殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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長いです


#54 悪と呼ぶには優しく、善と呼ぶには残忍すぎる

 

 

 

 

「さ、殺人鬼……?!」

 

 俊介は校庭に避難していた生徒達の群れにそっと紛れ込む。

 教師が静かに整列するよう言うものの、警察が来て一安心という状況で小学生達が黙っているはずもない。

 

 誰が病院に運ばれたとか、誰が犯人とか、やれそんな事を大声で話しているのだ。

 俊介が小声で一人ぼそぼそと喋っていたところで、気にする者は誰もいないのである。

 

『13人揃って人殺しかい……ハハハ、なんともまぁ酷い状況だね』

『私を一緒にしないでくれるか? 人殺しなんてした事ないぞ』

『でも死後に殺してるんだろう?』

『いやまぁそれは……。多分1000人近く自殺してるだろうが……それは殺人判定になるのか……?』

 

 俊介はポリポリと頭を掻きながら、周りを取り囲む半透明の殺人鬼達を見渡す。

 それから視線を明後日の方向に向け、何処か心あらずな声で言った。

 

「そっか、殺人鬼なんだ……」

『怖えのか?』

「……怖いけど、上手く状況が理解できないというか。だってまだ……注射打ったの今日だし」

 

 かなり濃い内容の出来事。

 自身の通う学校で生徒が傷害事件を起こすなんて、人生で遭遇するか分からない……いや遭遇しない可能性の方が圧倒的に高い出来事だ。

 

 そんな事件だけでも頭がいっぱいいっぱいだと言うのに、今日はそれ以上の問題が山積みである。

 

 今日起きた事一覧。

 ①変な注射打たれました。

 ②変な奴らが13人宿りました。

 ③学校で傷害事件が起きました。

 ④13人全員殺人鬼でした。

 

 

 こんなの普通の脳みそで処理できる問題じゃない。

 というか小学生……いや一般市民に解決できる問題じゃあない。

 

「……やっぱりお母さんに相談して、人格持ちだって申請した方が……」

『う~ん。拙者は止めといた方がいいと思うでござるがなぁ』

 

 黒装束の忍者が懐から小型の無線スピーカーを取り出した。

 何やら音が漏れているが、俊介と殺人鬼たち以外には聞こえないその音声。周りを確認しつつ、不自然でない程度に体を移動させ、スピーカーに耳を近づける。

 

 

『こいつさ、ここからどうなんの?』

 

『さぁ……? んな事、俺が知るかっつーの!!』

 

 ―――ガン!と鉄製の何かを蹴る音。呻き声。

 

『うわ、檻蹴ってやるなよ。肋骨折れてんのに、ひっでぇな~』

 

『これで今月何件目なんだよ! 人格持ちのガキが暴れたかなんだか知らねーけどな、んな事俺は興味ねーんだ! 半分害獣みたいなもんなんだし、さっさと撃ち殺しゃいいんだよ』

 

『子供ってのは可哀そうだなぁ。何の非もねえのに、こんな目にあっちまってよ。ま、運が悪いのが悪いか』

 

 

 

 

 

 忍者がブチリとスピーカーの電源を切り、朗らかに笑う。

 

『なかなか楽しい内容の会話でござったな』

「どこが?」

 

 社会の邪悪な部分を盗み見てしまった気分だ。

 目の前の忍者はケラケラ笑っているが、他の殺人鬼は嫌悪感を顔に出していたり、特に何も思っていなさそうな真顔だったりする。

 

 今の会話って、あの暴れてた子を捕まえに来た警察……のだよな? 多分。

 人格持ちとか言ってたし。撃ち殺すとかなんか物騒な事も。

 

「…………」

 

 これって、普通に人格持ちだって言うには問題ない……かもだけど。

 ()()()1()3()()()()()なんて申請しちゃったら……相当ヤバいんじゃないか? 

 

 ……やっぱ黙っとこう。言っても良い結果になる未来が見えない。

 

 

 

 

 ――――その後、当然今日の授業は終わりとなり、それぞれの保護者が迎えに来るまで待機する事になる。

 事情が事情故、母親は午後の仕事も急遽休んで迎えに来てくれた。

 

 荒れた校内の掃除を行うため、まだ火曜日だと言うのに今週は全て休み。

 ……だが、あれだけの事が起きたと言うのに、小学校での件は一切事件になる事がない。SNSで何かしらの情報も上がっていない程だ……不自然なまでに。

 

『都合の悪いことを隠すのに、子供にちょろちょろされては困るでござろう?』

 

 忍者を名乗る男がソファーに寝そべりながらそう言っていたのがやけに耳にこびりついている。

 都合の悪いことは何か? それに一体誰が隠しているのか? 一小学校や教育委員会が全力を出したとて、十数人クラスの傷害事件を隠し通せるとは思えない。もし隠し通せるとしたら、もっともっと上の……。

 

 俊介はそれ以上深く考えないことにした。

 

 

 

 

 

 

 

「……というか」

『何でござるか?』

「いや、何で全員近くに居るんですか?」

 

 なぜか俊介の家の中に、半透明の13人がうろつくようになった。

 

『拙者らは俊介から100メートルしか離れられないんでござるよ。正確には100メートル離れた所に透明な壁があるんでござる』

「はあ」

『で、俊介から離れてるといつの間にか100メートル離れていて、透明な壁に突然ぶち当たるという事故が頻発するのでござる。鉄板にぶち当たるようなものでござるから、結構鬱陶しいんでござるなあ』

 

 

 つまり。

 離れすぎると色々不都合な事が起きるから、近くにいる……それだけらしい。

 

 

「迷惑……!」

 

 家の中に13人もいると狭くて狭くて仕方がない。いや半透明で触れる事はできないんだけど、椅子に人が座っていて、それに触れないから「まあいいや座ろう」とは思えない。

 それに。

 

『俊介ェ! この平べったい機械は何だ?! 表面がツルツルしてるぞ!!』

『うわぁ……可愛いお人形さん……!』

『こんな家、B兵器が攻めてきたらすぐに入り込まれるぞ! 窓に板を打て!』

 

 

 滅茶苦茶うるさい。

 他の連中も思い思いに騒いでいたり、人の家を物色したり、勝手に人のベッドに寝転がったり。一番ヤバいのが家の一角で火柱を上げて喜んでいる赤髪の女性だ。何してんのマジで。

 

 

 小学校で暴れていた事や、全員殺人鬼のカミングアウトをかまされた恐怖を加味しても、余りにうるさすぎる。

 普段物静かで余り怒らない俊介だが、額に青筋を浮かべるほどのイライラが溜まっていく。プライベート空間を見知らぬ13人にガンガン踏み荒らされているので、仕方ないとも言える。

 

 

 そして怒りが頂点に達し。

 

 

「――――うるさい!!」

 

 

 家が揺れるほどの大声でそう叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あったあった、そんな事も』

『あの時はいきなり俊介が泣き出してビビったのじゃ……あそこですぐに慰めていれば今頃わらわが一番だったのに

『お兄ちゃん、私より小さかったなぁ』

 

 写真を見つけた数人から始まった思い出話。

 しかしいつの間にか、俊介の自室内に殺人鬼達が勢揃いして思い出話に花を咲かせていた。

 

『ヘッズハンターとクッキングが上手い事、俊介の体を奪うのを阻止していたでござるからなぁ』

『当然よ……。もしダークナイトがうっかり体を奪っちゃったらどうするの』

『控えめに言って、地獄』

 

 わいのわいのと会話する13人。

 その中に、部屋の隅で翼をはためかせながら立っていたエンジェルが自慢げに爆弾を投下した。

 

 

『……まぁ。俊介の体を()()()使ったのは私ですから。そこのところは忘れないで、身の程を思い知って下さいね』

『は?』

 

 

 その言葉にいの一番に反応したのは、キュウビ。

 余裕綽々と言った風にやにやと笑うエンジェルの前に近づき、下から彼女の顔を殺気を込めて睨みつける。

 

『てめ――ッ!! 何が初めてじゃ、ほんの10秒ほどだったじゃろうが!!』

『10秒でも初めてには変わりありませんよね? しかもあの時、私は体を奪ったのではなく俊介から飛び込んできたんですよ? 一番最初に信頼を寄せられたのは私だと言う証拠ではありませんか』

『全部偶然じゃ―――ッ!!』

 

 エンジェルはあの時、確かに俊介の体の主導権を手に入れた。しかしすぐに俊介に返したのは、単に身長差がありすぎて体の調子が出なかったからだ。ある程度成長したら再度奪ってやろうと考えていたが……今はこんな風に、ぐずぐずに絆されてしまった訳である。

 

 

 

 そして。

 キュウビの叫び声が響いた瞬間、俊介が寝転がっているベッドの布団が突然勢いよくまくられた。

 

 

「お前らうるさいんだよ、さっさと寝ろ!!」

 

 

 時刻は午後12時。

 午後8時にはベッドに入った俊介だったが、実は騒ぎまくる殺人鬼達のせいで全く眠れていなかったのだ。今までずっと耐えていたが、キュウビが叫んだことでついにキレたのである。

 

「……あとさ、確かに初めて俺の体を使ったのはエンジェルだけどさ」

『ええ、そうですよね』

「一番初めに信頼したのはまた別の人物だから」

『ええ、ええ…………え?』

 

 ぽかん、と。

 エンジェルが間抜けな顔を浮かべ、それを見たキュウビが楽しそうに彼女の頬をビンタした。何故?

 

『ほ~れ見た事か間抜け馬鹿デカ女! 最初に信頼されたのはわらわ―――』

「キュウビでもないから」

『えっ』

「信頼した順で言うと、キュウビは後ろから数えた方が早い方だから。何かいつも見下されてたし」

 

 エンジェルと同じような表情を浮かべるキュウビ。

 それを横目に、俊介は一瞬チラリととある人物の方を見た。しかしすぐに視線を逸らす。

 

 

 すっかり静かになった殺人鬼達を前に、俊介はため息を吐いた。

 

「……次騒いだらもっと怒るぞ。おやすみ」

 

 ぼふりと布団を被る俊介。それを見た殺人鬼達は、未だ呆けたままのエンジェルとキュウビをぶっ叩いて俊介の中へと戻って行った。

 そんな中、最後まで布団に被った俊介を見つめる影が1人。

 

『…………』

 

 たった1人。その人物は俊介との2人だけの思い出を嚙みしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっとその日は普通だった。

 全ての人にとって普通に過ぎ去っていく日にすぎなかった。

 

『…………』

「…………」

 

 目の前にはコック。

 俊介は今、夜も更けた頃に家を抜け出し、彼と2人きりで対峙していた。

 

 あの注射を受けた日から1ヵ月。

 殺人鬼達に囲まれた生活は、俊介に良くも悪くも様々な影響を与えていた。……まさにコックの危惧していた通りの事が起きたのだ。

 

『私達は殺人鬼だって……もう知ってるわよね』

「初日から知ってる」

『うん、そうよね。ごめんなさい』

 

 コックはこの1ヵ月、なるべく俊介と関わらないようにしていた。

 人殺しという誤魔化し用のない悪と関われば、普通の少年である俊介が段々と歪んでいく。しかし他の殺人鬼達が容赦なく俊介と関わるので、結局のところ、コックの行動は何ら意味がなかったのだ。

 

『私は……人殺しは悪いことだと思うわ』

「…………」

『だから。……俊介ちゃんには、人格持ちである事をきちんと親に明かして欲しいの』

「!」

 

 コックの提案。

 自分1人だけが俊介と関わらないようにしても、他の奴らが関わりに行く。だからと言って、他の奴も口で言って分かるような面子ばかりではない。

 

 だからコックは考えたのだ。

 俊介自身に、自分達に関わらないようにしてもらおうと。

 

『確かに少し危険かもだけど……国の偉い研究者とかなら、私達を排除する方法を知っているかもしれないわ。そうしたら、俊介ちゃんは何の危険もない生活に戻れるの』

「……そんなの、排除なんてしたら、死んじゃうんじゃ」

 

 それを聞いたコックはふっと笑う。

 

『元々死んでる身だから。……それに、私達みたいな大量殺人鬼は、いつ理不尽に殺されたって文句は言えないわ』

 

 コックは殺人鬼と言うには優しいが、一般人にはない人殺しとしての残忍さも確かに持っていた。

 自分たちのような人殺しはいつ死んでもそれが当然。だが……普通の人間、子供は普通に生きるべきだと、ある種凝り固まった考えを持っていたのだ。

 

 

「…………」

 

 俊介は、コックの言葉に少し悩んだ表情を浮かべ。

 十数秒の後、ゆっくりと首を横に振った。

 

『……怖いのよね。そうよね、こんなおかしな技術を子供に施す国に、自分から人格持ちだって言うなんて―――』

「違う」

『?』

 

 コックが不思議そうな表情を浮かべる。

 

「別にそんなのじゃなくて、その。……もっと一緒にいたいなって、思っちゃったんだ」

『……!? ちょっと俊介ちゃん、本気?!』

「本気だよ」

『―――っ』

 

 理解できなかった。

 普通の人生というレールから段々ゆがみ始めた、異常者へのレール。そんな場所をわざわざ歩もうとする俊介の考えが。

 

『俊介ちゃん、このままじゃ本当に歪んじゃうのよ。私達は極悪人なの、だから―――』

「コック。その歪み歪みって言ってるけど……案外さ、悪いもんじゃないんだ」

『え?』

「……人と喋るの、っていうか声を出すのがそんなに得意じゃなかったんだけど。みんなと過ごすうち、自然と声が出るようになったんだよね。うるさいとか怒ってばっかだったのがきっかけだったけど」

 

 俊介はこの1月でいつの間にか、声を出すのが苦手という事を克服していた。

 家の中で騒ぎまくる殺人鬼達にキレちらかしたのがきっかけだったが、確かにそれは、殺人鬼達が俊介に与えた良い影響なのだ。

 

 言われて気付いたコックだが、納得したくない、認めたくないと言った様子で声を絞り出す。

 

『……でも、駄目よ、そんなの。確かにそれは良い影響だけど……偶々なのよ。

 覚えてる? 1ヵ月前にやっていた授業の内容。()()()()()()()()()()()()()()()()って』

 

 ほんのりとだが、俊介はその授業の内容を覚えていた。

 目の前にしゃがみ込み、下からのぞき込んで優しく、何処か縋るような声を出すコックに向かって頷いた。

 

 

『これから先、私達と一緒に居ると本当に悪い事が返ってくるかもしれない。1人1人が極悪の殺人鬼、返ってくる悪い事がどれほどの物かなんて想像つかないわ。

 

 ―――もし将来、殺人鬼の誰かに悪い事……因果が返って来た時。

 一緒に居る俊介ちゃんまで数々の事件に巻き込まれるかもしれないの。それはきっと、普通の人生とは掛け離れた事件だわ。

 

 ……そんな物、貴方に抱えて欲しくないの』

 

 

 将来、殺人鬼と共にいる俊介は多くの事件に見舞われる。

 それはある種、予言めいたものだった。俊介も、きっと将来、そんな事が起きるだろう……そう思った。

 

 しかし。

 

「それでも俺は……やっぱり、一緒に居ようと思うよ」

『っ……どうして分かってくれないの? どうしてなの、俊介ちゃん……』

 

 泣きそうなコック。

 俊介は彼の肩に手を乗せようとして、触れないのを思い出したが、そのまま手を乗せた。実際には肩のあたりに手を固定させているだけだが。

 

 

「コック。俺も……みんな自分が殺人鬼だとか言うし、実際人殺しが当たり前みたいな感じだし、正直滅茶苦茶怖い。

 けど、コックは凄く優しいじゃん? だから、他のみんなも実は、コックみたいに良いところがあるんじゃないかな……って、思ったり」

『…………』

「それにそれに、アレ! コックが人殺しとか殺人鬼だってのを気にするなら、逆にさ、俺は絶対()()()()()()!! ……だからさ」

 

 コックのもう片方の肩に手を乗せる俊介。

 

「これからも一緒に居てくれないかな、コック。……皆の悪い事が返って来たって、俺は全然大丈夫だから」

 

 

 ―――気付かなかった。

 

 俊介は10歳で、年齢的に見ればまだまだ子供。

 しかし、既に……コックが守るべき()()ではなく、立派な1人の人間だったのだ。

 

 

『もう30歳超えてるのに……10歳に諭されてたら、情けないわねん』

「……30超えてたの?」

『そうよ? お姉さん、もう34歳なんだから。結構いい年なのよ、泣かせないでちょうだいな……』

 

 コックは静かに涙を拭い、地面を踏みしめて立ち上がった。

 

 

『ありがとう俊介ちゃん。……私はそんなに大層な人間じゃないし、迷惑かけるかもだけど、これからもよろしくね?』

「ん……あ、えーっと。迷惑かけるのは多分こっちって言うか、全然普通の小学生だし……」

『何言ってるのよ。俊介ちゃんは立派な人間よ、私が保証するわ。……ありがとうね』

「?」

 

 どういう意味の感謝の言葉か、俊介にはよく分からなかった。

 だが、コックは憑き物が取れたようなすっきりとした顔つきをしていたのがやけに記憶に焼き付いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜の次の日、俊介は殺人鬼達を連れて山頂の神社に赴き。

 全員に今の名前を付けたのだった。

 

 元々コックという名前があったにも関わらず、俊介はわざわざクッキングという名前を付け直した。

 何故そんな事をしたかというと、それは他ならぬ彼自身の要望であったからだ。過去の名前ではなく、俊介に付けた名で呼んで欲しいと彼自身が言ったのだ。

 

 

 

 コック……改めクッキングは、ベッドの中で布団にくるまる俊介を静かに見下ろし。

 

『おやすみ、俊介ちゃん』

 

 静かにそう言って、俊介の中に入って行った。

 その言葉を聞いていた俊介は、声を漏らさずに口角を上げて笑ったのち、意識を暗闇へと落としていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――クッキング。殺害人数138人。

 

 彼は自他共に認めるほどの子供好きであった。

 元々王族が暮らす宮廷で料理人をするほどの腕前だったが、城の食料を横領し、貧乏な子供に分け与えていたのがバレて首になった。命を取られないだけマシ……そう考えたクッキングは特に反抗することなく宮廷を出る。

 

 そのまま行く当てもないまま歩くうち、一軒のこじんまりとした孤児院を見つけた。

 余り治安の良くない地域で、その辺りは空気もどんよりと沈んで何処か暗さを感じる。だがその孤児院は、その暗さを忘れさせるような輝きを放っていた。

 

 

 ここで働きたい。

 彼はそう考え、孤児院の院長に頼み込み、孤児院の料理人として腕を振るい始めたのだ。

 

 子供好きなクッキングにとって、その孤児院は最適な環境だった。

 豪華な食材が揃っている訳でもない、むしろ食材の質は下の中……よくて下の上、決して良い物とは言えない。

 

 しかしクッキングはそれらの食材を美味な料理に変え、子供達が笑いながら食べるのをいつもにこやかに眺めていた。

 

 

 ……そんなある日。

 クッキングの暮らしていた国は他国と戦争を始めた。敵国がこちらに戦争を仕掛けてきたのだ。

 敵国は戦争相手の国に対し余りに残忍なことで有名であり、勝つためならば何でもする……そういう手合いだった。

 

 他国からの輸入品を運ぶ通路が完全に遮断され、国内の雰囲気はどんどん悪くなっていく。

 畑や家畜や井戸に毒が仕込まれ、安全に口に運べるものが急速に少なくなっていった。犯罪率も上昇し、孤児院の周辺もかなり危険な状態であった。

 

 

 元々まともな質の食材ではなかった。

 だが今手に入るのは、毒が入っているかもしれない食材……いや食材ともいえない何かだった。成長の早い子供に毒が入っているかもしれない、安全の確保できない食事を食べさせるなど言語道断である。

 

 

 クッキングは正直、どちらが勝ってもいいからさっさと戦争を終わらせてくれ……そう願っていた。

 戦争が終わりさえすれば質はともかく毒のない食材が手に入るだろう、そう考えていたからだ。

 

 

 しかし一向に戦争は終わらなかった。

 もはや安全な食材を貧乏な孤児院が正規の手段で手にすることは殆ど不可能に近い状態になっていたのである。

 

 院長が色々な伝手を使ってくれていたが、もう年老いた身であった故、倒れてベッドの上からまともに動けなくなった。

 ……もう食事を作り続けることは不可能。院長はそう考えていたが、クッキングは1つ手があった。

 

 戦争の最中だと言うのに、悪人は私腹を肥やす。

 価値の高い安全な食材は善なる一般市民の手に届く前に、大半が悪人たちの口へと運ばれていたのだ。

 

 

 ちまちま食材を盗む?

 いや、一体何人の悪人の住処から盗めば子供たちの飢えを満たせると言うのか。その前に取っ捕まるのがオチ……そして自分が捕まれば、確実に孤児院は終わる事も分かっていた。

 

 

 ―――安全かつ、子供たちの飢えを満たす方法。

 クッキングは何となく分かっていた。60~80キロ前後の、安全な食材を食べ続けた安全な肉を手に入れる方法が一つだけあるのだ。

 

 それは倫理的にはとても許しがたい行為。神に背く行為。

 だが孤児院の子供が、生爪を根元まで噛んで空腹に耐えているのを見て……気づいた時には、クッキングは孤児院の地下室で、人肉の下処理を終わらせていた。

 

 人肉食による様々な病気……それらが出ないように料理し、子供たちに出す。

 久々にごちそうに喜ぶ彼らだったが、料理したクッキングは静かに膝を震わせていた。

 

 

 戦争が終わるまで。

 元々は悪人だから。

 

 そんな言い訳をしなければとても続けられなかった。

 悪化し、長引き続ける戦況。クッキングが人を殺す数もそれに応じて増えて行く。

 

 そんな折、長らく動けなかった院長が死亡した。病死だった。

 自分が次の院長と料理人を兼任しようかとも考えたが、すぐに次の院長を名乗る男が現れた。前院長の親戚を名乗る者で、書類を確認したところ、実際にそうであった事も分かった。 

 

 

 新院長は何処からか手に入れて来たチョコレートを子供たちによく配っていた。

 その伝手で食材も手に入れてくれればいいのだが……。

 

 そうして新院長が孤児院に来てから暫く経ったある日。

 子供が1人、里親が見つかったと挨拶もなしに出て行った。ずっと里親など見つかっていなかったのに、突然何事かと……その時からかなり怪しんでいた。

 

 そうして数ヵ月後には3人、見知らぬ里親に挨拶もなしに連れて行かれた。

 

 流石におかしい。

 新院長が来てから急に里親が出るようになった。新院長をいぶかしみ、院長室を密かに漁ると、子供達が連れて行かれた場所が記載された書類が置いてあるのを見つける。

 

 その場所は……所謂非合法な人間売買所……奴隷を売買する施設であった。

 そこでの奴隷の扱いは劣悪という言葉を越えており、死んだ方がマシだと本気で思えるほどの物であった。

 

 

 クッキングは新院長が奴隷売買人、しかも前院長と親戚だと記載されていた書類は贋物であった事に気付く。

 新院長の首に包丁を突き付けながら問い詰めると、「一緒にやらないか?」と誘ってきた。

 

 怒りに任せその場で刺し殺したが、それがいけなかった。子供の1人に殺害現場を見られてしまったのだ。

 そこから芋づる式に、クッキングがいつも人肉を捌いていた孤児院の地下室の存在までバレてしまう。そして子供達にそれを知られたことに、クッキング本人は気付いていなかった。いや、気付きたくなかったのかもしれない。

 

 

 そして、子供たちはこう考える。

 『いずれ自分達も食べられるのでは……?』と。

 

 そこからの行動は早かった。

 早朝、クッキングが食事の用意をしている背後から、子供の1人が包丁を突き刺した。それは内臓の一つをしっかりと捕らえ、クッキングに致命傷を与えた。

 

 

 地面に倒れ伏し、流れる血を眺めながらクッキングは考える。

 一体何処で歪んでしまったのか、と。

 

 孤児院に来た時か。

 初めて人を殺した時か。

 人を子供たちに食べさせた時か。

 怒りで新院長を殺してしまった時か。

 

 

 ……分からない。

 いくら考えてもその答えが出ることなく、孤児院で生きた料理人は静かに命の灯を消した。

 

 

 

 

 

 






1000000PVを越えました。すごい。


唐突に始まった過去回ですが、余りに長くなりそうなのでいくつか話を端折りました。殺人鬼達にそれぞれ名前を付ける話とかはいつかサブで書きます。



この過去回が一体どういう話だったか超要約すると。

『悪い事はいつか返ってくるよ』

です。いつ返ってくるんやろなぁ…。
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