトカーのドアを蹴り飛ばし、中から這い出る男が1人。

 咳き込みながら立ち上がった眼鏡の男は、先ほどバイクを追いかけ回していた白戸成也だった。

 

「ゲホッ、ゴホ……。ああ、これは……もう追跡できませんね」

 

 辺りの状況を見回し、彼が呟く。

 

 先ほどまで変哲もなかった交差点は、今は見るも無残なほど酷いものだった。

 

 

 黒い嵐が吹き荒れ、信号と電柱は根こそぎなぎ倒された。勿論パトカーがひっくり返されたのもこの嵐のせいだ。

 コンクリートはズタボロに割れ、ささくれの様に逆立っている。ゴム製のタイヤでここを走れば即パンクだろう。

 

 そして何より目についたのは。

 天変地異でも起きたのか。路面に走った亀裂から先の地面が勢いよく上昇し、白戸の前に高さ10メートルほどの見上げるような崖が出来上がっていた。

 

 白戸は崖に触れ、呟く。

 

「これは……魔法を使うことなく、ただ大量の魔力を込めた腕を勢いよく振って、天変地異を起こしたのか……。うーん、化け物ですね」

 

 

 今しがた眼前で起きた事。

 現代風に例えれば、火力発電所並の発電量を、自転車を人力でこいで発電させているのと同じ。

 

 常人……いや、生物の枠に収まる物には到底不可能な芸当である。白戸にはこんな事、真似しようとも考え付かない。

 

 しかも大量の魔力が吹き荒れた事で、白戸の体内の魔力にまで影響が出ている。

 魔法が上手く使えないので、崖の上にパトカーを移動させることもできないのだ。もうどうすることもできない。

 

 

 ふーっと、白戸がため息を吐く。

 

「しょうがない。撤退しますか」

 

 ……正直、白戸にも分かっていた。

 夜桜紗由莉は誘拐ではなく、自分の意思であのバイクに乗っていたと。遠目からでも、人間に魔法かそれに類する技術が掛けられたかどうかくらいは見抜ける。

 

 まあ、放っておけば勝手に帰って来るだろうとは分かっていた。

 だが暇だったので追いかけた。最後のは少し恐ろしかったが、なかなか楽しかった。熱が入りすぎて、商店街を少々壊してしまったが。

 

 

「それにしても……あの余りに多彩すぎる技。多分、アレは『()()()()()()』ですね。

 しかしまあ、あんな化け物まで中に宿らせているとは。アレを捕まえるのは、牙殻に任せましょうか」

 

 

 あのバイクの男が何者かを見抜く。

 それくらいの仕事は、白戸はキッチリやっていた。

 

 尤も、『怪人二十面相』が昔から追っている人格犯罪者とはいえ、今は必死に追う気分ではない。走って追いかけても追いつけるわけがないし、面倒くさいのだ。

 白戸はそれくらいには、仕事でほどほどに手を抜く男であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――そうして。

 

 多少の面倒事を乗り越えた後。

 

 

 日高俊介と夜桜紗由莉を乗せたバイクは、海に辿り着いた。

 

 

 

 


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