殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#35 Let's GO 脳筋スタイル

 

 

 

「ふーッ」

 

 歯の隙間から鋭い息を吐くエンジェル。

 ゆったりと散歩でもするような足取りで近づいてくる彼女……俊介の体を見て、2人の男達は警戒態勢を取った。

 

 

「近づくんじゃねえ!!」

 

 男の片割れ……マーズと呼ばれた方が人を殺すには十分すぎる威力の小銃を構え、そう叫んだ。念のために腰元に付けている手りゅう弾も手に取り、素人でも分かるような威圧をする……が。

 

「…………」

 

 エンジェルはその声をガン無視。動かす足の勢いを全く弱めることなく進み続ける。

 1階での前例もある。たった一人の命を奪うことに元々躊躇いもなく、迷わず引き金を引き、光と共に炸裂音を響かせた。

 

 

 パンッ!と弾が一発、エンジェルの額に命中する。

 少しだけ顔を後方に跳ねさせ、足を止めるが、すぐに視線を目の前の男達に戻して歩き始めた。

 

 普通なら頭に風穴が空く所だが、穴どころか掠り傷すら付いているようには見えない。

 その様子にマーズは少し目を見張るが、すぐに冷静さを取り戻す。善悪はともかく数多の修羅場を潜り抜けて来た腕利きであり、動揺はすぐに消せるのだ。

 

 パーバラが札を取り出し、マーズの肩を叩く。

 

「チッ、今日は本当に運が悪いなマーズ! 下がりながら撃ちまくれ!!」

「へい!!」

 

 

 ネックウォーマーの中でニタニタと笑うエンジェルに、早歩きで近づく半透明の男が一人。ヘッズハンターが厳しい声色で、ゆったりと獲物を追い詰めて楽しむエンジェルに言う。

 

『遊びすぎるな。せっかくの変装用の服が吹っ飛ぶぞ』

「フフフ。余りに可愛い豆鉄砲でしたから、つい」

『……俺はあれくらいの銃弾で失血死しかけたんだがな……』

 

 ヘッズハンターがエンジェルとのステゴロで絶対に勝てない理由は単純。

 この怪力女は硬すぎるのである。骨を砕くつもりで蹴り飛ばしても、殺すつもりで首を締め上げても、涼しい顔で怪力パンチをドゴンドゴンだ。素手でやり合うには分が悪すぎる。

 

 

 

「では、そろそろ真面目に行きましょうか」

 

 彼女が右足で床を強く踏み込んだ瞬間、ビシリと嫌な音を立てて床にひびが走る。

 飛来する銃弾が全身に当たるのも気に留めないまま、銃を持つ男の体を勢いよく殴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――エンジェル。殺害人数およそ2000人。

 

 

 生まれつき、人並み以上に力が強く体も頑丈だった。

 成長してからは身長が高くなり、他人が羨むような美貌も勝手に備わっていた。

 

 

 ……だが彼女が生まれ落ちた社会は、それでどうにかなるほど甘くなかった。

 

 貧富の格差が完全に定着しており、貧民層の生活は不潔で貧しく、富裕層の生活は一般市民には想像も出来ないほどの贅を尽くした物だった。

 当然彼女は一握りの富裕層などではなく、誰かが産んだ貧民の孤児として地下深くに根城を張る。

 

 1日の大半を地下での過酷な掘削作業……彼女にとっては暇つぶし程度のそれに費やし、安いが何が入っているか分からない飯を食べ、根城で寝る。その怪力は彼女の暮らす地域ではかなり有名で、寝込みを襲おうという不埒者は存在しなかった。

 

 

 

 そんなある日。突然、気取った富裕層の人間が地下にやって来た。

 

 その時に知ったが、彼女達が掘り進めていた穴は地下鉄を作るための物で、自分達が根城にしているエリアも丸ごと綺麗に掃除して線路を敷くのだと言う。

 無論、自分の住処を潰されることに何人かが抗議の声を上げたが、側近の武装兵に頭を撃たれて殺されていた。

 

 

 だがエンジェルは臆することもなく、ぼーっとその様子を眺めて。

 『今ここであの富裕層の人間を殺したら、どうなるんだろう』と考えてしまった。

 

 

 貧民生まれ故、ずっとその日暮らしを続けて来た。マトモな教育など受けられるはずもなく、何が良い事で悪い事かの区別も余りつかない。

 

 それでも生物としての本能として、同族を殺す事は忌避する感覚があるはず。だがエンジェルにはその感覚がなかった……と言うより、目の前のそれらが自分と同族の生物には見えなかった。

 

 その超越的な視点は、言うならば、生まれ持った彼女の素質なのだろう。

 人を殺す事を考え、それを実際に行動に移せる、生粋の人殺しとしての素質。

 

 

 その場で数人の武装兵の体を半分に千切り、気取った富裕層の人間の頭を握りつぶした。

 

 銃が体に当たっても存外傷はつかず、服に穴が開いたくらいで殆ど痛みを感じなかった。寧ろ、初めて自分の人生の選択を自分で選んだ事に、不思議な高揚感に包まれていたくらいだ。

 

 

 背後で自分と同じ貧民……同じ場所で穴を掘っていた、いわゆる仕事仲間と呼ばれる人間達が声を張り上げた。溜まり切った富裕層へのストレスが爆発し、今まさに社会変革への一歩を踏み出す、その瞬間だったのだが。

 

 エンジェルは社会変革になど一切興味はなく、やかましい声を出す100人余りのそれらを1人も逃がす事なく殺し尽くした。そして再び得も言われぬ高揚に包まれる。

 

 

 ――――やがて、彼女は血の海の中で納得した。

 

 

 なるほど、自分で物事を選択するとはこんなに楽しい事なのか、と。

 選ぶことの味を覚えた獰猛な獣はとどまる事を知らず。

 

 更に最悪なのは、殺人という最悪の一手を()()と、その味が何度でも味わえると覚えてしまった事だ。

 

 

 

 暫く帰ってこない富裕層の人間を探しに来た武装集団を1人を残して殴り殺し、残った1人に地上行きのエレベーターを稼働させ、全身をカラカラになるまで絞った。

 

 

 初めて訪れた地上は太陽が明るく、何分か目を細めて動くことが出来なかったのを覚えている。

 身を包むような温かさ……初めての感覚を感じながらその辺を歩き、やがて太陽に慣れると、再び味を占めて人を殺し始めた。

 

 適当な武装では傷がつかず、毒ガスなんかの化学兵器は腕を一振りするだけで掻き消える。

 生まれて初めての地上を自分の意思で歩き回り、時折、高級そうなビルに突っ込んでは中に居る人間を全て血祭に上げたりもした。

 

 

 服が汚れて臭くなりすぎたので、わざと捕まって新しい服を手に入れたりもした。少し鬱陶しいベルトがあったが、力を込めると呆気なく千切れた。

 

 

 ―――エンジェルにとっての『選ぶ』とは、つまり。

 何者にも縛られない自由が前提にあり、そこから自らで自らの道を決める事。行く先を決めることも、何をするかも、誰を殺すかも、全て自分にとっての新鮮な選択だ。

 

 

 空飛ぶ鳥の自由を羨み、エンジェルは富裕層の人間が部屋に飾っていた作り物の翼を体に縫い付けた。鏡を見ながら1人で縫ったために無茶苦茶になってしまったが、おおむね満足の行く出来だ。楽しくなってパタパタと何度も動かしてみる。

 地下で漫然と生きていた頃よりも、ずっと毎日が輝いているように見えた。

 

 

 

 しかし――――彼女は余りに社会を乱しすぎた。

 

 

 ある日、今までの木っ端とは比較にならない練度の武装集団が、数多の兵器と共に立ち塞がった。

 そこらの武器では傷つかないが、厚い鉄板を何枚も貫くような武器では流石に血を流してしまう。

 

 

 超振動する鋭利な刃物で体を何十回も切り裂かれ、頭には対物ライフルの弾を10発ほど受けた。他にも数え切れぬほどの傷を負う。

 それでも武装集団の殆どを殺したが……残った最後の1人に腹の傷の中に爆薬を押し込まれ、そのまま自爆されてしまう。

 

 

 バスケットボール程の大きさの傷から溢れる血を抑えきれぬまま、その場に倒れた。

 

 そのまま、歴史に名を遺した史上最悪の殺人鬼(怪物)は、安らかに眠るように失血死した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死後に異世界に来て、10歳の子供の中に入ったという到底信じられない現象。

 当初は、少し様子を見てから、日高俊介という少年の体を奪ってしまおうかとも考えた。彼女にとって、自身の考えから来る選択は尊い物であり、他者には絶対に邪魔させない物である。

 

 そんなエンジェルの考えを撤回させられるとすれば、それは彼女自身しかいない。

 

 

 日高俊介と出会ってから少しした頃に訪れた、あの『()()()()()』。

 その日から、エンジェルにとって俊介は守るべき大切な物となった。

 

 考えもしなかったのだ。

 『CS-08925』という無機質な番号ではなく、自分を定義づける名前があることが、これほどまで楽しい物だと。

 

 

 選択は自身にとって楽しく、高揚感を与えてくれるからこそ、大切にした物。

 ならば『エンジェル』と言う名を与えてくれ、自身を楽しくさせてくれた俊介も、また同様に大切な物なのだ。

 

 大切な物との約束は守るし、言う事も聞く。それが彼女にとっての当たり前である。

 そもエンジェルの時折崩れる不慣れな敬語は、人に好感を抱かれる喋り方など何も分からず、富裕層の人間が喋る口調を適当に真似たためだ。10歳の俊介が必要以上に怖がらないようにするために。

 

 

 

 ……『大切な者』ではなく『大切な物』と敢えて考えているのは……エンジェルの照れ隠しか。

 はたまた、狂った殺人鬼の(さが)から俊介すらも同族の生物として見れていないのか。

 

 それは定かではない。

 ただ、愛情と庇護欲が混じり合った面倒な感情が、彼女の人と物の境界を曖昧にし始めている……それだけは確かなようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「? 何でしょう?」

 

 エンジェルはマーズという男を殴り飛ばした感触がおかしいことに気付く。何か、跳ねのけるような力が拳を押しとどめ、男の体にまで届かなかったのだ。

 男に当たっていないのに、吹っ飛んでいった。これは一体どういうことか。

 

 

「なんつー馬鹿力だよ……!!」

 

 

 そう悪態を吐きながら立ち上がるマーズ。

 エンジェルには分からないだろうが、彼が使っているのは『物理的な攻撃に対して自動的に反重力のバリアを張る』という機械だ。ただ相手の力が強すぎると、踏ん張りが効かず吹っ飛ばされたり、バリアがオーバーヒートを起こしたりもする。

 

 

 ただその種を知らないエンジェルにとって、当たっていないのに吹っ飛ぶとは実に面妖な光景だ。

 右手を不可視のバリアに食い込ませ、そのまま重武装の男の首を掴もうとした。が、依然として触れられない。

 

「ふむ」

 

 段々と楽しくなってきてしまった。

 そのままバリアごと壁まで押し込み、なおも右手に力を込め続ける。分厚いコンクリートの壁に巨大なヒビが走る頃、マーズが胸元に付けている機械が白い煙を吐き始めた。オーバーヒートの合図である。

 

 

「う、お、おおおおッ!!」

 

 

 無茶苦茶に銃を乱射するが、エンジェルにとってそれは子供がおふざけで放つ輪ゴム銃と殆ど同じだ。バリアを力ずくで破壊し、首元を掴んで持ち上げる。

 

 半身不随になる程度に背骨を損傷させるため、中指を肌に深く食い込ませようとした瞬間。

 

 

 

「―――陽道・焔火(ほむらび)の札!!」

 

 

 瞬間、ピタリと左手に冷たい札が張られ、そこから青い炎が一気に噴き上がった。

 左手の肌の上で猛る炎を横目に、札を張って来たもう一人の男……パーバラの方に振り返る。

 

「フフフ。豆鉄砲に花火ですか。子供みたいですね?」

「あァ!? 割と強い術だぞ!!」

 

 無論、こんな児戯のような火でダメージを受ける訳がない。

 右手に掴んだ男を投げつけた後、壁からもぎ取ったコンクリート片を砕きながら投げつける。

 

 パーバラが投げられたマーズを受け止め、ポケットから2枚の札を取り出す。

 一発一発が肉を抉り取るコンクリ片を横っ飛びで回避し、再度取り出した札を光らせた。

 

 

「陽道・焔火炎の札!!」

 

 パーバラの真上の空間が熱で一瞬歪み、そこから収束された青い炎のビームが空気を焦がす音と共に放たれた。

 

「先ほどよりはマシですね」

 

 肉を焦がす熱の集合体を左手で受け止める。

 焦燥と困惑で歪む男の表情など気にせず、左手にビームを受けながらもエンジェルは前へと足を進めた。

 

 青い炎が効果切れで消えた瞬間、フリーになった左手を拳にして男へ降り下ろす。

 真上から降り下ろした拳を先ほどの反重力のバリアではなく、正方形の青い結界を張って受け止められた。しかし常識外れの怪力を真正面から防いだのは明らかに間違いと言えるだろう。

 

 

「あら」

 

 何の抵抗もなく結界を叩き割り、男の顔面に拳をめり込ませる。

 そのまま重力に従って床をぶち壊してしまい、2人の男達と共に3階へと落ちて行ってしまった。

 

 

 何事もなく床へと着地し、少しだけ困ったように頭をかくエンジェル。

 

「存外もろいですね。やってしまいました」

 

 先ほどの反重力バリアを殴る感覚でやったのは明らかに間違いだった。

 札使いの男は拳と床に頭を挟まれて気絶しており、軽く蹴ってアバラにヒビを入れても全く起きる気配がない。完全にノビてはいるが、呼吸しているので生きてはいる。

 

 崩落に巻き込まれたもう一人の重武装の男は意識が残っていて、瓦礫片に挟まれて呻いていた。

 エンジェルが首を強く踏み、気絶させる。

 

 

 そして、同じように飛び降りて来た横の人物に話しかけた。

 

「キュウビ。さっきの何とか炎というのは貴女の術ではありませんか?」

『うむ。誰が札に書き起こしたか知らぬが、確かにわらわの物と同じ体系の術じゃな』

「知り合いですか?」

『さあの。まあ、ダークナイトと同じように、わらわと同じ世界から来てる輩がおるのやもな』

 

 

 興味なさげにそう答えるキュウビ。何か本心を隠しているとかそういう訳ではなく、本当に心の底から興味がないようだ。

 

 エンジェルは地面に転がる男2人を一瞥した後、静かに言う。

 

「……余りに弱すぎて、溜飲が下がり切っていないですが。私はそろそろ変わるとしましょう」

『貴様が強すぎるだけじゃ怪力女。……というより、貴様がずっと体を独占するかと思っておったぞ』

「フフフ。私も人に譲る事くらいは覚えます。犯人は残り5人……お好きなようにどうぞ」

 

 

 そう言って、エンジェルはキュウビに体を譲った。

 単純に一番近くにいたから譲っただけで、術がどうのこうのとか考えていた訳ではない。

 

 一瞬の硬直から意識を取り戻したキュウビは、辺りを見回す。

 

「しかし、わらわと同じ術の使い手か……。もしかすると、あの旅館で女将に術を伝えた奴かもしれんのう」

 

 手のひらに華美な扇子を顕現させ、いつもの癖で口の前を隠す。

 4階に戻るも良し、3階を歩き回るも良し、全く別の階に行ってもいい。

 

 それを自由に選べるのもまた、傲慢たる美女の特権なのだ。

 

 

 

 

 ――――しかし。

 殺人鬼の遊技場に終わりのチャイムを鳴らす、人格犯罪者に恐れられる人対最強の男(牙殻)が、刻一刻と近づいていた。

 

 人知れず、遊技場の終わりまで残り30分を切る。

 それに気づく者はまだいない。

 

 

 

 

 





牙殻ー! 早く来てくれーッ!(展開が煮詰まる音)

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