殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#33 やりたいと思った事をしましょう

 

 

 

 マオと別れ、エレベーターに乗る。

 彼女のライブに人が集中しているからか、俺以外にエレベーターに乗っている人はいない。すぐに乗ってきそうな人もいなかったため、4階のボタンを押して扉を閉じる。

 

 ググッと、重力の影響で体にGが掛かる。

 最近の高級なホテルでは、反重力装置なるものでこういうGを感じなくなっているというから驚きだ。

 

 

 扉の上部にある階数表示器を眺めながら、最上階まで到着するのを待つ。

 途中で誰かにボタンを押されて止まる事もなく、そのまま一直線に上へと向かっていると。

 

 

 ――――ガァン!!

 

 

 大きな音を立て、エレベーターが停止した。それと同時に室内灯が音もなく消える。だがすぐに停電灯の淡い光がパッと室内を照らした。

 突然の停止に体が大きく揺れ、床に膝を崩しかけるが何とか持ちこたえる。

 

「……停電か!?」

 

 不運にもほどがある。

 壁に手を突き、階数ボタンの上にある非常ボタンを見る。

 

 連絡先は警備室となっていて、ボタンを押すと向こうの部屋と連絡が繋がるそうだ。

 人生でこんなボタンを押す機会、一度も訪れない人も珍しくない。一瞬押していいのかと迷ったが、今押さなければどうにもならないと思い、すぐにそれを押す。

 

 ガーッという砂嵐の音が一瞬鳴り、すぐに止む。

 それと同時に警備室から少し焦ったような男性の声が聞こえてきた。

 

『こちら警備室です!』

「す、すいません。エレベーターが停電で止まったんですが……」

『申し訳ありませんお客様! ただいま各所で停電の影響が出ておりまして、もうしばらくお待ち下さ―――ギャッ!!

 

 

 通話の向こうから、男性の悲鳴が短く響く。

 そのまま通話は強制的に切れ、エレベーター内に静寂が広がった。

 

「…………は?」

 

 警備室で何が起きた? 意味が分からない。

 分からないが……とにかく、余り良くない事が起きているのは分かった。

 首元に手を当て、中の殺人鬼に呼びかける。

 

エンジェルはここに。それと、誰か外を見て来てくれ」

 

 そう言うと、エレベーター内に半透明の人間が2人、姿を現した。

 

 

『私が外を見てくるわ。ちょっと待っててねん』

 

 どうやらクッキングが出て来てくれたようだ。先ほどの薬物の件を負い目に感じているのだろうか。

 彼は扉をすり抜け、外に出て行った。

 

 

 そしてエレベーター内にいるのは、俺とエンジェルの2人だけになった。

 彼女が俺の顔を見下ろしながら、鈴の鳴るような声で話す。

 

『……私を呼び出すとは、珍しい』

「エレベーターは3階と4階の間辺りで止まった。もし脱出するなら、エンジェルの怪力が必要だからな」

 

 女性に怪力と言うのはいかがなものかと思うかもしれない。だが実際、彼女は恐ろしいほどの膂力を持っているのだ。

 

 

 エンジェル。

 

 身長190センチくらいの長身を持つ彼女は、全身を真っ白な拘束衣で覆われている。

 だが動きを制限されているという訳ではなく、両足と両腕を拘束するための厚い白いベルトは、強い力で引っ張られたかのようにズタズタに千切れていた。胸元のベルトは千切れていないため、FだかGぐらいはある豊満な胸が白ベルトで強調されていて、少しだけ目に悪い。

 

 真っ白な髪をボブという髪型にし、そのシミのない真っ白な肌と相まって、全身が輝くような白色に包まれている。だが彼女の名前の由来になったのは、全身が白いから……というだけではない。

 

 彼女は背中に翼があるのだ。片翼2メートルくらいの巨大な白い翼が。

 拘束衣の背中に肩甲骨が見えるようなひし形の切れ込みが入っており、其処だけ彼女の素肌が覗いている。そして翼の根本と彼女の肩甲骨が、頑丈な糸で絶対に外れないように無茶苦茶に縫われていた。

 

 

「……相変わらずだけど、痛くないのか? その翼」

『縫った当時はそれなりに。今は全然痛くありませんよ。動かしてみましょうか』

「おお~」

 

 

 ちなみにこのエンジェル。

 素手の喧嘩ならばヘッズハンターを倒せるくらいに強い。ボコボコにされたヘッズハンター曰く、『剣鉈がないと何回やっても勝てない』らしい。

 俺が彼女を怖いと思う理由の1つがこれだ。人外身体能力のヘッズハンターが負けを認めるってどんだけだよ。

 

 

 エンジェルが肩甲骨を動かし、パタパタと器用に翼を動かすのを眺めていると。

 ぬーっと、扉からおかまの顔だけが透けて現れた。怖すぎる。

 

『俊介ちゃん。外はかなり大変な事になってるわねん』

「え?」

『なんだか怪しげな集団が客を集めてるわ。1階と2階の出入り口も封鎖されてるみたい。このままエレベーターの中に居ると、いずれ見つかっちゃうかも』

 

 

 何が起きてるんだよ。テロか?

 エンジェルが翼を動かすのを止め、静かに目を閉じる。

 

『なるほど。では、さっさと脱出しましょうか』

「……まあそうだな、とりあえずエレベーターから出るか。エンジェル、両腕」

 

 両腕の主導権が彼女に渡る。

 エレベーターの扉の隙間に手を入れ、1秒の力のためもなくこじ開けた。3階と4階の間だからか、扉の先には壁が広がっており、上の方に微かに4階の床が見えた。

 

『俊介。ジャンプしてください』

「分かった。……よっと!!」

 

 勢いよく真上に飛ぶ。といっても一般男子高校生のジャンプ力なんてたかが知れているが。

 しかしエンジェルは一瞬で、エレベーターの天井と4階の床の隙間に指を差し込んだ。余りに隙間が狭すぎるので、右の中指一本しか入っていないが。

 

 ただ彼女は中指を差し込んだまま、エレベーターの天井を左手で押す。

 中指が床に沈むがそれすら厭わず天井を押し続け、エレベーターを4階まで無理矢理持ち上げた。

 

 エレベーターから出て、近くの物陰に身を隠す。両腕を返してもらう事も忘れない。

 

 

『さて……どう脱出しましょうか』

「…………」

 

 4階には坂之下さん、1階には折川結城さんが居た。……いや1階の方はマオがいるから大丈夫だと思うが。 

 

 しかし、坂之下さんはただの一般人だ。

 

 デパートで客を集めているという奴らが何者か知らないが、もしかしたらかなり危険な奴らで、命まで奪われる可能性も……。

 いや、彼女とは折川旅館で事件に一緒に巻き込まれただけの関係だ。

 わざわざ助けに行く義理は……。

 

 

 少し黙っていると、エンジェルが身をかがめ、俺の顔を覗き込んできた。

 

『俊介、何か悩んでいますね。脱出方法以外の何かを』

「ッ」

『自分がやりたいと思った風にやりなさい。最良の選択などこの世にはありません。選択には責任が伴いますが、やりたいと思ったのならそれすら踏み越えていきなさい』

 

 …………殺人鬼の論理だな。

 やりたいと思った事を何でもやってたら取り返しがつかなくなるだろ。踏み越える責任にも限界がある。

 

 

 でも、今だけはエンジェルの言う事を聞こう。

 彼女の方を向き、声を潜めながら言う。

 

「ここから少し進んだ所の駄菓子屋へ行く。そこに坂之下さんがいるなら連れて行くし、いなかったら脱出しよう」

 

 一応、知り合いだから最低限助けには行く。

 でも至る所を探し出してまで助ける気はない。それは流石に、一般男子高校生に出来る範疇を越えているし、普通にちょっと怖い。殺人鬼達が居るから何にも怖くないとかそういう訳ではないのだ。

 

 

 辺りを警戒しながら進む。

 スタッフ専用の搬入路を通り、駄菓子屋のすぐ傍で出る予定だ。こうすれば幾分か見つかる可能性も低い。

 

 そうしてぼんやりとした明かりしかない、搬入路を進んでいると。

 何やら壁や床を叩いたりするような、暴れるような音が聞こえてきた。

 

 

『ちょっと見てくるわね』

 

 クッキングに先行してもらい、音の原因を見て来てもらう。

 1分もしない内に戻って来た彼は、なぜか、黒い雰囲気を纏っていた。

 

「どうしたクッキング?」

『いえ何でも。それとちょっと……中に戻ってるわね。あと、進んでも問題ないわ』

「あ、ありがとう……?」

 

 

 どうしたんだろう。

 首を傾げつつも搬入路を進むと、恐らくデパートの品物を置いておくためにある倉庫の扉があった。その中から件の暴れるような音が響いており、耳を近づけると、厚い扉の向こうから声も聞こえる。

 

 

 クッキングは進んでも問題ないとは言っていた。

 だが中に入っても問題ないとは言っていない。果たしてこの中に入るべきなのか。

 

 扉の前で数秒立ち止まりながら悩んでいると、突然、扉が勢いよく開いた。

 反応する間もなく壁に押し付けられ、額に黒く冷たい物を突き付けられる。

 

 

「動くと殺……え?」

 

 俺を壁に押し当てた女性が、呆けた声を出す。

 彼女は駄菓子屋にいた黒スーツの女性だった。しかもそこで、俺の額に突きつけられているのが拳銃だと気づく。

 

「ご、ごめんなさい。敵かと思って……」

 

 ヤバすぎだろ。いきなり拳銃を頭に突きつけてくるなんて。

 彼女が離れるが、俺はまだ額に何か当たっているような感覚が続いていた。乱れた呼吸を何とか整え、顔に流れた汗を服の裾で拭う。

 

「大丈夫……で、す」

「すみませんでした……。先ほど犯人に客が集められていたので、私のように逃げられた人がいるとは思わず。一体どうやって?」

「エレベーターの中に偶々いて、さっき抜け出して来たんです」

「なるほど、そうでしたか」

 

 女性は懐から警察手帳を取り出し、俺に見せる。

 

「私の名前は翠 夏樹(みどり なつき)。警察所属の『()()()()()()()()』の者です。ご安心を」

 

 

 ……人格犯罪対処部隊? マジかよ。全然安心できないんですが。

 内心だらだら冷や汗を流すが……俺はまだ彼女にはボロを出していない。大丈夫、大丈夫。

 

「現在、デパート内は7人の人格犯罪者によって占拠されています。……クソ、せめて牙殻がいれば……」

 

 人格犯罪者7人に占拠?

 しかも、牙殻さんか。あの人そんなに強いのかな? 俺には拳銃を余裕で人に突きつける翠さんの方が強そうに見えるけど。

 

「ひとまず部屋の中へ。捕まえた犯人が1人いますが、外よりは安全です」

「あ、はい」

 

 

 そう言って、倉庫に案内される。

 中には段ボールが山積みになっており、その一角に、スキンヘッドの男が顔面から血を流しまくりながら倒れていた。

 俺はその男を指さす。

 

「アレは?」

「今回の犯人の一人です。情報を聞き出すために少し強めに拘束しました」

 

 強めっていうか、半殺しっていうか。

 男は完全に気を失っているようで、ピクリとも動かない。エンジェルの方をチラリと見るが、特別警戒していないので、狸寝入りをしている訳じゃあなさそうだ。

 

 そんな男が突っ込んでいる段ボールの山から。

 微かにではあるが、何か、白い粉末のような物が漏れているのが見えた。

 

 普段ならあんな白い粉、砂糖か塩かだと思うだろうが、先ほどの駄菓子の件で俺には全く別のものに見えてしまっていた。

 翠さんが男の方を一瞥して、すぐに顔を逸らす。

 

「この人格犯罪者とこのデパートの管理人は繋がっていたらしく、異世界の技術で精製された()()をこの施設内で売り捌いていたらしいですね」

「薬物?」

「ええ。食べ物に混ぜて中毒者を育てたりと、かなり手広く……どうしました?」

 

 

 思わず気持ち悪くなって、口元を押さえる。

 だがそんな不快感よりも気になるのは、エンジェルの反応である。

 いつも冷徹な表情を浮かべている彼女が、俺でもはっきり分かるくらい口角を上げて微笑んでいるのだ。人の苦しみを見てそんなに楽しいかチクショウ。

 

 

 彼女は俺の口を押さえる反応を見て首を傾げていたが……すぐに懐から白くゴツイ銃を取り出し、倒れている男の方に向けて引き金を引いた。

 

 パシュッ!という軽い音と共に、何処からともなく現れた淡く光る縄が男を簀巻きにする。

 それを見た彼女は白い銃をしまい、こちらを向いた。

 

 

「私は行きます。

 貴方はこの倉庫に隠れていて下さい。あの男が目を覚ましても無視するようにお願いします」

 

 そう言って翠さんは、扉を開き。

 

「あの時は、ありがとうございました。()()さん」

 

 俺にハッキリと聞こえるが、それでも静かな声量でそんな事を言い、扉を閉めた。

 倉庫の中に静寂が広がる。

 

 

 

 ―――数秒の静寂の後、エンジェルがくつくつと声を出して笑い始めた。

 

『フフフ。クッキングが殺気を放っていた理由が分かりました』

「殺気?」

『フフフフ』

 

 怖いよ。何か言ってくれよ。

 いやでも、こいつらが食べ物に薬物を混ぜてたからといって、本当に同一犯なのかは分からないんだよな。それでも凶悪な犯罪をやってるのには違いないけど。

 

 

 ……というか、ちょっと待てよ。

 翠さんが去り際に言った『()()()()()()()()()()()()()()()』って何? 別に何かした覚えないんだけど……。

 記憶を探っていくが、あんな女性を助けた覚えはない。

 

 ……まあ、俊介なんて名前の男なんていくらでもいるからなぁ。多分勘違いだろ。

 殺人鬼に体を渡している時の行動は、俺の記憶にないけど……まさかな。全員人助けを好んでするようなタイプじゃないし。可能性ありそうなヘッズハンターとかガスマスクとかなら、口裏合わせとしてちゃんと言ってきてくれそうだし。

 

 

 もうそれはいいや。

 とりあえず、ここから駄菓子屋まで100メートル圏内に入ってるだろうし、誰かに偵察に行って貰おう。

 

 坂之下さんが居たらここまで連れてきて、居なかったらここで休む。下手に動いたら逆に怪しまれそうだしな。人格犯罪対処部隊なんて物騒な名前の人達に目を付けられたくない。

 

 

 そう思いながら首に手を当て、中から誰かを呼び出そうとした瞬間。

 背後に居たエンジェルが静かな声を投げかけて来た。

 

『あとで謝ります』

「は? 何が――――ッ!?」

 

 

 俺が振り向いたその時、彼女が物凄い勢いで覆い被さろうとしているのが見えた。

 まずい。こいつ、体の主導権を無理やり奪う気だ。

 

 咄嗟に飛び跳ねて避けようとするが、背後からの完全な不意打ちで、ヘッズハンターが負けを認めるような化け物から逃げられる訳もなく。

 

 

 呆気なく体の主導権を奪う条件を満たされてしまい、俺の意識は暗闇へと吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 エンジェルが首に片手を当て、ゴキゴキと鳴らす。

 そんな俊介の体を操る彼女の様子を、何もない所からフッと現れたヘッズハンターが睨む。

 

『無理やり体を奪ったか。お前、何を考えてる?』

「フフフフ。私は自分のやりたいと思ったことをすると、いつも言っているではありませんか。このまま何もせず終わりで我慢できるほど優しくないんですよ、私は」

 

 そんな彼女の言葉に呼応したのか、中に居た殺人鬼達が続々と姿を現す。

 

「それにヘッズハンター、貴方も収まりがつかないでしょう?

 私達のような殺人鬼を縛る物は存在しませんが……守りたい物はあります。それを傷つけるこの塵芥共、今殺さないだけありがたいと言ってほしい物です」

 

 エンジェルは血だらけの男の方を一瞥した。その視線には背筋が凍るような冷酷さだけが灯っており、異世界で史上最悪とまで呼ばれた生粋の殺人鬼としての狂った倫理を感じさせる。

 

 

 そんな彼女の様子と、他の殺人鬼が放つ黒い殺気を見て、ヘッズハンターは溜め息を吐いた。

 あのガスマスクまで向こう側なのだ、これ以上言っても無駄だろう。

 

 それに……あの薬物の件でかなり頭に来ているのは、自分自身も例外ではないのだから。

 例え彼らが駄菓子に薬物を混ぜた犯人でなくとも、今、俊介を薬物に関連する犯罪に巻き込んでいる。それだけでこの溢れるような怒りを一先ずぶつける相手としては十分すぎる。

 

 

 ヘッズハンターはエンジェルに言う。

 

『殺しはなしだ。目立つような派手な行動もなし』

「ええ、ええ。勿論殺しはしませんよ、大切な物(俊介)との約束ですから。ただ『目立つ行動はなし』というのは守れませんね、俊介と約束していませんから。それとも……ヘッズハンター、私が貴方と約束を交わすと思いますか?」

『いちいち腹が立つ口を利くな。お前、本気で殺されたいのか?』

「出来るものならどうぞ」

 

 

 そうして、エンジェルが操る俊介の体は扉の外へと歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






『#25 失恋の前歌』におけるエンジェルの口調を変更しました。

正直、淫ち〇んの天使の敬語口調に引っ張られました。It's判断力足らんかった……。



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