殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#37 言い表せぬほどに求めるこの感情

 

 

 

 

「おー。儂の魔法とは違うが……中々迫力がある」

 

 マオがそこら辺にあった椅子に腰かけながら、目の前の2人の魔法(?)勝負を見物する。時折弾かれた攻撃が飛んでくるが、流石に魔王、流れ弾程度で負傷する程甘くない。

 

「しかしまあ……一方的だの。勝敗は丸見え、賭けにはならんな」

 

 勝負は、ピークを迎えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「――――陽道禁術・大紅蓮焔(だいぐれんほむら)ッ!!」

 

 

 知雫(チダ)が高く飛び上がり、数メートルの青い火の玉を作り出して、眼下に居るキュウビに投げつけた。

 それを見たキュウビが、扇子で口を隠したまま静かに言う。

 

「陽道・焔火(ほむらび)

 

 彼女の目の前に小さな炎が出現し、自身の体の周りに薄く広がる。そしてすぐに巨大な火球がぶち当たり、デパートの一角が青い炎に包まれた。

 床や壁には薄く炎が張り、少し歩くだけでも大火傷だ。だがそんな炎の海の中心で、キュウビは涼しい顔をしていた。

 

 知雫が顔を歪める。

 

「なんでそんな、雑魚術でッ……!」

「自分の身を護るぐらいならこの程度で充分じゃ。勿論、地力の差もあるがの?」

「クソがッ!!」

 

 殴り掛かって来る知雫の拳を軽くいなすキュウビ。

 ヘッズハンターやエンジェルに比べれば可愛すぎる攻撃だ。まあそれはあの2人が化け物すぎるだけだし、その更に上に潜む怪物(ダークナイト)の事など考えたくもない。

 

 知雫の腹に左の掌底を打ち込み、地面に沈ませる。

 

 

「ふぁぁあ……しょうもないのぉ。やることといえば隙だらけの禁術を放つだけ。しかも禁術を使ってばかりで体力が勢いよく削れておるのじゃ」

「はーッ……はーッ……」

 

 息を荒くする知雫を見下ろし、キュウビが溜め息を吐いた。

 

「飽きた。貴様の回復を待つ間、話を聞いてやる。好きに申せ」

「何……!? ふざけ」

 

 知雫の顎の下に扇子を当てる。

 

「今すぐ全身を焼いてもいいのじゃぞ、小娘」

「ッ」

 

 彼女は諦めたように、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――キュウビ。殺害人数およそ100人。

 

 

 彼女は悪辣な環境の娼婦街の一角に、親の顔も知らぬ孤児として生まれ落ちる。

 

 上を見上げればいつも遥か彼方に、宝石のような眩しさの城があった。そしていつからか、なぜか、その城に行きたいと強く思うようになった。

 

 

 汚い娼婦街の孤児が宮殿に行く機会があるわけがない。

 持っていたのは、名も知らぬ親から受け継いだその美貌だけ。あの宮殿に辿り着くには、他の部分を一から作り上げていく必要があった。

 

 知力も暴力も道術も、全て一から身に着けた。

 初めて人を殺したのは、娼婦街を纏めていた裏組織のボスを見せしめに吊るし上げた時だ。存外何とも思わず、自分には美貌の他に、人殺しの才もあったのかと気づく。

 

 人を惹きつけてやまない魅了の仕方も覚えた。一通りの作法も身に着けた。

 必要とあれば手ずから人を殺し、街の実質的な纏め役まで成りあがった。娼婦街の孤児からここまで来られれば充分な物だが、城に辿り着くにはまだ足りなかった。

 

 

 それからも、ありとあらゆる手を尽くした。

 その過程で多くの人間を殺したが、それを気にすることなく進めた彼女は、やはり何処かおかしかったのだろう。

 

 

 いつしか、高貴な生まれの者しか成れぬ城の侍女になる。

 この頃には、男だろうが女だろうが関係なしに魅了する技術は身に付いていた。第三王女を完璧に堕とし、侍女の身分でありながら他の王族とも交流を持つようになった。というより、そうなるように仕向けた。

 

 やがて王子の妃として豪華な椅子に座り、城内の権力を完璧に握った。義父である王すらも魅了し、人からは国を傾かせるほどの美女と呼ばれた。

 

 

 ――――そして。

 誰も逆らわせず、幼き頃から夢見た城の中で偉そうにふんぞり返ってみた感想は。

 

 『思っていたよりもつまらない』。それに尽きた。

 

 

 思うに……あの日から追い求め続けた城というのは、手に入らないからこそ輝いて見えたのかもしれない。

 はたまた子供の時は輝いて見えたが、精神が成長して、負の面が多く目に入るようになったからかもしれない。

 

 暇つぶしに、自分よりも遥かに高貴な身分で生まれた女共を蹴り飛ばして見るが、全くつまらない。魅了して足を舐めさせると一時は面白いが、気が晴れることはない。

 

 出ようと思えばこんな城程度、いつでも出れる。

 だが出た所で何をする? 今までの人生、この城に辿り着くことしか考えてこなかった。権力闘争の頂点まで上り詰めたのはその延長線上にあっただけだ。

 

 傾国の美女と呼ばれても所詮、根はキラキラした物に誘き寄せられただけの孤児なのだから。

 

 憂さ晴らしに城内の貴族を虐めたり、魅了したり。

 そんな事を繰り返していた時、彼女のいた国は他国との戦争を始め、それに敗れた。

 

 

 彼女を含む王族は全て捕らえられ、見せしめと処刑されることになる。

 他の者共のように、うだうだと暴れる理由はなかった。敵国に寝返った者から過去の殺人を咎められても、全く動じなかった。

 

 

 正直な話……やろうと思えば、処刑人を焼き殺して逃亡も出来ただろう。

 

 だが今の彼女には、幼き頃に夢見た……あの輝く『()』が何処にも見えなかった。何もかもを踏み倒して生きたいと思うような目標がなかったのだ。

 

 娼婦街の一角から成り上がった、目的の為に人殺しすら厭わない非情な女は……一瞬で頭と胴を切り離され、その生涯に幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私は、王子と結婚するはずだった……!」

「ほう」

 

 キュウビが知雫を見下ろしながら、記憶を探る。

 

「私は王子の婚約者だったんだ!! それをお前が、汚い手を使って王子を洗脳して……!!」

「……あぁ、思い出したのじゃ! おったのう、芋臭い黒髪の女が。喉に引っかかった小骨が取れた気分じゃ」

「ッ……! この、娼婦街上がりの孤児風情め!! 何が禁術を使うなだ、お前も使ってたじゃないか!!」

 

 そんな彼女の言葉に、意味が理解できないといった様子で首を傾げるキュウビ。

 

「陰道の禁術・呪操縛(じゅそうばく)……。私と王子の仲が引き裂かれるなど、あの術しかありえない!」

 

 それはかつて、折川旅館の女将が使った禁術だ。

 人を呪いの様に縛り付け、操作する。それは単純な魅了の術や洗脳の術とは違い、心の最奥にまで侵入するため、相当の実力者でない限り解くことが出来ない。

 勿論、完全に使いこなそうと思えばそれ相応の実力を要する、難易度の高い禁術だ。

 

 

 キュウビも一応、使えはするが。

 彼女は首を横に振り、その言葉を否定した。

 

「わらわは禁術など使っておらぬ。そも、元の世界でわらわは術を用いて人を魅了した事はない」

「……は? じゃあなんで、王子は」

「あの王子は、純然たるわらわ自身の魅力に頭をやられたのじゃ。婚約者の貴様を放り置いてな。

 元娼婦街上がりの孤児風情の靴を、それはそれは下品に舐めておったのう。肌に触れさせたことは一度もないがの」

 

 

 知雫がありえない物を見たような、驚愕の表情を浮かべる。

 

 

「ありえない。私は、王子とは幼い頃から……。お前から取り戻すために道術を磨いたのに、これじゃあ何の意味が」

「残念じゃったのう。わらわは処刑されたし、貴様はその様子だと、禁術を使いすぎて元の世界で死んだんじゃな? ここで会えはしたものの、結局何の意味もなかったという事じゃ」

「ッ――――」

 

 

 怒りに震える知雫がキュウビから離れ、再び惜しげもなく禁術を撃ち始めた。

 それをキュウビは難なくいなし、逆に知雫の右肩を焼き焦がす。涙混じりの表情で地面に這いつくばる彼女に、ゆったりとした足取りで近づいて行った。

 

「まぁ正直、王子など既にどうでもいいのじゃ。今目の前におったら、貴様にくれてやってもよかった所じゃぞ。禁術どころか、一番初歩の魅了の術すら使わずに堕ちるようなボンクラなんぞな」

 

 彼女の声に、光悦が混じり始める。

 

「わらわは既にこの世界で、新たな『()』……いや、それ以上の()を見つけた。死んでから命を懸けてでも手に入れたいと思ったのは、なんとも数奇な運命じゃ」

 

 

 思い出したのは、彼女が今操っている、日高俊介の顔。

 

 

 それは、俊介が中学2年生の頃。

 一から磨き上げた人を惹きつける魅惑を、サイコシンパスに上回られ、プライドを粉々に叩き折られた時の事だ。

 

 キュウビは自信を取り戻すために、俊介を全力で魅了し始めた。

 最初は術の力を使わず、自身の美貌と蠱惑的な動きだけ。これで城の王子は堕ちたが……俊介は全くもって反応しなかった。

 

 次に魅了の術を使った。

 普通ならばこれで堕ちるはずだが、俊介はのほほんとした表情で普通に過ごしていた。いくら実態のない半透明とはいえど、自分の姿が見えるのなら、魅了の術は効果があるはずなのに。

 

 ムキになったキュウビは、禁術を使った。

 それでも俊介はのほほんとしていた。少しだけこちらを気にする時間が増えたが、それだけだった。

 

 

「分かるか? その城はわらわの美貌と魅惑を以てしても一切靡かぬ。先ほど貴様が言うた禁術の呪操縛や、他の魅了の術、操作の術を1週間ほどかけ続けて、ようやっと情欲を込めた視線を向けるのみ」

 

 

 俊介自身はあの日、キュウビがずっと部屋の隅にいたせいで、チラリと欲を込めて見てしまったと思っているが。

 実は、キュウビが魅了やら洗脳やらの術をずっと掛けていたせいなのである。

 

 

「何をすれば靡くのかも分からぬのに、わらわは喉から手が出るほどそれが欲しい。愛おしい、という言葉では言い表せぬ。その一挙一動をわらわのために捧げて欲しい」

 

 彼女の傲慢さは、いわば、自分を一から作り上げた誇りから来るものである。何かを身につける為にそれをどれだけ努力したか、自分自身で理解しているからこそ傲慢だったのだ。

 

 だが俊介の前ではその傲慢さは形を潜めた。

 自分の磨いた技術を全て用いても、俊介は欲を込めた視線を向けるだけ。誇りなどとうの昔に砕けた。

 

 

 その誇りを、新たな形に繋ぎ直したのが、俊介だ。

 誇りは、心を掻き乱し壊す、言葉に表せない愛情へと姿を変えた。

 

 

「ひっ……」

 

 知雫がか細い声を上げる。

 

 キュウビの様子は、もはや確実に正常な人間のそれではなかった。おおよそ人に向けていいレベルではない感情を、自らの大切な者に向けているのが感じ取れた。

 

「い、イカれてる……。人間じゃない……!」

「ぷっ、ハハハハ! 上等じゃ。

 わらわの名前は『キュウビ』。人を惑わす狐の妖怪の名前じゃ。あやつが手に入るのならば、今すぐにでも獣畜生に身を落としてくれようぞ」

 

 彼女の目は、漆黒よりも深い闇の色に染まっていた。

 

 

 完璧に気圧された知雫が後ずさる。

 キュウビは微笑みを浮かべたまま、意趣返しとして、彼女に魅了の術を放った。

 

 知雫は抵抗する間も無く一瞬で正気を失い、その場に這いつくばる。それは図らずとも、かつてキュウビが魅了した王子の成れの果てとそっくりであった。

 

 

 

 

 

「終わったか……」

 

 マオがそう呟きながら、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

 彼女らが戦っている間に、あの黒スーツの女が捕らえたであろう犯人を1人見つけた。

 これでデパートを占拠していた犯人は全て始末、無事終了だ。

 

 折川結城は人格持ちの証明書を出している為、中にマオがいる事がバレても問題はない。だが、派手に暴れ回った事が警察にバレるとちと面倒だし、アイドル活動に支障が出る。

 

 

 さっさと退却しようとした、その時。

 

 

 

 

 轟音と共にデパートを覆っていた結界が割れ、すぐ側の入り口から誰かが飛び込んできた。

 黒スーツを纏い、胸元に金のバッジを付ける男。右手には紫色に淡く光る小刀を持っている。

 

 彼はスライディングする様に着地し、すぐに叫んだ。

 

「悪い、他の事件を対処してて遅くなった! 大丈夫か!?」

「……ッ!?」

 

 マオは顔を青ざめる。

 あれは不味い。全く知らぬ、別世界の者だが……今のマオでは手も足も出ないほど()()()が入っている。

 

 

「一体何が……」

「う、が、牙殻……」

 

 彼は牙殻。

 人格犯罪対処部隊、最強の男。

 

「…………」

 

 先程まで別の人格犯罪事件を数件解決しており、デパートの状況報告は本当に簡素な物しか受けていない。時間がなかったのだ。

 

 だが今、目の前で仲間の翠が瀕死になっている。

 ここには人格犯罪者として名の知れている知雫と、それの前で偉そうに立つ金髪の女性。あとは顔を青ざめて怯える少女。

 

 誰を真っ先に捕まえるべきなのかは、分かりきっていた。

 金髪の美人に鋭い視線を向ける。

 

「俺は警察所属、人格犯罪対処部隊の牙殻だ。申し訳ないが、警察までご同行願いたい」

「そいつは困るのじゃ。わらわは警察に捕まる訳にはいかんのでな」

「なら好都合だ。これで容赦なく、仲間をやった奴をボコボコにして拘束出来るってこった!」

 

 

 盛大な勘違いと共に、牙殻が紫色の小刀を構える。

 それに対し、キュウビは警戒を最大限に強めた。先ほどの知雫のように遊んでいられる相手でないと。

 

 扇子を前に突き出し、牙殻に術を放つ。

 

「陽道•百連焔掌底(ひゃくれんほむらしょうてい)

 

 青い炎で出来た無数の掌底が、牙殻に襲い掛かる。

 だが彼はその場から動く事なく、肺に大きく息を吸い。

 

 

「コルルルァアアアアアアア!!!」

 

 

 とんでもなく大きな声だけで、その炎を全てかき消した。

 明らかに人間に出来る技ではない。可能とすればそれは、異世界の人格。

 

「……少しまずいかもしれんの」

 

 相性が悪そうな男を前に、キュウビは少し、冷や汗を垂らす。

 

 

「行くぞ、ダンケルク」

 

 牙殻が静かにそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





キュウビの過去描写がエンジェルに比べて少ないですが、彼女は過去よりも今を見てるという事で許してください。(メモ帳どっか行っちゃった)

2月18、19日は作者の私用により投稿をお休みします。
20日には投稿できるよう書きまくりますので、何卒ご容赦ください。
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