「俺の気のせいじゃなければだけどさ」
半透明のキュウビに向かって、顔の前で手を組みながら言う。
「夜桜さんの記憶の封印、解けかかってね? え、なんで?」
『そんな筈はないのじゃ……。簡単に解けるようなものではない……』
「だよなぁ。……ホントどうなってんの……?」
今日、学校で突然彼女に話しかけられた。俺と夜桜さんの関係は数ヶ月前の何でもなかった頃に戻っている筈なのに、どうして突然俺に話しかけてきたのか。
「まさかバクダンがゲロったか? いやでも……」
人間性はともかく損得勘定は出来るタイプだと思うんだがな。俺に関わるのがかなり危険だって事は流石にわかってる筈だし。
日高俊介は既に夜桜の記憶が戻っていることなど露知らず、自室で彼女のことについて考えていた。
殺人鬼達は全員、俊介が夜桜という女性に好意を抱いているのは知っている。だが夜桜が俊介に対しヘドロのような粘っこい好意を抱いていると気付いているのは一部だけであった。
『ガスマスク、どう思う?』
『どう……と言われてもな。俺は動きに支障がなければ隊員の色恋沙汰に干渉はしなかったし、正直どう対応すればいいものか』
『でも本人達に任せていちゃあ何も進まなそうだしねえ』
『私にお姉ちゃんが出来ちゃいそう……』
今の所確信を持って気付いているのはヘッズハンター、ガスマスク、クッキング、ドールの4人だ。他の殺人鬼はその恋心が鉛の如く重い事までは気付いていなかったり、そもそも全く気付いていなかったりと反応はまちまちである。
夜桜の重い恋心に気付いている4人は、俊介の家を出たすぐの所で顔を突き合わせていた。
塀の上に乗ってはしゃぐドールをガスマスクが支える後ろで、クッキングとヘッズハンターが話し合う。
『いっそこのままにしておくのはどうだ?』
『ダメよ。俊介はともかく、向こうがいずれ我慢できなくなるわ。突然暗がりに引き摺り込まれるわよ』
『は……? 我慢できないって、今はまだ記憶封印してんだろ?』
『あんなのとっくに解いてるでしょ。俊介ちゃんの詰めが甘い事もあるけど、あの子の愛の深さと聡明さなら今頃再封印防止の為に行動しててもおかしくないわ』
『おいおい……じゃあマジで暗がり案件もあり得るって事かよ』
幼馴染が虐めグループの性的暴行が原因で自殺し、それをきっかけに大量殺人を行うようになったヘッズハンターは何とも言えない気持ちになった。
あの夜桜の重い感じならば暗がりに引き摺り込むなんて事はマジでやりかねない。が、それは恋心が爆発した結果であって、自分の幼馴染の時とはまた状況が違うというか……。けど性犯罪は気分的に……。
2人の話を遠くで聞いていたドールがガスマスクに尋ねる。
『暗がり案件ってなに?』
『ドールにはまだ早い……いや、もう歳を取らないんだったか。じゃあ永遠に知らなくていい話だ』
『む……なんか子供扱いされてる感じ!』
『はいはい』
議論が全く纏まらないまま、時間を無為に過ごしていた時。
――――ドゴォォォオオオン!!
夜空に響き渡る何かが爆発したような轟音。
俊介がいる部屋の窓がカラカラと開き、中からキュウビと俊介が外を見る。外で待機していた4人も同じように音のした方を見た。
「ッ……」
窓から顔を引っ込め、10秒ほど後に玄関から出てくる俊介。背後に先ほどまで話していたであろうキュウビを引き連れている。
「100メートルより向こうだ、直接様子を見に行く。周囲を警戒しながら着いて来てくれ」
殺人鬼達は互いを見合わせ俊介の言葉に頷いた。ヘッズハンターとガスマスクは近くの屋根に飛び乗り、クッキングは10メートルほど先を先行、キュウビは10メートルほど後ろを警戒、ドールは俊介の背中におぶさった。
警戒したまま道を進んだものの、誰かに妨害されるような事はなくすぐに爆発のあった地点まで辿り着く。
周囲を警戒させていた殺人鬼を呼び戻し、中に戻らせる。
現場には気絶して倒れている男が3人、コンクリート塀に思い切りぶつかった車が1台あった。車の中では運転手が気絶している。
ここは以前、夜桜さんと俺が共に誘拐された人がいない道。だが流石に爆発音が鳴るという騒ぎに引き寄せられ、付近の住民が幾人も集っていた。
誰かが警察を呼んだらしく、サイレンの音も遠くから聞こえる。
しかし、爆発か。一体誰が……爆発、爆弾、バクダン……。
頭の中に1人だけ容疑者が思い浮かぶ。
首に手を当て、中からこっそりと殺人鬼を呼び出した。
「フライヤー、出て来てくれ」
『んだよ?』
「あの事故った車。どう思う?」
『…………』
チリチリと煙草の先を燃やしながら、コンクリート塀にぶつかった車を睨むフライヤー。
10秒ほどそうしていた所で、肩をすくめながら言った。
『後ろタイヤが吹っ飛んで操縦ミスって事故ったって感じか? あの程度ならエンジンに引火するこたぁねえ』
「ありがとう」
俺の予想が正しければ、これをやった犯人はバクダンだ。誘拐犯を返り討ちにした……といった所だろうか。
既に何処かへ姿を消したみたいだが、もし警察に足取りを掴まれたとしても正当防衛で通すだろう。そもそも国認可の人格持ちな上、家が超太い……誘拐犯をやりすぎな位ボコボコにしたとて何も問題ないだろう。
それにしてもバクダンの奴、中々過激な方法を取るんだな。億が一にでも車が爆発して運転手が死亡、夜桜さんが人殺しになるなんて事がないようフライヤーに見てもらったが……。ま、爆弾や爆発に関して彼女が見誤る訳もないか。
……というか、こんなに強いなら初めて誘拐された時も撃退してやればよかったのに。
『おい、まさかそれを聞くためだけに俺を呼び出したのか?』
「すまん」
『ったくマジかよ……せっかく暴れられるかもと思ったのに』
「悪かったって。また何か渡すから」
フライヤー。
彼女は生粋の放火魔かつ猟奇殺人鬼だ。火に関する事では殺人鬼達の中でも随一と言っていいほどに詳しい。
キュウビが道術とやらでお手軽に火を出せるが、フライヤーは出すことができない。だが危険度で言うならばフライヤーの方が圧倒的に上だ。正直ダークナイトに次いで表に出したくない。
それは何故かというと。
フライヤーの技術は余りにも人を殺す事に特化しすぎているのだ。火を広げる方法、自分だけが火の海の中で生き残る方法、全て熟知している。だが唯一、火の止め方だけは知らない。
本気でやれば一日で街一つを火の海に沈められるのだという。それも単独で。
常に手加減なしの超強火、勢いを調整する弁は粉々に砕かれている。
だから彼女は表に出したくないのだ。一度でも好きにさせたら何人死ぬか分かったものではない。あと見た目と口調がゴリゴリのヤンキーで普通に怖い。
フライヤーが俺の肩に手を置き、咥えた煙草の火が当たりそうな程顔を近づけてくる。
『何かくれるってんなら、久しぶりに喉が焼けそうなほどキッツイ酒が飲みてえな』
「……今度、どっかの店でこっそりコピーしてやるから」
『流石! 分かってんじゃねえの、ならそれで今回はチャラだぜ』
彼女が顔を離し、ヒラヒラと手を振りながら姿を消した。中に戻ったのだ。
危険度は高いものの、ダークナイトより話を聞いてくれるのはありがたい。というかダークナイトがぶっちぎりで危険すぎる上に話を聞かないだけな気もするが。
……というか、夜桜さんの誘拐される頻度高すぎないか?
今回は未遂に終わったが、前回の誘拐騒ぎはつい二か月前の事だ。いくら国認可の人格持ちとはいえ、人生で一度もない事が大半の出来事が短いスパンで起きすぎだろ。
「…………」
もしかすると、何かあるのかもしれないな。国認可の人格持ちではなく、夜桜さんを狙う理由が。
誘拐犯本人から直接探ってみるか。
首に手を当てて中から2人呼び出す。
「ニンジャ、トールビット」
『何でござるか?』
『またこのコンビかい?』
「ああ。あそこで倒れてる3人の内の1人から、聞き出したいことがある」
徐々に集まり始めた付近住民の中、小さくそう呟く。
その言葉にトールビットは、仮面の下の瞳を面白そうに歪めた。
『俊介、それの意味がわかっているのかい? 私を呼んで、尚且つ話を聞き出したいとは……それはつまり、血を見るような行為をするって事だよ?』
「俺が常日頃から言ってるだろ。お前達に絶対に守ってほしい事は一つだけ」
『
正直、夜桜さんを誘拐しようとした犯人達には腸が煮えくり返るような思いがする。それを表に出していないのはバクダンのお陰で彼女が攫われなかったからだ。
夜桜さんが再び何処かに攫われようものなら、俺はフライヤーと協力して犯人ごと周囲一帯を火の海にしていたかもしれない。
俺が裏で手を汚し、夜桜さんが幸せに生きられるなら本望だ。
警察が来る前に犯人を攫うため、ニンジャに体を渡す。
―――そうして、警察を乗せたパトカーが到着したのは数分後の事だった。
「刑事、犯人の拘束が完了しました」
「…………」
国認可の人格持ちが関わる爆発事件という事で、刑事が1人だけ出て来ていた。
今目の前で拘束されている犯人をぶちのめした当の人格持ちは既に姿を消している。というか、警察に通報してきたのは彼女自身だ。
『誘拐犯を正当防衛で倒した』とだけ言い残し、そのまま行方をくらませた。家にも帰っていないようである。
刑事と呼ばれた男は考える。
何か違和感がある。犯人達の様子は虚ろで、まるで何かに頭を汚染されているかのようだ。集まった地域住民の野次に話を聞いてみたが、大きな音がして集まったら、車が事故を起こし男達が倒れていたという。
一見、おかしいところはない。
倒れている男は2人、車に乗っている男は1人の計3人。犯行を行うには充分な数だ。全くもって普通だ。
だというのに、違和感がする。
(……はぁ。これが刑事としての勘って奴、か)
嫌な感じだ。悪意に満ちた物が通った残り香が蔓延しているとでも言うべきか。
こんな物を感じるくらいなら、何も知らずに生きていた方がよっぽど幸せだろう。自分には守るべき家族もいるのだから、闇の中に突っ込んで危険を犯したくない。
だがこんな自分でも、警察に所属したばかりの頃は正義感に満ち溢れていた。今の警察は買収が横行して完全に腐りきっているが、一端の正義感は心の中でくすぶっている。
その正義感が、嫌な形で発動された。
その男は決して有能ではなく、勇敢でもなかった。故に……自分よりも優秀な人間に頼るほかない。
その場で携帯を起動し、同期のとある男に電話を掛けた。
3コール程で電話が繋がり、陽気な声が向こうから聞こえてくる。
『もしもし? どうした?』
「……夜分遅くに申し訳ない」
『いいよ別に、今カップ麺食ってるだけだし。それに同期からの電話でいちいちイラつく道理もねえって』
「すまない。実は……今俺が来てる現場で妙な違和感がするんだ。馬鹿みたいな妄言だと思われるかもしれないが、俺の手ではどうしようもない。気持ち悪い妄想だと思うなら電話を切ってくれ」
『…………』
通話の向こう側からガタガタと物を漁るような音が聞こえる。
そうしてすぐに、陽気さが消えた真面目な声で彼が言った。
『現場どこだ、今すぐ行く』
「来てくれるのか?」
『その違和感が取り越し苦労なら、それはそれでいいのさ。そうしていきゃあ、俺みたいなのはいなくなる』
「……すまん、
『今のは俺が勝手に思い出しただけだよ。気にすんなって』
牙殻に現場の場所を伝え、通話を切る。
同期で一番優秀だったあいつが、今や面倒事ばかり押し付けられる人格犯罪対処部隊の所属だ。頭はちと弱いが勘が良く、体術は常勝無敗を誇っていた。
そんな奴が
当時は『何を考えているんだ』と思った。奴なら絶対に上に昇れると、そう確信していたのだ。
だが……所帯を持った今なら共感できる。大切な家族を失った恨みは絶対に消えない。俺も同じ立場なら、きっとそうする。
―――夜空に輝く月の光が、醜く地を這い回る人間を静かに見下ろしていた。