殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#4 最強(無制限)

 

 

 

 

 

 朝。鳥のさえずる音が響く中、さんさんと降り注ぐ日光が顔に当たる。

 暖かな光が瞼の裏を刺激したのか、深い眠りの中からゆっくりと、自然に意識が持ち上がってきた。

 

 

「んぐぁ~……っ……」

 

 目が覚めると共に、寝っ転がったまま、足と腕をピンと張って伸びをする。

 時計が指す時間は9時きっかり。学校がある日なら大遅刻だが、そんなことを気にする必要もない。

 

 なぜなら、今日は土曜日なので学校が休みなのだ。

 2年生になって初めての休日だからか、心がとても晴れやかな気持ちに包まれる。夜桜さんに会えないのは悲しいけど。

 

 あくびをしながらベッドから起き上がり、寝ぼけ眼を擦りながら瞼を開いた瞬間。

 

 

 半透明の、黒くて途轍もなくイカつい鎧が、部屋の隅でちょこんと体育座りをしていた。

 

「っげっ!!」

 

 ビックリしすぎて変な声が出た。

 黒い鎧はゆっくりとこちらに顔を向け、そのまま、幽鬼の如く静かに立ち上がった。鎧の身長は2メートルを少し超えたくらいなので、ベッドの上に座ったままだと物凄く大きく感じる。

 

 

「お、おはよう……『ダークナイト』」

 

 この黒い鎧の名は『ダークナイト』。

 自発的に外に出てくる事は滅多になく、俺もあまり呼ぼうとはしない。確か最後に顔を見たのは1ヵ月ほど前だったはずだ。

 

 

 なぜ他の殺人鬼たちよりも、接触する機会を避けようとしているのか?

 

 それは一重に、ダークナイトが殺人鬼達の中で頭一つ抜けて()()だからだ。

 

 ダークナイトは鎧を脱げず、喋ろうとすれば『グア』とか『ギャ』しか言わない。だがそれは彼(彼女?)の理性がぶっ壊れているのではなく、『()()』を受けているからである。

 

 

 ガチファンタジー異世界で生きていたダークナイトは、魔王という人類の敵から魔物へ闇落ちする呪いを掛けられたという。

 そしてその呪いの効果で、『瘴気』という自分より格下の生物を問答無用でブチ殺すオーラが常に溢れるようになったらしい。

 

 

 ……しかし、ダークナイトは普通に呪いや瘴気関係なく魔王を斬り殺し。

 その後も街の中に普通に入ったり、瘴気が効かない生物を斬ったりしていたらしい。闇落ち云々の前に元々辻斬りをしまくる殺人鬼気質だったので、周りが静かになったくらいの感覚だったとのこと。

 

 

 …………どっちが人類の敵だよ。

 

 

 

 

 

 ゴソゴソと、ベッドの下にある小さな引き出しを引く。

 中に入っていたのは、A4用紙にプリントされたひらがな五十音表。ダークナイトは喋れないので、このひらがなを指さしてもらいコミュニケーションを取るのだ。さっきの魔王と呪いの事も、この表を用いて3時間かけて聞いた話である。

 

 

 五十音時が載っている方をダークナイトに向ける。

 すると彼が人差し指で、ひらがなを二つ指さした。

 

『ひ ま』

 

「……暇、ってか」

 

 今日はダークナイトのご機嫌取りで終わりそうだ。

 万が一イライラを爆発させて体の主導権を奪われたら、その時点で俺の人生が終わる。周囲の人間は瘴気であっという間にあの世行きだ。

 

「って言っても、暇を潰せそうな場所ってなあ…………」

 

 俺の体を貸すのは論外なので、ダークナイトが傍から見ているだけで楽しめる事を考えなければならない。

 

 とりあえずベッドを出て、外出用の服を着てから、一階のリビングに降りる。

 パートに行く母親が残していった遅めの朝食を取りつつ、何かないかとテレビを点けた。

 

 

『――――では続いて、()()()()()()()()についてのニュースです。』

 

 

 一番目に映ったのはニュース番組だった。ちょうど例の技術についてのニュースがやっており、ふと気になって、リモコンを弄る手を止める。

 

『浮遊人格統合技術を開発した『榊浦 豊(さかきうら とよ)』さんと『榊浦 美優(さかきうら みゆう)』さんが、先日、『更なる進化を遂げる研究がついに実を結んだ』との発表を行いました。一体どのような内容なのかはまだ発表されておらず――――』

 

 

 ……榊浦豊と榊浦美優。

 父と娘の親子である精神科学研究者であり、15年ほど前に浮遊人格統合技術を開発した2人だ。娘の榊浦美優の方は途中から研究チームに加わったらしいが。

 

 そしてなんとこの超天才親子、なぜか顔もモデル顔負けレベルに整っている。なんで?

 俺の知っている頭のいい人間が漏れなく顔もいいのは一体どういうことか。世の中理不尽だ。

 

 

『本日、榊浦父娘は研究所周辺を凱旋するご予定です。』

 

 

 凱旋って、スポーツ選手じゃあるまいし。

 と思ったが、世界を根底から揺るがす発明をした研究者が新たな研究を成功させたとなれば、そういう事もありえる……のか? 

 

 パッ!と凱旋で回るルートがテレビに表示された。

 ……家から10キロほど進んだところの大通りを通るらしい。その通りの近くに映画館もある。映画なら傍から見ているだけでも楽しめるはずだ。

 

 

「よし、ついでに凱旋をちょっと見に行くか」

 

 

 俺の人生を殺人鬼まみれにした2人の顔を拝みに行くとしよう。

 バイクのキーを手に取り、外に置いてあるバイクに跨って、件の大通りへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人が凄い!

 そう思わず叫びたくなるほど、多くの人が榊浦親子を一目見ようと集まっていた。

 

 バイクを近くの駐車場に止めた時から声が聞こえていたが、まさここまでとは。

 いくら凄い研究者だからって、ちょっと通るだけなのにここまで人が集まるのか。なんて人気だ……。

 

『(´・ω・`)』

 

 ダークナイトが鎧の何処から取り出したか分からない半透明のナイフで、鎧の腹部分に顔文字を彫っていた。五十音表がない時はこうやって大体の感情を表すのだ。鎧は呪いの効果により自己修復するので5秒も経てば消える。

 

 しかしこの顔文字はどういう意味だ? 人の多さにげんなりしてるのか?

 と思ったら、半透明の手をそこら辺の人の頭に勢いよく振り下ろしていた。勿論その手はすり抜ける。

 なんだ、鬱陶しい周囲の人を殺せなくてげんなりしてるだけか。よかった(?)。

 

 

「なぁ、『更なる進化を遂げる研究』ってマジで発表されんのかな?」

「分かんねーよ。この凱旋のどっかで内容を発表するかもって噂だけど……」

「まぁ所詮噂だよな……。あーあ、俺にも人格が宿るような研究だったらいいな~」

 

 

 近くに居た男性2人の会話が耳に入る。

 なるほど、その研究の内容が発表されるかもという噂が広まってるのか。それを知りたくてこんなに人が……。

 

 

 

 

 ――――キャァアアアアアアアッ!!!

 

 

 

 

 右側から鼓膜が破れそうなほどの、黄色い悲鳴が上がり始めた。

 榊浦親子が近づいて来ているようだ。なんだか周囲のテンションとちょっと見に来ただけの俺のテンションに差がありすぎて、段々辛くなってきた。

 

 本当にちょっと見たら離れよう。

 

 

 目の前に人が固まりすぎているため、ちょっと背伸びをして、榊浦親子を見ようとした瞬間。

 

 

 すぐ横に居るダークナイトが、どこか高い場所を指さしているのに気が付いた。

 

「ん? 何してんの?」

 

 周りの人がうるさすぎて、少し俺が喋ったくらいじゃ怪しまれないだろう。

 彼が何も答えず一点を指さし続けるので、仕方なく指の先に視線を向けた。

 

 

「?」

 

 

 …………なんかある。なんか屋上でキラッと光ってる。

 世界を揺るがす研究者2人、凱旋、それが通る近くのビルの屋上でキラッと光る物。

 

 

 ……もしかして。

 スナイパーライフ――――。

 

 

 

「よし逃げよう」

 

 考えるのを止めた。これ以上ここに居ると絶対碌なことにならない。

 踵を返そうとしたその時、ダークナイトが俺の前に一瞬で回り込んだ。

 

『◟(∗ ˊωˋ ∗)◞』

 

 腹には興奮した様子の顔文字。動きも心なしか軽快で、まるでこれから起こることに備えてウォーミングアップしてるみたいだ。

 

 こいつ、容赦なく暴れられそうな相手を見て喜んでやがる……!

 

 

「いやだいやだ、絶対嫌だ! 俺は帰るぞ!!」

 

 

 少し強めに意思表示すると、ダークナイトがスンッ……と動きを止めた。腹に刻まれた顔文字も消えていく。

 嫌な予感が背筋に走ったその瞬間。

 

 ダークナイトが体の主導権を奪おうと、物凄い速さで俺の体に手を伸ばして来た。

 

 咄嗟に後ろに飛び跳ね、その手を回避する。こいつ、あぶ、あぶな……ッ!!

 一発目は気合で回避したが、二発目は絶対に無理だ。向こうもそれが分かってか、ゆっくりと近づいてくる。

 

 

 今この場に居る人間を皆殺しにするか、屋上でキラキラ光る何かにちょっかいを掛けに行くか。

 悩みに悩んだ末、ダークナイトと共に、件のビルの屋上へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 


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