殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#55 回り始める歯車

 

 

 

 

 榊浦研究所。

 外観は純白の四角い形をした3~4階の建物。その周りをグルッと監視カメラ付きの高い塀が囲っており、物々しい雰囲気を放っていた。

 その高い塀に阻まれた研究所の中では、どんな事が行われていても外部に漏れることはないだろう。

 

 40人乗りのバスに乗ったまま、唯一の出入り口である正門から中に入る。

 

「…………」

 

 バスの中から窓の外を眺める。塀の中には豪華絢爛な青い草の生える庭が広がっている……事はなく、50台くらいは停められそうなアスファルトに白線が敷かれただけの駐車場が広がっていた。

 

 俊介はもはや、マスコミですら入り込んだことのない禁制地……榊浦のお膝元に入り込んでいる。

 今にも雨が降り出しそうな曇天の中、バスから降り、研究所の敷地へと足を踏みしめた。

 

 

 席順に整列し、研究所の中に一クラスごとに順番に入って行く。

 夜桜さんも後ろの方に並んでいるが、日高の『ひ』と夜桜の『よ』で席順が少し離れているため姿を窺う事は出来ない。

 

 

 そしてそろそろ俺達のクラスが入る順番だという時に、ヘッズハンターが近づいて来た。

 

『昨日、決めた通りの動きで大丈夫か?』

 

 そう言った彼に、周囲にバレない様に小さく頷く。

 流石にこんなあからさまな罠、危険地帯に何の対策もなく入るのは怖すぎる。しかし、榊浦の秘密の殆どが眠っているであろう場所がここなのもまた事実。

 

 よって俊介は13人のうち、護衛として選定した2人以外に研究所内を偵察するように頼んだ。

 そして、俊介が護衛に選んだのはこの2人。

 

 

『ま、俊介の護衛は拙者にどーんと任せておくでござるよ』

『頭を使う調査より、俊介を守る方が性に合っています。それに護衛だけでなく、殲滅もこなせますからね』

 

 ニンジャとエンジェルが姿を現し、俊介の両隣にそれぞれ立った。

 選出理由は至極単純。

 

 有事の際、ニンジャに体を渡せばすぐに逃げられる。

 もし何処かに追い詰められたり閉じ込められたりすれば、エンジェルの頑丈さと怪力で強硬突破する。

 

 ……まあ単純な強さなら、エンジェルよりダークナイトの方が強いんだけど。

 ダークナイトは一度出したら変な瘴気で周りの人間を殺しまくるし、力加減苦手で何もかもぶっ壊すしで、やることなす事が極端すぎるのだ。人の密集する建物の中でおいそれと出すわけにはいかない。

 

 

 

『なぜわらわがこいつの御守りなのじゃ』

『グギャ?』

『ダークナイト1人でほっつき歩いて何か見つけたとしても、何も伝えらんないだろ。ギャとかグしか喋れないんだから』

 

 嫌そうな顔をするキュウビに、マッドパンクがそう言った。

 実際は、五十音表を使えば効率は悪いものの言葉を伝えられる。なのでキュウビを御守りにした本当の目的は、ダークナイトが何かしでかさないかのお目付け役である。

 

 

 

「皆さん、これから建物の中に入ります、が! 研究所内は撮影禁止との事なので、写真は撮らないようにお願いします!」

 

 「はーい」と心のこもっていない返答が生徒達から教師に投げ返される。

 いよいよ順番が来たようで、ぞろぞろと人の流れに身を任せながら、研究所の中へと入って行った。

 

 

 

「っ……」

 

 研究所の中は想像していたよりもずっと簡素でシンプルであった。

 天井が高く、広いロビー。受付には小奇麗な女性が立っていたが、普段こういった受付の仕事を殆ど行っていないからか、汗を流しながら無駄のある手つきで受付業務を行っていた。マスコミを完全にシャットアウトするような研究所だし、仕方ないのかもしれない。

 

 

 そして何より俊介が驚き、警戒したのは。

 

「皆さんこんにちは。ようこそ、榊浦精神科学研究所へ」

 

 この研究所の主である榊浦親子の片割れ、榊浦豊が居たからだ。

 

 

 以前に見た黒スーツ姿ではなく、白衣を着たいかにも研究者と言った風な容貌をする榊浦豊。

 しかし身に纏う目に見えない圧は常人のそれではなく、世界をけん引する超技術を作った研究者に相応しい物であった。

 

 榊浦豊は慣れた声色で眼前に居る40人近くの高校生に向かって話し続ける。

 

「皆さんの中には、人格持ちの方もいるかもしれません。そして敢えて、人格が宿った事の是非は問わないでおきましょう」

 

 普段自由奔放な殺人鬼達ですら、足を止めて榊浦豊の方を見ている。それだけ人を惹きつけ、注目を集めるカリスマを持っているという事だ。

 彼は右手を動かし、身振り手振りを交えて話す。

 

 

「この研究所では浮遊人格統合技術……それの開発、研究、改良を行っています。

 一体この技術がどうやって研究され、どうやって作られたのか? 今日1日だけという短い時間ではありますが、じっくりと施設内を見学し、学んでいって欲しいと思っています。その末にどんな考えに至るのか……それには、私も興味がありますからね」

 

 そう言い切った所で榊浦豊がチラリとこちらを見た。

 確実に目が合ったが、それは1秒も続かず、すぐに顔を逸らされる。俺がどのクラスに居て、どの辺りに居るかなんて調査済みのようだ。予想はしていたが。

 

 ……しかし、じっくりと見学して学んでほしい……その末にどんな考えに至るのか興味がある、か。

 

 恐らく、この見学が終わった後に榊浦豊は接触してくるだろう。この研究所内にいる間に警戒するのは勿論だが、終わった後も十分に警戒する必要がありそうだ。

 

 

 榊浦豊の話が終わった瞬間、殺人鬼達に目配せをする。

 それを確認したニンジャとエンジェル以外の殺人鬼は、各々バラバラに研究所内の至る所へ散っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――施設の案内役に付いて行き、研究所内の至る所を見学する。

 

 そこで榊浦豊や榊浦美優がどういった人生を歩み、どういった経緯で世界をけん引する研究者になったかの来歴なども解説された。

 

 そして、ネットにも上がっていなかった為に初めて知った事実だが。

 意外にも、榊浦豊はそこまでレベルの高い大学出身ではなかった。その大学は国内にある、俺でも頑張れば合格できるレベルの所だったのだ。

 

 あんな超技術を開発したのだから、目玉が飛び出そうなほど凄い学校出身だと思っていたのだが……。

 

 

「元々心理学部だったが、大学2年生の時に生物学部に転学部……。そのまま主席で卒業、か……」

 

 なんじゃこりゃ。

 変な人生歩んでるんだな、榊浦豊……。

 

 

 ちなみにだが、娘の榊浦美優は外国にある世界トップ大学の医学部を飛び級で卒業していた。

 訳わからん。

 

 

 

 

 ―――次は、浮遊人格統合技術の注射の中身を研究している区画に通された。

 用途が全く分からない機械や薬品が広い部屋の中にズラッと並んでおり、走り書きのメモが機械に貼り付けられている。

 

「何だこれ……」

 

 解説役の人が何やら色々と話していたが、注射の中身が人格を分裂させて殺す薬と蘇生薬のブレンドだという事は話していなかった。まあ当然っちゃ当然だ。

 

 

 

 その後も色々な所を巡ったが……うん。

 正直、期待外れ……それが率直な感想だった。

 

 いや確かに、何も知らない状態で来れば凄いと思うのかもしれない。事実、俺と夜桜さんを除くクラスメイトは目をキラキラと輝かせていた。

 ただまあ、件の注射の中身がヤバすぎて……それを超えるようなインパクトの物でもなければ、大して驚きもしないというのが事実であった。

 

 特に重大な事件も起きなかったし、何か特別な罠が仕掛けられていた気配もない。

 エンジェルは退屈そうに歩き、ニンジャは以前コピーして渡したポテトチップスをバリバリと食べていた。何やってんだお前。

 

 

「ま、こんなもんか……」

 

 高校二年生に見学で見て回らせる事の出来る場所なんて、たかが知れている。

 実際、マスコミが来たことのない場所というネームバリューこそあるものの、見ているのはよく分からない機械と薬品と研究所の歴史……それだけだ。一般的な工場見学と何ら変わりない。

 

 

 警戒しすぎだったのかもと、辺りを見回しながらぼんやりと歩く。

 次はシアタールームに案内され、榊浦豊が世界に浮遊人格統合技術の発表をした時の映像を見せられるらしい。

 

 巨大なシアタールームは映画館のようであり、照明が既に消えていてすぐ近くを見るのが関の山だ。

 これまた映画館のように階段状に設置された座席。その席の自由な所に座ってもいいらしい。

 

 何とか夜桜さんの近くに座れないかと、彼女を探していた、その時。

 

 

 

『俊介、後ろでござる』

「は?」

 

 コーラをがぶ飲みしていたニンジャがペットボトルから口を離し、突然そう言った。

 背後を振り返ると、こちらに手を伸ばしかけていた榊浦豊が居た。一体いつの間に近づいて来たのか。部屋の暗さと油断も相まって全く気付かなかった。

 

 

「……こっちだ」

 

 彼は手を引っ込め、踵を返す。

 シアタールームは依然として暗いままであり、生徒が1人抜け出したとしても全く気付かれないだろう。

 

 付いて行くか少し考えたが、傍にはエンジェルとニンジャが居る。多少の危険でも問題ない。

 それに榊浦豊が接触してくるのは読めていた事……想定の範囲内。デメリットよりもメリットが大きい。

 

 

 両足をニンジャに渡し、静かに榊浦豊に付いて行く。

 シアタールームを2人で出て、暫く廊下を歩き、壁一面に本が敷き詰められた書斎のような場所に案内された。

 

 

 榊浦豊が慣れた手つきで木製のコートハンガーに白衣を掛ける。

 所々に榊浦豊の名が刻まれた道具も見える……どうやらここは彼の私室か何からしい。

 

 彼は白色のカップにインスタントコーヒーの粉を入れ、ポットに入っていたお湯を注ぐ。

 自分用のコーヒーを1杯作った所で、彼はこちらに振り向いて言った。

 

「大人しくついて来てくれてありがとう。……コーヒーいる?」

「いらないっす」

「あ、そう。ま、君甘党だもんね」

 

 何で知ってんだよ気持ち悪いな。

 後コーヒー飲まないのは甘党関係ないから……。

 

 

 榊浦豊に促され、部屋の中央に置かれた高級そうな革張りの椅子に座る。

 机を挟んで体面にある椅子に榊浦豊が座り、コーヒーを静かに飲み始めた。

 

『……殴りますか?』

 

 じれったくなったのか、エンジェルが翼を動かしながらそう言った。駄目に決まってんだろ。

 

 部屋に案内されたはいいものの、お互いに何か話すことなく、榊浦豊がコーヒーを飲む音だけが響く。

 たっぷり2分掛けてコーヒーを飲み切った彼が、コトリと机の上にカップを置いた。

 

「……とりあえず、君の傍にいるであろう人格に挨拶しておこうかな。よろしく」

「…………」

 

 流石に何人か傍に居る事はバレてるか。だからと言って問題はないが。

 

 榊浦豊は軽く挨拶をした後、う~んと腕を組んで唸り声を出し始める。

 彼はひとしきり唸り声を出し、深いため息をつきながら声を絞り出した。

 

 

 

「そのさ。正直……研究所の中見てもつまんなかったでしょ?」

「……まあ」

「やっぱりね~。いやさ、言い訳じゃないんだけど、この見学って(美優)が突然決めて来た物なんだよ。だから準備とか全然できてなかったんだよね。いつも無茶を言ってる警察の苦労が分かったよ、ハハハ」

「ええ……」

 

 思わず呆れた声を出してしまった。

 何もないなと思っていたら、突然すぎて何の準備も出来てなかったんかい。じゃあ入口でのあの意味深な目合わせは何だったんだ。

 そう考えていると、俺の考えを読んだように、榊浦豊が言葉を放つ。

 

 

「君の考えは以前に一度聞いたけど、変わってないよね?」

「変わってない」

 

 以前榊浦豊に言った、浮遊人格統合技術に対しての意見。

 それは超要約すると『この技術はクソ』、それだけである。簡単な物だが、浮遊人格統合技術の開発者兼研究者である榊浦豊とは真っ向から相反する考え方だ。

 

 分かっている事をわざわざ再確認してきた榊浦豊。もしかしたら何か仕掛けてくるかもと、少し警戒する。

 しかし彼は、朗らかに声を上げて笑った。

 

 

「ハハハハ! ま、こんな学生向けのしょぼい見学で考えを変えるような子が世界最多の複数人格持ちな訳がない。

 ……しかしだね、俊介君。そんな()()()()()()()()()()()()()()()を見せられるって言ったら……君は見たいかい?」

「は……?」

 

 浮遊人格統合技術はクソ。それは何があっても変わらない、ハッキリ言える。それは目の前の男も分かっているはずだ。

 ……そんな俺の考えを、変えるような代物……?

 

 

「興味はあるかな?」

 

 

 ―――正直、興味はある。

 

 だが……その代物は人間が踏み込んではいけない領域にある物、そんな風に勘が叫んでいるのも事実。

 

 

 悩んだ結果、俺はその代物とやらの正体に突っ込む事にした。

 

「……一体、その代物とは何なんだ?」

 

 そう言うと、榊浦豊は実に楽し気な笑みを浮かべた。

 そして懐から一枚の写真を取り出し、机の上に乗せる。

 

 

 

 写っていたのは―――正面を向いている1人の少女だった。

 あどけなさが残るが、将来は美人になることがありありと分かるその顔。身長は10歳くらいの少女とほぼ同じで、白髪を背中の中頃辺りまで伸ばしている。

 

 

「…………」

 

 少女の裸。

 見てはいけない部分も堂々と写っているが……こんな状況下で裸を見たとて狼狽えたりしない。そもそも8~9歳の子供の裸を見たとて何も思わない。

 

 

 意味が分からないと言った風な表情で顔を上げる。

 すると榊浦豊は右の人差し指をピンと立てた。

 

「時に俊介君。1つ簡単な質問をしよう……世界の科学を大きく進めてきたのは数多の凡人と1人の天才、どっちかな?」

「……どっちも大事だろ」

「そういう答えは求めていないな。正解は1人の天才……。こと科学の世界において、天才は数多の凡人が一生生み出せない成果と結果を出す」

 

 

 榊浦豊が子供のように目を輝かせながら、離し続ける。

 ……その話が一体、この写真の女性と何の関係があるのか。

 

 

「そんな天才を……()()()()()()事ができたら、素晴らしいと思わないか?」

「は? 人工的に……天才を、作る?」

 

 

 何言ってんだこいつ。

 天才を人工的に作るって、そんなもん、無理に決まって……。

 

 

 そこまで考えた所で、机の上に置かれた写真に目を落とした。

 

「まさか……」

「まぁ、写真の彼女は娘が作った()だがね。私の流儀とは反するが……人工的な天才と言って差し支えない」

 

「――――ッ、お前ら、本気で頭おかしいんじゃないのか……!?」

 

 

 思わず冷や汗を流しながら、目の前の得体の知れない化け物に向かってそう言い放った。

 人間を人工的に作って、挙句の果てに物扱い……そんな事がマトモな人間に出来るはずもない。

 

 俊介の信じられない物を見るような視線を受けても、榊浦豊は朗らかに笑う。

 

 

「ハハハハ。娘のやり方は、確かに人道に反している。

 写真の彼女はデザインベイビー……母体の中で赤ん坊を、『人格を受け入れやすい器』に作り替えた結果生まれた物だ。この子は確か……8人いるんだったかな?」

「作り替え……!?」

 

 この、異常者共め。

 

 

 榊浦豊は顔の前で手を振りながら、否定の言葉を口にする。

 

「だがね俊介君、私を娘と一緒にしないでくれ。私の方法はもっと人道に適した方法で天才を―――」

 

「ふざけんなよお前!! 人間を作り出して『物』って呼ぶような奴が、人道云々を語ってんじゃねえよ!!」

 

 ―――エンジェル、右腕!!」

 

『わかりました』

 

 

 右腕の主導権をエンジェルに譲る。

 

 目的はただ一つ。

 目の前のこの異常者をぶん殴って、老い先短い人生をベッドから出られない生活に変える事だ。

 

 

 エンジェルの操る剛腕、人間1人など吹き飛ばして有り余る攻撃が榊浦豊に迫る。

 こんな狭い部屋で2人きり、ただの研究者がエンジェルに勝てるはずがない。そう考えていたが……。

 

『俊介、エンジェル、止まるでござる』

「!?」

 

 ニンジャが静かに、真面目な口調でそう言い放つ。それに一瞬気を取られた、その瞬間――――。

 

 

 

 ―――ダンッ!!

 

 

 

 榊浦豊が、勢いよく机の上に何かを置いた。

 傍に居たニンジャの言葉もあったからだろう。エンジェルの操る右腕が動きを止め、俊介が机に置かれた何かを見る。

 

 

 ―――それは、スマホだった。

 誰かに電話を掛けているようで、プルルルとコール音が何度も響いている。

 

 それが5コールも続いた頃に、ガチャッ!と相手が電話に出た音が鳴った。

 榊浦豊がスピーカーモードにした瞬間、相手の声が軽快に部屋の中に響く。

 

 

『はいもしもし、どちら様でしょうか?』

「――――ッ」

 

 その声は俊介の母親の物であった。

 スーパーでのパート中だったからでだろう、周りからはガヤガヤと話し声がするのが聞こえてくる。

 

 榊浦豊が俊介の方を見ながら怪しげに右手を上げ、本当に小さく、指をパチン!と鳴らした。

 その瞬間、電話の向こうから何かが壊れたような音が響く。

 

『日高さん、大丈夫!?』

『はい! すみません、なぜかいきなり花瓶が割れて……』

『どうしたのかしら、経年劣化かしらね……』

 

 

 奴が指を鳴らした瞬間、母親のいるスーパーに置かれている花瓶が割れた。

 偶然とは思えない。明らかに故意的……榊浦豊が何かをしたのだ。

 

 俊介が動きを止めたままでいると、奴が電話に顔を近づけ、優し気な声色で話す。

 

「もしもし、聞こえておりますでしょうか?」

『あっ、はい! えっと、重ね重ね申し訳ないんですが、どちら様でしょうか……?』

「申し遅れました。私、俊介君の友達の父親です。突然のご電話失礼いたします。

 実は、息子と俊介君が大変気が合ったようで、今晩のご飯を私の家で食べたいと……。そうだよね、俊介君?」

 

 

 …………。

 どうにかする手はないかとニンジャの方を向くが、ゆっくりと顔を横に振られた。多分ここから逃げる手はあるのだろうが……母親を無事に守る方法がないのだろう。

 

 仕方なく、右腕の主導権をエンジェルから自分に戻し、机の上に置かれたスマホを手に取る。

 

「そ、そうなんだ。今日は向こうの家でご飯食べてくるから……」

『そうなの? 分かった、あんまり向こうの人に迷惑かけないようにね? じゃあお母さん、仕事中だから……こっちは気にせず楽しんでね』

 

 

 ―――そこでプツリ、と。

 電話が切れた。

 

 

「……じゃあ、今晩は私の家でご飯を食べようじゃないか。その際に話でもしよう……ゆっくりとね」

「っ…………」

 

 榊浦豊の実に楽しそうな笑顔を前に、俊介は何もすることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俊介が榊浦豊に殴りかかろうとしていた頃。

 ヘッズハンターはとある部屋で、信じられない物を目にしていた。

 

『…………おい。なんで、なんでこれが…………』

 

 

 彼は目を見開きながら、驚愕の表情を保ち続けている。

 

 ヘッズハンターがいるのは、榊浦美優の私室。榊浦豊の部屋と大体同じようなレイアウトだが、一つ違う物があった。

 それは彼女の書斎机の上に乱雑に置かれた、一枚のくしゃくしゃのメモ書き。

 

 そこには震えた文字で、こう書かれていた。

 

 

『間狩 伸介 まーちゃん』

 

 

 

 それは、この世界で知っている者はいないはずの名前。

 それは、俊介にすら教えていない名前。

 

 

 

 ――――間狩 伸介(まがり しんすけ)

 

 その名前は――――ヘッズハンターの()()だった。

 

 

 

 そして間狩伸介の横に更に震えた文字で書かれた、まーちゃんとは。

 ヘッズハンターが幼いころから共に過ごした()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 

 

『…………』

 

 

 その紙を見つめたまま、暫く、ヘッズハンターは動くことが出来なかった。

 ……動きたくなかった。

 

 

 

 

 

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