殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#32 マオとダークナイトの関係

 

 

 

 

 エレベーターで1階に降りる。

 扉が開いていの一番に耳に入ってきたのは、温泉街で聞いたマオの歌声だった。相変わらず人を魅了する綺麗な歌声だ。

 

 入って来た出入口とは真反対の場所だったからか、ライブをやっていたのに気付かなかったみたいだな。

 声のする方向に足を進め、ライブが見える場所に移動する。

 

「~~~♪ ―――♬」

 

 エスカレーター近くの少し開けた場所にある簡素なステージの上で、マオは歌っていた。

 老若男女が設置された椅子に座ってマオの歌を聞いている。設置された椅子は1つも空きがなく、立って聞いている人もいる程だ。

 

 俺も柱の側に身を寄せ、後ろの方に立って彼女の方を見ていると。

 突然彼女の目がギョロッと動き、俺の顔の方に向いた。

 

 

「――――ぐッ、―――♪」

 

 何かうめいたぞ。

 汗なのか冷や汗なのか分からないものが頬を伝いながらも、何とか声をそのままに保っている。キレのいいダンスも人を惹きつける笑顔もそのままだが、目だけはずっとこちらを向いていた。

 

 それから1分ほどで曲が終わる。

 彼女はマイクを強く握り、観客に向けて力強く言い放った。

 

「よーし、一度休憩だ! 休憩後は儂の歌を2曲予定しているからな、しっかり所用を済ませておけ!!」

 

 

 ……流石に休憩後も聞く気はないな。

 彼女が裏の控室のテントに入っていくのを見つつ、俺も踵を返そうとすると。

 

『平民、こっちに来い』

 

 頭の中にマオの声が響いた。

 いやあ、気のせいでしょ。そんなテレパシーみたいな事が出来るわけないし。

 

『儂は魔王だぞ、念話くらい出来る。さっさとこっちに来い』

 

 気のせいではなかった。

 人目を気にしつつ、こっそりとマオの入っていた白いテントに近づき、一気に中に忍び込む。

 

 

 テントの中には組み立て式の長机とパイプ椅子が設置されていた。

 机の上には新品のお茶や水のペットボトルが数個ずつ置かれており、マオはその中の1つを手に取って椅子に全体重を預けていた。

 

 テント内にマオ以外の人はいない。

 俺は彼女が座る椅子の前まで移動し、近くに合ったパイプ椅子を引き寄せて座る。

 

「平民……なぜここに居る」

「こっちの台詞なんですがそれは……」

 

 なんでみんなここに集まってるんですかね。

 特にマオと折川結城は折川旅館に住んでいたはずなのに、何故こんな離れた場所のデパートでライブを開いているのか。

 

「ふむ。その質問は結城が答えた方が良いだろうな」

 

 そう言ってマオが体を一瞬硬直させる。

 バッと再び顔を上げた彼女は、先ほどの自信満々な雰囲気ではなく、何処かおどおどとした雰囲気を纏っていた。

 

 

「あれ、え……? 日高さん? それにまだライブは終わって……」

 

 本体の折川結城さんの方だな、この反応は。

 彼女はすぐ左側の何もない方向を向き、時折頷いている。恐らく半透明のマオから話を聞いているのだろう。

 

 1分もして、彼女はこちらの方に向き直り、頭を下げた。

 

「日高さん、お久しぶりです。マオから話は聞きました。折川旅館では、私の母が……申し訳ございません」

「いや、全然気にしてない……事もないけど、君が悪くないのは分かってるから。謝らなくてもいいよ」

「……ありがとうございます。それで、なぜここに私がいるか、ですね」

 

 そう言って、彼女は説明し始めた。

 

 あの事件の後、元々危うかった折川旅館の経営が完全に上手く行かなくなった事。流石に殺人事件が起きた旅館で泊ろうという客は居なく、今後の宿泊予定が全てキャンセルになったのだという。

 そしてこれは俺の推察だが、多分昔から渦島製薬に何かされていたんだろうと思う。渦島製薬からの嫌がらせで経営が段々と行き詰まっていき、あの殺人事件を機に完全に壊れたのだろう。

 

 そして折川親子は旅館と周辺の土地を売り、彼女のお父さんがこのデパートで働き始めたらしい。

 

「父は今、このデパートの3階の和食料理店で働いています。それに合わせて、私もこっちに引っ越してきたんです。ここから車で20分くらい走ったところですね」

 

 そう言って彼女に説明された家の場所は、俺が通う高校から徒歩10分も歩かない場所だった。

 

 はえ~。

 じゃあ今、俺の生活圏内に魔王が住んでるって事? やめてくれよ。

 

「……マオが『こっちの台詞だ平民』、だそうです。どういう事ですか?」

「…………いや」

 

 半透明の状態でも心読めるんかい。

 やっぱ魔王って凄いな……。ダークナイトはどうやってトラウマを植え付けたんだ。

 

 折川結城さんが何もない所にコクリと頷き、体を硬直させる。

 雰囲気が一気に変わったのを見て、マオに体を渡したんだなと分かった。

 

 水を一口含んだのち、マオがタオルで顔を拭きながら言う。

 

「とまあ、そういう訳だ。まさか住んでる所まで近いとは思わなかったが」

「……聞くの怖いんだけど。マオって……ダークナイトと何があったの?」

「ダークナイト?」

 

 ああ。

 すっかり馴染んだから忘れてたけど、ダークナイトは本名じゃなくあだ名だった。彼女にダークナイトの風貌と、この前それをイメージした瞬間、彼女が魚みたいに気絶した事を伝える。

 

 マオは話を聞くうちに顔をみるみる青くし、すっかり血の気の引いた顔色のまま、顔の前で手を組む。

 

「……なるほど、()()()()()の事か……」

「それが、ダークナイトの本名?」

「そうだ。人の形をした生物の最高傑作、最強、儂は奴の右に出る生物を見たことがない。まさかこの世界にまで来てるとは……儂失禁していい?」

 

 なんでだよ。

 

「分かっておる、家でする。……うむ、アニーシャと儂の関係な。

 元の世界で、当時、人間と魔族はかなりデカい戦争をしていた。当初は魔族側が優勢だったんだが……ある日突然戦場に現れて、魔族の軍勢2万と武闘派の将軍を血祭りに上げたのがアニーシャだった。

 アニーシャは魔族の将軍を殺し回り、魔族側が次第に劣勢になり始めたんだが……またある日、突然人間側の軍勢と将軍を殺し始めた」

 

 は?

 

「あれだけ殺し回っていた魔族に見向きもせず、突然人間側に攻撃を始めてな。当然魔族が優勢になるんだが……そしたらまた、魔族を殺し回り始めた。

 つまり劣勢側の味方に付き、優勢側の敵になるという行為を繰り返していたわけだ。ハハッ、当時のストレス思い出して儂泣きそう」

 

 何してんだよダークナイトの奴。

 魔王が人類の敵って言ってたけど、それより遥かにヤバい事やってるじゃねーか。

 

 

「戦況が無理やり五分?になった状態が長引いたもんで、魔族は想定よりもかなり疲弊していてな。それで儂は、魔族が劣勢の時にアニーシャを魔王城に呼び出した。

 

 そして儂は命を削る禁術を使い、アニーシャを魔物化させた。この禁術はな、魔物化させた生物を術者の支配下に置くものなんだが……なぜか支配が効かなくて、ボコボコに殴られた」

 

 目から光が消え、乾いた笑みを漏らすマオ。

 なんだか可哀そうになってきたな。

 

 

「そこでドアホ部下の一人が、『()()様なら……!』と漏らしおってな。

 魔神っていうのは()()()()()()()()()()を捧げてお呼びする、魔族側の最高戦力でな。

 でも魔神は何もかもぶっ壊し尽くして、せっかくの人間の土地が無駄になるから、儂はこの戦争で出すつもりはなかった」

 

 

 ……あっ。

 何か大体察せたぞ。

 

「だっ、だけど……アニーシャは魔神を呼び出すために、わ、儂の体を足先から細切れに…………おぇっ」

「ふ、ふくろ!」

「うっぷ……!!」

 

 手に持っていた駄菓子屋の袋からサラミを全て取り出し、マオの口の前に持っていく。

 彼女はレジ袋の中に大量のゲロを吐き、顔を真っ青にしたまま、こちらを向いた。

 

「うう……。平民、お前は役に立つなあ。儂の部下もお前くらい役に立てば、儂はあんな目に……」

「は、話の続きはまた今度でも」

「いや、今話す。この機会を逃すと儂は二度と喋りたくなくなる」

 

 マオは口周りをティッシュで拭き、深く息を吸う。

 

「それでまあ、儂の悲鳴と共に魔神が召喚されてな。アニーシャに襲い掛かっていたんだが……。

 戦ってたのは大体30分くらいか。最後はアニーシャの剣で全身細切れにされて死んでおったわ、ハハハハハ。しかもアニーシャ無傷だし、もうやだ」

 

 何か、やっぱ苦労してんだな。

 俺もダークナイトの相手をする時はよく苦労してるし……流石にマオほどじゃないけど。

 

「魔神が死ぬと共に、召喚の代償であった儂も死んだ。そして気づいたら……この体の中に居た。これで儂とアニーシャの関係は全てだ」

「……なんか、すいません。辛い事思い出させちゃったみたいで」

「平民の気遣いが心に染みる。……アニーシャを御せるお前が魔族に生まれてたらなあ、儂はあんな目に……」

 

 

 世界が違うんで流石に無理じゃないかな。

 あと俺もダークナイトを御してるわけじゃなくて、共存してるだけだし……。言う事聞いてくれないことも結構あるし。

 

 マオが余りに疲れているので、先ほど机の上にバラ撒いたハッピーサラミを1つ手渡す。

 

「これどうぞ。ただのお菓子だけど……」

「おお、助かるぞ」

 

 個包装されたハッピーサラミを受け取り、ピリッと包装を破るマオ。

 そして、口の中に入れようとした所で。

 

 

 

「――――おい」

 

 

 

 彼女が突然どす黒いオーラを纏いながら、明らかに敵意を込めた低い声で言った。

 その敵意の矛先は……目の前に居る俺だった。

 

「平民。貴様、儂がこんな下らん物に気付かないと思ったか」

「え……?」

 

 マオがサラミを握りつぶし、更に眼光を強める。

 だが俺には、彼女に敵意を向けられる心当たりが全くない。ただ買ってきた駄菓子を彼女に渡しただけだ。疲れている時に甘辛い駄菓子はやめろとか、そういう好みの問題か?

 

 そのまま数秒間、お互いを見つめ合っていると。

 フッと、マオが眼光を弱めた。

 

「本当に心当たりがないらしいな……ならばいい」

「な、何が……?」

 

 彼女が、机の上に散らばるハッピーサラミを指さす。

 

「そこにある、平民の持ってきた駄菓子だ。

 ……ほんの微量だが、『()()()()()()』が入っているぞ」

 

 

 

 …………は?

 

 

 

 俺が動揺の表情を浮かべた瞬間、中から一斉に、殺人鬼達が全員飛び出して来た。

 マオが驚愕の声を漏らす。恐らく俺の脳内を読み、その光景を見たのだろう。

 

「どおッ!? な、なんだこの数は!? ……しかも、あっ、アニーシャ……」

『…………』

『ダークナイト。今はそっちじゃないだろ』

 

 ヘッズハンターが、マオの方を向いていたダークナイトの腕を叩く。

 殺人鬼達が視線を向けるのは、俺と、机に散らばるハッピーサラミの方だ。

 

『今のは本当なのか?』

『分からぬ。そも、このサラミを食べたことがある人格はいないでござる。常に俊介が味わっていた故』

 

 人格たちが話し合う中、1人が俺に近づいてくる。

 いつものふざけた雰囲気ではなく、何処かピンと張り詰めた雰囲気を纏わせるクッキングだった。

 

『俊介ちゃん。少しで良いから、私に体を変わってくれるかしら』

「あ、ああ」

 

 そして俺は体を変わり、意識を落とした。

 

 

 日高俊介の意識はなくなったが、その体はクッキングによって動かされる。

 

 彼は机の上に散らばったハッピーサラミの包装を破り、真っ二つに割ってから、鼻に近づけた。

 スンスンと何度か鼻を鳴らしてから、殺意の籠った表情でそれを握りつぶす。そしてすぐに俊介に体の主導権を返した。

 

 

 意識が戻る。

 周囲の光景が全く変わっていない事から、1分も経たぬうちに体が返ってきたようだった。

 

 俺はすぐ傍に居たクッキングに尋ねる。

 

「……ッ、どうだった?」

()ね。量にしてほんの少しだけれど……それでも問題なくらい中毒性が高い物が入ってるわ。恐らく今も食べ続けていれば、俊介ちゃんの体は確実に……』

 

 咄嗟に口を押さえる。

 マジかよ、昔から食ってた駄菓子にそんな薬物が……。

 

 かなり気分が悪くなり、顔色も多分青くなっているが、吐き気は何とか押さえる。

 

 クッキングが俺に頭を下げる。

 

『ごめんなさい、完全に私の失態だわ。まさか何度も口にしていた物に、こんなのが混ざっている事に気付かないなんて』

「い、いや……。大丈夫だ。いつも俺が食ってたからな、気づかないのも無理は……」

『何度も食べていたからこそ、私が……』

 

 未だ謝り続けるクッキングの足を蹴る、マッドパンク。

 

『今気にするのはそこじゃないだろ。大事なのは俊介の体に悪影響が残っていないかだ』

『……含まれていたのは本当に微量よ。軽い中毒者にして購買意欲を激しく高める程度ね。けど、何年も食べていない俊介ちゃんにもう影響はないわ。口にするのはもう止めた方が良いわね』

 

 言われなくても口にしない。

 というか、薬物が駄菓子に含まれているって……。

 

「そういう薬って高いんだろ? なんで何十円で売られてる駄菓子に含まれてんだよ……」

『……言うか迷ったのだけれど。重度の中毒者に育てるために、少量の薬物を混ぜた食品を食べさせるという方法があるわ。重度に育てるには余りに量が少ないけれど……このサラミもそれの一環かもしれないわね。

 でも、何年も食べていない俊介ちゃんの体に影響はほとんど残っていない、それは本当よ』

 

 

 吐き気を堪えながら、立ち上がる。

 この駄菓子は返品してこよう。無理なら家で燃やす。

 あと坂之下さんにも、それとなく『これを置くのはやめた方がいい』と伝えないと。俺も親にダメと言われなければ、際限なしに食べ続けて、今頃どうなっていたか分からない。

 

 

「悪いけど、もう行く」

「あ、ああ……。達者でな」

 

 マオが多少ビビりながら、エレベーターに向かう俊介の姿を見送る。

 彼女は俊介の思考を読み取り、それを通して、殺人鬼達の姿を見ていた。

 

 俊介はショックで気付かなかったのかもしれないが。

 彼の背後にいた人格たちは全員、尋常ではないほどの()()を放っていたのだ。魔王であったマオが思わずビビるくらいの、どす黒く濃密な殺気を。

 

 

「もし、薬を混ぜていた犯人が目の前に現れたら……とんでもない事になるかもしれないな。

 

 ……まあ、そんな偶然はそうそう起こらんだろう」

 

 

 マオは一人で、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 





感想で駄菓子に薬入ってるの一瞬でバレてて草。

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