母親の中に抱かれる男児。
それを取り囲む、13人の半透明の人影。
『……おい、私らの事見えてんだろ? 何とか言えよガキ。じゃねえとこの女の頭握りつぶすぞ』
白い大女が右手を母親の頭に近づける。先ほどの白衣を着た男の頭に触れなかったため、これは半ば冗談めいた脅しのようなものだ。だがもし触れることが出来たなら、今すぐにでも潰していただろう。
平和な暮らしでは絶対に感じる事のない、濃密な殺意の籠った視線に男児は怯えて声も出せそうにない。
そんな状況を見かねたのか、ガスマスクを付けた男が白い大女の側頭部に銃を突きつけた。
『お前、この何もかもわからん状況で重要人物を脅してどうする。頭が回らないのか?』
『あぁ? ……ぷっ、ハハハハ! そんな小さな豆鉄砲で私を殺せると思ってんのかよ?』
『試してやろうか。動きが予想しやすい人型な分、B兵器よりは楽そうだ』
2人がお互いの方を向き、視線を交差させた。
―――その瞬間。
少し離れた所に立っていた黒い鎧が突然動き出し、2人の顔面を両手で掴んで勢いよく投げ飛ばした。そのまま自身も地面を強く踏み込み、あっという間に数十メートル先まで投げ飛ばされた2人に追いつき、地面に叩き落とす。
乱立する民家に阻まれて一体何がどうなっているかは見えないが、地面をハンマーで叩きつけるような轟音だけは聞こえてくる。
音の方向を数秒眺めていたが……やがて全員が男児の方に視線を向け直した。
だが殺人鬼達が何かを言う前に、母親が心配そうな声色で問いかける。
「そういえば俊介、あのクソ注射の為に午前中はお休みしたけど……午後の小学校もお休みしよう? すぐ連絡入れるから、ね?」
『断れ』
殺人鬼の1人―――のちにマッドパンクと呼ばれる彼が、俊介と呼ばれる男児にすぐにそう言った。別に苛ついたからとかではなく、キチンと考えた上での言葉である。
自分たちの状況を理解するには情報がいる。重要人物は目の前の男児。だが母親が邪魔で話が聞き出せない。
だが学び舎に向かうという名目ならば、怪しまれずに母親から遠ざける事が出来る。
故に彼は、その小さな身長で更に小さな男児を思い切り脅しつけたのだ。傍から見れば実に大人げない光景である。
「……ぅ、学校……行く……」
「えっ……今日は本当に無理しなくて大丈夫だからね? 明日は土日だし、ゆっくり休もう?」
『断れ』
「学校、行くから……大丈夫……」
そう言うと、俊介は母親の腕から抜け出し、家の中から黒いランドセルを背負って外に出てきた。
その様子を見た彼女は心配そうな表情を浮かべた後、「体調が悪くなったらすぐ戻ってくるように」とだけ言いつけ、俊介を見送った。
―――――
暫く歩き、家の近くにある公園まで辿り着く。
小学校まではここから徒歩10分の距離にあるので、幾分かこの場所で時間を潰したとてさほど問題ないだろう。
『……さて、まあここら辺でいいだろ。この状況は一体どういう事だ?』
「…………っ!」
俊介は背負っているランドセルを外し、中から一枚のプリントを取り出す。
それを目の前の半透明の人物達に、少し震えながらもよく見えるように突き出した。
『何だこりゃ。……『浮遊人格統合技術のお知らせ』?』
カラフルな文字とイラストがふんだんに使われたそのプリントは、如何にも子供の目を惹きそうな作りだ。
この世界の言語を知らないはずの殺人鬼達だが、なぜか文章の内容を理解する事が出来る。
……だがそこに書かれていた事は、倫理観が極限まで薄れた殺人鬼達でも少し正気を疑う内容であった。
『10歳の節目を迎えた大人のみんなに、新たなお友達を迎えよう!』と大きく書かれたプリント。
その下には黒い文字で『異世界で死亡した人格を体に宿らせる』等の浮遊人格統合技術についての詳しい説明が書かれていた。が、その詳細な説明には、わざと子供には分からないように難しい文字や表現を使っているのが感じ取れる。
そのプリントの内容で殺人鬼達は自身が置かれている状況の凡そは理解できた。
既に自分達は死んでいて、異世界に生きる目の前の少年に引き寄せられたという事。今の状況は、簡潔に表すと
しかし、納得できるかといえばそれは全くの別物である。
『……馬鹿らしい。結局の所、俺達は死んだんだろ? それに、物に触ることも出来ないから人も害せない……ご都合的な展開だな』
『同意見だ。僕の世界の風景と全く違うし、しっかり死んだ記憶もあるから、一応信じたけど……。正直電脳世界上で犯罪者の更正プログラムを受けさせられてるって方が納得できるね』
やさぐれた様子の黒コートの男と、作業服の男がぶっきらぼうにそう言った。
そのまま2人は呆れたように俊介から離れていく。
『……何処へ行くでござるか?』
『一度死んだんだから、何しようが勝手だろ? ……今更何かする気もないけどな』
そう言って姿を消す。
俊介から100メートル以上は離れられないのだが、いずれ気付くだろう。それに100メートル以内でも十分人目の付かない所まで離れられる。
他の殺人鬼達も少しだけ悩んだ後、各々離れることを決めた。
元々話を聞くために目の前の男児の元に集まったのであって、それが終わればここに留まり続ける理由もない……という訳である。
ぞろぞろと彼らが好き勝手に離れていき、最後に残ったのは。
『あら~。なんかよく分かんない事になっちゃったわねえん』
「…………」
カラフルな色の服に身を包んだ、やたらと体をくねらせるおかま口調の男だった。
彼は俊介の顔の前にしゃがみこみ、何も持っていない事を示すために顔の前で両手をパッと開く。
『え~っと、俊介ちゃん? お姉さんはコックさんなの。美味しいお料理作れるのよ~』
「お姉さん……?」
『おう、何処からどう見てもお姉さんだろ』
思わず声にドスを利かせるが、『こほん』と咳払いする。
『私の事は『
「……日高、俊介です」
『まっ、とっても礼儀正しいわ! 素敵なお名前を教えてくれてありがとうね。これからよろしく、日高俊介ちゃん』
コックと名乗る彼は俊介の頭をなでようとするが、半透明の手は俊介の頭をすり抜ける。
俊介はすり抜けた手を怯えた目で見つめつつ、コックに怯えた声を向けた。
「ゆ、幽霊なの……?」
『う~ん。さっきの文章が本当なら、私は俊介ちゃんに宿る人格って事らしいけど……幽霊と言われたらそうな気もするし……。幽霊は苦手?』
「苦手……です」
『なら私は幽霊じゃないって事にしましょう! お姉さんは俊介ちゃんにしか見えない
そう言って、コックが優しく微笑む。
そんな彼の陽気さに当てられたのか、俊介の怯えた表情が和らぎ始めた。
先程殺人鬼達に見せたプリントをランドセルの中に仕舞い直し、ゆっくりと立ち上がる。
「……小学校、行かないと」
『お勉強する場所ね。読み書きと算術……算数は割とマジで出来た方がいいわよん』
「もうできます」
『嘘でしょ? 私は覚えるの結構苦労したのに。これが異世界……素敵ねん』
俊介はまだ少し消しきれていない怯えを心中にしまいつつ、横に付き添うコックと共に小学校へと徒歩で向かった。
そんな2人の様子を、少し離れた塀の影から伺う半透明の人影が1つ。
狐目の人を狂気に陥れる美貌を持った女性が、片目だけでじっと俊介たちを見つめていた。
『……全く意味が分からん状況じゃ。じゃが……わらわの首は確実に飛んだ、死んだことは間違いない。
分からない事尽くしではあるが、あのガキが重要であることは流石に理解できる。いざと成れば…………』
彼女は瞳に力を込め、魅了の術を発動させる準備を行う。
もう少し時が経ち、自身の置かれている状況が完璧に理解できれば、あの俊介なるガキを傀儡にするのは非常に良い一手だろう。
先ほど出会ったばかりの子供に情けや優しさを見せる程、彼女はマトモな倫理観を持っていなかった。寧ろ弱い方が悪いと全力で食い物にする性根の持ち主なのだ。
――――だが。
そうやって碌でもない事を考えている輩の下には、碌でもない事態が集まりやすいわけで。
『……ん?』
背後から何か、ゴォォォオと空を切るような音が聞こえ、不審に思いながら振り返る。
瞬間、振り返った彼女の顔面と腹部に何かが鋭く衝突した。黒い鎧が全身ズタボロにした半透明の人間2人を面白半分でぶん投げたのだ。運悪くその先に彼女が居たという訳である。
『うごぉぉおおお!!?』
思いきり吹っ飛ばされ、コンクリートの地面の上を滑っていく。
彼女はそのまま監視していた俊介とコックの2人組の前方まで滑っていき、潰れたカエルのように地面に這いつくばりながら、ピクリとも動かなくなる。
「…………あの」
突然目の前に現れた、倒れ伏した半透明の女性。
俊介は怯えながらも声を掛けようとしたが、コックが口を一文字に結びながら横に顔を振る。
『怪しい人とは関わっちゃ駄目よ』
「……」
その言葉は確かに正解かもしれないが、少なくともお前が言う事じゃないだろう。
俊介は内心でそう思いながら、地面の女性をまたいで小学校への歩みを再開させた。
超絶難産でした。遅くなって申し訳ありません。
4月に入ったら更新がかなり難しくなるので、なるべく早く進めたい所です。