殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#30 人格犯罪

 

 

 

 人格犯罪。

 それは浮遊人格統合技術によって生まれた闇。

 異世界の人格やそれらが伝えた異世界の技術でもって行われた犯罪の事を指す。

 

 普通の方法で行われる犯罪とは一線を画すほどに凶悪。

 だと言うのに、国……いや世界はマトモな対策を講じようとしない。

 

 なぜか?

 

 それは偏に、浮遊人格統合技術による恩恵が大きすぎるからだ。

 

 地球温暖化、食糧問題、エネルギー問題。

 それらは異世界からの技術により真っ先に解決されたものである。

 

 単純な科学技術の飛躍も著しく、国内の経済は以前の常識では考えられないほどに潤った。国が潤えば上流の自分達の暮らしも潤う。

 イカれた注射を10歳の子供に行う事を義務付けてからは正に破竹の勢い……蘇生薬が体に合わない等の多少の死亡事故をもみ消してでも強行するだけのメリットは十分すぎる程にあった。

 

 

 凶悪な人格犯罪。それが増え始めている事は重々承知している。

 そして、人格犯罪をどうにかしようとするのならば、浮遊人格統合技術を法で禁じるのが一番早く効果的である。そんな事は頭の固い国の上層部も分かっている。

 

 

 だがそんな事をすればどうなるか。

 自国でそれを禁ずれども、他国は禁じない。そうなれば、自国は確実に他国……世界の進化に置いてけぼりにされる。

 

 それに……そんな理屈を差し置いても。

 

 一度異世界の技術で得た、極上の甘い蜜……それを自ら手放すことになる。

 そんな事を許容できるはずがなかった。

 

 

 だが人格犯罪に無対策を続けては、馬鹿な記者が闇を暴こうとおかしな事をしでかすかもしれない。

 

 ……こうして、形だけの人格犯罪への対策として。

 国民の目が闇に向きすぎて、浮遊人格統合技術へのバッシングが始まらないように。

 

 予算も人員も回されない、不遇な立ち位置にある『()()()()()()()()』が出来上がった。

 

 

 願わくば、馬鹿な民衆がこのまま浮遊人格統合技術に興味を向けないように。

 そう考えながら、彼らは極上のワインが注がれたグラスを傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 凡そ人が出入りしているとは思えない程寂れた、とある廃マンション。

 高い柵で覆われたそれは、身の程知らずの若者が度胸試しに訪れ、行方不明になったという噂がある。

 

 ……そんな怪しい廃マンションの2階の角にある一室は。

 その外見からは想像もできない程、豪華絢爛な内装が広がっていた。

 

 

 その華美な椅子に相応しくない雰囲気を漂わせる男が、厚底の靴を机の上にドカッと乗せ、ふーっと口からたばこの煙を吐く。

 それを見て、別の椅子に座っていた妖艶な女が立ち上がり、近づく。

 

パーバラ、どうしたの?」

「全く……馬鹿なことしたな~と思ってよ……。見たらわかるぜ、それ」

 

 そう言ってパーバラと呼ばれた男は、机の上にあるタブレット端末を指さした。

 

 女はそれを持って幾度かタップして操作し、「ああ……」と納得の声を漏らす。

 

「あそこのデパートの奴……裏切ったのね」

「そーだよ。結構いい()()場だったんだが……ビビったんだろーな」

 

 

 彼らは人格犯罪者のグループだ。

 異世界の技術で精製された、既存の物より安価で遥かに中毒性が高い薬物を売り捌いている。

 小悪人を雇って街の裏で売っている事もあれば、表通りで薬物を混ぜた飴をただの飴と称して配布し中毒者を増やすなど、その凶悪さは留まるところを知らない。

 

 そして彼らは、薬物を売って得た大金を使って、大規模施設の管理者を買収する事を覚えた。

 

 大きなデパートともなれば、表通りよりも遥かに人が密集する。

 人目に付きにくいデパートの裏で飴から育てた中毒者に薬物を売ることも出来るし、倉庫の一角に薬物を纏めて置くことでいちいち輸送する手間とリスクも省ける。

 

 

 が、こんな人道に反しすぎた方法には当然、恐怖する者も存在する。

 そんな奴らは逃げたり、警察に通報しようとしたり、実に面倒な反応をしてくれる。

 

 

 女がタブレットを置き、言う。

 

「どうする?」

「最近、裏切る奴が少し出てきたからな。今回は見せしめとして派手にする」

「ふーん……。でも人対*1はどうするの? おかしな事をしすぎたり、手間取ったりすると出てくるわよ」

「事前に他の場所で騒ぎを起こす。それに、牙殻さえ出てこなけりゃ何とでもなる」

 

 

 それを聞いて、納得したように立ち上がる女。携帯電話を手に取り、他の仲間へ召集の連絡を入れ始めた。

 男が指に挟んでいた煙草を口に咥えて吸い、煙を吐いた後、彼女に尋ねる。

 

「そういや知雫(チダ)。お前たしか……『()()()()』の女将に術を教えたとか言ってたよな」

「ん……あぁ、そうね。でも術の才能はないし、結局渦島製薬に土地を奪われてるし。クソの役にも立たない婆だったわ」

 

 何の遠慮もない物言いをする知雫と呼ばれた女。

 彼女に対し、男は煙草を向けながら更に尋ねる。

 

「結局あの土地は何なんだ?」

「……あそこの山の地下にはね。例えば、魔法における魔力のような、世の理に干渉する力の源があるの。それが僅かに漏れ出した物が渦島製薬の求める新成分ってわけ」

「…………その源ってのは、正確には何なんだ?」

「さぁ。掘ってみないとよく分からないわ。いつからあるのかもね」

 

 

 知雫にも、あそこに何が眠っているのかはよく分からない。恐らく渦島製薬も地下に源が眠っているとは気づいていないはずだ。

 もしあれが何かを知っている者がいるとすれば。

 

 それもまた、世の理を越えるような存在なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校の昼休み。

 今の俺は、今までの人生の中で最高と言ってもいいほどに機嫌が良い。今なら殺人鬼の誰かが問題を起こしても、笑って済ませられるだろう。

 

 それはなぜか?

 

 今朝、家を出て登校している途中に()()夜桜さんと出会い、そのまま一緒に学校に来られたからだ。今まで一度も会った事ないのに。

 

 そして昼休みになると、彼女は俺に手作りの弁当を渡してくれた。

 先日の件のお詫びとお礼らしい。

 

 彼女は「一緒に食べたかったけど、用事が出来ちゃった」と引きつった笑顔で言い、なぜかどす黒いオーラを漏らしながら職員室へと向かっていった。

 

 ガスマスクに頼んで見に行ってもらうと、謎の男にバイクで誘拐されていた事について、担任に事情聴取されていたという。

 

 

『受け答えに問題はなかった、俊介の名前も出しそうにない。……というかアレは、逆に教師の方が脅されていたな……早く終わらせろと……』

 

 何を言っているんだ。

 あの天使のように優しい夜桜さんが、教師を脅すわけないじゃないか。

 

 

 

 彼女が作ってくれた弁当を食べ終わり、元の状態に包みなおしてから、スマホを弄る。

 適当にウェブサイトのトップに上がっていた記事を眺めていると、ふと、とある記事を見て指が止まった。そして誰にも聞こえない声量でぼそっと呟く。

 

「……なつかしーなこれ……」

 

 

 偶々見つけたその記事では、幼いころに狂ったように食べていた駄菓子が紹介されていた。

 

 

 小学6年生の時、甘辛いソースを絡めた肉詰めのその駄菓子が滅茶苦茶に好きで、俺は1日に十本以上も食いまくっていた。月の小遣いをそれに全て費やすこともあったくらいだ。

 

 もっと食べたかったが、親にねだっても「食べすぎだ」と買ってもらえない。

 でも俺は溺れるように食べたい。山のように食べたい。でも小学生6年生が持つ金なんてたかが知れている、駄菓子を湯水のようには買えない。

 

 そんな時に俺の中から出てきたのが、()()()()だった。

 

 

『拙者、銭稼ぎは得意でござる!』

「……例えば、どんな風に稼ぐんだ?」

『ハハハ! ゴミから漁ったり、暗がりに手を突っ込んだりであるな! 汚れはするが、多少の銭稼ぎならこれで充分!』

 

 俺は当時、殺人鬼達との付き合いがまだ浅かった。まだ12歳で、出会ってから2年しか経ってなかったし。

 よってニンジャが一体どういう奴なのかもまだ見極めきれていなくて、うっかり、体の主導権を渡してしまったのだ。

 

 

 

 ―――そして、次に意識が戻ったのは翌朝の自室の中で。

 俺の目の前には、見事な札束のピラミッドが出来上がっていた。確実に一千万円以上はある。

 

「なッ……ニンジャお前これ、どうしたんだよ!?」

『無論、ゴミの巣窟から漁って来たのでござる! これだけあれば駄菓子を山のように食う事は造作もなし!!』

 

 よくよく話を聞くと。

 闇金業者が集まるビルの中に突入し、全員を半殺しにして金庫の中身を全て奪い、業者は縛り上げて外国行きの貨物船の中へ叩き込んだそうだ。業者は不法入国により向こうでとっ捕まるだろう。

 元の世界では未解決事件の常習犯だった故、証拠隠滅に抜かりはないらしい。

 

 いやそういう事じゃないだろ。何してんのお前???

 銭稼ぎって言うか、それただの強盗じゃん。これ持ってちゃ駄目な金じゃん。

 

 

 俺はその金を黒いゴミ袋の中に詰め込み、近くの山の適当な場所に埋めた。

 ニンジャは首をかしげていたが、流石に持ってられんわこんな金。

 

 

 

「あったなぁ、そんな事も……」

 

 今となっては良い思い出……でもないな。多分あの金まだ山に残ってるし。

 けど、なんか久しぶりに食べたくなったな。あの駄菓子、どっかに売ってたっけ? よく行ってた駄菓子屋は中学卒業した頃に潰れたらしいし。

 

 スマホで調べると、以前夜桜さんのお見舞い品を買いに行ったデパートの一角に売っている事が分かった。バイクですぐ行ける距離だ。

 

 

 ……よし。

 

 今日家に帰った後、ちょっと買いに行ってみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
人格犯罪対処部隊


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