殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#28 こういう事もある

 

 

 

 

 

 波の音が響き渡る砂浜。

 その砂浜で半透明の人間が2人、並んで体育座りをしていた。

 

 

『わらわさぁ……俊介が怖がると思ってさぁ、ずっと術の出力を制限して来たんじゃよ……』

『そうか……』

『でも今回の件でさぁ、つい思いっきり術を使っちゃったんじゃよなぁ……』

『そうかぁ……』

『ぬあああっ、俊介が怖がってわらわにおかしな目を向けてきたらと思うと気が狂いそうじゃあ~~!! なんでわらわはあそこで思いっきり術をぉ~~!!』

 

 

 砂浜の上でゴロゴロ転がり始めるキュウビと、それを感情のこもっていない瞳で見つめるヘッズハンター。

 彼は『なぜ俺がこいつの愚痴を聞かなければならないんだ』と、静かに考えていた。

 

 

 1分ほど経ってもまだブツブツ言いながらキュウビが転がっているので、面倒混じりの息を吐きながら言う。

 

『……俊介は男子高校生だ。俺もそうだったけど……そこらの年頃の男ってのは、ド派手な魔法をカッコいいって思ったりする。だから怖がられるとかは、そんなに心配しなくていいんじゃないか』

『なぬッ。本当か』

『マジだ。……俺の世界とこの世界はかなり似てるし、男の感性も大体同じだろ』

 

 適当に考えて喋った慰めの言葉。

 だがそれを真に受けたキュウビは一息で立ち上がり、扇子を仰ぎながら大きな声で笑い始めた。

 

『ワハハハハ!! やはりわらわは運が良いのう、面倒な謀略をせずともここまで上手く事が運ぶのじゃからな!! これで俊介はわらわの術にゾッコンじゃ!!』

 

 

 あー……やっぱこいつ馬鹿だな。さっきより余計にうるさくなったし。

 ヘッズハンターは、あのまま落ち込ませていた方が良かったかと少し反省した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バイクを無人の駐車場に止め、砂浜を歩く。

 今はまだ5月、海水浴の客は1人もいない。せいぜい砂浜の遠くの所に、豆粒程度の散歩客が見えるだけだ。ここで何を話したって誰にも聞こえやしない。

 

 

「……綺麗だね」

「そうだね」

 

 

 夜桜さんにつられ、海の方を見る。

 波の一つ一つに太陽光が反射して、白と青が1秒ごとに形を変えながらキラキラと光る、天然の宝石箱。自然の雄大さに圧倒されるというのはこういう事なのかと、心の中で静かに思う。

 

 

「日高君って……人格持ちだったんだね。しかも複数……」

 

 

 突然、夜桜さんがそう言った。

 まあ流石にバレるよな。明らかに普通の高校生には出来ないことやりまくってたし。

 

 特に否定することもなく彼女の言葉に肯定する。今更、夜桜さんに隠す気もない。

 

「うん。人格持ちだよ」

「いったい、中に何人居るの?」

「……13人」

「じゅっ……!?」

 

 彼女が目を見開く。

 他の人格持ちは大体1人だけだし、俺の13人は結構珍しいんだろうなと思ってたけど。

 

 

 震えた声色で夜桜さんが言葉を紡ぐ。

 

「い、今一番多い人でも確か4人だって聞いたよ」

「そうなの?」

「うん……。国に認められた人格持ちが集まる会みたいなのがあって、そこに出席した時にちょっと聞いたんだ。その4人の人は今、精神病院に入院してるって」

 

 

 こわ。精神病院に入院って何があったんだ。

 でもまあ、今確認されている最高が4人ってだけで、確認されてない奴の中では俺より多い奴がいるかもしれないし。全員殺人鬼ってのは多分俺ぐらいだろうけどな!

 

 

 彼女が俺の左腕を引きながら言った。

 

「ね、日高君の中の人格ってどんな人たちなの?」

「えっ? えーっと……」

 

 

 全員超が付くほどの常軌を逸した殺人鬼です。

 なんて言ったら流石にドン引かれるよな。

 

 だが俺の悩みを見越したかのように、夜桜さんがトンと自分の胸を叩いた。

 

「大丈夫大丈夫、ドーンと言ってみて! バクダンがあんなんだし、危険な人には慣れてるから!」

「えぇっ……いやぁ、まぁ、バクダンより酷いっていうか」

「ささ、ほらほら!」

 

 

 …………。

 隠し事は、もうやめてみるか。

 

 彼女は俺に悩みを打ち明けたんだしな。バクダンにすら明かしてなかった秘密の悩みを。

 俺もそろそろ、この胸に抱える秘密の悩みを誰かに共有する時が来たのかもしれない。彼女はもうすぐいなくなるけど。

 

 

 緊張で乾く口内。舌が口の中に張り付くが、それを無理に外し、空気を吸い込む。

 そして噛みしめるようにゆっくりと、言葉を放った。

 

 

「その、さ。俺の中の奴らは、全員……『()()()』なんだ。それも1人や2人じゃなくて、いっぱい……」

 

 

 俺の人生の、一番の秘密であり弱点。

 それをさらけ出して真っ先に感じた感情は、『恐怖』だった。当然っちゃ当然ともいえる、夜桜さんが怖がって逃げて警察に通報でもすれば、俺の人生は一巻の終わりだ。

 

 だけど、それでも俺は、この秘密を共有することを選んだ。

 どうなってもいいさ。他でもない夜桜さんに止めを刺されるなら、それもそれでいい。

 

 

 お互いに足を止める。

 そうして1分ほど、静かに海を眺め……突然、夜桜さんが「ぷっ」と口から空気を噴き出した。

 

「ふふ……。なーんだ、そういう事だったんだね」

「何?」

「私と君が一緒に誘拐された時あったでしょ? 誰が助けてくれたんだろうと思ってたけど、他でもない、日高君のおかげだったんだね」

 

 さっきの警察との応酬を見れば、流石にそっちも勘づかれるか。

 

 

 それを言い終わると、彼女が俺から数歩離れ、海の中に入って行く。

 ちゃぽちゃぽとくるぶしまで水につかった所で、こちらを振り向いた。彼女の足から広がる波紋が波にかき消される。

 

 

 逆光の中でもしっかりと見える程眩しい笑顔を見せ、彼女は言った。

 

「ありがとう。もう憂いはないよ」

「……うん……ッ」

 

 その言葉に、少し目頭が熱くなる。

 5月にしては生暖かい風よりも、更に熱のこもった息が口から漏れる。……涙がこぼれる前兆だ、でも堪えないと。彼女の最後の姿が涙で滲んだ姿なんで絶対に嫌だ。

 

 

 夜桜さんが、笑みを消し、優し気な眼差しで俺の顔を見つめる。

 

「……ね、日高君」

「?」

「私ね。君の事、結構()()だったよ」

 

 そうして、彼女は体を一瞬硬直させた。

 

 人格を変えた合図だ。 

 これで彼女はもう二度と戻って来ない。

 

 

 

 

「…………」

 

 眼に溜まった熱い物をこぼさないように、空を見上げる。

 この後、バクダンを家の近くまで送り届けなくちゃならない。夜桜さんはいなくなっても、夜桜さんの体は生き続ける。バクダンの物となって。

 

 だけどちょっとくらい、この場所で。

 座り込むくらいは――――

 

 

 

 

 

「――――うだらぁああああああッ!!!!」

 

 

「何ッ!?」

 

 

 ――――ボギャアアァアアアアッ!!!!!

 

 

 

 海から勢いよく走り出したバクダンの拳が、俺の顎に鋭く突き刺さったッ!

 不意の攻撃にたまらず重心を崩し、背中から砂浜に倒れ込む。幸いバクダンの力はそこまで強くなく、脳震盪は起こさなかった。

 

 上体を起こしながら、殴った拳を痛そうに押さえるバクダンに叫ぶ。

 

「てめーバクダン、何しやがるッ!!」

「黙れよこのリア充ッ!! 私はッ、リア充が爆発するところは見たいけど……こんな理想の青春からのガチの悲痛お別れは見たくなぁいッ!!」

「はァ!?」

 

 

 そう言って、バクダンの体が硬直する。人格変更の合図だ。

 ピクリと指が動いたものの、またすぐに体が硬直する。人格変更の合図だ。

 

 動き、硬直し、動き、硬直し、動く。

 それを大体300回くらい……時間にして10分ほど繰り返していた所で、夜桜さんの体が膝を突いた。ど、どっちの人格だ!?

 

 

「はーっ……はーっ……。ど、どうして変わらないの、バクダン!?」

 

 あの人格は、よ、夜桜さんの方だ。

 彼女は何もない所に顔を向け、そう叫んだ。恐らくそこに半透明のバクダンがいるのだろう。

 

 夜桜さんはバクダンの方をキッと睨んでいたが、突然目を見開き、次第に頬を赤く染めていく。

 

 

「そッ……そんなんじゃないからッ!!」

 

 そう叫んで立ち上がり、彼女は何もない所に鋭い上段蹴りを放った。なんて速さだ、俺だと防ぐことも出来ず側頭部に決められるだろう。夜桜さんは意外に武闘派だったのか……。

 ただ半透明のバクダンに蹴りが当たる訳もなく、その足は空をすり抜ける。

 

 

 数秒の沈黙。

 

 夜桜さんはそれ以上人格を変更しようとせず、肩で息をしながらこちらを向いた。そしてなぜか真っ赤な顔を手で隠し、指の隙間からこちらを見ている。

 

 

「…………」

「…………」

 

 彼女が一度でも、こうして戻ってきてくれたのは嬉しい。それは本当だ。

 けど、どうすんだよこの空気。お互い気まずすぎてとんでもない事になってるじゃないか。

 

 

「日高君?」

「はい」

「私が()()()()って言ったのは、そういう意味じゃないからね? 友人として、友人としてだから!!」

 

 

 顔を赤らめつつ、手を顔の前でブンブン振りながら言う夜桜さん。

 

 ……友人としてかぁ。

 最後くらい、異性として好きとか言われてみたかったけどな。どうせまた、彼女はバクダンと人格を変わるんだろうし……。

 

 

 そう思っていたら、突然、夜桜さんが俺の右手を引いた。

 

「日高君、ちょっと遊んでかない?」

「えっ? で、でも、バクダンに体を譲るんじゃあ……」

「…………もうやめることにする! いっぱい迷惑かけてごめんね、日高君!!」

 

 

 ――――ホント?

 じゃあ夜桜さんの人格はいなくならずに、まだ学校に通い続けるってこと?

 明日もおはようって言い合えるってこと!?

 

 

「やったぁあああああ!!」

 

 

 なんかよく分からないけど、全部上手く行ったぞ! 最高だ!!

 俺は夜桜さんに引かれていた手を、逆に引き返すように、前へと思い切り走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(日高君の中には、13人もいて、それが全員人殺し。それが一番の秘密。

 それを知ってるのは私だけなんだよね、日高君…………)

 

 

 夜桜紗由莉。

 

 母と父から受け継いだ美貌と明晰な頭脳、そして人並み以上の高い身体能力。どんな分野でも大成する事は間違いなし。

 だからこそ、両親は彼女を厳しく育てた。一流の人間になれるようにと。

 彼女もまた両親の思惑を理解し、その期待に応え、メキメキと能力を伸ばしていった。

 

 しかし。

 

 10歳の頃、強制的に受けさせられた浮遊人格統合技術の注射により、彼女には異世界に生きた人の理を越える天才爆弾技師……()()()()が宿ってしまった。

 

 

 その日から両親は、今までの厳しさを翻し、彼女を甘やかすようになった。

 良い事をしても悪い事をしても、『優秀な人格持ち』だからと褒めつくしてニコニコしているだけ。

 

 『成功が確約されている』ではない、優秀な人格が宿った時点で夜桜紗由莉は『()()()()』のだ。厳しく育てる必要はどこにもなかった。

 

 

 そんな両親の変わりぶりが、10歳の彼女にはたまらなく気味が悪かった。

 小学校でも今まで仲良く遊んでいた同級生は少し距離を取るようになり、進学した一流の中学校でも同じように距離を取られる。

 

 ならばと、レベルを一気に下げた高校に通っても親は何も言わず、同級生は距離を取る。

 心底気味が悪かった。顔に貼り付ける笑顔だけが上手くなった。

 

 

 そんな時。

 帰り道に、優秀な人格持ちを狙った誘拐犯に襲われた。

 

 最初は撃退しようと抵抗したが、次第にやる気が失せた。むしろ今ここで誘拐された方が、誰か自分の事を見てくれるんじゃないかと、そう思ったほどだ。

 

 そうして体から力を抜き、睡眠薬らしきものをしみこませたハンカチを口に押し込まれた時。

 曲がり角の向こうから、同じ高校の制服を着た男子高校生が倒れるのが見えた。

 

 目を覚ました時、彼は廃工場の同じ牢屋の中に居た。

 巻き込んで申し訳ないと思いながらも、私は大男に誘拐犯のボスらしき2人の前に連れ出され、舌を焼かれる。

 

 痛いと思いながらも我慢していたら、いつの間にか、誘拐犯たちは全滅していた。

 誰がやったのかは分からない。共に誘拐された彼を探すが、彼もまた、どこかへ姿を消していた。

 

 

 翌日、共に誘拐された彼を学校で見つけた。名は日高俊介。

 それから彼にはバクダンを紹介し、学校で時折会話する仲になった。

 遠慮しがちな面がある彼だが、私は久方ぶりの人との会話に心が温かくなるような感じがした。

 

 温泉街でも彼と会った。

 学校の外で見る彼はどこか鋭い気配を放っていたが、私の顔を見ると、すぐにふにゃっとした雰囲気になった。

 

 私がバクダンに体を譲る前に神社に訪れた時、誰よりも真っ先に、私を探しに来てくれた。

 警察の追ってから振り切り、約束通り海まで連れて来てくれた。

 

 

(どうして彼は私と会って雰囲気が変わったり、わざわざ危険を冒して、ここまで連れてきてくれたんだろう?)

 

 

 何でだろう。

 ついぞ最後まで答えが分からぬまま、バクダンと体を変わった。

 

 ……だが、バクダンはすぐに体を返して来た。私も体を変わるが、すぐに返して来る。

 それを300回ほど繰り返し、精神的な疲れで私は膝を突いた。そしてバクダンの方を向く。

 

「はーっ……はーっ……。ど、どうして変わらないの、バクダン!?」

『は~~ぁ!? それはこっちの台詞だよ!! あの男はどう見ても紗由莉に惚れてるだろ、私を身が悶えるような甘酸っぱい青春の間に挟みこまないでくれるかなぁ??!!』

 

 !?

 いや、それは違う。彼は他のみんなと同じように、私の優秀な人格持ちだって事に……。

 

『私がどうのこうの考えてるかもしんないけどぉ、あいつはどう見たってお前の事を見てんだろ! あいつの私への口調と紗由莉への口調の違い、ものすげぇからな!? 爆竹とミサイルくらいちげえぞ!!』

 

 

 ……私?

 バクダンじゃなく……夜桜紗由莉という人格を見てくれてるの?

 

 

「そッ……そんなんじゃないからッ!!」

 

 照れ隠しでバクダンを蹴り払い、ほてる顔を手で覆いながら、日高君の方を見る。

 その眼は確かに……バクダンではなく、()を見てくれていた。

 

 ああ。

 日高君って、私の事が好きなんだ。

 

 人から避けられるうちに鈍くなっていた夜桜紗由莉の感覚でも、彼からの好意がハッキリと感じ取れた。

 途端に気恥ずかしくなり、口から言葉が飛び出る。

 

「私が()()()()って言ったのは、そういう意味じゃないからね? 友人として、友人としてだから!!」

 

 

 これは嘘。

 

 うーん、私ってこんなにチョロかったのかな。

 ただ……私の事を一途に見てくれる人を、思わず()()()()()なんて。勿論異性として。

 

 

 ……バクダンに体を譲るのはやめた。

 日高君が私を見てくれるのなら、この体は頼まれたって譲ってやらない。偶に渡すくらいならいいけど。

 

 

(日高君の一番の秘密を知ってるのは私だけ)

 

 私の一番の秘密であり、悩みを知ってるのも日高君だけ。

 

 だけど私の悩みは今解消された。

 だから、私は今、一方的に彼の秘密を握っているということだ。なるべくやろうとは思わないが、いつでも彼をコントロールできる情報を握っているということだ。

 

 

(…………♡)

 

 

 湿気を孕む吐息が口から漏れる。

 この感情は恋なんて呼ぶには軽く、愛なんて呼ぶには一途すぎる。

 

 

 多分これに名前を付けるなら……。

 ()()()、が正しいのかな。

 

 

 私は、彼が握る手を()()()離さないように、強く握りしめる。

 

「いたッ!」

 

 日高君の声がやけに耳に響いた。

 

 

 

 

 

 

 






夜桜紗由莉の心情を盛るペコ!
なお盛りすぎて1000字くらい削った模様。そのせいで所々変になってるかも。ゆるして

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