殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#42 危険でも貴方と

 

 

 

 

 私の名前は夜桜紗由莉。

 国認可の人格持ちで、異世界の爆弾研究者であるバクダンが中に居る。

 

 バクダンは163センチの私よりも背が高い。のだが、強烈な猫背のせいで私と殆ど同じくらいになっている。

 暫く洗っていないようなヨレヨレの白衣、枝毛だらけの長く黒い髪を腰まで伸ばし、目の下にはうっすらとクマがある。正直、半透明だから臭いはしないものの、実際に目の前に居られたら結構臭そうな風貌だ。

 顔は結構可愛らしいのだからちゃんと整えればいいのに、といつも思う。

 

 

 

「バクダン、どうしたの?」

『…………』

 

 そんな彼女の様子が、この間の集会からずっとおかしいのだ。

 今日も登校中の道のりでせわしなくキョロキョロと辺りを見回していた。

 そして肝心の学校に到着してからは。

 

『てめっ、ふざけんなよコラ……っすぞコラ……』

 

 同じクラスではあるものの、()()()()()()男子生徒の側でブツブツと何かを呟いていた。

 その男子生徒の席は校庭が見える窓の近くで、授業中はずっと窓の外の景色を見ていた。バクダンの姿が見える訳もないので、側でブツブツ呟かれても気にしようともしない。

 

 

 

「…………」

 

 

 私は何かを忘れている。とても大切な何かを。

 

 スマホの中にあるカレンダーアプリを開く。

 そこには、既に過ぎ去った『バクダンに体を渡す日』が書かれていた。

 

 生半可な覚悟でこの日付を決めたわけじゃない。私は確かに、バクダンに体を渡したはずだ。

 なのに……私は今もこの体を操っている。そして、この日の記憶が丸ごと抜け落ちてしまっている。

 

 

「一体、何があったんだろう……」

 

 バクダンにこの日の事を尋ねても、酸っぱいものを食べたような表情で顔を逸らされる。

 きっと何かがあったはずなのに。私の覚悟を丸ごと塗りつぶすような何かがあったはずなのに、全く思い出せない。

 

 

「…………」

 

 もやもやとした気持ちが晴れぬまま、下校時刻になった。

 バクダンは未だに件の男子生徒の側で呟き続けているが、やがて彼がバクダンの行動限界範囲である5メートル圏内から出ていく。不機嫌そうな顔で私の下に戻って来た彼女に、少し強めの口調で尋ねた。

 

「なんであの男の子にずっと絡んでるの? バクダン」

『…………』

「貴女が黙りこくるなんて珍しい。何かあるんだね」

『そんな考え方されたら私何もできないじゃんかぁ!』

 

 彼女の反応で分かった。

 あの男子生徒が私の失った記憶の鍵だ。バクダンが何も話そうとしない以上、私が解き明かすしかない。

 

 黒板横のボードに貼られた席の位置と名前の表を見た後、教室から出ていった男子生徒に背後から話しかける。

 

 

()()()!」

「―――!」

 

 彼が心底驚いたような表情でこちらを振り向いた。

 

 正に平々凡々な見た目。黒い髪をセットしている訳でもなく、かといって不潔にしている訳でもない。顔は人に好印象も悪印象も与えない、平均的なモノ。

 身長は男子高校生の平均より少し高い171.2センチ、体重は適正体重より少し低めの61.3キロ。制服がキツいのか第一ボタンをよく外しており、人目が完全にないと思った所では第二ボタンまで外している。魚よりも肉を好み、肉料理等は辛い味付けの方が好みだが、間食として食べるお菓子は甘い物の方が好き。財布の中身がいつも少なく、偶にコンビニに寄ってはスイーツを買おうとしてお金が足りず、とぼとぼと店を出ている。睡眠時間は約7時間であり、12時から7時まで就寝する事が多い。2時から3時は特に眠りが深く、何かされても滅多に起きることがない。幽霊が苦手であり、テレビで幽霊に関する話題が出た時はすぐにテレビを消している。

 

 

 ……あれ?

 なんで私、こんなに彼の事を知っているんだろう。さっきまで何も彼の事について知らなかったはずなのに、堰を切ったように知識が溢れ出て来た。

 

 

「いきなりごめんね? ちょっと……その、言葉に上手く表し辛いんだけど……」

 

 勢いだけで話しかけてしまったため、『なぜ話しかけたのか?』の上手い嘘が思いつかない。

 数秒ほど目を泳がせて嘘を考えていたが、やがて腹を括り、そのまま話すことを決めた。

 

「私、何か忘れている気がするの。日高君に関係する何かを……。おかしな事を言っているのは分かっているの、それでも……何か知っている事はない?」

「……なんで、もう思い出しかけて……」

 

 ポソリと何かを呟く。

 だがすぐに顔を逸らし、彼は私に背中を向けた。

 

「悪いけど、何も知らないよ。俺と夜桜さんは殆ど関わりもないし……」

「違う……きっと何かあるの!」

「…………」

 

 

 日高君がそのまま歩き始め、教室を出てすぐの所にある曲がり角を左に曲がった。曲がり角の先は階段だ、すぐに追いかける。

 彼は階段を降り、踊り場を歩いていた。それに続き、階段を降りていく。

 

「待って――――ッ!?」

 

 踊り場を超え、更に下に続く階段を見た時。日高君の姿が消えていた。

 素早く降りたのだろうかと足を踏み出した瞬間、視界の端に彼の制服が見える。階段を降りていたはずなのに、なぜか彼は階段を登っていた。

 

「ど、どうなってるの……!?」

 

 すぐさま階段を登って追いかけるが、またも彼の姿が消えている。

 意味が分からない。まるで絶対に解けない迷路の中にでも放り込まれたような気分だ。

 

 廊下の窓から外を見ると、既に校庭を歩き、校門を超えようとしている日高君の姿が見えた。

 どうやってあそこまで辿り着いたのかは分からないが、私は上手く撒かれてしまったらしい。今からあそこまで全力で追いかけても、またさっきと同じように上手く撒かれるだけだろう。

 

 

 

 窓から視線を外す。

 そして、すぐ近くに立っている半透明の女性に鋭い視線を向けた。

 

「……さて、バクダン?」

『ひぃぃ』

「明らかに怪しいよね、日高君。何か私の失った記憶と関係あるんだよね? どうして黙ってたのかな?」

 

 そもそも私から理解不能な撒き方をして逃げた時点で、何かありますと言っているような物だ。

 バクダンは恐ろしい物を見るような目で怯え、ずるずると後ずさる。

 

『め、目が怖いよ紗由莉』

「そうだね。もっと怖くなるかもしれないね」

『うっ……』

「話さない理由は何? 今すぐ言わないと……」

 

 

 更に眼光を強め、バクダンを睨む。

 彼女は頭を抱えて、更に怯えながら声を絞り出した。

 

 

『わ、私には分かんないんだよ! 話した方が良いのか、話さない方が良いのか……。だって、マジでやばいんだよ、アイツ……』

「やばい?」

『日高は人格持ちで、人殺しが中に入ってるって言ってたけどさ。そんな生半可なもんじゃないよ……。

 軽く攻撃の意思を向けられただけなのに、全身が震え上がった。人殺しだとか、何人殺せたとか、そういう次元じゃない悪魔が中に居るんだ』

 

 

 その時点で、私は強めていた眼光を元に戻した。

 バクダンがここまで怯えるなんて本当に珍しい……いや、見たことがないかもしれない。

 彼女の側により、抱えた頭を覗き込むように身をかがめた。

 

 

「人殺しって……それ、記憶を失う前の私は許容してたの?」

『してたよ! 私だって「人殺しかぁ」とか、そんな風に思ってた。まさか、あんな悪魔みたいな雰囲気とは思わなかったんだ』

 

 

 ……バクダンは以前、日高俊介が警察と追いかけっこを行った際、殺人鬼が彼の体の一部を操っているのは見たことがあった。

 だが、殺人鬼が日高俊介の体を完全に操っている所は見たことがなかった。

 

 初めて見たのは、ついこの前の集会場。夜桜紗由莉の意識を落とすために、俊介がサイコシンパスに体を丸ごと渡した、その一瞬。

 声が聞こえない程度の距離にいた彼女は見てしまったのだ。日高俊介から溢れる、言葉では表せないほどの常闇のオーラを。人の形をした人ではない何かの纏う空気を。

 

 

『紗由莉、お前があいつの事を気になるのは分かる! でも……本当に危険なんだ、ダメだ、ここで手を引こう!』

 

 爆発物なんて危険な物を研究していたからか、バクダンにもある程度の危険を察知する勘が身に付いていた。

 それはヘッズハンターどころか、日高俊介にすら劣る拙い勘。それでも、史上最悪と呼ばれた殺人鬼達の危険性は朧気ながらに理解できた。

 

 

 下校時刻から少し時間が過ぎたからか、周囲に人はいない。校庭の方から部活をする生徒の声が聞こえるだけだ。

 怯える彼女の隣に座り込み、優し気な声を出す。

 

「バクダンがそこまで言うなんて、本当に危険なんだね」

『うん……』

「……それでも、私は知りたい。心の中で朧気な叫び声が聞こえるんだ、このまま忘れていちゃいけないって。だから……教えてくれないかな。

 

 ―――()()()()()()()

 

『ッ!!』

 

 

 

 名を呼ばれ、驚きを隠せないように目を大きく見開く。

 それは教えた事のないはずの……バクダンの()()なのだ。

 

「何で知ってるのって思ったでしょ」

『ほ、本当になんで……』

「……ふふふ。バクダンってば、昔どうしてもやりたいって言ってた恋愛ゲーム、この名前でプレイしてたでしょ? 本名なのかなとは思ってたけど……今の反応を見るに、本当に本名だったんだね」

 

『は、ハァ――――ッ!?』

 

 

 半透明のバクダンが顔を真っ赤にしながら勢いよく立ち上がった。

 数年前、『冴えない女研究者の逆ハーレム生活』という内容の恋愛ゲームが発売されているのを見て、バクダンがどうしても欲しいと彼女にねだったのだ。

 本名でプレイするかどうかは迷ったが、ゲームソフトが起動できないようロックを掛けるしまあいいか……と、そのまま本名で始めてしまったのだ。

 

 そして、友人に本名でプレイしている恋愛ゲームを見られるなど滅茶苦茶に恥ずかしいわけで。

 バクダンが顔を真っ赤にしながら手足をじたばたさせて暴れ回る。

 

 

『私見るなって言ったじゃん! ロックも掛けたじゃん! なんで見たの!?』

「気になっちゃって……。あと、あのロック簡単すぎ」

 

『み”ぃ”ぃぃぃぃぃ!!!』

 

 

 髪をガシガシとかき乱すバクダン。

 それを見て、とてもおかしくて、つい笑ってしまう。

 

「ふふふ。ねえ、バクダン。私達ならどんなに危険な事でも大丈夫、乗り切っていけるよ。だから……日高君の事について教えてくれない?」

『今のどこに大丈夫な要素があるんだぁぁぁああああ!!!』

「あれ、もっと詳しく言わないと分からないかな? もっと凄い厄ネタを投下されたくなかったら、早く話せって意味だよ」

『ひぇっ』

 

 叫ばれてばかりでは埒が明かないので、少し威圧の込めた言葉で威嚇した。

 バクダンは動きを止め、冷や汗を流しながらこちらを見る。

 

「さあどうぞ? バクダン」

『ひゃ、ひゃい……』

 

 

 

 

 

 

 それからは、バクダンが語る日高君についての話に静かに耳を傾けた。

 

 共に誘拐された事。私が紹介した旅館で殺人事件に巻き込まれた事。

 そして……バクダンと体を変わる予定だったあの日、彼が危険を犯してまで、海に連れて行ってくれた事。

 

 彼女の言葉を聞くたびに、奥底に眠っていた記憶が紐解かれていく。

 

「…………」

 

 バクダンは危険だから関わらない方が良いって言っていた。

 けれどあの日……日高君は私の為に、危険を承知で海に連れて行ってくれた。

 

 中に居るのは悪魔? 関わるのは危険? その通りなんだろう。

 あの集会場で私を一瞬で気絶させた。そして記憶を封じた。どちらも普通の人格に出来る芸当ではない。多分、想像も出来ないほどに恐ろしい人格が中に居るんだろうと思う。

 

 

 日高君は例えるならば、地雷原。

 歩いて行くには余りにも危険すぎる。

 

 

 

 ―――それでも。

 

 私はやっぱり……日高君と関わる事を諦められそうにないよ。

 

 

 

 

「行こうか、バクダン」

『ぜ、全部思い出しちゃったのか……』

「うん、思い出したよ。だからまずは、そうだね。二度と記憶を忘れた状態にされないようにしないと」

 

 先ほどまでの私ではない。以前までの私ではない。

 彼が海に連れて行ってくれたあの日から……新たに生まれ変わった私として強く一歩を踏み出す。

 

 

『でも、そんなの、どうやって……?』

「日高君の全てを調査する。彼について知れば知るほど、思い出しやすくなるから」

 

 それは、彼と対面した時の事。

 あの海に行った日からコツコツと調べ上げた知識が脳に一斉に溢れた。恐らく彼と話したというきっかけで、奥底に眠っていた知識が一気に紐解かれたのだろう。

 

 ……でも、これは正直賭けだ。

 知っていることが多ければ多いほど思い出しやすくなる……。しかし、あくまで思い出しやすくなるだけだ。バクダンが彼について語ってくれなければ完全には思い出せなかっただろう。

 だから真の目的は、別の所にある。

 

 

「まだ日高君について調べられてない事は……過去のこと」

『過去?』

「通ってた小学校と中学校の名前は知ってるよ。でも……それ以外は殆ど調べられてない」

 

 他の情報よりも明らかに調査難度が高い彼の()()

 単純に、誰も彼の事について詳しく知らないのだ。当時の担任でさえも。

 

「まあ一つだけ、当てはあるんだけど」

『当て?』

「日高君のお母さん」

 

 彼の母親……日高陽子(ようこ)の素性は既に調べている。彼女ならば彼の過去について知っているはずだ。

 パート続きで休みが殆どないという彼女だが……まぁ夜桜家の権力を使えば、少し会話する時間を空けることなど容易い。現代社会において権力とは恐ろしく強い力なのである。

 

 

「行こっか」

 

 バクダンに向かって静かに呟く。

 

 私の真の目的。

 

 それは……二度と彼が私の記憶を忘れさせるなんて考えないように、完全に縛りつけてしまう事だ。肉体的な話ではなく、精神的な話である。

 頼れる女性と思わせる所から始まり、最終的にはドロドロに依存させる。

 

 それに今母親への挨拶を済ませておけば、事後処理も楽だ。

 

「♡」

 

 何があろうと、彼だけは絶対に逃がさない。

 その為ならば私の持つ力は何だって使う。武力も知力も権力も、ありとあらゆる全てをだ。

 

 

 何もかもを飲み込む底なし沼のような瞳のまま、日高君の事を想う。

 集会場での彼は明らかに何かに悩んでいた。その悩み事を解決するまでは我慢だが、もし事が終わったならば……。

 

 

 とてもではないが、口に出来ない事を考えながら。

 私は歩む速度を速めた。

 

 

 

 

 






記憶復活までの時間:だいたい1日半
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